【天龍】鳳華の戦い8
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/15 19:14



■オープニング本文

 天儀本島、武天国。龍安家の治める土地、鳳華――。
 首都の天承で龍安家から依頼の詳細を聞いた開拓者たちは、鳳華の南方にある戦闘地域に向かう。戦闘地域というのは、ここ鳳華は、東の大樹海から出没するアヤカシとの慢性的な戦闘状態にあり、域内は実質的に戦争状態にあった。最前線では、どこかで兵士や傭兵たちがアヤカシと戦っている。
 ここはそんな戦線の一つ。公山楼と呼ばれる地域で、かつて幾つかの村があった場所であった。過去形で語られているのは、すでに村はなく、アヤカシとの戦いで荒廃した戦場であるから。ギルドに依頼が寄せられた通り、公山楼は現在アヤカシとの慢性的な戦闘状態にあった。偶発的な戦闘ではなく、アヤカシ軍がそれなりの兵を率いて進軍している。西へ抜ければ村や集落が点在する人界とアヤカシ軍との境界線でもあるのだった。
 龍安家から開拓者ギルドに寄せられたのは、激しさを増す公山楼における戦闘の助勢ということである。公山楼は500メートル四方程度で、至るところに家屋の残骸が放置されており、それらはシノビが偵察に出たりする際には遮蔽物に使われることもしばしばである。
 龍安軍の陣は西に築かれており、アヤカシの陣地は東に築かれていた。開拓者たちは、龍安軍の陣に入り、状況を聞く。龍安軍を指揮する若いサムライ、伊野大地という精悍な顔つきの青年が開拓者を出迎えた。
「神楽からの援軍か。待ちかねたぞ」
「年の瀬も迫っているというのに、アヤカシの攻撃に休むところなしか‥‥」
 開拓者のつぶやきを聞き、伊野は苦笑する。
「全くだ。俺も故郷に帰って家族に顔見せしたいところだが、恐らくそうもいかん」
 伊野は陣中に開拓者たちを通し、戦場の地図を見せた。
 西の端に龍安軍の本陣、サムライ50人と巫女5人、陰陽師5人、傭兵はおらず龍安兵で構成された部隊である。そして本陣の前方に二つの前衛とも言うべき壁を敷いている。北側と南側の前衛部隊である。それぞれこちらはサムライが20人、巫女5人、陰陽師5人と、二つの部隊も龍安兵である。
 今のところ前の二つの部隊でアヤカシを止めている。伊野はアヤカシ軍も本格的な布陣を敷いていることもあって、この戦いは長期化すると見ていた。無理に攻撃を仕掛けず、今は当面敵の勢いを食い止めることで良しとする方針を立てていた。まずは公山楼で敵を食い止める、負けないことに徹していたのである。
 伊野は開拓者たちには、しばらくの間防備の強化に力を貸して欲しいと伝える。

 ――公山楼の東、アヤカシの陣中。
 三体の人型アヤカシが話し合っていた。いずれも屈強な偉丈夫で、牙を生やしていた。名を左厳、右厳、破厳と言った。
「龍安軍の大将はどうやら本気で攻める気は無いようだな」
「およそ負けなければ良いと考えているのだろう。賢明な判断ではあるが」
「だが、負けない戦をされては我々も手詰まりだ。どうするか」
 左厳と右厳は頭を悩ませる。すると破厳がにんまりと笑みを浮かべる。
「知れたことではないか。増援だ。戦が広がれば広がるほどに、鳳華に不安の種は広がろう。それとなく見せるだけで十分だろう。増援が来ると知れば、龍安軍も動かざるを得まい。我々は攻撃態勢に入るぞ。龍安軍の前衛に総攻撃をかける。こちらは兵士がいくら死んだところで構わんのだ」
 左厳と右厳は感心したように破厳を見やる。
「そうか、ならば思い切って龍安軍を攻撃してやるまでだな」
「破厳、お前はやはり知恵が回るな」
 そして、アヤカシ軍は動き始める。

