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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 最強――その称号は、開拓者たちにとってひとつの目標である。 この世界において最も強くあることを夢見て、多くの戦士らが己を磨いてきた。 ある者は山に篭って一生を終え、ある者はありとあらゆる術を修め、またある者は鋼鉄の肉体を築き上げて汗の蒸気を上げた。 強さを求める理由は様々であったろう。 その強さによって何を為すのか、今はあえて問うまい。 その称号にふさわしき者を決める為、熾烈な戦いが、今まさに始まろうとしていた。 「どのような催しものがあるのか?」 大祭を訪れていた貴族が、付き人に問う。 「こちらに予定が組まれてございます」 付き人が貴族へと差し出したのは大祭総覧と題された、お祭りの式辞予定や催しものの一覧である。 出店の区画割りなどが記された項をめくると、神楽の都各地でのパフォーマンスの予定などに混じって、一際目を引く一文が記されていた。 天儀一武道会個人の部。 「ほう……?」 そこに記されているものによれば、各国毎の貢献度などを競っていたいわゆる団体競技とはまた別で、個人での強さを競う部である。出場条件は開拓者であれば何者であろうとも不問で、出身別の制限なども特に予定されていないと言う。 予選は既に終えられており、出場者は数十名に絞られていた。 「これは是非とも観戦せねばなるまい」 会場に席を確保しておくよう付き人に命じ、彼は会場へと急いだ。 「……ふむ、そういえばそんな催しものもあったな」 と、茶店より様子を伺っていたのはお忍び中の武帝そのひと。 こっそり護衛中の開拓者らともども、彼らも試合会場へと……試合を一目見ようと、大勢の人々が会場へと足を向けていた。 試合会場へ脚を運ぶと、一辺が約百メートルの土俵に似た試合会場の周囲には、観戦者の為の席がずらりと並べられていた。 「皆さま、本日は開拓者ギルド主催、天儀一武道会個人の部へとよくぞお越しくださいました!」 会場のざわめきの中、翠嵐が宝珠拡声器を手に声を張り上げる。 「本日の司会進行は私翠嵐がお送りし、沙羅さんともふらさまち〜むにサポートをしていただきます。また、解説には大伴定家さまにお越しいただきました。往年の戦さ人としての経験を活かしてよろしくお願いします」 「近年は戦術の発展も著しいこと。わしからしてどれほどのことが判断できるやら解らぬがの、みなよろしく頼むぞ」 大伴が笑い、小さく頭を下げる。 「まずは簡単に、当大会の試合形式について説明させていただきます」 後ろの会場に開拓者が二名立ち、それぞれに武器を手に挨拶した。 「試合会場はこちらとなります。試合は一対一、小細工なし!」 一試合はおよそ一分程度。 ノックアウトによる完全決着がついた場合、もしくはいずれかが敗北を認めた場合、そして最後に、審判によって勝敗が決したと判断された場合はその時点で終了。そうでなければ、試合終了時点で審判による判定で勝敗を決するものとされている。 「武器などにつきましては、こちらを用います」 と彼女が手にしたのは、ギルドが準備した修練用の武器の数々。 開拓者のような志体を持つ者同士が激しい修練を積む為に作られた品の数々で、強力な技や術の発動にも耐えうる優れものだ。 「とはいえ――」 背後を指し示すと背後の二名が並び、一人がもう一人をがつんと打ち据えて、打たれたほうは涙目で手をさすっている。 「ご覧のとおり、当ればかな〜り痛いです。はい」 最後に優勝者の決定について、と彼女は組み合わせ表を指し示した。 「試合は勝ち点に応じて勝敗を競っていただきます」 水着姿のからくりの少女が抽選の例を示した板を掲げる。 参加者の数が多いことから、試合形式は勝ち抜きではなく、勝ち点加算によって勝敗を競う形式だ。勝ちは二点で、引分けは一点。試合毎に点数の近い者同士で組み合わせ抽選を繰り返し、規定の試合数を終えた時点で最も勝ち点の多い者が優勝となる。 単純な勝ち抜きでは組み合わせ次第の運の要素が大き過ぎる、ということらしい。 「試合回数は全部で五回を予定しています」 全勝中の者に追いつける可能性がほぼ無くなる二敗を喫した時点で負け抜けと同じ、くらいに考えれば良いようだ。 「最後に……優勝賞品はこちら!」 背後から、開拓者二人と入れ替わりに毛布衛門に腰掛けた沙羅が顕れる。 「優勝者にはこちらの勲章に優勝トロフィー、そして万屋商店さまの提供でお送りする超重量ダンベルと天儀全国一周旅行ペアご招待券となります」 「もっふう!」 毛布衛門が人智を超えた巨大ダンベルと沙羅を持ち上げ、沙羅は賞品の記されたボードを高く掲げる。 「ご覧の重量、大迫力! このダンベルを掲げればそんなあなたの強さに誰でもめろめろま違いなし。そこへこの旅行券を差し出せば一発でものにできるに違いありません! さあッ! 世界最強の称号を手に入れる者は誰か! 天儀一武道会個人の部、いよいよ本選開始です!」 鳴り響くは大銅鑼の音。 観客席から歓声が上がった。 |
■参加者一覧 / 檄征 令琳(ia0043) / 柊沢 霞澄(ia0067) / 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 龍牙・流陰(ia0556) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 葛切 カズラ(ia0725) / 阿弥香(ia0851) / 秋霜夜(ia0979) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 胡蝶(ia1199) / 紬 柳斎(ia1231) / 鬼灯 仄(ia1257) / 九法 慧介(ia2194) / 水月(ia2566) / 平野 譲治(ia5226) / 珠々(ia5322) / 叢雲・暁(ia5363) / からす(ia6525) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 浄炎(ib0347) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 蓮 神音(ib2662) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 劉 星晶(ib3478) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / クシャスラ(ib5672) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / Kyrie(ib5916) / 笹倉 靖(ib6125) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / アムルタート(ib6632) / アルバルク(ib6635) / 霧雁(ib6739) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108) / 雁久良 霧依(ib9706) / 星芒(ib9755) / サエ サフラワーユ(ib9923) / サライ・バトゥール(ic1447) / ノエミ・フィオレラ(ic1463) / にわとり(ic1675) |
■リプレイ本文 ●戦日和 空のからりと晴れ渡ったある日。 会場には大勢の開拓者たちが最強の称号を賭けて集っていた。腕に覚えのある開拓者が数多く詰めかけ、観客席には開拓者らの優れた技を一目見んと人だかりができている。 赤いレオタード姿の蓮神音(ib2662)が試合会場へと上がる。 『それでは、改めてルールを説明いたしましょう!』 宝珠付きのメガホンから流れるアナウンスの声。それに合わせて会場の四方を見回す神音が手を振る。頭上にはウサ耳、お尻には尻尾をふりふりと揺らしながら、彼女はアナウンスの説明に合わせてボードを差し替えた。 試合は、勝敗に従って勝ち点を加算する方式で行われる。 勝てば二点、引分けは両者に一点という単純なもので、試合を繰り返すごとに勝ち点の近い者同士で戦いを繰り返していくのだ。一度でも負ければ敗退するシングルトーナメントと違い、一度くらいの負けならば上位に食い込める可能性が十分に残るルールである。 戦いは全部で五回戦を予定しているが、二度負けた時点で上位入賞についても事実上不可能となる。 『それでは、さっそく第一回戦を始めましょう! 残る参加者の方々は控え室へとお移りくださいませ!』 ●第一回戦 第一回戦は、公平を期すために抽選だ。その第一回戦の組み合わせが早々に決まり、各所で試合が始まった。 「ふふふ、運が悪かったですね。私が編み出した、3体の合体式神で‥‥」 檄征 令琳(ia0043)が長々と前口上を述べている。が、その間に懐に入られた彼は、気が付いたら目の前に相手がいた。 「え、あ、ちょと待って、まだ心の準備がああああああ」 うっきゃああああっと場外へ弾き飛ばされる彼。 