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■オープニング本文 昔から、その沼には大きなナマズが住んでいるといわれていた。 ギルドに三人の子供がやってきた。その三人は十五、十、五つくらいの年齢だ。 「おっかあにでっかい魚を食わせてやりたい」 コウタ、コウジ、コウザの三人は、口を揃えてギルドの受付嬢に言った。 近々、兄弟の母に四人目が生まれるということらしい。 そこで身重の母に、精をつけるためにも大きな魚を食わせてやりたいと三人はなけなしの金を集めてギルドにやってきたのだ。 「オイラに弟か妹が出来るんだ」 弟妹が出来ることに満面の笑みを浮かべる三男のコウザ。まだ小さな子供だ。 「なんか食事も大変そうだから、できるだけあっさりしたのがいいな」 神経質そうに母の体調を気遣う次男のコウジ。線の細い少年だ。 「そんなわけで、おっかあにいいもんを食わせてやりてぇんだ。よろしく頼むぜ!」 豪快な長男のコウタが、依頼書を受付嬢の手に半ば強引に渡す。 細かいことを気にしないコウタによって、皺だらけになりかけた依頼書の伸ばしながら受付嬢は記入された内容を確認していく。 「あら、この辺りの沼には確か‥‥」 記入された出身の村を確認する受付嬢の顔が険しくなる。 「そうなんだ。最近トカゲのでっかいやつが出てきて困ってんだ」 コウタ達の顔も曇る。 最近、村の近くにあるその沼にアヤカシの鰐(わに)らしきものが目撃されるという報告が上がっていた。 村に近いといってもそこそこの距離はあり、今のところ村に人的被害は無いが、春になればその沼から田畑に水を引かなければならない。 また今の時期、沼の魚は貴重な食糧でもある。 「よそで買ってきてもいいんですが、できるだけ新鮮な魚をおっかあに食べさせてやりたいんです。だから、そいつもやっつけてもらえますか。お姉さん、お願いします!」 線が細く、美をつけてもいい少年のコウジが瞳を潤ませて懇願する姿に、受付嬢の胸はズッキューンと貫かれる衝撃を感じた。 なにやら妄想で顔を赤くした受付嬢はひとしきり逡巡した後、大きくため息をつきながら依頼書に「鰐退治」の項目を付け加えた。 それを確認したコウジは兄弟達に振り返り、計算通りと笑みを浮かべるのであった。 沼の主は最近現れた新参者を鬱陶しく思った。 腹が減れば、目の前の魚を食べた。 沼に落ちた動物も食べた。 食べて満腹になれば、寝るだけだ。 だが新参者は違う。 片っ端に魚を食らう。 陸に上がっては近づく動物も食らう。 獲物を奪われ、最近は腹が満たされない。 沼の主であるオオナマズは新参者を鬱陶しく思った。 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
アリア・レイアロー(ia5608)
17歳・女・弓
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
七ノ森 蛮(ia7801)
23歳・男・泰
忍(ia8139)
17歳・女・シ
一心(ia8409)
20歳・男・弓
