【天龍】魔の森掃討戦
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/20 00:24



■オープニング本文

 ‥‥戦続きの天儀本島、武天国の龍安家が治める土地、鳳華。この地は東西におよそ100キロ、南北におよそ100キロの領域であり、殊に東の大樹海と呼ばれる魔の森は東西およそ30キロ、南北およそ100キロと、鳳華の東方を覆い尽くしている。東の大樹海はアヤカシ達の発生源であり、そこから人里に向かうアヤカシとの間で目下激しい戦いが続いている。実際現在も複数の戦闘地域でアヤカシとの戦が進行中で、鳳華の主戦場である。
 また鳳華には北西部と南部に飛び地の魔の森があり、20キロ程度の広さを持っているが、その周辺でもアヤカシとの戦は絶えない。そして散発的なアヤカシの攻撃は他地域と同様にある‥‥。

 件の南部の魔の森――。
 一人の男が、傭兵たちを率いて魔の森の掃討作戦を行っていた。男の名は雷牙。数多の傭兵を掌中に収める自称傭兵王であり、いつの日か自他ともにそう呼ばれるようになることを野望に抱いているサムライである。雷牙は各地を転戦しては傭兵を率いてアヤカシとの戦いに挑んでいた。その傭兵集団は並みの城なら落とせるだけの戦力であり、いつの日か雷牙は傭兵の国を築くことが夢だった。今は氏族に雇われるしかない身であるが――。
 その雷牙が再び鳳華の土地を踏み、龍安家から依頼を受けたのは、魔の森の掃討作戦の話が出ていた時だった。
 南の魔の森は南北に10キロ、東西に20キロ程度の広さであり、実際全てを焼き払う前に再生されてしまうので――魔の森は一カ月程度で再生される――掃討作戦はいたちごっことも言える作業であるが、周辺への脅威を考えるとそれは必要な作業でもあった。
 雷牙は20門の大筒を並べて陣を敷き、長期戦の構えを取った。今回雷牙が束ねている傭兵は300人、ずいぶん大所帯になった。
「さあて、これから大掃除を始めるぞ。魔の森の討伐だ。前にもやったがアヤカシどもが出てきて不意にされたからなあ。根気のいる作業だが、よろしく頼むぞ」
 雷牙はしわが増えて白髪が多くなっていたが、以前に増して戦人としての風格が出ていた。行動を共にする傭兵たちは、雷牙に畏敬の念を抱いていた。確実に氏族から大きな仕事を取ってくるその手腕は、雷牙が非凡な才を持っていることを示していた。今は傭兵集団も拡大を辿っており、雷牙は自信を深めていた。戦争屋と揶揄されることもあるが、雷牙はそんな雑音を歯牙にも掛けなかった。
 そうして魔の森掃討作戦が始まる。傭兵たちは龍で上空から森の様子を確認しつつ、大筒を撃ち込み、森の木をなぎ倒し、焼き払いに掛かった。

 ‥‥森の中で大筒の音を聞いたアヤカシの首領は、むくりと起き上がった。
 また俺様の眠りを妨げる人間どもが来たか‥‥懲りない奴らだ。その巨大な白毛の狼は、体長10メートル以上はあった。この狼の名を洪狼(こうろう)と言った。
 そこへ、赤、青、黄、緑、銀、金の六体の狼たちがやってきた。
「洪狼様――人間どもが大軍で攻め寄せてきました」
「大軍で来るのは久しぶりですね〜。これはいい機会です。今度はみんな食い殺してしまいましょう」
「殺すのは適当でいい。人間たちの本格的な攻勢を呼び込むことになる」
「不穏と怨嗟の念を高めること、これに尽きる」
 すると、洪狼は牙を剥いて笑った。
「我々は確実に狩りをしよう。奴らは森を焼きに来た。ならば、奴らを森に誘い込み、一網打尽にするのだ」
 洪狼は六体の狼に命じると、雷牙たちへ攻撃を命じた。

