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■オープニング本文 『グオオオオォォ!』 その唸り声は、突然山から響いてきた。 村人達は一様に首をすくめる。 「一体なんだ?」 男達は早急に村の守りを固める。家に補強を施し、集落の周りに簡素な柵を立てる。 その慌しい中、前日から猟に山へ入った夫タスケの安否を不安に思う妻のサヨは、村の社で一心に祈っていた。 「精霊様、もふらさま、どうか夫を無事に山から帰してください」 だが、その不安は的中していた。 昨晩仕掛けた罠には、痩せた狸がかかっていた。 春先ゆえに仕方ないが、それでも肉になるし、毛皮も売れるだろう。 (「山の精霊よ、命を少し分け与えていただきます」) タスケは無言で精霊に祈りを捧げ、まだ生きている狸に向かって矢を射る。だがうまく当たらない。 今朝からだが、山の中が少し寒いように感じていた、その寒気の所為だろうか。 ニ本外し、二本射抜いて、ようやく狸は事切れた。 その時さらに山の温度が下がったように感じた。 そしてタスケはその瞬間を見てしまった。 死んだ狸の向こうで黒い霧のようなものが集まり始める。それは人の姿を形作る。 爛々と光る目、大きくはみ出た牙、額から突き出る角、筋骨隆々にしてどこか歪んでいる。 元々瘴気の漂っていたところへ、狸の死への恐怖が引き金になったのかもしれない。だがそれは誰にも分からない。 ただタスケは運の悪いことに、アヤカシ『鬼』の誕生に立ち会ってしまったのだった。 恐怖で足腰に力の入らないタスケを前に、鬼は手近な木をへし折ると粗末な棍棒に仕立て上げる。 『グオオオオォォ!』 鬼は一声吼えて棍棒を振りかざす。 だがその一声がタスケの命綱となった。 「うわああああ!」 大声により正気に戻ったタスケの手足に力が戻る。 じたばたと手足を動かし距離を取ったおかげで、どうにか棍棒の一撃を紙一重でかわすが、その地を叩く衝撃はタスケを吹き飛ばすのに十分であった。 タスケの体は一度地面を跳ねた後、山の斜面へと落ちていった。 地面にたたきつけた衝撃で棍棒は折れ、獲物を取り逃した鬼は、仕方なしに傍に落ちていた狸の死骸を摘み上げる。 鬼は狸をぺろりと一口で食べてしまうと、新たな棍棒を探しに山の中をうろつき始めた。 タスケは全身に傷を負っていたが、動く方の手足でどうにか山から這い出ることが出来た。 「タスケがいたぞ!」 探しに来た村人達がタスケを見つけた。 「‥‥お、鬼‥‥鬼が、出た‥‥」 どうにか村人に伝えるとタスケは気を失った。 「あんた、あんたー!」 サヨは、気を失い村に運ばれてくるタスケに駆け寄るのであった。 「この村近くの山にアヤカシの鬼が現われました」 開拓者ギルドの受付嬢は広げた地図を指差しながら、集まった開拓者達に今回の依頼を説明する。 「山での足場は、わざわざ不利な場所を選ばなければ大丈夫とのことです。しかし木々はかなり密集しており、大きな武器は振り回せないそうです。装備には気をつけてください」 受付嬢は山を指で差した後、再び村を向ける。 「村は簡素な柵を作っていますが、鬼に襲われればひとたまりもありません。また現在村には大怪我をした者がいるため、すぐに避難というわけにもいかないようです」 受付嬢の増代・エイトタイムズ(iz0128)は開拓者達に向き直る。 「皆さん、村に被害の出ないよう鬼退治をよろしくお願いします」 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
汐見橋千里(ia9650)
26歳・男・陰
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
フィリー・N・ヴァラハ(ib0445)
24歳・女・騎
日入 信悟(ib0812)
17歳・男・泰
御稜威(ib1175)