風世花団No.2の実力を皆に披露するのは、残念ながらお預けとなった。 そんな第一回戦の中、无(ib1198)と秋霜夜(ia0979)の二人の戦いは特に激しいものだった。 「いきますよ、ご覚悟!」 霜夜が足場に力を込める。一息に地を蹴り、无目掛けて駆け出した。 対する无は、じりと後ずさりながらゆっくり印を結ぶ。出現する瘴気の渦が、ゆらりと人型を作りながら、无の身体へと一体化していく。 これを『十六夜』と云った。一体化した式は時に身体を離れて強力な一撃を放つ。そこへ白面式鬼を使役することで攻撃の手数を増やす。長期戦を視野にいれたそれが无の戦術であった。 (白面式鬼を‥‥っ!?) 霜夜の動きを伺っていた无が、慌てて印を結ぶ手を返した。 視界の中で霜夜が消えたのだ。 「はッ!」 横に飛びのき、距離を詰めての疾風脚――霜夜の身体が彼の懐に飛び込まんとしたまさにその時、无の返された印、詠唱が間に合った。 土煙を上げて顕れたのは結界呪符「白」。それは无の足元より顕れ、彼の身体を空へと押し上げていた。 (上!?) 奇襲的なその機動を前に、霜夜は一瞬、迷った。 上空目掛けて飛び上がる霜夜。だが、ただちに反撃に移ればあるいは直撃できたかもしれない蹴りは无の肩を掠め空を切り、振り向いた彼女の眼前には式の拳が控えていた。 式の拳が首を捉え、彼女を叩き伏せる。 (まだだ、いけるか‥‥?) その一撃を活かすべく、更なる追撃を見せる无。 霜夜は最後まで戦闘を持続したものの、結局は先の一撃が決定打となった。幾つかの有効打を出したものの決め手とはならず、長期戦を構えた无が序盤の有利を維持し、逃げ切ったのだ。 礫が乱舞する。 霧雁(ib6739)の放つ礫が、クシャスラ(ib5672)の掲げる盾をかいくぐるようにして迫る。 「くっ!」 おそらくはスキル「夜」か。姿が消えては、防御の隙を的確に突く礫が次から次へと放たれ、前進するクシャスラの体力を消耗させていた。 (このままでは一方的にやられる) 怯む気持ちが、脳裏に後退して体勢を立て直す選択肢をちらつかせる。 (何をしている。しっかりしなさいクシャスラ‥‥!) そんな考えを振り切るようにして、自らを叱咤激励する。この実力を試す為に挑んだこの大会で、自分は今、一方的な防戦を強いられている。それは事実だ。だが、クシャスラにとっての霧雁は、実力以前に相性が最悪だった。 彼が扱う散華は防御の死角を突く。盾によって攻撃を弾くことを基本戦術とする彼女にとっては、基本戦術のひとつを封じられているに等しい。後退したところで次の手などないのだ。 「ならば!」 剣を掲げる彼女の身体をオーラの光が包む。 霧雁が飛ぶ。姿が消え、その直後別の空間より礫が放たれる。 「加減はせぬでござる」 放たれる礫の嵐。その最中を、クシャスラの細い身体が駆け抜けた。 「はあああっ!」 応えはひとつ。正面突破だ。オーラドライブを発動すると共に駆け出した彼女は、礫の攻撃が身を打つことも構わず霧雁目掛けて肉薄した。スタッキングによる超密着状態が彼の礫を封じる。 振り下ろされる刃をかわし後退する霧雁を、シールドの角が殴りつけた。 「むっ!?」 「逃しません」 組み付くようにして強引に密着状態を維持するクシャスラ。霧雁の戦術は同じ攻撃を繰り返す形だった。あるいはその隙を突かれたのかもしれない。彼女は続けざまに剣を突きいれ、その一撃に霧雁が肩を弾かれる。 だが‥‥ 「それまで!」 審判が腕を振り下ろす。 ゆっくりと、クシャスラが剣を下げた。いわば霧雁の隙を突く形にはなったものの、クシャスラの一撃には踏み込みが足りなかった。対する霧雁が抜いたナイフが狙っていたのは、クシャスラの目そのものである。 盾や剣による防御を掻い潜っていたナイフは、実戦であれば視界を切り裂いていただろう。 「‥‥ありがとうございます。勉強になりました」 「拙者もそう負けるつもりはないでござる故な」 クシャスラが小さくお辞儀をし、霧雁も頷く。 後に霧雁は第三回戦まで進み、クシャスラは第二回戦では引き分けという結果を残して大会を終えた。 素早く接近する天河 ふしぎ(ia1037)の視界を、結界呪符「黒」が塞いだ。 「このくらい!」 進路を妨害されて大きく迂回するふしぎ。平野 譲治(ia5226)は書物型の陰陽武器を手に、続けて印を結ぶ。 「まだまだなりっ」 「残念だけど見切ったよ!」 餓縁で封じることはできずとも、別の手でその意図を挫くことはできる。ふしぎは早駆によって瞬時に加速し、譲治の側面へと回りこんだ。 続けざまに打ち込まれる霊青打の一撃を、飛びのくようにしてかわす譲治。巴による素早い動きはふしぎの間合いを狂わせ、空振りの間隙めがけて拳が突き入れられる。 「こんなくらいで!」 「にははっ」 黒い渦が譲治の拳を包んだ。 「これはおいらの取っておきなりよっ!」 (間合いが‥‥違う!?) 間一髪でこれを避けるふしぎは、鼻先をかすめる拳にはっとして飛びのく。 「ならっ」 懐から放たれる針。 「距離を味方に強襲を仕掛ける。これが空賊の戦い方だ!」 「なんとっ!?」 結界呪符「黒」を三度展開する譲治。だが、一度間合いを読んでからのふしぎの戦いは、譲治の動きを完全に抑え込んでいた。状況に柔軟に対応することで、相手が苦手とする間合いを奪うこと。それこそがふしぎの本領であった。 試合の判定はふしぎの勝利。持久戦を組んでいた譲治であったが、勝ちを掴む為に必要な有効打を与えることができなかったのだ。 ●第二回戦 第一回戦はまだ完全な抽選でもあり、一部の激戦を別とすれば、実力的に大きく開いた戦いもあれば、一方的な決着も見られた。何より参加者たちにも余裕があり、まずは身体慣らし、といったところだろう。 「第二回戦、ということですけど、ここからは組み合わせが変わるのですね」 「そうじゃな」 解説席で大伴が頷く。 第二回戦からは勝ち点を基準に可能な限り近い者同士が戦うこととなる。大きく別ければ勝利を収めた二点同士をはじめ、一点同士、零点同士といったところだ。この第二回戦を終えた時点で一点しか獲得できていない場合、上位入賞に食い込むことはまず不可能となる。 リィムナの一撃に文字通り瞬殺されたにわとり(ic1675)が、試合会場から担架で運ばれてくる。にわとりのコスプレをした少年はにわとりらしい鳴き声を挙げる間もなく一撃で会場を後にさせられていた。 「コ、コケ……」 「あら〜、リィムナちゃんにやられたのね♪」 と、控え室で出迎えたのは雁久良霧依(ib9706)である。 彼女自身もあちこち煤汚れているのみならず、帯電しているかその長髪がふわふわと浮いている。彼女はというと、対戦相手をがっしり捕まえた上でアークブラストを唱えたのであるが……やはりというか見事に自分まで巻き込まれてしまったのだ。 「第一回戦はこれで全部だったかしら?」 「そうですね……予定試合数は一通り終わった筈ですから」 Kyrie(ic1447)が答える。 「第二回戦でリィムナちゃんとあたらないかしら♪」 「少なくとも、次の第二試合では組み合わされませんね」 少女と見間違う小さな顔を揺らし、Kyrieが答える。 どうしてだっけ、と問い返す彼女に、Kyrieはぱんふれっとを取り出して指差した。 「リィムナ隊長は一回戦でにわとりさんに勝ちました。雁久良さんも残念ながら一回戦は敗北されてますので……」 リィムナは勝ち点が二点、雁久良は一点。そうなると前述のように、第一回戦で勝ち点二点を挙げているKyrieとは対戦が組まれる可能性はあるが、二回戦でリィムナが負けて雁久良が勝つという展開にならないと対戦機会は無い、ということになる。 「あぁ、なるほどねえ。それはちょっぴり残念だわ♪」 雁久良は、豊満な胸を揺らしながら肩をすくめた。 劉 星晶(ib3478)の放つ礫が、アムルタート(ib6632)のおでこを叩く。 「いったーい!」 試合開始と共に額をがつんと打った痛みに、彼女は思わず声を上げた。 「はっ」 大きく距離を取る劉。はっと気付くと、アムルタートの眼前に礫が迫っていた。一般観客からはどよめきが上がり、その一方、観客席で煙管をふかしていた成田光紀(ib1846)は、放たれる礫の軌道にほうと煙を吐いた。 「なにこれ!?」 自らも慌てて飛びのくアムルタートだが、飛び交う礫の一筋が頬を掠めたとき、彼女ははたと気付いた。 「こっちこっちー♪」 アムルタートの姿がゆらめく。ヴァ・ル・ラ・ヴァのもたらす存在の揺らぎに、劉の放つ礫はその姿を捉えることができない。 「読まれましたか‥‥」 手元の見えぬその攻撃は『影縫』によるものであった。 手数こそ食うが、影縫による攻撃は、その動きを見切れねば攻撃のタイミングを掴めぬ暗殺術である。一方その動きさえ見切れれば特筆すべき付与効果がある訳ではなかった。アムルタートはヴァ・ル・ラ・ヴァによって礫をかわしならが、猫のように飛び上がって劉との距離を詰めた。 瞬間、意識が途切れる。 サルヴァ・ノス。己が野生の命ずるまま、ジャンビーヤの一撃は劉を仕留める‥‥筈であった。 「!?」 次の瞬間、大きく弾き飛ばされていたのはアムルタートの側であった。 「はあっ!」 