フィリア=D=アマガセ(ia8716)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 どかどかと、沼の周りで音がする。 またアイツか、本当にうるさいヤツだな‥‥。 数刻前。 開拓者ギルドの入り口脇に小さな寝袋が転がっていた。 寝袋の中身はフィリア=D=アマガセ(ia8716)である。 「えーと、これ、フィリアよね?」 寝袋を見つけた設楽 万理(ia5443)がつついてみる。 もそもそと動き出す寝袋。 寝袋からフィリアが顔を出す。 「ふああ、おはようなのだ」 「あんた、風邪ひくわよ」 あきれた様子の万里。 「さばいばるには慣れてるのだ」 慣れていても街中でやるものではないが、フィリアには理由がある。己のあまりな方向音痴を自覚している。そのため遅刻しないように集合場所に前日から泊まりこんでいたのだ。 集合場所である開拓者ギルドの前では、コウタ、コウジ、コウザの兄弟も待っていた。 「いや、すまねぇな。獣くらいだったら、俺らや村のもんで何とかするんだけどな」 わははと笑いながら頭をかくコウタ。彼の言う獣とは、精霊の力を宿したケモノではなく、野生の動物のことだ。 そこへ一抱えほどある桶をコウジとコウザの二人が持ってくる。 「おにいちゃん、おもいよー」 「おお、悪い悪い」 コウザに代わってコウタが桶を抱える。 「あの、それは何に使うのですか?」 アリア・レイアロー(ia5608)が不思議な顔をして桶を覗き込む。 「沼だけに、魚が獲れても泥臭くて食べれやしないから、二、三日泥を吐かせるのよ」 アリアの問いに万里が答える。 「あ、なるほど‥‥」 釣り上げた魚を焼き魚などに調理してしまおうと考えていたアリアは、自分の早とちりに少し顔を赤らめる。 実際には内臓に残る泥が臭いのであって、内臓を傷つけないようにさばけば身は泥臭くならない。 ただ素人が内臓を傷つけないようにさばくことはかなり難しいため、絶食させて内臓の泥を少しでも取り除くのである。 こうすることで無難にさばけるようにするのだが、絶食させている間も生きているのだから身の栄養を使ってしまい、味が落ちてしまうのである。 その脇で一心(ia8409)が荒縄から、引くとしまる輪縄を作っている。 「よし、完成だ」 輪縄は出来た。後は沼地近くの樹木に端を巻きつけるだけだ。 「新しい兄弟が増えるのか。そりゃめでたいなぁ」 「ようし!でっかいトカゲを退治して美味い魚を食わせような」 九法 慧介(ia2194)と景倉 恭冶(ia6030)の二人は、兄弟の母のためにと、コウザの頭を撫で、鰐退治と釣りに闘志を燃やすのであった。 「あれだ」 沼への案内をする兄弟が指で指し示す。 数本の木が生えている所に水の輝きが見て取れる。 よく見れば、なにやら丸太のようなものの影がもぞもぞと動いている。 「狭い沼ね、こんなところにアヤカシなんて現れたら一気に生態系が崩れてしまうわねぇ」 万里の目が小さな沼とアヤカシの姿を捉える。 「あの、この辺りまで誘き出します。あの、ご兄弟はもう少し離れていてください」 おどおどした様子で忍(ia8139)は兄弟に避難してもらうように指示する。 「おう、なんか頼りないけど、ねえちゃん頼んだぜ」 コウタは桶を担いで、コウジとコウザを連れて、この場を離れる。 近くに樹木はなかったが、沼のそばの木でもいいだろうと、一心は肩に担いだ輪縄を降ろす。 「こっちは何時でもいい、忍殿、行ってくれ」 輪縄の準備を終えたことを一心が伝えると、忍は頷き沼へと駆ける。 (「凶暴なアヤカシでしょうし、放っておけません」) 忍が沼に近づくにつれ、丸太のようなものがはっきりしてくる。 大人が手を伸ばして寝転がった大きさであろうか。ごつごつとした鱗に覆われたその体の、およそ三分の一ほどを占める大きな口がある。 トカゲに似てなくもないが、これが鰐であった。 鰐は駆けてくる忍に気づくと、その大きな口を忍へと向ける。 だが警戒しているのか、それ以上は緩慢な動きでじわりじわりと近づいてくるだけである。 さらに気を引きつけようと忍は十字手裏剣を鰐へと放つ。 