蜘蛛の棲む家
マスター名:八倍蔵
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/25 04:16



■オープニング本文

 その屋敷は村の外れにあった。
 小さな湖と林に囲まれ、夏には涼しげな雰囲気をかもし出している。
 もっともニ月の今では、木々も枯葉を落とし、寒々としていた。
 もともとはどこかの氏族の避暑のために建てた屋敷であった。
 だが、代替わりをしてからは氏族の縁者が立ち寄ることも少なくなった。
 そしてこの一、ニ年ほど屋敷には人の姿が見られることはなかった。
 そんな半ば朽ちた屋敷は、村の子供達にとって格好の遊び場となるのに時間はかからなかったのだが‥‥。


「あれ?蜘蛛の巣かな」
 屋敷へ遊びに来たソウタは、いつも屋敷の探検に使っていた戸板の反り返った半分開いた引き戸の上のほうに白い糸のようなものが見えた。
「そりゃ誰もいないんだから蜘蛛の巣くらい張るだろ」
 ソウタの兄貴分でもあるトシゾウは、蜘蛛の巣を取り払うため、足元にあった長い枝を拾い上げる。
「でも昨日はなかったし、それになんか大きいよ」
 昨日も二人で遊びに来ていたソウタは、かなり大きそうな蜘蛛の巣を見て怪しんだ。
「蜘蛛はすぐに巣を作れちゃうんだ、そんな不思議でもないさ」
 実際には大人の受け売りだろう、トシゾウは蜘蛛についての知識をひけらかす。
 二人は枝で引き戸の蜘蛛の巣を取り払うと、薄暗い屋敷の中へと歩みを進めていった。

 所々漏れる光で薄暗くぼんやりとした屋敷の中を進む二人。
 人の手が入らなくなって久しく、外から入り込む風雨や雨漏りにより畳は腐りふかふかしている。
 黴の匂いが漂い、別世界に入り込んだような感じだ。
 実際子供達にとっては別世界であろう。
 入ってはいけないというところは、日常とは違う、別の世界だ。
 何か見れるかもとわくわくとする好奇心、怒られるかもしれないドキドキした緊張感。
「よし、今日は奥まで行ってみよう」
 枝を振り上げ、トシゾウはさらに暗い奥へと進む。
 ソウタはその後をついて行く。
 二人は、数年前は小奇麗であったであろう襖の前まで来る。
 屋敷はもう少し奥に続いているが、今日の目的はここだ。
「トシ君、きっと、ここがお姫様の部屋だね」
 村の大人たちから聞いていた、氏族の息女の部屋だろう。
 昔は氏族の少女も来ていたと聞かされていたのだ。
 二人はそっと襖を開ける。
 日も届かない闇が現われる。
 黴の匂いも酷い。
 ゴクリとつばを飲んだトシゾウが、見える範囲で一歩踏み入れる。
「うわっ!」
 トシゾウは肩に重い衝撃を感じ、部屋の中へと倒れこむ。
 そして、その肩に鋭い痛みを感じた。
 その痛みと共に手足に力が入らなくなる。
 かろうじて息は出来たが、声も出ない。
「わ、わああああ!」
 ソウタの悲鳴が聞こえた。

 ソウタの目には黄色い髑髏が落ちてきたように見えた。
 それは人の頭より大きく、上から落ちてきてトシゾウを押し倒した。
 ふと上を見ると、部屋の外の天井にも黄色い髑髏のそれはいた。
 ソウタが体をひねって避けると、今までいたところにそれは落ちてきた。
 薄暗い中見えたそれは、子供くらいの大きさの赤い蜘蛛だ。
 腹には黄色い髑髏のような模様があった。
 蜘蛛はソウタに向き直ると、暗闇の中、牙を光らせた。
「わ、わああああ!」
 ソウタは踵を返し、屋敷の外へと飛び出していった。


 村は騒然となった。
 半狂乱となって村に駆け込んできたソウタから、屋敷に大きな蜘蛛が現われたと聞き、すぐさまその様子が開拓者ギルドに伝えられた。
 その屋敷の持ち主である氏族にもこのことは伝えられ、正式な依頼として提出された。
『化け蜘蛛退治』


