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■オープニング本文 ●その報いの先は 『もはや、ただ黙って待つ、という訳にも行かないだろう』 瘴気渦巻く深い谷間の底に、静かな声が響いた。 周囲には瘴気で作られた結界が薄らと幕を広げて辺りを包み込んでいる。 空には、低く垂れ込める雲の合間から月が顔を出し、谷へとほのかに月明かりを差し入れていた。薄らと、声の主が浮かび上がる。大アヤカシ「於裂狐」――美しい男性の姿をした彼は、大柄な狐の上に寝そべった状態で、対峙した二人へと交互に顔を向けた。 『……その点については、私も異存はない』 ガチガチと何かの震える音はするが、人語らしき声は彼のもののみ。 流れる月明かりが続いてゆっくりと照らしたのは、大アヤカシ「山喰」、そして「芳崖」であった。 山喰は蟻にも似た姿の大アヤカシであり、対する芳崖は、巨大な蜘蛛の印象を持たれる姿をしている。 山喰はガチガチと顎を鳴らして何かを語り掛けているようであるが、芳崖は何らそれらしき反応を発することもない。それでも会話が成立しているところを見るに、目に見えぬ意志疎通手段があるのだろう。 『良いだろう。構わぬ』 山喰が鳴らす音に、於裂狐が頷く。 『久々の外出になるか。もっとも、寝所をやつらの土足で踏み荒らされるのも癪だからな……』 何を語り合っているのかは解らない。が、大アヤカシの多くは他の大アヤカシと馴れ合わぬ。その大アヤカシたちが、今、こうして集い交わすその言葉は、たとい断片的なものであろうと、それはおそらくが相互の連携に向けた調整であろうことが見て取れた。 ●春の嵐 上空を巡邏中の龍の背で、兵士が大きなあくびを漏らした。 ぼんやりとした頭を振るいながら龍の手綱をさばく。龍は眠そうな様子の主人を時折大きく揺さぶりながら、雲の合間を縫って飛んでいた。突如、龍がいなないた。尋常ならざるその轟きに彼は首を振り、がばりと顔を上げる。 「どうした!?」 彼の問いに、龍はけたたましく吠えてその答えを指し示す。 龍の吠え猛るその先に、巨大な影がゆっくりと浮かび上がった。 霧が、立ち込めていた。 「すごいな、すっかり景色がぼやけちまってる」 ギルドの陣代が、遠く海の方角を見やってつぶやいた。 「霞は春の季語なんですよ」 「しかしこれは、霞というより朝霧じゃないかな……霧も春の季語か?」 「えっ、さ、さあ、どうでしたっけ……?」 翠嵐(iz0044)が困ったように首を傾げる。陣代は苦笑いをしながら辺りを見回した。 「それはそうと、八咫烏の改修状況はどうなんだ」 「今、砲の増設に、主砲の改修作業に着手したところみたいです。宝珠機関は今最終点検中として……見てください、この通りです」 この船はいま、次なる戦いに備えて大規模な改修を受けているところでもあった。 ぱたぱたと駆けた翠嵐が、甲板の一角を指差した。雨露を避けるためであろう天幕こそ張られているが、むき出しのままの宝珠が砲の基部から顔を出していた。 技術者たちは、まだ顔を出しておらず、見られる人影は警備中らしき兵士ばかりである。 古の過去より発掘された「八咫烏」は、全長約二百メートルを越え、まさに空飛ぶ城とでも呼ぶべき威容を誇る飛空船だ。巨大な船体には多数の砲を備え、船首側には大型砲が向けられている。特殊金属を用いた砲身に複雑極まる練力変換装置――この主砲に限った話ではないが、これらを少しばかり改造することはできても、一から建造することは、現在の技術では全くの不可能であろう。 「やはり、一筋縄ではいかないか」 「皆さん連日遅くまで仕事して下さっているんですが……」 「大変だろうが頑張ってもらうしかないか。次の合戦には、やはりどうしても間に合わせたいからな」 「ただ現場からは人員の増――」 「誰かいるか!」 翠嵐の言葉を遮って、甲板に開拓者が叫んだ。 「上か」 怪訝な様子で空を見上げる陣代。 「おお! どうした!」 「敵襲だ、敵アヤカシの群れが、こちらに向かっている!」 「……数と種類は解るか!?」 問う陣代に、男は、甲板に飛び降りながら空の一角を指し示す。 「数は解らん! だが、あの巨体には見覚えがある。鉄雲入道だ! あれはまずい!」 「鉄雲入道!?」 陣代の隣から割り込んで、翠嵐が声を震わせる。 知っているのかと陣代から問われ、手を身体一杯まで伸ばす翠嵐。 「こんなに巨大なアヤカシです! 鉄雲入道自身の攻撃手段は、拳を振り回すくらいしかありませんが、大きいんです。とにかく凄く大きいんです!」 「……何を慌てるんだ。ただ図体がでかいだけのアヤカシなら、どうとでも対処はできるだろう」 「違うんです! たしかに攻撃手段はありませんけど、瘴水鯨なんかと同じように、空を飛びながら標的上空まで進んだら、あとはそのまま落ちてくるんです……いわば攻撃手段は、その巨体で落下して、自らの巨体と落下速度で対象を押しつぶすだけ……捨て身の攻撃ですけれど、砦の一つくらい悠に粉砕されかねません!」 ここに来て、陣代も事の重大さを悟った。 はっとして後ろの八咫烏の甲板へ目を向ける。 「八咫烏の移動は!?」 「ダメです、今、機関宝珠も調整中で……今動かすと船体がバラバラになりかねません」 兵士が頭を掻き毟る。 