【遺跡】神威の森
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/11 20:34



■オープニング本文

 天儀本島、某村――。
 ごく少数の神威人が暮らすこの村に、開拓者たちは新大陸の手掛かりを求めてやってきていた。
 そもそも、一連の遺跡発見に端を発する今回の騒動は、黒井奈那介と言う考古学者が残された新大陸に関する伝承を頼りに調査を開始したことによる。それは彼の父親が生涯を掛けて行った記録であり、それは神威人の伝承を元に作成されていた。
 記録には不確かな部分も相当含まれており、遺跡の調査と並行して、ことの発起人である黒井奈那介は、開拓者ギルドに神威人の伝承に関する情報収集の依頼を出していた。
 神威人は天儀に住む獣人族の総称だ。清浄なる森とそこに生ずる精霊を尊び、古来より月を崇める風習を持つ。
 神威人に伝わる伝承では、彼等はかつて、月の国に住んでいたと伝えられている。神威人達は、この伝承は自分たちが月から来たことを示すものだとして捉えているという。
 一方で黒井奈那介の父は、これを、月そのものではなく、月に例えた別の国のことであると考えたのだ。
 彼は「遥か月から船で訪れ、現地の爪無き者達に打ち勝って豊かな森に移り住んだ」という結末で終わるこの伝承を基礎に研究を進めており、新たな儀に与えられた仮名「あるすてら」も、その他の荒唐無稽な主張も、こうした民間伝承をベースに組み上げられたものであった。
「神威人の伝承ねえ‥‥」
「だが、遺跡は実在した。伝承が本当なら、新大陸も存在するのでは?」
 開拓者ギルド相談役の橘鉄州斎(iz0008)は、開拓者の言葉に思案顔。だが伝承が本当なら――遺跡から手掛かりが出るはずだ。
 そして開拓者たちは、遺跡の調査と並行する依頼、黒井奈那介の父親の記録に残されていた手掛かりを追って、この「瑠華の森」へとやってきていた。ここは獣人族が暮らすと言う村が存在している。ここに住む椿と言う名の古老の神威人から、伝承にまつわる話を聞けると言う。
 村に入ったところで、開拓者たちは駆け出してくる子供と遭遇した。神楽の万屋の暁を思わせる猫耳の少年が、助けを求めて駆け寄ってくる。
「助けて――!」
「何だ、どうした?」
「アヤカシが! アヤカシの群れが村に入ってきて!」
「何だとっ、間の悪い‥‥! こんなところへ――!」
 開拓者たちは村の中へ駆け込んだ。
 村の中は騒然としていた。グロテスクな人型アヤカシ戦士たちが、村人たちに襲い掛かっていた。
「ちい!」
 今まさに襲いかかろうとしていたアヤカシ戦士に、開拓者は切り掛かった。不意を突かれたアヤカシは驚いて後退すると、笑声を残して霞となって消えた。
「椿のお爺さん! 逃げよう!」
 救われた若者は、もう一人の老人に向かって叫んだ。椿? 良く見ると、老人の頭には犬のような垂れ耳がついていた。
「あんたが椿さんか」
 開拓者たちは老人を助け起こした。神威人の椿老人は命をすくわれて安堵の吐息。
「いや、助かったわい。礼を言わねばならんのう」
「あんたに会いに来たんだが、どうやらその前に一仕事しないといけないようだな」
 開拓者たちは混沌とする村に目をやり、襲撃してきたアヤカシの撃退に向かうのだった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
アルセニー・タナカ(ib0106
26歳・男・陰
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔


