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■オープニング本文 ‥‥天儀本島、武天国の龍安家が治める土地、鳳華。この地は東西におよそ100キロ、南北におよそ100キロの領域であり、殊に東の大樹海と呼ばれる魔の森は東西およそ30キロ、南北およそ100キロと、鳳華の東方を覆い尽くしている。東の大樹海はアヤカシ達の発生源であり、そこから人里に向かうアヤカシとの間で目下激しい戦いが続いている。実際現在も複数の戦闘地域でアヤカシとの戦が進行中で、そちらは鳳華の主戦場である。 鳳華の地は北に山岳地帯が広がり、中部に高地や丘があり、南部に平原が広がっている。北東部から南西部にかけて天泉河という雄大な河川が流れている。また鳳華には北西部と南部に飛び地の魔の森があり、20キロ程度の広さを持っているが、その周辺でもアヤカシとの戦は絶えない。そして散発的なアヤカシの攻撃は他地域と同様にある‥‥。 ――東の魔の森近郊、最前線。 シノビが森から湧き出してくる異様な鳴き声に耳を澄ませていた。 しゃりしゃりしゃりしゃり‥‥と、砂をこすり合わせたような音が響いてくる。 「一体何が‥‥」 「気になるかえ」 突然背後に出現した気配に、シノビはとっさに反転した。 「お前は‥‥アヤカシの手の者か」 着物に身を包んだ女が立っていた。 「龍安弘秀に伝えるがよい。戦が始まろうとしていると‥‥」 「何――!?」 刹那、爆発的な加速力で突進してきた女が、シノビの首を鷲掴みにした。 「ふふふ‥‥わしを知らぬとは言わぬよ。わしの名は、黒太天」 「が‥‥がは‥‥っ」 シノビはあっという間にねじ伏せられて、窒息しそうになった。 黒太天はシノビを片手で持ち上げると、軽々と放り投げた。 「――!?」 起き上がったシノビは、森から湧き出てくる、無数の蜘蛛の大軍を目撃した。 黒太天の出現を知らせる一報が首都の天承に届いたのはそれから間もなくのことである。 「黒太天か‥‥」 頭首の龍安弘秀は、陰陽頭の明道心光悦を見やる。 「知っているか、その名を」 「無論。黒太天とは、蟲を操るアヤカシの将です。それも高い序列にいると思われます」 「奴は、戦が始まると」 「不穏の種をまくのはアヤカシの常套手段です。ですが、攻撃に出てきたのは真のようですな。黒太天はひとたび動けば攻撃的な性格ですぞ」 弘秀は、筆頭家老の大宗院九門を見やる。 「かつてあったような本格的な攻撃が始まるかも知れん‥‥今は、敵の出方を見極めるしかないが」 「兵を送ります。武将の直代殿を成望から動かし指揮に当てましょう。今後東が忙しくなって来るかも知れません」 大宗院の言葉に、弘秀は頷き、鳳華の地図に目を向けるのだった。 ‥‥無数の小型の蜘蛛が魔の森との境界10キロ四方を覆った。蜘蛛の大軍の一部が前進を開始すると、龍安軍の陣地に襲い掛かった。これはいわゆる示威行動であった。この小型の蜘蛛は実際最下位のアヤカシであった。志体持ちの兵士を揃える龍安軍にとって、見た目には気持ちのいいものでなくても、サムライの地断撃の連射を中心に、蜘蛛の雑魚アヤカシの前進を粉砕する。 「アヤカシは魔の森との境界は埋めたわけですね。この次には、本格的な攻撃が来るでしょう」 龍安家武将の直代神樹は、思案顔で東の方角を見やった。 ‥‥半人蜘蛛と人面蜘蛛の大軍がざわざわと森から出没し、小蜘蛛を踏み潰していく。半人蜘蛛は蜘蛛の胴体に人間らしき上半身が乗ったアヤカシで、人面蜘蛛は頭に大きな人間らしき顔が付いていた。 甲高い声で泣き喚く蜘蛛のアヤカシたちの中に、ひときわ大きな蜘蛛と、サソリと、大甲虫が姿を見せる。巨大蜘蛛には顔が付いていて、巨大サソリは後ろ足で立ちあがっており、大甲虫はとてつもなく大きな団子蟲のようである。 そこへ蜻蛉のアヤカシが飛んできて、龍安軍の陣容を知らせてくる。蟲アヤカシの首領たちは思案を巡らせる。 「何れ突破しなくてはならんが、さてどうするか。