【翠砂】奪還の嚆矢
マスター名:WTRPGマスター
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/24 10:37



■オープニング本文

 砂漠の向こうに見えるは、エルズィンジャン・オアシス。さらにその向こうには、重苦しい不安をそのまま凝り固めたような、魔の森が目に入った。
 もちろん、そこからオアシスを蝕むように染みて広がる、アヤカシの群れも。
「お頭ぁ、ほんとにやるんですかい」
「おうよ」
 その光景をにやにやと眺める長身の竜人に、後ろに控えていたベドウィンの一人がおそるおそる尋ねれば、その男──ジャウアド・ハッジはにやりと口端をゆがめ、鷹揚にうなずいた。
「今この時! あのオアシスを奪い返せば、王宮の奴らの鼻を明かせる。オアシスを救ったのは奴らじゃなくて俺たちでござい、ってな寸法だ。それにオアシスから上がる利権のうまみは、お前たちも知らねえわけじゃあねえだろう」
 王宮と対立する砂漠の部族をまとめ上げるジャウアド・ハッジ。その性格、実力からすれば、慢心を差っ引いたとしても、アヤカシの群れを前に、この大言を吐くに足る実力はある。
 そして、その決を後押しするものが今一つ。
 振り返るジャウアドの視線の先、後ろで保護されているのは、あのオアシスの遺跡を採掘していた採掘人の一人。命の恩人に獰猛な笑顔を向けられ、あたふたしつつも、自分が見て来た物について、改めて口を開く。
「へ、へえ! 遺跡の中にはどでかい指が、そ、そのままなんすよ」
 ジャウアドや周囲の無言の圧力に、採掘人は慌て、先ほど告げたことを繰り返した。
 宝珠の採掘現場から、巨大な指に見える遺物が発見されたこと。
 時を置かずして宝珠の採掘が停止され、遺物の調査隊を迎える準備が始まっていたこと。
 そのためにわざわざ、王宮から兵士まで派遣されていたこと。
「なぁ? 王宮がわざわざ調べに来るような遺物で、しかも指に見えるってよ」
「親分! そいつを手に入れて、王宮の奴らの鼻を明かしてやりましょうよっ!」
 顎に手を当て悦に至るジャウアドに、別のベドウィンが意気高く叫ぶ。
「あったりめぇだ! 分かりきったこと言ってんじゃねえぞっ」
「さすがおやぶぅん。オアシスも手に入れて、いっせきにちょう、ってやつよねぇ〜」
「おうともさ。俺がお前らに損になるようなこと、するはずがねぇだろ?」
 採掘人にとっては、怒声に首をすくめたり、猫なで声に脱力したりと忙しいが、他の連中にはいつもの親分の姿だ。どうせオアシスを獲りに行くものと承知しているので、あっけらかんと笑って見ている。
「しかし、いい巡り合わせじゃねぇか」
 駐留軍もなく、王都よりも遠いこの場所で、自分たちがこの場所にいたことは、天啓か。遺跡で発見された謎の遺物は、直接役に立たなくとも、王宮との取引材料としても十分すぎるカードだ。
「さあ気合を入れろ、てめえたち! 俺たちの時代に向けての、第一歩だ!」
 大笑いするジャウアドに続き、彼に従う砂漠の者たちは、鬨の声をあげた。

 王宮に、救援を求める危急の方が届いてよりすぐ。
 開拓者ギルドに、オアシス奪還を目的とした依頼が飛び込んできた。
 魔の森より湧き出してきたアヤカシに遺跡が奪われたとあっては事態は急を要する。だが一方で、遺跡で見つかった遺物の調査の準備も必要であり、王宮より兵を派遣するには、しばらくの時が必要であった。
 それ故に、動きの軽い開拓者ギルドに、オアシス奪還のための先触れとして、依頼がなされたのである。
 オアシスを覆うアヤカシは多く、また周囲を通る遊牧民たちにも被害が発生するなど、徐々にではあるが、魔の森よりあふれ出たアヤカシどもは広がりを見せ始めていた。
 だが逃れてきた者たちの話によれば、大百足を中心とする蟲アヤカシを、砂漠に現れる火炎巨鬼「ナール・デーヴ」らが率いており、上級アヤカシクラスの存在は見かけられていないという。
 偶然、近くを通りがかったというジャウアド率いる砂漠の部族が、アヤカシたちと交戦し始めているという情報もある。周囲の避難を進め、オアシスを奪還するには今しかないだろう……。


■参加者一覧
/ 朝比奈 空(ia0086) / 羅喉丸(ia0347) / 樹邑 鴻(ia0483) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 酒々井 統真(ia0893) / 氷海 威(ia1004) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 霧崎 灯華(ia1054) / 玲璃(ia1114) / 胡蝶(ia1199) / 大蔵南洋(ia1246) / 巴 渓(ia1334) / 八十神 蔵人(ia1422) / 皇 りょう(ia1673) / 羅轟(ia1687) / ルオウ(ia2445) / 秋桜(ia2482) / 慄罹(ia3634) / フェルル=グライフ(ia4572) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ジークリンデ(ib0258) / 明王院 千覚(ib0351) / 門・銀姫(ib0465) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 晴雨萌楽(ib1999) / 蓮 神音(ib2662) / 針野(ib3728) / 長谷部 円秀 (ib4529) / 遠野 凪沙(ib5179) / ウルシュテッド(ib5445) / エラト(ib5623) / アルバルク(ib6635) / ソレイユ・クラルテ(ib6793) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / トィミトイ(ib7096) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / エルレーン(ib7455) / イーラ(ib7620) / 藤田 千歳(ib8121) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / カルフ(ib9316) / 佐長 火弦(ib9439


