【負炎】狐妖姫の謀略
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/19 19:58



■オープニング本文

 緑茂の里後方、民の避難地域――。
 合戦が始まった。最前線では動きが慌しくなっており、避難所の民は身を寄せ合って、アヤカシたちが撃退されることを祈った。
 と、そこへ姿を見せた一人の女性。着物に編み笠で顔を隠していた。その女性は、怯える民人の間を歩いて回ると、優しげな声でみなを勇気付ける。
「みなさん、里は必ず助かりますわ。間もなく各国の王が駆けつけ、理穴の各地からも援軍がやってきますわ。それに、朝廷は開拓者ギルドに全面的に協力を要請したのですわ。いかなアヤカシの大軍であろうと、勇敢な諸国の戦士たち、開拓者達の前に勝てる通りはありませんわ」
 民は女性の言葉を聞いて勇気付けられた。女性の言葉には力強い響きがあった。
「儀弐王陛下は皆さんのことを守るように、将兵たちに言って聞かせていますわ。敵がここまで来ることはありませんわ」
 女性はそう言うと、編み笠を持ち上げた。民人ははっと女性の顔を見つめた。美しい、妖艶な瞳と白磁の肌が人とは思えぬ美しさを映し出している。
 女性は民人の頬を優しく撫でると、「ふふ」と笑って理穴の兵士に近付いていく。
「何だ貴様は」
 理穴の弓術師が女性――上級アヤカシ狐妖姫に尋ねる。まさか相手が狐妖姫とは夢にも思わない。
「兵士殿、実は噂を耳にしたのです」
「噂?」
「はい。山の盗賊たちが、この機会に民を脅かそうと避難地を狙っていると」
「そのような話‥‥聞いてはいるが、賊どもが来たところで何もさせん。賊より今はアヤカシが大事よ」
「それは頼もしいことですわ。確かに賊はただの人間、皆さんには脅威では無いでしょう。ですが、民にとってはどうでしょうか」
「貴様、何が言いたい――」
 その時である、避難地に「敵襲!」の声が轟いた。別の弓術師が知らせにやってくる。
「隊長、あれを――野盗らしき一団が大挙してこちらへ向かってきます。何やらこちらを威嚇するような動きを見せていますが‥‥」
 兵士は指差しながら上官の男に報告する。
「野盗どもが‥‥? この緊急時に何を考えているのか――」
 上官の弓術師は見渡したが、狐妖姫は消えていた。
 野盗たちは五十名ほどの集団だった。散開して接近してくると、弓を打ち込んできた。民の間からは悲鳴が上がる。
「賊どもめ、血迷ったか。我等に攻撃を仕掛けてくるとは。仕方あるまい。少し痛めつけてやれ」
「はっ」
 弓術師たちは小刀を抜くと、野盗の攻撃を全く跳ね返しながら賊たちを威嚇した。弓術師たちが近付くと賊たちはあえなく逃げる。が、離れてこちらの様子を伺っている。
 そこで、避難地の反対方向から悲鳴が上がる。護衛に当たっていた開拓者が慌てて走ってくる。
「おい、アヤカシらしき化け物が向かってくる」
「何だと、アヤカシ? 数は」
「八体だ。牛頭の大鬼が三体と馬頭の大鬼が四体、それに炎をまとった赤い大鬼が一体見える」
「アヤカシと盗賊か‥‥厄介な」
「何だ、賊って」
 指揮官の男は遠方で蠢いている集団を指差した。
「山賊どもがアヤカシの攻撃と連携して動いている? 偶然か」
「分からん。賊どもなど敵では無いが、鬼を相手にしながら民を守るとなると‥‥」
 弓術師の険しい顔に、開拓者達は思案顔を見せる。
 前方の盗賊集団、後方の鬼アヤカシ、挟み撃ちにされた避難地を守る戦いが始まる。


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
当摩 彰人(ia0214
19歳・男・サ
九重 除夜(ia0756
21歳・女・サ
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
翔(ia3095
17歳・男・泰
沢村楓(ia5437
17歳・女・志
隠神(ia5645
19歳・男・シ


