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■オープニング本文 天儀本島、武天国。龍安家の治める土地、鳳華――。 首都の天承で龍安家から依頼の詳細を聞いた開拓者たちは、鳳華の東方にある戦闘地域に向かう。戦闘地域というのは、ここ鳳華は、東の大樹海から出没するアヤカシとの慢性的な戦闘状態にあり、域内は実質的に戦争状態にあった。最前線では、どこかで兵士や傭兵たちがアヤカシと戦っている。 そこはそんな戦線の一つ。厳原高原と言う森と川が豊かな丘陵地帯であった。厳原砦には約50名の兵士が駐屯しており、現在東に展開するアヤカシ勢と対峙していた。 今回開拓者たちが依頼受けたのは、ここ厳原の戦いに助勢するためである。厳原高原は東西300メートル、南北300メートルの小さな高原である。北に森が広がり、西と東に木々の点在する小高い丘がある。丘を貫くように川が流れており、小さな湿地帯が真ん中に出来ていた。南は岩場で、なだらかな平原に剥き出しの岩が顔を見せていて、川の流れは南に向かって伸びていた。 厳原砦は西の丘の上に立っており、また北と南には小型の砦が築かれていた。 「戦況は‥‥膠着していると聞いたが」 厳原砦に入った開拓者たちは、指揮を取る龍安家のサムライ渡瀬夕山という人物と向き合う。夕山は二メートルの偉丈夫で、三十代の熟練のサムライであった。 「神楽の開拓者かあ、お屋形様から話しは伺っているぞ。援軍に感謝するわい。緑茂の炎羅を倒したという話し、まっこと驚きよのお」 夕山は雷のような大声で言うと、この場所や戦況について話す。 「ここは西の丘を越えたらもう村が広がっとる。民の生活圏とは随分近い。アヤカシどももじわじわと攻撃を仕掛けてきよるが、何とか持ち堪えておる。尤も、民の間には不安が広がっておる。ここらでアヤカシを食い止めんと、わしらにも後が無い。おまけに敵はしぶといぞ。何度撃退しても攻めかかって来おる。‥‥アヤカシどもにはリーダーがおっての。『紫雲妃』という人型アヤカシじゃ。そりゃあ見た目は綺麗な女じゃが、背後でアヤカシどもを巧みに操る厄介な敵じゃ。それともう一匹、『興王丸』という男の人型アヤカシがおっての、こいつが表立って兵を率いてくることが多い」 ほう‥‥と、開拓者たちは眉をひそめる。二体の人型アヤカシが群れを率いて攻撃を仕掛けてくる例は余り無い。 そこへ兵士が駆け込んでくる。 「渡瀬様!」 「どうした、敵が動いたか」 「は! 東の丘に布陣する敵勢、南の砦に向かって攻撃を開始した模様です!」 「ふうむ‥‥敵は全軍が移動したか」 「いえ、動いたのは一部のみのようですが‥‥」 「まあ、放っておくわけにはいかん。何れにしても、アヤカシどもはこの厳原高原を制圧するつもりであろうからな」 夕山はそう言うと、開拓者たちにも目を向けるのだった。 ‥‥南の砦。 「あれは、興王丸だ‥‥!」 砦の龍安兵はざわめいた。アヤカシ兵士を率いて攻め寄せてくる中に、角を生やした美しい青年の姿を発見する。それが興王丸であった。 「さあてと‥‥そろそろ紫雲妃様も退屈しているだろう。砦の一つくらい落としてみるかな」 興王丸は天に向かって咆哮すると、アヤカシ兵士たちは歓喜の声を上げて砦の入り口に殺到していく。 ――東の丘。アヤカシの陣中。 美しく若い拳士の戦装束をまとった外見の紫雲妃は、にいっと口もとを吊り上げる。口の中には牙が覗いている。 「ふふ‥‥存外手こずりますね。龍安の兵たちもしぶといものです。尤も、どうあがいたところで人間たちに勝ち目はありません。鳳華の民も、そのことを思い知るでしょう。例え緑茂の炎羅を倒したとて‥‥」 そして、紫雲妃は屈強なアヤカシ戦士のリーダー格に命令すると、別の部隊を北の砦に差し向ける。 「この一手に龍安の兵がどう動くか‥‥厳原砦が手薄になったら、私自ら兵を率いて落としてやるのですが‥‥ふふ」 紫雲妃の口もとに、冷たい笑みが浮かぶ。 こうして、厳原高原における戦いは動き出した。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