「――雷牙さん!」
 若い志士が雷牙に駆け寄ってきた。雷牙は煙管を吹かしながら、若い志士を見た。志士の顔は切迫している。
「落ち着け。敵でも出たか」
「は、はい! 森のあちこちから色つきの狼が出てきて、大変なことになっています」
「そうか‥‥来たか」
 雷牙は煙を吐き出して、立ち上がった。若い志士はその巨躯から放たれる気配に圧倒される。
「反撃は予想の内。叩き潰すまでだ」
 雷牙は自ら刀を手に戦場へ。傭兵たちは狼を撃退するべく、森へ踏み込んでいくのだった。
 そしてこの依頼に参加する開拓者たちの姿もその中にあった。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
剣桜花(ia1851
18歳・女・泰
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰
周太郎(ia2935
23歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
鞘(ia9215
19歳・女・弓
イワン・リトヴァク(ia9514
28歳・男・志
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657
19歳・女・弓


■リプレイ本文

「何? 撤収すると言うのか?」
 雷牙は、まず剣桜花(ia1851)の提案を聞いて眉をひそめる。
「森の中でアヤカシと戦う必要はありません。森の中ではアヤカシの力が増すと言います。敵を森の外へおびき出し、迎撃すればよいでしょう」
「そううまくいくかな」
「何といってもアヤカシの総数は不明です。万が一森の中で待ち伏せでもされていたら、敵の思うつぼです。狼相手とはいえ、油断は禁物でしょう」
「確かに敵の戦力は不明ではあるが」
「最初から森の中で戦うのは、まず拙攻と言って良いでしょう。ひとまず兵を引き、森の外に陣を敷くべきだと思います」
「そこまで言うか」
 雷牙はこれでも百戦錬磨の人物である。桜花が言うようにアヤカシが待ち構えていることも十分に承知はしている。まだアヤカシの数が少ないと言うこともあって、これが本格的な敵の攻撃か見極めようとしていた。雷牙の仕事は森を焼くことであるが、アヤカシの撃退も報酬には含まれている。桜花の策はいかにも慎重に思えたし、慎重に過ぎるのではないかと雷牙は思うのだった。だが最終的には雷牙はその提案を受け入れる。兵士たちからも他に目立った策は出なかったし、またこれと言って反対も出なかった。
「砲兵にはアヤカシが出てきたら後退してもらって下さい。貴重な戦力ですからね」
 雷牙は肩をすくめると、桜花の言葉に応じる。
「全軍撤収の準備を開始せよ。森の中から兵を退く」
「兵を引いた後には、方陣を引きます」
 剣桜花は筆を取ると、卓上の地図に陣形を書き込んでいく。菱形の先端が森を向くように、方陣を書き込んだ。
「これで敵の攻撃を受け止めます」
「方陣か。戦理には適っているが‥‥まあ任せろ。俺の部下たちは戦に関しては玄人だ」
「それを聞いて安心しました。士気が低いとこの陣形は完成しませんので」
 そうして最初の方針は決する。森から兵を引き、アヤカシをおびき寄せることにする。
「雷牙さん、お久しぶりです」
 龍安家臣の鈴梅雛(ia0116)は言って、雷牙にお辞儀する。
「敵の方が足が早そうですが、うまくいくでしょうか」
「ああ、雛殿、作戦自体は大丈夫だろう。偽装撤退するくらいはお手の物だ」
 雷牙は12歳の雛に丁重な言葉を使う。巫女とは言え龍安家臣となればここでは雛の立場は雷牙の上である。
「ひいなは、ひいなに出来ることをしますね。狼が出てきたら、前に出て、味方の回復作業に当たります」
「よろしくお願いしますぞ」
「雷牙君、桜花君の策がうまくいけばそれで良し、失敗した時、また攻勢に転じる時には、陣形を開く必要があると思うんだけどねえ」
 星風珠光(ia2391)はそう言うと、雷牙は思案顔で頷く。
「ああ。まずはアヤカシがどう動くか見ておかないことには分からないが、その辺りは臨機に対応していくぞ」
「ボクからは一応広域戦闘も視野に提案しておくねえ」
「いったん乱戦になれば、終わってみるまで確実なことはないからな」
「とりあえず、ボクは最前線に出て撤退の助けをするねえ」
 珠光は死神の鎌を持ち上げると、交戦中の森に向かって歩き出した。
「さて、手早く片づけたいところだが‥‥」
 周太郎(ia2935)は落ちてきそうなサングラスを指で上げると、森の方を見やる。
「雷牙さん、あんたも随分と大きな勢力になったな。これだけの傭兵を率いて、傭兵の国を築こうとしているとか?」
「いつの日か、それは俺の生涯をかけた大事業となるだろな」
 竜哉(ia8037)はバトルアックスと苦無を点検しながら、味方が陣形を整えていくのを見守る。
「ま、一兵としてがんばりますか」
 竜哉は最初は方陣の右前衛に回るつもであった。傭兵たちと言葉を交わしながら、森の方を見やる。