陣代は自分の頭を拳骨で二、三度殴りつけると、あらんかぎりの大声を張り上げた。 「至急開拓者たちを集めろ! 奴を、奴を断じて近づけるな!!」 一方の上空。 四十メートル近い、巨大な人型に似た姿。その表面は黒光りする鉄のようであり、雲をまとった巨大なそれは、ゆっくり、ゆっくりと空を進んでいた。漂っているだけ、と言うに近いほどゆっくりとした移動であるが、それでも、一時間もすれば、それは八咫烏の上空に到達するだろう。 周囲には多数の飛行アヤカシが遊弋し、肩には、於裂狐の姿があった。 『よいか。貴様はこのまま前進を続けよ。八咫烏上空に到達したら落下し、これを破壊するのだ』 鉄雲入道は応えない。もっとも、喋れるのかすら解らないのだが。 『凶光鳥よ、貴様らは配下どもを率いて鉄雲入道に近づく者どものを追い払え。残りの者たちは私に続け。先に八咫烏に乗り込むとしよう。好きなように奴等を喰らえ、なるべく手広く、手当たり次第にな……ふふふ……』 於裂狐が狐を撫でると、その巨体が於裂狐を乗せたままふわりと宙に舞う。 『八咫烏は、彼らには少しばかり過ぎた玩具であろうよ』 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 羅喉丸(ia0347) / カンタータ(ia0489) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 海神 江流(ia0800) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 胡蝶(ia1199) / 八十神 蔵人(ia1422) / 劫光(ia9510) / 宿奈 芳純(ia9695) / メグレズ・ファウンテン(ia9696) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 玖雀(ib6816) / ナキ=シャラーラ(ib7034) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / Antony Parker(ib8480) / マリサ・シュミット(ib8719) / カルフ(ib9316) / 弥十花緑(ib9750) / 星芒(ib9755) / 永久(ib9783) / 戸隠 菫(ib9794) / 天青院 愛生(ib9800) / 二式丸(ib9801) / 宮坂義乃(ib9942) / 草薙 早矢(ic0072) / リズレット(ic0804) / 白鋼 玉葉(ic1211) |
■リプレイ本文 「霧は、晴れてきたか」 鉄雲入道の上に立つ、一人の青年の姿。霧を抜け、遠くに整備場とその周囲の港を確認しながら、大アヤカシ・於裂狐は小さく、口端に笑みを浮かべる。 「まあいい。所詮、人間どもに止めることなぞ、できはしまい。急なるこの災禍に、せいぜいあがくだけあがいて、楽しませてほしいものだ」 絶大なる自信と、尊大なる態度。 さもありなん、人間などというただ喰らわれるだけの、糧に過ぎぬものに、どれほど遊んだとしても……自らの優位は揺るがないという、大アヤカシとしては至極、当然の意識ゆえの態度。 脇に控える眷属の大狐の背にその身を移しながら、於裂狐は近づく八咫烏の整備場と、これから始まる地獄の宴に昏き笑みを浮かべ、心を震わせていた。 ● 神楽の都郊外にある港町付近の整備場は、異様な緊張感に包まれていた。 剥き出しとなった宝珠機関。 普段は身を護るべき各砲門も、沈黙を保つ事しかできなかった。 もし、アヤカシの襲撃を受ければ八咫烏は破壊されるかもしれない。 この危機を回避する方法は――たった一つ。 開拓者達の力を信じる事だけだ。 「他の船と非戦闘員に犠牲が出ちゃ、寝覚めが悪いでしょお?」 Antony Parker(ib8480)は、走龍のグザラと共に整備場を駆け回っていた。 八咫烏が羽を休める整備場には、整備兵の関係者も残されていた。 港と街道を中心とした平野分には整備兵に携わる者の集落が存在。このままアヤカシとの戦闘へ突入すれば非戦闘員が巻き込まれる可能性は高い。 Antonyは、彼ら非戦闘員をこの場から避難させようとしているのだ。 「逃げ遅れは居ない……かな?」 「こっちは平気やでー」 同じく一般の整備兵を含む非戦闘員を一箇所に集めていた八十神 蔵人(ia1422)が声をかけてきた。 Antonyの呼びかけで整備場を離れた者もいたが、八十神は時間的にすべての非戦闘員を撤退させる事は不可能と判断。八十神は非戦闘員を八咫烏近くへ誘導、バリケードを築かせた上で守り切る方針をとっていた。 「港の外へ避難たって地上からも狐が来てるし、誘導ルートが分からん。下手に逃げたら各個に襲われる。開拓者の手が回らず死ぬでー」 「仕方ないかー。 ところで、さっき言っていた懸念って奴は?」 Antonyが尋ねた懸念とは、アヤカシが非戦闘員に変装して入り込んでいるかもしれない、という事だ。 この点については八十神自身が否定する。 「連中、時間が無かった……いや、こっちをナメてくれてんのか……」 今の所、変装で整備場に潜り込んだ形跡はなかった。 