募れ、宣伝文句〜春夏冬
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/20 00:05



■オープニング本文


 今日も今日とて春夏冬の街は何かと賑やか。
 商人たちの暮らす観光の街として再開発の進む中、ふと誰かが呟いた。
「……この街の謳い文句ってなんだろうな」


 言われてみれば、街の再開発が進んでずいぶんになるが、それらしい謳い文句はあまりない。
 と言うか、統一されていないのだ。
 街は元々寂れかけた宿場町だったのを再開発してできたところで、古い住人は今もこの街のありように疑問を持っているらしいが、まあそれは少数派ではある。最近は確実に客も増えており、収入が増えているのだから。
「それにしても盲点でしたね。宣伝の時に統一した謳い文句があるほうが、何かとみんなの脳裏に焼き付くだろうし」
 春夏冬の青年会でそんなことを話し合う、未来を担う若者たち。
「ああ、それこそまた開拓者に頼んでも良いな。こういうのは嫌いじゃないだろうし、街の活性化に一役買ってくれるだろうし」
 開拓者が街を宣伝すれば、きっと良いことがあるだろうと考えているのだ。
「じゃあ、やっぱり愛犬茶房でかなぁ」
 街で一番くつろげる場所として、よく場所を提供しているのが愛犬茶房だ。
 元々は安州にあった店の支店だが、なかなか稼ぎがよいことは誰もが認める話である。


「と言うわけでよろしく」
 そう言われた月島千桜(iz0308)は途方に暮れる。
 まあ、店の売り上げになるし、街からも礼金は出るだろう。
(でも、開拓者も何かと忙しいのよねぇ)
 とはいえ、何とかなるだろうと千桜は気持ちを切り替えた。
 そうしてギルドへの依頼を書き始めたのである。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
霧雁(ib6739
30歳・男・シ


■リプレイ本文


 春夏冬の街が開拓者たちに認められるようになって早一年半。
「ちょうど良い機会なので、久しぶりに春夏冬を訪ねてみようと思って」
 そう言って微笑むのは又鬼犬の白房をつれた少女柚乃(ia0638)である。見知った顔、いわゆる常連さんの一人の来訪に、愛犬茶房の女給頭にして開拓者とのつなぎ役でもある月島千桜(iz0308)は、嬉しそうに迎え入れた。
「あら、柚乃ちゃんも来てるのね♪ 千桜ちゃんも久しぶり」
 そう言いながら二匹の犬――闘鬼犬の桃と忍犬の雪夜をつれた御陰 桜(ib0271)も勝手知ったる何とやら、近くの犬たちに挨拶しながら店内に入っていく。愛犬茶房は犬と戯れることができる甘味処。犬がいるのは当然なのだが――。
「うちの白房もまだ遊び盛りで、でもそろそろ進化も近いんですっ」
 そんなことを嬉しそうに報告する柚乃。だが、
「……あら、もふらさまも来ているの?」
 桜が声を上げる。まさか、と柚乃が顔をそちらに向けると、果たしてそこには柚乃の相棒の一体、ものすごいもふらの八曜丸がのんべんだらりと寝っ転がって丸くなっていた。
「ひまもふ〜」
 そんなことをのんきに口にする八曜丸に、一瞬凍り付く柚乃の顔。
「……は、八曜、丸……?」
 柚乃の声に八曜丸はもっふりたちあがり、
「来ちゃったもふ」
 いかにも楽しそうに、お茶目なことを言う八曜丸の口の周りにはすでに愛犬茶房の季節の甘味、栗まんじゅうがべったり。それを見た柚乃がため息をついたのは言うまでもない。