 ――再び龍安軍の陣中。
「おい――敵が動き出したぞ」
 前衛部隊に接近するアヤカシ集団。それぞれ約20体のアヤカシ兵士で構成される集団が五つ、龍安軍を半包囲するように広く展開して矢を射かけてくる。
「総勢100体以上か‥‥アヤカシも焦れたか。総攻撃に転じたかな」
 本陣の伊野は冷静であったが、シノビがもたらした情報に仰天する。
 公山楼の東から、さらに新手のアヤカシ集団が100以上、接近してくるという。
「これは‥‥打って出るしかないな?」
 開拓者の問いに、伊野は沈思の末に決断する。
「そうだな。打って出るしかない。アヤカシの増援が到着してからでは手遅れになる。こうなった以上は敵をどう叩くかだが‥‥」
 伊野と開拓者たちは、戦場の地図に目を落とすのだった。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
香坂 御影(ia0737
20歳・男・サ
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
伊崎 ゆえ(ia4428
26歳・女・サ
朝倉 影司(ia5385
20歳・男・シ
魁(ia6129
20歳・男・弓
木下 鈴菜(ia7615
17歳・女・弓


■リプレイ本文

「あら、こないにアヤカシが集まるとはほんまに滑稽やな」
 華御院鬨(ia0351)は言って、辺りを見渡す。
 龍安家家臣の焔龍牙(ia0904)は、軍を預かる伊野大地に歩み寄ると、作戦提案について話す。
「伊野殿、みなからも作戦の提案がありますので、聞いて欲しい。よろしく頼みます!」
「ええ‥‥提案は大いに歓迎します。聞きましょう」
 すると、朝比奈空(ia0086)が一礼して口を開いた。
「私から幾つか提案させて頂きますね」
「どうぞ」
「私も完璧な提案とは言えませんから‥‥他の方の提案も聞いてからとなりますが‥‥」
 空は自身の作戦について述べる。
 ――まず別働隊を作り、一番端のアヤカシ部隊を撃破。その後、数的な有利を以て確実に潰していく。別働隊は確実に敵の部隊を撃破する為に40人程度を用意。戦力の分散による各個撃破を避ける為、北端か南端の部隊のどちらか片方のみを狙う。敵の注意を別働隊からそらす為に本隊は正面の部隊への牽制を行い攻勢を凌ぐ。こちらからは無理に攻めずに弓で迎撃し、接近されたら白兵戦を行う。相手が別働隊へ兵を割いた場合は、こちらからも少し兵を割いて牽制を行う。本隊が包囲されそうなら、別働隊と合流して態勢を立て直す。別働隊が端の敵部隊を撃破した後は、そのまま真ん中の部隊を本隊と共に仕掛ける。
「二方向から仕掛ける形になると思うので、有利かな‥‥とは思います」
 伊野は思案顔で頷く。
「私も似たようなことを考えておりました。左右どちらかの翼を叩いていくのは有効でしょう」
 空はかすかに笑みを浮かべると、補足した。
「‥‥もし、相手が陣地に篭った場合は、火矢で燻りだします。木製なので焼けるでしょうからね」
 続いて鬨も改めて提案を持ち出した。
「うちとしては東側を先に倒す策を押しますなあ」
「東側‥‥と言いますと敵陣の方ですが? 背後を突くのですか?」
 伊野は疑問を投げかける。
「確かに攻めにくい場所どす。しかし、もしアヤカシの援軍が来た時に守りやすいどすし、援軍にこちらが勝っている雰囲気を出せるために東側から攻めるのは有効だと考えるんどす。しかしながら、そこに戦力を注ぎ込む訳にはいかないので、遊撃をする事を提案しますなあ」
「少数の部隊を以て敵と当たることになりますが‥‥」
「安心しなはれ、言いだしっ子のうちがいきます」
「そうですか‥‥では、兵を五、六名お貸ししましょう」
 伊野は言って、鬨に無理はしないように伝える。鬨は頷いて、思案顔で続けた。
「‥‥その後は、敵が攻めてこないなら、全体的に敵を包囲する陣形をとりましょう。うちらは東から順に中心に向かって攻めていき、右厳から攻略していきますわ。左厳と破厳は本陣である程度堪えてもらって、できるだけ援軍と合流するのを避けて、各個撃破していく、というのが理想どすな。攻めてきた場合は東側の防御を利用して持ちこたえて見せますわ」
「分かりました、くれぐれもお気をつけて」
 アヤカシ軍と正面からぶつかることになりそうだな‥‥。時間をかけると敵の援軍が到着か。数の不利を解消できるような優位性も、策も今のところなし。援軍が来る前にアヤカシ軍を片付け、次に備えるまでか‥‥。香坂御影(ia0737)は胸の内で呟きながら、仲間たちの話を聞いていた。自身は別動隊でアヤカシ軍を攻撃する予定。
 魁(ia6129)は龍安家家臣の弓術士。いまだ腕は未熟なれど、家臣として龍牙と同様に献策する。
「伊野、俺は弓部隊を率いて本陣の守りを固める。兵を貸してもらえるだろうか」
「分かりました。本陣の防備の一角をお任せします。弓隊の指揮を取って下さい」
「おおう!」
 魁は勇躍して戦場に目を向ける。
 それから龍牙は前衛を指揮するサムライたちに指示を出した。
「前衛の一部隊は、俺たちと共に行動してくれ、アヤカシ部隊を一部隊づつ、端から撃破していくぞ! もう一部隊は、本陣からの弓攻撃が届く範囲はまで引いてくれ、後は俺たちが撃破するまで持ちこたえてくれ。最後に一つ! 決して無理はするな! 年の瀬も近い、故郷の家族に悲しい思いをさせるなよ!」
 サムライたちは厳しい顔つきで龍牙を見つめ、重々しく頷く。彼らにも故郷があり、家族がいる。
「‥‥さて、では鬨さんたちは敵陣の東から回り込むとして、前衛と本陣の兵40を敵翼部隊の北側から回します。残る兵を再編し、敵の中央へ牽制しつつ攻撃を開始する‥‥と言ったところでしょうか」
 伊野は開拓者たちの意見をまとめる。
 そして龍安軍は攻撃を開始する。方針が伝えられると、全軍流れるように動き、二方向からアヤカシ軍に向かっていく。

