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■オープニング本文 ●序 空に浮かぶ島――天儀。 ここに暮らす人々は、大いなる力の狭間で生きている。 人智を超えた精霊の恩恵と加護、そして精霊と対極の位置にある瘴気から生ずるアヤカシの脅威の前に、人間は矮小な存在でしかない。 だが弱き人間達の中に、稀に高い身体機能を有した者が生まれる事があった。 天儀に於いては、この身体能力を『志体』と呼ぶ。 志体持ちの一部は持って生まれた力を用いて人々の為に働くのを生業とした。彼らは開拓者と呼ばれ、開拓者に仕事を斡旋する組織を開拓者ギルドと呼んだ。 この報告書は、開拓者達がギルドで請けた仕事の途中で解決した、ささやかな出来事の記録である。 ●手乗りもふらの泉 今回の仕事は、魔の森により隔絶してしまった村への物資輸送だった。 天儀内に年々増え続ける魔の森は瘴気が濃い危険な場所だ。瘴気は生物の健康を害し、アヤカシを生む。人々の生活を脅かす魔の森の焼き討ちを、天儀朝廷や地方豪族が度々行っているものの、暫くすると復活してしまって根本的な解決には至っていない。 開拓者達が向かった砧村も、最近また復活し始めた魔の森が近くにある村なのだった。 「「おきゃくさん、きたよー!」」 「かいたくしゃだよー!!」 久々に現れた村の外からの訪問者達を逸早く見つけた子供達が大人達を呼んでいる。 遅れて出てきた長老が、すみませんなと苦笑した。 「いやはや、騒がしゅうて申し訳ない。最近は旅のお人も来られなくなりましたものでな、珍しくて仕方ないのですじゃ」 さもありなんと開拓者達も微笑で流して、小さい頃こんな風に来訪者を珍しがったものですなどと雑談を交わす。 自給自足で成り立っている村ではあったが、外界と遮断された今の状況はさすがに不便で心細いもの。街から運んできた荷や手紙などを手渡してゆくと、殊に街へ出ている家族からの手紙は大層喜ばれた。 大人達の腰から下辺りで子供達がじゃれている。 懐こい無邪気な子達だ。興味津々、目を輝かせて開拓者の袖を引っ張る。 「ねえねえ、開拓者さん」 名前が判らないから皆まとめて『開拓者さん』だ。 なあにと、開拓者の一人が返事してやると、途端に子供達の質問責めに遭ってしまった。 「魔の森、どんななの?」 「魔の森に、もふらさま、いた?」 「ちっこいの!」 ――もふらさま? 開拓者達が首を傾げたのも無理はない。 もふらさまは精霊力が凝固して生まれると言われている、神の御使いとも称される生物だ。性格は怠惰で食いしん坊、ふてぶてしい個体が多いが基本的に憎めない奴で、農村部では牛代わりに力仕事を課せられる事も多い、比較的大型の生物だ。 「これ、お前達、開拓者さん達が困っておられよう」 長老が追い払ってしまったので話は途中で終わってしまったが、もふらさまは瘴気とは対極に位置する精霊側の生物であり、魔の森にいる訳がない――そう説明できていれば、この事件は起こらなかったかもしれない。 街へ戻る前に長老宅で開拓者達が休憩していると、半べそかいた小さい子を連れた村人がやって来た。 「あんちゃんたちが、てのりもふらを、みにいっちゃった!」 きっと年長の子達に仲間外れにされたのだろう。お前は小さいから駄目、なんて仲間外れはよくある話。 しかし、手乗りもふらとは一体何だろう。 開拓者達が首を傾げていると、子供の親が補足して漸く話が見えてきた。 「子供達が魔の森に入ってったんだ!」 「魔の森へじゃと!?」 曰く、子供達の間に『手乗りもふら』を森で見たという噂があったらしい。 小さい子に拠ると、手乗りもふらとは言葉通り掌に載るくらいの大きさのもふらさまで、村で飼っているのとは違う野良もふらさま。 その極小もふらさまが森の泉――今は瘴気が復活して魔の森となっている――で光っているのが村から見えたのだそうだ。 「あんちゃんたち、もりにいく、って‥‥」 開拓者が通過したのだから自分達も、という事らしいが子供達には志体はない。大の大人でさえ通り抜けるのを躊躇う魔の森に、子供三人だけで向かったと聞き出して、慌てて親が相談に訪れたという訳だった。 「森の泉? 馬鹿者らが! あの辺りも魔の森になっておろうが!」 「長老さん、森の泉は村からどの辺りですか?」 激昂する長老に、開拓者の一人が尋ねた。魔の森出口付近、村からごく近い辺りと聞いて記憶を辿る。 「あの辺に、アヤカシがいなかった? 小さくて光ってるアヤカシ」 「「鬼火か!!」」 「ウィルオウィスプ!?」 仲間達が挙げた名は土地により名が違う同じアヤカシのもの。人の頭くらいの大きさで光っているアヤカシだ。 開拓者達は急いで仕度を整えると、子供達を保護するべく魔の森へと入って行った。 (執筆担当:周利 芽乃香) |