潜り込ませるだけの時間がなかったのか、こちらの戦力を低く見積もっているのか。 いずれにしても八十神が抱いた懸念は杞憂に終わってくれた。 「空からも探索しました。発見できた方はこちらへ誘導いたしました」 天青院 愛生(ib9800)は、甲龍の無憂と共に空からの捜索を担当していた。 建物外に留まっているものがいれば、八十神が指定した場所へ逃げるよう誘導を行っていた。 さらに愛生と共に同行していた永久(ib9783)からの情報も付け加える。 「永久殿も数名発見された為、後から来られるそうです。 これで周辺の非戦闘員は誘導できたと思います」 「そっか。これでアヤカシと戦い易く……」 八十神が言い掛けたその時、開戦の知らせを告げる整備兵の声が木霊する。 「来たぞ! アヤカシだ!」 ● 「まずは周囲の脅威を排し、突破口を作ります」 カルフ(ib9316)は空龍の克を駆り、整備場の空を舞う。 ムスタシュィルの反応した箇所へ急行。アヤカシを発見次第、アイシスケイラルで適確に撃退していく。 敵は八咫烏と周辺施設を手当たり次第に攻撃するつもりだ。 シンプルな作戦で対処は用意だが、襲撃したアヤカシの数が多い。少しでも防衛の手を緩めれば、八咫烏へ被害が及ぶ。 「地上の皆さん、一気にアヤカシを薙ぎ払います!」 空龍のカルマと共に空からアヤカシを視認したユウキ=アルセイフ(ib6332)は、地上にいる開拓者へ警告を発した。 ユウキの頭上に火炎弾が誕生。燃え盛る炎はユウキの命を受けてアヤカシが密集する地点へと飛んでいく。 ――そして、アヤカシの一団が弾け飛ぶ。 ユウキのメテオストライクが炸裂した瞬間だった。 「命中、ですね。もっとも吹き飛んだのは、ほんの一部ですが」 「いや、敵の出鼻を挫くにはちょうど良いのう。 ……ならば、負けじとわらわも行くとしよう」 椿鬼 蜜鈴(ib6311)は空龍の天禄を地上に向けて高速移動を開始する。 八咫烏にそれ程縁があった訳ではない。 だが、八咫烏をアヤカシの好きにさせる訳にはいかない。 「天禄、駿風翼っ!」 大型のアヤカシが天禄目掛けて振り下ろした拳を椿鬼は、駿風翼で回避。 生まれた隙にアークブラスト。閃光と電撃が迸り、大型のアヤカシは倒れ込んだ。 「序盤は順調ですね。このままの勢いでアヤカシを迎撃致しましょう」 カルフが克の上から戦況を分析する。 アヤカシの数に押されてはいるものの、不利な状況ではないようだ。 ● 一方、地上では開拓者たちが前面に出てアヤカシの猛攻を防いでいた。 「いくら早かろうが術や道具でもなけりゃ、近づいて直接叩きに来るしかないんだ。狙いがわかってりゃ……後の先で十分だ」 海神 江流(ia0800)が眼前のアヤカシに対して瞬風波を放った。 太刀「阿修羅」に集まった練力を一気に解放。直線上のにいたアヤカシを風の刃が襲い掛かる。 切り裂かれるアヤカシ達。 そこへ相棒の波美が自動装填した相棒銃「テンペスト」の銃弾が突き刺さる。 「私と主が揃っているもの……簡単にやらせはしないわ」 二人がアヤカシの前に立ちはだかるは、剥き出しの宝珠機関のある区画。 この場所こそ、アヤカシがもっとも襲来する激戦区となっていた。 「主、空から来ます」 波美の指摘を受け、見上げる海神。 そこには漆黒の羽に包まれた鳥型アヤカシが、八咫烏目掛けて一直線に飛んでいく。 行き先は宝珠――ではなく、バリケードを築いた一般整備員達だ。 「永久殿、こちらが狙われています」 「分かった。行くぞ、千古」 愛生の声を受け、忍犬の千古とともに整備員を守るべく、永久は偃月刀「関雲長」を構えた。 幸い、鳥は嘴で攻撃すべく頭からまっすぐこちらへ滑空している。 「……まったく、飛び回っているのは……些か厄介だ」 目を遅めながらタイミングを計る永久。 急激に間合いをつめる鳥。 「オンっ!」 千古が、一声吼えた。 次の瞬間、永久の偃月刀が動き出す。 ザクっ、と何かを切り裂く音。 周囲に響いたのは、鳥の身体が関雲長によって斬られた音だった。 「こんな時の為の開拓者だ。敵はこちらへ任せろ。何かあったら知らせるんだ」 永久は整備員に、そう声をかけた。 敵の攻撃はこれからが本番。気を抜く事はできなかった。 「……八咫烏は、俺が開拓者に……なって、初めて関わった場所……」 二式丸(ib9801)は甲龍の楽光と共に迫るアヤカシの一部へ急襲を仕掛けた。 雨絲煙柳を発動して敵の攻撃に備える。 想い出の場所をアヤカシに穢される訳にはいかない。 「楽光。頼りに、してる……行こう」 迫るアヤカシ。 次の瞬間――二式丸の六尺棍「鬼砕」が唸りを上げる。 覚開断で素早い動きが可能になった鬼砕は、アヤカシの身体を適確に捉えて叩き潰していく。 「……アヤカシの、好き勝手には、させ、ない……」 ● 「寄らば斬る!」 白鋼 玉葉(ic1211)もアヤカシの前に立ちはだかっていた。 付近の施設を手当たり次第に破壊しようとするアヤカシの群れ。 既に何体かのアヤカシを葬って来たのだが――。 「……! 諦めの悪いっ!」 駆け寄ってくるは通常よりも大きい狐型のアヤカシ。 犬のように素早く宝珠機関へ向かうつもりだ。 白鋼は炎龍に空中を走らせる。 