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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 神楽の都。 開拓者達が暮らす、天儀有数の都である。 天儀のみならず、遠くジルべリアや泰国、そしてアルカマルから来た者達も多い。 そして、ここからはるか異国へ向かう者も。 だから、神楽の都は、いつも賑わしい。 変わらぬ様子に、しばらくぶりに旅から帰った開拓者はふっと笑みを浮かべた。 「久しぶりだね、兄さん。今日は、少しのんびりできるんだろ?」 そんな客引きの声を適当にあしらいつつ、ぶらりぶらりと家路につけば、誰かの顔が頭に浮かんだ。笑みが少し深くなる。その脇を、やはり志体持ちの少女がつむじ風のように駆け抜けた。 「いい天気ね。今日は何を食べに行こうかな!」 元気に向かうのは、最初の開拓者が通り過ぎてきた一角だ。今日は楽しく買い食いするのだろう。別の一角では、威勢のいい掛け声が響いていた。道場の中で汗を流し、鍛練を重ねる戦装束の少年もまた、普段通りの日常を過ごしている。 「よっしゃあ! 一本取ったぞ、師匠!」 若々しい声の後に、豪快で楽しげな笑い声が続いたのを見れば、普段通りという訳ではなかったのかもしれない。誰かにとっては普段通りの日々、そして誰かにとっての特別な日。 「いいなぁ……」 腕を組み、街をゆく仲睦まじい恋人たちを、見送って微笑む少女がいる。その向こう、眉根を寄せたまま、ぶつぶつと独り言をつぶやく青年が早足で通り過ぎて行った。一人一人に思いがあり、今日と言う日を過ごしている。 「そうそう、青年老いやすく、学成り難し。命短し恋せよ乙女、今日と言う日は二度と来ないのだよ」 「……何ですか、突然に。さっさと仕事して下さい」 屋根の上でメガネの男がにへらと笑えば、隣から相棒らしき羽妖精の冷たい突っ込みが入った。 時が過ぎ、日が陰れば街中でも虫の音が響く季節。静かな夜は、ほんの少しだけ過去への扉が開きやすい。 「あの時、どうしていれば良かったんだろうな……」 縁側に腰掛けて己が手を見つめながら、言葉を漏らす男の背に、そっと誰かが毛布を掛ける。この街に暮らす開拓者の中には、過ぎし日の中で何かを失った者も多い。だがもちろん、彼らが思いを馳せる過去はつらいものばかりではない筈だ。 「これ、買ってくれて嬉しかったんだよ。ありがとうね!」 「それはこの間のお菓子のお礼だから。ふふ、またよろしくね」 大事に抱えたぬいぐるみを見せて、ニコニコと笑う少女へ、穏やかに頷く美女。2人は姉妹のような関係なのだろうか? 楽しい思いが重なって、今日の喜びもまたいつか思い出になるのかもしれない。 それは些細な一幕。 多くの開拓者が拠点として根を下ろし日々を暮らす、神楽の都の…日常。 あなたはこの日、何を思っていたのだろうか? そして、何をしていたのだろうか……? (OP文責:フロンティアワークス) |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 皇・月瑠(ia0567) / 葛切 カズラ(ia0725) / 悪来 ユガ(ia1076) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 死(ia8743) / 和奏(ia8807) / 以心 伝助(ia9077) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 綺咲・桜狐(ib3118) / 猿養 吉兆(ib3995) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 羅刹 闇詠(ib6420) / 黒羽 修羅(ib6561) / 刃香冶 竜胆(ib8245) / 黒曜 焔(ib9754) / レナ・マイア(ic1003) / リュートリア(ic1209) / コリナ(ic1272) |