「俺は方陣の右前衛に回るかね。とはいえ出来るだけ戦力は均等に割り振ったほうが良いんだろうから、皆との調整で別箇所に移動もするけどね」
 言いつつ、松明を用意する。
「松明は簡易的な暖房になるしな、手がかじかんで上手く動かせないとか言う状況になったら笑うに笑えない。防寒具がないわけじゃないだろうが、暖をとる手段は在るに越したことはないさ」
 慌ただしさを増していく陣中にあって、この男は平静であった。
「殺意も害意もケモノは敏感らしいからね。何も考えず、『モノ』を壊すつもりで行こう。恐れても何にもならないなら、死中に活を求めるのもまた必要だろうさ。自らの命も一個の武器として認識し、怪我も何も気にする事無く行こう。元々開拓者はそのための存在だからな」
 無理はするなと、若い女性志士が竜哉に声を掛ける。
「死んでは元も子もないわ。敵は無限だけど、私たち人間は死して蘇ることは出来ないのよ」と。
 朱麓(ia8390)は、仲間たちとともに戦闘開始前の緊迫の中にいた。
「さて‥‥ひと暴れと行くかねえ。久々ぶりの大戦だ!」
 周太郎、桜花、竜哉、雛、鞘(ia9215)に声を掛ける。
「アヤカシも森も‥‥全て焼き尽くしてやろうじゃないの」
「期待してるぜ朱麓。今回は連携技で決めてやろう」
「周太郎、まっかせておきなあ、あんたの所へアヤカシをぶん投げてやるからね」
 朱麓は仲間たちの様子を見やる。桜花は雷牙の傍らにいて、何やら話し込んでいた。竜哉は若い女性志士と語らっている。雛は一人、静かに前を向いていた。
「雛、あんたはよくここへ来ているって言うけど、どんなもんだい?」
「分かりません。ただ、ここは、一つの戦場にアヤカシがたくさん出てくることが、多いです。気をつけないと」
「報告書は少し見たけどね」
 朱麓はそれから鞘のもとを訪れる。鞘は厳しい顔で、戦の空気に触れていた。
「魔の森の焼き払い。が、最終目標になるね。正直、これだけの規模の戦いは開拓者になってどころか、当然だけど生まれて初めてだよ。こんな百単位の敵味方が入り乱れる、戦闘ではない正真正銘の戦に参加するなんて」
「鞘、ま、肩の力を抜いていこう。と言っても無理か‥‥初めての戦とあってはねえ。ま、生きて帰る、それだけを考えな」
 朱麓の言葉にうなずき、鞘は言葉を紡いだ。
「不安はある、恐怖ももちろんある。けれど、これが私の選んだ道だ。興味本位とはいえ、それを違えはしない。まぁほんの少しぐらいは後悔してなくもないけど、今更逃げ出しはしないさ」
 それから鞘は、思案顔で砲兵たちを見やる。
「この規模の集団でどう行動するべきかなんて未熟な私じゃ正確に判断できないけど、砲兵の傍について護衛につく。この砲兵達がこの戦で重要な役割を担うっていうのは幾ら私でも理解できる。私みたいな小娘も護衛につくのは逆に不安かもしれないけどね。武天で自在に扱えば武士の誉れという五人張を使う点で不安を抑えられればいいけど」
 鞘は言って、吐息する。気がつけば、弓を握る手が硬くなっていた。
 先週は魔の森周辺んで植物採取にいそしんでいたが、今日はそこへ火を放とうとしている。
「皮肉なものですね」
 イワン・リトヴァク(ia9514)は苦笑しつつ、前線へ向かって歩き出していた。
「まあ、熟練者と一緒に戦っても私の技ではすぐに敵にのみ込まれてしまうでしょう。自身の身の丈に合った戦いをしましょうか」
 イワンは言って無理のない戦いを心がける。強敵と出会ったらすぐに逃げ出す算段を付けておく。
 奈良柴ミレイ(ia9601)は雷牙に提案する。
「龍で索敵する部隊に敵の誘導能力も持たせてはどうか」
「と言うと」
「高度を下げて火炎瓶を投下すれば敵の注意をひきつけることもできよう。戦況に応じて後続の敵部隊を牽きつけたり遠ざけたりできれば前線で戦う者も楽ができよう」
「龍を持つ者たちにな‥‥やってみる価値はあるか」
「火炎瓶は龍の鞍に取り付けたり箱や嚢に入れてそれを背負うか龍に縛り付ければ複数携行できる。着火に関しては火のついた松明を持たせてはどうか。目立つので敵の注意も一層集まるのでは。消えた際の用心に火打石も持たせる。空で龍の炎スキルを使い攻撃能力を持っていることを見せるのもアヤカシにとっては効果があるのではないか」
「アヤカシに通常の火は利かんが、牽制にはなるだろう。龍部隊と協力して行動を起こしてくれ」
 雷牙の許可を得ると、ミレイは火炎瓶の用意に取り掛かって行く。
「弓術師のコルリス・フェネストラ(ia9657)と申します。よろしくお願いします」
 コルリスは言って、作戦の流れを仲間達や味方部隊と相談する。
「アヤカシが持っていなくてこちらが持っている攻撃手段は陰陽術や弓術、そして大筒等の遠距離攻撃です。これらを主体的に使って攻め手を持ち続け、攻撃を加え続けて敵を動かし主導権を握り続けてアヤカシ達が構築しようとしている流れを立ち切り続ける戦法も一つのやり方とは思います。が、判断は皆様にお任せします」
「火砲の運用は最後になるだろうな。動き回る狼を狙うのは現実的ではない」
 雷牙は言って、森の方面から兵を引き上げを開始する。