朝倉 影司(ia5385)
20歳・男・シ
千麻(ia5704)
17歳・女・巫
柊 かなた(ia7338)
22歳・男・弓 |
■リプレイ本文 「では行くか。厳原砦の守りを薄くすることになるが‥‥しばらくの間耐えてくれ」 輝夜(ia1150)の言葉に陰陽師の奏音(ia5213)はふわふわと腕を振った。 「奏音たちは〜皆さんが帰ってくるまで〜守りきります〜♪」 「うむ、よろしく頼むぞ」 「どこまで紫雲妃を騙しおおせるか‥‥分からないけど‥‥」 白蛇(ia5337)は砦の上に立てた、兵士に似せた藁人形を見上げる。何とも心細い限りである。接近されればすぐに看破されるだろう。 「時間は待ってはくれん。急ぐぞ」 柳生右京(ia0970)は言って、仲間たちを見やる。 南の砦に救援に向かうのは葛切カズラ(ia0725)、柳生、朝倉影司(ia5385)、千麻(ia5704)、そして10人のサムライと巫女が一人、陰陽師が一人である。 また北の砦の救援に向かうのは輝夜、千王寺焔(ia1839)、柊かなた(ia7338)に10人のサムライと巫女が二人、陰陽師が一人であった。 残る水津(ia2177)、奏音、白蛇たちは二十人のサムライと陰陽師と巫女数名で厳原砦の守りに就く。 ――南の砦。 砦の龍安兵たちは、身を乗り出して駆けつけるカズラ、柳生、朝倉、千麻らの姿を見出す。 龍安兵を伴って、砦に入る柳生達。 「おい、厳原砦の守りはどうなってるんだ」 兵士は驚いた様子で問う。 「先に北と南の砦を守ることで合議は一致した。まずはここの敵を退けてからだ」 「そ、そうか‥‥そいつは有り難いが」 柳生は接近してくるアヤカシ軍を見据える。 「無論、背後には紫雲妃がいるのよね。興王丸を手っ取り早く片づけたいところだけど」 カズラは焙烙玉を弄びながら思案顔。 「紫雲妃の動きが気がかりですが、とにかくも興王丸を沈黙させなければ」 朝倉は静かに言った。 千麻は胸の内は揺れていた。これだけの規模の戦いは開拓者になってから初めてだし、ちょっと緊張するのよ。怖くないなんて言ったら嘘になる‥‥。でも、絶対に負けられない。この土地に住む人たちの為にも。あたしの帰りを待っていてくれている人たちの為にも。頑張ろうね、みんな。 「行くよみんな。アヤカシの思い通りにはさせないのよ」 口に出しては元気で快活な千麻。 打って出る。龍安兵たちは砦へ接近してくる興王丸を迎撃する。 「んん? ‥‥紫雲妃様が言われていた通り、こちらの餌に食いついたか」 興王丸は兵士の一体を遣わせると、紫雲妃のもとへ走らせる。 それから興王丸は天に向かって咆哮すると、アヤカシ達は歓喜の雄たけびを上げる。 アヤカシは全軍突撃する。 激突する龍安兵とアヤカシ兵。刀と刀が激突し、兵士たちの怒号とアヤカシの咆哮が交錯し、戦場は瞬く間に混戦状態に陥る。 「一対一で当たるな! 近くの者と二対一で連携を取り、一匹ずつ確実に始末しろ!」 柳生はアヤカシ兵士を叩き斬ると、龍安兵を叱咤する。 龍安兵は戦闘能力ではアヤカシ兵士と互角以上。勇戦する。 「味方も腕が立ちますが‥‥敵も意外にしぶとい」 朝倉はアヤカシに槍を突き入れながら眼前の敵兵を見据える。アヤカシ兵士は憎悪の眼差しで朝倉を見据えると、咆哮して襲い掛かってくる。アヤカシの太刀をかわして、槍を叩き込む。 千麻は自身と大して年の違わない巫女とともに味方の支援に努める。