■リプレイ本文

「賊にアヤカシか‥‥双方ともに随分いい頃合で現れたな。偶然か?」
 その問いを発したのはサムライの豪剣士、柳生右京(ia0970)。思案顔で仲間達の顔を見渡せば、他の開拓者達もふーむと唸った。
「確かに、偶然にしては出来すぎですね‥‥しかし、と言って野盗たちを放置しておくことも出来ませんが‥‥」
「厄介な連中だな、賊とは言え人間。こんな時だからこそ、出来れば話し合いで解決出来る道を探りたいものだが‥‥」
 翔(ia3095)と恵皇(ia0150)は思案顔で呟いた。
「私が想像するに、何者かが背後で糸を引いているのではないか? ここ最近、アヤカシの一派が里の内部から崩壊を誘っていたというと話しも聞くしな」
 狐妖姫という女の姿をした人型アヤカシが、緑茂の内部で暗躍しているらしい。賊などをまとめ上げて行動を起こしているともっぱらの噂である。狐妖姫の姿を見たものはいないが‥‥。
「人間の内側に敵を作り、疑心と猜疑心によって我々の後方を脅かす‥‥姿無き狐妖姫の考えそうなことではないか」
 右京の指摘にルオウ(ia2445)は赤毛をがしがしとかき回した。
「だーっ! もう策略だの権謀だのはうんざりだぜ! て言うか盗賊どもも頭悪ぃんじゃねえのか? この大事に人間同士で争っている場合じゃ無いだろうがよ!」
「連中も哀れといえばそうだ。アヤカシに追われて、盗賊に身を落すしかなかった者もいるかも知れん。そう考えればあいつらも犠牲者と言える」
 恵皇はルオウ少年の赤毛をぽんと叩きながら冷静に言った。
「まあ‥‥でも確かに人間相手は難しいよな‥‥どんな馬鹿つっても殺したくもねえし、手加減できねえし‥‥面倒な事押し付けるような形だけど、俺は他の人にそっちは任せて鬼の相手をするぜぃ!」
 言って闘志を燃やすルオウ。
「で‥‥誰が賊のもとへ向かうかだが‥‥」
 右京が静かな瞳を仲間達に向けると、サムライの九重除夜(ia0756)と志士の沢村楓(ia5437)、それからシノビの隠神(ia5645)が名乗りを上げた。
「何を行おうが彼らの思うところではあろう、ただ、確かに右京殿が申される通りきな臭いものを感じるな。もし賊の背後に狐妖姫がいるなら、何か裏があってもおかしくは無いかも知れぬ。あるいは何かの罠か」
 除夜は仮面の下からくぐもった声を出す。ギルドの登録情報に拠れば一応二十歳の娘ということである。
「暗雲を飛ばす蒼風―火のなき所に煙立てるもの―」
 男装の麗人沢村は言ってから思案顔で盗賊たちの方を見やる。
「金が要りますね。野盗との交渉材料です。カードは大いに越したことはありませんからね」
 沢村が言うと、弓術士は金子の入った巾着を持ってきた。
「金は用意しよう。だが一万文というのは現実的では無い。とりあえず千文で何とかしてもらいたい。交渉がうまくいくことを祈っているぞ。野盗に情けなど無用とも思えるがな‥‥いたずらにあ奴らを信用せぬことだな」
「まあ何とか善処してみるつもりです」
「仕事は危険がすくなく、あがりが多い方がいい‥‥自然といえば自然な発想ではあるが、さりとてこの1つの里の危機に、アヤカシに便乗して事を起こそうとは、嘆かわしい」
 隠神は冷淡に言って瞳が冷たく光る。ルオウは隠神と出立前の打ち合わせを行う。
「隠神よお、盗賊たちは任せるぜい! 鬼たちは南方向からやってくる。東は里に近付いてしまう。俺はここから離れて西側に落とし穴を掘っておくぜ」
「では、俺たちは隠神たちから合図があり次第、鬼の群れをルオウが掘った罠の方へ引き付けよう」
 恵皇が言って拳を打ち合わせる。
「よし、行くぜい! 隠神たちみんな、盗賊たちは任せたぜい!」

