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■オープニング本文 ● 「ゆゆしきじたいもふ」 神楽の都の一角で、もふらさまが一体、息巻いていた。周りにはその話を聞こうと、もふらさまが集合している。 もふらさまが由々しき事態、なんて難しい単語を使うなんて、何があったというのか。 「もふたちのだいすきな……おだんごやさんのたいしょーが、かぜをひいてしまったもふ!」 ……はい? 「おいしいおだんごがたべられないもふ! ゆゆしきこともふ!!」 ……ああ、うん、わかってた。 「もふ! それはたいへんもふ!」 「たいへんもふ!!」 それに呼応するように、もふらさまたちももふもふ言葉を続ける。 ああ、うん。 この展開も、読めてた。 「おみまいにいくもふよ!」 「いくもふ!」 もふらさまたちはもふもふもふと、いっせいに進み出した。 ● 「たいしょー!」「だいじょうぶもふ?」 もふらさまたちは、小さな長屋の一部屋に押し寄せる。 「ったく、もふらさまに見舞いに来てもらえるなんて、申し訳ないねえ」 と、長屋の住人であり団子屋のあるじである米蔵老人は、男泣きに泣いた。 団子屋『米庵』は、団子一筋五十年の米蔵老人が経営する店だ。名物『頑固団子』は、米蔵老人が選びに選び抜いたもち米と醤油を使って作った焼き団子で、都の住人にも好まれる店の一つだった。もふらさまたちもまた好きだったらしく、毎日のようにもふらさまの姿を見かけるということでも有名だったらしい。 「風邪を引いちまって、しばらくまともに動けなさそうでな」 少なくとも一週間は安静にしていなければならないのだという。 「せめて手伝いでもいれば、少しは店も開けられるんだが」 米蔵老人は頑固一徹、妻帯もせずに団子一筋だった。さらに店も最低限でいいからと、開店当時の狭い店構えのままで経営しているのだ。これもまた、還暦を超えた老人にはきついだろう。 もふらさまたちはしばらく考えていたようだったが、一体がややあって口を開いた。 「もふたちがお手伝いするもふ?」 すると米蔵老人は、いやいやと首を振る。 「もふらさまたちにそんなことさせらませんや」 その言葉にもふらさまは、もふふ〜っと笑った。 「それなら問題ないもふよ、開拓者に手伝ってもらうもふ」 ……なるほど、それならあり、なのか? 米蔵老人は苦笑するしかなかった。 ● 「でも、心配もふね」 もふらさまの一体はため息をつく。 「たいしょーはもうおとしよりもふ。あのおだんごも、そのうち食べられなくなっちゃうかもしれないもふ……?」 確かにそうかもしれない。何しろこの店には跡継ぎがいないのだ。 「たいしょーのあとつぎこうほもさがせるかもしれないもふ。みんなで開拓者をほだすもふ!」 なんだか別の方向性に、もふらさまたちも握り拳を作った。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
ナキ=シャラーラ(ib7034)
10歳・女・吟
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● (……情けは人の為ならず、か) 羅喉丸(ia0347)はそんなことを思わず考える。 もふらさまの馴染みの店が消えようとしている――それを聞いて、彼は手伝う心づもりを決めていた。 (やはり、ご老人の人徳の結果、というものかな) 跡継ぎもおらず、還暦を超える年齢まで頑固一徹で通してきた米蔵老人。 病気らしい病気をしたことのなかった彼が病気をしたことによって始まった今回の騒動は、様々なひとに波紋をもたらした。 柚乃(ia0638)のすごいもふら八曜丸や黒曜 焔(ib9754)のもふらおまんじゅうも実はこっそりこの『米庵』の団子をひいきにしていたらしい。 