同時に鞘から抜き放った仏剣「倶利伽羅剣」が狐を強襲。 白鋼は、狐の身体を一刀の元に屠る。 「古代人の次は大アヤカシか。何にせよ、阻止しないと!」 「強者なら結構。返り討ちにするのみ……!」 宮坂 玄人(ib9942)と相棒の十束は意を表しながら、白鋼が斬り伏せた狐の後方にいたアヤカシへ一斉射撃を仕掛ける。 猫弓と妖精の礫がアヤカシ達の足をその場で釘付けにする。 「次から次へと……これじゃキリがない」 一息、周囲を見て宮坂は、思わず呟いた。 アヤカシの襲撃は想定していたが、これ程の数とは思わなかった。開拓者達は防戦を強いられ、八咫烏と整備員を護る為に留まる他ない。 「このアヤカシ達は入道が落ちてくるまでの時間稼ぎやろな」 迫るアヤカシの一団を駿龍の垂氷に乗って追い払っていた弥十花緑(ib9750)が、傍らまでやってきた。 「つまり、こいつらは使い捨ての駒という訳か」 宝珠を背に感じ、アヤカシを睨み付ける白鋼。 おそらく、大アヤカシらはこの襲撃で八咫烏が落とせるとは考えていない。襲っているアヤカシも含めて鉄雲入道に潰させる目論みだろう。 「そやね。何の目的か聞きたいことはあるけど……見逃せる筈ないしな」 花緑は大薙刀「岩融」を掲げ、荒童子を発動。 具現化した精霊の幻影が迫るアヤカシ達に襲いかかる。 「入道は別部隊が何とかしてくれる。今はそう信じて戦う他ないやろ。 いくで、垂水。もう一暴れや」 花緑は相棒と共にアヤカシの一団に向かって走り出した。 ● 八咫烏を中心に起こった開拓者とアヤカシ達の激戦は、整備場を戦場へと一変させた。 空も地上も、 「飛び込んで攪乱するから……リズ、援護を宜しく」 天河 ふしぎ(ia1037)はリズレット(ic0804)へそう言い放った。 地上にも溢れているアヤカシは、空も同様だった。 凶光鳥を中心に現れた鳥型アヤカシの一団は、八咫烏に向かって飛行を続けていた。 天河は、イェニ・スィパーヒを使って星海竜騎兵と共にアヤカシの群れへ突撃するつもりだ。 「はい。ふしぎ様を、傷つけさせはしません……っ!」 天河の言葉に従い、リズレットは駿龍スヴェイルを駆る。 狙うは凶光鳥と周囲の鳥型アヤカシ――。 「この空を汚すものは、僕達が許さない!」 天河は星海竜騎兵の可変翼・丙式を発動。移動速度を向上させ、一気に凶光鳥へ迫るつもりだ。 「ふしぎ様! ……援護します」 天河の意図を汲んだリズレットは、天河の行く手を阻む鳥に目掛けてマスケット「魔弾」の弾丸を何発も叩き込む。 「邪魔邪魔邪魔っ! 当たると痛いわよ!」 天河は魔槍砲「ヴォータン」の一撃を前方へ撃ち込んだ。 一団に出来上がる大きな穴。 そこから凶光鳥の真っ赤な身体が見える。 「よーし、リズ! 一気にケリを……」 「ふしぎ様、あれっ!」 リズに促されて視線を向けた先には、凶光鳥よりもずっと巨大な何かが目視できた。 山? 否、山が空を飛ぶはずもない。 考えられる可能性は、ただ一つ。 「鉄雲入道、もうここまで近づいてきたのね」 (執筆:近藤豊) 不破 颯(ib0495)は獲物を見逃さない。例えそれがはるか彼方を飛ぶアヤカシであってもだ。 敵戦力の多数は大怪鳥。鉄雲入道に比べれば羽虫に見えるが実際は颯よりやや小さい程度の大きさがある。 さらに、それより一回り大きな鳥型アヤカシが見える。速度は大怪鳥を上回り空戦能力は中級アヤカシの多くを上回る難敵だ 「ここまで必死になるか……八咫烏には一体ナニがあるんだろうねぇ」 男は畏れるのでも呆れるのでもなく、敵戦力が多いという事実を正しく認識する。 空龍の瑠璃が加速する。 凶光鳥の編隊が空龍の進路を予測し怪光線を連射。退路を塞ぐ位置に大怪鳥の群れが向かう。 矢が衝撃波を撒き散らしながら大怪鳥の脇を通り過ぎ、一瞬の後群れの中に穴が開く。 颯は穴を通り抜け急降下。 進路変更しなければ颯はともかく相棒を撃ち落としてはずの怪光線がぎりぎりをかすめる。 お返しに放った矢が編隊端の凶光鳥に中る。 傷を負いながら嘲るがごとく鳴いた凶光鳥が、編隊からほんの少しだけ外れた。 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が持ち替えた弓を引くのと滑空艇の速度を上げるのが同時、傷ついた凶光鳥を矢が射貫くとの凶光鳥編隊が滑空艇を追うのも同時。 けれど滑空艇の圧倒的な速度に追いつくほどではない。 「ふん、数だけは多いのう」 地上での殴り合いなら負けるつもりはないとはいえ、ここは空の上で乗っているのは滑空艇だ。数人がかりで編隊を崩して各個、仕留めないと危険すぎる。 雄々しさの中にも優美さのある咆哮が轟いた。 凶光鳥が1体、無理な進路変更をして声の主へ向かう。 メグレズ・ファウンテン(ia9696)が盾を構え、戦馬が己の体に精霊力を集中させた。 一部が矢を回避するため離れ、残りがメグレズと相棒に対し光を発する。 怪光線は半数以上は霊鎧で防がれるが、いくつかが戦馬に命中、戦馬瞬は口から血を吐くも下がらない。 メグレズは行動と結果で相棒の信頼に答える。不用意に前進した凶光鳥数体に咆哮を上げ、己のみに意識を引きつける。 味方から飛んだ癒しの技が戦馬の傷を癒す。