 沢村、隠神、九重たちは盗賊たちに接近していく。沢村以外はみなぼろをまとっている。隠神と九重はぼろをまとって、盗賊たちに悟られないようにゆっくり回りこんで行く。
 正面から近付く沢村に向かって、盗賊たちが矢を射掛けてくる。びゅんびゅんと矢が嵐のように降り注ぐが、沢村にはほとんど通じない。沢村は盾と刀で矢を叩き落とす。数発が命中するが、かつんかつんと当たって沢村の前に零れ落ちた。
「待て! 話を聞いて欲しい! 私は神楽の都の開拓者だ! 理穴国からお前達と交渉するように言われてやって来た!」
「馬鹿言え! 神楽の都の開拓者と言えば理穴軍に加わって賊の取締りにも当たっているって話しだろうが! そんな奴を信用できるか!」
 賊たちは沢村を警戒して距離を保つ。沢村は武器を放り出して、懸命に叫ぶ。
「私を信じて欲しい! お前達を傷付けるつもりは無い! 私はあくまでお前達との交渉に当たるために来た!」
 沢村はそう言って、金子の入った巾着を一袋投げた。
「‥‥!」
 巾着を開けると、沢村の熱心な呼びかけに、盗賊たちは一部が顔を見合わせて相談し始める。
「人手がいる。貴殿らの協力を求めたい。手付金としてまず1000文」
 沢村は凛とした表情で盗賊たちに呼びかける。
「鬼退治なら首1匹あたり3000文。それ以外でも相応。今は”人”手がいる」
 相手の心の動きを飲み込むように人に力をいれ問いかけに答える。賊たちはがやがやと1000文に群がって沢村を見ては話し合う。
「おい! てめえ本気で俺たちを雇い入れるつもりか!」
「キミ達はケモノか人か? 我らが求めるのは人同士のいがみ合いか? 貴殿らが”ここにいる”何某の経緯は問う気はない。私は――」
 何人かの目を見、個々の盗賊たちに向かって言う沢村。
「私はキミ達の協力が欲しい」
「よおし! そこまで言うなら‥‥」
 盗賊たちは沢村を見てにやにやと笑う。
「追加で5000文、里の指揮官を連れて持って来い! 話しはそれからだ! 俺たちを雇い入れるなら、里の盗賊たちを説得してやってもいいぜ!」
「‥‥‥‥」
 沢村は沈黙して盗賊たちの目を見据える。盗賊たちに向かって何かを言いかけて、口をつぐむ。
「どうした! 人として、俺たちの協力が欲しいってんなら、そっちももう少し誠意を見せてもらわねえと信じられねえな! 投降したは首にお縄頂戴なんて話になったらしゃれになんねえぜ! 俺たちも安く見られたもんだな!」
 と、そこで賊の間に紛れ込んでいた除夜と隠神がぼろ布を取って正体を現し、隠神が盗賊の頭領の腕を素早く締め上げる。
「ぐあ! な、何しやがる!」
「どうせ銭を得ようというなら、あと腐れなくやましいところなく得たらどうだ?」
「な、何!? お前らは!」
「我らは神楽の開拓者。お前達が簡単に篭絡するとは思っていない。甘いな」
 除夜は淡々と言って盗賊たちを見渡す。
「汝らが何を思い、何をしようかはおいておこう。しかして、今それを行うと言うのなら、それ相応の罰は負わねばなるまいよ」
 除夜は強力を使うと、地面に拳を叩きつける。ズン! と拳が地面に深々とめり込む。恐れをなして後ずさる盗賊たち。
「逃げるな」
「う‥‥」
 隠神は改めてアヤカシ集団への共闘を呼びかける。
「アヤカシの撃退に協力すれば報酬は支払おう。無論、お前達が直接アヤカシと戦えとは言わん。前線は開拓者が受け持ち、罠の設置や物資や民の警備等の支援などだ」
「ち、畜生‥‥貴様らの言葉なんて信じられるか! あの女‥‥開拓者は鬼が引き止めると言っていたのに!」
「あの女とは誰だ」
「狐妖姫って名前の女だ。戦が始まり、里に襲撃を仕掛けるまたとない機会が来ているってな」
「そうか‥‥狐妖姫がな。事情は分かった。だがどこまでもアヤカシのおこぼれに預かろうと言うなら、汝らの心性、既にアヤカシと変わらず‥‥アヤカシをも滅ぼす開拓者総勢の力をもって、滅するぞ?」
 隠神は狐妖姫の名前を聞き出して、盗賊たちを威圧する。
「お前ら! こうなったら一斉に掛かれ! 開拓者でもこっちは何十人といるんだ! 叩きのめせ!」
「ほう」
 除夜は立ち上がって盗賊たちを見渡す。盗賊たちは、じりじりと後退し、互いに逃げるタイミングを計っている。
「どうやら、部下達はそれほどお前の言葉を信用していないようだな」
「逃げろ!」
 盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。
「待て! 俺を置いて行くな!」
 頭領の悲鳴が空しく響いた。隠神は吐息して頭領の腕を放した。
「ひい! 殺さないで! 後生だ! 何でも言うことを聞くから!」
「さっさと行け。二度とアヤカシとの戦場に姿を見せるな」
 隠神の言葉を聞いて、頭領は転がるように逃げた。
「交渉は失敗か」
 沢村がやって来て、落ちていた交渉金を回収する。
「仕方ないな。もともと賊に身を落とした者たちだ。ただ背後に狐妖姫がいるらしい。厄介だな」
 それから三人は鬼の足止めをしている仲間達に合図の狼煙を上げる。

