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■オープニング本文 一〇一三年十二月、鳳華――。 光が爆発した。黄金色の光と、暗緑色のおぼろげな輝きが絡み合う。大地を包み込む光の交錯は。大地の精霊力と不厳王(iz0156)の瘴気の力が顕現したもの。 復活した精霊の力――浄化の砂塵は、魔の森を突き破って鳳華の大地を包み込んだ。 その地下で、不厳王は、龍脈の中へダイブした。龍脈の中は精霊力に満たされていた。不厳王の瘴気が、精霊力と反応して「空」に還元していく。 やがて、龍脈の中で人の形をしたものが幾つも不厳王を取り巻く。 「……出て行きなさい……」 大地の精霊の声だった。不厳王は怒声を放った。 「精霊よ! 貴様わしを滅ぼせると思っているのか!」 「全ては……あるがままに……」 「ここはもう、魔の森で覆われている! 今更貴様の出る幕は無いわ!」 「出て行きなさい……出て行かねば……代償を払うことになりますよ……」 「ふざけるな!」 不厳王は自身の溢れる力を呼び起こすと、龍脈の中で瘴気を爆発させた。 絶大な瘴気が龍脈に流れ込んでいく。 龍脈の中は空に還元して精霊力が失われていく。 不厳王は咆哮した。 瘴気が一挙に龍脈に流れ込み……。 あれからおよそ、一カ月の時が流れた……。 龍が飛んでいる。龍安軍の斥候だ。兵士は望遠鏡で、地平の向こうを覗き込んだ。 大地の精霊力――浄化の砂塵が復活し、瘴気とぶつかり合って化学反応を起こしたそれは、鳳華に劇的な変化をもたらした。 兵士は手綱を引いた。龍が上空で滞空する。 鳳華の東部に出現したそれは、天儀の人間がおよそ見たことも無い物体だった。その直径十キロ。地上からの高さは数キロはあった。それは、空中に浮かぶ巨大な黒い円盤だった。円盤にさしたる厚みは無く、空を黒く塗り潰したように見える。 文字通り「円盤」と呼称されることになったその物体からは、下方に向かって緑色の光が降っていた。円盤の下の大地には、不厳王がいた。そして、大アヤカシを取り巻く不死の軍隊も。 兵士は龍を反転させる。天承城へと帰還するのだった。 「魔の森が復活する兆しはありません」 報告を受けた龍安弘秀は、軽く頷く。龍脈から地表に放出された浄化の砂塵――つまり精霊力、それと激突した魔の森は、「空」に還元してほぼ消滅してしまったのだ。魔の森の大量消失。残っている魔の森は、鳳華のあちこちに点在はしていたが、小規模なものだけだった。 「亜紫亜、であったか。お前の予測通りだったのか」 弘秀の言葉に、大将たちの視線が「光っている女性」に向けられる。女性は、この激変を引き起こした本人、大地の精霊「亜紫亜」だったものである。正確にはその一部と言うべき存在だ。 「私はただ眠りにつきました。でも、すぐに瘴気が襲って来て……意識が戻った時には龍脈から切り離されてしまい、戻れなくなっていました。龍脈の力は、もう失われています」 すると、最後の龍脈解放に貢献した白狐が言った。 「弘秀、精霊と魔の力比べはひとまず終わった。ここから先は、人の力で道を切り開くしかないな」 「えらいことをしてくれたもんだ」 弘秀は、肩をすくめた。 そこへ、筆頭家老の西祥院静奈が姿を見せる。 「お屋形様、たった今、王都からの増援が到着しました」 「来たか」 弘秀は立ち上がって歩き出した。静奈がその後に続く。 「父君と会うのは久方ぶりではないか」 「こういう時しか会う機会がないものですから」 「いつでも会いに行っていいんだぞ」 二人は外に出た。 空から降りて来る赤い船団。そして、数百の龍騎兵。大型飛空戦艦を旗艦とする十隻余の船団と龍騎兵が着陸する。王都此隅を発った、武天国老中、西祥院真禅を総大将とする、武天の正規軍である。後方支援も合わせたその総兵力七百余。これで鳳華の龍安軍と合わせた前線での実働可能兵力は一千を越える。 大型飛空戦艦から、タラップが下ろされると、甲冑を身に付けた橘鉄州斎(iz0008)が姿を見せた。橘は外を確認すると、中の真禅に声を掛ける。 「お出迎えが来てます」 「戦は久しぶりだな。この高揚感、忘れて久しい」 「御冗談を」 「空気を楽しめ。一世一代の大勝負だぞ」 「弘秀殿がお待ちです。芦屋殿と、お嬢様も」 「では堅物を演じるか」 「お好きになさって下さい。参りましょう」 橘は真禅の護衛に付き、後に家臣団が続いて二人は降りて行った。 「お待ちしておりました。真禅様」 弘秀がお辞儀すると、真禅は頷いた。 「鳳華に龍脈が流れておったとは、にわかに信じ難い話であったがよ」 「夢でなければ良いのですが。魔の森は大量消失しました」 「そんな話は聞いたことがない。わしをからかっているんじゃないだろうな」 「その目でご覧になったはずですが」 「全てが終わったら仔細を送ってくれ」 真禅は弘秀の肩を叩くと、静奈の方を向いた。 「元気そうで何よりだ。少しは顔を出せ」 「此度は有難うございます。正規軍の力添え、感謝いたします」 「ああ。不厳王は息災らしいな」 「残念ながら」 「しぶとい奴だ。我々に勝機はあるかな」 「かつてない好機だと言われています」 「誰が言ってるんだ?」 真禅は笑って歩きだした。 「円盤か……よく言ったものだな」 亜紫亜が空中に映し出した映像を見て、真禅はうなった。 「我々は本気であそこへ突入するのか? あの円盤が何なのか、見当は付いているのか?」 「恐らく、魔の森を失った不厳王が不死軍の強化に使っているものだと思われます」 「円盤から降り注ぐ光は瘴気です。あの円盤自体に意思や攻撃能力などは無いようです」 「円盤の下では、降り注いだ光がアヤカシに装着されています」 ……などなど、龍安家のサムライ大将たちが答えると、真禅は弘秀に視線を移した。 「慎重に攻めんといかんな。不厳王は中心の光の柱の中か」 「不死軍の総数は千を越えます」 「この規模になると戦いは数だ。それはこちらも揃えた。円盤の力が未知数ではあるが……」 「先の合戦で、精霊力と瘴気が反応して空に還ると言うことが分かってきました」 芦屋馨(iz0207)が言った。 「であれば、あれだけの精霊力の放出と魔の森消失。まさにそこにいた不厳王に何も影響が無かった、というのは考えられないでしょう。