劉の発する黒い気がアムルタートの胸を打ち、激しい風を巻き起こす。 (捉えられな‥‥あ!) しまった。心の中で舌を出す。サルヴァ・ノスは元々、相手の殺意を捕らえて切り込む技である。が、これは殺し合いの試合ではない。全くの無意味というものではないが、技の切れがいまいちだったのはそのせいかもしれない。 (危ないところだったけど) 息を整える劉。実のところ、彼とて八極天陣による構えがなければ、これを確実にかわすことはできなかった。峻裏武玄江によるカウンターの一撃まで繋ぐことも難しかっただろう。 「試合終了、それまで!」 それでも、試合は辛うじて引き分けだった。終盤に劉が叩き込んだカウンターであるが、あと一撃が足りなかった。礫であれ何であれ、もう一度何かで有効打を与えることができていれば、判定は彼を勝者としただろう。 後には劉もアムルタートも第四戦まで進むが、アムルタートはそこでふしぎと引き分け、結果として両者共に上位争いは他者に譲ることとなる。劉は第四回でリィムナに一敗を喫したが、やはりここでの引き分けが響き、点数が伸び悩むこととなった。 先に動いたのはフランヴェル・ギーベリ(ib5897)だった。 が―― 「はっ!」 彼女が選んだ手は、サムライならではの近接攻撃ではなく、針釘による距離を取っての投擲攻撃であった。 対する選手は小柄なノエミ・フィオレラ(ic1463)だ。彼女は大きく飛びのいて針釘を避けつつ、得物を構えなおした。近接戦闘を主眼に置くことを容易に見てとれるならば、投擲攻撃を加えて相手から近付くのを待つ、それがフランヴェルの戦術であるが、彼女の様子を見ればこの投擲攻撃が主たる攻撃手段ではないこともまた解る。 それでも、刀代わりの竹刀だけで臨むノエミは不利を承知で距離を詰めるより他ない。 二度目の針釘を数発、肩に受けながらも前進する。 だがそうまでして距離を詰めた彼女を見舞ったのは、フランヴェルの柳生無明剣による反撃だった。 刀の切先が揺らめいたかと思うと、反応し切れなかった彼女の竹刀を掻い潜ってその腕をしたたかに打ち付ける。 (反応しきれない……っ!) 鈍い音に竹刀を弾き飛ばされ、後ずさるノエミ。 慌てて呼びの竹刀を引き抜く彼女であるが、一方で一部観客は試合展開など全く目に入っていないようで。 「というかこの衣装はやっぱり間違ってた気が……」 「集中しなくてどうするんだい?」 「あっ」 はっと気付いた時には、フランヴェルの刀がノエミの身体をすれ違いざまに切り弾いていた。大きく舞うノエミの身体。と同時に、審判が試合の決着を告げていた。 「‥‥え、靖!?」 対戦組み合わせの発表に、ケイウス=アルカーム(ib7387)は目を丸くした。対する笹倉靖(ib6125)はにやりと笑い、顎を持ち上げ、会場を指し示す。 「手加減しねぇから、手加減すんなよ!」 強気な靖の笑みに息を呑むケイウスだが、彼は琴の柄をぎゅっと握り締めると、怯む心を振り払うようにして頷いた。 「ああ‥‥絶対、負けないからな!」 「おうケイウス、気合いれろよ」 観客席から声を上げるかつての隊長アルバルク(ib6635)に手を振って、ケイウスは会場へと乗り込んだ。 結論から言えば、試合は引き分けだった。 「ぜーはー‥‥」 肩で息をし、膝に手を突くケイウス。 「息上がってんじゃねぇか」 「は、はは。俺だって‥‥少しは強くなっただろ‥‥?」 「どうだかな」 ふんと手を振る靖。戦いは、お互い見知った者同士、手札の読み合いとなった。 先手を取ったケイウスの重力の爆音による攻撃はそれほどの効果はなく、それよりも有効だったのは、共鳴の力場で攻撃を弾いたり、暈影反響奏によるカウンターであった。 が、これは靖にとっても織り込み済みであった。彼は積極的に反撃を誘発することで練力の枯渇を誘ったのだ。 とはいえ、想像以上に手痛い反撃に回復行動がかさむうち、ケイウスの練力が枯渇したころには試合時間は既に残り僅かとなっていた。 「ったく危なえなホント」 「えっ?」 「ンでもねえよ」 「あ、ちょっと待てよ。今なんて言‥‥靖! 靖ってば!」 うっせえと手のひらで追い払う靖。その後をケイウスが追うようにして、二人は試合会場を後にした。 焔陰を受けての破軍(ib8103)の反撃が、月雲左京(ib8108)の顔面を打った。 野性味溢れる獣如き破軍であるが、決定打を避けうると読んだその判断は的確であった。大柄な破軍に対していかにも小柄な左京は、大上段からの一撃で地に叩き伏せられ、息も止まらんばかりだった。 刀を構える破軍の腕に、血管が浮かび上がる。 荒武者たるサムライが大物を仕留める為に作り上げた大技、鬼切。叩き伏せられた左京は未だ体勢を立て直せてはいない。仕掛けるならば今。 「おぉぉッ!」 破軍が吼えた。 一直線に振り下ろされる刀が練力を放ちながら走る。 巻き上がる粉塵。しかしそれは、同時に左京をしとめられなかったことをも意味していた。刀は試合会場を粉砕し、左京は転がるようにしながら辛うじて攻撃をかわしている。 「チビ助ぇ!」 余勢を駆って薙ぎ払おうとする破軍の足元を、体勢を立て直せぬままの左京が払わんとし、思わず破軍は飛び上がった。 「ちっ」 「鳥頭っ」 ぼそりと悪態をつく左京。白い前髪がふわりと舞い、先ほどの一撃から流れた血の合間に黒々とした瞳がぎらりと光る。 飛び上がるようにして立ち上がると共に、彼女の太刀は上空の破軍を狙う。咄嗟の一撃を破軍も振り下ろす刀で弾き返し、両者は共に、体勢を大きく崩す。 二人の剣士の合間に広がる大きな空隙。 両者には大人と子供ほども体格の差があり、破軍は鬼腕によってその力を増していた。構えの崩れ方で言えば、左京のそれは破軍よりも大きかったのだ。が、左京は柔軟な身体で跳ね返るように襲い掛かり、対する破軍は宙に舞っていただけに、着地による紙一重の差を奪われた。 踏み込む利き足。かわせるか。空隙を埋める左京の小さな身体は、身体全体がひとつの太刀となって奔る。 「貴方さまに――」 負けは致しませぬ。その言葉が続くよりも早く、彼女の刃が破軍の胴を薙いでいた。柳生無明剣――その鋭い剣撃が破軍の胴を捉えたのは、気迫の差であり、情念の差であったろう。 「言ったでしょう、わたくしは‥‥負けませぬと」 空を切る山刀に、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は思わず飛び退いた。 「いっくぞぉーっ☆」 六尺棍を振るいつつ迫る星芒(ib9755)の背後に、筋骨隆々に熱い血潮をほとばしらせる影がちらつく。 「む、間に合わんかっ」 アイアンウォールを呼び出さんとしていた椿鬼は、その印を解いた。星芒の間合いを逃れんと飛びのくが、そこは、緩急を付けて間合いを誤らせた星芒が一枚上手であった。思うままに後退などさせんとばかり、飛び退いた椿鬼に追いすがる。 砂埃が舞い上がる。足をがんと地に打ちつけて、前のめりに拳を放つ。 「オラオラオラオラ!」 猛烈なラッシュが椿鬼を襲う。 彼女はかわす暇もなく、アゾットを掲げながらも弾き上げられ、その身に次々と拳を受ける。 「オラァッ☆」 猛烈なラッシュの末、最後に叩き込まれた一撃が椿鬼を突き飛ばした。 豊満な彼女の身体が宙を舞い、試合場を転がり、そして、その勢いのままに起き上がった。 「あっれー?」 「今のは‥‥ちくと痛かったのう?」 星芒の操る護法鬼童は、その見た目に反し術攻撃である。肉体的なダメージを与えるのではなく、その精霊力を拳に変えて邪なる者のアゴに叩き込むのだ。いわば近接戦闘を念頭においての魔法攻撃に近い技なのである。 後衛職たる魔術師の椿鬼を相手にしては、かえって決定打としては不向きであったようだ。 「さて‥‥次は、わらわの番ぞ」 一本、二本、三本‥‥宙には次々と、鋭い氷の槍が現れた。 「どうやら、私の見込みが甘かったようね♪」 セリフでは負けを覚悟しているともとれるが、彼女はしかし、さも面白そうに棍を握り直した。飛び交うアイシスケイラルが次々と彼女の身を打つ。護法鬼童が確実であるならば、物理で殴ればよいだけのこと。 かく言わんばかりに彼女は駆け、宝蔵院流の素早い棍さばきで椿鬼を追い詰めていく。 「良い切れじゃ。しかしの――」 星芒の眼前で氷が炸裂する。 守りが弾かれ、大きく仰け反る上体。その間隙を縫って突き入れられていたのは、椿鬼のアゾット剣であった。胸を一突きする形で触れていた模造剣に、審判が椿鬼の勝ちを宣言する。 「あちゃー‥‥これはあたし死んじゃってるね?」 たははと頬を掻いて、星芒は首を傾げた。 ●立ちはだかる者たち 試合開始の合図が下されても、二人は容易に動きはしなかった。 龍牙・流陰(ia0556)は刀を鞘に収めたまま呼吸を整え、紬 柳斎(ia1231)はじっと彼の様子を伺っている。 第一回戦が水月相手で撫でているうちに引分けた柳斎だが、本来は受けて返すスタイルである。一方の流陰は、居合いの構えで腰を低く保ち、柳斎を相手にいかなる手を切るべきか決めあぐねていた。 気迫負けしている――彼が心のうちで自らを叱ると、柳斎がゆっくりと刀の柄に手をかけた。 来ぬならばこちらから行くぞ、ということか。 一歩、二歩と脚が進むうちに柳斎の全身に気迫がみなぎっていく。