■リプレイ本文

 砂に霞む蒼い空、地平の先に蜃気楼の如く浮かびあがるオアシス。
 黄砂と空の蒼さに負けないほど濃い緑を目に、一心(ia8409)は相棒・珂珀の手綱を握り締めた。
 広大な砂漠のど真ん中。無数に群れる人とアヤカシの姿に彼の瞳が眇められる。
「……絶景、とでも言うのでしょうか」
「そうですね……とりあえず、アヤカシの壁を崩さなければ、前へは行けない。それだけはわかります」
 鷲獅鳥の奏の背に身を預け、エラト(ib5623)が呟く。
 その声に一心が頷けば、2人は目指すべきオアシスを捉えた。
「美しい場所ですね。一刻も早く、あの場所へと辿り着きたいところです」
「……ええ。その為には、目の前の敵を払う必要があります」
 一心の声に、エラトが深紅のリュートを構える。そうして奏でられるのは、美しき精霊の調べ。
 調べは空高く響き、上空で敵の間合いに入ろうとする者や、地上で戦地に入る者の耳へ届く。
 一心は騎乗する龍の脇腹を脚で挟み、巨大な弓を構えた。狙うべくは、眼下に控えるアヤカシ。
「……行きます」
 言葉と共に放たれた一矢。
 其れがアヤカシの1体に突き刺さると、地上で符を構えていた胡蝶(ia1199)の腕が振り上げられた。
「先手を取って押し込むわ。出てきなさい、ガマ!」
 紫色に発色する符。それと同時に振り上げられた錫杖から、耳に心地良い音が響く。
 胡蝶は目の前に現れたジライヤに前進を命じ、錫杖を前へ突き付けた。
 その視線の先に居るのは砂上を這う、百足。無数の足を蠢かせ、前へ進むその姿に胡蝶の眉が僅かに寄る。
「ゾッとしないわね」
 ふんっと鼻を小さく鳴らす彼女に、同意するよう瞼を伏せ、琥龍 蒼羅(ib0214)が前に出る。
 その足は百足を踏み潰すジライヤの傍へ。
 大きな動きで飛翔しては落ちて行く巨体。それに合わせてグシャリと嫌な音が響くが其処には動じない。
 寧ろ、彼が見据えるのは潰れる百足の向こうに潜む存在だ。
「飄霖……!」
 頭上に控える相棒に声を放ち、前へ出る。と、同時に四枚の翼を広げた青白い鳥が嘴を広げた。
 甲高く響く声。
 それを耳に刃を抜き取る。
 一閃の光が戦場を駆け抜け、鋭く大きな針を持つ蟲が転がり、悶える蟲に鷹の爪が喰い込む。
 そうして身動きを封じた所にもう一打を加えると、彼の目は次の敵に向かっていた。
 戦局は此方に有利。胡蝶の導くジライヤも前へ進む足掛かりになっている。そう思っていたのも束の間、敵の攻撃で消えた相棒に目を眇め、胡蝶は手の中で符を翻す。
「ふん、蛙1匹退けたからって良い気になるんじゃないわよ」
 邪魔が消えた事で前進してくる敵に呟く。
 その上で細かく印を刻むと、彼女の符が再び紫色に発色した。
「蛙の次は……蛇よ!」
 砂を巻き上げ現れた巨大な蛇。それが蟲の体を締め上げるようにうねると、蒼羅の足が前に出た。
「――断つ」
 ザッと踏んだ砂が音を立て、目の前で両断された蟲の胴が落ちる。此れに胡蝶が頷きを向け、蒼羅はそれを見、次に向かった。
 そしてそれらを含めた数多の音を耳に、玲璃(ia1114)は閉じていた瞼を上げ、空を見上げた。
「目立った天候の崩れはなさそうですね。それよりも、気を付けるべきは……」
 シャラリと揺らした錫杖が、陽の光を浴びて煌めく。そうして感じ取った情報に、彼の唇が動いた。
「前方、左方面に複数のアヤカシの反応があります」
 砂の中を自由に動き回れるアヤカシ。
 それらは実に面倒で厄介だ。しかし心を研ぎ澄ませ、全てに耳を傾ければある程度の気配は感じ取る事が出来る。
「雑魚がうじゃうじゃ邪魔なのよ!」
 怜璃の示す方角を見、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が叫ぶ。その耳には、三門屋つねきちの声が響いている。
 その声は、玲璃が示すのと同じ方角、数多の音を捉え、攻撃すべき場所の的確な方向を示していた。
 黄金の杖を構え、彼女が紡ぎ出す術は巨大で味方をも巻き込む。それを承知で術を紡ぎ出す彼女の表情は真剣そのものだ。
「一発たりともしくじれないっ。精度を上げる、集中する……誰一人巻き込まず、誰一人失わず、一撃で全てぶっ飛ばす!」
 そう言いながら、射程内の人の姿を捉える。
 射程内に存在する仲間の姿は疎ら。だが、姿が見える以上、それらを退かす必要がある。
「あそこの2人、危険だな」
 零された氷海 威(ia1004)の声。
 彼の視線の先には、立ち塞がるアヤカシを薙ぎ払うために刃を振るう遠野 凪沙(ib5179)と、それを何とか戦線から引き離そうとするエルレーン(ib7455)の姿があった。
「そこのひと、危ないよっ!」
 エルレーンは風葉の射程内で闘う凪沙に近付く。ギリギリまで相棒の手綱を握り締めて引き寄せ、声を張る。
 その声に凪沙の瞳が上がった。
 次いで後方を見遣れば、此れから大技を繰り出そうと身構える風葉の姿が見えるではないか。
「今、退きます」
 大丈夫。そう頷く彼に、エルレーンはホッと息を吐く。
 しかし次の瞬間、凪沙の背後に蠍の針が迫った。
 割り込むにはエルレーンでは間に合わない。
「ラルの牙で……かみくだいてやるっ、じゃまっけなアヤカシ!」
 即座に龍の脇を蹴って促した。
 これに彼女の相棒は瞬時に反応する。
 すぐさま翼を反して凪沙に迫る蠍の針に噛み付いたのだ。強固な牙に噛み砕かれる針。
 敵は自らの武器を失った事で身悶え、距離を取ろうと蠢いている。
「いまだよっ、はやく!」
「有難うございます」
 凪沙は目礼を向け、素早くその場を離脱した。
「退いたか」
 威はこれらの状況を冷静に見詰め、いま一度周囲に視線を飛ばす。
「今だだな。……今なら敵しか存在しない!」
 的確な判断だった。
 風葉の射程直線状に存在するのは敵のみ。この情報に間違いはない。
 彼女は構えた杖に、腕に、全身に力が集まっている事を確認し、威の声に口角を上げた。
「二の太刀なんてないわ……これが初手で終の一撃よ!」
 瞬間、風葉の杖から旋風が放たれた。
 周囲の風を刃に替え、キラキラと光の粒を纏い放れて行く竜巻。それは凄まじい勢いで砂の上を駆け抜ける。
「……追撃の準備を」
「お任せ下さい」
 風葉の竜巻が退くと同時に、倒し損ねた敵の排除に動かなければいけない。
 好機は逃すべからず。
 一心は改めて矢を番え、エラトは彼に習いリュートを構え直す。そうして再び奏で出される曲は、軽やかで踊り出しそうな調べ。
 砂の上を舞い踊る幻影を作り出しながら、彼女は地上で闘う仲間に力を送る。
「ふむ」
 竜巻によって動きを断たれたアヤカシ。
 その亡骸を目に止め、からす(ia6525)は砂の上を、そして空を見上げた。
 竜巻に持ち上げられ、舞い落ちる敵は、其処彼処に落ちて行く。
「上級がまだいないとはいえ、十分な脅威になりうる。ここで少しでも減らしておきたいところだが」
 此処に見えるアヤカシは、数こそ多いものの然程苦戦する物ではない。噂では竜巻に酷似したアヤカシも居ると言うが、今の所は見えない。
「残念。そう零しては罰が当たるな」
 竜巻のアヤカシ。
 正式名称をイウサール・ジャウハラと言い、天儀では竜巻宝玉とも呼ばれている。
 もし竜巻宝玉の姿が見えれば、対策の1つでもと思っていただけに若干拍子抜けだ。
 とは言え、此度最大の敵は目前に迫っている。
「虎雀、『暴れて良いぞ』」
 飛翔する炎龍。それと同じく――否、それ以上に炎の色を濃く示す鬼に、からすは小さく顎を引いた。
 火炎巨鬼は、降下してきた炎龍に向かって火炎放射を放つ。此れを炎龍は寸前で回避。
 体を捻る様にして身を返し、一気に鬼の喉を掻き切りに掛かる。
 喉へ喰らい付いた龍。其れに加えて舞い降りた烏に、鬼の目が抉られた。
「加勢します」
 五芒星の符を構え、威が新たな印を刻む。
 こうして火炎巨鬼との戦闘が繰り広げられる中、戦場と言う場所柄、当然の様に負傷者が出てくる。
 菊池 志郎(ia5584)は数多の戦士の中で、出来るだけ多くの命を救おうと回復に専念する者の1人だ。
 彼は火炎巨鬼との闘いで倒れた仲間を抱き寄せて叫ぶ。
「大丈夫ですか!」
 意識はあるものの傷が深い。
「今、治療します」
 治癒を施し止血を試みる。
 そんな彼の前には、赤髪の美しいからくりが立っていた。彼女は火炎巨鬼の攻撃を受け止め、志郎が闘いに専念できるよう動いている。
「彩衣、無理はしないで、倒すよりも守ることに力を入れてくださいね」
「はい、主殿」
 頷きはすれど、敵は強大。
 防御もまた至難の業だ。しかし此処で怪我人を捨て置く訳にもいかない。
「もう少し。もう少しだけ耐えて下さい」
 あと少しで治療が完了する。
 そうすれば怪我人を連れて後方に退く事も出来るだろう。
 焦る気持ちが治療にも反映される。
 もたつく手。其れに眉根を寄せた時、彩衣に向かう攻撃を受け止める者が入った。
「苦戦しているのはここか。加勢させて貰う!」
 彩衣の前に立ち、攻撃を受け止めた樹邑 鴻(ia0483)は、槍の柄を返して敵の攻撃を押し返す。
「なかなかの力だ。だが、対処は出来る」
 彼は相棒に目で合図を施すと、炎を纏う鬼に刃を振り上げた。
 旋回させて突き入れる槍に、鬼の金槌が振り上げられ――ガンッ。
 強烈な衝撃が腕を襲う。
 指先や腕、肩にまで痺れが伝わるが受け止めた攻撃を放しはしない。何故なら、この瞬間こそが、彼が臨む物だから。