 その頃‥‥。
 ――ガアアアアアア! と大鬼たちの棍棒が空を切って叩きつけられる。
「おっと」
 恵皇は軽やかな身のこなしで、棍棒をかわすと、合図の狼煙を発見する。
「盗賊の方は何とかなったらしいな‥‥。おい! 合図の狼煙だ!」
 右京と翔は恵皇の言葉を聞いて頷き合う。
「ルオウが退屈しているだろう。鬼を連れて後退するぞ」
 右京は咆哮で鬼を引き付けると、ルオウが待っている西の誘導地点へ後退する。
「鬼さんこちら‥‥です。さあさ、手の鳴る方へ来て下さいね」
 翔は鬼の攻撃をかわしながら、挑発するように拳と蹴りを叩き込んだ。
 ドゴオオオオ! と強烈な一撃が牛頭鬼の胸板をぶち抜き、鬼は痛みにわめいて翔に大斧を叩きつける。軽くかわす翔。

「お‥‥みんなが来たな。盗賊の方はどうなってんのかな」
 ルオウは常人ならざるパワーで猛ダッシュで落とし穴を掘って完成させていたが、盗賊たちが逃げ出したのを遠目に見ていた。
 沢村、隠神、除夜たちがやってくる。
「どうやら狐妖姫が後ろで糸を引いているらしい。賊をけしかけたのは狐妖姫だそうだ」
 隠神は上級アヤカシの名前を出す。
「そうなのか? で、賊どもは逃げちまったのか?」
「やはり交渉に応じるほど酔狂な連中でもなかったようですね。予想の範囲の内ではありますが。差し当たり、民に害なすことはないでしょう」
 沢村は言って、肩をすくめる。
「鬼どもが来るぞ」
 除夜は言って、抜刀する。