しかもそのいずれもがもふらさま大好きな主の元にいるものだから、その二人は鼻息も荒くやってきたというわけだ。 「私も料理が得意、というわけではないのだが、焼くのだけは結構自信があるのだよ。餅や魚は焼き加減が大事だからね!」 これらが大好物という焔がにっこりと笑ってこぼれそうになるよだれをぬぐえば、その横でおまんじゅうもよだれをじゅるり。 「もふもたいしょーのおだんごは大好物もふ〜。たべられなくなるのはいやもふ〜!」 よだれを垂らしながらでは、説得力も幾分落ちてしまうけれど。 その脇で口元をおさえて上品に微笑んでいるのは大家族の母親にして空龍・斬閃を引き連れた明王院 未楡(ib0349)。 「あらあら、もふらさまたち……それはすこぅし、失礼ですよ?」 たくさんの子の母という彼女からすれば、そんなことも微笑んで流すことができるらしい。ただ、どこかその微笑みにすごみというものが感じられるのは気のせいだろうか。ああ、あるいは彼女のそばにいる空龍の斬閃がすごみをきかせているのかも知れない。 一方柚乃はと言えば、握りこぶしをきゅっと握って。 「もふらさまたちの頼みを断るわけがないじゃないですかっ。お団子を楽しみにしている方もいますし、店主さんも困っているようですし……」 そこで八曜丸をちらりと見て。 「……それに、私よりも張り切っている子がいますもの」 くすり、と微笑みながらうなずいてみせる。 「……すまねえなあ。もふらさまや開拓者の手を煩わせるわけにもいかねぇんだが、今回はちょいとしくじったなぁ」 米蔵老人はそんなことを言いながら、子どもをあやすように開拓者たちの頭を軽くなでてやった。 ● 「まずはお団子の作りからを教えてもらわなきゃね♪」 そう微笑みながら礼をするのは御陰 桜(ib0271)、横に控えているのは闘鬼犬の桃である。 「よろしくお願いしま〜す♪」 作り方はともかく、技術を完全に身につけるのは至難の業だろう。しかし、そのやる気があればきっと何か打開策はあるに違いない。 (そういえば、あとはもふらさまたちがもっとたくさんの人にこの味を伝えたいって言うことは、ご贔屓はともかくとして新規客が少ないってコトなのかしら?) 桜はぼんやりとそんなことを考える。見ていると頑固一徹なこの老人は派手なことは好きな質ではないらしい。 (そうなると過度な客引きとかは控えた方が良さそうね……?) 胸の内でそんなことをこっそりつぶやいた。未楡もふむ、と考え込む。 「確かに、長年かけて磨いた経験と腕を継承するのは並大抵のことではありませんし……。しっかりと腰を据えて指導していくことを考えたら、よい頃合いなのかもしれませんね」 団子一筋という米蔵老人の跡継ぎは、もふらさまたちの希望もあることだし必要だろう。もっとも、それをやるだけの粘り強さや、素養のようなものが求められるだろう。 ただ――未楡には、少し心当たりがあった。 (よい出会いがあるのなら……) 叢雲 怜(ib5488)は胸を高鳴らせていた。 お団子屋さんの臨時雇い。 なんにするにせよ団子の味を知っている方が真実味が出る……ということはお団子を食べることができるかもしれない。そんなささやかな希望を胸に抱いて、今回の依頼に臨んだというわけだ。 といっても彼のすることは、店の宣伝や姉ちゃんたちのお手伝い。姉ちゃん、といってもこの場合は年長の女性、位の意味であろう。 (手伝いをがんばったら、褒めてなでなでしてもらえると嬉しいのです♪) こういうあたりはまだまだお子様だ。 その脇にいるのは同年代の少女、ナキ=シャラーラ(ib7034)が、己の相棒たる鬼火玉「近藤・ル・マン」通称近藤とともに胸を張っている。 「店はあたしらが責任もって守るぜ! だから大将、安心して養生してくれよな!」 出来のよくないものを作って並べてしまうと、店の信用も落としかねない。