■参加者一覧
月詠・月夜(ib3359)
16歳・女・泰
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
狂々=テュルフィング(ib7025)
16歳・女・騎
翼雌 驟雨(ib7490)
19歳・男・弓
人形 腐乱(ib7811)
20歳・女・陰
大曽根香流(ib7894)
16歳・女・泰
ステラ・七星・G(ib7895)
10歳・女・泰
ゆい(ib7916)
16歳・女・泰
伊吹童子(ib7945)
17歳・男・シ
わがし(ib8020)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●小さな冒険者を探して 生命を脅かす魔のモノ、瘴気。 生きとし生けるものにとって害でしかないこの物質が満ちる魔の森へ、年端も行かぬ子供三名が入って行ったと言う。 大人ですら躊躇う魔の森へ――志体を持つ開拓者達は急ぎ救出に向かった。 森の中―― 「悪い子はいねがー!」 何処ぞの土地に伝わる鬼を思わせるおどろおどろしさで、人形 腐乱(ib7811)が声を上げた。姿といい呼び声といい、魔の森でいきなり出逢ったなら人型アヤカシと間違えかねないが、れっきとした開拓者の陰陽師だ。 まあ確かに悪い子ですよねと、狂々=テュルフィング(ib7025)が嘆息した。 「はぁ‥‥ 守られる側のクセに魔の森に入るなんて、身の程を弁えない子達でっすねー‥‥‥‥」 子供達の冒険心に志体の有無は関係ないのだろうけれど、それにしても無謀過ぎる。見つけたらきっちりケジメを付けさせてやるのですと気合いを入れて、狂々は声を張り上げた。 「やんちゃ坊主達、出てきやがれですー!!」 最悪の事態は考えたくないがと懸念しつつ、羽紫 稚空(ib6914)は意識を集中した。 「どうですか」 わがし(ib8020)に尋ねられ、無言で首を振った。 普通の森であれば生物反応も判別し易かろうが、瘴気が満ちた魔の森では、森全体が生物反応の対象となり得る。思うように探査できない事に舌打ちする稚空に、伊吹童子(ib7945)が力強く言った。 「子どもたちが泉に向かってるのは判ってんだ。心配すんな! アヤカシを見つけた時はその時、真っ直ぐ行こうぜ!」 そう、皆この道を通って砧村へ到着したのだ。子供達が泉に向かったとすれば、直行するのが合流の近道と言えた。 「そうですね、暗くなってからは大変です。夕方までに戻りましょう」 月詠・月夜(ib3359)は木々の間から僅かに見える空を見上げた。欝蒼とした森だ。まして魔の森、夜ともなれば更に負の意識を集めた瘴気が濃くなっても可笑しくはない。 ああと頷いて、稚空は子供達が見に行ったという噂の生物に思いを馳せた。 (手乗りもふらね‥‥) 通常、もふらさまはどんなに小さくても手に乗る大きさではない。まして魔の森は精霊力と対極にある力が満ちる場所だ。もふらさまが好んで棲息するような場所ではなかった。 (チビ助、元気かな‥‥) この場にいない自身のもふらを思い出し、ふるると頭を振った。 考え事をするよりも、意識を集中しなくては。 森へ入る前に、開拓者達は長老達から情報を集め、手短に仕度を整えていた。 「っと。子の特徴とお名前、貰えますでしょうか」 急がば回れ。荷の中から薬草を取り出し、すぐにでも使えるように磨り潰しながら、わがしが子の親に尋ねた。 「太郎、弥助、花。三人とも六つ七つの子供達だ」 男の子が二人と女の子が一人らしい。まったくあいつらはと怒り始めた親を宥めて、わがしは穏やかに言い添える。 「心配を掛けるのは褒められた事ではありませんが、子の好奇心は良い事、ですよ」 連れ戻しますからご安心をと言う彼の隣で、ゆい(ib7916)が力強く請合った。 「大丈夫、必ず無事に戻りますから」 街からの荷や文を運んで来て、家族の絆を再確認したばかりのゆいだ。目の前の親が怒っているのも心配が過ぎての事、それが判るから、ゆいは惑う。 (あの厳格な父も、この人のように心配していたりするのでしょうか) 家を捨て、開拓者への道を選んだ事に悔いはなかったが、残して来た父を思えば心が揺れた。 (‥‥いえ、今は子供達を無事連れ戻す事だけを考えましょう) 惑いは隙を生む。目の前の問題に、しっかりと立ち向かわなければ。ゆいは丹田に気を溜めて――そそくさ厠へ駆け込んだ。 一方、手乗りもふらの正体を考察する開拓者達もいる。 「‥‥ちっこいの‥‥手乗り‥‥」 ステラ・七星・G(ib7895)が言葉少なく呟いた。どことなくわくわくして見える。 (‥‥ステラも‥‥見たい) 本当に居たら良いのに手乗りもふら。 「おそらく、例のウィルオウィスプを手乗りもふらさまだと勘違いしているのでしょうね‥‥子供達は」 やれやれと肩を竦める大曽根香流(ib7894)。何しろ場所が場所だ。 ウィルオウィスプは皆が往路で見かけたアヤカシではあったが、中でも狂々が実戦経験があるとの事で、注意点などを尋ねる者もいる。 「遠距離攻撃可能の奴もいるのか‥‥」 開拓者にはかすり傷程度にしかならないウィルオウィスプの攻撃も、志体を持たぬ子供には危険な一撃ともなろう。翼雌 驟雨(ib7490)は子供の安全を最優先に動こうと考えた。 必ず生きて村に連れ帰る。十名は心に刻んで森に向かったのだった。 ●手乗りもふらの正体は 一方、子供達は一路森の泉へと歩いていた――のだが。 樹の根っこに足を取られて派手に転んだ女の子が、ぐずって座り込んでいた。 「あたしもうあるけない‥‥」 「なに言ってんだよ、もう少しだろ!」 気の強そうな男の子が語気を荒らげて、一人さっさと行こうとするのを、もうひとりが必死に止めている。 「たろ待ってよぅ。花も、もうすこしがんばろ? ね?」 「うぅ、やすっちゃぁん‥‥」 険悪な二人をとりなそうと懸命な弥助に、花はすがるようにしがみつき、太郎は仕方ないなと休憩を許した。 しかし此処は魔の森、瘴気が満ちる場所である。子供達の身体は、少しずつ瘴気に蝕まれていたのだった。 「たろちゃん、あたしつかれたよぅ」 「ぼくもつかれた‥‥」 「みんなおんなじだな、おれも‥‥森の泉そんなに遠かったっけ‥‥?」 「「たろちゃん!?」」 一番の元気者が樹の幹に寄りかかってぐったりしているのに気付いて、子供達は慌ててその名を呼んだ。太郎は僅かに唇を動かす程度で、酷く気だるそうにしている。 「「どうしよう‥‥」」 おろおろと、二人が辺りを見渡した、その時。 『悪い子はいねがー!』 『やんちゃ坊主達、出てきやがれですー!!』 自分達を探しに来た開拓者達の声に気付いたのだった。 ぐすぐす泣きながらごめんなさいを繰り返す子供達を、ゆいは無事で良かったとぎゅっと抱き締めた。ゆいの背越しに、わがしが穏やかに声を掛ける。 「ここにいましたか。子供にしては勇敢。ですが皆に心配を掛けてはいけません」 穏やかな声に、子供達は落ち着いたようだった。 泣かさないよう言葉を選びつつ、けれど言うべき事はと驟雨は諭すようにお説教。 「こんな危険な所に勝手に来て‥‥親や村の皆がどれだけ心配したと思う? 「「ごめんなさい‥‥」」 「‥‥だからな、きちんと今回の事に反省して、ちゃんとみんなに謝るんだぞ。そしたらみんなも許してくれるさ」 「「ほんとう?」」 一縷の望みを託して見上げた視線達を安心させるよう、しっかりと頷く。狂々は子達の目線に合わせてしゃがむと、ちょっぴりお姉さん振って言った。 「許してもらえるまで謝るのです。許してもらえなかったら、俺様も一緒に謝ってやりますからっ」 うん、と頷いた弥助と花。 「それで、見つかったのか? その手乗りもふら」 ほんとに居んのかよと続けた稚空の言葉に、花は当初の目的を思い出したようだ。 「いるもん! ほわーって、ひかってたもん!!」 「これは納得させた方が良さそうだな‥‥」 伊吹童子は独りごち、一番疲労の激しい太郎の様子を伺った。ぐったりしている太郎の様子は月夜が診ている。怪我はない、瘴気に中てられたようだ。 「怪我はありませんが、このままでは拙いですね‥‥ですが」 「‥‥ん‥‥ステラも‥‥見て‥‥みたい」 ぽつりぽつりと意思表示するステラ。彼女自身の好奇心もあったのだろうけれど、それは場に居る全員の気持ちでもあった。 頑張ってここまで到達していた子供達の気持ちを無碍にするのも、開拓者達には憚られて――だから彼らは、あと少しだけ子供達に付き合う事にしたのだ。 