 その頃トシゾウは蜘蛛の糸に巻かれ、天井から吊るされていた。
 トシゾウの心は痛みと恐怖と絶望に染まっていた。
 蜘蛛達は、吊るしたトシゾウの足先から少しづつ食いちぎっているのだ。
 食いちぎられた傷の痛みが体の中を走る。
 蜘蛛達に食べられていく恐怖が頭の中に渦巻く。
 身動きも出来ず、助けを呼ぶ声が出ない絶望。
 そこには毒のある化け蜘蛛、毒髏蜘蛛(どくろぐも)の餌がぶら下がっていた。


■参加者一覧
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
露羽(ia5413
23歳・男・シ
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
谷 松之助(ia7271
10歳・男・志
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
アマネ・ランドリン(ib0100
19歳・女・吟


■リプレイ本文

 ヒューヒュー。
 ガサゴソ、ガサゴソ。
 半ば朽ちた屋敷の中からの小さな音を、風鬼(ia5399)と露羽(ia5413)、二人のシノビの耳が捉える。
 か細い息と何か動き回る音。
「息遣いは聞こえるが、無事かどうかは‥‥」
 風鬼が聞こえないほど小さくつぶやくが、耳を澄ましている露羽には聞こえる。
「急ぎましょう、目の前の命を見捨てるわけには行きません」
 露羽の言葉に風鬼は少し甘いとは思ったが、静かに頷いて答えるだけにした。
「あー、こりゃどう見ても小僧共の好奇心を擽るわな」
 数年手入れのない荒れた庭の中に建つ、雨戸を閉め切った屋敷を見てシュヴァリエ(ia9958)が一言言い放つ。
 シュヴァリエの隣にいる、見た目は小僧だが実際にはシュヴァリエと同世代である谷 松之助(ia7271)は、今にも消え入りそうな気配が一つを屋敷の奥に感じ取る。そのほかに四つの気配が、その一つを取り囲むように点在していた。
「おそらくだが、屋敷の奥に感じる気配がトシゾウ殿であろう。だが、安心はできん。その周りを四つの気配が取り囲んでいる」
 蜘蛛のアヤカシと聞いて、新咲 香澄(ia6036)は過去の依頼を思い出していた。
「トシゾウ、急いで助けてあげるからね!」
 ぎゅっと拳を握り締め、トシゾウの救出を決意する。

 浅井 灰音(ia7439)と趙 彩虹(ia8292)、アマネ・ランドリン(ib0100)らが、明り取りのためにも屋敷の南側の雨戸を開けていく。
「ふーん‥‥。ハイネー、やっぱりここから入った様子はないですね」
 虎のきぐるみを着た彩虹は、屋敷の中を調べ、以前からの知り合いである灰音に呼びかける。
「まあ、こちらから入っていれば、雨戸は開いているはずだしね‥‥」
 同じく屋敷の中を調べていたアマネが答える。
「とにかく明るくしておびき出してみよう」
 と、雨戸を開け終えた灰音。
 そこへ露羽が合流する。
「蜘蛛達のものと思われる音が聞こえなくなりました。おそらく待ち構えているのだと思われます」
 雨戸を開けた頃から、ガサゴソと動き回る音がしなくなったのだ。
「じゃあ、こっちから踏み込んで相手をしてやるしかないね」
 彩虹は手のひらをバシッと拳で叩いた。

 香澄は、戸板の反り返った半分開いた引き戸に蜘蛛の糸のような物が垂れ下がっているのを見つけた。
 おそらくソウタが言っていた、探検に使っていた入り口だろう。
「あそこが入り口かな。風鬼、あそこから調べられる?」
 香澄の問いかけに頷く風鬼。
 そこには確かに子供の足跡があった。
「おお、いい感じだねー。ガキの頃を思い出すな。これでもう少し薄暗ければなー」
 雨戸が開け放たれ明るくなった屋敷内を見渡せば、所々破れた障子、剥がれかけた襖、黴臭い畳に、シュヴァリエは感想を漏らす。
「どうであろう、トシゾウ殿の所まで行けるだろうか」
 松之助が風鬼に問いかける。
「息も聞こえるますし、行けますな。ただ蜘蛛達の動き回る音がしませんぞ。おそらく待ち構えているのでしょうな」
 風鬼はそう答えた。
「じゃ、向こうが仕掛けたらこっちも行くか」
 シュヴァリエはガチャリと兜の面甲を下ろした。