 ――グオオオオオオ!
 鬼が次々とルオウが掘った落とし穴に突進してくる。足を踏み外して転げ落ちる八体の鬼の群れ。
「もう遠慮しねえぜ! 覚悟しな!」
 ルオウは大鬼に打ちかかっていくと、馬頭鬼の頭を叩き潰した。
「邪魔はさせぬ、通らせぬ。汝等は此処で果ててもらおう‥‥」
 除夜も両断剣で大鬼の肉体を叩き潰す。
「さあ反撃開始だ」
 恵皇は空気撃を連発して鬼を転倒させていく。
「この一刀にて塵と化すがいい」
 右京も反撃、両断剣で牛頭鬼の頭を粉砕した。
「ふん‥‥少しは出来そうな奴が混じっているな」
 炎をまとった赤大鬼は、次々と粉砕されていく牛頭と馬頭を見て、牙をむき出しにして笑うと、反転、民の避難所へ向かって走り出した。
「おい! 赤鬼があっちへ逃げるぞ!」
 ルオウが叫ぶ。
 立ち塞がる弓術士たちは矢を連発したが、赤大鬼は弓術士たちをなぎ倒して驀進する。
「あいつ‥‥行かせるか!」
 恵皇と翔が追撃、背中から赤鬼に攻撃を仕掛ける。
 ズドドドド! と連打を食らって振り向く赤鬼。
「グッフッフッフッ――グガアアアア!」
 赤鬼は棍棒を振り回して二人に殴り掛かる。
「‥‥速い!」
 恵皇と翔は棍棒を受け止めて吹っ飛んだ。
「やってくれるなあ」
 恵皇は腕をさすって赤鬼を睨みつける。
 牛頭鬼と馬頭鬼を倒した右京とルオウ、除夜が駆けつけてくる。沢村と隠神も後に続く。
「ふん‥‥鬼は鬼並とは言え‥‥全くの馬鹿でもないか」
 右京は冷たい瞳で赤鬼を見上げる。
「いや、恐らく背後で糸を引く狐妖姫が知恵を付けているのかも」
「なるほどな‥‥だが、そう容易く突破されるわけにはいかん」
 隠神の言葉を聞いて、右京は残馬刀を握り直す。
「お前には、ここで消えてもらう‥‥」
 右京を先頭に攻撃を開始する開拓者達。
 痛烈な赤鬼の反撃を右京とルオウ、除夜が交替で受け止め、泰拳士の翔と恵皇がその側面や背後に回りこんで鋭い一撃を叩き込んでいく。
 沢村と隠神は支援攻撃に徹して仲間をサポートする。弓術士たちも支援攻撃で次々と矢を打ち込んでいく。
 開拓者たちの集中攻撃を浴びて瞬く間にずたぼろになっていく赤鬼。パワーは凄まじかったが、人型のような知恵と適応力はなく、遂には打ち砕かれることになる。
 グウウ‥‥オオオオオオオ‥‥。と力なく鳴いて、大地に崩れ落ちると、肉体は見る間に黒い塊と化していき、最後には瘴気に還元して消滅する。

 ‥‥戦闘終結後。
 開拓者達は狐妖姫の情報を聞きつけたこともあって、弓術士や村人達から情報収集する。
 すると、複数人が、編み笠を被った謎の美女と会話したと証言した。
「狐妖姫か‥‥思えば、あの怪しい女がそうだったのかも知れんな」
 弓術士も上級アヤカシの名前を聞いて眉をひそめる。狐妖姫は人の猜疑心と恐怖を利用して里を内部から崩壊させようと目論んでいると聞く。今回の事件はほんの氷山の一角に過ぎないかも知れない。
 開拓者達は、盗賊たちの件もあったことから、その後もしばらく警備に当たる。
「こういう時の火事場泥棒は勘弁して欲しいですね」
 翔は呟いて肩をすくめる。
「?」
 沢村は妙な視線を感じて振り向いた。そこに、編み笠を被った一人の女性が立っていた。女性はすっと編み笠を持ち上げる。白磁の肌の赤い瞳をした美女である。狐妖姫だ。
 沢村は狐妖姫と目が合った。
 と、狐妖姫の口もとがにいっと吊り上がった。かすかに牙が覗いている。
「何だ‥‥?」
 沢村は仲間を呼び、狐妖姫がいた場所を指差す。だが、沢村が振り返った時、狐妖姫の姿は消えていた。
 その後、開拓者達は避難所を捜索したが、狐妖姫の姿はどこにもなかった。