 巫女の玲璃(ia1114)は別動隊の先頭に立って、瘴策結界を張り巡らせていた。
「‥‥‥‥」
 地面をゆっくりと踏みしめ歩みつつ、アヤカシの気配を探る。
「アヤカシの陣地を破壊することが出来れば‥‥」
 玲璃は思案を巡らせつつ、前進する。

 鬨は長駆迂回して、少数でアヤカシ達の背後に回り込み、遊撃の位置に付いた。
「行きますえ」
 サムライたちに声をかける鬨。
 本陣が攻撃を仕掛けるタイミングを図って飛び出すのを待つ。

 ――アヤカシ軍陣中。
 破厳は龍安軍が正面から進んで来るのを見て笑みを浮かべる。
「それで良い。じわじわと追い詰め、最後には滅ぼしてくれるぞ」
 破厳はアヤカシ兵士たちに弓の準備を整えさせる。
 そして、破厳は天に向かって咆哮する。アヤカシ達は歓喜の雄たけびを上げると、射撃を開始した。

 前衛に立つ喜屋武(ia2651)は咆哮すると、アヤカシの陣を乱しにかかる。
 アヤカシ兵士の戦列が崩れて、ばらばらと龍安軍に向かってくる。龍安軍のサムライたちも咆哮でアヤカシ兵士を誘引する。
「‥‥攻撃開始!」
 魁は号令を下した。サムライたちは弓でアヤカシ軍を威圧する。
 突進してくるアヤカシ兵士に喜屋武は立ち向かう。二メートルを越える長身の喜屋武は剛腕を振るって、槍を投げつけた。
 ぶうん‥‥! と槍がうなりを上げて、アヤカシ兵士を貫いた。
 喜屋武は突進すると、槍を引き抜いてアヤカシを蹴飛ばした。それから喜屋武が槍構と不動で防備を固めると、ずしっと腰を落とした。名付けて「一人ファランクス」だ。突進してくるアヤカシ兵士の攻撃を跳ね返すと、喜屋武は不動の構えを取る。
「撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!」
 魁は兵士たちを叱咤して、自身も矢を放つ。

