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■オープニング本文 コンコン。 戸を叩く音が響く。 残暑も厳しく、寝苦しい夜だ。 だが、誰が好き好んで、そんな真夜中にやってくるというのだ。 それにその家は空き家だ。 戸を叩く音に答える家人はいない。 コンコン。 再び戸が叩かれる。 やがて音の主は諦めたのか、その戸を叩く音は止まった。 だが戸を叩く音は、別の場所から聞こえてきた。 他の家の戸を叩いているようだ。 そして‥‥。 「ギャー!」 寝苦しい真夜中に、身の毛もよだつような叫び声が村に響き渡った。 村の男達は手に明かりを持って、村長の家に集まる。 確かに暑いが、皆の額にはそれとは違う汗が浮き出ている。 「皆こんな時分に集まってくれたか」 村長はそういうが、タイチの姿だけはなかった。 村長と男達は意を決して、タイチの家へと向かう。 風もなく、温い空気だけが漂っている。 男達はひそひそと囁き合い、ビクビクと周りを見渡す。 やがて満月の月明かりの中、戸が開け放たれたタイチの家が見えた。 男達が恐る恐る家の中を覗くと、がたがたと震えるタイチの女房と子供がいた。 子供が村長の顔を見分けると、火がついたように泣き出した。 「と、父ちゃんが、父ちゃんが!!」 村は不安で眠れない夜を明かす。 朝から暑い日差しが照りつける。 村の中にタイチの姿はなかった。 村はずれの大木の枝に腕をなくしたタイチの亡骸が風に揺れていた。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
小星(ib2034)
15歳・男・陰
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 少し欠けた月が昇る。 満月が過ぎたとはいえ月の明るい光で星の輝きが見えない夜を、異形の四肢を持った何かが村の中を彷徨っていた。 月の明かりに照らされた異形の姿は四つの肢を持っていた。その異形の何かは、まるで蜘蛛のように四肢を操り、獲物を品定めするかのように村を這い回る。 やがて閉め切られた一軒の家の前に来る。そこは村人達が集う家でもある。 村人達は先日の恐怖から、また志野宮 鳴瀬(ia0009)の指示により数件で集まって戸を閉め切り、蒸し暑い闇の中、じっと息をひそめていた。 「‥‥これは志体持ちと言えどたまらんな‥‥」 異形の様子を別の家屋から覗いていたニクス(ib0444)は、蒸し暑い空気に対して一言つぶやくと、いつでも飛びかかれるように天井に突き刺さりそうになっているスピアをグッと引き寄せる。 異形は二つの肢で不器用に立ち上がると、残った肢で戸板を叩く。 コンコン。 ビクリと震える村人達。 小さな泣き声も聞こえているはずだが、二度三度と戸を叩いても戸口まで出る者がいないと分かると、異形は再び村を彷徨い始める。 その様子をそっと伺う開拓者達。 自分が身を潜める空き家に長い朱槍を苦労して隠した朱麓(ia8390)の手元には穂先がある。柄は部屋の中に斜めに入れることでどうにか収まった。 朱麓のそばには、鳴瀬と小星(ib2034)がともに身を潜めている。 鳴瀬は周りの瘴気を探る。 「瘴気が一つ、村の中を動き回っているようです」 小さな声で、ともに身を潜めている者に告げる。 戸口には小星が仕掛けた、人に似せた藁人形が戸をあけるかのような格好で立っている。 異形は徐々に開拓者達が身を潜める空き家へと近づく。各々の武器を握り締める。 そして‥‥。 コンコン。 朱麓達が身を潜める家の戸を叩く音が響いた。 数刻前。 開拓者達は村に着くと、早速村の周りを調べ始めた。 