数で押される仲間たちを神楽舞で支援する。 「頑張って! 何とか踏ん張るのよ‥‥!」 神楽舞・攻で味方を応援する千麻。 龍安の巫女も神楽舞を舞う。 「よし! 有り難い! 巫女の舞で力が湧いてくるぞ!」 龍安兵は湧き上がってくる力に勇気を得て、アヤカシに撃ちかかっていく。 慣れない集団戦の中、千麻は無我夢中で舞った。自分の声など戦いの怒号でかき消されてしまうが。それでも。アヤカシ兵士に痛打を受けた龍安兵に神風恩寵を与える。 「風の精霊よ! 助けて!」 千麻は手を差し出し、血を流して負傷した龍安兵を回復させる。 「倒せない相手じゃないんだろうけど余力考えると面倒ね」 カズラは焙烙玉に点火すると、アヤカシ兵士に投げつけた。ドカーン! と爆発でアヤカシ兵士の肉体に鉄菱が突き刺さる。アヤカシは苛立たしげに喚いて煙を払うが、この混戦で焙烙玉がどこから飛んできたか分かるはずはない。前衛の柳生の後ろなどに隠れながら焙烙玉を投げ込んでいた。 「雑魚どもにいつまでも構ってはおれん‥‥興王丸はどこだ」 柳生はアヤカシ兵士を叩き斬ると、興王丸を探す。乱戦の中、龍安兵の首が飛ぶのを見た。 サムライの首を飛ばした興王丸は刀を振りかざして、龍安兵を威圧する。 「あいつか‥‥カズラ! 興王丸だ!」 柳生はカズラを呼ぶ。カズラは乱戦の中で柳生に駆け寄る。 「興王丸が?」 「あそこだ‥‥行くぞ」 柳生は体内の血が沸き立つのを感じた。カズラとともに駆ける。 朝倉と千麻も雄たけびを上げる興王丸の姿を発見し、接近する。 興王丸は、やってきた開拓者たちを見据える。 「次は貴様らだ! 餌になりたい奴はどんどん来い!」 「貴様の相手は私だ‥‥興王丸、噂は聞いているぞ。中々に手練れらしいな。手合わせ願おうか」 柳生の言葉に哄笑する興王丸。 「手合わせだあ? 一瞬で首を飛ばしてやるわ!」 興王丸は柳生に突撃してくる。 ――キイイイン! と柳生は興王丸の剣を受け止めた。 「に!?」 驚く興王丸。 柳生の剛腕が興王丸の剣を押し返す。 「そうでなくてはな‥‥興王丸とやら!」 示現と両断剣で踏み込むと、柳生は凄絶な一撃を撃ち込んだ。並みのアヤカシなら一撃で粉砕する凄まじい攻撃だ。 ドゴオオオ! と興王丸の肉体に斬馬刀が撃ち込まれた。 「お‥‥! 何だと! 俺に打撃を‥‥」 「取って置きよ! 受け取っておきなさい!」 カズラはして隷役使用の蛇神を2発、興王丸に撃ち込んだ。眼帯をした触手部分が絡み合って独眼の大蛇の如き姿を形成した式が、ウネウネと突撃。興王丸の肉体を貫通する。カズラの大打撃に絶叫する興王丸。 朝倉は水遁を撃ち込んで槍で突撃した、が、興王丸の逆襲に合い吹き飛ばされる。 「ぐ‥‥あ‥‥」 朝倉は胸を押さえた。手が血糊で染まった。苦痛に顔を歪めて、立ち上がる。 「大丈夫?」 駆け寄る千麻を制して、朝倉は槍を構えた。 「まだいけます。でも、とんでもない怪物ですねこのアヤカシも」 興王丸は開拓者たちを見据えて、ぎらりと牙を剥く。 「龍安家にこれほどの使い手がいるとはな‥‥意外だぜ」 直後、興王丸は弾けるように反転して逃げた。 「逃がさんぞ興王丸!」 柳生は咆哮で足止めを図ったが、興王丸はそのまま逃走する。代わりに周囲のアヤカシが柳生に向かって突進してくる。 ――北の砦。 砦から救援に回った本陣の兵士と、砦に常駐している兵士は、構成をほぼ3等分の混成3班編成にしてアヤカシ兵士との戦闘に当たる。サムライ4、巫女1、陰陽師1、志士と泰拳士は各班にどちらか1人を配置し、余った泰拳士1人は開拓者に同行する。開拓者と同行する泰拳士は、ボスのアヤカシ戦士との戦闘時にひたすら空気撃での敵の体勢を崩す攻撃を行うこと。龍安軍の各班最低1名ずつは盾持ちのサムライを配し、咆哮で壁になりつつ他のメンバーで攻撃すること。 