打撃を受けた、可能性は大きいかと」 魔の森大量消失という状況を受け、龍安軍は此隅から真禅入道を総大将に迎え、反撃に転じる。 「それでも、恐らく奴は絶大な力を有していよう。この戦、かつてないものになりそうだな」 一同、もう一度円盤に目を向けるのだった。 ……不厳王は、円盤から降り注ぐ光の柱の中にいた。それを取り巻く不死の大軍。 不厳王は天承を霊視していた。腕を持ち上げると、掌に光を生み出す。 「力が落ちている……」 不厳王は忌々しげに言った。 「やってくれたな人間ども……」 そこへ、十二人の将軍達が入ってくる。 「閣下」 不厳王は頷くと、全軍に思念を飛ばす。 ――戦闘態勢に入れ。 |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / ルオウ(ia2445) / 鈴木 透子(ia5664) / コルリス・フェネストラ(ia9657) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / フレイア(ib0257) / ジークリンデ(ib0258) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / ケロリーナ(ib2037) / 長谷部 円秀 (ib4529) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / ナキ=シャラーラ(ib7034) / 雨傘 伝質郎(ib7543) / カルフ(ib9316) / 雁久良 霧依(ib9706) / 宮坂義乃(ib9942) / 草薙 早矢(ic0072) / 津田とも(ic0154) / 零式−黒耀 (ic1206) / ベアトリス・レヴィ(ic1322) |
■リプレイ本文 一〇一四年一月、鳳華――。 戦いが始まろうとしていた。龍安軍の陣中は高揚感に包まれていた。形容し難い感情に。 鈴梅雛(ia0116)の記憶が不意に蘇る。緋村天正。あの男が生きていた頃、戦は続いていたが、鳳華は美しく活気に満ちいていた。時は流転する。 「不厳王をここまで追い詰めました。あなたが見ることが出来なかったものを、ひいなが取り戻します」 「いよいよだな」 赤毛がなびく。ルオウ(ia2445)青年だった。 「今日こそ、奴を倒す。それしかねえ」 「ルオウさん」 「やってやろうじゃねえか雛」 ルオウは力強く言った。その刀に散っていったアヤカシの数は数え切れない。そんな弟子を優しく見つめるイリス(ib0247)。 「ルオウ君よくここまで来ましたね。わたくしも誇らしい」 「師匠に言われっと何か熱くなっちまうぜ」 イリスは微笑みを浮かべ、ルオウの頭を軽く撫でた。 「しっかしおっかねえ場所でやんすなあ」 雨傘 伝質郎(ib7543)はぶるぶるっと震えた。鈴木 透子(ia5664)の飛空船を雑巾で磨いていた。歌い始めた雨傘。 「伝質郎!」 「あん?」 雨傘は声の方に目を向けた。透子だった。 「透子。戦日和だな。天気も快晴。澄み切った冷たい空気。気合も入るってもんだ」 「宝珠砲を入れるのを手伝って下さい。一門借りて来たの」 「宝珠砲? 正気かよ嬢ちゃん」 「いいから早く」 「やれやれ仕方ねえ」 雨傘は船尾に回っていった。 見れば戦場の花二つ。フレイア(ib0257)とジークリンデ(ib0258)の魔術師姉妹である。ジルベリアの貴族でもある二人は、ここにあっても美しく、人目を引かずにおかない。 「生成姫の一件では空が起きた結果浮遊島が落ちました。今回の不厳王の場合はどうなるかは分かりません。大事にならなければ良いのですが……今は敵を討ち果たすのみですが」 フレイアが言うと、ジークリンデは小さく頷いた。 「お姉さま。龍脈で『空』が起きた影響は今後どうなるのか注視しなければなりませんが、不厳王を斃すには好機です。此れを逃さず決着をつけるとしましょう」 「そうですねジーク……今は、ここに集中しましょう」 フレイアは憂いを帯びた吐息を漏らした。 「お姉さま」 ジークリンデは微笑みを浮かべて姉の腕にそっと触れた。 「う〜、がんばるですの〜。龍脈で大きな精霊力と瘴気がぶつかって『空』が起きてこの辺の大地は大丈夫かしら?? どっかの島みたく落ちるなんてないかしら??」 ケロリーナ(ib2037)も心配の種は尽きない様だった。 「ケロリーナ君も、そうは言っても心配ですよね」 フレイアは、高貴なるケロリーナに丁寧に話しかけた。 「そうですの〜。お二人にも気がかりなことはあるでしょう?」 「ええ……」 ジークリンデは頷いた。 「あれだけの精霊力が失われて……正直無事でいられるのかなと、私心配ですの〜。この辺り一帯にどれだけの精霊力が蓄えられていたのかは分かりませんが……精霊力の消失は、儀の墜落に繋がるのですの〜」 すると、相棒のからくりコレットが言った。 「エカテリーナ様、私が付いております。あなた様のことは私がお守りいたします」 「コレット……あなたは優しい子ですの〜」 ケロリーナは嬉しそうに言った。 「空に還ったり色々あったが、結局亜紫亜さんはまだ眠れぬままか……しょうがない、ラスト一戦いこうかねぇ」 不破 颯(ib0495)は陣の一角に腰かけ、弓の手入れをしていた。 と、不破は何かを感じて視線を上げた。 「ん?」 光っている人が歩いてくる。 「亜紫亜さん?」 大地の精霊「亜紫亜」は、不破のところへやって来た。相変わらず美しい。亜紫亜は足を止めた。 「どこかで見た人がいると思っていました」 「覚えていてくれたのかい俺のこと」 不破がへらりと笑うと、亜紫亜はその隣に腰かけた。 「名前をまだ聞いていませんでしたね」 「不破。不破颯」 「不破……さん。不厳王は強敵です。気をつけて。個人的にも、私は心配していますから」 「何か、ちょっと人間らしくなったねぇ?」 「大きな亜紫亜は、消えてしまいましたから。あれは大地に生きるもの。私には小さな感情や情動があります」 「その方が俺は好きだけどねぇ」 「人間に近いと、不便なこともありますけど」 亜紫亜は言って、笑った。 「不厳王……これ以上の獲物はおらぬな。