 鬨は前方の混乱を確認すると、サムライたちに合図する。
「いよいよですな」
「では‥‥行きますどす!」
 鬨とサムライたちはアヤカシ軍の背後から襲い掛かった。
 アヤカシ達は目の前の龍安軍に掛かりきりで、矢を放っていた。
 鬨たちは忍び寄ると、敵陣に斬り込む。
 強襲攻撃で瞬く間に数体のアヤカシ兵士を斬り倒した鬨たち。瘴気に還元するアヤカシ兵士。
 アヤカシたちは不意を突かれて混乱するが、やがて態勢を立て直して、鬨たちに襲い掛かってくる。
 前衛本隊からはアヤカシ軍に矢が雨あられと降り注ぐ。
 部隊を指揮する右厳は部下たちに応戦を指示し、迂闊に前進はしなかった。
「東の増援が到着すれば我々の勝利は揺るがぬ」
 右厳は言いつつ、背後の混乱にやや気を取られた。部下の叫びが悲鳴に変わっていくのを聞いて、首を巡らせる。
「何だ? 人間が‥‥?」
 鬨たちを確認すると、右厳は驚いたように腕を解いた。
「背後に回ったか‥‥いつの間に。どれくらいの戦力が来たのだ」
 右厳は鬨の方へ向って歩き出す。
 鬨はアヤカシ兵士を制して前進してくる右厳を見て、前に進み出る。
「うちの舞を披露してさしあげやすわ」
 鬨は右厳に打ち掛かった。別動隊が翼部隊を叩くまでは退けない。
「何を抜かすか、たったこれだけの人数で」
 鬨と右厳は激突する。
 右厳は戦いながら、鬨たちが少数の兵であることを確認する。
 大刀を振りかざして、鬨を狙う。――キイイイイイン! と鬨は跳ね返した。
 鬨は冷静に右厳の腕に斬りつける。右厳も素早く跳ね返した。
「やるな人間。たった一人で俺様と斬り合うとは」
 右厳は牙を剥いて、刀を高速で叩きつける。――ドゴオオオオオオ! と受け止めた鬨は吹き飛ばされた。
 ざざっと踏みしめて、態勢を整える鬨。
「どうだ、俺様の力を――貴様ごとき、本気を出せば赤子の手をひねるようなものよ」
「そう簡単にはいきませんどす」
 鬨の青い瞳が雷光のごとく閃いた。
「ふふ‥‥人間一人で俺様と打ち合えるとでも?」
「‥‥確かにうちひとりでは、あんたに勝てんかもしれません。せやけど、この戦いはうちだけの戦いとは違います」
 鬨はそう言うと、右厳と距離を保ち、守りに備える。

 ――別動隊。
 玲璃は後退して、部隊の後ろに下がっていた。すでに瘴策結界の射程にも、北のアヤカシ部隊が捉えられていた。
「‥‥ではみなさん、気をつけて下さいね。ここから先は、敵を打ち破るしかありませんね。私たちは支援に回りますよ」
 玲璃たち巫女や陰陽師は支援の位置に付く。
 御影、この別動隊を指揮する龍牙、サムライの伊崎ゆえ(ia4428)、龍安家家臣のシノビ朝倉影司(ia5385)がいた。
「行くぞ‥‥! 前衛本隊が中央で持ちこたえる間に、こちらは速攻で仕掛ける!」
 龍牙は刀を持ち上げると、号令を下した。
 兵士たちは士気も盛んに声を張り上げて突進する。開拓者たちも突進する。
 大地を駆け抜ける御影。疾風のように駆け抜ければ、ぐんぐんとアヤカシとの距離を詰めて薙刀を振り下ろした。
「――!?」
 不意を突かれたアヤカシ兵士、凄絶な一撃が貫通する。切り返した一撃がアヤカシの肉体を切り裂く。
「一秒でも、一刻も早く敵を打ち取らなければ‥‥この戦、いかに早く決着をつけるかに掛かっている」
 御影は淡々と薙刀を振るい、アヤカシ兵士を打ち倒していく。
「お前らの相手をしている暇はない! とっとと瘴気に戻りやがれ!」
 龍牙はアヤカシ兵士に打ち掛かると刀を疾風のごとき早業で振るった。アヤカシの腕が吹き飛ぶ。
 アヤカシ兵士の反撃を粉砕して龍牙は敵の胸板を切り裂いた。
「これで終わりだ!」
 龍牙はアヤカシの頭部に刀を振り下ろすと、刃の閃光が一閃して吸い込まれていく。直後にはアヤカシの首が飛んだ。ぼろぼろと黒い塊となって崩れていくアヤカシ兵士。
 ――と、ひときわ大きなアヤカシ戦士が進み出てきて、龍牙に襲い掛かってくる。龍牙はアヤカシ戦士を睨みつける。
「お前さんが隊長さんかい? 隊長はみんなを統括しないといけないから苦労するね」
 龍牙はアヤカシ戦士に向かって皮肉を言った。刀を持ち上げる。
「その苦労から、俺が解き放ってやろう」
 その言葉を介したかどうかは定かではないが、アヤカシ戦士は雄たけびを上げると憎悪の眼差しを浮かべて突撃してきた。
 龍牙はざわめく感情を制御して、裂ぱくの気合を入れなおす。アヤカシ戦士に炎魂縛武を撃ち込んだ。――ガキイイイイイン! とアヤカシ戦士の刀が真っ二つに折れ砕けた。
 アヤカシ戦士は驚愕したように砕けた刀を見つめる。
「行くぞ! アヤカシ隊長! ここでその首もらう!」
 龍牙は再び裂ぱくの気合とともに斬りかかった。アヤカシ戦士は腕で龍牙の刀を受け止めたが、刀身が深々とめり込んで鮮血が舞った。
「グ‥‥ガアアアアア!」
 龍牙を蹴り飛ばして、後退するアヤカシ戦士。
「龍牙さん!」
「龍牙、こいつがここの大将か」
 ゆえと朝倉が駆けつける。40人で攻めかかった龍安軍は怒涛のような勢いでアヤカシ軍を殲滅していく。
 龍牙は立ち上がると、ゆえと朝倉に合図を送る。
「こいつを倒せば、残るは雑魚のみ。これまでの経験から、龍安兵でもアヤカシ兵士を倒すのは可能だろう」
 そこへ御影が合流、龍牙と朝倉、ゆえはアヤカシ戦士と対峙する。
 アヤカシ戦士は周囲の様子を見やり、じりじりと後退していく。
 四人が踏み込んだ瞬間、アヤカシ戦士は逃走する。
「あいつを追う時間は無い。こちらの翼を叩きつぶして、早々に右厳の方へ向かわないと」
 龍牙は言って、仲間たちを制する。
「ここは何とかなりそうだな‥‥」
 御影は言って戦場を見渡した。アヤカシ兵士たちは次々と崩れていく。
 龍安軍は、北のアヤカシ軍を撃破して、中央の右厳へ向かう。