最初から全力だ。手加減はしない。三歩、四歩と歩むうち、刀が抜かれ、歩を進める脚は地を蹴り駆け出す。悠然とした構えから全てが急転した。 (来る――!) 柳斎は彼の間合いの中へ自ら飛び込まんとしている。しかしだからと言って何を憚ることがあろうか。柳斎は彼の挑戦に手を抜くような女ではない。 二人の間合いは一拍の内に消えた。 全身が爆発するように奔る。隼襲が流陰の剣撃を加速させる。 「ッ!?」 だが、差し抜けない。抜き放たれた焔陰による居合の一撃は、柳斎の一閃に弾き上げられ、彼の胸をしたたかに打ち据えていた。 激しい衝撃に、肺が痙攣する。 今の一瞬には圧倒的な差があった筈だ。それでも、先手を取ったのは柳斎だった。 事実、彼は一撃を受けながらも即座に構えを取り返した。流陰は肺が空気を取り込まぬのにも構わず、弾かれた刀を掴む腕に力をこめると、未だ背の伸びきったままの柳斎へと振り下ろしている。 (早さは十分‥‥だが!) それでもなのだ。これも、柳斎は重い構えから弾き返した。 取れた筈の先手が取れず、十分狙えた筈の一撃を奪うことができない。 単純な肉体、技術それらを統合した実力の差だけでは説明することができない、もはや勝負勘とでも呼ぶより他ないような紙一重で彼女は先を行く。 「――ァ!」 息が、戻った。 身体が今しがた絞り切った力を取り戻し、瞬時に駆け巡る酸素が血を沸騰させる。 それでも、攻めるより他に無い。全力を叩き付けるより他に、柳斎に応える術を彼は知らない。二人が同時に刃を身構えた。くしくもそれは、互いに同じもの。柳生流に伝わる無明剣の構え。 「これが‥‥今出せる僕の、全てです!」 激しい気迫がぶつかり合った。 きらめく刃。ひとつは柳斎の肩に深く食い込み、もうひとつは流陰の喉を砕くように突いていた。 「‥‥」 ぐらりと姿勢を崩す流陰。彼女は咄嗟にその身を抱きかかえた。 「強くなったな」 小さく笑う柳斎の手にびりと痺れが走り、模造刀ががらんと滑り落ちた。 変わって第三回戦。 疾風脚で迫る秋霜夜(ia0979)めがけ、明王院浄炎(ib0347)の棍が次々と突き出される。一気に距離を詰めた霜夜に連撃を繰り返す浄炎であるが、しかし二人は、いずれもその間合いに固執することなく一気に距離を取った。 「私は紅道場大龍王‥‥」 「‥‥」 浄炎は巌の如く黙して語らず、構えを整え直して父娘ほども歳の離れた霜夜と相対する。 「負けられない!」 距離を取ってから先手を取ったのは霜夜だった。 まるでバネのように地を踏みしめて跳ね返り、浄炎の懐目掛けて飛び込んでいく。間合いを支配せんと振るわれた棍を掻い潜る霜夜。本命を叩き込むための、美しいリズムを踏む牽制の拳が飛ぶ。 一方でそれらは、いずれも本命と見間違うほどの鋭さを兼ね備えていた。 胴を鋭く突いた拳に、浄炎の構えが崩れる。 すかさず連撃が叩き込まれ、八尺棍の位置が不用意に跳ね上げられる。 「むう!?」 「剛体法三の型――」 その脇に隙が生じていた。突きの為に踏み出した利き足を、ぐっと踏みしめる。 破軍が闘志を爆発させる。 「破鎧撃!」 風が巻き起こった。 その利き足を軸にして、身体全体で加速しながら旋風脚が放たれた。浄炎の身体に、鈍い振動が走る。叩き込まれた脚にぐらりと揺らめく、が、その一撃は辛うじて急所を外していた。 素早く後退しようとする彼女の足を、からめとるようにして棍が払い、直後、彼の得物は白い気を放つ。 爆発と見間違わんばかりの激しさと共に、虎の咆哮が空気を振るわせる。 「おぉぉぉッ!」 ずしりと重量感のある響きと共に突き出された極地虎狼閣の一撃が、霜夜の肩を掠めて走った。 「それまで!」 同時に下される試合時間終了の合図。結果は、引き分けであった。二人は第三試合に望んだ時点で一勝一敗。上位に食い込む為にはお互い勝ち点2を落とせなかったのだが‥‥くしくもこの一戦で、二人は共に勝ち点2を上げることはできない形となってしまった。 「残念‥‥か?」 「‥‥」 浄炎に問われて彼女は少し首を傾げたが、頷き、笑った。 「ええ、でも、大切なことが解りました。あたしにはまだ、乗り越えなければならない壁がたくさんある、ってことです!」 ●第三試合 「これは何かの罠では‥‥?」 刀を構えたまま、じっと様子を伺う九法慧介(ia2194)。 彼の視線の先にあるもの。それは、すやすやと寝息を立てる水月(ia2566)の姿だ。 今にもちょうちょが飛んできそうなふわふわとした寝顔に、九法は却って疑念を深めつつあった。 が、 「退屈だぞ、姉ちゃん、脱げー!」 葛切 カズラ(ia0725)が酒を煽り、けらけらと笑う。 「いや、これはまさか‥‥やはりそうじゃ!」 隣で頷くのは、諸国漫遊中の謎のご隠居神仙猫‥‥の姿をした柚乃(ia0638)であった。 「なんだって? 何か知っているのかい電々!?」 「うむ、達人たちはあのようにして動かぬように見えても、裏では極めて激しい技の応酬を繰り返しているのですじゃ」 謎のご隠居猫が肉球を掲げる。大伴定家、謎のご隠居猫、露出の激しい女性と、今の解説席は妙な取り合わせである。 解説席が妙な盛り上がりを見せている一方で、その言葉を聞いてか聞かずか、九法は腹を括った。 「いや、そうだ」 何を恐れるのか。罠を警戒して躊躇するなど、自分らしくない。回避や余計な策など考えず、真正面からぶつかるのみだ。まさかこの子とて、試合会場に紛れ込んだ迷子、なんてことはないだろう。 何せ、これは既に第三回戦。他の試合中には控え室で待機せねばならない為、どのような試合であったかは解らないが、ここまで少なくとも二戦を越えてきた筈なのだ。 「いざ――」 刀を構え、姿勢を低く加速して水月へと接近する。 「遂に動いた!」 解説席からどよめきがあがる。 九法が抜き放った刀が太陽の光を受けてきらめく。迫る九法。水月の寝息が、ふわりと停止する。直後―― がきんと金属音が響いて、九法の刀が弾き返された。 「すやー‥‥」 これこそが水月が扱う恐るべき技、にゃんこ睡拳である。 猫寝入りにてぐっすりと眠りながらも、イムヒアによる自己暗示で一種のトランス状態となった彼女は、この寝顔に油断した憐れな獲物(猫的な意味で)に襲い掛かるのだ。今の彼女を前にした時、何者とて、その眠りを邪魔することはできない。 「こういうことでしたか。しかし」 それさえ解れば、まだ戦いようはある。 胸元を掠める反撃に、九法は一歩さがりながらも、刃を返して再び切りかかる。 「まだまだ!」 刀が紅焔桜の炎を纏った。すかさず、目にも留まらぬ素早い突きが続けざまにくり出される。隠逸華の鋭い突きをも次々とかわす水月。 だが、羽毛のようにひらひらと舞う眠る水月の姿を、遂に一撃が捉えた。それはまさに水月が本能のままに反撃を加えんとした一瞬の出来事だ。九法の突きが、宙の水月をぽこんと弾き、彼女はくるくると廻って試合会場にひっくり返った。 「ぐはっ」 同時に、九法が後ずさる。 彼女の反撃はわき腹から突き入れられ、彼の身にも少なくないダメージを刻んでいる。想像以上に恐るべきにゃんこ睡拳‥‥このまま強引な体力の削りあいを演じる他無いのか。思案をめぐらせ掛けた彼は、ふと何かに気がついた。 「まさか‥‥」 落ち着いて刀を鞘へ収める彼に、審判が降参かと問いかける。 彼は小さく手で制すると、水月のもとへそっと歩みより、そうして――攻撃を加えずにそのまま水月を転がした。 「うにゅ‥‥すー‥‥」 水月、無念?の場外負けである。 武器を使うばかりが戦いではないということか。その教訓を胸に、彼は感慨深そうに空を見上げた。 「恐るべき遣い手でした」 サライ(ic1447)の攻撃を受けて、柊沢霞澄は身構えつつ後ずさった。 「次……いきますっ」 夜を利用して柊沢の隙を突き、散華による投擲攻撃を仕掛けることで、彼は霞澄の体力を確実に削っていく。霞澄の盾となる氷咲契は、盾としての効果がその半分を占めている。散華のように死角より迫り来る攻撃を防ぐには、効果が半減せざるを得なかった。 霞澄は確実に押されている、観客らの多くはそう読んでいた。 一般客の多くは見逃していたのだ。サライの状態を。 (もう一撃、二撃……?) 一方で霞澄をはじめとする開拓者らは、この試合が決するのも近いと読んでいた。というのも―― 「ごめんなさい……いきますっ」 霞澄が印を結ぶと、白霊弾が放たれてサライの身体を撃つ。礫を取り落としたサライが新たな礫を取り出すも、反撃に繰り出されたその投擲攻撃は既に鋭さを失っていた。 試合も第三回とあって疲労が溜まっていたこともあるが、サライの攻撃は霞澄の防御を完全に突き崩すことができなかった。そして何より、削るという戦い方は回復手段を持つ開拓者を相手どるには決定打を欠いていた。 「はあっ……はあっ……」 サライが身構え、息を短く刻む。 夜と散華を併用することは負担が大きい。前半に試合を決することができなかった為に、後半の火力不足はそのまま判定レースの敗北を意味していた。避けることもままならず、次々と迫る白霊弾にサライの足が止まる。 「くっ……!」 ふらつく足で踏みとどまるサライ。 辛うじて決着は免れたものの、判定により勝ちは逃すこととなった。 