 グオオオオオオオ!

 突如、目の前の鬼から雄叫びが上がった。
 良く見れば、鬼の首から瘴気が上がっているではないか。
「余所見しているとこうなる、ってな!」
 鴻が攻撃を惹き付けている間、相棒の龍――振山の牙が鬼の首に突き刺さったのだ。それを見据えて突き入れた鴻の槍は、深く敵の胸を抉る。
 ゆっくりと砂の上に崩れ落ちる鬼。
 それを視界に息を吐くと、彼はオアシスの方角を見据え、槍を構え直した。
「よし。もう少しだ。行くぞ!」
 そう零した彼等の後方には、1つの道が、出来上がっていた。

(担当:朝臣あむ)


 砂漠のオアシス・エルズィンジャン。
 突如としてあふれ出したアヤカシの群れを前に、人々は成す術も無く逃げ惑っていた。
 その上空には開拓者達の飛竜が次々と飛来し、突き抜ける青空には赤、白、青の狼煙があちらこちらに立ち上っている。
「これを捨て置くにはわしの漢が廃るわな。どの道、次の仕事に出番は無いから死ぬ気で働け小狐丸」
 遺跡のアヤカシ討伐に来た八十神 蔵人(ia1422)はオアシスの人々の為に炎竜・小狐丸に命ずる。
 攻撃力に長けた炎竜にしては気の弱い小狐丸は、アヤカシ相手でないことが嬉しいのか八十神に嬉しそうに鳴いて答える。
「おいおい、喜ぶのはまだ早いぞ? ほれ、アヤカシがきなすった」
 八十神が片鎌槍「北狄」をくるりと回して身構える。
 てっきり避難民を乗せて安全な場所へ行くと思っていた小狐丸は涙目でアヤカシに炎を噴いた。
「依頼人のとこ行くついで、行きがけの駄賃に連れてきゃ問題ないやろ」
 八十神は避難民を屠ろうとしていたアヤカシを槍の錆にして、小狐丸にひらりと舞い乗る。
 アヤカシを小狐丸の炎で牽制しながら飛翔すると、オアシスの全体が見渡せた。
「不味いな。……おい小狐丸、東だ!」
 よりによってアヤカシの多く沸く側へと逃げ出す集団を見つけ、八十神は小狐丸を怒鳴る。
 上空からならすぐにわかることだが、地面を這うように必死に逃げる人々にはアヤカシがどこから来ているのかわからないのだろう。
「そちらに逝くな、わしらについて来い!」
 小狐丸が高度を下げ、八十神が叫ぶ。
 助けが来た事に気付いた人々は我先に八十神に駆け寄った。
 だが気付いたのは人々だけではない。
 人より遥かに巨大な炎竜はアヤカシの目もひき付けた。
「気にすんな、わしに構わず先に行きや!」
 アヤカシに足をすくませる人々に力強く頷いて、八十神は小狐丸とともにアヤカシに切り込んでゆく。