引きつけられた凶光鳥に轟龍のカノーネが横合いから近づき、主のカンタータ(ia0489)が青龍寮の符で術を使った。 おぞましき式が避けようのない死をアヤカシに与え、戦馬の脇を幾体かの凶光鳥が通り過ぎ、地表に到達する前に形を失いただの瘴気として散った。 「数が多いですね」 カンタータが凶光鳥を見る。自分達をものともしない強敵と認識したらしく、カンタータの射程外まで下がり決して近づこうとしない。 近づかないのは弓使いに対しても同じだ。それでいて開拓者が入道に向かえば対入道戦開始と同時に参戦できる距離を保って追って来ている。 無論、開拓者を相手にするにはこの程度では全く足りない。 「鳥の割には頭を使っていますね。ですが……」 鳥にとっての精一杯の作戦は、宿奈 芳純(ia9695)1人によって崩壊した。 芳純は滑空艇改で以てそれまで開拓者がいなかった方向から戦場へ侵入。凶光鳥の指揮も援護も受けられず漫然と入道への進路を阻んでいた大怪鳥群へ迫る。 宙に浮かぶ壁のようだった群れが、男の呪いの悲鳴に似た術に巻き込まれ、凹む。 凹んだ空間には直前までアヤカシだった瘴気が渦巻き散っていく。 「あのデカブツをどうにかできれば、敵の目論見は潰せます」 このまま入道に近づこうと滑空艇改の高速を維持すると、凶光鳥が進路の脇に向かって来た。 滑空艇改も凶光鳥編隊も飛行しているので距離の変化はない。芳純は攻撃を仕掛けるため、アヤカシは少しでも時間を稼ごうとにらみ合いが続く。 そんな中、入道と八咫烏の距離は、確実に縮まってきていた。 凶光鳥編隊と大怪鳥の群れの間に空龍が割り込み、ケイウス=アルカーム(ib7387)は竪琴を激しくかき鳴らす。 大気ではなく大気に宿る精霊が震え、合流を目指した大怪鳥は一匹、また一匹と落ちて行った。 凶光鳥も混乱し動きが鈍い。護衛は一時的に排除され入道への進路は開かれ、その肩から整備場へと向かう於裂狐の姿がはっきりと見える。 「八咫烏を壊されちゃ困るんだ、ここで落ちてもらうよ!」 軽快なリズムで泥まみれの聖人達を演奏し、続いて攻撃力を大幅に引き上げられた開拓者達が入道へ殺到した。 成人男性を覆い隠せる大きさの手のひらが近づいてくる。 大きさゆえに惑わされるが、速度は龍が飛ぶほど早く、速度と重さを考えると衝突すれば開拓者も一瞬で潰れかねない。 そんな一撃を、駿龍が翼をはばたかせ、余裕をもって回避する。 主であるマリサ・シュミット(ib8719)の額に浮かんだ冷や汗が、入道が動いて生じた風に飛ばされる。 万一接触すれば触れただけでも主従揃って挽肉だ。絶対に気を抜くことはできない。 相棒のクロスロードに後退を命じ、マリサは武勇の曲からから狂戦士の宴へと切り替える。 だが、精神を高揚させるその曲が届いているにも関わらず、その様子に変化は見えない。精神を持たないゴーレムに近いアヤカシなのかもしれなかった。 その時、入道の腹に衝撃がぶつかる。 重装鎧よりも分厚く固い皮膚が羅喉丸(ia0347)の拳の形に歪む。人間なら背中まで貫いただろうが相手は人間の数十倍サイズの怪物だ。致命傷にはまだ遠い。 「通るな」 羅喉丸が淡く微笑み、皇龍の頑鉄が吼えた。 最初と同じ速度で入道の手のひらが迫る。頑鉄が急加速してかわす中、羅喉丸が練力と気を練り最高の効率で燃やす。 次に放たれ一閃に見えた拳は実に9つ。手抜き工事の壁にも見える入道の脇腹を、頑鉄が着地できるまでに凹ませる。 続けて、羅喉丸が気力を振り絞る。異常な発汗と伴いながら再度の9連撃。凶光鳥よりも固い皮膚が爆ぜ、幾重にもひび割れる。 そのまま頑鉄は入道を見もせずに全力で飛び、気を失った主を命綱で引っ張り後退させる。 「あんな攻撃を受けても庇わないなんて、なんて生き物」 目立つ知覚器官も見当たらない中、ユリア・ヴァル(ia9996)が逆側からメテオストライクを叩きつける。 爆発が入道の皮膚を焼き砕く。けれど効いていない様に、入道の動きは最初と変わらず八咫烏へ向かっていった。 「効いていないわけじゃない。続けよう」 「了解」 无(ib1198)が一言つぶやく。双方熟練の開拓者故にそれだけで通じる。 入道の肩付近で力を振るう大アヤカシが目の前の開拓者に没頭したとき、2人は一斉に入道の頭に攻撃を仕掛けた。 ユリアの光が右の目のような穴を狙う。入道はとっさに瞼を閉じ、損傷を最小限に抑えた。 その隙を狙い、无の懐から転がり出た式が入道の瞼を切り裂き、続けて无が式を組み、死の呪いを滑り込ませた。 巨大な瞳につけられた傷から瘴気が溶けて流れ、血涙のごとくこぼれるのを見つつ、轟龍と空龍が全力で羽ばたき激痛で震える入道から離れていく。 「まったく……こうして見ると、とんでもない図体ね」 胡蝶(ia1199)が不敵に笑い、空龍のポチと共に三次元機動を行いながら、敵の首元に意識を向け、術を解き放った。 大きな九尾白狐が飛び、凶光鳥を血祭りにあげる。その様子は捉えづらい鳥型アヤカシを任され、苛立っているようにも見えた。 「力をあげていくわよ」 己と狐の首に隷役による練力が凝り首輪となる。白い首に輪が食い込み、小さな息が漏れた。 「引き裂きなさい、白狐!」 式が鼻を鳴らすのに似た動きをした瞬間、式は飛び、入道の右肩内側を白い光のように奔る。