 まずは南側から、息の聞こえるほうへと進んでいく。
 露羽が耳を澄ましながら、襖を開ける。目と耳を鋭く研ぎ澄ませ、薄暗い部屋の中を見通す。
 何もいないと確認すると、露羽の後から灰音、彩虹、アマネ達が静かについてくる。
 次の部屋の襖を開けた露羽はその手を止める。天井に目を向ける。何かがいる。
 どこからとも無く露羽の周りに木の葉が舞う。
 露羽が部屋から下がった瞬間、天井からそれは落ちてきた。
 子供程もある、尋常ではない大きさの赤い蜘蛛だ。その腹には黄色い髑髏が浮かび上がっていた。
 灰音は弓を手にし、彩虹は槍を構える。アマネもリュートの用意をしている。
「いつ見ても、蜘蛛は好きにはなれませんね。化け蜘蛛一体発見、戦いに入ります」
 露羽は刀を手に、小さくつぶやく。
 これだけでも感覚を研ぎ澄ましたシノビの耳には届くのであった。

 風鬼の耳に露羽の声が届く。
 迷うほど大きな屋敷ではないので声を上げれば聞こえるだろうが、それでも静かに連絡が取れるのはありがたい。
 香澄はネズミに似た式を呼び出し、先に行かせる。
 風鬼は香澄、松之助、シュヴァリエに向かって頷くと、音も立てずに屋敷の奥へと進んでいく。
 ある程度進んだところで手招きをする。
 香澄達は風鬼の後を静かについていった。

「これで釣れるかどうか。ま、やってみる価値はあるかっ!」
 落ちてきた化け蜘蛛に、灰音は手にした弓で矢を射掛ける。
 矢を射掛けられた化け蜘蛛は、灰音へと糸を吐きつける。
 どうにか糸をかわした灰音は弓を大剣へと持ち替える。
 化け蜘蛛が這い出てくる部屋の奥で、また一つ落ちた音がした。
 薄暗い影の中から、もう一体の化け蜘蛛が現われた。
「二体目が出現、戦いを続けます」
 露羽は現状を風鬼に伝える。
「戦いの女神よ、我らの心を奮い立たせたまえ!」
 アマネが勇者の詩を力強く奏でる。
「集中攻撃を!一匹ずつ確実に潰すよ!」
 気分が高揚するなか、灰音は一体目の化け蜘蛛に大剣で流れるように切り付ける。
 切りつけられた化け蜘蛛が怯んだ瞬間、体を赤く染めた彩虹の連続攻撃が煌く。
「はぁ!」
 次々と槍の穂先が化け蜘蛛を捕らえ、最後の一撃は気合と共に化け蜘蛛の頭胸部を貫いた。