「まさか旦那と手合わせできる機会がく‥‥」 太刀の柄を合わせながら顔を上げて、鬼灯 仄(ia1257)は、それ以上言葉が続かなかった。 彼の目の前に現れた男の姿に観客らも顔を見合わせる。対戦相手として試合会場に現れたのは、下半身タイツに眼帯をした異様な男であった。 「あ、あれはマスク・ド・鬼島‥‥!」 「なんだって? 何か知っているのかい電々!?」 「それはもう良いですって!」 ご隠居猫・柚乃とカズラの茶番劇に翠嵐が突っ込んだところで、彼女の宝珠付きめがほんがかの男に奪われた。キーンと響く音と共に、重低音のような声が響く。 「クハハハハ! どうした鬼灯、まさか恐れをなした訳ではあるまい」 鬼島貫徹(ia0694)が拳を握り締め、両手で打ち据える。 「はっ、いいさ。旦那のことだ。ただの冗談でやってるんじゃないだろ」 鬼灯が太刀を構え、地を蹴る。 「ゴングは?」 「ありませんって!」 観客の声に翠嵐が声を張り上げる。 「開始開始! とにかく試合開始です!」 試合開始の合図を待つまでもなく飛び掛る二人の後を追うようにして、審判が試合開始の手を振るう。 「おぉぉぉッ!」 二人は互いに近接戦闘を基本とする。真正面からぐんぐんと距離を詰めていき、すれ違いざまに一撃を加えた。鬼島は真正面から太刀の一撃を受け、同時に、その腕を振り回すようにして伸ばした。 「!?」 これはまずい――徒手空拳、ゆらりと伸びるだけの腕に言い知れぬ危険を感じ、鬼灯は咄嗟に飛び退いた。 (何だ!? 今の殺気は――) 「甘いわあッ!」 伸びた腕が裏拳となって返され、鬼灯の顔面を殴りつけた。衝撃に視界が眩んだ瞬間、鬼島は首や肩の関節を裏手に廻し、力を込める。 これが殺気の正体であったのだ。 人間同士の試合ならばまた違った戦いようがあるものだ、というのは鬼島の弁。がっちりと組み付いたその固め技に、会場がどよめく。 「どうした! もはや逃れられんぞ!」 「旦那ァ‥‥これで勝ったと思ったかあ!」 鬼灯が、刀を捨てた。 鬼灯の筋肉が盛り上がる。鬼腕がもたらす圧倒的な力が、鬼島の腕を掴んで筋肉を軋ませる。 「ぬおおおおおッ!」 「んがああああッ!」 噛み砕かんんばかりに奥歯をかみ締めて、両者の腕力がエスカレートしていく。 力を込めれば込めるだけ首が、肩が締め上げられ、容赦なく鬼灯の体力を奪っていく。 双方が気力と筋力の限りを振り絞ったその争いを制したのは、鬼灯であった。 「ぬあっ!!」 組み付きを引き剥がすと共にその腕を掴み、地目掛け一直線に叩き付ける。 背に衝撃を受けながらも、鬼島は跳ね上がるようにして立ち、再度襲い掛かった。 「やられっぱなしって訳には――」 握り締めた鬼灯の拳に火焔が立ち上る。紅焔桜を素手で使えぬと誰が言ったか。腰を低く落とし、身体のバネを弾けさせて、顔面目掛けて叩き付ける。拳を打ち付けた鬼灯、打ち付けられた鬼島。二人の身体の中にだけ、みしりと鈍い音が響いた。 決まったか? いや、踏みとどまった。鬼島は自らの鼻柱を砕く炎の拳を受けながらも姿勢を崩さず、鬼灯に離れる暇を与えず組み付いた。再びその腕を掴み脱出せんと力を込める鬼灯であったが、その腕を再び振りほどくことはできなかったのである。 「試合終了、そこまで!」 いつの間にか会場入りしていたゴングが鳴り響いた。 ぱっと見た印象は21歳ほど‥‥となるとティンと来ないのが鷲尾天斗(ia0371)だ。大会には面白半分での参加だが、それならなおのこと対戦相手は幼女なり少女なりがよかったが、中々そういった相手とも当らぬようで。 椿鬼が放つ氷の矢が、次々と鷲尾に突き刺さり、炸裂する。 幾ら加速をかけようとアイシスケイラルが相手では、攻撃範囲そのものから逃れぬ限り攻撃をかわすことはまず無理だった。 「そう楽はできねえかァ?」 試合会場を素早く駆け巡りながら、氷の矢をその身に受けながらも、彼は次々と短銃から弾丸を放つ。ウィマラサースによる素早い動きを活かしながら、彼はリロードの隙さえ見せずに次から次へと銃弾を叩き込む。 「楽をするばかりでは、楽しめぬであろ?」 くすくすと椿鬼が笑う。彼女は迫る銃弾を紙一重でかわしつつ、アイシスケイラルで鷲尾の体力を確実に削っていた。 「そーだそーだー! 楽しむなら全力で楽しまなくっちゃ♪」 「アム、うっせーぞ!」 観客席から野次を飛ばすアムルタート――と、まだ試合が残っている彼女は両脇を抱えられて控え室へ送り返されていく。 アルタイル・タラゼドによる反撃は、思ったよりもダメージを稼ぐことができなかった。ここまでの数戦はこの戦術が上手く機能していたが、椿鬼を相手にはどうにも調子が出ていない。 (このままじゃ無理か) 反転し、一気に接近する。 距離を取っての戦いでじりじりと体力を削られている今、彼には、強力な一撃で奪われたリードを取り戻す必要があった。 一方、 (来るか、ならばよい‥‥) 鷲尾からはうかがい知ることはできなかったが、実のところ、椿姫にとっても鷲尾が戦術を切り替えることは歓迎すべき展開だったのだ。 (今ならばかの手も使う余力もある、かの?) アイシスケイラルの消費は、決して少なくは無い。鷲尾相手に優勢に戦いを進めていた椿鬼であったが、この試合展開では最後まで息が続かなかったろう。彼女は正面から接近する鷲尾の動きに合わせ、地を指し示した。 会場の只中よりごうと鉄壁がせり上がる。 アイアンウォールが、瞬時に彼の視界と行く手を防いだ。 銃は、リロードのタイミングと攻撃のタイミングをコントロールすべき武器だ。こんな鉄影を破壊することに手数を割く訳にいかない。彼は躊躇することなく、その鉄壁を避けて側面へと回り込んだ。 「!!」 彼が見たのは、椿鬼の手に輝く灰色の光であった。 その動きは椿鬼に読まれていたのだ。が。 「させるかッ」 発動までに必要な残り僅かなタイムラグを、鷲尾は見逃さなかった。それも彼が取り出したのは、これまで次々と反撃の銃弾を放った拳銃ではなく、すらりと伸びる太い魔槍砲だった。 動きを読まれていたのなら、そのまま強行突破するといわんばかり、彼は大きく一歩を踏み出す。 あるいは、ボーク・フォルサーの広い間合いがあってこそだったのかもしれない。想像以上に間合いをつめる形で、槍を掲げたまま彼の身が椿鬼の脇を駆け抜けていく。ほとばしる真空の刃が衝撃波となって椿鬼を弾き飛ばした。 がんと地に肩を打ち、転がるようにして彼女は上体を起こした。 「やれやれ。か弱きわらわにひどい仕打ちだの」 「ま、どうにもらちが開かなかったんでなァ」 鷲尾が肩をすくめる。勝敗を報せる審判の声を背に、彼女は小さく笑い、煙管を取り出した。 琴から鳴り響く謎の重低音が、叢雲・暁(ia5363)の身体を叩き伏せる。 「う〜、なあ〜っ!」 重苦しく引き摺られる足を振り払うようにして、彼女は更に駆けた。 武器を構えたまま、彼女は直線距離にして数十メートルを一息に飛び込んだ。瞬時に姿が消えた暁が、走り、直後にはケイウス=アルカームの肩を鋭く打ち据えている。意識の外より飛来する鋭利な動き‥‥おそらくそれは、奔刃術と夜を組み合わせた高速戦闘である。 楽器を扱う腕に与えたダメージは、しかし腕の自由を奪うまでではなかった。 「まだまだイくよ〜っ!」 「そう易々とは!」 返す刃で再び切りつけようとする叢雲の身体に、音の衝撃が壁となって立ちはだかる。共鳴の力場は彼女の刃を弾き返し、その一撃からまず鋭さを奪う。そして勢いそのものを削がれることで、戦闘全体のペースをも崩すのだ。 吟遊詩人だからと、接近戦に持ち込めば一方的な展開になる訳でもない、となれば。 「取るべき手段はひとつ!」 密着距離を維持し、接触ぎりぎりの距離を保つ形で、彼女は一撃を加える毎にケイウスの側面へ側面へと回り込んでいく。 それらの攻撃はいずれも有効打とはならなかったものの、共鳴の力場を誘発し、また幾ら減退するとは言え一定のダメージを重ねることで確実にケイウスを疲労させていった。対するケイウスの攻撃手段は、叢雲が知覚攻撃手段を用いないこともあり、ダメージソースとして有効な暈影反響奏が力を発揮できない。 吟遊詩人としては貴重な攻撃スキルである重力の爆音も、やはり一人では使い勝手が良いものではなかった。準備行動の時間が長く、効果そのものも、一定範囲を纏めて攻撃する効果と追加効果を重視したものであるからだろう。 その重圧から動きを拘束する効果も、吟遊詩人自身は白兵戦を得意としないことから活かし辛い。 「このバトル、どうやら叢雲がダメージレースにおいて一歩リードしているようだ」 客席の付け髭の阿弥香(ia0851)が、まるで解説者らしくうんうんと頷く。 「確かに、疲労の色はケイウスのほうが濃い‥‥だが、試合には制限時間がある。叢雲も、このままでは十分な判定を稼げない。どこかで勝負に出る必要があるな」 アルバルクが顎鬚に手をやりながら酒盃を煽った。 「そ、そういう戦況だったのですね〜‥‥」 はえ〜と息を呑み、サエ サフラワーユ(ib9923)は再び試合へと目を転じる。 「ただ漫然と相手に有利でありさえすれば勝てる、というものでもないなんて‥‥」 「まあこれって試合だからな。