■リプレイ本文

 椿老人を鈴木 透子(ia5664)に任せると、開拓者たちは、村人対応とアヤカシ対応に分かれて、行動を開始する。
「やれやれ、せっかくのお宝の情報が聞けると思ったらいきなり飛んだハプニングやな。しかもなんや、こいつら、まるで人みたいやな」
 天津疾也(ia0019)はホーンボウを叩き込みながら、眉をひそめる。
 撃ち抜かれたアヤカシは、牙を剥いて笑うと、霞と化して後退する。
「‥‥俺様が捕まると思うな」
「こいつ、喋るんかい」
 天津は霞に向かって矢を撃ち込む、空中で矢が突き刺さって、アヤカシが苦悶の咆哮を上げる。
「‥‥‥‥」
 柊沢 霞澄(ia0067)は、村の中を見やりながら、フェルル=グライフ(ia4572)に言葉を投げる。
「フェルルさん‥‥やはりフェルルさんの咆哮が無ければアヤカシを探すのは難しいかも知れませんね‥‥」
「そのようですね。瘴策結界に反応はありますか?」
「はい‥‥あちにも何体か‥‥」
「そうですか。ならばっ‥‥!」
 フェルルは咆哮を解き放った。咆哮がアヤカシ達を引き寄せる。
「アヤカシ来ます‥‥」
 霞澄が指差した先、右から実体化したアヤカシが来る。
「‥‥忌々しい人間の業か」
 刀を構えるアヤカシ二体が襲い掛かってくる。

 アルセニー・タナカ(ib0106)は、アヤカシ術士と打ち合う。
「クカカ‥‥! 無駄なあがきよ人間ども! 貴様らに勝ち目などない!」
「言ってなさい。私達のことをよく知らないようですね」
 アヤカシ術士はアヤカシを召喚して飛ばしてくる。獣のアヤカシがアルセニーを貫通する。
「ぐっ‥‥! 私からも式をお見舞いしてやりましょう」
 アルセニーは魂喰を発動させ、アヤカシを攻撃する。
「ガアアアア‥‥! 何だこれは‥‥! 俺様の体がちぎれる!」
「人の痛みはこんなものではないですよ」
「許さんぞ人間! 村人もろとも滅ぼしてくれるわ!」
「滅びるのは‥‥あなたです!」
 アルセニーは魂喰を叩き込む。

 レートフェティ(ib0123)は、村人たちを避難場所に誘導して回りつつ、村の中を把握していた。
「大丈夫よ、アヤカシの方は仲間たちが戦わ。私達は開拓者なのだから」
「本当ですか‥‥! 開拓者のみなさんとあれば心強い」
「真に‥‥こんなところまでアヤカシがやってくるなんて。ここは平和な村だったのに」
 レートフェティは村人たちに笑顔を向ける。
「心配しないで。アヤカシたちは必ず撃退するわ。みんなはここに逃げて」
 レートフェティは避難所までやってきて、鈴木に民を預ける。
「透子、この人たちをお願いするわ。多分ほとんどの人がここへ逃げていると思うけど」
「分かりました。後のことは任せて下さい」
 鈴木はそう言うと、民を避難所に招き入れる。

 ヘラルディア(ia0397)は村の中を走って、混乱する村人たちを押さえて、避難誘導に当たる。
「みなさん広場へ! 村の広場へ集まって下さい! 開拓者がアヤカシを撃退するまで、そこへ避難して下さい! アヤカシが入ってこれない守りの結界を張ります!」
 右往左往する民の手を、ヘラルディアは掴んだ。
「さ、こちらです。落ち着いて下さい」
「あんたも開拓者なのか?」
「そうです。安心して下さい。避難所には守りの結界を施してあります。そこまで行けば安心です」
「あ、ああ‥‥だといいんだが」
「行きましょう。皆さん! こちらです! 広場まで走って下さい!」
 ヘラルディアは民を率いて広場へと走る。

 白蛇(ia5337)もまた、村の中を掛け回り、逃げ切れていない民の誘導に努める。
「さあこっちへ行こう‥‥仲間が避難所に結界を張っているから‥‥そこまでいけば安心‥‥」
「アヤカシが来るなんて、この村ももうおしまいだ‥‥」
 神威人の若者は悲嘆にくれて、立ち尽くしていた。
「安心して‥‥僕たちは開拓者だよ‥‥アヤカシなんかに負けはしないから‥‥村は守って見せるよ‥‥」
「また逃げないといけない。僕はもう疲れたよ‥‥」
 白蛇は若者の事情を全て察することは出来なかったが、とにかくも急がせる。
「嘆くのはいつだってできるよ‥‥今は、とにかく避難所へ行って‥‥そこで嵐が過ぎ去るのを待って‥‥アヤカシは必ず倒す‥‥」
「分かったよ。あんたの言うとおりにする」
 若者は気を取り直すと、避難所に向かって走り出した。