■リプレイ本文 ――神楽の都は、朝から夜まで様々な人が行き交う街。 そんな一日の様子を、少し覗いてみよう。 誰にも一度は覚えのあるような光景も、そこには待っているかもしれない。 ●朝の光景 都の朝は早い。 そしてそんな中で、街に住む人々も活動を始める。 その中の一人、傍で眠っている相棒のもふら・おまんじゅうを起こさぬようにそっと起きるその人物は、黒曜 焔(ib9754)。いつも着慣れている藍色の僧衣を纏い、まずは畑の世話。大食漢の相棒のためにかさむ食費を少しでも抑えるための家庭菜園には、出来の良い作物もそれなりにある。 そこで野菜をとり、朝食の献立を考えるのだ。焔は決して器用ではないけれど、それを喜んで食べる相棒の顔を思い浮かべると顔がついほころぶ。 今日の収穫は手頃な大きさのかぼちゃだ。実は焔の好物でもある。かぼちゃ粥にすればその甘みが舌を喜ばせるだろう。 「さて、そろそろおまんじゅうちゃんも起きてくる時間だ」 焔はそう言って、楽しそうに相棒の方を振り返った。 鏡とにらめっこしながら身支度を整えるのは、芦屋 璃凛(ia0303)。顔には深い傷跡がある。過去にアヤカシに付けられたもので、それに触れる度、鏡で確認する度、過去の失態と今の己に向き合う気がする。 「何やってるんだ、遅刻しちまうぞ」 相棒のからくり・遠雷にそう突っ込まれながら陰陽寮へ向かうのが彼女の日課だ。 (眼鏡もすっかり馴染んでしもうたな) 最近眼鏡を掛けるようになったのも、傷の――アヤカシの恨みの呪いのせいだ。過去をまた振り返り、そして小さく首を横に振る。 (けど、無力さを知ったからこそ陰陽寮で学ぶことや、大事な先輩に出会えたりもあったんやから、悪くはないよね) 口元に笑顔が浮かんだ。 「それにしても、マスターにも知的さがあればよかったのにな」 後ろで皮肉っぽい声をかける遠雷。 「ほんまや、そこは残念な……って、なに言うんやこのスケベカラクリ!」 見た目はよく似ているのに中身は正反対。けれどそんな気安い仲だから、相棒としていられるのだろう。 「ほな、姉さん行ってくるで」 「いってらっしゃい」 見送られ、少女は家をでるのだった。 『――悪徳商人に騙し取られた形見の宝石を奪い返してほしいと依頼されたあたしは体の曲線がくっきりと浮かぶにゃんこスーツに身を包み、奪取した宝石片手に夜の街を走った』 『眠りを誘う夜の子守唄を指を鳴らしてその音に乗せれば、追手共はたちまち眠ってしまう。その隙にあたしは高く跳躍! 屋根に飛び移ると、その上を疾走したの。飛び道具を使う追手もいたけれど、蜘蛛蠱纏の効果をのせた『キャッツアイ』カードを投げて相手をおどかしてやったわ……』 『あたしはそれで言ってやるの、間抜けさんたちはまたね〜、って。それから口笛で相棒のサジ太を呼んで、友なる翼の力で夜空へと舞うの! かっこいいでしょ?』 「――で?」 冷たい姉の声が、怪盗――いや開拓者リィムナ・ピサレット(ib5201)の頭上から轟くように聞こえた。 「そ、そんなわけで昨夜は疲れてて、厠に行かずに眠っちゃって……」 リィムナは冷や汗をかきながらなんとかそう言う。 道に面した物干し台には、見事な地図が描かれた敷布団。 