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■オープニング本文 街中から、甘い香りが漂ってくる。 ジルベリアから伝わってきた、バレンタインという習慣のせいだ。 この日、女性たちは大好きな男性にチョコレートというお菓子などを贈り、想いを伝えるのだという…… ● 「想いを伝える日、かぁ」 少女はほわりとひとり微笑む。 子どもの頃からあこがれていた、近所のお兄さん。 いつの頃からかそれは恋心にかわり、そしてずっと見つめてきていた。 歳の差はあるけれど。 相手はいつも、彼女のことを妹扱いするけれど。 それでも、恋っていうものは、一言で片付けられるものじゃない。 そのはずだった、のだけれど。 ● 「はあ、寒いわねえ……明日は雪になるんじゃないかしら」 中年の女性がそんなことを言いながら、井戸から長屋の自室へ戻ってくる。 「雪なんて素敵。でも、寒いのはたしかにいやだなあ」 その娘である少女――ミノリはそう言って、かまどに火をくべた。もう夕刻、空はすっかりその様相を変えている。 「そうね、すっかり手も凍えてしまうし。……そう言えば」 夕餉の煮炊きの準備を手早くすすめながら、母親が思い出したようにいう。 「向かいっかたの長屋に住んでる開拓者の龍一さん、あんたも知ってるだろ?」 「え」 どくり、とミノリの胸が高鳴る。 「うん、小さい頃から何かとお世話になってるし」 そう、そしてずっと憧れていたお兄ちゃん。……もちろん、そんな思いを伝えるなんてできないけれど。 「龍一さんがさ、今度祝言あげるんだってさ。なんでも随分なお嬢さんだそうだけど……ミノリ? どうしたんだい?」 ……ああ。 母の声は途中から遠くなり、ミノリの耳に届かなくなった。 ● 「それで、なぜギルドへ?」 ギルド職員が首を傾げる。 「人の恋路を邪魔するとなんとやら、と言いますし、そういうことはこちらとしてもあれなのですが」 職員の言葉に、ミノリは首を横に振った。 「いえ、別に横取りしようとか、そういうことじゃないんです。ただ、龍一兄ちゃんに、想いを伝えたくて……でも、開拓者ということもあって何かと忙しいらしくて。それで、せめてこういう時にお菓子の一つも渡せたらなって」 「ああ、バレンタインですからね」 職員の言葉に小さく頷くミノリ。 「今はなんでも依頼にでていて、帰ってくるのは3日ほど後らしいです。その時に、今までのお礼を込めて、何か贈り物をしたくて。もし良ければ、大したお礼はできないけど……手伝ってください! おねがいします!」 その頬はわずかに紅潮していて。 相手のことを大切に思うその気持が、ちりちりと伝わってきたのだった。 |
■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ● ミノリの心からの願いに応じて集まったのは七人の男女だった。 まだ大人と言い切れぬ幼さを持った少女は、その集まりように驚き、けれども開拓者たちの前できちんと深く礼をする。 「今回は本当にありがとう、です」 少し頬を紅潮させて、十二歳の少女は微笑した。その笑顔の愛らしさに、村雨 紫狼(ia9073)は内心思う。 (こんなに可愛い女の子に好意を寄せられて、同時におさな妻がいるなんて……なんつー羨ましい展開なんだこのやろー! 爆発すればいいのにッ!) ……さすがの少女嗜好家である。 でも爆発するって具体的にどういうことなんだか。 一方、おなじく男性でも紅咬 幽矢(ia9197)はミノリというこの少女に、なんとなく親近感を抱いているように見えた。 「……初恋って、たとえ失恋に終わったとしても、一生懸命にがんばれたことを素敵に思える、そんな大切な思い出になると思うんだ」 女性的な容姿ながら、その考えはしっかりとしたもの。ある意味男性的とも言える、いや男性なんだけれど。だけれども、その発言には思いやりの心があふれていて、そしてミノリのことが妙に眩しく見えているらしくて、何かを懐かしそうに思いながらうんうんと頷いている。 「精一杯の想いを詰め込みましょうね」 おっとりした笑顔でアルーシュ・リトナ(ib0119)が頷けば、 「恋って難しいものだけど、ちゃんといい思い出に出来るようにしましょうね♪」 ニーナ・サヴィン(ib0168)も手元の竪琴をしゃらんと鳴らす。