手裏剣は見事鰐の背中に突き刺さり、鰐は忍に怒りの目を向ける。 次の瞬間、鰐は意外な速さで忍との間を詰めてくる。 鰐の素早さに内心冷や汗をかきつつ、忍はシノビ特有の走りで再び間を空け、着実に誘き寄せる。 忍が駆ける先にはフィリアが待っていた。 「フフ、逃がさないのだ」 フィリアは式を呼び出し、鰐の四肢に纏わりつかせる。 万里、一心、アリアが畦などの影から飛び出し矢を放つ。 万里の矢は鰐の鼻先をかすめ隙を作る。 一心の力を込めた矢は厚い鱗の鎧を貫く。 アリアの正確な矢は鰐のその小さな目に突き刺さる。 さらに慧介と恭冶が鰐と沼の間に立ち、退路を絶つ。 慧介は防御に徹し、鰐の顎を刀で受け止める。 恭冶が地を割るほどの力を込めた刀を振り下ろすと同時に、タイミングよく柄から手を離し刀を投げつける。 衝撃波を纏った刀は鰐の背に突き立つ。その刀の柄頭につながれた鎖を手繰りよせ、鰐を絡めとろうとする恭冶だが‥‥。 スポン。 返しの無い刀では突き刺したままにすることが出来ず、衝撃波で緩んでいる傷口から抜け落ちる。 「えっと‥‥、縄、縄ぁ!」 あわてる恭冶に一心が用意していた輪縄を鰐の口に通し、勢いよく引く。 暴れる鰐の尻尾で叩かれたりもしたため、忍は尻尾を切り落とそうと刀を振り下ろすが、さすがにそう簡単ではない。 口をふさがれ、深手を負った鰐は残った目で沼の方角を確かめると、逃げ込もうと踵を返す。 アリアはその隙を逃さなかった。 「これで終わりにしますっ!」 アリアの弓が大きくしなる。 限界まで引き絞られた弓から放たれた矢は、鰐の頭を貫き地面へと串刺しにした。 「鰐の肉は美味いらしいと聞いたんだがなぁ、やっぱりダメか」 「アヤカシでなければ色々と素材に出来たんだけど」 慧介と一心は消えゆく鰐の体を名残惜しげに見つめていた。 何かに取り付いたアヤカシで無い限り、そのアヤカシを倒すとその体は瘴気に戻り霧散するのである。 「おおーい、大丈夫かぁ?」 桶で身を守るコウタを先頭に兄弟が近づいてくる。 「もう大丈夫なのだ」 「さぁさ早く美味くてでっかい魚を釣って母ちゃんにしっかり食べてもらおうぜ」 フィリアと恭冶が兄弟を招き寄せる。 釣りの道具は兄弟と開拓者ギルドが用意していた。 一心は旗を支える青竹を竿にしようとしたが、さすがにしなりが無いため無理であった。 そのほか万里と忍が網を用意していた。 「大きな石を放りこんで小魚等をびっくりさせて浮かんできた所を獲るという方法もあるらしいですよ?」 忍が大きな石を抱えてやってくる。 「ち、違う違う、そうじゃないから!魚が逃げちゃうから石を投げ込まないで!」 万里があわてて忍を押える。 万里は忍に、それはやり方が違うがおそらく石打漁のことだろうと教える。 ちなみに現実世界では、水生生物の保護のために、ほとんどの川で石打漁は禁止されている。カジカなどの希少種を絶滅させてしまうおそれがあるからだ。皆はやってはいけない。 忍への説明を終えた万里は弓を構える。 「子供のころやって無理だったのよね、できるかしら」 どうやら水中の魚を狙い打つつもりらしい。 きらめく魚影に矢を放つ。しかし浮いてきた矢には何も刺さっていない。 水面から水中を見ると光の屈折の関係で、実際の位置とは別の位置に魚影が見えてしまうため、魚影を狙って矢を放っても当たらないのである。 万里と忍はそれぞれの方法を諦めて網を投げ入れる。 モツゴやタナゴといった小魚が捕れたが、大物はいなかったようだ。 こういった小魚も佃煮にするとおいしくいただける。 さて、さばいばるは慣れているというフィリアはというと。 