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■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。 ● ――あれからどれくらいたっただろう。 その人は一人、考える。 ぼんやりと、何かを思い出す。 それは、――在りし日の自分。 まだアヤカシが多く跋扈して、人々の脅威であった頃の。 思うように動かぬ手足をもどかしく思いながら、その人は夢を見る。 夢の名前は走馬燈。 在りし日の思い出を、鮮明に思い出させる、夢うつつ。 三途の川に向かう直前に見るという、懐かしい過去。 そう、今は死の淵。 ひとは誰しも生まれ落ちた瞬間から、死を免れることは出来ない。 何人たりともその宿命を背負い、生きている。 そして今こそその瞬間なのだ。 死に神の鎌が、己が魂魄を刈り取る瞬間なのだ。 本能的にわかっていた。わかってしまった。 ならば、せめて夢を見よう。 朦朧とした頭で、そう思った。 懐かしき頃の、在りし自分の、もっとも輝いていた頃の――。 ● 彼の人とは誰ぞ。 ――紛れもなく、君なれば。 これは君の、最期の夢。 遙かなる、走馬燈。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
宮鷺 カヅキ(ib4230)
21歳・女・シ
朝倉 涼(ic0288)
17歳・男・吟
昴 雪那(ic1220)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 ――さあ。 人が最期に見る夢を、垣間見よう。 永い永い、途の果てで、人は何を視るのか―― ● (いなくなったりしないと言った手前、このざまですよ) 宮鷺 カヅキ(ib4230)は、心の中でため息をつく。 年はわからない。ただ、理由はわかっている。四歳の頃に飲んだ、毒の影響。 (折角死にたくないなって思え始めていたのに……ま、自業自得だけれども……) 胸の奥でそんなことを独りごちながら、ぼんやりとする頭を小さく横に振る。 (いや、それよりよくここまで持ったものです。薬師に感謝をしなくては) 毒を飲んだ時に死んでもおかしくなかったのだから、そのときの施術がよかったとしか言いようがない。 盛大にぶっ倒れたのは、もう何日も前。意識が薄らぐ中でも、彼女を見舞い、そして頭を撫でていってくれた人がいるのは、わかっている。瞼を上げるこそすらままならず、昼も夜もなく微睡むばかりの日々。 人生に飽いていたわけでは、勿論ない。むしろ、死にたくないと、そう思えるようになっていた――それは彼女の中のとても大きな変化、なのだろう。 そんな早朝に、カヅキはぽっかりと目覚めた。 痛みやめまいなどは、まるで今までのことが嘘のように消えている。彼女にとって、これほど好都合なことはなかった。 (動けるうちに、出来ることを) 朝食を作り、洗濯物を干し……家事を一通りこなしてから、窓を開けて大きく外の空気を吸い込む。外気はほんのりと冷たく、少し重い。ああ、昨日は雨だったのかとカヅキは何となく理解した。 「久しぶりに動いたら、流石に疲れた……お昼まで、少し休憩しよう」 そう言いながら、小さな欠伸を漏らす。 横になるのは、何となく嫌な予感がするけれど。それでも、今は少し休みたかった。 ――そういえば、とカヅキは頭を巡らせる。 最後に隠れ里に戻った折、書庫から相棒のからくりが何冊か本を持ってきていたっけ。カヅキにはその中の一文が妙に印象的で忘れられず、枕元にいる白金の髪の持ち主――大切な人――に向かって、そっと呟く。 ――私が死んだら、真珠貝で穴を掘って埋めて欲しいのです―― それは、ある小説の有名な一節。死の間際、恋人に向かって捧げた愛の言葉。 ――百年待って下さい。必ずまた逢いに来ます―― 嗚呼、しかしそれはなんと優美な言葉だろう。 人とエルフの寿命の違いくらい、理解していたつもりだった。 それでも、やはり置いて逝くのは、胸が痛い。しかし、相手の顔を見て、カヅキはふっと微笑む。 「……なんですか、その顔は」 相手の顔は、少し歪んでいて。 それは自分のせいなのだろうなと、ぼんやり思う。 嗚呼、そしてまた視界が昏くなる。 しかしその中に、白い塊があった。カヅキはそっとそれを見ようと目を凝らす。 ぶわり、と風が吹いた。 ――辺り一面真っ白な梨の花。 それは愛しさか、それとも―― いっぱいになる感情があって、しかし彼女はもうそれを示すことが出来なくなっていた。 ● 戦い終わって数年後、天儀のどこか。 開拓者として変わらずアヤカシとの戦いに身を置く朝倉 涼(ic0288)だったが―― 彼は、死を望んでいた。だからこそ、開拓者となったのだから。 ぼんやりと、耳に届く声。 