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■オープニング本文 ● ――みんな、元気ですか。 わたしが神楽の都に来て、どのくらいたったでしょうか。 随分と都にも慣れたし、友達と呼べるであろう人も少しずつできています。 今日は―― ● 「おや、来風ちゃん。また今日も文を書いたの?」 同じ長屋に住まう中年の女性が、そういって笑顔を来風に傾ける。 「はい。祖母が、こういうお話をとても好んでいた人で……。わたしが開拓者になって都に行くことになったのを知ったら、面白い話を聞いたら教えてくれってせがんだんです」 一種の家族孝行ですよね、来風は微笑んで言葉を返した。 「来風ちゃんはいい子だねえ。うちのバカ息子共もこのくらい親思いならいいのにさ」 そうぶつくさと文句をこぼす女性。彼女の家には確か、来風とそう変わらぬ程度の息子が三人いると聞いている。特に志体というわけでなく、ごく普通に奉公に出たりしてはいるらしいが、どうにも母親から見ると危なっかしいということらしい。 「来風ちゃんみたいなしっかり者がお嫁だと助かるけどねぇ」 「え、いえ、わたしはまだ修行中の身ですし……」 あらぬ方向に話が進みそうになり、慌てて会話を転換させようとする。 「……あ、そう言えば、先日教えてもらったお話。あれ、とても参考になりました。巫女姫の冒険なんて、発想が面白くて」 教えてもらった、というのは、草双紙の作者希望であるという来風の参考になるかと女性が持ってきた、とある古い絵草紙のことだった。 「そうかい? あれはこの辺りじゃあ、子どもでも知ってるお伽噺だよ。……ああ、でも、あたしも詳しく知ってるわけじゃあないけど、住んでいた地方やらなんやらで、物語の結末や主人公が違うんだってさ。元々が種類も多いし、派生もかなり出てた」 「そうなんですか?」 来風は目を丸くする。そう言われれば、似たような話は聞いたことがあったかもしれない。 「ああ、そうさ。もし気になるなら、それこそ人を捕まえて聞いてみるのが一番かもしれないね」 物語を作る参考に、それこそなるだろうと。 ● 「それで、今日はどういう依頼を?」 開拓者ギルド。 ここでは数多くの依頼が舞い込み、また様々な面白い情報を聞くこともできる。 「ええと、これなんです」 来風は一冊の絵草紙を取り出す。 表紙には、「巫女姫さま珍道中」とあった。職員もよく知っている、神楽の都では有名な子ども向けお伽噺の一つだ。 「このお話には種類が多いと聞きました。でもわたしは、この一冊しか読んでいない……もっと、この話のことを知りたいんです。作者はとうに亡くなっていると聞きましたし、図書館にも派生の種類が多すぎて揃っていないとかで……参考にしたいんです。どうか、このお伽噺を、もっと教えて下さい」 来風は真っ直ぐな瞳で、職員に深く頭を下げた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
硝(ic0305)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ――むかしあるところに…… ● お伽噺と聞いて、何を思い出すのだろう。 来風(iz0284)は、胸の高鳴りを抑えきれぬまま、当日を迎えていた。 「来風、久しぶりだね!」 約束の時間、約束の場所。まず現れたのは、少女と見まごう美少年――天河 ふしぎ(ia1037)。以前来風が都に来たばかりの頃に、街案内をしてくれた一人である。見知った顔がいることに、来風もほっと息をなでおろした。 「ふしぎさんこんにちは! 今日聞かせてくれるお話、とても楽しみにしていますね」 来風は楽しげに笑う。犬の尻尾が嬉しそうに揺れた。 「草双紙の作家になるって夢、素敵だからね。僕も力になりたいんだ。それに、お誂え向きに話も知ってるから、来ちゃった」 ふしぎの方もなんだか楽しそうだ。もしかしたら彼が空に憧れるのも、憧れの存在だけが理由ではないのかもしれない。 「あの……巫女姫さまのお話を聞きたいというのは、こちらでいいのでしょうか」 ふと見ると、小柄な少女が来風の後ろにいる。 「あたし、礼野 真夢紀(ia1144)と言います。昔読んだお話の中に参考になりそうなものがあるかもと思って、こちらにうかがいました」 聞くと、真夢紀は事情あって地元を離れることのできない姉たちに代わって見聞を広めるために、まだ幼い身ながら開拓者になったのだという。 