必ず仕留めてくれようぞ」 【光翼天舞】のリンスガルト・ギーベリ(ib5184)が言うと、同小隊のリィムナ・ピサレット(ib5201)が応じる。 「リンスちゃん、遂にこの時が来たね! 必ず滅ぼすっ!」 二人は親友にして恋人。 「リィムナ、汝がしばしば戦っていた相手、妾も会うのが楽しみじゃ。伝説の死人王とは、面白い。どの辺りが伝説なのか聞いてみたいわい」 「リンスちゃん、不厳王にぶちかましてやろう!」 「ああ」 リンスガルトはにたりと笑う。 「行くよファム!」 リィムナは妹に呼び掛けた。 「だ、大アヤカシ……怖いけど、私だって強くなったの!」 ファムニス・ピサレット(ib5896)は、頷き、ぴゅん太の鞍と鐙を調節していた手を止めた。 「今日は長い一日になりそう。ファム! 気をしっかりね!」 「ファムニスもお姉ちゃんについて行く!」 「決戦だな。びびってちびらねぇ様にしねぇと……あたしは平気だけど!」 半ば強がりなことを言って自らを鼓舞するナキ=シャラーラ(ib7034)。【光翼天舞】の一員だ。 「ナキちゃん勝ったら、またキスしてあげるね!」 「いいんだよリィムナ! そんな気遣いはいらねえ!」 ナキは言って、セリム・パシャの鞍の手入れとフルートの調整に集中する。 「全くリィムナのあほんだら、あいつキス魔だからな。毎回やられてたまるかっつーの」 禍々しい記憶を思い起こし、ナキはぶるっと震えた。 「ナキは具合が悪い様じゃな」 リンスガルトが言うと、リィムナは「♪」と笑った。 「何かあったんじゃなーい?」 ナキはリィムナを睨みつけて、牙を見せた。 もう一つ、【雪精】部隊で行動する二人がいた。ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)と雁久良 霧依(ib9706)である。 ルゥミは黙々と魔槍砲の手入れをしていた。 「ルゥミ隊長♪ 相変わらず真剣な顔ねえ」 「霧依ちゃん。今日は、いつもより力が入っちゃうね。合戦並みだよ。正直、震えてる」 「あら、そう?」 雁久良はルゥミの傍らに腰かけると、その小さな手に触れた。 「私だって怖いけど、みんなを信じてる。みんなの持つ力を合わせるの。いつもやっていることと同じよ。一人一人の戦いの結集したものが昇華された時、勝利の瞬間はやって来るんだから。隊長は自分を信じて引き金を引けばいい。みんなは付いていく」 「霧依ちゃん……うん。あたいがんばるよ! 負けるわけにはいかないからね!」 「そうよ♪ その調子」 それから雁久良はリィムナのもとへ歩み寄った。 「やっほ。【雪精】部隊も頑張るわ。リィムナちゃん達の邪魔はさせないわ。私が退場させてあげる♪」 「霧依♪ 頼もしいにゃ♪ よろしくにゃー」 「にゃはは♪ 任せて」 「うん! 何ちゃってね! お願いね霧依!」 「ええ」 陣中の様子を見やりながら、宮坂 玄人(ib9942)は相棒の空龍、義助の鞍や武装を調節していた。 「義助、久しぶりの戦闘だ。気合い入れるぞ」 宮坂が声を掛けると、義助は力強く鳴いた。 「よしよし」 宮坂は笑顔で義助を撫でてやる。 「ん?」 篠崎早矢(ic0072)と目が合った。篠崎は愛騎の夜空を落ち着かせていた。 「よーしよし夜空! 大丈夫だ! まだ戦いは始まってないぞ! 今からそんなに暴れるな」 篠崎は夜空を撫でてやりながらニンジンを与えていた。 「や、宮坂さん。夜空がすっかり興奮しちゃってね!」 篠崎は言って笑った。 「ケモノは人より敏感なのかもしれないな。激しい戦になるのを感じ取っているのかもしれない」 「そうですね。こら! 夜空!」 篠崎は力を込めて夜空の手綱を引いた。夜空は不満そうに首を上げた。 「龍は落ち着いていますね」 「ああ……俺の龍は、苦労性だからな。普段からこんな感じだ」 と、義助と夜空が視線を合わせ、二体の相棒は接近する。義助の静かな瞳が夜空を捕え、やがて、戦馬は呼吸を整えた。 「夜空……?」 なんだろう……と篠崎は不思議そうに義助を見上げた。夜空は篠崎にすり寄ってくる。冷たい鼻先をこすりつけて来る。 「待て待て! やめろ夜空!」 「ははは……」 宮坂は笑った。 津田とも(ic0154)は、黙々と重砲撃兵器「ちは」――アーマー「火竜」を整備していた。ハッチを開けて、時々陣中を見やりながら、中の機械をいじっていた。 そこへ歩み寄って来たのはからくりの零式−黒耀(ic1206)だった。 「中々立派なものですね」 零式が言うと、津田は「ああ?」と顔を向けた。 「お前はからくりの零式……だったか?」 「左様です」 「からくりは嫌いじゃない。戦場で腕が飛んでも痛みや恐怖を感じないのは人間より有利だ」 「そのようにはっきりと割り切れるものでもございませんが」 「そうなのか?」 「ご存知の通り、からくりにも心はございますから」 「ふーん……」 津田は肩をすくめた。 「まあ、俺にからくりの苦労は分からん。俺はからくりじゃないからな」 「津田様ははっきりと申されるのですね」 零式は微笑んだ。 「お前のような覚醒からくりが現れてから、何かと事件もあったが、今は落ち着いているようだな」 「まあ……その辺りを収拾するためにも、開拓者として登録しておくのは何かと都合がいいと聞き及んでいます」 「はん、大人の事情って奴か」 「話が盛り上がっているようですね」 金髪碧瞳の娘が歩み寄って来た。魔術師ベアトリス・レヴィ(ic1322)である。 「よお」 「こんにちは」 「ベアトリスです。……立派なアーマーですね」 「分かるか?」 「ジルベリア出身ですから」 と、ベアトリスは吐息した。 「私、実は初陣なんですね。さっきから震えが止まらなくて」 「はっはっは……」 津田は笑った。 「まあ、悩みを打ち明けるのは良いことだ。俺たちは仲間だからな。そして、みんな初陣を乗り越えてきた経験者だよ」 「初陣を乗り切るには、どうしたら良いのでしょう?」 「生き残れ、としか言えんな。死ねばそこでお終いだ。最初から英雄豪傑と呼ばれる奴もいない。まず生き残ることだ」 「もちろん私は新兵ですから、古参兵たちのアドバイスを聞いて、無理はしないつもりです。それに死にたくもありませんしね。輝かしい手柄にも憧れはありますが」 「まあ、だがこの戦いに参加しただけで、きっと龍安弘秀からは呼ばれるぜ。