マーリカ・メリ(ib3099)は村人達に事件のことを訊ねてまわる。 「今回の事件が初めてなんでしょうか?」 「あ、ああ、こ、こんなこと初めてだ‥‥、俺達はどうなっちまうんだ‥‥」 村の者にとってアヤカシに襲われるのは初めての経験だろう、恐怖に怯え懇願する目でマーリカを見つめる。 マーリカは他の村人にも訊ねてみたが、タイチが初めての犠牲者のようだ。 タイチの他には、人の住んでいる家の戸を叩かれた者はおらず、どこから来たのか、悲鳴が聞こえるまで誰も気にしなかった。 「失礼かとは思いますが‥‥、少々気になる事がございまして。亡骸を確認させていただけますか?」 エグム・マキナ(ia9693)は、タイチの亡骸を調べ始める。 タイチの全身には引きずられたときに出来たと思われる擦り傷があった。 そして恐怖と痛みに歪んだその顔には、口を塞ぐように手の跡が赤く浮き出ていた。 「これは‥‥、口を塞いで引きずったということでしょうか‥‥」 この人並みはずれた力の跡は他にも残っていた。腕を無理やり引きちぎったであろう、指がめり込むまで掴んだ手の跡がタイチの肩に残っていた。 タイチの家の前を朱麓は調べていた。 すでに多くの者が出入りした後では消えてしまったものもあるが、いくつか奇妙な跡が残っていた。 「手、だねぇ‥‥」 人の規格外というほど大きなものではないが、女のものではなかった。 タイチが引っ掛けられていたという木の前で鳴瀬は瘴気を探っていた。 木は村から外れ、ここで悲鳴を上げたとしても、村全体には届かないだろう。 確かにどす黒い血の川の跡は村から続いていた。 辺りに漂う瘴気もすでに希薄であり、とてもアヤカシの行き先を断定できるものではなかった。 「これ以上は無理のようですね」 予想していたとはいえアヤカシの行方を探れなかったことに、鳴瀬は小さくため息をついた。 村人達と話し合って、空き家を借りる露羽(ia5413)。 空き家を囮にしようと開拓者達が考えた作戦だ。 「しかし‥‥、正体が分からないというのは苦手ですね」 いまいち優れない顔の露羽、相手の正体が分からないことが気になっているようだ。 「なにしけた顔してるんだい、結局はいつもと同じアヤカシだろうが」 顔を翳らせた露羽に、銀雨(ia2691)が突っ込む。 相手が正体不明でもアヤカシ相手なら同じことと銀雨は豪語する。 「体が冷える気がしますが‥‥、ともかく、正体を突き止めましょう。結果には必ず、原因があるものですから」 怪談が苦手な露羽は、新たに気を引き締めるのであった。 借りた空き家に集った開拓者達は情報をつき合わせる。 「初回ですから断定は出来ませんが、戸を叩き、反応した相手を狩る、まるで疑似餌を持つ動物のようですね。もっとも動物相手のように気軽に解決は出来ないでしょうが」 つき合わせた情報からエグムがそれらしい推測を行う。 「戸を叩く動作に関しては単に中に餌が居るってのを確認するためだけなのか?」 朱麓がふと疑問を口にしてみる。 「おそらくそうでしょう。戸を叩いたことに答えることの出来るものがいれば捕らえる、といったところでしょうか」 推測を元に疑問に答えるエグム。 「疑似餌かぁ。なら逆に藁人形を仕掛けてみたらどうかな、これなら引っ張り出されても大丈夫だろ」 小星が藁人形を引っ張り出してきた。 こうして空き家に藁人形が設置された。 「囮の任は信じて任せる。無理はするなよ」 ニクス達は、挟み撃ちにするためにも別の家へと隠れることとなった。 そして現在。 コンコン。 朱麓達が待ち構えている空き家の戸が叩かれる。 朱麓は藁人形を前にし、棒を使って戸を開ける。 開いた戸の隙間から月の明かりが差し込む、と同時に隙間から差し込まれた手が戸を押し開け、目の前の藁人形を掴み引っ張り出す。 