「でもこの街、何度も来てはいるけれど、宣伝文句ってなかったのねぇ?」
 桜も茶をすすりながら、そんなことを言って苦笑する。千桜もちょっと笑ってから、
「いや、それどころじゃなかったんですよ。なにしろまずは街の方針を固めるのに精一杯で……そうやって気づいてみれば謳い文句とか、そういう街の宣伝に大事なことが意外と行き届いてなかったんですよねぇ」
 なるほど、はじめはただがむしゃらにやっていたが、少し余裕が出てきたところで足りないものの存在に気づいた――そういうことらしい。確かに、そういったことが身に覚えのある人は少なくなかろう。余裕が生まれたからこそ見えてくるものは、意外と多いのだ。
「その割には観光大使を早くに決めてたよね」
 そう苦笑を浮かべながらすとんと横に座ったのは、春夏冬の観光大使に任命されたことのある十野間 月与(ib0343)。その横には上級からくりの睡蓮も控えていて、二人とも結構めかし込んでいる。
「ああ……お久しぶりです」
 千桜が言えば月与はにっこり微笑み返す。
「何しろこれでもあたいは観光大使の一人だし、少しは力になれたらと思ってさ」
 彼女は実家の小料理屋兼民宿の若女将でもあったが、今はそれを引き継ぎ注。とはいえ、若女将としてのなすべきことはもちろんするし、今めかし込んでいるその服装も若女将としての彼女が見立てたものだ。宣伝活動の手伝いに便利なように、きれいな仕立てながら動きやすい服装を纏っている。ジルベリア風の装いであるそれは、意匠もさることながらいかにも動きやすそうな体をしていて、そしてそれがまたよく似合っているのが可愛らしい。
 そしてそんな愛犬茶房に入ってきたのは、虎の神威人の少年羽喰 琥珀(ib3263)である。嵐龍の菫青は屋内には入れないため、外でおとなしく待っている。
「こっちも久しぶりだよなぁ。前にあった作戦がどのくらい影響してるかとか、さっき上空を飛んで確認したんだけど、前に比べたらうんと賑わってるみたいだな」
 嬉しそうに報告し、八重歯を見せてにまっと微笑む。
 以前にも集客目的で開拓者に知恵を拝借することがあった――琥珀はそのときにも参加していたのだ。結果としてその相談が無駄でなかったことがわかり、彼自身もずいぶん安心している。
「依頼が終わったらさ、温泉もあるし行ってみないか? あそこは大型の相棒も入れるから俺は菫青と行くつもりなんだけどさ」
 そんな軽口がたたけるのも、状況が良いことを認識した良い証拠だろう。
 彼の横に座って一人考えているのは、桃色猫耳シノビこと霧雁(ib6739)、三十歳男性。切れ長の目などから察するに美形に思われるのだが、何故か口元をマスクで覆っているのがちょっともったいなく思われる。
「ふむ、温泉でござるか。そういうのもある街となると賑わいを更にと思うのも納得でござるな」
 悩んでいる面持ちは実に美しいのだが、何故か口を開くと残念臭が漂ってくる。
「温泉ならあたしも好きだから、後でみんなで行きましょうか♪」
 桜も楽しそうに笑って見せた。
「と、とりあえず、お菓子をお出ししますので……皆さんの忌憚ない意見を聞かせていただけると嬉しいです」
 千桜は五人ばらばらの有様を見て、少し吹き出しながらそう言った。


「それにしてもきゃっちふれぇずでござるか……なかなか浮かぶものではないでござるな」
 霧雁がそう言いながら器用に茶をすする。マスクの上から。その代わり、その横にいる仙猫ジミーは栗のケーキをむっちゃむっちゃとむさぼり食っているが。
「こいつぁうめぇな! おい、雁の字、おめぇも食え! 食わねぇならもらっちまうぞ?」
 言いながらすでにその手は霧雁のケーキにかかっているあたり食い意地が張っている。
「最近はずいぶん冷えてきたから、わんこを抱いててもイイかしら? わんこで暖を取れるのって素敵よ♪」
 桜は言いながら早速子犬を抱き上げてなで回している。彼女が連れてきた雪夜と桃は、この店の犬たちとすっかり仲良しになっていっしょにはしゃいでいるが、そんな姿を見るのもまた可愛らしい。
「でも確かに、言われて捜すのはなかなか難しいですよね」
 柚乃も頷いた。八曜丸に食べられた栗まんじゅうのため、自身はできるだけ食べるのを控えようとしているが……そのおいしさに結局負けそうな部分がちらりと見え隠れしている。白房を膝の上に抱え、ちょっと首をかしげるさまは愛らしい。
「うーん、ここって交易の中継地じゃない? いろんな地域の文化や物資が入り乱れる地の利や、催し物なんかの試みで活性化を図っている……そんな意味を含めて、こんなのはどうかな?」
 月与が示した紙には、
『新たな試みの湧き出る流行の泉』
『文化と夢の行き交う街』
 そんな文句が躍っていた。街の特性を生かした名称というわけで、悪いものではない。
「さすが観光大使ですね。街のことをよくわかっていらっしゃる」
「うん、で、主軸になる言葉と、その上で催し事それぞれに即した文句を掲げるようにしたらいっそう盛り上がるかなって思うんだけどさ」
 千桜の反応に、月与は言葉を付け加えた。少し首をひねりながら。
「んー、確かにもう少し印象づけになる言葉があっても良いかな、とはちょっと思うんですよね……」
 千桜も、小さく腕組みして考える。