『そうか。お前は鳳華で“あの戦い”に参加したベアトリスか』ってな」 津田は言ってウインクした。 「龍安弘秀ですか……」 ベアトリスはその名を反芻した。龍安家の頭首にして鳳華の領主。武天でその名を知らぬ者はいないだろう――。 陣の奥で、総大将の西祥院真禅と副将の龍安弘秀、龍安家筆頭家老の西祥院静奈らが、サムライ大将らと幾人かの開拓者らを呼んで会合を開いていた。 「不厳王は守りを固めているのか」 斥候がもたらしたアヤカシ軍の陣形を卓上に駒で並べると、大将たちは言葉を交わした。不厳王は十二個の戦闘集団で方円陣を組んでいた。 「どうやら間抜けでは無いらしい」 「だが、これは、敵にも指揮官がいるようだな。中級アヤカシかな」 すると、コルリス・フェネストラ(ia9657)が口を開いた。 「真禅様、あくまで一案ではありますが、私の方から作戦案を具申致します。よろしいでしょうか」 「うん?」 「コルリス・フェネストラです」 弘秀が補足すると、真禅は「ほお、例の話の」と頷いた。 「聞こう」 「龍騎兵に焙烙玉を支給下さいませ。それから、各船に練力回復アイテムを配備して下さいませ」 「よかろう。続けよ」 「一部の船を円盤上と下に物見として配置し、敵の動向を遠見し、風信機で他の船に伝達願います」 「そこまでは分かった」 「最初、戦艦の宝珠砲で射程を生かし、砲撃し敵を減らします。その後大型、中型戦艦で船団を囲み、鋒矢の陣を組み不厳王のもとへ進撃。龍騎兵は敵より高度をとり焙烙玉で爆撃。その間に開拓者や精鋭を不厳王のもとへ向かわせ、残る兵で不厳王撃破まで残敵をひきつけ奮戦致します」 コルリスの言葉を聞いて、真禅は頷いた。 「全体の行動としてはよかろう。細かいところは各大将、開拓者が補足すればよい」 「ありがとうございます」 「弘秀、焙烙玉と練力回復アイテムを手配せよ」 「準備はできています」 そこで、无(ib1198)が口を開いた。 「それにしても、これは王の侵攻か、それとも生存を望むものとしての意地でしょうか」 「両方かも知れんな」 真禅はうなるように答えた。 「あるいは、奴には全く問題なく、我々に勝つ自信があるか、だが」 「それは考えたくないですね」 「ここへ来て隠し玉があったら驚きだがな」 「隠し玉と言えば、まだあれだけの兵を動員できる力があるだけでも、驚きですが。あの円盤と言い」 「ああ」 真禅は重々しく頷いた。 成田 光紀(ib1846)は胸の内に呟く。 (さて……奴は古代史を紐解くには重要な証人たり得る者。噺の一つ二つ……いや、全てを聞きたいものだが、こうも乱れてはな) 口に出したのは別のことだった。 「不厳王を倒すには、芦屋殿が言われたように、今が最大の好機でしょう。浄化の砂塵に包まれて、アヤカシが無事でいられる筈がありませんからな」 「そう思うか」 「魔の森の消滅をご覧になったでしょう。凄まじい痕跡です」 「東房では精霊力を失った島が墜落したようだ。今のところ何も起きていないが、一概に喜んでいいのかどうか」 「ただ、力の原理からすれば、不厳王の瘴気は大きく失われたはず」 「それはそうかも知れん」 また、長谷部 円秀(ib4529)が口を開いた。 「精霊の力を以って魔の森を消せるのは、ここだけの希有な事例かもしれませんね。何ゆえ不厳王が龍脈を封印してまでこの地に魔の森を築いたかは謎ですが、いずれにしてもあの大アヤカシは大量の精霊力に晒されました。恐らく、とてつもないダメージを受けているはずです。倒すなら今しかありません」 「大アヤカシは理を知る……か。朝廷が秘匿している秘密を聞き出すのも考えないでもないな。武天の役に立つならば」 「真禅様、武天の老中たるお方の言葉とも思えません。大アヤカシと取引できるはずがありません」 「そう怒るな。可能性だけだ。空想せんでも無い。尤もアヤカシを利することは不可能だろうがな」 真禅は肩をすくめた。 するとカルフ(ib9316)が言った。 「思ったのですが、私たちは精霊力を操り、瘴気を操ることも出来ます。陰陽師のように。私たちは何も考えずに術を行使していますが、私たちは何なのでしょうか……ふと思いました。それは理を知ることで明らかになるのでしょうか」 「哲学を語り出すと話が長くなるな。戦場でなければよいのだが……」 「失礼しました。話を戻しましょう。不厳王を倒す絶好の好機です。これを以ってして、武天に張り巡らされた諸悪の根源も断ち切られましょう。もはや不厳王の力は失われつつあるのです。私たちの世界から、あの大アヤカシを取り除くこと、多くの災いをもたらした不厳王を、倒しましょう。勝って、全てを終わらせましょう」 カルフが言うと、大将たちは「然り!」と膝を打った。 「前置きが長くなったな。そろそろ行くとするか? あの大アヤカシを待たせるのは失礼だな。何せ、長らく武天を侵略して来た偉大と言っていい国賊、宿敵だからな」 真禅は立ち上がった。全員が立ち上がる。 「では、始めるとするか。みな、心してかかろう」 そうして、軍と開拓者たちはいよいよ出撃した。 風が吹き始める。 「砲撃開始」 真禅が号令を下すと、飛空船艦の宝珠砲が火を噴く。 ドウ! ドウ! ドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオオオ――! 総数百門近い宝珠砲から放たれた砲撃は、空中のアヤカシ軍を引き裂いた。 対するアヤカシ軍が動き出す。ざざあ、と、十二個の戦闘集団が前進を開始する。 「撃て!」 コルリスは矢を解き放った。 「ってえ!」 武天軍が一斉射撃を開始する。 ……オオオオオオオオ……ゴオオオオオオオオアアアアアアアアアア! アヤカシ達が咆哮し、瘴気砲を吐き出した。 ゴオオオオオオウウウウウウウウ――! と、瘴気弾が武天軍を貫通する。 「ちい……!」 宮坂は瘴気弾を受け止めた。 「アヤカシども!」 反撃の一矢を叩き込む宮坂。 ルゥミがスパークボム、雁久良がメテオストライクで迎撃する。爆発と閃光がアヤカシを薙ぎ払う。 銃撃と瘴気砲が交錯する。撃ち合う両軍。 「砲撃第二射、撃て!」 宝珠砲がまた火を噴く。爆発と火炎が炸裂し、アヤカシ軍を撃墜していく。 「ヴリーマク!」 