硬い皮膚とそれに守られていた肉が切り裂かれ、巨大な右腕が戦闘には無意味な角度に曲がっていた。 「へっ。守りががらあきだぜっ!」 異形のオブジェと化した右腕をくぐり、ナキ=シャラーラ(ib7034)が滑空艇アルダビールとともに入道表面ぎりぎりを飛ぶ。 あちこち傷が出来たり破れたりと派手な外見でも、弱点らしい弱点は見つからない。 また、脇腹の穴やもとは目があった空洞を攻撃しても効果があるように見えない。他に弱点らしい弱点もない。 「ルゥミ! 分からねぇ!」 少女は雄々しく胸を張って親指を立て、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)はこくりとうなずく。 「だけど、一緒にぶちかましてやろうぜ!」 叫びに続いて、青白い木製のフルートにナキの指が触れ、繊細に動く。 響く心を奮い立たせる音色がルゥミの力を引き出していく。 「八咫烏は」 少女の滑空艇改、白き死神が静止状態から限界寸前まで加速した。 「やらせないよ!」 ルゥミは扱いにくいクラッカー型砲を構えている。 筒先は入道の後頭部を指したままぶれない。 「あたいの砲撃でドタマ吹っ飛ばしてやるんだから!」 量は多い火薬に錬力を注ぎに注ぎ、暴発寸前衝突直前のタイミングで引き金に触れた。 光の粒と練力と宝珠による光の飛沫と紙吹雪が戦場を華やかに彩った。 その陰に隠れるように、参式強弾撃・叉鬼による高速大重量の弾丸が銃口から入道の後頭部に当たる。 弾丸は城壁のようにも思える強度があるはずの頭蓋を、豆腐か熱せられたバターのごとく貫通し、こめかみを破壊して瘴気を脳漿のように飛び散らせた。 「どうだデカブツ! あたしら2人の超パワーは! ……やべっ」 ふははーと笑い調子に乗ってもナキに油断はなく、入道の脇腹から響いた乾いた音に誰よりも早く気付いた。 「退避! 全員退避ー!」 その叫びの中、それまでの傷の蓄積か、入道の背骨が腰のあたりで折れた。 そこから弾けたのは瘴気。流血の雨のように一瞬、瘴気がまき散らされる。 退避するルゥミ達の背中を啄もうとした凶光鳥が、複数の矢を浴びて崩壊した。 それを為したのは篠崎早矢(ic0072)。戦馬と共に上空に位置し入道を含めた全てを見下ろす彼女は、誰よりも現状を正確に認識していた。 壮絶な戦いが行われたいた入道肩周辺は今は無視していい。仮に大アヤカシが落ちても無人の地表に小さな穴が開く程度だ。 しかし鉄雲入道は崩壊中でも形が残っている。可能性は低いが強風に煽られ八咫烏に一部が届く可能性も皆無ではない。 「誰か……」 入道の破壊を試みたいがそうはいかない。生き残りの凶光鳥が待避する開拓者を追うのを防ぐのは、今早矢しかいないのだ。 「負傷者はこのまま下がって」 フェンリエッタ(ib0018)は落ちつつあるアヤカシの気配に精霊の唄を止め、回復を一時中断する。 胴から離れた左の巨腕に対して空龍キーランヴェルが風焔刃を、フェンリエッタは白狐で攻撃的な瘴気を送り込んだ。 既に入道はアヤカシとはいえない残骸だ。炎纏う風の刃が塊を切断し式に送り込まれた瘴気が塊を吹き飛ばす。 「これで」 九尾白狐が頭から腹へ駆け抜け、一度飛んで胸を横切る。かつて入道だった瘴気の塊が千々に分かれて、それぞれが破裂する。 瘴気の突風とも言える式が消えると、そこには、アヤカシの消えた青い空が広がっていた。 (執筆:馬車猪) 折から出ていた霧はすでに薄まり、視界には問題なさそうだ。それに、修繕中であちこちの甲板が剥がされた『八咫烏』の上で戦うには都合が良いと、星芒(ib9755)は細い息を吐いた。 とはいえ、開拓者達が足下を見誤って甲板から転落したり、霧に紛れて敵襲を受ける危険はなくなったが、アヤカシ達もまた容易く『八咫烏』への進入路を見つけられる。星芒が守りを固める『八咫烏』の機関部は、甲板に穴が空いている今はいつも以上に容易く、外から到達出来てしまうから尚更だ。 鉄雲入道やアヤカシ達――それに紛れてより恐ろしいアヤカシが狙ってこないとも限らないと、警戒する星芒の傍らで、相棒からくりの朽無も守りを固める。そんな2人の背筋を、ぞくり、と何かが這い上がったような気が、した。 はッ、と顔を上げて甲板の向こうを透かし見ようとする。偶然にもその眼差しの先ではまさに、迫り来る鉄雲入道の肩から1人の青年が姿を現した。 大狐の背に優雅に寝そべり、『八咫烏』を睥睨する青年。それが人間である訳は、もちろんない。 青年の登場に、『八咫烏』上空を旋回していたリィムナ・ピサレット(ib5201)はけれども、楽しげに目を輝かせた。 「あれ大アヤカシかな? じゃあ狩っちゃうよ♪ 行くよッ、ファム、フランさん!」 「う、うん、リィムナ姉さん」 一気に滑空艇改マッキSIの機首を旋回させたリィムナを追いかけて、ファムニス・ピサレット(ib5896)も滑空艇かっとび丸を旋回させた。ちょっと怖いけれども、姉もフランも居るから頑張ろうと、傍らを飛ぶ姉から背後へと向けた視線の先ではフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が、鋼龍のLOに乗ってしっかりついてきている。 