 熱された風が強く吹き、柚乃(ia0638)の淡い青い髪を乱す。
「ヒムカ、お願いね」
 柚乃は風に乱れる髪を押さえ、自分を乗せる頼もしい相棒・炎竜の背を撫でる。
 眼下に広がるオアシスの混沌は、一向に治まる気配が無い。
「……アヤカシの進入をこれ以上許すわけにはいきません」
 柚乃はオアシスはもちろんの事、周囲の砂漠を、そして広がる魔の森を強く見据える。
 一瞬光を帯びた彼女は、オアシスのおびただしい量のアヤカシに深い溜息をつく。
 だが周囲の砂漠にそれを感知せずに済んだのは幸いだろう。
「ヒムカ、あそこへ降りてください」
 物陰に潜みうずくまる男女を見つけ、柚乃はヒムカに指示をする。
 ヒムカから柚乃が降り立つと、女性のほうが叫んだ。
「彼が、アヤカシにっ……たすけてっ」
「落ち着いてください。必ずあなた達を助けます」
 その為に自分達は来たのだからと、倒れ伏す男性に精霊の歌を紡ぎながらその傷に薬草を惜しみなく使い、その口にそっと樹糖を含ませた。


「皇家現当主皇 りょう、参る! 我等に武神の加護やあらん!!」
 アヤカシに襲われる民の間に真っ白な霊騎・白蘭に跨り割ってはいる皇 りょう(ia1673)。
 その姿はまさに武神の愛娘。
 戦の神に愛されし彼女は太刀「阿修羅」を振り回し、次々とアヤカシをその錆にする。
 皇の纏う緑の鎧と同じ色の和鞍をつけた白蘭は、まるで皇と一体化しているかのよう。
「民よ、この先に救援部隊が来ている。そこまで全力で走りなさい。背後は振り向かず、ただまっすぐに。ここは私が守りきる!」
 溢れ出るアヤカシを凛と見据え、皇は太刀を握りなおす。
 背後の避難民が全てここを離れたのを確認し、
「さあ、こっちだ! お前達の好む絶望を味合わせてやるぞ、その身でな!」
 太刀に梅の香をまとわせて、皇は白蘭と共に敵の群れへと突っ込んでゆく。
 もう避難民には何も恐れる事などありはしない。


「お願いフィー、貴女の全力で飛んでっ!」
 フェルル=グライフ(ia4572)の願いに答え、鷲獅鳥・スヴァンフヴィードは速度を上げる。
 真っ白なその姿は大空を舞い、フェルルを乗せた背には旗がはためく。
 ギルドのマークが描かれたそれは大きく、遠くからでも良く見えた。
 熱された砂が舞い散る砂漠は、幸いな事に砂嵐には見舞われていない。
 視界がよいのだ。
 そしてそれは、避難民にとっても同じ事。
 スヴァンフヴィードにはためくギルドの旗に気付き、大勢の避難民が立ち止まってフェルルに助けを求める。
「よかった、まだあんなに無事な人々が……あっ」
 フェルルがほっとしたのも束の間だった。
 立ち止まる避難民の裏手の砂が不必要に盛り上がる。
 自然な動きでないそれに、フェルルは叫ぶ。
「アヤカシの襲撃です、皆さん避難して下さい! 立ち止まらず、全力で西へ!」
 そして躊躇う事無く狼煙銃を天に打ち上げた。


「いでよ大気に遊ぶ冷気達、わが声に答えて踊れ、……ブリザーストーム!」
 空高く上がる狼煙をみてすぐさまカルフ(ib9316)は駿竜・克でフェルルに合流、即座にアヤカシに吹雪を見舞う。
 灼熱の大地は極寒に変わり、湧き出したアヤカシは即座に吹き飛ばされた。
 だが数が多い。
「水と風と太陽、それにちょっぴり栄養のある土があれば、人間どこでだって生きていけるんですよ。でもあなた方アヤカシは必要ないんです」
 聖杖「ローフル」を掲げ、カルフは再び呪文を唱える。
「母なる大地よ、その胸に抱きし強さを持って私達をお守りください……ストーンウォール!」
 溢れ出るアヤカシの前に突如として石の壁が出現し、その行く手を遮った。
 カルフの深みのある茶色のローブがはためいた。


 懐に入れた尾無し狐・ナイを撫でながら、无(ib1198)は駿竜・風天を駆る。
 事前に仲間達にアヤカシと避難民の分布を知らせて回れた為か、予想以上にスムーズに避難が進んでいる。
 だがそれでも、逃げ遅れる避難民はいるし、それを襲うアヤカシが沸くのもまた必然。
「さぁてもう一気合い入れて飛びますかね、風天」
 一通りオアシスを飛び回った風天を労わりながら、无は更に空を飛ぶ。
 流石にこの状況では風天も自慢の曲芸飛行を披露しない。
 その代わり、无に断りも無く地上のアヤカシにソニックブームを撃ち放った。
 だが无は驚きもしない。
 一歩間違えば振り落とされるかもしれない行動は、けれど无と風天の阿吽の呼吸を持ってすればお手の物。

 ―― エルズィンジャンのアヤカシは少しずつ、少しずつ、その数を減らしていった。

(担当:藍鼠)