フレイアは相棒に厳しく声を掛けると、旋回しながらサンダーヘヴンレイを撃った。絶大な威力の稲妻が走る。アヤカシは黒こげになって消滅していく。 「おいでなさいムニン」 ジークリンデはムニンの力を借りて、姉と同じくサンダーヘヴンレイを解き放った。雷撃が焼き払う。 アヤカシ軍の突進の先端に、光翼天舞が立ちはだかる。リィムナの知覚をファムニスの神楽舞が上昇させる。 「魔歌、魂の連弾!」 リィムナは魂の楽曲を叩きつける。アヤカシ十体近くが瞬時に消失する。 「リィムナ! 後で可愛がってやるから……のう!」 リンスガルトは矢を撃ち込んだ。 しかし、アヤカシ軍が猛進してくる――。 「人間ども……以外にてこずるな」 魔将の一人が呟く。彼らは思念でやり取りしていた。 「不厳王さまをお守りするのが我らが務め。だが……」 「このままでは人間たちの侵入を許すぞ」 「…………」 「不厳王様! お答え下さい!」 ややあって。 「どうした?」 「人間どもの攻勢、想像以上に分厚く、このままでは突破されます」 「ふむ……では、攻撃を拡散させつつ後退。瘴気砲による攻撃で武天軍との間に壁を作る」 「承知いたしました」 「戦艦を落とせ。あそこに人間の総大将がいる……」 「む……?」 コルリスは鏡弦でアヤカシが後退するのを確認して、望遠鏡を持ち上げた。 「こちらの攻撃を受け流すつもりですね」 そこへ成田が舞い降りてくる。 「コルリス君、アヤカシ軍が動き始めた」 「そのようです」 「不厳王か敵の指揮官か、こちらの攻撃を拡散させ、包囲か誘引するつもりだぞ。難しい局面だな」 「後退すべきでしょうか」 「それは何とも言い難いが、いずれにしても敵の両翼に火力を叩きつけておいた方がいいだろう」 「そうですね」 コルリスはいったん後退し、大型戦艦の真禅のもとを訪れた。 老中は艦橋で仁王立ちだった。 「真禅様」 「ん? コルリスか。敵が動いたな」 コルリスは思案して口を開いた。 「消耗戦になれば不利です。アヤカシは不厳王が無限の回復力を持っているでしょう」 「だが、簡単には突破できんぞ」 「我が方もいったん引きましょう。爆撃を加えて後、砲撃でアヤカシを後退させ、離脱します」 「仕切り直すか」 「このまま予測不可能な展開に入るよりは。明朝斥候をやり、不厳王の出方を見ましょう」 「そうだな……ふむ」 かくして、アヤカシを押し返した後で、武天軍はいったん後退するのだった。 日が落ちる。陣中の火は、この激戦に頼りないが、ぱちぱちと弾けてゆらゆらと揺れている。陣中は町が一つ出現したかのような喧騒に包まれていた。みな、練力や絆値を回復させておく。書き切れないところで受けたダメージも回復する。 「あいたた……」 ベアトリスの傷跡にケロリーナが包帯を巻いていた。 「すみません」 「いいえ、ですの〜」 ケロリーナは初陣のベアトリスに笑いかけると、また篠崎らのもとへ向かった。 「大丈夫か」 「え?」 ベアトリスが顔を上げると、龍安弘秀がいた。 「夜明けとともにまた激戦だ。少しでも寝ておけ」 弘秀はベアトリスの肩に手を置き、陣内へ歩き出した。 「あっちもこっちも負傷者だらけですの〜」 「これくらい志体なら何ともありませんよ」 篠崎は籠手を外して、ぶるんと腕を一振りした。 「血が」 ケロリーナは、篠崎の脇腹を見やる。 「かすり傷です。それに、雛さんに直してもらいましたから」 篠崎はくいっと顎を向けた。 雛もまた、兵士達の手当てに当たっていた。ジークリンデとフレイアも練力回復アイテムを飲んで味方の手当てに当たっていた。 「美人の治療を受けるとどきどきしますね」 長谷部が言うと、ジークリンデは小さく笑った。 「そう言うことも言うんですね長谷部君」 フレイアはレ・リカルで長谷部を全快にする。 「初日は出番がなかったな」 无が茶化すと、長谷部は肩をすくめた。 「小康状態でしてね。私の方には大きな動きはありませんでした」 「あの円盤は謎だな。こちらの攻撃を全て通り抜けてしまう」 无は言った。 「色々試してみたが、こちらの攻撃は何も効かないようだ」 「そうですか……」 長谷部は見上げた。 円盤は、不気味な緑の光を放出して、数十キロ先の空に浮かんでいた。 ケロリーナの相棒コレットと零式は、随伴して来た一般人兵士と炊き出しを行っていて、千人の兵士たちに握り飯と豚汁を配布していた。 「食えよヴァイス」 ルオウは、握り飯を迅鷹の口へ持って行った。相棒は嬉しそうにご飯をついばむ。ルオウは相棒を撫でてやると、自身も握り飯を頬張った。 「ルオウ君」 「師匠」 イリスは、ルオウの横に腰かけた。 「今日は無茶をするタイミングも無かったですね」 「確かにな〜。ま、明日決めるぜい!」 ルオウは豚汁をかき込んだ。 成田は、鈴木と雨傘が暖を取る火のところへ歩いて行った。 「一日持ち越しだな……我々にとっても、敵にとっても」 成田が言うと、鈴木は白い息を吐き出した。鈴木はぼーっとしていた。珍しいことではない。鈴木は普段はこんな感じの子だ。 「不厳王……あの大アヤカシが関わっていた悪事は、どれだけのものでしょうか」 「くわばらくわばら。不厳王を倒したからって、全てが消えるわけじゃねえ」 雨傘は言った。 「残党がどこにいるか知れねえ。アヤカシはいなくなるでしょうがねえ」 雨傘は豚汁をすすった。 「成田様は何かお考えがおありで?」 「何がだ」 「何か考えておいでしょう」 「詮無きことだよ。さて、透子君、ゆっくり休みたまえよ。明日はどうなるか分からん」 「成田さんも」 「まあな」 津田は、活躍の機会がなく様子見だった。が、黙々と念入りに火竜「ちは」を手入れしておく。練力も満タンにしておく。 「ちは……明日は勝負になるかも知れないぞ。生きるか死ぬかだ」 「熱が入っているようですね」 「ん?」 津田が目を上げると、宮坂がいた。 「よお、宮坂か」 「立派な火竜だ。こいつで一撃いかれたら、アヤカシもひとたまりもないな」 「はっは。こいつで親玉の首を頂くぜ!」 「不厳王はさすがに手強いな。部下のアヤカシ達もだが」 「五分五分よお。あとは、風向きがこっちに来るか」 その頃、不破は亜紫亜とともに真禅のところにいて、艦橋で不厳王の軍を見ていた。亜紫亜が投影した映像に、数十キロ先のアヤカシ軍が映し出される。 