中々しぶとい連中だ」 「龍安軍‥‥先の借りは返す」 「私に妙案があります。龍安軍の正面に陣を敷き、数度にわたって波状攻撃を掛けます。我々の突進力を最大限に生かすのが最も良いでしょう。蟲に小細工は無用です」 「タイミングはどうするか」 「蜻蛉に空から状況は確認させ、混乱が拡大するたびに100体で四度の突撃を行います。一度に破れなくとも、最低で敵陣に打撃なり混乱を引き起こすことが出来れば‥‥」 三体のアヤカシの将たちは、そうして策を取りまとめると、空に蜻蛉アヤカシを飛ばしながら軍を率いて前進を開始した。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
紅月 刑部(ia2449)
18歳・男・志
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
風月 秋水(ia9016)
18歳・男・泰
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
八神 静馬(ia9904)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 戦の角笛が戦場に轟く――。 「敵アヤカシ勢、四列に分かれて突進してきます」 斥候のシノビが陣に戻ってくる。 総大将の直代神樹は頷くと、白蛇(ia5337)たちの献策を用いて、自軍の戦闘隊形を四列に編成する。アヤカシの波状攻撃を四列の陣で受け止めるつもりである。 「おうおう、やっかいやなあ、これは。とはいえこっから先に行かせるわけにはいかんからここでしとめさせてもらうで」 天津疾也(ia0019)は言って、自身の弓の具合を確かめる。武者震いしながらも獰猛な笑みを浮かべる。 「これだけ大規模な攻勢を何度も繰り返せるって言うのは脅威よね」 葛切カズラ(ia0725)は言ってから、肩をすくめる。 「それを何度も迎え撃てる龍安家の予算も脅威だけど」 「龍安家の軍資金は常にぎりぎりの状態なのです」 神樹がカズラの言葉に応える。 「その分民には苦労を掛けていますが‥‥」 アヤカシとの戦の絶えない鳳華の暮らしは決して豊かではない。龍安家は商人たちから戦費を借り入れることままあった。 「俺はサムライのルオウ(ia2445)! よろしくなー。ほんとに次から次へと大変だよなー、この国。できるだけ手伝ってやるぜぃ!!」 赤毛の熱血少年ルオウは、白い歯を見せてにかっと笑った。 兵士たちに声を掛けるルオウ少年。厳しい顔つきの兵士たちをばしばし叩きながら激励した。 「蜘蛛のアヤカシとはまた醜悪な。このような物の蹂躙を許すわけにはいかぬでござるな。直代殿、拙者も全力を尽くしてアヤカシの撃退に尽力させて頂くでござる」 紅月刑部(ia2449)は言って、神樹に一礼した。 「頼りにしていますよ。ともあれ無理はせぬように」 「まだまだ未熟者なれば、友軍の皆様方と協力して敵と当たりますゆえ」 紅月は言って頭を下げた。 白蛇が提案したのは味方を四列に配置する多層防衛陣である。弓と盾と近接武器を使い分ける形。敵一列目が来たら、後列の者達が遠距離攻撃で先制攻撃しつつ、一陣目の前衛が最前列に盾陣を張り迎撃する。敵二列目が来たら基本は同じ戦法で対応する。但し一陣目は下がり二陣目が最前列となる。これを三陣目、四陣目と繰り返すというものであった。また敵に対応してる隙に、後退した陣から戦力維持してる前衛系を抜き出し四陣目に加える事で層を厚くし、最終的に一気に押し返す作戦であった。 神樹は白蛇のこの策を用いて陣を敷いたのである。 白蛇はシノビを集めていた。 「あと‥‥僕を含めたシノビ達には超越聴覚を使って貰うね‥‥戦場に散り‥‥敵味方の声や音を聞き不利有利を計ったり‥‥敵遊撃の動きを察知したりして貰うよ‥‥」 「お任せあれ」 シノビ達は龍安家臣の白蛇に一礼する。 