「 、 」 声にならぬ声で、懐かしい二人の名前を紡ぐ。 それは自分の所為で死んだ幼なじみの男と、その所為で狂った、双子の姉の名前。 ――『凜』とした『涼』やかな夏の日に生まれた双子。 隣家にすむ『夜に咲く』少年は同い年、三人でいるのが当たり前だった幼い日。 母親似で身体の強くない涼はいつも伏せっていたが、二人はいつも陽州の暖かな日差しの中で、太陽に負けんばかりの笑顔を輝かせていたものだ。 ――憧れていた。 身体の弱い涼にも優しく接してくれて、沢山の話を聞かせてくれて。そして、沢山の笑顔を与えてくれて――そんな二人は涼にとっての憧れであり、故に大切な存在だった。 年齢を重ねるにつれ身体も出来てきた涼は、いつも小高い丘の大樹に背を預け、そこで今と同様に、竪琴をかき鳴らしていた。 それは幸せな時間だった。 しかし、それは引き裂かれた。 どうして? ――彼が奏でたその音によって。 アヤカシがその音に引き寄せられ、二人は涼を救おうと駆けつけた。しかし、アヤカシは幻覚を操る存在だった。 姉は惑わされ――幼馴染を刺殺した。それを涼は見つめるほかなかった。現実と幻覚、二重写しの世界を。 これは罪。 弱さと強さが招いた、償うことの叶わぬ罪。 だから彼は望んだのだ。 狂ってしまった姉の望み通りに、彼と同じように戦いの中で死ぬことを。 そしてようやく――ようやく、そのときが訪れたのだ。 涙がつう、と頬を伝う。口元は知らず、笑みを浮かべていた。 竪琴の弦からは指先が離れ、そして視界がかすむ。 (ああ、やっと終わるんだ……) 彼の罪が本当に重いのかどうか、それは神のみぞ知る。 しかし本人にとって重い楔となっていたその罪から、ようやく解放されるのだ。 それは彼にとって、唯一の救いであった。 唇がもう一度、何かを紡ぐ。 それはもしかすると――感謝の言葉だったのかも、知れない。 ● ――沢山の顔が、浮かんでは消えていく。 グリムバルド(ib0608)は、そんなことを思いながら、息をついた。 その顔は幼い頃に喪った家族の顔であり、その後自分を預かってくれた傭兵団の気さくな仲間たちと剣の師匠の顔であり。 あるいは、開拓者となってからともに仕事をこなした仲間たちであったり。 そして、数の名を与えられた子どもたち、アヤカシに育てられた子どもたち。 復讐という悲しみに囚われた少女の顔。 父のように慕っていた駿龍に、妹のようにかわいがっていた猫又。 どれもこれも、グリムバルドにとって忘れられぬ存在である。 ともに戦場をかけた日輪のごとき男の強さに憧れた。 その奥さんはお日様のような笑顔の素敵な人で、お似合いだと思っていたものだった。 もう一人の戦友たる銀のお姫様も元気だろうか……物腰は柔らかだったが危険な戦場でも臆すことなくまっすぐに突き進む、凜とした強さのある存在だった。 懐かしい顔を思い出しながら、小さく浮かべる笑み。 浮かんでは消えていく多くの顔。――ただ一人を、残して。 「…… 、」 小さく唇が、動く。 ……俺の最愛の人。若く未熟だった自分が、傷つけてしまった人。 ああ、今あの人は何処で何をしているのだろう。頼りになる妹分や友人たち、強い絆で結ばれたかわいい娘、それに菫色の相棒も傍にいるだろうから、きっと大丈夫だと思うけれど―― それでも願わずにはいられないのだ。どうか、彼女が幸せでありますようにと。 沢山の笑顔の花に囲まれた、そんな人生を送れていますように、と。 (まったく、年は取りたくねぇな) グリムバルドは胸の内で悪態をつく。自分の終焉がわかるからだろう、そう呟くしかない。 ――どうやら、俺はここまでみたいだ。 若い頃はあの程度の賊、簡単に捻れたもんだがなぁ。 老い、という言葉がどうしても脳内をよぎるのは、仕方の無いことだろう。 (……まあ村は無事だし、面倒見てる子どもたちにも怪我はない。爺にしては上等か) そこまで考えて、彼はふと笑いたくなった。 ――ああ、いい人生だったな。好きな人とは、別れちまったが。 それでもいい人生だった。 そして――白んできた頭で、しかし強く願う。 ……いつかどこかで、また、逢えたなら……今度、は、……絶、対に……離さな、い…… そう祈りながら、願いながら。 彼は静かに、息絶えた。 ● 戦い終わって、六十年と少し。 羅喉丸(ia0347)は、死の床にあった。 妻は横で、彼の頬をそっとなぜている。 (……老いたものだ) 羅喉丸はそう感じた。 失敗も後悔も山のようにある。自分の願ったとおりにならなかったことも、数え切れない。 それでも、おのが信じる道を貫き続けた結果であるのなら――それはむしろ好ましく思う。 長年連れ添ってきてくれた最愛の妻、もう巣立っていった子どもたち、自らの技と魂を受け継いでくれた弟子たち――これで好ましくないなどと言ったら罰が当たる。 