開拓者として経験を積んた身であるが、いまだにおねしょの癖は抜け切らない。普段はうまく隠しているが、今日は生憎姉に見つかってしまった。 その罰として今リィムナは敷布団の前で立たされている。流石に恥ずかしいので、顔を真赤にして俯いているけれど。 (ううっ、見ないでぇ……っ) リィムナの心の声は、しかし聞こえることはなかった。 ●昼――雑踏にて 太陽が中天に上る頃には、街の活動は賑やかになってくる。 朝には鳴りを潜めていた商人たちも本格的に店を開けるのはやはり昼前後だし、食品を扱う屋台も朝より増えるというものだ。 朝の日課――修練や相棒の世話、勉強など――も終わり、昼食も済ませた和奏(ia8807)は、鮮やかな緑のグラデーションのはいった衣装を纏い、頭に相棒の光華を乗せてやると、 「さあ、行きましょうか?」 そう言って街をぶらりと歩き出す。 依頼のない日の日課のようなものだ。散歩がてらに買い物をしたり、街の何気なく移ろう様子を眺めながら、ギルドまでの往復。ぼんやり歩いているので、周囲に流されてしまうこともままあるけれど。 「おや兄ちゃん、何か買って行くかい?」 露店を出している店主に誘われて、和奏はふと足を止める。そこで見たのはいかにも相棒が喜びそうな簪や根付、帯留めなど。 「光華姫に似合いそうですね」 そう微笑んでみせれば光華は嬉しそうに頭上で笑顔を振りまいている。いつもお洒落なものやお買い物が好きな光華はまるでねだるように和奏の髪を軽く引っ張るものだから、 「じゃあ、これをいただけますか」 光華には弱い和奏であった。 もっふ、もっふ、もっふ。 ジルベリア風メイド服に身を包んだリュートリア(ic1209)はゆっくりと、もふらたちとともに都を歩いている。 相棒――というよりも彼女が起動するきっかけとなった「もふランス」をはじめとする多くのもふらたちとともに、街を闊歩するのが日課となっているのだ。 リュートリアの行動はもふらさまに付き従っていることが多い。今日は街中をのんびりと歩く順路を選んでいる。 周囲を見渡せば、秋の味覚がチラホラと。 けれど彼女がそれに靡くことはない。……もっとも、もふらの方は随分と誘惑されているけれど。 (皆様方の予算や栄養を考えると、せいぜいお一方につき一品の原則は守っていただかなくてはいけませんね) それでも相棒のおやつについて考えるあたり、やはりリュートリアは優しいのだろう。 「そろそろ休憩なさいますか、もふらさまがた」 「もふー!」 その一言で、もふらたちは手頃な茶店に入っていったのだった。 ●昼――市場にて 市場の賑わいは、やはりざわざわと。 そんな中にも開拓者の姿はチラホラと。 悪来 ユガ(ia1076)は傍らにいるレナ・マイア(ic1003)の手を引っ張って、賑わう市場を物色していた。 天儀にやってきて間もないレナを、ユガが案内しているのである。 「空は快晴、気候は上々。市場まで足を伸ばしてみるのもいいだろう、ってな」 破天荒で口は悪いが、ユガは面倒見のいい一面を持っている。これは人との繋がりを求めているからとも言えるのだろうが。そしてそんなユガに、レナも素直に付き従う。 「あまり市場には行ったことがないから、楽しみなのよ。どうしても難しい言葉や早口な言葉の理解は難しいから、混雑は敬遠しがちで」 ジルベリアから来たばかり、天儀の言葉をきちんと理解するには一人では無理があるのだろう。特に地方貴族の箱入り娘となれば、尚更だ。 「きちんと楽しませなさいよね?」 レナは目配せをする。ニヤリとユガも笑った。 「そこの姉ちゃんたち、楽しそうだねえ。なんか見ていくかい?」 