「民を狙うアヤカシですか‥‥やらせはしませんよ」
 サーシャ(ia9980)は、避難所の近くで、接近してくるアヤカシ複数を前にしていた。普段糸目で閉じられているサーシャの両眼が、開かれる。
「掛かってきなさい。ここから先は一歩たりとも通しません」
「たった一人で我らを止めるつもりか」
「ふふ、止めることは出来ませんよ」
 サーシャは沸騰するような怒りがこみ上げてくるのを、押さえきれずに、声を張り上げて剣気を叩きつけた。
「ここから先は、行かせません!」
「ふん‥‥」
 アヤカシ二体は、槍と剣を構えると、サーシャとの距離を詰める。
「貴様を殺して、絶望にくれる民の恐怖を食らってくれる!」
「死ね!」
 加速してくるアヤカシの攻撃を、サーシャは受け止めて、グランドソードを勢いよく振り回した。
「はああああああ‥‥!」
 直撃――。ソードがアヤカシを切り裂き、敵は苦痛に喚いた。
「何だこいつは――!」
「ただの人間じゃないぞ」
 サーシャは攻撃態勢のまま、アヤカシを睨みつける。
「私が何者であろうと、あなたたちの知る由のないことです。ここで、倒されるのですからね!」
「何を‥‥小娘がっ」
「甘く見るなよ!」
 アヤカシ二体はサーシャに向かって牙を剥く。

 朽葉・生(ib2229)もまた、避難所近くでアヤカシと向き合う。
「開拓者さん!」
「行って下さい――このものたちは、私が止めます」
 朽葉は村人たちに笑みを向けて、避難所へ行かせると、アヤカシの前に立ち塞がる。
「人間ごときが私に勝てると思うのですか?」
 アヤカシ術士は、あざ笑うかのように踏み出してくる。
「むざむざ死ぬようなものですよ。残念ですがね――死ね!」
 アヤカシ術士は、召喚アヤカシを叩きつける。異形の魔物が朽葉に食らいつく。
 しかし、朽葉は耐え凌ぐと、ホーリーアローを撃ち込んだ。
「聖なる一撃よ、敵を撃て!」
「ぬっ――!」
 アヤカシ術士は意外な反撃に驚愕する。自身を貫くホーリーアローが、今まで感じたことのない痛みを生じさせる。
「これは‥‥人間の術士か」
 アヤカシは憎々しげに、朽葉を睨みつける。
「ならば‥‥これならばどうだ!」
 アヤカシ術士は腕を一振りして、稲妻を放った。
「撃て!」
 朽葉も同時にホーリーアローを撃った。
 偶然にも、二つの術は空中で激突して、閃光を放って消失する。
「何‥‥!」
 アヤカシは驚いたように見開く。
「まぐれですが‥‥こんなことは滅多にありません」
 朽葉も油断なく杖を構える。
「おのれ‥‥」
 アヤカシは後退すると、霞となって姿を消す。
 朽葉は警戒しながら後ろへ下がり、鈴木が防御陣を築いている広場へ向かった。
 全ての民を迎え入れたところで、鈴木は民の周りを地面に書いた二重の円で囲んだ。そうして、鈴木は円と円の間に、地縛霊を仕掛けて行く。瘴気回収で練力を回復させながら、地縛霊を確実に仕込んでいく。
「鈴木さん」
「朽葉さん、そっちはどうです」
「どうにかアヤカシは後退しましたが、ここを狙ってくるのも時間の問題でしょう。天津さんやフェルルさんらが、引き付けてくれるはずですが」
「そうですね」
「今のうちに、壁を立てておきます」
 朽葉は言って、ストーンウォールで広場を取り囲んでいく。
 そこへサーシャが姿を見せる。サーシャは、アヤカシ二体を止められずに、後退していた。
「ごめんなさい! 数が多くて止められませんでした!」
 朽葉は援護に向かう。
「守りが出来上がっていて良かったです」
 と、別方向から霞化したアヤカシが実体化して円陣の中へ踏み込んだ――ところで地縛霊に足元をすくわれる。爆発と閃光がアヤカシを吹き飛ばした。
「ぐわ! 何だ――罠かっ」
「そうです」
 鈴木は円陣を槍で差し示す。
「これは結界です。アヤカシを防ぐためのね。円から先へ入ることは出来ません」
「何だと‥‥」
 それははったりだったが、この相手には十分だった。
 鈴木は敵を牽制しながら、斬撃符を撃ち込んでいく。