「有象無象。不気味な不死軍だねぇ」 不破は眉をひそめた。 「不厳王を映せるか」 真禅が言った。 「はい」 亜紫亜は映像を奥深くへ飛ばし、中心の光の柱の中の不厳王を映し出した。 「むう……」 不厳王は、緑光の瘴気に包まれて、髑髏の玉座に腰かけていた。と、その眼光が閃いて、こちらを見て来た。 「龍安軍か。西祥院真禅だな」 不破は緊迫した面持ちで不厳王を見ていた。 不厳王の骸骨面が笑った。 「恐れるな。来るがいい人間よ。絶望とともに葬り去ってやろう」 「孤高の大アヤカシか。中々やるが、好き勝手にはさせん」 真禅は言って、頷いた。 亜紫亜が映像を切ると、不破は息を吐き出した。 「さすがに心臓に悪い。一対一で話すのは危険ですよ。取り込まれるかもしれない」 「奴は自信たっぷりだな。びっくりさせてやろうじゃないか」 そうして、夜が更けていく……。 明朝、斥候を飛ばした武天軍は、アヤカシ軍が再び方円陣を敷いていることを確認する。 「堅守か」 真禅は望遠鏡でそれを確認する。弘秀は、コルリスを軽く見やる。コルリスは頷き、進み出た。 「攻勢に出ましょう」 「ふむ……そうだな。昨日と同じではじり貧だ」 「昨日は少々手ぬるかった。大凡の戦力も把握しましたし、砲撃と爆撃で敵陣をこじ開け、不厳王のもとへ突入しましょう」 「機会が重要だな」 「個々の戦力の結集が要になります。言うまでも無いことですが。全軍に、艦隊を中心に鋒矢の陣を組み、突撃隊形を取るように命令下さい」 「分かった。では、わしは旗艦とともに先頭に立とう」 「士気は上がるでしょう。私は行って参ります」 「よろしく頼む」 真禅が頷くと、コルリスは飛び出して行った。 「あの娘はやるな」 それから真禅は、全艦に砲撃命令を下した。 「――撃て!」 武天軍の砲撃が始まった。アヤカシ軍は崩れたが、ゆっくりと後退する。武天軍は隊列を組んで前進し、砲撃を五分ごとに一回という苛烈な勢いで叩き込んだ。 上空に回り込んだ龍騎兵たちが焙烙玉を落として行く。アヤカシ軍の中空が爆撃で乱れる。 「いけえええ、夜空あああああ!!」 篠崎ら弓術隊は舞い上がった。 「全隊放てえ! 円盤の上からありったけの矢を撃ち込んでやれえ!」 篠崎自身も乱射を連発した。数百の矢が円盤を突き破ってアヤカシ軍に降り注ぐ。死人や死骸兵の雑魚はこれで瘴気に還っていく。 「撃って撃って撃ちまくれ! 敵は円盤下! 撃てば当たるぞ!」 篠崎は咆哮した。怒涛のように撃ちまくる。弓術隊も果てしなく連射する。もの凄い数の矢が空を埋め尽くす。放物線を描いた矢は落下していき、次々とアヤカシ軍に突き刺さる。 「全艦突撃用意! 陣形を組め! 旗艦を前に!」 武天軍は鮮やかな隊形変更を行うと、アヤカシ軍へ加速した。 「行きますよ克!」 カルフは旗艦の巨体を横目に、アイシスケイラルを放った。氷刃が舞う。迫りくる死骸龍をカルフは氷魔術の連弾で打ち砕いた。 「メテオストライク!」 続いて、前方のアヤカシ群にメテオを打ち込んだ。爆炎弾が炸裂する。 「そこへー! コルリスさん!」 カルフは、駆け抜けるコルリスの名を呼んだ。 コルリスは軽く手を振り、矢を番えると、加速しながら一撃叩き込む。 无と宮坂はコルリスの側面を守る。无は黄泉よりを連射した。不死巨人が爆砕する。宮坂は矢を連射して幽霊を撃墜していく。 「コルリス君、気を付けろよ」 「コルリス、あんたは俺が守る」 「无さん、宮坂さん、ありがとう」 「私の出来ることなどたかだか知れているがな。君は落ちてはならん。君は将になる。落とさせん――よ!」 无は魔刀を投げつけた。死骸兵の首を連続で切り裂き、魔刀は无の手元へ戻ってくる。 「あの円盤の謎が解けん――」 无は黄泉よりを撃ち込みながら背中のコルリスに言った。 「核らしきものも無いし。あれは不死身か? 不厳王を倒した後、あれはどうなる」 「今は、前に進みましょう」 「そうだ、な!」 无は黄泉よりを連射する。 「敵も来るな……ちい!」 宮坂は舌打ちした。高速で飛ぶ死骸龍に狙いが定まらない。そこへ骸骨戦士が切りつけて来る。籠手払で弾き返すと、至近から矢を叩き込んだ。骸骨は消滅した。 「今度は――!」 矢を動かしながら、宮坂は死骸龍を撃ち抜いた。 「義助! 頼むぞ!」 「オオオオオオ!」 「コルリス殿!」 「そっちはお任せします!」 「了解した!」 宮坂は旋回して、霊体道士の弾丸をかわして撃ち抜いた。 「三つめえ!」 「……参ります」 零式は、武天軍龍騎兵と突進した。 「七草――」 零式は軽く叩いて愛騎に合図を送った。 「ガオオオオオ!」 七草は加速した。武天軍龍騎兵も突進する。 「零式! 回れ!」 兵士たちと連携し、零式はアヤカシ達を囲い込んでいく。旋回しながら、零式らは、アヤカシの集団を追いこんだ。 「忍法水遁!」 零式はばばばっと印を結んだ。水柱が立て続けに噴き出し、アヤカシらをぐらつかせる。 兵士達が集中攻撃を繰り出し、零式は水遁を連射した。水の奔流がアヤカシを薙ぎ払う。兵士達は次々とアヤカシを討ちとっていく。 そこへ死骸巨龍が舞い上がって来る。龍は瘴気を吐き出した。零式は直撃を受けて後退した。 「援護します! みなさん! 零式さん!」 ベアトリスらが加速する。 「放て! 魔弾! ファイヤーボール!」 ベアトリスは掌から火球を叩き込んだ。 「撃て!」 矢が龍に突き刺さる。 「零式さん!」 ベアトリスは手を伸ばした。 「大丈夫です……」 零式は上昇してくると、巨龍に向かった。 「さらに放て! ファイヤー!」 ベアトリスは火球を連射した。サムライ達が矢を叩き込み、龍の巨体を止める。 「水遁……ほとばしれ!」 零式は龍の下から、水流を打ち込んだ。巨龍は咆哮してブレスを吐き出した。 受け止めるベアトリスら。 「全包囲から! 撃て! 行くぞベアトリス!」 「はい!」 ベアトリスは古参兵たちに続いて、ファイヤーボールを連射した。連弾を受けて、遂に落ちて行く巨龍。 「気を抜くのは早いぞ! ここからだ!」 「はい!」 ベアトリスは愛騎の手綱を引いて呼吸を整えた。 「行きますよ! バーナー!」 一方、旗艦の艦橋では、 「真禅のおっさん! 任せとけよ! 魔法はあたしが守ってやるからな!」 ナキは天使の影絵踏みを解放する。 