旅に生き、歌に生きる吟遊詩人たちにとって、恋物語は素敵な題材になる。 幼さの残るリィムナ・ピサレット(ib5201)、どこかぼんやりした雰囲気を持ったエルレーン(ib7455)、そしてどこか退廃的な雰囲気を持つビシュタ・ベリー(ic0289)……彼女たちも、微笑んでいた。 ――誰もがいちどは経験する、ほろ苦い初恋。彼女がそれを笑顔で乗り越えられるよう、そう思って集まった者たちだから。 ● 「ところでプレゼントって言うけど、新婚夫婦に水を指すのは良くないんじゃないかね? それこそ消耗品がいいんじゃ?」 形あるものは新妻に見つかった時、フォローするのが大変だろう。そう思ってのビシュタの発言だが、 「そうとは限らないんじゃないかしら? それに、結婚することを祝福する意味合いの贈り物をするのもいいと思うの」 アルーシュがそう提案する。どちらの意見も一理ありだが、 「ミノリちゃんは、どうしたいのかなぁ? これはミノリちゃんのことだから」 エルレーンがそっと問いかけた。本人の意志を確認するのが、やはり一番望ましい。 「あたしは……好きな人には幸せになってもらいたい、と思う……」 チリリと胸を走る痛みは止めることができないけれど。それでも、相手――龍一にとって、ミノリは妹のような存在にすぎない。 祝福するのが、妹としての役目だ。ミノリはそう、結論づけたのだ。 「なら、おまもりとかどうかな? そのひと、開拓者なんでしょう……? これならはだみはなさず、もっててもらえるとおもうしっ」 リィムナもそれには賛成のようで、 「お守りなら、例えば羊毛フェルトとかでカエルを作るのってどうかな、『無事かえる』って意味を込められるし。奥さんとおそろいにして、結婚のお祝いにもできるよ」 思い浮かんだアイデアを、にこにこと述べていく。 「夫婦おそろいなら、普段使いで違和感なく使いやすいもの、もいいかもしれないわね。お茶碗やお箸、根付とか」 予算が不安でも値段交渉は任せなさい、とニーナがどんと胸を叩いた。 「それと、ちょっとした会食……と言うか、お弁当を食べる機会とかどうでしょう? 折角だからちょっと勇気を出して」 「ああ、それなら、弁当箱を作る手伝いはできるとおもうな。あと、中身づくりの方も、ね」 アルーシュの提案に、幽矢も頷く。紫狼はそんな意見にちょいとばかりため息を付いているようだったが、 「それなら、俺は奥さんに接触して誤解を招かないようにちゃんと連絡しておくかな。奥さんからすりゃいい気分じゃないだろうしさ」 しかしミノリはそれにちょっとためらうような表情を見せた。 「あ……それはしなくてもいいです。いつかちゃんと自分の口から、二人にお祝いの言葉をあげたいって思うし……」 下衆な勘ぐりをするような相手ではないということなのだろう。実際、そういう変な気の回し方で、逆に対抗心などを持たれてしまっても困ってしまう。 ミノリは大切な妹分。それでいいと、幼い少女は思う。 「下手に教えてしまって第三者に下手に意識させてしまうよりも、初恋なんてだれにでもある経験なのだから……奥さんもそのくらい、言わずともわかるんじゃない?」 彼氏と別れたばかりというニーナも苦笑する。彼女自身も、大好きな兄に恋人ができたことが、嬉しいと同時に奪われてしまったような気がして、ちょっぴり複雑な気持ちでいるらしい。ある意味今のミノリに近い感情を持っているのではないだろうか。 「そんなものか……どうも女の考えることはよくわからなくてな」 紫狼はため息をついた。それが彼にとってどういう意味を持っているのか、それは誰にもわからないけれど。 「カエルのお守り人形……せっかくなら作ってみたいです」 ミノリが遠慮がちに言うと、ビシュタが 「消えものだけど入浴剤も喜ばれるんじゃないかね? 薬草で作れば身体を少しは癒してくれるし」 その提案を受けて、アルーシュは 「それなら、その香草を少しいただいて匂い袋をさし上げるというのもいいですね。どうかしら?」 更に楽しそうにいろいろと考えていく。 「きちんとお祝いすることで、初恋の終わりですからね。きっちりけじめをつけるためにも、祝福すべきだと思うの」 「あ、なら……さっき言ってたカエルのお守りに、香草を入れて匂い袋にするとか、どうかな」 幽矢がぽんと手を打った。 