 フェルルは咆哮を連発して、アヤカシの大半を引き寄せることに成功する。それには、霞澄の瘴策結界が大きな援護となる。
「さて、アヤカシをどうにか引きつけましたね。確実に仕留めて行きたいところですね」
「まあ何とかなるやろ。俺の経験から言わせてもらうと、こいつらそんな大した相手ちゃうで」
 天津の言葉に肩をすくめるフェルル。そこへ、アルセニーとレートフェティが合流し、白蛇とヘラルディアも続いて到着する。
 アヤカシたちは、開拓者を取り囲み、憎悪の眼差しを向けていた。咆哮で引き寄せられた強制力が、またアヤカシ達の怒りを煽っていた。
「人間の戦士どもが‥‥まずは貴様らから全滅させてくれる」
「存外あなた方も経験が少ないですね。私たちのような者と戦ったことが無いとはね。だが、私たち人間はアヤカシのことはよく知っていますよ」
 アルセニーの言葉に、苛立つアヤカシたち。
「激発する前に、眠ってもらうわね」
 レートフェティが夜の子守唄を奏でると、アヤカシたちがばたばたと倒れて行く。
「悪いな。お前らと付き合っている暇はないんでな」
 天津はや矢を撃ち込んだ。
「行きます!」
 フェルルも突撃すると、アヤカシに切り掛かった。
 白蛇がスキル影でアヤカシを打ち抜き、ヘラルディアが神楽舞で支援する。
 開拓者たちの猛攻に、アヤカシたちは次々と押されていくが、簡単には倒れない。
 アヤカシたちの咆哮と開拓者たちの掛け声が戦闘地域に鳴り響き、激戦が続く。
 数で勝るアヤカシを、レートフェティの子守唄で封じ込めながら、個々の戦力では上を行く開拓者たちが確実に仕留めて行く。
 じわじわと数を減らしていくアヤカシ。フェルルの咆哮の効果時間も途切れたところで、生き残ったアヤカシたちは罵り声を上げて村から離脱する。
「ふう‥‥何とか終わったな。さて、鈴木らの方も早く片づけたらんといかん。行くぞ」
 天津が逃げ散って行くアヤカシを見送り、仲間たちを促す。
「鈴木さんたちも奮戦しているはずです。急ぎましょう」
 アルセニーも言って、反転して駆けだした。

 サーシャ、鈴木、朽葉はアヤカシの侵入を防いで、民の盾となっていた。円陣に敷いた地縛霊は確実にアヤカシの足を止め、三人はアヤカシを後退させる。
「おのれ‥‥!」
 アヤカシは歯噛みするが、そこへフェルルらが駆けつけてくると、形勢は一気に傾く。
 開拓者たちの攻撃にアヤカシ達は驚いて、村から逃走して行った。