「でもそういえば、そもそもどうして春夏冬って言う街の名前なんだっけ?」
 そう尋ねたのは琥珀だ。それには千桜が、しっかりした口ぶりで応えた。
「ああ、初めて来た方もいらっしゃいますし、わからないですよね。元々この街の名前は『楸希』――と言ったらしいんですが、街の再開発をするに当たっておもしろおかしい名前にしようと言い出した方がいらっしゃいまして」
 ――その方が人の目にとまるし、きっと面白い。
 その人物はそう言って、笑っていたそうだ。
「で、商いをする人たちが再開発をしたということから、『商い=あきない=春夏冬』となったと聞いてますね。確かに目にも耳にも残りやすい名前になっている気がします」
 へぇ、と驚く一同。
 以前にこの街を訪れたことがあるものも、そんな顛末というのを初めて知った、と言うものが少なくない。
「ふむふむ……ありがちな文句かも知れないけれど、それ、つかえそうね♪」
 そう言って悪戯っぽく微笑んだのは桜。琥珀もうんうんと頷いて、
「それじゃさ、『この街には本当の四季がある』って言うのはどうだろ?」
 元の名前の楸希にふくまれていた『秋』、そして春夏冬の『春』『夏』『冬』。
 たしかに四季がそろっているし、その四季折々の行事も行っている。
「四季ってさ、気温が変わったり、着物がかわるだけじゃなくって、その時々に食べられる旬の食べ物、風習や行事、風景も浮くめて四季だからさ。春夏冬の街はそういう四季折々の催しもやってるじゃん? それを前に出すようにすれば良いかなって」
 なるほど、これは一理ある。
「良いふれぇずでござるな」
 霧雁がそう言うと、琥珀は照れくさそうに頭をかいた。
「それで今以上に季節にちなんだ催し事や自然の風景作りにも力を入れてみたら、きっと今以上に名前が売れると思うんだよな! むかし一座にいた頃あちこち回ってたけど、そういう季節の節目とかの祭りって、ひとの入りは良かったし」
 思い出しながら、琥珀が熱っぽく説明する。
 と、そこでひょいと手を上げたのは桜だった。


「うんうん、とっても良いあいであだと思うわ♪ でもそこにもう一ひねりできると思うのよね」
 そうして彼女は、
『秋がない=飽きが来ない』
 と、さらさらと書き出した。
「祭りに力を入れたり、風景にも気を配ったりしていて、一年中が楽しければ飽きたりすることはないわよね? 春夏冬の名前も、それに引っかけてしまえば良いと思うの♪」
 つまり――
『飽きの来ない街、春夏冬』
 何度来ても季節折々で楽しめるって言うことを強調できれば良いと思う、と彼女は更に述べた。街の名前もあきないで、きっと覚えやすかろう。
「ふむ、素晴らしいでござるな。更にひねりを加えて、『飽きがないほかはすべてある街』というのも如何でござろうか」
 霧雁も述べてみる。若い商人が頑張っているのなら、これから更に施設も増えていくだろう。今はまだ規模が小さくとも、ゆくゆくはすべてがそろうようになる――そう言い切っても良いのではないだろうか、と。更にジミーも、
「住みたくなるほど素敵、っていうのもどうだ? 実際、ここにずっと住みたいくらいだぜ。他にもいろんなチャンスがいっぱい、とか……観光客の娯楽や新しい出会いってだけじゃなく、投資家や商人に更に訴えて新規参入を促せば、いっそうの活性化を図れるだろ」
「それに新規参入が契機になって、逆に既存の店が活性化することもままあるでござるな」
 霧雁とそんなことを言い合い、地域経済にまで訴えかけることができる可能性を示唆する。
「……なるほど、柚乃も桜さんと似たようなことを考えていましたけど……」
 そう言うと、柚乃はひょいと姿を隠し、術を使って白い毛並みに赤い羽織の神仙猫に変化してから再登場した。正体はバレバレなのだが、本人はそらっとぼけて、
「はて、わしはご隠居じゃ。それ以外の何者でもないぞ、ほっほっほっ」
 などと笑ってみせる。そしてあらかじめ用意していた座布団にちょこんと座り、お茶を所望してみせるあたり、完全に『謎のご隠居』になっている。
 そして一つ茶をすすり終わると、鼻歌交じりに歌を口ずさみ始めた。
「春夏冬、秋がないない、飽きがない〜」
 若干調子っぱずれだが、逆になんだかその方が安心できる。持っている扇子で座布団をぺぺん、とたたき、更に歌は続く。
「茶房繁盛、席がないない、空きがない〜」
 そんなことまで言ってみせる。
 こりゃあ困ったねぇ、とばかりに茶をずずいとのみ、そして一つ大きなあくび。
「わしは思うんじゃよ。四季……季節が移ろいゆくように、街も人も移ろいゆくものじゃ。この街は常に変化をしている……むろん良き意味でじゃぞ?」
 そう言うと、猫はお茶目に片目をパチンと閉じてみせる。
「……だからこそ、この街にいまだ統一された文句がないのではないかと思うのじゃよ」
 なるほど、とても納得のいく言葉である。
 街は体裁が整ってきたといえどまだ迷走中。人の集まりが良くとも、まだ「これ」という大きな目玉があるわけではない。要所要所に人の集まるきっかけはあるけれど、すべての人の目が向かうものは――多分、まだ整いきっていない。
 そう言えば、と桜が懐から何かを取り出した。見れば、どこかの団子屋だろうか、可愛らしい包み紙である。「もふらさまも大好き!」と書かれてあって、その単語をちらっと見た八曜丸がぴくりと反応した。
「これは?」
 千桜が尋ねると、桜と猫に化けている柚乃が代わる代わる説明をしてくれた。
 以前、都の団子屋がいろいろと困難な状況にあったとき、手伝った際に作った包み紙なのだという。
「これも宣伝文句の一種よねぇ? わんこはお団子を食べられないから話の種に……と思って持ってきたんだけど」
 なるほど。何者かのお墨付き、と言うのも一つの手なのだ。
「……ん? それならさ、謳い文句といっしょにさ、御前試合の毛布衛門みたいな印象に残るやつがいたほうが、広まるんじゃねーかなー?」
 琥珀の言葉は、まさに目から鱗だった。