19歳・男・サ
伏見 笙善(ib1365)
22歳・男・志
黒色櫻(ib1902)
24歳・女・志 |
■リプレイ本文 怪我人の惨状に日入 信悟(ib0812)が思わず大声を上げる。 「人に害なすアヤカシは放っておけないッス!これ以上犠牲者は出させないッスよ!」 直接鬼にやられたわけではないとはいえ、タスケの状態は酷いものだった。 打撲や骨折、多数の擦り傷に、そしてどこかに引っ掛けたらしい裂け傷。 「しーっ!ちょっと静かにして。傷に障りますから」 万木・朱璃(ia0029)が手早く包帯を取替え、薬を塗りこんでいく。 朱璃の治療でいくらか楽になったようだ。荒かった息も、穏やかなものに変わっていった。 その間に御稜威(ib1175)は、簡単な地図を広げる。 残念なことだが開拓者ギルドで見せてもらったもの以上の地図は、村にはなかった。正確な地図というものは悪用されることもある、一介の村に地図がないのは当然でもある。 この地図は御稜威が猟や樵を行う村人から聞いて描いたのだ。 伊達眼鏡の奥から覗く鋭い眼光で地図を睨みながら、村人から聞いた水場や狩場を書き記していく。 「こないなもんでっしゃろ」 位置関係だけは把握しておこうというものだ、余り正確なものではない。 「このあたりに罠を仕掛けるようだ」 汐見橋千里(ia9650)もタスケとよく組むという村人から、罠の位置を聞き出していた。 大まかではあるが、タスケが襲われたであろう位置を書き足していく。 「あ、俺も聞いてくるッス!」 書き込まれていく地図の覗き込んだ信悟も、手近な村人を捕まえては山の様子を聞き込んでいる。 「鬼は私達が必ず倒す。安心して待っていなさい。あと数日もすれば、いつも通りの山になる」 不安そうに地図を眺める村人たちに、千里はそう告げるのであった。 朱璃が取り替えた包帯を洗おうと井戸までくると、伏見 笙善(ib1365)が声をかけてきた。 「その包帯、使わせてもらえませんか〜」 「え、なんに使うのかしら?」 「囮に使えないかと思いましてね〜」 笙善は包帯についた血の匂いで鬼を誘き出そうと考えたのだ。 そこへひょっこりと黒色櫻(ib1902)が顔を出した。 「そのままってのは肌によくないから、直接巻かないほうがいいですよ」 「え、ああ、そうね、気をつけて使ってくださいね」 櫻の忠告と血のべったりとついた包帯を見て朱璃は逡巡したが、結局いくつかの包帯を笙善に手渡す。 「ええ、任せてくださいな〜っと」 公には笙善は死んだ者の身、しかも特殊部隊の壊滅、アヤカシ討伐の失敗という汚名がついているだろう。 そんな自分が今後の人生において、何が残せるかと悩みぬいた末たどり着いた結論であろう『人助け』のために、手渡された包帯を強く握り締める笙善であった。 あらかじめ綺麗な布を腕に巻き、その上に血のついた包帯を巻きつけるフィリー・N・ヴァラハ(ib0445)。 「さて伏見、準備は出来てるかい?」 「ええ、終わってますよ〜」 笙善も袖の上から包帯を巻きつけている。 フィリーと笙善の二人が囮役である。 二人は仲間から先行して山道を登っていく。 道は木々の隙間を縫うように続く。確かにこれでは大きな武器は振り回せない。 「いつにも増してドキドキですなー、雇われていたころを思い出しますよ〜」 乾いたとはいえ、腕に巻かれた包帯からは鉄錆のような臭いが二人の鼻をかすかに刺激する。 その臭いが過去を思い出すのか、ふと笙善が一言漏らす。 「へー、伏見はどこかのお抱えだったのかい?」 フィリーは周りを見渡したあと、傍らの笙善を見上げる。 「ええ、まあ、雇われ兵のようなことをやっていましたね〜‥‥」 さすがにその先は口が澱んでしまう。 その様子を察したのかどうか分からないがフィリーもそれ以上は聞かなかった。 不意にバキバキと藪を踏み分けてくる音が聞こえる。 笙善はすぐさま周囲の気配を探る。 