これが輝夜が龍安兵たちに提案した作戦である。龍安兵たちはこれを受け、三班編成でアヤカシ兵士との戦いに臨んでいた。 「俺たちが動いたのを見て、敵本隊が攻めてくる可能性もある。できるだけ迅速に敵を排除し厳原砦へ帰還しよう」 千王寺は言ったが、この言葉はほどなくして現実のものとなる。 集団戦は互角。ボスのアヤカシ戦士には、輝夜と千王寺、柊、傭兵の泰拳士が一人当たった。 アヤカシ戦士は知性は人には劣るが、化け物じみたタフさとパワーを持っていた。開拓者たちの攻撃を受けても中々に崩れない。 「いつものことじゃが‥‥しぶとい奴じゃ」 輝夜はびゅんびゅんと槍を振りかざすと、アヤカシ戦士の分厚い肉体に突き入れる。槍はアヤカシの肉体を貫き、確実に打撃を与えているはずだ。 千王寺は紅蓮紅葉でアヤカシ戦士に二刀を叩き込む。柊は動きまわって即射で十発以上の矢を叩き込んだ。泰拳士は空気撃を撃ち込むが、アヤカシ戦士は中々に微動だにしない。 そこへ、シノビが知らせを持ってやってくる。敵本隊、紫雲妃率いるアヤカシ軍が高原の中央を突破、厳原砦に攻撃を開始したと。 「早いの‥‥もたもたしてはおれんな」 「一刻も早くこいつを倒して、救援に向かわないと‥‥」 千王寺と輝夜は吐息する。 柊は、戦いの中、ふと弟のことを考える。生きて帰らなくては‥‥弟のために。 ――厳原砦。 「アヤカシだ! アヤカシ軍が攻めてくるぞ!」 「早い‥‥もう来たのか!」 白蛇はざわめく龍安兵を前に、頼りない城壁から見える偽物の兵士の藁人形を見上げる。 「味方が帰ってくるまで‥‥何とか持ちこたえないとね‥‥」 白蛇は龍安兵たちに偽装で東に布陣するように伝える。 その間に、奏音が陰陽師を率いて、地縛霊を仕掛けていく。 「陰陽師のみなさん〜、今のうちなのです〜、敵が近付く前に〜、地縛霊を砦の周りに〜、仕掛けるので〜す」 陰陽師たちは、最後には奏音の言葉に待ち切れずに走りだす。地縛霊の仕込みが終わると、白蛇は砦の壁から身を乗り出している水津を見上げる。水津は手を振って合図を送る。 「ではみんな‥‥砦の中へ‥‥籠城するよ‥‥」 龍安兵は次々と砦の中へ駆け込んで、ぴしゃりと門を閉ざした‥‥。 「‥‥予定通りですね、ここまでは」 紫雲妃は厳原砦を見据える。砦の壁から見える多数の藁人形にも動じる気配はない。 「龍安軍は籠城ですか。では、一気に攻め落とすとしましょう。ふふ‥‥」 美しい女性の姿をした紫雲妃は、外見に似合わぬ恐ろしげな咆哮を上げると、アヤカシ兵士たちに全軍突撃の号令を送る。 「‥‥敵軍、前進‥‥いや、突進してくるぞ!」 大気を震わせるアヤカシ軍の雄たけび。 全軍突撃してきたアヤカシ兵士たちは、地縛霊に吹き飛ばされたが、怯むことなく門に襲いかかってくる。 「撃て!」 サムライたちは砦の上から矢を雨あられと打ち込んだ。 それでもアヤカシ兵士は喚きながら砦の門に打ち掛かり、壁に取りつき、砦内部に入り込もうと試みる。 龍安兵の陰陽師とともに攻撃を行う奏音。 「霊魂砲で攻撃なの〜」 砦の上から壁をよじ登ってくるアヤカシ兵士に霊魂砲を撃ち込む。凄まじい威力の霊魂の式がアヤカシ兵士を貫通して吹き飛ばした。 「ふふ‥‥やはりあれは張り子の虎ですか」 紫雲妃は、藁人形をみて微笑する。 再び攻撃の雄たけびを上げれば、アヤカシ兵士たちは歓喜の咆哮を上げて砦への攻撃を強化する。 そして、ついに厳原砦の門が破られる。 「東の門が破られました!」 「何おう」 渡瀬夕山は巨体を揺らして、白蛇に駆け寄る。 「敵の侵入を許した。味方はまだ戻ってこないか」 「あと少し‥‥待ってみよう‥‥持ちこたえるのが不可能なら‥‥砦を放棄するしかないけど‥‥」 それからは水津が忙しくなる。