「また‥‥『各所に居るシノビの声を聞き取る』事で‥‥遠距離でも常に同時進行で情報や指示の遣り取りを出来るだろうし‥‥誤認を防ぐ為に‥‥各シノビは名前で呼び合うよ‥‥」 「かしこまりました。では、我々は白蛇様にならって、赤蛇、青蛇などといった具合に暗号名を使ってやり取りしましょう」 「ではそのように‥‥頼んだよ‥‥」 「さて、我はこの戦で何が出来るか‥‥いや、しなくてはならない」 まだまだ修行中の谷松之助(ia7271)は、言って戦場のピリピリした空気に肌をさすった。 「これが戦か‥‥」 緊張して周りを見渡す谷に、天津が歩み寄った。 「まあ、やることはいつもと変わらんで。アヤカシの数が多くて味方の数も多いけど、それぞれに役割を果たすことやな。まあ大規模戦やから、戦術はちと大がかりやけどな」 「天津‥‥汝はギルド屈指の使い手と聞く。この戦、勝てそうか」 「それは分からん。俺も専門家やないからな」 天津は谷の肩を叩くと、肩目をつむって見せた。谷は肩をすくめて吐息する。 「それにしても、これほどの大きな戦が頻発しているとは‥‥この地で何か起ころうとしているのでござろうかな」 風月秋水(ia9016)は、言って天津を見やる。 「さてなあ‥‥俺もここの話は噂程度にしか知らんが、と、総大将殿がいるやんけ」 天津は神樹を呼びとめた。 「何でしょう」 「戦の前に聞くのもどうかと思うのでござるが、黒太天とやらが何か罠を仕掛けている可能性と言うのもあるのでござるか」 「そうですね‥‥黒太天が活動していたころは、私もまだ子供でしたし、詳しくは分かりませんが、この鳳華には大将クラスのアヤカシが幾人か確認されているのは確かです」 「年表を見せてもらったでござるが、相当に激しい戦いがあったようでござるな」 「そうです。再び、あのような混沌期に鳳華を向けるわけにはいきません。これ以上魔の森にのみ込まれるわけには‥‥」 「ふむ‥‥」 神樹の言葉に一同沈黙する。 「皆の衆、戦を前に重い空気だな」 滋藤柾鷹(ia9130)は言って、歩み寄ってきた。 「鳳華のご時世を聞いていると、ここにもアヤカシの影があるんやなと思わずにはいられんで」 「アヤカシの影か‥‥拙者、刀一本で生きてきたから、世知辛いご時世なのはよく分かる。もっとも、嘆いていても、アヤカシは待ってはくれないのがだがな。あやつらが、人の恐怖や怨嗟につけ込むのはよくある話だ。このように徒党を組んで大きな戦を仕掛けてくるのは珍しい方だろう。アヤカシとの戦が熾烈な土地と言うわけだが」 「我は初めて見たのでな。こんな大軍のアヤカシ。先の合戦は噂程度にしか知らぬのだ。開拓者になったのもつい最近のことだしな」 「志体を持って生れた以上、アヤカシと戦うのは宿命みたいなものだ。残念ながら。逃げることは出来ん。恰好を付けるつもりはないが」 滋籐は言って、肩をすくめた。 「特にここは激戦地だった場所ですからね」 神樹は開拓者たちを見渡した。 「かつて多くの開拓者の力を借りたこともあります」 夏麗華(ia9430)は戦場の喧騒の中で淡々と準備を進めていた。手持ちの手裏剣の具合を確かめる。 「夏さん」 八神静馬(ia9904)が声を掛けた。 「八神様、いよいよですね。敵も接近してきました」 「うう、緊張しますね。こんな大規模な戦い、俺は初めてなんですよ。足を引っ張らないようにしないと」 「よお静馬! そろそろ行くぜい!」 ルオウがやってきて、静馬に呼び掛けた。二人は前衛にてアヤカシを迎え撃つことになっている。 「ええ、分かりました」 静馬は深呼吸すると背筋を伸ばした。 「戦闘が終わったら、無事に再会できることを祈っていますね」 夏は静馬を元気づけるように言葉を投げかけた。 「生きて帰れるように、頑張ります。仕官もしたいですしね」 「行くぜい!」 ルオウは意気盛んに、静馬は何度も深呼吸しながら歩いていく。 「私達一人ひとりが力を尽くせば、必ず勝てるはずです」 夏は、ふと故郷の泰国を思い出した。