そこに商人が気軽に声をかける。店の商品を見てみれば安っぽい陶器の皿などが並んでいた。それを知ってか知らずか 「こいつならそうだな……この位かな」 商人が算盤を弾いて出した値段は、随分と相場より高いもの。ユガはじろりと相手を睨み、 「そんな安物、こんくらいで十分だろ」 ちょいと値段を下げてみる。商人も、二人の得物がよくよく見れば大振りの、背負わねばならぬほどのものと気づき、慌てて値段を更に下げた。 「まあ、まだ見物中だ。気が向いたらな」 ユガは豪快に笑うとその店を後にした。レナはぽかんとしていたが、説明を受ければなるほどと頷く。 「アレが悪徳商法とやらですか」 納得したところで焼き肉串を屋台で買い、二人して頬張る。 「こういうのも美味しいですね」 「だろ? ま、市場は玉石混交という奴だから、見定める力は必要だな」 ユガに言われて納得するレナ。 「でも最初の頃はもっと心細かったけれど、今はユガと一緒だから平気ね。いい仲間に出会えたと思うわ」 「まったくだ」 二人はまた笑い、歩き出す。 と、そこへ見知った顔が現れた。なんにもない日に家で篭っているのもつまらないと街を散策していた猿養 吉兆(ib3995)である。と言ってもその散策の目的が美女の観察なもんだから、毛色が違うとはいえそれなりに容姿の整ったユガとレナにはすぐに気づいたのだろう。 「あ、ユガさんじゃないか。アンタも散策かい?」 美人に滅法弱い吉兆の女癖を知っているものだから、ユガも苦笑を浮かべるばかり。 「そういうお前はまた美女の尻でも追っかけてるのか?」 「いや、ナンパなんて無粋なことはしない。美女を見る事こそが清涼剤ってやつだ……と」 「寂しい奴だなぁ」 そんな屈託のないやりとりを見て、まだ経験の浅い開拓者であるレナは、小さく笑顔を浮かべた。同じ小隊だけあって、知らぬ仲ではない。 「面白い方ですね」 「レナさんにそう言ってもらえるたァ感激だ。でも今日は挨拶程度にしておくさ。あくまで美女を見るのが目的だしな」 吉兆はほんのり浮かれ調子になりつつも、二人を見送るのだった。 「さて、次の美女はどこかねぇ……」 その呟きも、風に流されていく。 「さて、今日は買い出しに来たわけだけどな」 和風パンクな衣装を纏った北條 黯羽(ia0072)が、大きな荷物を持ってひょいひょいと歩いていく。 拠点の買い出しだから、当然その量は結構なものだ。勿論その容姿に鼻の下を伸ばしたりする男もいたが、そんなものはあしらい方も慣れっこである。後ろから吉兆がひっそり見つめているのも気づいているあたり、流石といえようか。 と、ふと目に入ったのは一人で泣いている子ども。まだ三つ四つほどの少女である。 「嬢ちゃん、迷子か?」 黯羽が問いかければ、幼子は頷いた。 「そうか、この人混みじゃはぐれても見つけにくいだろうなァ」 もとより頭ひとつ背の高い彼女は少女を器用に肩に乗せる。 「この方が親も見つけやすいだろ」 「おねえちゃん、たかいね〜!」 少女も泣き止んで思わず笑顔になる。やがてそれを見つけた母親が、迎えに来てくれた。黯羽は少女の頭をワシワシと撫でて笑う。 「よかったな、嬢ちゃん」 少女に手を振ると、少女も振り返してくれる。開拓者は人々から慕われる存在であるのだ。 (さてと……今日の夕飯は何かな……?) 少し幸せな気分になりながら、黯羽は帰り道を歩くのだった。 (うー、ちょっと恥ずかしいです……) そう思いながら街を歩くのは綺咲・桜狐(ib3118)。友人と揃いの服を誂えたはいいものの、それが随分と露出度が高くて顔を赤らめてしまう。 それでも桜狐は店をあちらこちらと見て回る。