せめて少しでも体力の消耗を減らせればと、子達三人は抱えて移動する事になった。 「OK! 仲良く手乗りもふらさま探そうぜ!」 見た目の奇抜さよりもノリの良さ。腐乱はすっかり子供達に懐かれている。負われた弥助が、腐乱が頭部に付けている二本の蝋燭を弄ろうとして明るく突っ込まれている。 「弄んな、呪うぞっ☆」 「乗ろ‥‥ぅ?」 恨み辛みの世界は、弥助にはまだ縁遠いようだ。 「おねーちゃん、やわらかい‥‥」 香流に抱っこされて、太郎はすっかり和んでいる。まあぐったりされるよりかは良いだろう。 だが香流の予想が正しければ、この先で遭遇するのはアヤカシだ。万一の際は身を挺してでも守りきる覚悟をしている香流である。 月夜に負われた花は、もふらさまの話。最近得たという朋友のもふらさまに興味津々だ。 「とてももふもふなので、もふえもんと名付けました」 「すごいね、もふもふなんだね。いいなー」 村にももふらさまはいるが、農耕用に使役されている村の共有物だ。 自分達だけのもふらさまが欲しい――今回の事の発端は、そんな些細な願いにあったのかもしれない。 ほどなく森の泉があった場所へと到着した。 「ここ、ほんとに森の泉‥‥なの?」 花が呟いたのも無理はない。 美味し清水を湛えていた泉は濁り瘴気を発して、とても飲用できそうな状態には見えなかった。 水面を陽炎のように立ち上る瘴気、そこに混じる光の玉はふわふわと浮いており――どう見ても、あの毛生物には見えなかったのだ。 「‥‥ちっこいの‥‥もふらさま‥‥じゃ‥‥ない」 呟いたステラの声が明らかに落胆していた。 納得したか? と伊吹童子。 「刺激すんなよ? あいつら、火炎を発射してくるかもしんねえかんな?」 もふらさまだと思っていたものが、火を放つアヤカシだった――子供達は神妙に頷いた。 納得して貰えた所で長居する必要もない。 魔の森を通過するだけなら充分な人数だったが、今は手負いの子供連れだ。不用意に戦いを仕掛けるには分が悪い、大事に至らない内に村へ戻る事になった。 驟雨と稚空を殿に、一同は村への帰還を始めた。帰路こそ警戒を怠ってはならない。先導には伊吹童子とわがしが、周辺警戒はステラと狂々、ゆい。 「‥‥戻る時こそ‥‥気を抜いては‥‥だめ」 「く‥‥っ、急がねばなりません。大切なものを守る為に」 ゆいが殊更一生懸命で焦りを見せていたのは、緊張のあまり丹田に気を溜めすぎた弊害なのだが――それはそれで。 ●ただいま 砧村に戻ると、村人総出で待っていてくれた。 「太郎! この馬鹿もんが!!」 「お花、心配したんだからね!」 「弥助、何でこんな事を‥‥」 「「「ごめんなさーい!!!」」」 それぞれの親に迎えられ叱りつけられて、子供達はわんわん泣いて謝った。 誰も憎くて叱るのではない、心配するから叱り付けるのだ。 充分に反省している様子の子供達を、大人達はそれ以上追い詰めたりはしなかった。 「良きかなです。言葉だけで許してもらえるのは、子供だけの特権なのでーすからっ」 親子愛は自身とは無縁だったけれど、その温かさは解らなくはない。狂々はうんうんと頷いて親子の再会を喜び合っている。 「さあ、無事に戻ったことですし御飯にしましょう」 料理上手の香流が、にっこり笑って言った。 子供達が落ち着いた頃、ゆいは子達に言った。 「心配して貰えるという事は、有難い事なのです。それだけあなたがたの事を想ってくれているという事なのですから」 言葉に乗せ、自身の境遇に思いを馳せる。 己の生き方を貫く為に、家を出た。だが、残された家族は、父は今頃どうしているだろう。 「帰ってきたら、ただいま。そう言える子と言うのは良いものです」 安らぎを覚えるわがしの声に、急に芽生える里心。 (手紙、私も書いてみましょうか‥‥大丈夫、必ず無事に戻ります‥‥ううん。戻るつもりはありませんが、必ず無事でいます) だから心配だけはしないでと、消息を伝える文だけでも送っておこうか――神楽に戻った後にでも。 その日、開拓者達は砧村に一晩泊めて貰い、充分な休養を得て神楽へと帰還した。 彼らが請けた仕事は物資配達だったけれど。子供達の捜索保護は突然降って沸いた小さな事件でしかなかったけれど。 「さて、帰りますか‥‥ 本来は別途料金、と言った所でしょうが。お子の笑顔が料金、と言うのも悪くありません」 わがしの言葉が帰路に着く皆の心に心地良く、足取り軽く戻って行ったのだった。 |