朱麓が朱槍を戸口から外に向けて引き出す。家の中から朱槍が突き出る。 鳴瀬は朱麓に精霊の加護を与え、小星はシキの姿をフクロウへと変え、外に飛び立たせる。 (「かかった!‥‥あれ?思ったより暗い‥‥」) フクロウの視力が得ようと思った小星だったが、シキを通してみた世界は人間のそれと変わりはなかった。 確かにシキの姿を動物へと変えたとき、シキは翼やヒレ等といった肉体能力は得られるが、視覚等の感覚能力は作り出した陰陽師のものとなる。 暗闇を見通せるならば、なおの事よかったが、それでも空からの視覚が加わったのだ。 フクロウの姿をしたシキの目は、それぞれの隠れ場所から飛び出したニクスと銀雨、朱麓、そして異形の姿を捉えていた。 「ふふ、やっと来たかぁ‥‥こんばんはそしてさようなら糞野郎」 朱槍を構え、にやりと残酷な笑顔を浮かべた朱麓が戸口から現われるが、すでに銀雨が飛び掛って、マーリカの魔法が掛かった手甲で殴りかかっていた。 「腕だけかよ。痩せすぎだろ、おい」 銀雨の目の前にいる異形が月明かりの中、その姿をはっきりと現す。 異形の姿は『四本』の腕が付け根でつながり、カニのような目玉が二つついたものであった。 異形は、銀雨の拳を受け止めると、朱麓の槍を掴んで露羽の放った手裏剣をかわす。 四本の腕を使って打ち、受け、避ける。 「この、素早いな!」 異形の姿が小さく、また素早いため、朱麓は大物の槍を上手く振り回せず、小さな傷を負っていく。 鳴瀬は朱麓や銀雨達が負った傷を癒していく。 「ボクに任せて!許さないよ。命を奪うだけに飽き足らず、その瞬間に心を恐怖で塗りつぶしたことは‥‥決して許さない」 小星の作り出したシキが異形の腕を捕らえる。 「捕えました‥‥逃がしませんよ!」 動きが鈍ったところをエグムが弓で撃ち抜いていく。 避け切れなかった矢は異形の二本の腕に突き刺さったが、異形の素早さが失われることはなかった。 「あら、もしかしてあれはタイチさんの腕ではありませんか?」 二本の腕が傷ついても怯むことのない異形に鳴瀬が気づいた。 「そうか、小星、もう一度です!」 刀で切りかかった露羽が小星に声をかける。 小星はその言葉に答え、再びシキをけしかける。 「今度こそ!」 別の腕を撃ち抜くエグム。 今度こそ怯む異形。 後は開拓者達の技が異形に叩き込まれていく。 「安眠妨害、許しませんよ。夜はしっかり寝ないと、夏バテになるんですからっ!」 マーリカの電撃、そして吹雪が襲う。 朱麓の槍が下から叩き上げ、銀雨の気が打ち抜く。 「そこだ!」 気配を探り機を窺っていたニクスは、気合を込めた最後の一撃を異形の中心へと突き入れた。 異形の腕が瘴気へと霧散すると、そこには二つの腕が残されていた。 腕の根元はねじ切れられた無残なものであった。 小星は残った腕を拾い上げると、ぎゅっと抱きしめる。 「大好きな子供達を抱きしめるには、腕が必要だから、ね」 開拓者達は腕をタイチの亡骸に返した。 「タイチの事に関しては御愁傷様だ。けど気をしっかりお持ちよ?逝った者にとっての幸せは遺された者達の幸せなんだからさ、ほら、泣くのはもうおしまいだよ!」 最後にタイチの妻と子供に声をかける朱麓であった。 「しっかしだ、腕だけで口を塞いで連れ出す。腕を引きちぎる。亡骸を木に引っ掛ける、まあ、これは腕を増やした後だろうけど。腕だけじゃずいぶん無茶だろ」 開拓者からの報告を受ける受付嬢に銀雨は構造的な疑問を口にした。 「そうですね。でもそれが出来てしまうからアヤカシとも言えるのですけどね」 報告されたアヤカシは『腕取り』と記され、開拓者ギルドの資料へと納まるのであった。 |