「詳しい話は全員が集まってからにしますが……あれ、面白いですよね。あたしも昔、夢中になっていました。姉たちが読み聞かせてくれたりしてくれたんです」 「へえ、それは僕も楽しみだな!」 「わたしもです」 ふしぎと来風は、真夢紀の言葉に微笑みながら応じる。 今回集まるのは、ギルドの話だと四人。きっと皆とびきりの物語を胸に秘めていて、そして教えてくれるに違いない。 そう思っているうちに、美しい紫の髪をしたジルベリア出身のリィムナ・ピサレット(ib5201)がやってきた。 「こんにちは! お話聞きたいっていうのはお姉ちゃんだよね?」 「えっ、この話、ジルベリアにまで広がっているんですか?」 来風は当然ながら驚いてしまう。しかもリィムナもまたあどけない顔立ちの少女であり、どう見てもまだ親元を離れるのは早いと思えるくらいだ。真夢紀のときも同じようなことを思ったが、天儀以外の出身でこの幼さとなれば、家族が心配しないのだろうか。 開拓者生活の浅い来風にも同じくらいの妹がいるが、まだまだ家でやんちゃ盛りという感じなのに。 「うちは家族全員開拓者なんだ。だから大丈夫、天儀に来てもそれなりに長いしね。それにお話は、こっちに来てから読んだやつだよ」 リィムナは来風の言いたいことがなんとなくわかったのだろう、そう言って目配せする。それならいいのですが、と来風も了解したようだ。 「さて、あと一人だっけ? どんな子かな?」 「子どもとは限りませんよ、天河さん」 ふしぎの言葉にツッコミを入れる真夢紀。と、黒髪の少女が現れた。手には槍。随分としっかり手入れされているが、その反面服装はやや埃にまみれている。年の頃は来風より少し年下くらいだろうか。 「面白い仕事があると聞いて。お伽噺なんて、少し懐かしい」 そう言って少女は目を細める。それから慌てて、 「申し遅れました。私は硝(ic0305)。まだ駆け出しの身ではありますが」 礼をぴょこりとする。と、鱗に覆われた細長い尻尾が同じようにぴょこりと揺れた。 「もしかして、神威人?」 リィムナが尻尾を見つけて尋ねると、 「はい、蛇の。……と言っても、このくらいしか特徴はないけれど」 硝は、小さく頷いた。 「とりあえず、全員揃ったようですね。それでは、移動しましょうか」 真夢紀がおっとり微笑みながら、それでも歳相応の少女らしく歩き出した。同年代のリィムナの手を引きながら。 ● そんな訳で今、五人の少年少女は来風の住む長屋にいる。 来風が差し出したお茶をすすり、煎餅をかじりながら、来客たちは思い思いに来風の住む部屋をきょろきょろと見回していた。 真新しい墨の香り。ちょっと整頓は苦手そうだけれど、それは逆にいかにも来風らしいとも言える。簡単にいえば、一種の専門馬鹿。聞いた話によると、来風は普段からギルドに入り浸っては依頼の内容をいろいろ確認しているらしい。それが何を意味するかは、ギルドの職員も聞いていないとの事だったが。 と、来風は普段から手にしている帳面を開き、それに墨を含ませた筆をそっと乗せようとする。 「じゃあ、順番に聞かせてもらえますか?」 来風は首をちょこんとかしげ、微笑みを浮かべた。 ……さて誰から話すべきか。四人の眼差しが飛び交う。来風は今か今かといかにもウズウズしているらしく、それは尻尾の動きで一目瞭然である。 「じゃあ、あたしから話させてもらいます」 すっと手を挙げたのは、控えめに茶をすすっていた真夢紀だった。 ◆ 「私が知っているのは、随分昔から家にあったものです。姉か……あるいは両親が手に入れたものかもしれません」 子供向けの絵草紙をそうやって大事に保管しているのはいいことだが、何しろ下手に触るとすぐにバラバラになってしまう。それを考えると、真夢紀の家にあったものはよほど運がいいのだろう。 「タイトルは、『姫さま世直し道中記』。もふらさまの代わりに、主要登場人物が四人になっていました」 ほう、と声を上げたのはリィムナだ。 「話には聞いてたけど、本当にもふらさまのいない話もあるんだ……」 「はい。恐らく派生なのでしょう。主人公は小さな藩のお姫様でサムライ。 その幼馴染が巫女と言われてはいましたけれど……今から思うと、素手で戦う武僧みたいな感じでした」 巫女様、随分と武闘派である。 「それに三味線の弾き語りに擬態しているシノビと、一緒に旅芸人として動いている陰陽師。