「お前こそ怖くは無いか? 敵だらけだぞ。これは撃てば当たるわい!」 「おっさんも燃えてきたなあ!?」 光翼天舞のファムニスは神楽舞で姉の知覚を上昇させる。 「お姉さん!?」 「行っけええええ! 来いファム! 魂の連弾よ!」 リィムナの魂よ原初に還れが炸裂する。瞬く間にアヤカシ群が消滅する。 「リィムナ!」 リンスガルトは刀に持ち替え、骸骨騎馬武者を切り捨てた。 「行きますよみなさん……!」 再びカルフが炎弾を持ち上げ、メテオを次々と発射した。焼き尽くす炎が、艦隊の真ん中側面で炸裂する。 艦隊は円盤下に突入し、闇の中へ入っていく。群がってくるアヤカシを、カルフは恐れを振り払い薙ぎ払った。 「ここが円盤の下ですね……」 緑色の光が降り注いでいる。 カルフは光を手にとって、握りつぶした。呼吸を整え、前を向く。 「円盤下へ突撃! 行くよみんな!」 ルゥミはスパークボムを放って、アヤカシを吹き飛ばした。 「霧依ちゃん! みんな! 一斉砲撃!」 「了解♪ 隊長……! 食らえメテオストライク!」 ルゥミのスパークボムに続いて、銃撃とメテオが薙ぎ払う。 雁久良は「んふふ♪」と笑いながら、アヤカシを葬り去っていく。 「ここまで来たか人の子よ」 そこで炎に包まれた巨大な幽霊戦士が立ち塞がる。 「むうん!」 幽霊戦士が二刀を薙ぐと、炎輪が膨らんで爆発した。 雪精部隊は吹き飛ばされた。 「敵指揮官! 態勢整え!」 ルゥミは白き死神を持ち上げ、旋回すると、魔槍砲を構えた。 「砲撃開始!」 ルゥミはブレイカーレイを叩き込んだ。閃光の奔流が幽霊戦士を包み込む。 「私からはこれをあげるわ!」 雁久良はアイシスケイラルを撃ち込む。 銃撃と魔術が交錯する。 「おおおおおおお……!」 幽霊戦士は突進してきたが、雪精部隊の集中砲火に消滅した。 「聞こえる……人外の咆哮が……」 「師匠!」 イリスは超越聴覚でアヤカシ軍を探っていた。円盤の下。ここは瘴気が降り注ぐ魔界。瘴気の光は、怨霊の形となって雄叫びを上げていた。耳を塞ぎたくなるような阿鼻叫喚をイリスは静かに聞き取っていた。 「不厳王様! 敵艦が突進してきます!」 それは不意に飛びこんできた。イリスははっと顔を上げた。 「師匠! 何か聞こえるか!」 ルオウはイリスの愛騎シルフィードの後部席で叫んだ。 「ルオウ君! 敵が近い! もうすぐです!」 「お! いよいよかー! て――てい!」 接近するアヤカシを切り捨てるルオウ。 「ここは魔界……」 雛は呟き、飛空船から覗き込んでいた。突如として出現した異形の世界に、相棒の瑠璃が雛を庇うように立ち塞がる。 「雛さん――」 ギロチンで船体に取り付いたアメーバを薙ぎ払う。 鈴木は舵を取りながら、伝声管から伝質郎に言った。 「伝質郎! 備え!」 「すぐですかい! お嬢!」 「いつでも行けるようにお願い!」 「承知しやした!」 鈴木は低空に降下していく。 「ジーク!」 「お姉さま……」 フレイアとジークの魔術師姉妹は、サンダーを連射して道を切り開く。恐るべき輝き、雷光がアヤカシ軍を貫く。 「おのれ! 人間ども!」 雷鳴のような声が響き渡った。骸骨軍馬に乗った死人の僧侶である。 「そうはさせん!」 僧侶は印を結ぶと、空中に巨大な光の盾を生み出した。 「食らえ!」 僧侶は盾を船に投げつけて来る。 「させません!」 ジークリンデとフレイアは、協力してこれに当たり、盾をサンダーで打ち砕き、僧侶を撃破した。 「今のは敵将ですね……」 「敵の抵抗も激しい」 不破は上空から一気に落下した。 「行くよ〜瑠璃!」 瑠璃は翼をはためかせた。 「キイイイイイイイン!」 瑠璃も不破の気迫を感じたのか、激しく咆哮した。 「彼女を安心して眠らせてやると約束したんでなぁ。ちゃっちゃと其処をどいてくれ」 不破はガドリングボウを次々と撃ち放った。凄まじい速さで矢をつがえ、次々とアヤカシを撃ち落として行く。 「たまに本気出すよ。瑠璃〜、もっと加速だよ〜」 瑠璃は咆哮すると、バレルロールで突入した。不破は回転しながらカザークショットでガドリングボウを連射する。 「不厳王……どこだぁ……?」 成田は上空から円盤を見下ろしていた。 「中心の光の中へ……行くか今こそ」 征暗の隠形を使い、降下していく。ゆっくり、ゆっくりと、成田は落ちて行く。炎龍をホバリングさせ、真下へ降下していく。やがて、円盤を通り抜けた成田は、光の柱の中へ入った。 「すんなりと通しすぎるならば不自然と言うものだが……」 成田は何事も無く降下していく。 光を通して、外の激戦が目に飛び込んで来る。大型戦艦は前後左右に砲門を開いていた。 「ん?」 成田は下を見た。 不厳王の周辺には、護衛隊がついていて、地上から矢を撃ってきた。 「意外に守りは薄いな……」 成田が呟くと、そこへ不厳王の思念が流れ込んできた。 「小賢しい人間か。無謀な奴だ。わしの頭上が安全だと思っているのか」 成田は呼吸を整え、言った。 「小賢しいと思われるほど自惚れてはいないがね」 「ほう」 「危険は承知」 「では、そこで留まる理由はあるまい」 「不厳王――何故お前達は在る。精霊は在る。我々は在る。知りたいのだ、脆弱な人の身だからこそ」 「何?」 「お前は、何を知っている。大アヤカシよ」 「無謀な人の子よ……」 不厳王の呼吸がびりびりと震えた。 「全てを知りたければ、冥越へ行くがよい。人の子よ。辿りつけたとして、お前たちはそこで絶望の扉を開くことになるだろう」 「何だと……?」 成田はそこまで聞いて距離を取った。 「冥越へ……」 それは天儀で歴史を学んだ者なら知っている、歴史そのものから抹消された国の名だった。 「取舵一杯!」 戦艦の巨体が左に傾く。 ケロリーナはその中でコレットとともにいた。 「お外は無事かしら〜」 ケロリーナは収容された負傷者の救護に当たっていた。 「もう、円盤のど真ん中だ。敵さんの攻撃も激しい。不厳王もこっちを見ているだろうぜ」 血まみれの橘鉄州斎が言った。橘は横たわっていて、ケロリーナに包帯でぐるぐる巻きにされていた。 「不厳王……ここはもう魔界ですのね。私も負けません!」 ケロリーナは立ち上がると、他の兵士達の治療に向かう。続々と運びこまれてくる負傷者が、船外の戦いの激しさを物語っている。