 かくして無事に戦闘は終結する。
 霞澄とヘラルディアは村人たちを手当てしながら、民に安心するように言葉を投げかける。
「先に荒らされた場所のお片づけ、ですね。終わったらお話聞かせてくださいっ」
 フェルルは明るく協力する。
 椿老人は、眉をひそめる。
「何じゃお主らは、わしに会いに来たのか」
「はい! 黒井様の記録を調査中なんです」
「黒井? ほう、聞いた覚えがあるぞ。懐かしい」
 それから民の手当てが済むと、開拓者たちは、椿老人に話を聞いた。
「栢山という遺跡が見つかったのです。黒井様が神威人の伝承を元に研究されていた記録から、発見されたのです。私たちは、記録に残された新大陸への手掛かりを追い求めてやって来たのです」
「なるほどな‥‥その昔、黒井と言う男も、そんなことを言っておった」
「椿さんは伝承に詳しいと聞きます。話を聞かせてもらえますか?」
 椿老人は、命の恩人たちを前に、吐息した。
「わしが知っているのは、あくまで神威の伝説じゃぞ」
 そう前置きして、老人は腰を下ろした。
 開拓者たちは安堵して、椿老人の前にやってくる。
「大陸とは直接関係ないかもですが、伝承では土着の人と争ってるんですよね」
 フェルルが言った。
「共存の道はなかったのかな‥‥‥争う必要があった‥‥?」
「ふむ。わしのが伝え聞いた範囲ではこうじゃ。その当時、天儀は混沌としていて、よその国からやってきた先祖たちを受け入れるほどに寛容ではなかったのじゃ。そこで、土着の天儀人たちとの間で戦になった」
「戦に‥‥」
「うむ、多くの神威人が命を落としたのじゃ」
 椿老人は悲しそうな瞳を向ける。
 そこでフェルルはレートフェティに顔を向ける。
「伝承を読み解くのは詩人のレティの方が得意そう‥‥どう思います?」
「そうねえ。私から質問だけど、月の国はどんなところだったのかしら」
「それは‥‥恵み豊かな、緑と水に覆われた世界なのじゃ。人と精霊、ケモノたちが、自然の中で森とともに生きていた。この天儀の人間とは大違いじゃの」
「はっきり言うのね‥‥ところで、この森にはいつから住んでるの?」
 椿老人は遠い目をする。
「ここには十年ほど前から暮らしておるよ。わしも、遭都で同胞たちと暮らしていたのじゃが、色々とあっての」
 続いて口を開いたのは白蛇。
「月を滅ぼした『死の風を齎す星』‥‥‥その風は‥‥ひょっとして『瘴気』なのかな‥‥だとしたらやってきたアヤカシ達もその一旦なのかも‥‥」
 それから白蛇は問うた。
「伝承ではケモノだけでなくヒトや精霊も月の国から逃れたらしい‥‥月の精霊‥‥会ってみたいね‥‥」
「そうじゃのう。月の精霊たちと神威人は天儀へ来た時に別れた。どこへ行ったかは知らん。神威人とは良き隣人であったのじゃが。新大陸への道が発見されたとなれば、月の精霊たちに会う機会もあるかも知れんの」
 それから鈴木が言った。
「黒井さんの父親の事を御存知ですか」
「黒井と言う男なら知っておるよ。考古学者であろう」
「その方が、神威の伝承のどこに興味を持っていましたか?」
「そうじゃのう、とりわけ、人とケモノと精霊の国であるという点に、しつこく聞きまわっておったの」
「そうですか‥‥ちなみに、神威人にとって意味のある月相があれば教えてもらえませんか?」
「月相? 神威にも幾多の信仰があっての、満月を尊ぶ種族がいれば、新月を尊ぶ種族もおっての」
 最後に、アルセニーが椿老人に問いかけた。
「黒井という人物が残した謎の呪文があります。おいたし でなでな おいわかこぬ‥‥と言うものです。似たような謎の言葉が神威人の伝承に残されていませんか? 古い秘密のおまじないのような、今では意味が通じないものなどありませんか。何か心当たりがあれば」
「神威の伝承には、今では意味を失った言葉が多くあっての。例えば、つきわか たわたわ おりこし あまずはら‥‥とかの」
「そうですか‥‥」
 アルセニーは唸った。
 それでも、開拓者たちは幾つかのヒントを得て、椿老人にお礼を言って村を後にするのだった。