ルールがある以上、勝つ為には幾つか条件がある」 「あ、あのう‥‥ところで、お二人は出ないのですか‥‥?」 サエの問いに、肩をすくめる阿弥香。 「バトってるのは最強レベルの連中だぞ? 見物したほうが楽しそうだしな」 対するアルバルクは、新しい酒をサエに注文しつつからりと笑う。 「おっさんにとっちゃこれは飯の糧だからな」 かつんと腰の柄が鳴る。 「仕事のネタを披露するってわけにはいかねえのさ」 「そ、そっか‥‥そういう考え方もあるんですね‥‥ぷろふぇっしょなるっぽいです〜」 「へっ、嬉しいこと言ってくれるな」 それより売り子ばっかりしてないで一杯やらないか、と杯を掲げるアルバルクにぷるぷると首を振り、サエは再び試合へと目を転じた。 数度目となる重力の爆音が、叢雲の身を襲った。 「このくらいで、私のNINJAスタイルは止まらないよ〜っ!」 「くっ」 試合の残り時間が迫ったその瞬間、叢雲が遂に動いた。 「これぞ僕の秘術!」 全てが加速する。 まるで周囲の全てが静止したような超高速で、彼女の身体は宙を舞う。それはケイウスの反応できる限界を遥かに超えたものであり、次に彼が叢雲の動きを知覚したとき、彼女は既にケイウスの背後に回りこんで、その首筋に一撃を叩き込んでいた。 「かはっ‥‥」 「刹那<スーパーニンジャタイム>!」 豊満な体を揺らし、ざっと立ち上がる叢雲。 「ナムサン!」 勝敗は決した。彼女は後に第四回戦まで進んで无との戦いで退くが、いつの日か、必ずや裸で首を刎ねるまでにその技を磨くであろう。 試合開始と同時に、珠々(ia5322)が駆け出した。 彼女が地を蹴ると共に、天津風によって生み出された風が彼女自身を包み、その速度に残像が走る。対するリィムナ・ピサレット(ib5201)と珠々はいずれも小柄でありながらそれぞれの戦法は大きく違うものの、いずれにせよ、先手を取ることが重要である点には変わりなかった。 呪本を開きながら珠々の動きを追うリィムナであるが、目で追う中で、珠々の姿は分身してぶれながら加速していく。 (右‥‥いや左っ!) 「ハッ!」 空を切る音。死角の外より飛来する針釘が変則的な機動を描きリィムナへと迫る。 「死角からでも、そう簡単にはいかないよ♪」 咄嗟に、自らの存在をかき消す。ヴァ・ル・ラ・ヴァの発動によって攻撃を避けるリィムナ。 だがその肩を、針釘の一本が僅かに掠めた。 直後、ぐらりと歪む視界。 蜘蛛蠱纏――針釘にかけられた術がリィムナの意識をかき乱す。黄泉より這い出る者を詠唱しようとした口が、言う事を聞かないのだ。それは、術のもたらす抗い難い恐怖だ。 「こ、これは一体‥‥?」 解説席で息を呑む翠嵐。 成田光紀が、煙管より口を離した。 「‥‥これは意外なことになったぞ」 「成田さん、どういうことですか?」 「リィムナ君は、かなり相性の悪い組み合わせに当ったのだ」 珠々が用いた蜘蛛蠱纏そのものは、あるいは餓縁によって防ぐこともできた筈だ。しかし餓縁は瞳術である。技を阻止する為には、相手、つまり珠々と視線を合わせねばならない。だが、珠々は奥義天津風によって加速しており、その敏捷さを上げている。その速度にリィムナの卓越した動体視力でも、珠々の視線を掴みきることが出来なかった。不幸にも。 大きく距離を取るリィムナを、珠々が追う。 「当ったら、超痛いですよ」 技がリィムナの意識を捉えた。そう見た珠々は地を蹴り、一気にリィムナへと肉薄する。 激しい応酬に観客は目で追うのがやっとであった。 「――私であれあなたであれ、当った方が」 ヴァ・ル・ラ・ヴァを用いて攻撃をさばくことに集中するリィムナであるが、幾度めかの攻撃の末、遂にその喉を針釘が捉えた。この一撃が決定打となった。逃げ切って引き分ける可能性もあったが、最後は自らの土俵へとリィムナを引きずり込んだ珠々が必要な一撃を決めて勝ちを挙げたのである。 「ふー‥‥」 試合終了の合図と共に、珠々の周囲に渦巻いていた風がごうと掻き消える。 試合参加者の顔にも、徐々に疲労の色が浮かび始めていた。 ●第四試合 呪鞭を引き抜き、胡蝶(ia1199)が身構える。 「変幻自在の陰陽術、披露させて頂くわ!」 対する御陰 桜(ib0271)は周囲の観客席にも愛想を振りまき、何やら少し妖しげな気配と共に胡蝶へとキッスを投げかける。 「お手柔らかにヨロシクね♪」 (桜さま‥‥私は信じておりますよ‥‥!) 観客席からは桜の相棒である桃の他に、鬼灯仄たちのような、試合参加を終えた開拓者らの姿もちらほら見られるようになってきた。 試合開始のゴング(アレから定着したままである)が鳴るや否や、胡蝶は素早く印を結んだ。 「『白狐』‥‥!」 振るわれる鞭の先より、白銀に光り輝く巨大な狐が唸り声を上げて現れた。 「あらっ」 先手を取られた。迫り来る狐の牙に、桜は即座に実を掲げ回り込むように地を蹴った。まるで地を滑るかのように姿勢低く走る桜。彼女が激しく駆ける度に豊満な身体は揺さぶられ、妖しげで芳しい気配に、観客席から歓声が沸き起こる。 (これは‥‥何かの毒!?) ふと感じる違和感。心の奥をくすぐるような妖しげな誘いに、胡蝶は慌てて飛びずさる。 「何を仕掛けて来る気!?」 じっとりと首筋へ浮かぶ汗。この違和感、警戒するに越したことはなし――そこまで考えた段階で、彼女ははたと気がついた。 「って、これまさか‥‥!」 「うふふ?」 扇情的に首を傾げる桜。 「もっと近くに来てもイイのよ?」 ウィンクを投げかけられて、胡蝶は呆れたように首を振った。 「あのね、そんなものでからかうのは――」 鈍い痛みが、肩に走った。 一体何が――続けざま、空を切る音に彼女は上体を逸らした。頬を掠める何かが、ふわりと舞う金髪を散らす。観客席からは、あるいはこの光景、胡蝶が桜のウィンクにクラッときたように見えなくもない。 だが、それはあくまで見てくれの話だ。 「裏の裏をかかれたみたいね」 脚を止めたらだめだと見た彼女はぼそりと呟き、蛇神を召還する。水流の大蛇がのたうちまわって桜へと伸びて行き、その胴めがけもんどりうつように直撃する。直後、胡蝶の脚を何かが浚うようにして打った。 「‥‥おイタはダメよ?」 ゆらりと起き上がる桜。転倒する胡蝶へ続けざま迫り来る何か――瞬間、胡蝶がその身を翻した。 「影縫!」 「ご明察♪」 投げキッスと共に、空を切る刃が胡蝶の眼前を走る。 桜が用いていた術は何のことはない。そのうちのひとつ、妖しげな気配の正体は単なる夜春であったのだ。だが彼女の夜春は、一方で期せずしてブラフの効果を伴っていた。 こんな試合で夜春を振りまく参加者がいるとは、俄かに予想し難い。 謎の攻撃の正体は影縫、そして須臾。妙に色香を振りまくしぐさ、その気配、そして知覚しえぬ謎の攻撃――これらを一直線に繋げてしまえば、技の正体を探ることは容易ではなくなる。 それらは桜自身さえ意図したものではなかったが、あるいはだからこそ相手の油断を誘ったのかもしれない。 「痛っ‥‥」 手札は暴いた。だが先ほどの足への一撃がまずかったのか‥‥胡蝶は絶え間なく襲い来る桜の攻撃をかわしきることができず、一撃、また一撃とその身に刃を受けてしまう。 「ふふ、また改めてシ、ま、しょ♪」 眼前にまでもぐりこんだ桜がすれ違いざま、胡蝶の胸元を撫でるようにして刃を走らせる。 制限時間を過ぎた時、審判が下した判定は桜の判定勝ちであった。 もっとも、勝利したとはいえ、相棒の桃は観客に手を振りながら帰る我が主を複雑そうな眼差しで見つめていたのだが。 「荒鷹陣!」 「ひゃっ!?」 天高く掲げられた手、素早くくり出されるステップ――それらが渾然一体となった構えに、雅楽川 陽向(ib3352)は思わず身構えた。 「甘いっ!」 直後、小伝良 虎太郎(ia0375)より放たれたのは牙狼拳による目にも留まらぬ連続打撃であった。身構える陽向の防御を突き崩し、避け切れなかった陽向は拳を受けながら大きく後ずさる。 「くっ、やるやないかっ!」 陽向が符を掲げると、眼突鴉は一直線に虎太郎を襲う。 虎太郎が見せた、荒鷹のポーズから流れるような狼の襲撃。しかして名前は虎であり、対する陽向は陽向で狼獣人であり、眼突鴉を次々とくり出し虎太郎の視界を撹乱する。 試合会場がやたらと動物モチーフにあふれている気はするが、それはともかく。 虎太郎が鴉に気を取られた隙に、陽向は治癒符を用い、自らが受けたダメージを回復する。瘴気回収という手もあるが、陽向は、ペース配分には自信があった。試合終了まで練力を管理していくことは十分可能であると。 「回復型陰陽師、甘うみたらあかんよ!」 一方その前提は、現状の戦況を前提としていた。 「まだまだあっ!」 それは虎太郎にも解っている。先ほどから陽向へ与えてきた打撃は、いずれも治癒符によってほぼ回復されている。 これを崩すための新たな動きが、彼には必要だったのだ。三度荒鷹陣による威嚇を加えた上で、彼は牙狼拳をその胴に叩き込む。陽向が治癒符を自らに用いる最中、虎太郎は地を踏みしめると、間髪居れず空を舞った。 「はあっ!」 太陽を背に、荒鷲が舞っていた。 「しつこいでっ」 荒鷹陣で怯んだところへの打撃攻撃――次なる一手に身構える陽向の目の前で、虎太郎は突如として黄金の炎に包まれた。 