砦になだれ込んできたアヤカシ兵士との激戦で負傷者が続出する。大量の負傷者を閃癒で一気に回復する。 だがそれにも限界がある。アヤカシ兵士はやがて一階を制圧する。上を睨むアヤカシ達の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。 「駄目か‥‥」 白蛇も諦めそうになる。 夕山は即断して兵士たちを怒鳴りつける。 「仕方ない! ここまでだ! 砦を放棄するぞ! 全員飛び降りろ!」 その時である。 「あ、待って‥‥」 白蛇は、北と南から駆けつけてくる友軍を確認する。 「味方が‥‥味方が来た‥‥みたい」 「おお! 来たか! 危機一髪じゃ!」 龍安兵は、駆けつける友軍の姿に勇気を得て、反撃に転じる。 紫雲妃は北と南からやってくる龍安兵と開拓者たちの一団を確認して、柳眉をひそめる。 「興王丸は‥‥敗れましたか」 紫雲妃はすぐに咆哮すると、砦に攻めかかっているアヤカシ兵士を呼び出し、開拓者たちの挟撃に備える。 「‥‥何とか間に合ったか?」 柳生は砦の上にいる味方を発見して呟いた。 北に向かっていた輝夜、千王寺、柊たちも時を同じくして駆けつける。 開拓者たちは苦戦の末に北と南のアヤカシ軍を退けることに成功していた。まさに危機一髪というところであったのだ。 「厳原砦の様子はどうじゃ」 「かなり危ないところまで攻め込まれているわね。でも、まだ間に合うでしょう」 「奇襲をかける余地はないようだが‥‥とにかく急ごう。予定より手間取ってしまった」 「行きましょう、全軍で厳原砦を救うのです」 開拓者たちの言葉に龍安兵は鬨の声を上げて窮地にある仲間を鼓舞する。 「突撃だ! 味方はまだ健在! 厳原砦を取り戻すぞ!」 ‥‥それからしばらく、アヤカシ軍との激しい戦いが続く。 開拓者たちが紫雲妃と合い見えたのは僅かな時間だった。一瞬戦場で邂逅したのみ。 「お前が紫雲妃か‥‥」 柳生、輝夜、カズラ、千王寺と遭遇する紫雲妃は、美しい顔にうっすらと笑みを浮かべる。 「まんまと罠にかかったと思えば‥‥興王丸を破ったのですか」 「奴は逃げたが‥‥お前は逃がさんぞ」 「ふふ‥‥しかし私の攻撃も読まれていましたか」 直後、開拓者たちは撃ち掛かった。金属的な破砕音がして、柳生、輝夜、千王寺の攻撃が紫雲妃を捉える――が、紫雲妃は防御態勢をとってブロックしていた。 「ふふ‥‥ここまでです人間たちよ。後は兵士たちを残していきましょう」 紫雲妃はそう言うと、跳躍して距離を保つと、咆哮してアヤカシ兵士を龍安軍と最後まで戦わせ、自身は撤退する。輝夜と柳生の咆哮も振り切った。 数の上での不利を取り戻した龍安軍と開拓者たちは、その後アヤカシ兵士を全滅させるのだった。 戦いが終わって、千王寺は近くの龍安兵に問う。 「今日は何名死んだ」 「南の砦で、興王丸に一人やられました‥‥残念です」 「そうか‥‥」 千王寺は悲痛な面持ちで応えると、拳を握り締めて黙祷した。 ――首都の天承に立ち寄り、柊は登城した。龍安弘秀と会う。 龍安家の所有する長屋に引っ越してから、暮らしは本当に良くなった。弟も少しだけ明るくなった様だ。きっと人々と触れ合う機会が増えたからだろう。以前は、弟の辛さや寂しさを、必死に隠そうとする笑顔を見るたびに、私の胸は締め付けられるようだった。でも今は、弟の嬉しそうな笑顔を見るたびに、私は本当に救われるようだ。弟の笑顔を護りたい。弟にもっと生きていて貰いたい。ただそれだけのために私は戦う‥‥。 そんな胸の内は明かさないが、柊は弘秀に住居借用の礼を言った。弘秀は軽く笑っただけで、柊の労を労った。 それからしばし雑談して、柊は弘秀の前を辞する。 町に出た柊は、昨今武天で人気の出ている肉の照り焼き料理を土産に、弟のもとへ帰るのだった。 |