 空は戦況を見つめていた。アヤカシ軍からも無数の矢が飛んでくる。ここまでは双方ともに矢の撃ち合いで終始していた。
 シノビの伝令が伊野のもとへ早駆でやってくる。
「龍牙殿の別動隊、北のアヤカシ勢を打ち破ってございます」
「そうか‥‥御苦労。龍牙殿にはこちらも打って出ると伝えてくれ。右厳に奇襲を仕掛けた鬨殿には合図の狼煙を上げてくれ。頼むぞ」
「お任せを」
 それから南からも伝令のシノビが飛んでくる。
「南方のアヤカシ勢、動き出してございます」
「よし、そのまま警戒に当たってくれ。こちらは全軍で敵中央に突撃する」
 伊野は前線に出ている喜屋武を呼び戻す。
「突撃の準備が整ったと聞きましたが」
「左様です。別動隊が敵の翼部隊を破りました。これから我らも右厳率いる中央の敵勢へ突撃します」
「いよいよですか」
「きわどい時間だな。南からも敵が動き出したって?」
 魁はアヤカシの動きを聞いて厳しい顔だった。
「敵将の破厳が全軍を動かす前に、右厳を打ち破り、別動隊と合流します」
 伊野は全軍に突撃命令を出す。

 ――アヤカシ中央、右厳の陣。
 鬨はぼろぼろになりながら、何とか右厳の攻撃から逃れていた。体力はまだ残っていたが、一対一では右厳が上、勝てる見込みは無い。
「間もなくだ。お前の命は尽きるぞ」
 鬨の抵抗に右厳は眉をひそめる。鬨の瞳は、負けを覚悟した者の目ではない。
 合図の狼煙が、鬨の心にささやかながら安堵をもたらしていた。
 龍安軍が北から突撃して来たのはそれからすぐのことである。前方の龍安軍本隊も右厳の陣目がけて一斉に突進してくる。
「何だ? 北から龍安軍が?」
 右厳は困惑して鬨を見やり、また北を見た。
 龍安軍はアヤカシとの距離を一気に詰めると、右厳の陣を挟撃した。
「鬨」
 混乱の中、朝倉が鬨のもとへ駆けつけた。
「無事だったか。北の敵は討った。味方は総攻撃だ」
「そのようどすな」
 鬨は立ち上がると、戦場を見渡す。
 右厳は逃走し、アヤカシ軍は壊滅する。
 これにより三分の一以上の兵力を失った破厳は、状況を確認すると後退を開始する。
 撤退することに慣れていないアヤカシ軍は、混乱して龍安軍の追撃で相当の被害を出す。

「‥‥さて、これからどないしやす。敵は逃げ出したようどすが」
 アヤカシが去った公山楼を見渡して、鬨は言った。
「これで終わりではないでしょう。アヤカシの首領は健在です。破厳は兵を立て直してくるでしょう」
 伊野は思案顔で言うと、開拓者たちの労を労うとともに、主君の龍安弘秀に公山楼の状況を知らせる。兵士たちはここで冬を越すことになりそうだった。