 そうなのだ。
 謳い文句だけを考えているのでは、今ひとつよわい。
 街の『ますこっと』を作ることで、それにちなんだ土産も作ることができるし、宣伝をするのにも適した存在になるだろう。
 一言で言うと、非実在の観光大使、とでも言うべきか。
「なるほど、それは確かに面白そうでござるな。拙者も以前、茶屋の手伝いをした折りにそういうますこっとを作っていた仲間がいて、その店はすっかり回復したときいたでござる」
 霧雁も嬉しそうにうんうんと頷く。
「宣伝とかを考えるのは好きでござるが、もしゆるキャラを作るのなら、拙者は彫金で鍛えた技術を使って、顔を象った判子を作ることもできるでござるよ?」
 こう見えて霧雁は泰大学の彫金学科に身を置いている。そのくらいの技術ならお手の物なのだ。
「ああ、そういうのもいいな。で、ますこっとを作るのも、親しみやすくするために公募するとかしたら、きっとうまくいくんじゃねーかな。なんか今までの話をちょいちょい聞いてると、青年会が催し物まで運営しているっぽいし、そういうことは専門の部署を作ると良いかもしれねーな」
「確かに……青年会の人たち、いつも疲れているんですよね。街のためとはいえ、これでは大変ですし」
 琥珀の言葉に千桜も頷く。
「ますこっとを作るなら、ちゃんと予算とかも考えなきゃね。あと、そういうますこっとを使ったぬいぐるみや帯飾り、そういった装飾品や衣装を作れたら良いんじゃないかな。子どもや女性が気軽に身につけることができて楽しめようにすることもできるしね」
 観光大使の月与はシビアな点も頭に入れつつ、しかし楽しそうに微笑んで見せた。賛成をしている証拠だろう。


 『飽きの来ない街、春夏冬』。
 結局はこれに落ち着きそうだった。語呂も良いというのはやはり重要だろう。
「それにますこっと作成したりして、ね」
 桜も楽しそうに笑う。
「ますこっとの方は、街の中でも募りますけど……そのうち開拓者さんにもお願いしたいかも知れません。皆さんの発想がなければ、ここまでたどり着くことができなかったのも事実ですから」
 千桜はそう言ってぺこりとお辞儀をした。
「そう言えば千桜ちゃん、このあとヒマ?」
 どうやら開拓者たちはこのまま温泉でひとっ風呂浴びる心づもりらしい。いっしゅん千桜は何か考えたようだったが、すぐに頷いた。
「……はい!」
 彼女の心の痕も十分癒え始めている、その証拠だろう。


 ――さあ忙しくなりそうだ。
 春夏冬の街は、ますこっとを作ることに決めたのだから。