 オアシスの喧騒は、やや離れた砂漠の只中へも届いていた。いや、むしろこちらが主戦場と言っても過言ではない。魔の森から迫るアヤカシは、砂漠を経由して襲い掛かってくる。人は……アルバルク(ib6635)達のように、小隊の面々に水分補給を行わないとやっていられないような暑さだが、アヤカシにとっては別段気にする事もなく、蹂躙を続けていこうとする。
「久方ぶりに砂漠に赴けば、何やら騒がしくなっておりますわねぇ」
 甲龍の秋水にまたがり、太陽を背にした秋桜(ia2482)。逆光に照らされたその姿に、アヤカシ達はおろか、ジャウアド達も気づいていない。
「アヤカシの規模はそれなり。あちらは人の血を求めてと言ったところかしら……」
 上空から、そう呟く秋桜。彼女が見立てる限り、アヤカシ達は200程度。下級が殆どだが、中には大型のサソリもいる。鋏をふりあげ、発射された毒弾は、もしオアシスにでも入ったら、滅ぼされるしかない。そんな光景が、あちこちで繰り返されていた。が、やみくもに狩りに出ているといった程度で、何か目的があるようには見えない。
「そして、ジャウアド。また何かよからぬことを考えていないといいのですけれど」
 反対側にいるジャウアドの様子を探る彼女。だが、その光景はイメージしていたものとは違っていて。
「てめぇら! 何を怖気づいてやがる!」
「だっておかしらぁ〜」
「ああもう。子供じゃねーんだからよー」
 ジャウアド達は、そのアヤカシを追い返す為、戦陣の最前列にいた。サソリにビビる部下を叱咤し、通称「横列射撃」(ラインローダー)と呼ばれる防御陣形は、ジャウアド自身が結構な指揮能力を有していることを示唆している。しかし、アヤカシ達はその防御を踏み越えようとしており、予測するような経路を踏んでいるようには見えなかった。
「では、私も遊撃に参りましょうかしら」
 ならば、自分がやることは一つだ。見えないのを利用して、天空から秋月に急降下をさせる。驚いたサソリが尾を振り上げた刹那、滴るのは酸の雫。その雫が自身に浸される前に、離脱する秋桜。すんでのところで避けたが、地面に落ちた雫は、砂漠の砂を溶かした塊に変えている。
「大切なオアシスが……。取り戻さないと、回りにも被害が広がる前に、早く……」
 その光景に、戦慄するソレイユ・クラルテ(ib6793)。先行して秋桜の偵察に同行していた彼女は、周囲を警戒しながら、その惨状に戦慄している。その先頭には、ジャウアドの姿があった。
「ジャウアド様も、最終目標はともかく、アヤカシ討伐を行うことは同じはず……」
「だと、いいのですけれど」
 秋桜の弁に、彼女は大きくうなずいている。アルカマルの辺境で、遊牧民の巫女だった彼女、ジャウアドが反王宮派と言っても、壊してはならない不文律は同じもののはず。そう信じて。
「トゥール、お願い。皆の……故郷の為に」
「きゅい」
 駿竜のトゥールは、背中の相棒の為、翼を開いた。すでに、けが人も何人か出ているようだ。巫女の役目は、その苦しみを癒すこと。そう自らに言い聞かせたソレイユは、神風恩寵と解毒の術でもって、人々を癒すため、戦線へと降り立っていく。何匹かのアヤカシが、群がろうとしてきたが、トゥールは始まりの3匹の中で、最も早い種族。その高速飛行は、自らへの攻撃を許さない。そして彼女は、1人では戦わないと決めていた。味方にさえ合流してしまえば、援護はいくらでもできるから。

 一方。オアシスでは、藤田 千歳(ib8121)が周囲を見回していた。
「さて、見知らぬ異郷の地での戦い……。誰か知り合いが居れば、動き易いが……」
 人で出陣するのはやさしいが、出来るならともに討って出た方が、より力を発揮できるというもの。
「ここは気を引くべきか……。まだ固いのは……いるな。どうするべきか……」
 砂漠で野戦を行うのが妥当か。砂漠のアヤカシは存外防御力も高そうな奴らがいる。中にはマミー等のように、打ち込んだらすぐに壊れてしまいそうなアヤカシもいるが、数多いアヤカシは、それなりに種類があるため、一辺倒にはいかなかった。と、そんな彼の目に映ったのは、見知った顔の開拓者。
「佐長殿ー!」
 と、呼びかけられた佐長 火弦(ib9439)は、こちらに気づいたのか、ぶんぶんと手を振ってくる。
「おや、千歳ちゃんじゃないですか。お久しぶりですね」
 確か、ひとつかふたつしか違わないはずなのだが、彼女は千歳を弟分として扱っているような声でそう言った。その傍には、手に入れたばかりのからくり……知衣里がいる。
「お久しぶりです。神楽の都へ出る道中で同道して以来か」
「はい。何か前よりも頼もしくなりましたね」
 にっこりと笑顔で再会を喜ぶ彼女。どこか、顔つきも変わった気がする。きっと、いろいろあったのだろう。
「そう言って貰えるとうれしい。だが、ご婦人を1人で行かせるのは、心配だ。また同道していいか?」
「ええ。あれからの事、お話しできればうれしいですし」
 何しろ、ちょっとうっかり属性のある彼女である。武者修行として出てきたものの、まだまだおのぼりさん気分は抜けていないようだ。
「だがその前に、やつらをどうにかせねば」
「そうですね。私はこの子と共に、陸から参ります」
 ゆっくりと旧交を温めるのは、迫るアヤカシ達をどうにかしてからだろう。そう判断する千歳は、駿龍に騎乗すると、陸戦を行うという彼女を、上空から援護する事にしたのだが。
「む? あれは……」
「お知り合い、ですか?」
 怪訝そうに尋ねてくる佐長に、千歳はうなずいて見せる。【桜蘭】の騒動で、見知った2人。サミラ=マクトゥーム(ib6837)とケイウス=アルカーム(ib7387)を見かけたから。
「以前世話になった2人だ。恩を、返さねばっ」
「お手伝い、します」
 とてとてと、からくりを連れて歩き出す火弦。その前には、アヤカシの束。主に、乾燥した死体のようなもの。
「頼む。行くぞ、国重」
 龍の一撃は、佐長の盾にもなろう。そのつもりで、彼は国重を空へと舞いあがらせるのだった。