「なんやて!?」 「この時を待ってたんだっ! 荒鷹天嵐波!!」 両手より放たれた黄金の気が、空を貫き陽向に迫った。吸い込まれるようにして陽向へと直撃する荒鷹天嵐波。泰拳士の強力な巧夫より放たれたそれは、衝撃波と共に陽向を吹き飛ばした。 「勝者、小伝良 虎太郎!」 「やった!」 着地した虎太郎が、ぐっと拳を握り締める。 「しもたなあ。つい直接打撃でくると見たんが予断やったかー」 「荒鷹天嵐波って、事前動作の荒鷹陣で見破られやすいからね。フェイントでならして、確実に本命を叩き込まなきゃ!」 倒れた陽向の手を取る虎太郎が、にかっと笑う。 余談ではあるが。先の一戦で胡蝶を下した桜と陽向は以前の対決で引分けており、一方では虎太郎と胡蝶も戦っており、こちらは虎太郎が胡蝶に敗れている。 つまり、桜は胡蝶に勝ち、胡蝶は虎太郎に勝ち、虎太郎は陽向に勝ち、陽向は桜と引分ける、といった形でぐるりと一周していたりするのだ。やはり戦術ひとつでもお互いに相性の良し悪しもある、という事なのだろう。 これはまた‥‥妙な姿だな。 黒いタイツに裸の上半身。マスク・ド・鬼島(仮)の姿を見て、からす(ia6525)は思わず呻いた。とはいえ、彼女は単に姿に圧倒されている訳ではない。 (さて、何を仕掛けて来るかと思っていたが‥‥) その身に掴みかかろうと駆け回る鬼島の攻撃をかわしつつ、からすは一歩、二歩と大きく後退して距離を取る。弓術士は、泰拳士などのような加速スキルを持たない。先即封をその足元に放つことで接近を妨害しつつ、一歩ずつ確実に距離を稼ぐ必要があった。 「おぉぉぉッ!」 「真正面から来るか‥‥!」 できることならば、やはり接近戦は避けたい。 からすの瞳が、獲物たる鬼島を捕える。引き絞られし弦から次々と放たれたその矢に、鬼島は一瞬判断を迷った。が、すぐにその迷いを振り切って直進する。 元より彼女も、これを避けさせる気はなかった。 的確な間合いへと滑り込んで放たれた数多の矢は、彼女の位置から扇状へ拡散して流れていた。一本二本を避けることはできようと、全てをかわすのは至難の業である。 次々と突き立てられる矢。直撃した矢から解放される『音』が、周囲に断末魔を響かせる。 「むうっ!?」 魔風――放たれた矢一本一本に込められた精霊力は『音』となり、鬼島の身体に内側からダメージを与える。その『音』はかくして、強靭な肉体がもたらす堅牢な守りさえも打ち崩すのだ。 (‥‥いける) 今の攻撃で、一瞬その脚が止まった。 からすは流れるような動作で矢を番え、狙いをつけるよりも早く放つ。 (3、2、1‥‥) 呼吸で時間を刻みながら、からすは隙を見て矢を放っていく。勝つ為の方程式はただひとつ。この身体を掴ませず、時間以内に射ち込める限りの矢を射ち込むこと。言うだけならば簡単だが、言うとやるとでは全く違う。 欲張ればあの腕に鷲掴みにされ、怯めば矢が不足する。 弓術士はそれほど火力に優れるクラスではなく、他を圧倒する長射程も、こうした試合形式では活かし辛いのだ。十分なダメージを稼ぐには、矢を放つべき時と、距離を稼ぐべき時を的確に判断せねばならなかった。 じりじりと体力を削りつつ、あくまで距離を取るからすに、鬼島がにやりと笑う。 「俺の間合いからこうも易々抜けていくか‥‥ならば!」 駆け出す姿勢から飛び掛った彼の身体が、突然に加速した。 肩からぶつかるような彼のタックルが、からすを身体まるごと弾き飛ばした。 もはやフライングボディタックルと化した天歌流星斬を受けて、からすは必死に体勢を立て直す。 「逃さぬ!」 「‥‥はあッ」 体当たりの勢いをそのまま駆って迫る鬼島を前にして、彼女は、逆に足を踏み出した。素早く姿勢を落とし、掴みかかる腕をくぐるようにしてわき腹を薙ぎ払う。 弓術士が接近戦に対応する術が、無い訳ではない。 山猟撃は、無論、一種の奥の手、手札たる最後の一枚である。 だがそれでも、最後の一時を稼ぐだけならば十分なのだ。 「試合終了! 勝者からす!」 やれやれ、と山包丁を腰の鞘へと納めるからす。 これで第四回戦も全試合が終えられ、最後の第五回戦へと彼らは駒を進める。長きに渡る大会も、遂にその決着の時が近付きつつあった。 ●抽選発表 この時点で、事実上の優勝候補は四名である。 『それでは紹介しよう!』 ちゃっかり実況席に紛れ込んでいたアルバルクが、会場中央を指し示す。 一人は柊沢霞澄。参加者としては数の少ない巫女である。氷咲契で敵の攻撃を防ぐ傍ら、愛束花による回復で結果的には対戦相手の攻撃を無効化し、ひいては手札の消耗を引き起こすことで長期戦を基本として戦ってきた。 次に、羅喉丸(ia0347)。泰拳士であり、瞬脚で相対位置を調整しつつ隙を見て泰練気法・弐を叩き込む戦術は、確実に対戦相手の体力を削ることに繋がる。 機動力を活かす、という意味ではシノビの珠々も近いが、彼女の場合は方向性もまた違う。奇襲的攻撃と反撃を組み合わせることで、自らにとって有利な戦法に相手を引きずり込むことで激戦を制してきた。 そして、サムライである紬柳斎である。戦術的に言えば、彼女の選択した戦術は極めて堅実なものだった。距離を詰めて一気に決めるか、相手に一撃を射ち込ませてから返し技で大きく痛打を加えるかのいずれかである。 ただ彼ら四人はいずれも挙げた勝ち点は七だった。 それぞれ一度ずつ引き分けを経験しており、一敗、もしくは二引分けによる一点差の六点グループが続く。 七点四人は注目の二戦ということもあって、対決の抽選は試合会場で彼ら四人同席の下でくじ引きとなった。 「はーい、みなさま。こちらが彼ら四名の抽選箱です♪」 フリップボードを掲げながら現れた蓮神音が、二箱の抽選箱を手にする。 四名のうち、実のところ柊沢霞澄と羅喉丸は第四回戦で激突しており、二人はこの際に引き分けていた。よってこの二人は最初から対決が組まれず、必然的に紬柳斎と珠々の対決も除外される。 そこで抽選箱が二つ容易され、中にはそれぞれ紅白のクジが一組ずつ入れられた。つまり、同じ色を引いたもの同士が対決するということだ。 「あ、あの、私がここにいるのは場違いな気が‥‥」 「いーからいーから♪」 おろおろと辺りを見回す霞澄の耳元で、神音はにんまりと笑う。 「では、四人とも一斉にクジを開いてください♪」 彼女の合図で、クジが開かれる。 その結果、紅を引いたのは羅喉丸と紬柳斎。白を引いたのは柊沢霞澄と珠々となった。 他に注目の集まった試合と言えば、第四回戦のアムルタートと天河ふしぎの戦いに、珠々と鷲尾天斗戦、紬柳斎と九法慧介戦だろう。 アムルタートとふしぎの戦いは引き分けに終わった為、二人はそれぞれ点数が四点から五点に留まり、六点グループに食い込むことはできなかった。珠々と鷲尾天斗はそれぞれ六点と五点で引き分けから一点加算。紬柳斎と九法慧介はいずれも五点で、この一戦を勝利で制した柳斎が勝ち点合計を七点に延ばした。 「しかし、第四回戦辺りから急に引き分けが増えてきましたね」 翠嵐が首を傾げる。 「うむ、それだけ彼らの実力が拮抗しておるのじゃろう」 からからと笑うのは謎のご隠居猫柚乃である。謎の衣装で身を包んだなーさんなる人物の膝の上で、茶菓子を頬張っている。 「同点同士が優先して試合が組まれる以上、第一回戦は完全に抽選であったが、第二回、第三回と続くにつれ、同点者同士の実力は拮抗してくるのじゃ」 「な、なるほど‥‥」 他には、大会序盤は有利に戦いを進めていた、様々な対戦相手に対処すべく準備していた参加者が後半になって苦戦が目立ち始めたことだろう。これは、端的に言えば疲労が響いていた。 幅広い戦況に対応する為、様々な役職を通じて獲得した技で臨んだ場合、消費練力の増大が大会後半になるにつれ重くのしかかっていた。 地力が拮抗しているならば、必要な技を「もう一度切れる」というのはたったそれだけで大きなアドバンテージをもたらした。逆を言えば、そういった僅かな差違を争うほど激しい試合展開が増えたことでもあるのだが‥‥。 ●第五回戦 白組 珠々が次々と放つ針釘は、柊沢霞澄が展開する氷咲契に阻まれた。 「はっ」 彼女が短く詠唱すると、杖の先より白霊弾が煌き、放たれる。精霊力の奔流が彼女の白い髪を巻き上げ、高速で駆け巡る珠々の肩を打つ。鈍る足を、霞澄は見逃しはしなかった。 続けざまに放たれる白霊弾が、再び珠々を撃つ。 体勢を崩す珠々、だが、同時に―― 「‥‥っ」 同じく肩に痛みを感じて、霞澄は思わず肩を庇った。 (今の攻撃‥‥全く、感じられませんでした) (一撃で決まるものではない、か) 速度ではこちらが勝っている。その自負はある。珠々は須臾による反撃で、的確に霞澄の急所を突いていた。霞澄の白霊弾と交差するように暗器を放てば、氷咲契による防御で攻撃を防がれることもない。あるいは、その点に限って言えば珠々は一歩優位に立っていると言っても過言ではなかったのだが。 「今一度、力を‥‥!」 蜘蛛蠱纏の術に引きずられそうになる意識を辛うじて引き戻しつつ、霞澄は花束を天高く放った。舞散る花びらが身体から奪われた体力を取り戻し、痛みを和らげる。 珠々にとっての問題は、霞澄の底力の如き回復能力であり、須臾の基本はカウンター攻撃であることだ。 