必ず2人を守るのだと、強く想うフランの気持ちが伝わったかのように、LOは力強く飛翔した。そうして迫ってくる3人に、ほぅ、と青年が愉悦に目を細める。 「この於裂狐を討てると思い上がったか」 「それはこちらの言葉!」 言いながらフランヴェルは於裂狐に、正確には彼の騎乗する大狐に突進した。まずは飛行手段を奪い、地上に落とそうというのだ。 霊鎧を使っているとはいえ、無謀な行動は自らを囮として於裂狐の気を引き、リィムナやファムニス、他の開拓者達の攻撃の隙を作るため。とはいえただ囮になるだけではないと、間合いを計ったフランは瞬間、素早く得物を構えてLOの背を蹴った。 狙うは天歌流星斬。勢いに任せて叩き込もうとしたフランに、けれども於裂狐は楽しげに「愚かな」と呟いて。 瞬間、フランの意識が為す術もなく於裂狐の虜になる。於裂狐へ振り下ろそうとしていた刃が、方向を違えようとする。 フランさん! と叫んだファムニスが解呪の法を施そうと、かっとび丸を操った。彼女に合わせて攻撃しようとしたリィムナがやむなく距離を取り、主人の異常を察した龍が流石に落ち着きを失う。 それに気を取られた幾人かが瞬間、於裂狐の命で迫った狐達に噛み裂かれた。 「うわ……ッ」 「その程度で吠えるか」 愚かよのと、笑う於裂狐を甲板から見上げ、先程から柚乃(ia0638)はしきりと首を傾げて記憶を辿っていた。何だか女性の名前みたいだなぁ、という思いもさる事ながら、以前に別の場所で彼に会った事がある気がして仕方ない。 ねぇ? と同化している玉狐天の伊邪那に話を振ってみたものの、有益な答えが返るはずもない。だから後でゆっくり考えることにして、柚乃はすでに甲板近くに迫っている妖狐の群へと意識を向けた。 数はもちろんだが、妖狐らはまるで1つの意志があるかのように、開拓者たちを翻弄する。それを為しているとすればあの於裂狐だろうと、鬼島貫徹(ia0694)はどこか感心したように目を眇めた。 組織的な動き、百を超えるアヤカシ共を統率する力を持ち、且つその身を人に似せられるのは上位アヤカシである証拠。何より知性を備えた相手なら、なぜ『八咫烏』を狙うのかという疑問にも答えてくれそうだ。 「――なれば、あの男から聞き出すのが道理」 日高の馬首を巡らせて、貫徹は於裂狐へと向かう。上空では、ようやく体勢を整えたリィムナ達が、改めて大狐に猛攻を繰り返しているところ。 その首を落としてくれると、獰猛に笑う貫徹の前に立ち塞がろうとした妖狐は、大太刀「金色孔雀」の露と消えた。 その向こうで劫光(ia9510)も滑空艇・朱雀から駆け降りて、同じく炎龍の梓珀から降りた親友たり相棒たる玖雀(ib6816)と共に群れなす妖狐を叩きながら、何とか於裂狐を見極めようと目を凝らす。 於裂狐の戦いの癖。完全に開拓者達を舐めてかかっている、だが確かに強大な力を持つアヤカシの傲慢の隙に、己の一撃を捻じ込んでやろうと目を光らせる劫光の傍らで、玖雀もまた於裂狐の動きや性格を把握しようと努めていた。 一体、かのアヤカシは、何に興味を抱いて『八咫烏』を襲い、この戦いの中で何に愉悦を覚えているのか――とはいえ流石は強大なアヤカシというべきか、あまりにも今の戦況は一方的過ぎる。 「葵ちゃん! 皆に幸運の光粉をお願い!」 羽妖精の乗鞍 葵に頼みながら、戸隠 菫(ib9794)は逃げ遅れた技師を襲おうとしていた妖狐めがけて護法鬼童を放った。すでに甲板には何体もの妖狐が辿り着き、その先へと進もうとしている――それを、絶対に許しはしない。それが彼女の決意。 めぼしい侵入路の前には、北條 黯羽(ia0072)が結界呪符「黒」で防壁を築き上げ、妖狐達の侵入を阻んでいた。だが、少しでも気を抜けば妖狐だけではなく、於裂狐に魅了された味方が黒壁を破壊し、何とかアヤカシ達を先へ進めようとする。 人妖・刃那の幾度目かの知らせに、チッ、と知らず舌打ちした。 「キリがないね!」 「でもこの先には行かせない!」 辛くも侵入してきた妖狐を、星芒と朽無が必死に撃退する。だが、彼女たち自身は戒己説破や鋼鉄の精神で魅了を何とか防いでいるものの、いったいどれほどの力を持つものか、於裂狐に魅了される者は後を絶たない。 あちらこちらで悲鳴が上がる。地上のその騒ぎを聞きながら、リィムナはファムニスの神楽舞「心」と隷役を受けて、幾度目かの黄泉より這い出る者を空飛ぶ大狐へと叩き込んだ。 ――ギャインッ! 「やった……ッ……!?」 ついに耐え切れず、於裂狐の乗る大狐が耳障りな悲鳴を上げて瘴気へと霧散する。それに歓声を上げかけたリィムナはだが、目論見通りに於裂狐が地上へと落下していかない事に眉を潜めた。 正気へと戻り、LOの背に再び乗って共に戦っていたフランヴェルが、はッと目を見開く。 「飛べるのか……!」 「フランさん、姉さん! 離れて!」 思わず動きを止めた2人に迫る妖狐の影に、ファムニスが大声で注意を促した。とはいえ彼女の顔にも、失意の色は濃い。 だが――くすり、笑った於裂狐は滑空艇や龍にこそ速度は劣るものの、滑るような速度で自ら空から『八咫烏』の甲板へと舞い降りた。その姿に、柄土 神威(ia0633)が険しい表情を浮かべる。 愉悦を浮かべているところを見れば、彼が配下に遊ばせるのに飽きて、自らも人間を甚振ってやろうと降りてきたのは明らかだった。