 さて、徐々に戦力が集まっている頃、その中心にるジャウアドは、相変わらず砂迅騎としての本領を発揮していた。
「このぉっ。なめるなぁっ!!」
 ばしゅりと目の前の乾いた骨が砕け散る。その力は、手練れの開拓者と比べても、なんら遜色はなく、サミラはひゅうと口笛を吹きならした。
「なんかお笑い系だと思ってたけど、結構強いんだね」
「あたりめーだ! 俺様を誰だと思ってやがる!」
 相手が女性のせいか、即座に怒鳴り返すジャウアドさん。じーっと彼を見たサミラ、表情を変えぬままこういった。
「変なおっさん」
「んだとー!」
 きしゃーっと牙をむくジャウアドにも関わらず、サミラは動じない。この程度なら、故郷の部族に何人も同じタイプがいた。あしらえない様では、部族の後継者として成立しない。そう言い聞かせて。
「あー、おかまいなくー」
 一緒にいるのはケイウスである。アルバルク、トィミトイ(ib7096)と共に、アヤカシ撃退に参戦したそうではあるが、特に話すことなどないらしく、にっこり笑顔で会話を見守っている。
「しゃべってる場合か? 敵はどんどんくるみたいだけど」
 アヤカシは、その半分ほどに減じていたものの、まだ動くものは多かった。アヤカシはその大きさで上中下わかれているわけではないが、中には4mくらいの大百足までいる。普通なら、8人がかりで倒すような相手に、ジャウアドはにやりと笑う。
「ふん。ここが踏ん張りどころだ。お前も手伝え!」
「言われなくてもね。ケイ、後ろにいなよ。邪魔だし」
 憎まれ口を叩かれるのは、気にしている証だ。前に立ち、その攻撃を跳ね返すような位置で、ダマスクスブレードを構えている所を見ると、幼馴染の自分を庇う気でいるのだろう。あの時負った怪我は、彼女のせいではないというのに。
「はいはい。こっちは歌ってるだけだよ。いつものとおりね」
 そんな彼女の気持ちを理解しているのか、ケイウスはすっと後ろに下がったまま、竪琴をつま弾いた。フクロウの意匠が施されたそれは、持ち主の感覚を研ぎ澄まし、詩聖の力を分けてくれる。さすがに精神を持ちえないマミーには効果がなかったが、知性なきアヤカシとはいえ、本能を持ち合わせているサソリには効果あったようで、何匹かの動きが止まる。
「サミラ殿ー!」
「千歳?」
 と、そこへ国重に乗った千歳が、前線へと姿を見せる。
「桜蘭事件での礼じゃ。手伝うぞ!」
「私もです。ちぇりさんは、こっちを手伝ってください」
 いわれたからくりの知衣里は、あいとお返事を返して、無痛の盾を展開していた。攻撃に参加するかはまだわからないが、機闘術は仕込んである。戦力としては十分だろう。
「参られよ!」
 佐長の凛とした咆哮が響き、抗うことのできなかったアヤカシが数体、彼女の方へ向かう。その攻撃を支援するように、千歳が高速飛行で割り込んだ。竜の背中から、瞬風波が放たれ、目の前のマミー達を砂漠へ転がす。そこへ、雷鳴剣の雷がとどめをした。そんな彼に、出来るだけ負担をかけないつもりで、佐長が地断撃をサソリの群れへと叩きつける。ひっくり返されてはいるが、存外固いサソリに、彼女は大きく踏み込んで巴型薙刀「藤家秋雅」で斬り上げた。ギルドでは直閃と言われている技だ。
「あーあー。前祝ではしゃぎやがって。砂漠で無理は禁物だってのに」
 そんな……サミラ達を率いる【砂塵】のアルバルク、駿龍サザーを駆り、高みからバダドサイトで戦況を観察していたが、アヤカシ退治にはしゃいでいるようにさえ見える戦場に、若干苦笑気味だ。
「隊長、どうする?」
「このまま支援だ。大物が出てくるのはまだ先らしいが、雑魚にも対空能力くらいありそうだしな。どうした?」
 同じくバダドサイトで、索敵していたトィに、引き続き薄い部分への援護と、銃による支援を告げる。サザーにはブレスの指示を与えていたが、切り込み役であるトィは、何やら思案顔だ。
「いえ。ジャウアドの奴が、何を考えているかと思ってな」
「ほう?」
 隊に属しているが、敬語とかそういうものはあまり気にしていない風情のトィ、それでも素直に己の考えを告げる。
「神砂船、今回発見された指、そして何より他国の技術と資源。この一年余りで、王宮側が力を付け過ぎているのではと思ってな。それを考えれば今回の指は反王宮派の対抗手段の一つとしてジャウアド達に入手させるべきでは……いやしかしそれが本当に部族の為になるかどうか……」
 色々と思い悩んではいるようだ。だが、そんな彼のやるべき道を、アルバルクは示す。
「俺たちはただ、目の前の脅威を排除するだけだろ」
「違いない。風よ。我が敵に切り込むぞ!」
 今は、オアシスの安全確保が先だ。そう思い、考察を中断させた彼は、駿龍の青き風にまたがり太刀「獅子王」を振りかざした。騎乗戦技は、風と一体にしてくれる。力強く空をかけたトィは、その勢いでもってファタト・カトラスを使う。曲がりなりにも、一族の頭領としてのジャウアド。手を貸さねば、砂迅騎の誇りに関わる。
「あらら。あの子、寝ないねぇ」
 その足元では、困った顔を浮かべるケイ。彼の子守唄が効かないという事は、結構な手練れという事だろう。
「さしずめ、指揮官か」
「しょうがない。取り巻きはこっちで何とかするよ」
 サミラの見立てに、ケイは曲を変えた。指向性のある強烈な雑音を叩きつけてやると、百足は混乱したのか、その矛先を周囲のサソリに変える。が、何匹かは恐慌してこちらへと向かってきた。
「詩人に頼っていたのでは、一族の名折れだ。お前ら、そこの兄さんには近づけさせんなよ!」
「なるほど。今回は部族の長としての動きを見せるようですわね。ならば、わたくしはこうしましょうか」
 すかさず、部下に命じるジャウアドに、秋桜は見方を変える。そして、隙あらば牽制しようとしていた攻撃の手を、アヤカシ自身へと向けた。
「皆様、切り込んでください!」
 ソレイユが【神楽舞・攻】を舞い、足元のトゥールが、かぱりと口を開けた。その牙からはちらちらと火炎の焔が見えている。
「気をつけろ。火炎が来るぞ!」
 ケイが遠距離から叩きつける炎を警戒した直後、トゥールもまた炎を吐いた。その炎に照らされたサミラは、ダマスカスブレードを抜き、堂々と名乗りを上げる。
「私はムハンナドの娘、マクトゥーム族のサミラ!加勢させて貰う!」
「おうともよ! ベドウィンの誇りにかけて、今こそ討ち果たす時!」
 ジャウアドが答えた。こういう時の礼儀くらいは、心得ているようだ。問題は、それがアヤカシ達にとっては、何の意味もない行為だったりすることだが。
「各騎散開! あいつを狙うぞ!」
 それでも、アルバルクは自身の部下である彼女たちに、そう命じた。期せずして、陣を組む形となった4人。そして、合流した佐長と千景、その後ろでは、ソレイユが高揚の舞を踊る。空中へと上がるは秋桜。
「心得た。大型とはいえ、しょせんは百足。これでも、食らえ……!」
 サミラが、閃光連弾をぶっ放した。派手な光が舞い散り、ひときわ大きな赤い百足の動きが止まって。そこに、彼女はここぞとばかりに背中に持っていた魔槍砲へと持ち変える。
 空で様子を見ていたアルバルクは、その機を逃すまいと、高速飛行で速度を上げ、アル・ディバインの技と共に命じた。
「突撃!!」
 わぁぁぁっと、雪崩を砂嵐のように襲い掛かる砂漠の民。目の前にいる色の違う百足は、大陸そのものの銘が刻まれたシャムシールに、対抗する術を持たない。あっという間に、バラバラにされてしまう。
 だが。
「あれは……。アヤカシ達が、動きを変えたようですわね」
 1人、アヤカシ達の動きに注意した秋桜だけが、彼らがその矛先を変えたことに、気付くのだった。