もちろん、愛束花による回復とて無限ではなく、練力を消耗し尽くせばこの均衡は崩れる。しかして一方、霞澄が回復に集中すれば反撃で痛打を与えるチャンスはそれだけ失われもするのだ。 だが珠々は、この時の霞澄が珠々以上に焦りを感じていたことには気付かなかった。 (このままでは‥‥) これまでの激戦による疲労と休むことをしらぬ珠々の猛攻は、彼女に想像以上の消耗を強いていた。自らの身体が急速に練力を消耗し尽くしつつあることに、彼女は作戦を変更せざるを得なかった。 珠々は練力が底を突いても、須臾や蜘蛛蠱纏といった技を通常攻撃に置き換えることも可能だが、霞澄の場合、練力が尽きれば体力の回復や氷咲契による盾そのものを失うことを意味する。 実際、彼女は既に、羅喉丸との引き分けで一度練力を使いきりもしたのだ。その時は羅喉丸も練力が限界であり、タイミングも試合終了の直前であった。 だが今は、その時よりも明らかにペースが速いのだ。 「仕方ない、です‥‥」 練力温存を優先することに決めた彼女は、白霊弾を放つ為の詠唱を中断して、彼女は腰の手裏剣を抜いた。 手裏剣と針釘の応酬が、試合会場狭しと繰り広げられる。それでも、得手不得手で言えば本職なのは珠々だ。時折返される須臾による痛撃は、容赦なく喉や胸と云った急所へと叩き込まれ、その都度霞澄は氷咲契で防ぎ、あるいは愛束花でその身を癒した。 須臾より放たれた針釘が、彼女の身体に直撃する。 (これで打ち止め!) 珠々の練力は、これでつゆほども残されていない。 彼女は剣を抜いて、霞澄へと切りかかる。一撃を杖で受けた霞澄だが、珠々は目にもとまらぬ素早さで剣を返し、霞澄の杖をしたたかに打った。 「つっ!」 杖を打ち据えられ、開いたわき腹目掛け刃を突き入れる珠々。彼女はその一撃を氷咲契によって辛うじて防ぐと、牽制の手裏剣を放ちながら後退する。火花を散らし、剣は手裏剣を弾いた。 珠々は脚を止めることなく霞澄へと肉薄し、身体全体をばねにするようにして刃を繰り出す。 刹那、ゴングが鳴った。 ぴたりと、刃はその前進を止めた。喉目掛けて一直線に伸びる剣に、観客たちは珠々の勝利だったかと立ち上がるが、その時、解説席にいた星晶が声を上げた。 「いや、霞澄さんの杖をよく見てください」 「あっ」 杖の先に、白い精霊力が仄かに光を放っている。杖は珠々の額に伸びており、杖と剣の合間から二人の視線が交錯する。引き分け――彼女らはお互いに、手札は全て切っていた。それでもなお決着が付かなかったというのなら、その結果に何の不満があろう。 「はあ‥‥緊張しました‥‥」 まだ心臓がどきどきしてます、と付け加えて、霞澄は首を振った。 結果として。 彼女は優勝候補に名を連ねた二名と引分けたことになる。いずれも勝ちを挙げることは叶わなかった、が。あるいはそうした「負けない力」こそが、巫女をはじめとする支援職の真髄なのかもしれなかった。 ●第五回戦 紅組 試合開始の合図と共に地を蹴ったのは、羅喉丸のほうであった。 二人はお互いに近接職であり、柳斎は元より受けて返すスタイルだ。無理をせずとも羅喉丸がこの間合いを埋めんとするならば、何を慌てる必要があるというものか。 「来る‥‥」 柳斎は低く刀を構え、羅喉丸が一挙に距離を詰めるのを待ち構えていた。 突如、羅喉丸の姿が加速した。瞬脚一拍のうちにその間合いを縮め、素早い動きから放たれる泰練気法・弐。乱れ飛ぶ拳が、柳斎の身体を次々と打つ。彼女は狙いの甘い拳や牽制打を狙ってあえて受けることで、本命となる打撃を刃に受け流した。 (一筋縄ではいかぬか!) 拳の乱打が途絶えた瞬間、柳斎が気を発した。それは武芸者特有の呼吸の取り方であった。故に、あまりにも鋭いそれを避ける術は、先手先手を打つより他にない。 だからだ。羅喉丸の脚部に練力が集まったのは。 次々と拳を受流した柳斎の刀が、その間隙を縫って横一直線に走った。 「早いな」 その時、彼女の間合いに、羅喉丸の姿は既に無かったのである。 「一撃が致命傷になりかねませぬゆえ」 羅喉丸が拳を握り直し、身構える。 刀を大きく伸ばしたままの姿勢より、ゆっくりと柄を手元に引き戻して、彼女は次なる羅喉丸の動きを待った。 攻撃と離脱を繰り返すことで相手から動くように仕向け、試合の展開をコントロールすること。それが羅喉丸の基本戦術である。しかしながら、対する柳斎もまた、そうした誘いにやすやすとは乗らぬようであった。 狙うは、展開を決定付ける強烈な一撃か。 泰拳士が持つ素早さとその試合運びに付き合えば、やがて自滅に至るのみ――彼女は昂ぶる気持ちを落ち着け、あくまで時を待った。対する羅喉丸も、たとえ柳斎が動かぬからといって動揺はしない。 泰練気法の乱撃を加え、間髪入れず間合いを取る。 柳斎が動かぬなら動かぬで、これを繰り返すまでであると。 「はッ!」 空を切り、地を駆ける。 柳斎の戦術は、おそらく待ち構えての反撃による一撃狙いだ。羅喉丸自身もそうだが、大会も既に終盤とあって、彼らは試合が始まった時点からして疲労していた。大技を仕掛けられるならば、チャンスは一度、多くとも二度といったところだろう。 次々と拳を叩き込んで飛びのく羅喉丸の鼻先を、刃の切先が掠めて走った。 「くっ!?」 横薙ぎに走った刀が、次の瞬間には上段より振り下ろされていた。 走る白刃。 先ほどよりも正確なタイミングを捉えたその剣撃に、羅喉丸の背を冷たい風が撫ぜる。いけるか。そのはずだが。手応えは掴んでいるが、姿勢を維持するのがやっとなのだ。お互いに構えに隙はなく、一撃を加えるべきタイミングは刹那に過ぎ去る。 その筈であったのだが。 「はあああ!」 刀を振り下ろした柳斎が、一歩を踏み込んでいた。ごきりと響く鈍い音。彼女が間髪入れず逆さ袈裟に走らせた刀は、羅喉丸の胸へと深く沈んでいた。 「なっ――」 更に踏み込まんとする彼女の前から、羅喉丸は大きく飛び退いた。着地と同時に瞬脚を発動し更に距離を取ると、迷うことなく生命波動を使用する。 「くっ、不覚‥‥!」 残された練力をこんな形で浪費することになろうとは。 (余計なことに気をとられすぎた!) 柳斎が動く直前、彼は確かに手応えを感じた。拳は柳斎の身体の芯を捉えていた筈なのだ。その判断が、柳斎との間合いを見誤らせたのだ。柳斎が羅喉丸の攻撃を受けながら直ちに反撃へ転じたのは不動を用いていた為だ。 ダメージを不動によって弾き返し、攻撃をものともせぬことによって彼女は、捉えがたき泰拳士の影を掴んだのだ。 「くっ!」 「逃すか!」 対する柳は攻撃の手を緩めず次々と剣撃を繰り出し、その距離を詰めていく。 柳生流無明剣の構え――これまで彼女の手に勝利を与えてきた、恐るべき冴えを備えた技。前のめりに羅喉丸へと迫りながら、柳斎は吐息をかみ締めた。決める。いや、決めねばならぬ。 もう一度これを繰り出すのはもはや不可能だ。 ここでとり逃せば次はないのだと。 しかし或いは、その意識と気迫こそが、彼女の剣に一筋の曇りを落としてしまったのか。それとも羅喉丸の無意識が、身体に染み付いた泰拳士としての本能を呼び起こしたのか。 「――ッ!!」 空気が震える。 前へ。 電光石火の稲妻が如き剣は、羅喉丸の額を捉えたかと思った瞬間、その鋭さが故に彼のこめかみだけを斬り裂いた。 死中に活を求めた羅喉丸の利き足が、勝敗を決した。 こめかみを切り裂く無明剣が奔ったとき、彼の身体は白刃の背を抜け、柳斎の胸元に広がる巨大な空間にその身をもぐりこませていた。それは拳一握、腕一本が入り込める限りの、僅かな間隙にして、それでいて果てなく巨大な空間である。 もはやあとは、身体が勝手に動くまでである。 「おぉぉッ!」 その一撃が身体に鈍い音を響かせ、柳斎の身体を僅かに浮かびあがらせた。 勝敗は、決した。 直感と本能が、二人の脳裏にそう告げた。そしてそれらに従うままに、彼は続く一撃を叩き込み、練力が駆け巡る身体をひねり、一撃、また一撃と拳を放っていた。泰練気法・弐の目にも留まらぬ拳の連撃。 それは柳斎の急所を次々と打ち貫き、やがてその怒濤の轟きが鳴り止んだ、柳斎はぐらりと倒れ伏した。 「‥‥」 目を見張る審判が、立ち上がったまま息をするのも忘れて立ち尽くしている。 「それまで!」 大伴の声が飛んだ。 「この試合、羅喉丸の勝ちと致す。各々死力を尽くしたよき勝負であった!」 大伴のよく通る声が、会場を駆け巡る。 一拍を置いて、歓声が上がった。 ●日は暮れて 全ての試合を終えてざわめく会場。 優勝は羅喉丸として、他の成績としては霞澄が副賞として第二位とされた。同点者は数名いたが、かくいう優勝者と引分けた点に加え、彼女は他の試合で黒星を取っていないことも大きかった。 そんな中、人々が試合の結果についてあれやこれやと話す喧騒に紛れて、こそと席を離れる人影があった。 「これから表彰状の授与がありますが‥‥見ていかれないのですか?」 『なーさん』こと武帝のうしろを、水月と柚乃が続き、問う。 「いや、授与式があるからだ」 「‥‥?」 顔を見合わせる二人に、武帝は小さく笑って首を振った。 「これだけの武功者らが全力を尽くして戦ったのだ。影武者に授与式をやらせるでは、礼を失しよう‥‥」 (執筆 御神楽) |