その、己の力に絶対を置く於裂狐の姿は、知らず、彼女がかつて苦しめられた、だが青年の姿だったというだけで顔も解らぬ仇のアヤカシを思わせる。 意識して息を吐いた。アヤカシににこやかに接してやる義理はないが、それでも青年の姿というだけで必要以上に気持ちが尖ると、知らず余裕すら失われてしまいそうだから。 鉄雲入道と戦う仲間達の方を確認してから、意図して挑発の言葉を吐いた。 「人間を見下している割に余裕はなさそうですね、八咫烏を破壊しにくるなんて」 「何――この船は貴様らには過ぎた玩具ゆえな。宝珠は我らが有益に使うてやろう」 「ああ、人間じゃなくて八咫烏が怖いんですか」 神威の言葉に、これだから愚かな人間は、とばかりの嘲笑が返って来る。それを告げた所で開拓者たちに防げる訳もないと、過信しているのだろう。 貫徹が日高を進め、於裂狐の行く手を阻む。彼の背後には甲板の下へと続く通路があり、その先には機関宝珠がある。 気合と共に貫徹は、天歌流星斬を放った。 「宝珠を何に使う……!」 「貴様らには関係のない事」 その斬撃をひらりと避けて、於裂狐が嘲笑う。それに貫徹の顔が険しくなったが、この程度で散るようなアヤカシならば、そもそも手だれの開拓者がこれほど揃って苦戦するはずもない。 そんな感情を読み取ったか、於裂狐がくつくつと喉を鳴らした。す、と手を上げればそれに呼応して、妖孤が縦横無尽に甲板の上を駆け回る。 だが――決して複雑な攻撃では、ない。むしろ、己の力が絶対的に開拓者より秀でていると信じているのだろう、於裂狐の攻撃は誰かを魅了しては戦局を乱し、妖孤達で状況をかき乱し、それに乗じて攻撃をするという、いわば単純なそれに徹している。 (舐められてるのか) それに気付いて目を眇め、玖雀は口の端に苦笑いを引っ掛けた。だがそれもここまでだと、劫光へと向けた視線に返る応えを確認しないまま、玖雀は朱の髪紐を翻し、一気に於裂狐と距離をつめる。 そうして放つのは、裏術鉄血針。決まれば必ずや上手く繋いでくれるに違いないという、親友の期待を劫光は裏切るまいと白狐を放つ。 合わせて菫が護法鬼童を連発させた。地上に降りて来てくれたならこちらのものと、フランヴェルとリィムナもまたファムニスの加護を受けて思いの丈を武器へと込める。 柚乃の天使の影絵踏みの歌が、猛る戦場に響き渡った。その加護を受けて、さらにと進む開拓者達の勢いに、初めて於裂狐が僅かな動揺を見せる。 その隙を、もちろん開拓者達は見逃さなかった。もはや魅了されて於裂狐の僕となる人間は、戦場には残っていない。 ――ザ……ンッ!! それは、果たして誰の攻撃だったのだろう。或いは誰もの攻撃が思いを乗せて、かのアヤカシを切り裂いたのかもしれない。 それまで余裕を持って開拓者を翻弄していた、於裂狐の右肩が大きく抉れて飛んだ。瞬間、これ以上なく大きく目を見開いて、信じられぬという思いを面に貼り付け、於裂狐が動きを止める。 玖雀が、笑った。 「さぁ、そろそろ畜生の本性でも見せてもらおうか?」 それに瞬間、怒りの気配が膨れ上がった。怒りは迸って大気を震わせ、その中で於裂狐の姿が解けて、禍々しい気配を纏う大妖狐がゆらり、姿を現す。 だが、それは本当に一瞬のことだった。あっという間もなく大妖狐の姿は掻き消えて、後には於裂狐がただ、確かな怒りを孕んだ笑みを面に浮かべて宙に浮かび、開拓者達を睥睨している。 「――貴様らに褒美を取らせよう」 油断なく武器を構えてさらなる一撃を狙う、開拓者達に於裂狐は、そうして傲岸不遜に宣言した。 「ここで貴様らをただ引き裂いては、彼奴らにも恨まれよう――ならば数多の人間どもを恐怖に歌わせ、その血の宴に貴様等を招いてやろう」 「負け惜しみか!?」 喜ぶが良いと、言い捨てて於裂狐はそのまま空の高みへと舞い上がる。それを、逃がすまいと黯羽は短銃を抜き放ち、さらなる挑発を試みたものの、於裂狐はその攻撃を、危うげなく交わして見せた。 あくまで先程の手傷は、開拓者を心底侮り油断していたからだと言わんばかりに。もはや遊びは終わりだと、その眼差しが告げている。 於裂狐を守るように、配下の妖狐達がその間に割って入った。その間にも見る見るうちに、於裂狐ははるかな空へと姿を消す。 『招待を楽しみに待つが良い』 ――笑う声が響いた気がした。 (執筆:蓮華・水無月) かくして、急なる襲撃にも関わらず、無事、八咫烏は守られた。 短い時間ながらも的確な動きを見せた開拓者たちに、鉄腕入道の墜落による被害も軽微にすみ、また工場の一部に被害は出たものの、技師たちは無事。八咫烏の改装修理に対する遅れは、軽微なものであろう。 だが。 大アヤカシ・於裂狐はただ逆なる怒りと恨みを募らせ、人々へ恐怖を与えることを宣言し、退いたのみである。その手のうちはいくらかは見えたものの、まだ底は見えず。その真の姿、真なる力もまだ明らかではない。 そして、その凶言が現実となり始めたのだろうか。 大半が消滅した冥越八禍衆、その残りのうちの一体、山喰。 於裂狐の襲撃より間をおかぬうちに、山喰の眷属が動き、人々をさらい始めたらしいとの噂が、冥越近辺でささやかれるようになったのであった。 (監修:高石英務) |