この四人ですね」 「やっぱりみんな、開拓者なんだね」 硝の言葉に、真夢紀も頷く。 「行き倒れていた旅人二人が城下町の小料理屋の看板娘さんに助けられるんです。 その小料理屋というのが地上げにあって困っていたんですね。……今から思うと随分世知辛いな、と少し思いますけれど」 来風は耳をピクピク動かしながら、それをしっかり帳面に記していく。 「証拠をシノビさんが見つけはするんです。でも、警吏は地上げ屋とグルになっていて……。 そんな風に悩んでいるところを、お忍びで歩いていた姫さまと巫女が聞きつけるんですね。家老のじいやに相談しても、証拠を警吏よりも上のひとが、その家から発見しないといけないと言われてしまう。 で、姫様が思いついたのが、自分たちが黒幕を強襲して、じいや直属の家臣に黒幕の家を調べてもらうこと」 おっ、と目を輝かせたのはふしぎ。 「いかにも勧善懲悪って感じだね! それからどうなるの?」 「もちろん、大活劇です。並み居る雑魚は刀でひと薙ぎ、棒手裏剣で壁に縫い留めたり一本背負いでふっ飛ばしたり……その合間に陰陽師さんは敵の攻撃を封じたり治癒したり。 で、地上げの証拠も無事に発見されて、めでたしめでたし、でした」 子供向けというよりも、娯楽好きの大人でも楽しめそうな感じである。 「こういう話は聞いて面白いでしょうね。読み聞かせてもらったのですっけ?」 来風が問うと、真夢紀はコクリと首を縦に振った。 「姉も、大好きだったみたいです。特に身体の弱い姉は、羨ましそうに聞いていましたね」 姉の姿を思い出したのだろう。口もとが自然と緩んでいた。 「じゃあ、次はあたし、いいかな?」 リィムナがニッコリと笑った。 ◆ 「んー……タイトルは覚えていないんだけど、すごく印象的だったんだよね。 巫女姫様は七歳くらいの、雅な口調の女の子。長い黒髪が特徴って書いてあったかな。 従者は二十歳くらいかな……袴姿の完璧超人な女性で、護衛と教育係を兼ねてる。真田って名前だった。 それと、もふらの名前がもふ太郎。元気な男の子で、こいつが今回の一番の目玉みたいなものかな」 「従者の名前がはっきり出ていたのですか?」 真夢紀のさきほどの話と、この時点でかなりの差異がある。来風の読んだ話に、人物自体はこちらのほうが近いようだ。 「うん。それで姫さま一行は東房にやってくるんだ。 もふ太郎が言うには、ここには東房もふランドっていうもふ太郎の故郷があって、一年中果物の生える木とかもあって、ごろごろしほうだい! その言葉に姫さまも羨ましい、行ってみたいっていうんだけど……ところがもふランドはもふ大王っていう大柄なもふらと子分に支配されて、みんな工場で働かされてたの!」 「えっ! もふらさま、かわいそう」 来風は目を丸くする。実は彼女、もふらが好きなのだ。いや、もふらが嫌いな人はそうそういないだろうが。 「もふ太郎も捕らえられ、姫さまたちは追い出されちゃうの。 で、助けるのじゃー! っていった姫さまに、こんな事もあろうかと、って真田がまるごともふらを用意してるのね。準備万端だよねー」 この辺りは物語のご都合主義、というものもあるのだろう。 「潜入は見事成功してもふ大王に押し入るんだけど、説得に失敗しちゃって。とうとう乱闘が始まっちゃうの! それでも姫さまのスキルで強化された従者にあっという間に倒されちゃうんだけど。 で、もふ大王も実はきぐるみで……。 あたしはここ読んだ時にやっぱりかーって思っちゃったけどね。とにかくもふらを使って金儲けなんてとんでもないじゃない? 結局悪人は役人に引き渡されて、姫さまたちはしばらくもふランドでもふもふを堪能しましたとさ、めでたしめでたし」 おおー、と全員の声が上がる。少女の調子の良い語り口は、聞いていても気持ちがいい。 「そう言えば、もふランドって本当にあるの?」 硝が尋ねると、リィムナは指を口もとに当てて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「それは、秘密なんだってさ♪」 真実と虚構をうまく交えた物語。実在の地名を出すことで、本当かもしれない、というようなわくわく感はいっそう増す。その技巧がうまく使われている作品だった。 「では、私も」 空になった湯のみを置いて、硝がゆっくりと語り出した。 「私もあの主人公たちに憧れたものです。いくつか読みましたけど、特にお気に入りは……こんな話でした」 ◆ 「ある旅の途中で巫女姫たちは盗賊団に襲われますが、その窮地を槍使いの少女に助けられます。 