自分達の後方に仲間の気配、そして山の上から近づくもう一つの気配。 この辺は、なだらかに上っている場所だが、藪や密集する木々の陰で気配の主までは見通せない。 「上から一つ、来ます」 緊張した口調で笙善はフィリーに告げる。 やがて木々の隙間から、藪を踏み分ける主が見え隠れするようになる。 筋骨隆々の体、突き出た牙、そして額の角。件の鬼である。 囮の二人は近づく鬼を確認すると、 フィリーは‥‥、鬼に向かって駆け出そうとした。 笙善は‥‥、「た、助けてください〜!食べられてしまいます〜!!」と仲間のところへ駆け出そうとした。 『え?!』 一瞬足が止まり、顔を見合わせる二人。 だが、もうそこまで鬼は来ていた。 「フィリー殿、後ろ!」 笙善に注意を促されたフィリーは青いオーラを纏うと、鬼に向き直り、その懐へと飛び込む。 フィリーが鬼を攻撃している間に笙善は後方の仲間に向かって呼びかける。 「みなさ〜ん、鬼です!」 後方から近づいてくる仲間の気配を感じ取ると、笙善は手にした刀を抜き放った。 ブローディア・F・H(ib0334)は笙善のところへと駆けつけると、その刀に白い光を灯す。 「伏見様、行ってください!」 他の仲間達も次々に鬼の下へと集まる。 千里は鬼の背後へと回りこむと、呪符を取り出す。 「式よ、冷たき手で彼の者を地に縛りつけよ」 呪符から小さなシキがいくつも現われると、鬼の四肢に纏わりついていく。 鬼の懐に飛び込んだフィリーは豪華な手甲で殴りかかる。 「お前に足りないもの、それは情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ、そして何よりも避ける力が足りない!!」 青いオーラを纏った手甲が鬼の顎を捕らえる。 鬼はこの密集した木々の中では手にした棍棒が上手く振り回せず、いらだっているようだ。 信悟はいらだつ鬼の動きを読みきると、軸となる部分に一撃を与える。鬼は大きくバランスを崩し倒れこむ。 「やった、今ッス!」 転倒した鬼へ笙善が光を宿した刀で切りつけると、櫻が全身のひねりを使って体に巻きつけるように刀を振りぬく。 「お二人供、一旦下がってください!」 棍棒では埒の明かない鬼は、その即席の棍棒を投げ捨て素手で掴みかかってきた。 「グオオオ!」 取り囲んでいる者達に次々と殴りかかる鬼。 守りの舞を舞っていた朱璃は癒しの風を呼ぶ。 癒しの風は、鬼が殴りつけた傷跡を次々と癒していく。 鬼の拳が御稜威の鼻先をかすめる。 天涯孤独の身となった御稜威にとって、こうした危機は生きる実感の湧く瞬間でもあった。 グギィッという鈍い音と共に朱璃が作り出した歪みが鬼を腕をへし折る。 光の矢を放ったブローディアの手から、激しく燃え上がる業火が生み出され、その業火は鬼を包み込む。 千里の放ったシキが鴉の姿をとると、鬼の目を貫く。 フィリーは自身の体を壁に拳を隠し、その軌道が悟られないよう打ち込む。 「喰らえ!一、二の、ドッカァーン!」 鬼の弱点へと拳を叩き込み続ける信悟。 一歩踏み込んで刀を打ち込む笙善と櫻。 「ほたえんのもえぇ加減にせいやッ!」 片目を潰された鬼の目に映った最後の光景は、刀を振り下ろす御稜威の姿であった。 地に伏した鬼は再び瘴気に還り、霧散していく。 その様子を静かに見送る櫻。 「いや〜、生きた心地がしませんでしたよ〜♪」 キセルで一服する笙善は、先ほどまでの戦いを振り返る。 「さて、村へと帰るか」 フィリーが皆を率いて山を降り始める。 「どうも、おおきに有難う御座いました」 御稜威は鬼が消え去った場所へと振り返ると、小さくつぶやいた。 「ところで、さっきの戦いの中で朱璃殿が傷を癒してくれましたよね」 ふと櫻は、朱璃が使った癒しの技を思い出した。 「ええ、そうだったわね」 「あれ、タスケさんに使ってあげたら駄目だったんですか」 最後に櫻はカクンと小首をかしげた。 |