「あ、それは素敵。いい記念になりそう」 かくして贈り物はおおよそ決まったのであった。 ● 「いたっ」 「大丈夫、ミノリさん?」 「大丈夫です、このくらい」 羊毛フェルト細工は針を使ってふわふわの羊毛を丸め、それにひたすら針をさしていくことで形作っていく細工物だ。かわいいお人形ができることから、最近若い女性に人気が高い。リィムナのていねいな指導で、そちらはすこしずつではあるが形になっていっていた。 カエルは2つ。緑色のと、桃色のと。夫婦で飾ってもらえもできるよう、いろいろ考えた結果こうなったのだった。いっぺんに作るのは大変なので、リィムナが片方、作成の手伝いをしている。 けれど、針を使うということで、まだ不慣れなミノリはときどき指をさしてしまうようだ。細工には香草を詰め込む余地がないので、それを入れる守り袋をエルレーンが一緒に手伝ってくれている。簡単なカエルの刺繍をほどこした、可愛らしい守り袋。……こちらはこちらで、悪戦苦闘をしているようだけれど。 「あ、またまちがえたところ、ぬっちゃった……」 「きゃっ、いったーいっ!」 ――何度もそんな悲鳴じみた言葉を叫んでいるということで、察しはつくとは思う。 いっぽうでビシュタが必要と思われる薬草を用意して、それを乾燥させていた。びわの葉、薄荷、その他もろもろの薬効のある香草を準備して、それを陰干しするのだ。ジプシーである彼女は、そういうことも得意としている。その香りが髪に移って、ビシュタの身体からも良い香りがしている。それをいくらか譲り受けたアルーシュも、匂い袋を作るためにいろいろ細工をしているせいか、こちらも良い香り。 そんな感じにふわりと優しい香りを漂わせながら、ニーナとアルーシュは二人して、合間合間にミノリに簡単な料理も教えていた。 あまいかおりのする玉子焼き、りんごを加えたほんのりとあまずっぱいお芋を使ったお菓子。 「龍一さんのお好きなものとかはわかりますか?」 アルーシュがミノリに問いかける。 「そう、ですね……単純だけれど、切り干し大根が好きだったような」 幼い頃の記憶をたぐりよせながら、ミノリがそう応じると、ニーナが笑う。 「それなら私も教えることはできるわ。ミノリちゃんが作ったほうが、きっと喜ばれるでしょう? 材料はある?」 ミノリはぱっと顔を輝かせると、保存してあった切り干し大根をざっくりと持ち出してきた。 冬場の野菜不足を補うための乾物を準備するのは、庶民としてはごくあたり前のことだった。 弁当箱の準備をするのは男二人、紫狼と幽矢だ。 紫狼はいろいろ考えてもいるらしい。しかしそれがどうも微妙におかしい。 (龍一さんも可愛い子に積極的にされてヘンな気起こしたりしないことを祈るぜ……二股は刺される原因になるからな。怒らせた女は下手なアヤカシよりもおっかないって言うからな) ……そういう発想に至るほうが逆にアレだと思うが、まあ気にしていては負けだ。 とりあえずミノリのために、それが第一なのだから。 「チョコレートを作るのなら、ボクも手伝おうと思っているよ。下手な人も横にいるくらいな方が、彼女にとっても安心するかもしれないかなって」 幽矢は苦笑しながらそんなことを言ってみる。料理が得意ではないけれど、逆にそのほうが親しみを持てるんじゃないかということもあっての発言らしい。 「場所取りは……寒くない場所だな。せっかくなら屋外で食べるほうがいいだろうから」 「それなら俺は今からそれを見繕ってみるか。箱の方はある程度まかせても大丈夫そうだしな」 幽矢がつぶやくと、紫狼が笑ってひゅっと口笛を吹き、駆け出した。 別に紫狼自身、料理や裁縫のようなことが苦手というわけではない。ただ、女性陣の気迫に気圧された、そんな感じなのだろう。 「……ま、いいか。だいぶ形にはなってきているし、そろそろ料理の手伝いもするかな」 幽矢も苦笑を浮かべて、ゆっくりと長屋へ向かった。 三日間天気が良かったのは僥倖であった。 無事に香草も陰干しが終わり、匂い袋の中に縫い閉じて。 カエルの人形は、ちょっぴり歪つだけれどいかにも手作り感いっぱいだ。 そして料理も、ある程度できるようになって、そして。 ――龍一が、帰ってきたという報を受けた。 ● 「……龍一兄ちゃん」 「おや、ミノリじゃないか。