 風鬼達は小奇麗であったであろう襖の前まで来ていた。後の方では戦いの音が聞こえる。
 そして風鬼の耳には、目の前の部屋から弱い息遣いが聞こえる。
 シュヴァリエがバッと襖を開け放つ。
 雨戸が開けられ外からの明かりが照らす部屋の中には、子供の形をした糸の塊が天井から吊り下げられていた。
 その塊から弱い息遣いが聞こえてくる。
 そしてそれは手足が不自然なほど短かった。
 香澄の放った式が、部屋の奥から天井を伝って近づいてくる化け蜘蛛を捕らえた。
「シュヴァリエさん、谷さん、奥から化け蜘蛛が来ます」
 香澄がそう伝えると、シュヴァリエと松之助は迎え撃つために部屋の奥へと進む。
「こっちは任せておきな、そっちは嬢ちゃん達に頼んだぜ。さて谷のボウズ、やってやろうぜ」
 シュヴァリエは松之助の頭をなでる。
「我はこう見えても貴殿と同じくらいの年月を重ねているのだがな」
 松之助はシュヴァリエの手を振り払う。
「風鬼さん、トシゾウをよろしく!」
 鎌の手をした式が香澄の符から放たれ、塊を天井から吊り下げている糸を断ち切る。
 風鬼は落ちてくる塊を抱きかかえる。
『一体目、倒しました』
 風鬼の耳に露羽の報告が届くと同時に、片足の糸が瘴気へと霧散し、血が流れだす。
 風鬼は以前これと同じものを見たことがある。アヤカシから吐き出された糸はアヤカシの体でもある。その糸を吐き出したアヤカシが倒されれば、糸も瘴気へと霧散する。
「新咲さん、治癒の術を!」
 化け蜘蛛は食いちぎった箇所を己の糸で止血していたのだろう。その化け蜘蛛が倒されたことで、止血していた糸が霧散し、血が再び流れ出したのだ。
「トシゾウ、しっかりして!」
 香澄の符から呼び出された式が傷を塞いでいく。ただ、いくら式でも失った骨や器官に成り代わることは出来ない。
 風鬼は手裏剣を使って、糸の塊を切り裂く。
 塊の中からは手足を肘、膝の辺りまで失った、痩せこけ、うつろな目をした少年が現われた。

 連続攻撃を放った隙を突かれて、彩虹は二体目の化け蜘蛛に牙を突き立てられる。
 彩虹は一瞬体が重くなった気がした。
(「もしかしたら毒を持っているのでしょうか?」)
 特に変化は無かったが、彩虹の脳裏にそんな考えが駆け抜ける。
「お前達の居場所はここではないですよ。消えてもらいます!」
 二体目の化け蜘蛛を露羽の刀が切り裂くと、彩虹の槍が突き刺さる。
 糸がまとわりつく中でもアマネは詩を奏で続け、その詩が響き渡る中灰音は大剣を化け蜘蛛に突き立てた。
「この一撃で沈め!」
 化け蜘蛛の腹部を貫いた剣先は畳をも貫いていた。

 松之助とシュヴァリエの前には、天井から落ちてきた二体の化け蜘蛛がいた。
 盾を構えたシュヴァリエが前に出て、化け蜘蛛の攻撃を受け止める。
 松之助はシュヴァリエの背後から隙をうかがい、化け蜘蛛に切りつけていく。
 牙をかわし、うっすらと青く光る鎧が爪を受け止める。
「どこから来たのかは知らんが退け!」
 松之助は一体の化け蜘蛛を流れるように切り払う。
「うおおお!」
 シュヴァリエも盾で殴りつけ、怯んだ隙を突いて槍を突き出す。
 だがなかなか決定打が出ない。
 そうするうちに一体の化け蜘蛛が二人を飛び越え、香澄達に襲い掛かる。
「この!」
 香澄は再び鎌の手を持つ式を呼び出し、飛び掛ってくる化け蜘蛛に放つ。
 風鬼は手裏剣を放つと、トシゾウを抱き上げる。
 後の二人に襲い掛かる化け蜘蛛を追って松之助が戻ってくるが、風鬼はトシゾウをかばって背中に爪を受けてしまう。
「破壊の女神よ、愚者へ制裁を与えたまえ」
 そこへアマネの詩が響き、化け蜘蛛達は開拓者達にその身をさらけ出した。
『今だ!』
 松之助とシュヴァリエの声が呼応し、化け蜘蛛達を切り裂き、そして貫いた。


 毒の抜けたトシゾウは反応が無かった。
 錯乱しているわけではなかったが、アマネが軽やかな口笛を吹いて心を落ち着かせようと試みる。
 暗闇や痛み、手足の失った面への接触には酷く取り乱したが、それ以外にはトシゾウは反応しなかった。
 数日とはいえ、アヤカシに恐怖と痛みと絶望を延々と与えられ、心が壊れてしまったのだ。
 ソウタも変わり果てたトシゾウの姿に大きな衝撃を受けた。
「トシ君、ごめん、ごめんよ」
 ソウタはいつまでも泣きじゃくっていた。