夕飯の買い物はしなくてはいけないし、小腹も空いているから、ちょっと軽くつまめるものを調達したい。 (買い食いくらいは別にいいですよね) 目についたのは、やはり好物の油揚げを使ったお稲荷さん。思わず尻尾を振って買ってしまう。一口食べれば油揚げからうまみが溢れだして、口の中を喜ばせた。この瞬間だけは服装に対する羞恥も忘れてしまう程だ。 「えっと、買うべきものはこれで全部でしょうか…?」 友人は近くの茶店で待っていることだろう。 「ん、それじゃあ帰りましょう……。待ちくたびれているかもですし……」 この衣装のままも恥ずかしいですし。 荷物を抱えて、桜狐は待ち合わせをしている茶店へと急いだ。 「それにしても……暇、ですね」 別段やることがない、すなわち暇。依頼がなければ装備の準備や整備、相棒の世話も必要がない。 そんなことを思いながら、コリナ(ic1272)は露出度高めの服装で市場の入口近くの茶店に居座り、団子をもぐもぐと食べながらなにか事件が起きやしないかと待っていた。もちろん剣もしっかり持ち込んで、すぐに手に取れる位置においている。 都の市場ともなればスリや置き引き、ひったくりや食い逃げなんてものは日常茶飯事。 もしそんな窃盗強盗のたぐいを見つければ、もちろんひっつかまえるのは当然なのだが、コリナ自身にとっては戦闘訓練の一種程度に捉えているらしい。 とはいえ、何事もなければ店の手伝いをするつもりである。それも鍛錬となるだろうから。 そんなわけで。 神楽の都は、今日も大賑わいだ。 (担当 四月朔日さくら) ●昼つ方 夏の暑さも去り、からりと晴れた秋空に笛の音色が遠く響いている。 心地良い気候、陽気な笛の音に誘われて刃香冶 竜胆(ib8245)がふらりと訪れたのは近所の神社。秋の豊饒を祝う祭りが行われているところだった。 (昼ならばまだ、人も……異種族の大人は少ないでありんしょう) 他種族とは、なるべくなら会いたくなかった。読み通り、参道は夜店が本番のようでまだ少なく、境内では子供神輿が担がれている。 楽しげな子供達、優しい眼差しで見守る大人達――いつか見た光景と重なって、ほんの少し胸が痛んだ。 (楽しく遊びんした……小生とあの方と、あの方の妹との……素晴らしく、素敵な日々) 今となっては再び叶う事のない過ぎ去った思い出。大切な人達がいた我が里は既になく――あの人はもう、いない。 「……あ」 担ぎ疲れたか、神輿の勢いに飛ばされた子が地面に転んだ。危ない――竜胆がそう思った矢先、年長の子が転んだ子を助け起こした。 安堵すると同時に、かつて同じような事があったと思い出す。 そう、あの時は小生があの子で、あちらの子はあの方でありんした―― (……来て、良かった) 大切な過去を思い出させて貰えた、この機会に感謝を。 そうだ、出店で紅い髪飾りを買って行こう。大事な妹分――あの方の妹へのお土産に。 開拓者ギルドを有する街、神楽。 ギルドに所属する開拓者達が居を構え、関連施設のいくつかも此処に存在する。従って、街の人々は開拓者を目にする機会が比較的多い、のだが――開拓者は意外な所で意外な役どころで居たりするのである。 「最近姐さんを見なかったんで、俺ぁてっきり落籍かれたんだと思っていたぜ」 馴れ馴れしく肩を抱こうとする男に杯を勧めている娼妓は開拓者――葛切 カズラ(ia0725)。趣味と実益を兼ねて、ただいま馴染みの妓楼で仕事中。 「兄さんこそ最近お見限りだったって専らの噂だよ?」 初心な男なら時間を掛けて慣らしてやろうってものだけれど、この男は強引かつしつこいタチの客だ。そこそこにその気にさせて、さっさとあしらってしまわないと。 