 ――森の中からの撤退が始まる。
 珠光は最前で鎌を振るって味方を援護した。狼の攻撃をかわしながら鎌を叩き込む。
「みんな、森から退くように指示が出ているねえ。一端退くよ」
 イワンも剣を振るいながら、傭兵たちに言葉を投げかける。
「森の外へ新しく陣を敷いています。みなさん撤退して下さい」
 そうする間に、上空からミレイたちが火炎瓶を投下する。
 傭兵たちが撤退し始めると、狼たちは怒りの咆哮を上げて、続々と森の奥地から姿を見せる。
「すごい数が‥‥急いで逃げるよ」
 珠光は狼を切り裂き、反転した。逃げ出す傭兵たち。

 森から出た傭兵たちは、外に出たところで味方の方陣に合流する。
「さてはて、アヤカシが私の罠にはまってくれますかね」
 桜花は雷牙の傍らにいて悠然とアヤカシを眺めていたが、当の雷牙が最前線に出て行ったので仕方なく前に出る。
「悠然と見ている余裕はないぞ剣。援護しろ」
「援護ぐらいはしましょう」
 剣は肩をすくめつつ、笑みを浮かべる。
「森の外で戦う限り、アヤカシに勝ち目はないです」
 あふれ出る狼の大軍が方陣の先端に激突する。傭兵たちは狼の突進を方陣で受け止める。
 周太郎は最前線にあった。
「俺とお前等、どっちが本当の獣か‥‥な」
 刀を叩きつけ、時折斬撃符と雷閃を織り交ぜる。
「オン・マリシエイ・ソワカ! ナウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ!」
 式を解き放つと謎の呪文を一緒に唱える。
「小賢しい人間が! 突き破ってくれる!」
 赤い狼が人語を発して突進してくる。狼の口に手を突き入れ、そのまま霊魂砲を撃った。
「‥‥捕まえたぞ。口が利けるからって調子に乗るな、有象無象が‥‥消えな! オン・スンバ・ニスンバ・ウンバサラ・ウンハッタ!」
 竜哉は苦無で牽制しつつ狼にバトルアックスを叩きつける。
「三人で掛かれば確実さ」
 戦の最優先事項は生き残ること。決して無理な戦いはしない。
 朱麓は次々と突撃してくる狼を槍で粉砕する。気合十分。
「掛かってきな! 次はどいつだ!」
 長槍を無双のごとく振るって、串刺しにすると、周太郎に狼を投げ飛ばす。
「うむ、手応えは上々。後は任せたよ周太郎‥‥そおれっ!」
「良い場所だ‥‥ッ!」
 飛んでくる狼に殴りかかる周太郎、零距離から霊魂砲を撃った。
「オン‥‥アミリテイ・ウン・ハッタッ!!」