遠い異国の地で戦に臨もうとしている自身の運命の数奇を、夏は思い、家族の顔を思い出していた。 ――戦闘が始まる。アヤカシ軍第一列が突進してくる。 「人面蜘蛛と、半人蜘蛛‥‥来るぞ!」 「第一陣前に! アヤカシの攻撃を受け止めつつ、後陣は弓で迎撃せよ!」 「巫女は戦線各所に待機! 陰陽隊も、各所で迎撃に備えよ!」 「敵戦列! 射程内に突入!」 ――オオオオオオオオオオオオオ! ざわざわざわざわ‥‥と、地面を掻きむしるような音とともに、巨大な蜘蛛のアヤカシ達が突撃してくる。 「何ともおぞましい光景やな」 天津は言いつつ、矢の狙いを付ける。 「放てえ!」 合図とともに、自軍中衛に位置する開拓者たち、天津、白蛇、風月、滋藤、夏たちも弓や手裏剣で攻撃を開始した。 ――ガオオオオオオオオ! アヤカシの第一陣は猛烈な矢の応射を受けつつ、龍安軍に激突してくる。 龍安軍第一列は、盾を構えてアヤカシの突進を受け止めた。 「そう易々と抜けられると思わんことやな!」 天津の凄まじい一撃がアヤカシを射抜くと、アヤカシは崩れ落ちて瘴気に還元した。 白蛇は超越聴覚で戦況をシノビ同士でリアルタイムに確認する。 「こちら青蛇です。人面蜘蛛と半人蜘蛛意外に目立ったアヤカシはいません」 「赤蛇より、同じく戦線に変化なし。事前の情報通りだ!」 「白蛇だよ‥‥今のところ、予定通りだね‥‥」 白蛇は手裏剣を撃ち込みながら、耳に手を当て、味方のシノビの声を聞く。 「多かれ少なかれ、犠牲は、出る‥‥それを減らす手伝いをする、それが今回の俺の役目、だ」 風月は、弓を撃ち込みながら、戦闘の高揚感に包まれていた。 「アヤカシ、滅せよ」 矢を撃ち込めば、アヤカシを貫通して消滅する。 「撃って撃って撃ちまくるのみだ。行くぞ、撃てば当たる」 滋籐は矢を解き放った。ほとばしるような一撃がアヤカシを貫く。 「さて、いきますよ」 夏は手裏剣を飛ばし、確実にアヤカシを沈めて行く。 なんだか回を増す事に大規模な戦になってきてるわね〜〜供給源を叩かないとそのうちジリ貧で潰されそうな感じ。それは置いといて今回は今回の戦を勝ち抜くのみ‥‥。カズラは胸の内で呟き、焙烙玉を投げ込んだ。爆発がアヤカシを吹き飛ばす。 アヤカシ第一陣は龍安軍の壁の前で立ち往生しながらも、盾となる龍安兵に攻撃を加える。 龍安軍の第一陣は、猛攻に耐えつつ、巫女が後ろを支える。 「正射三連!」 神樹の号令とともに、龍安軍から矢が次々と放たれ、直撃を受けたアヤカシが次々と瘴気に還元していく。 と、陰陽師が人魂で鳥を飛ばし、続いてやってくるアヤカシ第二陣を確認する。 「アヤカシ軍中央に、大甲虫の姿あり」 「それは恐らく銀鈴だね‥‥」 白蛇は情報を確認すると、神樹に伝える。 「アヤカシの第二陣に‥‥大甲虫、蟲アヤカシの将が控えているみたい‥‥」 「大甲虫ですか? どこかの戦場に出現していましたね」 神樹は第一陣を後退させ、第二陣に前に出るように号令を下す。旗が振られ、太鼓が鳴り、龍安軍は整然とした動きで後退と前進を同時にやってのけた。 「お見事」 天津は矢を装填しながら、味方の統制された動きを見やる。 「敵第二陣、接近してきます!」 「第二陣迎撃用意! 後ろの第三陣は前に! 同じく敵第二陣への攻撃態勢に入れ!」 ルオウ、紅月、松之助、八神たちはいよいよ前に出る。 「いよいよ出番だぜー! うずうずするな!」 「死力を尽くすのみ、何とか敵将を上げることが出来ればそれに越したことはないでござる」 「蜘蛛の大群とは‥‥いつ見てもおぞましいものだな」 「皆さんよろしくお願いします。微力を尽くします」 そして――銀鈴率いるアヤカシ第二陣が激突してくる。 態勢を整える龍安兵の目に、土を蹴散らしながら突進してくる巨大蜘蛛の足がはっきりと見える。獰猛な叫びを上げるアヤカシの瞳が龍安兵を捕える。 「来るぞ!」 ――ガオオオオオオオオオ! 「人間ども! 先の借りは返させてもらうぞ!」 