「モリで取るほうが得意なのだ。釣りはあまり、上手ではないのだ」 といいつつ、フィリアの竿に引きが来る。 「お、なにか、かかったのだ!」 竿から伝わる重い感触に期待するが、糸が暴れずどうもおかしい。 だんだんと大きくなる糸の先の影が水面に引き上げられると‥‥。 ぼろぼろになったわらじがかかっていた。 「うぅ、努力で才能はカバーできると、母の教えなのだ」 釣り上げたわらじに、涙目でがっくりと膝をつくフィリアであった。 恭冶と慧介は中型の鮒を釣っていた。 「うーん、鯉とか大物が釣れるといいんだがなぁ」 慧介のほうが幾分大きさや型がよいが、やはり精がつくなら鯉のほうがいい。 コウタ達も似たような釣果だ。 そこへ、沼へ流れ込む支流でカワムシを捕ってきたアリアと一心がようやく釣りを始める。 アリアは中型を狙い、大きめの鮒や小型の鯉を釣り上げる。 一方一心はあくまで大物狙いのようだ。 釣竿にも幾分工夫を凝らし、大物にも耐えられるよう補強を施す。糸もより合わせ、太く切れにくくする。 「釣りは根気と集中力が重要だ‥‥」 まずはこの日一番の大物の鯉を釣り上げる。 そして二投目。 一心は竿に伝わる重さに、先の鯉より大物の手ごたえを感じた。が、不意にその手ごたえがなくなる。 バラしたかと思った瞬間、今までに無い重さが竿にかかる。 「なんか、かかった!?」 ザパン。 水面に、先ほどの鰐とは違った横に大きな口と尾びれが見えた。 「あれだー!」 あの大物を釣り上げてやれと慧介が叫ぶ。 「おもっ!だれか、手伝って」 恭冶やコウタが引き摺られる一心の竿を掴む。 慧介達も一心の体を支える。 半刻ほど暴れる大物と格闘し、ついに一心達はその大物を釣り上げる。 冷たい冬の空気の中、汗をかく一同。 釣り上げた大物は鰐をも超える大きさの鯰であった。 「も、もしかして、沼の主様かぁ」 コウタが息も荒く、整える間もないまま、村の老人から聞いていた沼の主のことを思い出す。 コウジもコウザも主を見るのは初めてだ。 「はあはあ、主ってんなら、お前の暮らしをどうこうするつもりはねぇよ、静かに暮らしな。ただ、魚は少々頂かせてもらうがね」 恭冶は相手が主ということもあり、礼儀を尽くす。 「ね、ねえ一心さん。はあはあ、コウザがこの鯉を貰ってもいいか、だそうです」 息も絶え絶えなコウジが一心の先に釣り上げた鯉を指す。 「あ、ああ、いいよ。はあはあ、お前達のために釣ったんだから、好きにするといい」 その言葉を聴いたコウザは、大きな鯉を懸命に持ち上げると、主の口に押し込む。 「ぬしさま、ごめんね、これあげるね。こっちのはもらってくよ」 コウザはアリアが釣り上げた鯉を指差す。 主はアリアの鯉を眺めると、パクパクと口の中の鯉を飲み込む。 体をくねらせて、どうにか沼へ向き直る主。 後は開拓者達も手伝い、主を沼へと帰す。 「もったいなかったな、あれは大きさも形もよかったんだけどな」 主の帰った沼を眺めながら、主にやった鯉について一心は心残りがあったようだ。 バシャン。 大きな水しぶきと共に一心の腕の中に、釣った鯉より一回り大きな鯉が飛び込んできた。 主が尾びれでたたき出したのだ。 思いがけぬ大物に兄弟達は大喜びだ。 「ぬしさま、ありがとう!」 最後にまた水面に顔を出した主は、ふんと鼻を鳴らしたような風情で沼の底に消えていった。 沼の端では、水しぶきをかけられ、暴れる大物を抱きとめ、尻餅をついた一心。 「寒い!」 一言叫んだという。 久しぶりに腹が満たされた。 大暴れもした。 人間もなかなかやるものだ。 今日はゆっくりと眠れそうだ。 オオナマズは沼の底で静かに眠りについた。 |