彼女は師匠を殺した敵と、その敵に奪われた師匠秘蔵の名槍を探すための一人旅をしていて、事情を聞いた姫たちもその少女に同行するのです」 淡々と、しかししっかりと。そう言えば硝の得物は槍だな、と誰かがふと目をやった。 「もちろんその道中でいろいろな事件に巻き込まれます。 名槍らしき物を持っていたという鎧武者のアヤカシ討伐や、師匠の知人である槍の達人のもとで修行を積んだり薬探しをしたり。 ……かなり槍使いの少女に焦点が当てられていました。 少女と巫女姫一行の絆も深まり、ついでに盗賊団も復讐で何度か再登場したりという感じで。……この盗賊団も味のある設定だったな」 「しっかり親分と情けない子分とかかな? 憎めない悪役っているよね」 リィムナが指をくるくるさせながら、想像の羽根を広げる。こういうことができるから、物語は面白い。 「様々な苦難の末、ついに敵討ちは果たされるのですが……一騎打ちのさなかに師匠のものだった名槍は少女の技によって破壊されてしまうんです」 「探しものが壊れてしまうのですか?」 真夢紀が目を丸くした。確かに驚く展開ではある。 「ええ。でも、少女は師匠から受け継いだ技と巫女姫たちとの旅の経験が何よりも得難い大切なモノだったことに気づくんです。 そうして深い礼を述べて、巫女姫たちとの別れがあって……」 「どちらかと言うと少女の成長期なんだ。すごいなあ」 ふしぎが感嘆の声を上げる。硝も、 「そうですね。そしてこの話、少女の武器が槍でなく刀や弓である話や、槍使いの少女の後日譚として巫女姫たちの旅の仲間に加わる話などもあると聞いたことがあります。どれも本来の作者以外の創作の可能性が高いと、そう聞きました」 「色々ご存知なんですね。……派生もたくさんありそう」 驚きからかため息をつく来風。ここまでの話が既に皆てんでばらばらで、逆に全てを追いかけるのがあまりに困難だと改めて実感したようだ。 「この話は私が槍術を始めた理由、かも知れません。……来風さんは憧れや、目標にしている作家さんって、いますか?」 硝は逆に、来風に問うた。来風はちょっと考えて、 「わたしは作者を知らずに、色々な話を聞いて来ました。ほとんどが伝聞で、でもお話の一つ一つがどれもわたしの血肉となっている……そんな風に思っているから、皆が憧れです」 そう言って笑う。その笑顔が実に楽しそうで、ふしぎも頷いた。 「じゃあ、最後は僕だね」 ◆ 「幼い頃、空に憧れる僕に母様が読み聞かせてくれたんだ。題は『巫女姫さま空をとぶ』」 空賊のふしぎらしい題名だな、と誰もが思う。何しろふしぎは、希儀での目覚ましい活躍は開拓者仲間でも語り草になるほどの有名人である。 「小さい頃からなんだ、すごいなあ」 リィムナが驚きの混じった声を上げる。ふしぎはひどく嬉しそうに頷いた。 「うん。僕が聞いたのはもっと子供向けな内容でね。 いつも通り従者ともふらさまを連れて旅をする巫女姫の一行がふと空を見上げると、大きな島が浮かんで浮いていたんだ。 巫女姫はどうしてもそこへ行きたいって言い出して、悩んだ挙句、従者と一緒に大きな大きなパチンコを作って、それでビューンと空を飛んで浮島へ行く」 「わあ、すごく浪漫にあふれていますね」 真夢紀もつい顔を綻ばせる。子どもならではの無邪気で抱負な想像力が発動したようだ。 「しかし、その島は悪い女王様の支配する恐ろしい島だったんだ。 ごちそうを餌に、女王の城におびき寄せられて絶体絶命の巫女姫さま一行――」 ごくり。 誰かが息を呑んだ。 「でも油断させるために出されたごちそうを、もふらが際限なく食べて、そしたら体重がどーんと増えてしまってね。浮島は地面に落ちてしまう。 結局巫女姫さまたちは歩いて島を離れて、また旅を続けるんだ」 くすくす、と笑いが飛んだ。愉快な内容で、しかもやっぱりめでたしめでたし。 「冒険物で、だけどうっかりもふらが笑いもとってくれて、すごく面白くて……だからよく覚えてる。母様も楽しそうに話してた」 そして来風に向かって頷く。 「楽しい物語は読者に元気をくれるし忘れられない。来風の夢、僕応援してるよ」 ふしぎの言葉に、来風は一瞬目を大きく見開いた。見回せば、語り部たちの笑顔。そして、それに応じるようにこくりと頷く。 「うん。いつか……いつか、皆に届くよう、頑張るね」 少女の瞳は、強い意志の光を宿していた。 ――めでたし、めでたし…… |