 狼があふれ出てきて、本格的な集団戦が始まる。
「すごい‥‥」
 圧倒的な敵味方の大軍を前に、鞘は五人張を構えつつ、息を飲んだ。
 砲兵たちは後方に待機して、戦の様子を見守る。鞘は彼らの前に立ち、五人張を解き放った。強弓がうなりを上げて炸裂する。

「受け流し‥‥から炎魂縛武!」
 イワンは狼を燃え盛る剣で叩き斬った。狼は絶叫して瘴気に還元する。
 龍から降りたミレイは方陣の一角に合流、槍構を駆使して低い体勢から長槍「羅漢」を振るう。
「御仏の加護のもとに!」
 ミレイは槍を突き出し、狼を串刺しにする。
 コルリスは、方陣の中にあって、森から出てくる狼たちを確実に捕えていく。
 雛と剣ら、巫女たちは味方の回復作業に追われる。
 戦線の各所でアヤカシの首級が目撃され、狼の群れもそれなりに統制された動きを見せる。
 そこへ、ひときわ巨大な白毛の狼が姿を見せる。洪狼である。
「何だあいつは‥‥」
 ざわめく兵士たち。
 オオオオオオオオオ‥‥オオオオオオオ!
 洪狼の咆哮が大気をびりびりと振るわせると、森の奥地から咆哮が轟いてきて、残っていた狼が全軍突入してくる。
「小賢しい陣など! ひと思いに突き破ってくれるわ!」
 洪狼は雄たけびを上げると、群とともに突進してきた。方陣の先端が洪狼の突進で崩壊する。
「あのでかい狼を止めろ!」
 開拓者と傭兵たちは洪狼の巨体に攻撃を叩きつけたが、洪狼は化け物じみたパワーで弾き飛ばす。
「何て怪物だ‥‥」
 朱麓は洪狼の一撃で骨が砕ける。
「我が式よ‥‥炎を操りし九尾となりて、我が命に従い敵を焼き尽くしなさい」
 珠光は火炎獣を呼び出すと、首輪のついた青い九尾の狐が火を吹く。洪狼を直撃する。
 それでも洪狼は傍若無人なまでに傭兵たちを蹴散らし、猛威を振るった。しかし、傭兵たちも狼の群れを確実に撃退し、洪狼を孤立させる。
「ふふ‥‥此度はこれまでか。首一つもらって帰るとしよう」
 洪狼は竜哉とともに戦っていた女志士の首を牙で一撃のもとに吹き飛ばすと、笑声を残して森に消えた。
 そうして、狼は潮が引くように撤退する。
「くれぐれも最後まで油断しないで下さい」
 雛は閃癒で森に向かう兵士たちを回復した。
 コルリスは警戒しながら味方とともに森に踏み込む。
 傭兵たちは散開して森に進入すると、残党の狼を狩りながら森に火を放っていく。
 大筒が撃ち込まれ、吹き飛ぶ魔の森に火がじわじわと広がって行く。大きな火を焚いて、傭兵たちは森に火が移るまで地道な作業を続けた。
 ミレイは炎を見つめながら、雷牙に話しかけた。
「雷牙」
「ご苦労だったな」
「鳳華のことだ」
「何か」
「仕官の話を聞いた。統治者がアヤカシに手一杯ならばさぞ盗賊も稼ぎやすいだろう。やはり治安が悪いと聞くが、自分の目で見たわけでもない。志体を持って生まれた以上、力のない者を守る義務はあると思う。でも、それは鳳華だけではなくて。迷う。特別鳳華の家臣として働いていく覚悟までは‥‥」
「ああ、頭首の龍安弘秀は神楽在住の開拓者については、柔軟に考えていると聞く。仕官は立身出世と言うより、鳳華の戦において、有事の際に兵を任せることが出来る人間を増やしたい、そう言う話だそうだ。俺が言うのも何だが、堅く考えることは無いと思うがな」
 雷牙は頭を掻きながら話してくれた。
「まあ最近戦が大きくなってきて、アヤカシの本格的な攻撃が始まる‥‥そんな噂がある。俺みたいな人間にとっては有り難いことだがな」
 雷牙は豪快に笑う。ミレイは燃え盛る魔の森を見つめながら、思いを巡らすのだった。