賞金首や手強いアヤカシたちとの戦いで、人の身に許されるすべての力を用い、戦い抜いてきたた羅喉丸。後年はそれが元で身体を蝕まれることになってしまったが、後悔などは全くない。異郷の地で一人露と消えていたかも知れないことと比べれば、なんと幸せなことだろう。 有数の開拓者として名をはせた羅喉丸である。かなりの無茶をしてきたはずだが、その割りには十分すぎるほどに生きることがで来た。 先達の想いとともに伝えられてきたものを時代に継承し、何かを遺したいとおもって道場を開いたが、そんな弟子たちが自分を越えようと修練に励む姿は何よりも嬉しいもので。そう、師匠を超えたいという気概こそが、戦いに身を置くものたちに何より必要なものなのだ。 もっとも、迷いや後悔――そんなものは一朝一夕に消えるものではない。しかし、自分の後に続くものの存在によって、そんなことが気にならないくらいに晴れやかな気持ちでいられている。 そう、死が近づいているけれど、羅喉丸はそれを恐怖と思わない。むしろ、様々なことを天に感謝している。 もっとも、羅喉丸は悟りを開いているとか、そう言う人間ではない。だからこそ、道を継いでくれるものにすべてを託していける、のかも知れない。 ゆっくりと唇が動く。かすれた声。 「……傍にいてくれて、ありがとう」 妻に対する、感謝の言葉を胸の奥から捧げる。妻はそれを聞いて、小さくかぶりを横に振った。 それを確認して目を閉じると――意識がすうっと遠のいていく。 そして、幼い頃に開拓者となったきっかけの泰拳士の背中が見えた。羅喉丸は、その人物の背をずっと追いかけて、追い続けていて。 手を伸ばす。幼い掌は、ああ、あのときの姿なのだと何となく理解できた。がむしゃらに走って、走って、そうやってきた人生。 そしてその泰拳士はきっと彼に気づいたのだろう、羅喉丸のほうに振りかえろうとして―― ――ああ、ついに追いつけた。 その一生は、間違いなく幸せだった。 ● 一体どれほどの月日が経ったのか。 開拓者という制度が完全に廃止される直前のことである。 からくり開拓者である昴 雪那(ic1220)は開拓者としての最後の仕事を終えてから数日経ったある日、昔暮らしていた寺院近くの丘まで足を伸ばしていた。 丘の上には桜の樹。それにもたれ、彼女はほう、と息をつく。 ここは主と二人で桜を見に来た、思い出の場所だ。 桜の樹は今を盛りとばかりに美しく咲き誇っている。 「……ここは、昔のままですね……」 からくりたる雪那は、人間と寿命が異なる。しかし、その終焉は間違いなく近づいていた。 最後に受けた依頼のあと、急に身体が錆び付いたように動かしにくくなったのだ。アヤカシもいなくなり、開拓者も必要でなくなった今、彼女に課せられていた役割もきっと終わりを迎えたのだろう。 この丘に来たのは、最期の時をこの場所で迎えるためだ。 頭をよぎるのは、開拓者として過ごした日々。 いろいろな人と出会い、自分の力を『誰かを助けるため』に使おうと決めたことや、人を殴ってしまったこともあったっけ。 私が怒って人を殴っただなんて、主様はきっと驚くに違いない。雪那はそんなことをぼんやり考える。 ――主様。 この人のことは、忘れられない。 以前二人で桜を見た時、雪那はその美しさに気圧されてしまっていた。それを見た主は、優しく笑っていたっけ。 そんな懐かしい思い出に浸りながら桜を見つめていると、また胸が苦しいような、そんな妙な感じがした。 「主様、……ひとつ、わかったことがあります……」 主にかつて貰った簪を手に取り、雪那は微笑む。 着飾るものが増えても、簪は主に貰ったこれ一つだけ。 この簪が大切なのも、胸の辺りが苦しくなるのも、――全部理由は同じだった。 からくりである雪那がこんな感情を持つのはいけないことなのかも知れないと思いつつ、それでも気づいてしまったのは仕方が無い。 口に出してそれをいうのは初めてだ。 主は気づいていただろうか? この甘酸っぱい、胸の苦しみを。 「……主様」 その言葉はひどく優しかった。 「私は……あなたが、好きです……」 ずっと胸の奥で使えていたものがとれた気がする。 そう言の葉にすることで、きっと昇華できるものがあったのだろう。胸の中がほっかりと暖かくなるような、そんな気がした。 そんな幸せな気持ちを抱えたまま、彼女は瞼を閉じる。 ああ、意識が遠のいていく。 そしてその意識が消える直前、――誰かに優しく名前を呼ばれた気がした。 ● 人の人生は、星の数だけ。 楽しいものもあるだろうし、辛いものもあるだろう。 しかし、――満足と思える人生であれば、それはきっと幸せな人生なのだ。 すべての人に、伝えたい。 人の生ははかないけれど、それにはきっと意味がある。 だから――どうか、幸せでありますよう。 |