(担当:姫野里美)


「ジャウアド、か……あの男、何を……考えている?」
 砂漠の海に戦の先触れが広がる中、避難民の位置を確認しながらこちらに到着した羅轟(ia1687)は、愛龍の太白の背より、やや遠くに展開する、ジャウアドたちと思しき軍勢を見て一人ごちる。
「遺跡からは……巨大な、指……もしや、炎羅の……時の?」
「悩むのもいいけどさ〜♪ そろそろ、近づいてきてるよ〜?」
 隣の巨漢の、ある種見られないような姿を見て、門・銀姫(ib0465)はつぶやいた。
 彼女の耳に聞こえる内容、それは、いまだ無事と見えるオアシスの茂みよりあふれ出すアヤカシが、砂塵を巻き上げながら向かってくる、大地を蹴る足音の積み重なる調べ。
「確かに……そんな場合でも……無いか。……参る」
「おっと、一番槍はいただくわよ!」
 拡大した五感でなくとも、相手の様子が見えるようになり、戦線が動き始めたその時。
 上空を舞う愛龍ヴァンデルンの背、偵察しつつ誘導を開始するウルシュテッド(ib5445)たちと並飛から急降下、駿龍の背で霧崎 灯華(ia1054)は狙っていたとばかりに呪術の込められた白銀の鋏を押し開いた。込められた呪力が悲恋の鳴き声にも似た響きを広げ、降りた周囲のアヤカシの群れを薙ぎ払う。
「いきなりきつい仕事だが、無茶するなよ……参る!」
「わかってる……りーしー、真剣っ!」
 灯華の一番槍を皮切りに、各所で戦闘が勃発する中。初陣に震える相棒、人妖の才維に声をかけ、砂塵対策の手拭いを顔に巻きつつ、慄罹(ia3634)は駆ける。その手に剣と鉄扇を剣舞の様に操りながら、蟲アヤカシの牙に脚、あるいは針へと攻撃を加えていく。
「たく、湧いて出てくるんは、水だけでエエっ、ちゅーの」
 屍を乗り越え、きちきちと外骨格を鳴らし飛びかかってくる大百足に、ジルベール(ia9952)は手綱を引き、乗る霊騎ヘリオスに軽快なステップを踏ませると、距離を取りながら呼子笛を吹いた。
 その合図にウルシュテッドをはじめとする飛空戦力が攻撃をかければ、その間隙に砂塵を巻き上げ深紅のアーマーを駆り、巴 渓(ia1334)が突入する。
「いくぜぇええ! ……回転、剣舞ニ連!」
 続けて、天空の陽の光を遮る影、覇気ある叫び。
 低空を飛ぶ炎龍のロート・ケーニッヒから滑り降り、砂塵をまき散らしながらルオウ(ia2445)は悪い足場を踏み切ると、その勢いのまま回転し、叫びに引かれて集い襲う蟲アヤカシを薙ぎ払った。
「あまり、突出し過ぎない方がよいかと」
「そうやで」
「おっと、すまねぇぜ!」
 ルオウの後ろでまだ息のあるアヤカシに、愛馬雪乃を回り込ませ一合、叩斬りつけながら大蔵南洋(ia1246)は忠を発すると、離れて馬上の弓、桜色の燐光を放つ弓にて追い打ちをかけつつ、ジルベールも肩をすくめる。
「ま、孤立せんよーに、気ぃつけときや」
「うむ、個々の力の差はともかくも、こうして、数が多いのはやっかいだ」
 群れて広がるアヤカシを見やり、また一方で退路の方向を確認しつつ、大蔵もジルベールの意見に同意してつぶやいた。
 確かに敵は下級なれど、その分、体力は高く簡単には死なずに、押し寄せてくる。その先、立ちはだかるは火炎に包まれし巨鬼。
「頼むぜ、繊月……道、開けろォ!」
 上空からの声、間髪いれず影とともに襲うは、鷲獅鳥・繊月の強烈な啄み。背にまたがったイーラ(ib7620)は続けて精霊力を集わせた獅子の尾と言われる技に載せ、黄白色の魔槍砲の魔弾を撃ち放つ。
「人知尽くしたならば後は勇気だけ。無勢といえども、気後れるな!」
 叫びとともに羅喉丸(ia0347)が動いた。イーラと戦いながらも放たれる業火を受けて怯みもせず、人妖の蓮華の回復の呪を受けつつ泰拳士はひた走ると、龍の舞うように数合撃ち合い、その拳顎を体の隙間にねじ込むよう一気に叩き込んだ。
 数瞬の逡巡のあと、どうと倒れるアヤカシ、その状況に恐怖を本能で感じ取ったと見える怯みに、アヤカシの群壁にほころびが生じる。
「さて、いったんは大丈夫か」
「そうでしょうな」
 ほころびにねじ込むよう、相棒とともに突撃する仲間たちを見て、イーラは別方、野戦の戦場となっている砂漠を見やり、その意図を感じ取ってか、大蔵は然りとうなずいた。
「怪我人は早めに退がるがいい! 敵を侮るなかれ!」
「まあ、やることは変わりません。行かせて、いただきましょうか」
 オアシスの一角に開拓者がとりつき始めるのを見て、大蔵と羅轟、そして長谷部 円秀(ib4529)は、仲間のためにさらなる退路を確保すべく、相棒とともに構えを新たにしていた。