杯を満たしてやり、思わせ振りにしなだれかかる。気をよくした男の手が伸びた。 「そりゃぁ俺ぁアンタ目当てだからよ?」 酒もそこそこに唇を奪おうとするのをカズラはさらりと受け流し、酒が零れるとばかりに横から杯を呑み干した。 そんなにがっつかなくても、お望み通り根こそぎ搾り取ってあげるよ。精も魂も、財布の中身も――ね。 「嬉しいこと言っておくれだね? さ、兄さんもお呑みよ」 余裕たっぷりに微笑んで、カズラは杯を勧めた。 神楽の街を開拓者が歩いている。 外套を羽織った大柄な女だ。女であると明言できるのは、外套越しでも隠しきれない豊満な肢体美に拠るものだ。 「あァら、カワイイ仔猫ちゃんねェ」 死(ia8743)が風景を眺めるのと同じ感覚で視線を投げかければ、年頃の少年が顔を赤らめた。 街の男達が思わず振り返るほどの美女。しかし彼女が男達の視線を気に留める様子はない。露出が激しい格好という自覚があるので街では羽織りもので隠しているが、実は外套の下に身につけているのは肢体が映える拘束服、これが彼女の普段着だ。 昨夜、五行の陰陽寮から戻ったばかりだった。開拓者ギルドに顔出しして依頼状況を確認した後、今は図書館へ向かっている。別に使命を帯びての事ではなく、収穫がなくとも気にしない。単に周辺の状況を見聞きするのが彼女の常なのである。 死にとって人生は気侭に生きる事が第一。趣味も持たず心動かされる嗜好もない、だが小隊長――ただ一人の為になら命を掛けられる。 さっき見かけた折は他の仲間に街を案内していたようだ。彼女らしい、と見送ってしばし歩き、図書館に着いた死は、受付に入館を申請した。 「開拓者のかたですね。こちらに記名をどうぞ」 「マカルよォ、ヨロシクねェ」 ●暮れ方 いつも通りの心地良い生活を―― フィーナ・ウェンカー(ib0389)の一日は太陽が中天を越えて西に傾き始めた頃に始まる。 「おはようございます、フィーナ様」 メイド姿のからくりミラージュに起こされて、フィーナはおもむろにベッドから起き上がった。今日もすがすがしい昼過ぎだ。 「おはよう、今日は良い天気ね」 晴れた日は良い。書物が湿気なくて済むから。 フィーナの寝起きが大層悪いのを心得ているミラージュは手際よくフィーナの着替えを済ませると、一礼して厨房へと下がった。 一方、ミラージュに手伝わせて身支度を済ませたフィーナは黙って書斎へと向かう。重厚な本棚に並ぶ学術書の存在感、書物の香りを胸一杯に吸い込んで漸く頭が働き始めた。 「失礼いたします」 ノックと共に書斎のドアが開き、ミラージュがティーセットを持って入ってきた。ミラージュがテーブルに茶器を並べ始める頃にはフィーナも本を選び終えて卓へと就いている。 ミルクたっぷりの紅茶と軽めのサンドイッチ、そして蔵書。さあ、一日の始まりだ。 「今日は何かあるのでしょうか……」 漏れ聞こえる祭囃子に耳を傾け、フィーナは呟いた。 秋祭りか。暇潰しに散歩していた羅刹 闇詠(ib6420)は、風に乗って聞こえる笛の音を聞きつけて幼馴染を誘う事にした。 「修羅、いま暇? これから祭りに行かない?」 白銀の髪をさらりとゆらして誘う幼馴染に黒羽 修羅(ib6561)は小さく頷いた。第三者が見れば殆ど判らないような僅かな反応だが、幼馴染達には充分過ぎる意思疎通だ。連れ立って二人は神社へと向かった。 甘辛いたれの焦げる匂いがする。 「ああ、依頼帰りじゃ腹減ってるよね」 腹に溜まるものがいいよねと屋台で五平餅を何本か求め、二人して食べながら参道を歩いていると射的の幟が風に揺れていた。