ケロリーナの真言が立て続けに唱えられる。 「玄亀鉄山靠!」 地上に降りた長谷部らがアヤカシ軍の後背を突いて突撃する。がしゃ髑髏は長谷部の一撃を受けてばらばらになった。 「行きますよ!」 長谷部らは光の中へ突入した。 「行くぞちは! みんな! 俺に続け! 昨日のうっ憤を晴らしてやる!」 津田も地上からサムライ隊と砲術隊で攻め込んだ。 「邪魔だ! こいつを食らえ!」 ハンドカノンを連射して、地面から湧きあがってくる死人の群れを薙ぎ払う。 「撃て! 敵の首級はすぐそこだ!」 地面を疾走するちは。津田の護衛隊が駆ける。 「伝説を作ってきなさい、ルオウくん。私が歌で誇れる様に」 「ああ! あんがとな師匠!」 ルオウは飛び出した。 雛も小型飛空船から降り立つ。駆けだした。 鈴木は黒い糸を張って、すでに前進していた。後ろでは伝質郎が糸を見て宝珠砲の準備をしている。 「伝質郎お願いね」 「くわばらくわばら……」 透子の声が聞こえるはずもないが、伝質郎は冷や汗を拭った。 カルフは最後尾に付き、迫りくる雑魚を薙ぎ払っていた。 「後ろは任せて下さい!」 ジークリンデは備えつけの滑空艇で降り立った。フレイアがそれに続く。 「いたなぁ、不厳王―!」 不破は上空、節分豆を飲み込んだ。 光翼天舞に雪精部隊も降り立った。 そして武天の精鋭部隊が続く。 不厳王は玉座から起き上がった。 「わしは、ここだ」 不厳王は瞬間移動で開拓者達の前に出現した。 鈴木は言った。 「不厳王! あなたが言った、あたし達の為というのはどういう意味ですか?」 不厳王は答えた。 「真実は残酷だ。知りたくなかろう」 「それは――」 透子はさっと身を伏せた。 「伝質郎!」 「撃てい!」 透子の船から宝珠砲が発射された。 ――イイイイイイイン! と、鉄鋼弾が不厳王を直撃した。鉄鋼弾は、不厳王の肉体を貫通していた。不厳王の体に穴が開く。 ジークリンデとフレイアが超絶ララド=メ・デリタを叩き込む。 不破がガドリングボウを撃ち込み、成田は白狐を召喚してぶつけた。 「おおおおおおお――!」 長谷部は大地を疾走。不厳王の背後から玄亀鉄山靠を叩き込んだ。 「撃て!」 精鋭部隊が矢を叩き込む。 「リィムナ! 援護せい!」 リンスガルトは疾風のように加速して、泰練気法・壱からの玄亀鉄山靠を行った。 「はああああ……!」 リィムナはファムニスとナキの支援を受けて超黄泉の五連射を撃つ。 「でやああああ!」 津田は突進して、ちはの銃口を不厳王に向けた。 「食らえ!」 アーマーマスケット「アメイジング」が火を噴く。 「不厳王! お前らに倒された皆の怒りと無念! 全部叩きつけてやる!」 背水心。ルオウは背中から光の翼を生やして、四連タイ捨剣を気力全開で切り込んだ。 「奥義! 閃紅乱舞! くらいやがれ!!」 不厳王は、手足を一本ずつ失ってずたずたになっていたが、光が爆発してまた肉体が復活した。 「みんな! 散って!」 ルゥミがブレイカーレイを叩き込む。雁久良がアイシスケイラルを。 伝質郎が二発目を撃った。鉄鋼弾が不厳王を貫く。 鈴木が夜光虫を解き放ち、長谷部が皆を後退させる。 大型戦艦の火砲が夜光虫目がけて火を噴いた。爆発が不厳王を包み込む。 不厳王は魔王のように仁王立ち。全身からとてつもなく巨大な鬼陽炎の瘴気を吹きだし、全包囲に攻撃した。特大の瘴気の波動が駆け抜ける。戦艦も人も相棒も、兵士もみんな何もかも薙ぎ倒された。 圧倒的な力。 立ち上がる開拓者達。人々。 そして――。 ぐらり……と、不厳王がよろめいた。 「何……だ?」 びしっ、と、不厳王の腕に亀裂が入った。 「何?」 ぼろぼろと崩れ落ちる不厳王の腕。 開拓者達の攻撃は効いていた。そのダメージを回復させるために、不厳王の力の源は、計り知れないほどに失われていたのだ。無限とも思える瘴気が、遂に朽ち果てた瞬間だった。 雛が閃癒の後で、神楽を舞い始めた。 ルオウが、長谷部が、リンスガルトがその支援を受けて駆け抜ける。津田が銃砲を撃ち込む。 「ちはあああああ! ってえ!」 「やれやれ……幕引きかねぇ、死者の王さん」 不破も月涙を撃ち込む。 そして術士たちがありったけの魔力全弾叩き込む。 崩壊していく不厳王。上空の円盤もアヤカシ達も、全てが崩壊していく。その魔界が崩れ落ちた時だった。 「全てを知って、なお進むが良い……人の子よ……何も……変えることなど……出来……ぬ……」 緑光の瘴気が爆発した。閃光が戦場を包み込む――。 かくして、不厳王との戦いは終わった。大アヤカシは掌の護大を残して、ここに倒れた。 それから後――。 武天の王都此隅にて――。 王城に呼ばれた開拓者達、兵士達の姿があった。壇上には巨勢王と真禅、龍安弘秀の姿が見える。 開拓者達が呼ばれた。 「鈴梅雛」 「ルオウ」 「鈴木透子」 「コルリス・フェネストラ」 「イリス」 「フレイア」 「ジークリンデ」 「不破颯」 「无」 「成田光紀」 「ケロリーナ」 「長谷部円秀」 「リンスガルト・ギーベリ」 「リィムナ・ピサレット」 「ファムニス・ピサレット」 「ルゥミ・ケイユカイネン」 「ナキ=シャラーラ」 「雨傘伝質郎」 「カルフ」 「雁久良霧依」 「宮坂玄人」 「篠崎早矢」 「津田とも」 「零式−黒耀」 「ベアトリス・レヴィ」 そこへ、巨勢王が歩み寄って、一人ずつ、開拓者達の首に勲章を掛けていった。「不厳王討伐勲章」だ。 「大義であった」 巨勢王は言った。 「卿らの働きに感謝している。余と余の忠臣達も、武天の民も、卿らの武勇を語り継ぐだろう。不厳王を倒した勇士達の名を。実にめでたい! 今日はめでたい日だ! 歴史に残るだろう! この勇士たちの栄光に祝福を!」 万雷の拍手と歓声が包み込んだ。 楽隊の演奏が始まる。 鳴りやまぬ拍手の中、開拓者達は巨勢王と握手を交わし、ともに戦った西祥院真禅と龍安弘秀とも握手を交わした。 少しくらいは勝利の余韻に浸っても良いだろう。 だが、まだ旅の道は続くのだ。 その道は、不厳王が残したあの言葉の中にあるのかも知れない。 拍手は、まだ続いている。 その日、国中に触れが出される。此隅では盛大な宴が催され、この勝利を多くの人々が祝ったのだった。 開拓者達は、また歴史に新たな一ページを刻み込んだのである。 |