大甲虫の銀鈴は爆発的な勢いで突進してくる。 「弓を撃ち込め!」 「四連正射!」 ドドドドドドドドドドオオオオオオオオ! と撃ち込まれる矢の嵐をものともせずに、銀鈴は驀進してきた。 雑魚の蜘蛛アヤカシは盾に激突して足が止まる。が、銀鈴は一気に龍安軍を貫通した。 「早速来たかよ! にゃろう!」 ルオウは銀鈴に切り掛かった。紅月、谷、八神もなだれ込んでくる雑魚アヤカシの迎撃に向かう。 「敵の勢いが尋常ではない‥‥前に出る」 風月は飛手に持ち替えると、突破された箇所に向かって走った。 「陣を一気に抜かれました! あの大甲虫め‥‥!」 「落ちいて迎撃しましょう。敵はまだ来ます。確実に目の前の敵を退けて行きましょう。接近戦の合図を」 神樹は部下に命令すると、白蛇に言った。 「シノビ達に情報収集に当たるように伝えて下さい。混戦になることも想定内ですが、確実な状況を把握しておきたいので」 「分かったよ‥‥任せて‥‥」 神樹は頷くと、自身も刀を抜いた。 「サムライ衆前へ! 志士と泰拳士は近接戦闘に移って下さい!」 ――龍安軍に飛び込んだ銀鈴は猛烈な勢いで兵士たちを吹き飛ばしていく。 「先日の借りよ! 皆殺しにしてくれるわ!」 「やっこさんとち狂ってるな」 天津は厳しい顔で銀鈴を見やりつつ、矢を撃ち込んだ。 ズキュウウウウン! と矢が貫通して銀鈴の装甲を吹き飛ばした。 「奴を止めろ!」 銀鈴に無数の矢が撃ち込まれる。 「今度は逃がさないわよ大甲虫」 カズラらは斬撃符を連発した。式が銀鈴を切り裂く。 「ガアアアアア! この程度で!」 銀鈴の体当たりを、ルオウ少年が正面から受け止めた。 「ぐぬぬぬぬぬ‥‥」 ルオウの筋肉がはちきれそうに脈動する。10メートル近い銀鈴の巨体を押し返す。 「な、何!」 「だあああああああ!」 ルオウは刀を振り上げた。ドゴオオオオオ! と衝撃で銀鈴の巨体が宙に舞い上がった。 「さすがでござるな‥‥!」 紅月、谷が突進する。 「この大甲虫を吹き飛ばすとは‥‥」 風月、八神も突撃する。 「サムライの滋藤柾鷹。推して参るっ、道は開く、先へ行かれよ。後は任せた」 滋籐は刀に持ち替え、銀鈴への道を開く。 転倒した銀鈴に龍安軍は集中攻撃を浴びせた。 「倒れなさいアヤカシの将」 夏も手裏剣を叩き込んだ。 「おおおおおお‥‥!」 ぼろぼろになりながらも、銀鈴は立ち上がると、巨体を旋回させて兵士たちを吹き飛ばした。しかし力は落ちていた。 「行くぞ!」 「この機を逃すな!」 開拓者と龍安軍の一部が銀鈴にさらに集中打を浴びせる。 ズウウウウウン‥‥と、大甲虫の活動が停止し、このアヤカシの将が崩れ落ちて瘴気に還元していく。 「や、やった!」 だが勝利の余韻に浸っている時間は無かった。 「敵第三陣、第四陣、続いて二つに分かれて突進してくるよ‥‥」 白蛇の言葉に総大将である神樹は鋭い声を飛ばす。 「総力戦の用意を! まだ挫けるわけにはいきませんよ!」 「総力戦用意!」 「総力戦ですか‥‥厳しいものですね。まだ第二陣の敵が残っているのに」 夏は蜘蛛アヤカシを手裏剣で沈めると、混沌とする戦場を見やる。 ここまでの戦闘で、龍安軍は半数近いアヤカシを撃破している。自軍も消耗しているが、今のところ死者はない。士気は衰えていなかった。 続いて押し寄せるアヤカシの大軍を跳ね返した。 残るアヤカシの敵将、牙莱と普揚の二人は、トンボアヤカシからの報告で銀鈴の死亡を確認して、自軍の蜘蛛をぶつけると、慎重に後方で状況を確認していた。 やがて龍安軍は蜘蛛を押し返して撃破して行くと、牙莱と普揚は前に出てくることはなく撤退する。 「敵が引き上げて行くよ‥‥」 白蛇の言葉に、神樹は頷く。 「東への警戒を残して、私達も一端後退しましょう。傷を回復しないと」 谷は去りゆくアヤカシを見送って、東の地平に視線を落とした。 「終わったのか‥‥だが、諸悪の根源は‥‥」 魔の森から出没したアヤカシの大軍は、依然として東に残っている。戦いは終わらない。 |