里にいた頃は何時だって修羅には敵わなかったからねと闇詠は意気込んで屋台の親仁に御代を払って的を狙い始めた――のだが。 「……あたーりー」 最初は笑顔で太鼓を叩いていた親仁の声色が五発目辺りから強張ってきたのを敏感に感じ取って、修羅は闇詠の髪をくしゃりと撫でた。 「ん? 俺上手くなっただろ?」 振り返り少年のように微笑う闇詠に、修羅は保護者のような心境で笑み返し焼き鳥が食べたいと誘う。無事屋台の景品を全て射落とす前に穏便に終了させる事に成功した修羅は、焼き鳥を手に境内へと足を向けた。 昼間は子供神輿が担がれていた境内も、夕ともなれば篝を炊いての大神楽と、それを取り巻く人々でごった返している。 「…………」 突如、修羅が闇詠を放置して動き始めた。強面だが修羅は人が良い、また困っている人を見つけたのであろう。案の定、大人達に踏み潰されそうな迷子を回収して肩車してやっている。こうなると闇詠は構って貰えなくなるからつまらないと言えばつまらないのだが、それが修羅の良い所だと思うから止めはしない。 「一緒に来たのはお父さん? お母さん? 見つけたら教えてくださいね」 寡黙な修羅の代わりに柔らかい口調で迷子に話しかける闇詠は立派な猫被りだ。迷子の父親は御神酒所で酔漢に絡まれていた。 「子供、が……」 「あぁん? 兄ちゃんこいつの連れかぁ?」 出しにくい声を振り絞り、掠れた声で呼び止めると、迷子の父でなく酔漢の方が修羅に掴みかかった。こいつ俺の酒が呑めねえんだぜなどと自分の酒でもない癖に飲酒の強要をしていたようだ。 「他、の、客に……迷惑、だ」 「なんだぁ兄ちゃん図体の割に小せえ声だなぁ」 酔漢は新たな玩具を見つけたとでも思ったらしい。迷子の父を放って修羅に絡み始めた。その間に迷子を父親に返した闇詠は肩を竦めて酔漢に近付いた。 「その辺にしておいて貰えませんかねえ、でないと……」 ――俺の暇潰しに付き合って貰いますよ? 耳元で囁いた途端、酔漢の酔いが醒めた。座り込んだ酔漢を放して闇詠は修羅を促した。 「さ、行こう。俺おでん食べたい」 ●黄昏時 夕焼け空を背に、皇・月瑠(ia0567)は家路を急いでいた。 「とりあえず……今晩は水炊きにするか……」 開拓者であり主夫であり、妻に先立たれて愛娘と二人で暮らす父親だ。ギルドで請けた依頼を終えて、駿龍の黒兎を伴い夕餉の食材を買いに市場に立ち寄ったところであった。 八百屋で白菜を求め、黒兎の首に掛けた月瑠は肉屋の前で立ち止まった。もうあらかた売れてしまったらしく捌いた鶏は残っていない。仕方ない、帰ってから絞めるか。 「親仁、軍鶏を三羽……では足らん……か」 背後で異議を唱える駿龍の気配を感じて思案する。結局八羽買い求め、黒兎の背に括り付けた。 「後は柚子と大根と……しまった」 来た道を再び戻る。八百屋で不足分を買い足した後、馴染みの酒屋で樽酒を買った。 さて後は帰宅するだけ――という段になって、愛娘への土産を忘れた事に気付いて飴屋に向かう、と飴屋の女将が産気づいていた。慌てて産婆を呼びに走り、産婆を背負って戻る途中で喧嘩に遭遇して両成敗にした末に、心配のあまり出産が終わるまで買い物忘れて待ちぼうけ―― 「あのう、家内がお世話になりましてありがとうございました」 飴屋の亭主に声を掛けられて漸く用件を思い出す始末。御礼と祝儀だと飴をしこたま貰った末に帰宅したのは夜半過ぎだったとか。 夕暮れの人が引き始めた万商店を、一人の開拓者が訪れた。 黒の髪に黒の瞳が印象的な女性は、ジルベリア帝国出身の魔術師、ワイズ・ナルター(ib0991)だ。 「頼んでいたものは、できている?」 礼服にもなり得る街戦着を一式、誂えていたのだ。