「動き始めた由、気をつけろ、か。あのヒゲのおじさんたち、妙に張り切ってるねぃ」
 オアシスの上空、鷲獅子鳥のクロムの背より手旗にて状況を伝えてきたジークリンデ(ib0258)の様子に、モユラ(ib1999)は愛馬ハチベーとともに駆けながら、肩をすくめると、少女はそのことを伝えるべく、オアシスの内部へと走る。
「オアシスに、なにかある、のかな?」
「遺跡から掘り出されたモノに、アヤカシが引き寄せられたんかもなぁ?」
「謎の異物とか、難しー事はよく解らないけど」
 他の開拓者に続き、オアシスの内部に足を踏み入れながら、針野(ib3728)と蓮 神音(ib2662)は推測を確かめ合っていた。
 今回のエルズィンジャン・オアシスの遺跡から見つかったという巨大な指。それは、記録によれば数年前の緑藻の戦い、大アヤカシ炎羅を倒したときに現れたモノと似ているという。
 そしてフィン・ファルスト(ib0979)の記憶によれば、北戦と呼ばれた、今年初めの北面での戦いの時にも、巨大な喉の骨が見つかったという記録が、開拓者ギルドの報告書にあったというのだ。
「指じゃなくて、喉の骨、だけど……大アヤカシやそれに近い何かが出てくると現れる……とか、まさかね……」
「何にしても、取られたらマズイんじゃねーか?」
「ん、そうだね、行こっ!」
 肩でつぶやく人妖ロガエスの言葉に、周りの仲間とも目的を確認し合うと、フィンは、オアシス内のアヤカシを掃討し一気にケリをつけるべく、オーラの力を漂わせながら突入する。
 アヤカシの侵攻後、すぐに……その点ではジャウアドの悪運と我欲に感謝すべきか……攻撃が開始されたオアシスは、思ったほど、アヤカシには荒らされてはいなかった。
「みんな、こっちだ!」
「もう安全だぞ。……有象無象どもめ! 邪魔だッ!」
 逃げ遅れたままオアシスのすみに隠れていたのだろうか、数名の遊牧民たちが這う這うの体で逃げてくるのを、人魂で作った小鳥型の式で見つけ駆ける天河 ふしぎ(ia1037)に続き、駿龍レギとともにラグナ・グラウシード(ib8459)は走り込んで、大剣を叩きつけるよう牽制する。
「矢薙丸、お願いなんよ!」
「おう、合点承知ィ!」
「アヤカシどもー! 神音がこてんぱんにのしてやるんだよ!」
 そのまま襲い来る蟲アヤカシ、その向こうに見えるやや大きめの火炎巨鬼を猫又くれおぱとらの気取ったご指摘で把握すると、神音は一気に距離を詰め、針野は肩口で応とうなずく矢薙丸に防護と回復の術法を使わせつつ、弓を爪弾き敵の状況を確認する。
「後ろは、お任せください」
「ああ……こちらは任せな!」
 乱戦の様相を呈し始めたところ、からくりの桔梗の言葉に背を任せ、続けて雄叫びをあげるは酒々井 統真(ia0893)。
 火炎巨鬼と開拓者の戦うところへ向かおうとしていた蟲アヤカシを引きつけたところ、合流したジークリンデの氷の槍がそれらを打ちすえる。鋭き氷の槍はアヤカシの固き表面を抉り貫いて、死屍累々と屍を重ねさせ、残った蟲アヤカシも、練気法で力を増した酒井の拳に打ち砕かれる。
「夢の翼参上! ……行くよはてな、僕達で砂漠の宝を取り戻すんだっ」
「了解にございます、マイキャプテン……一次リミッター、解除」
 ふしぎの呼びかけに相棒のからくり、HA・TE・NA−17は各所の機能制限を解除し、巨大な異形の剣を構えると、振り向きつつある火炎巨鬼へと斬りかかる。続けてほのかに香る白梅香をまとわせ一合二合、ふしぎが巨人と撃ち合うと、牽制するかのように喉より轟音の叫びを響かせ、火炎巨鬼は巨大な金鎚を振りまわした。
 そして、巨大なる一撃に距離をとった開拓者たちを追い打つように投げ込まれる爆炎に、数名の開拓者が炎に包まれ砂地に転がる。
「けが人はお任せ下さい……相手がひるんでいる今ですっ」
「そうだ! 蹴り殺してしまえ、レギ!」
 傷の浅いうちに後ろに退がった者を周りに集め、明王院 千覚(ib0351)が癒しながら叫ぶと、それに呼応するように、ラグナがレギを突撃させる。狭い空間ながらももみ合い、龍が強烈な蹴りを放つと、その一撃に不意をつかれてよろめく火炎巨鬼の前、霊騎日高にまたがった男が、赤き外套を翻していた。
「ここは、貴様らアヤカシの好きになどさせぬわ」
 その声にアヤカシが振り返った視線の先、手より生み出される火炎を叩きつけた先には、鬼島貫徹(ia0694)が立っていた。
 哄笑の雄叫びとともに、火炎を仲間の防御の術によりものともせずに突き進むと、手にした巨大な戦斧を一閃、とどめとばかりに、一撃を叩きこむ。
「さて、まだ残っておるようだが……ジャウアドなんぞに手柄をくれてやる義理は、ないわな」
 どうと倒れる火炎巨鬼の姿を見ながら鬼島はつぶやくと、すぐさま踵を返し、趨勢の決しつつある戦場、残りのアヤカシを追い出すべく、踵を返した。

「まあ、しょうが、ないんだけどさー……」
「仕方なかろう」
 頃合いは夕に近づくころ。オアシス奪還の目的は無事、成し遂げられた。
 だが肩をすくめる大蔵とフィンたち、開拓者ギルドより駆けつけた開拓者たちは、オアシスの外延部にキャンプを用意しながら、木々の隙間にはためく、ジャウアドの旗を見ている状況であった。
 オアシスの奪還は確かに開拓者たちの手で成ったものの、それを察したジャウアドの動きはまったく、早かった。戦闘後すぐに、本軍をひきつれてオアシス全体の防備にあたると言われれば、戦力の差、そしてアヤカシの次なる攻勢が不明である以上、いがみ合わずに同意せざるを得ない。
「ここの話、記録はとってあるから、手柄がどこかとかは、問題ないけどねぃ。……遺跡、調べたかったんだけど」
 そうつぶやき記録をまとめるモユラは、視線を直接は見えぬオアシスの向こう、遺跡のある方へと移した。
 遺跡から見つかった異物の大きさは5mほどと聞く。さすがにこれからあると目される、アヤカシとの戦いの中、秘密裏に運び出すことはできないだろうし、こういった記録があれば、開拓者ギルドも監視は行い、ジャウアドの動きは見逃さないだろう。
「しかし、禍々しい森だ」
 陣地の設営の合間、かすんで見える魔の森を眺めながら、大蔵は表情は変えず、声音はやや険をのせてつぶやく。
「天儀において効果的な焼き打ち手段が構築されたなら、或いは……」
「なんにせよ、これからどうなっていくか楽しみね」
 そう、灯華がつぶやき現地の酒をあおると、オアシスの奪還という大きな戦の前触れは、一時の休息、幕間を迎えた。

(担当:高石英務)