久しぶりだな」 緊張は微妙に隠せないけれど、ミノリは平静を保つように頑張って、龍一に声をかけた。開拓者たちが行っても良かったのかもしれないが、見知らぬものに声をかけられるよりは昔なじみが挨拶に行くほうがごく自然だからだ。 「あのね、久しぶりに一緒にお昼ごはん、一緒に食べない?」 あえて子どもらしく。恋心を悟られぬように。 ミノリがそう思いながら問いかけると、龍一もうなずいた。 「そうだな。……ミノリにも、話したかったことはあるし」 紫狼が準備していたのは、川沿いの空き地だった。早春とはいえまだ風は冷たい。それでも、ちゃんとござを用意し、暖かい服装を身に着けていれば大丈夫そうだった。 「開拓者さんにもお手伝いしてもらって、お弁当の作り方教わったんだ」 そう言いながら弁当箱を出して笑うミノリ。今回手伝ってくれた皆さんということもあってのミノリからのたっての希望もあり、開拓者たちも同席していいことになり、それぞれが丁寧に挨拶をする。 「ギルドを利用したのか。あまり甘えすぎるんじゃないぞ?」 龍一はちょっと驚いたようだったが、すぐに頭を撫でてやる。 「大丈夫ですよ。それにこういう外での食事のときには、大勢のほうが楽しいでしょう?」 開拓者たちの言葉はもっともだ。 そして、小さな恋の物語の終わりにも、それはきっとふさわしい。 弁当箱を開け、頑張って作った――と言っても、アルーシュたちにもかなり手伝ってもらいはしたのだけど――お弁当を二人でつつく。開拓者たちも、そのそばでお茶をすすっている。 「……そういえば、龍一兄ちゃん、祝言をあげるって母さんから聞いた」 ミノリはふと思い出したように振舞って、そう切り出した。 「……うん」 龍一もその言葉は想定の範囲内だったのだろう、素直に頷く。 「おめでとうって言いたくて、こういうの、作ったの」 そう言いながら手渡した小さな箱のなかには、カエルの人形が二体に匂い袋ともなっているお守り、そして同じ香りの香草でできた入浴剤。 もちろん、チョコレートも小さいものが入っている。 ミノリは龍一をじっと見る。龍一もそれに応じるように見つめ返した。 しばしの沈黙。 やがて龍一はふっと相好を崩した。 「……ありがとうな。あいつもきっと喜んでくれるよ」 あいつとは、きっと婚約者のことだろう。それらの贈り物を受け取り、またミノリの頭を優しく撫でた。 「……ううん。龍一兄ちゃんは、大切な、……お兄ちゃんだから」 ゆっくりと言葉を選ぶ。そしてそれは静かに受け入れられる。 龍一にも、ミノリにも。 ――ミノリにとって龍一は兄のような存在、それを胸に焼き付ける。幼い恋慕の情ではなく、親愛に思いを変えて。 会食を終え、ぼんやりしているミノリに、 「……一曲、弾きましょうか?」 そう笑ったのはニーナだ。手元の竪琴を引き寄せて、ぽろんと鳴らす。 それに応じるように、アルーシュも竪琴をかき鳴らし、リィムナがフルートをそっと奏でれば、ビシュタはその優しく柔らかい旋律に合わせて踊りを披露する。 ミノリはその踊りに、ほうっと見惚れていた。男性陣やエルレーンもやんやと拍手をする。 ――想いは伝えた。かなわずとも、その想いは伝わったと思う。 短い時間だが関わったこの少女の姿に、幽矢はそっと己を重ねた。 彼にはすでに振られているけれど、それでもずっと想いを寄せる女性がいる。 でもその相手がまだ結婚していないのならば、まだどこかに自分が報われる余地はあるかもしれない。 「――キミは強いね」 そっと風に溶けるように、幽矢がつぶやく。 「お兄ちゃんの代わりはいないだろうけれど、きっとそれ以上にすてきな人が見つかると思う。キミなら、きっと」 ● 「ありがとうございました」 ミノリはひと段落ついてから、ぺこりと開拓者たちに礼をした。 「今日の思い出は、絶対に忘れません」 ほんのり瞼が腫れているようだったけれど、それでも笑顔を絶やすことはない。それだけ、素敵な思い出となったからだ。 「素敵な人が見つかったら……きっと皆さんにお伝えしますね」 「たのしみにしてるね!」 エルレーンが笑う。恋がまだ深く理解できていない彼女には、ミノリが眩しかった。 (恋ってすてきなんだろうなあ……) 少女はひとつの恋を終え、そして成長する。 それは、おとなになるための、儀式のようなもの。 ――きっと、明日には、また笑顔になれるから。 |