折角作るのだからとセンスの良い知人にコーディネイトを頼んでいたのだけれど―― 「これは……」 他人の感性が入ると印象が変わるものだと感じた。 金と赤のベルトが、きりりと引き締めた印象を与える、彼女のパーソナルカラーとも言うべき紫を基調にした華やかな色合いの衣装だ。おそらくは魔術師のナルターをイメージしてコーディネイトしてくれたのだろう、新しい衣装はローブやドレスとは違った魅力を備えていた。 別室で試着させて貰うと、ぴったりと身体に添って着心地も悪くない。 「これはこれでカッコいいな」 新鮮な驚きと共に――彼女のお気に入りがまた一着、増えた。 茜色の空の下、開拓者が手甲脚絆で忍犬を連れて歩いていた。 実は相棒の散歩中である。物々しい様子は鍛冶屋で受け取ったばかりの調整済具足を慣らし着用している為だ。 「うん……さすがに少々きつく感じるっすね」 すぐに馴染むだろうと膝を曲げ伸ばしして以心 伝助(ia9077)が独りごちていると、柴丸が突然駆け出した。追って入った草叢では幼子らが蹲ってすんすん泣いている。 「おや、坊達どうしなすった?」 伝助を見上げた子らを見て事情はすぐに飲み込めた。捨てられた仔犬を拾ってしまって途方に暮れていたらしい。 子供達は声を掛けて来たのが防具に身を包んだ青年――開拓者だと悟ったようで、口々に助けてと伝助に縋った。 「おかあさんが、かってはだめ、って」 「もとの場所に捨てて来なさいって言ったの」 小刻みに震えている仔犬に柴丸が鼻面を押し当てる。まだ目も開いていない。草叢に取り残しては一夜で体力が尽きてしまうだろう。 助けを求める子供達の頑是無い様子がいじらしい。思わず伝助は仔犬を抱き上げて言っていた。 「もう遅いっすから、もうお帰りなせい。今夜はあっしが預かりやしょう」 「本当?」 言い含めて子供達を家へと帰す。懐に収めると、仔犬が胸当ての辺りからちょこんと顔を覗かせた。 ギルドの依頼も良いものだけども、こんな依頼も悪くない。 「明日は里親探しをしやせんと……柴丸も、この子の面倒見てあげてくださいやしね」 しゃがんで甘えん坊の相棒に話しかける。解ったと言うかのように柴丸は尻尾を振り振り仔犬の顔をぺろりと舐めた。 ●宵闇に紛れて 今宵も――様々な思惑が交錯している。 「世に騒動の種は尽きまじ、か」 招待客の一人であろう、貴族と思しき青年が誰にも気付かれぬよう独りごちた。 とある貴族が主催した仮面舞踏会、その出席者の替え玉として竜哉(ia8037)は宴席に混じっていた。いざとなれば陰で手を回す事も辞さない、警護を兼ねての依頼である。 竜哉の様子は、服装も立ち居振る舞いも完璧に貴族のそれ、誰も依頼遂行中の開拓者だとは気付かないだろう。 近付いて来た給仕から優雅な仕草でワイングラスを受け取りグラスを傾ける。香りを楽しむ風を装い耳を欹てた。貴族達の四方山話に世情は紛れ込んでいる。 「今年の麦の出来は――」 「おお、貴殿の領では七割の徴税を――」 阿漕な貴族がいたものだ。収穫物の大半を吸い取ってしまうつもりらしい。 グラス越しに赤く染まる貴族へ仮面の視線を投げかける。ジルベリアに領地を持っているのか、ならば彼の国へ報告しておこう。いずれはガラドルフ大帝の耳に届くやもしれぬ。 そうなれば、あの貴族自身が赤く染まる日が来るかもしれない、しかしそれは彼の与り知らぬ事。 竜哉自身に人を裁く権限はない。しかし有力者に具申する事はできる。だから彼は情報収集に心を砕く。各地の情勢を把握し纏めた後、それぞれの儀に伝えるべく。 今宵もまた――誰かが真実を見つめているのだ。 (担当 周利芽乃香) |