とにかくまずは大将がよしというまでは練習する心づもりのナキだ。 「とにかく、よろしくお願いします!」 開拓者たち一同、頭を深々と下げた。 ● まずは団子作りを覚えなくてはならない。 店の敷地も狭い上、米蔵老人は今そこに赴けるような状況ではない。というわけで、米蔵老人の長屋にて猛特訓。なぜかもふらさまたちも見学といってついてきているが、まあ気にしてはいけない。 手先が器用なものばかりではない為、失敗作も多々出てくる。ナキはそれを食すことでどこが悪いのかを舌で少しずつ覚えていく……のだが、 「早く上達しねぇと、あたしが団子みたいな体型になりそうだぜ」 頑固一徹は伊達じゃないらしい。 (おかしいな、作り方は合っているはず……なのだが……味や食感が違う……) 焔は団子作りの奥深さに触れ、四苦八苦。 ちなみにその横で、 「きびしいしんさをするもふよ!」 とばかりにおまんじゅうをはじめとしたもふらたちが大口開けて待ち構えている。……まあ、たとえ失敗作でも食いしん坊さんたちには満足なのだけれど。ちなみにその横には桜の相棒桃がいて、もふらさまをうまく誘導したりする係を買って出ている。また、 「米蔵さん、これで元気をつけてくださいな」 団子作りの指導をする米蔵老人に未楡が差し出したのは、栄養価も高く喉も潤せる甘酒や梅干し付きのおかゆなど。寝汗をそのままにしていては冷えてしまうので、着替えの肌襦袢なども届けている。 「俺にも嫁さんがいりゃぁ、こんな苦労はしなかったのかもしれねぇけどなぁ」 米蔵は苦笑しながらそれらをありがたく受け取っていた。未楡は同時に、材料の吟味の仕方など、流石小料理屋兼民宿の主とも言うべきだろうか、団子作りについて詳しく確認をとる。 当然ながら、何十年もかけて到達した団子の味を数日で再現するというのは無謀にもほどがある。それでも、できる限り味を近づけ、普段からのご贔屓さん(含むもふらさま)に満足してもらいたい――と、誰もが考える。それだけ、老人の姿勢が真摯なのをくみ取ったからだ。 「……にしても、本来弟子入りをするとあれば弟子は己のすべてをかけて師に挑み、越えようとするのが礼儀だからな。今回はそこまでの話ではないから、あくまで味の再現だが」 羅喉丸がそんなことをつぶやきながら、ちらりと米蔵老人を見やる。団子と武術は異なるものだが、己の道を究めんとして生きてきた人物の持つ知識や経験は見習うべきものも多いだろう――そんなことを、求道者としてはつい考えてしまうのだ。 (人生の先達から、学ぶべきものは多いだろうからな) 「……まあ、何とかなるといいんだが。ネージュも手伝ってくれると助かる」 羅喉丸は苦笑交じりにそう言って、上級羽妖精のネージュに言葉を振れば、ネージュもクスクスと笑って 「いいですよ、羅喉丸。でも、お団子とはこうやって作るものだったのですか」 小さな手のひらで団子を丸めたり、細々と手伝ってくれるのだった。 ● そういえば、もふらさまたちはこの店の良さを皆に知ってほしいのだと開拓者たちに願い出ていた。むろんそれは米蔵老人には内緒で、である。 「そういうことならさ、やっぱり幟とか必要だよな!」 言い出したのは怜である。華美を好む米蔵老人ではないが、ちょっとした宣伝をしたいというもふらさまたちの気持ちはとてもわかる。自分の贔屓にしている店の評判が上がれば嬉しいのは誰だって同じだからだ。 「柚乃も、売り子さんします♪」 そう言うと、柚乃は錬力を使って神仙猫の姿にひょいと化ける。それも真っ白い毛並みに赤いちゃんちゃんこ、いかにも幸運を呼びそうなその姿。謎のご隠居猫といった風情が妙にかわいらしい。 「どれ、わしは招き猫にでもなるかのう」 すっかりその気満々で、準備していたであろう座布団の上にちょこんと座る。その様が愛らしくて、つい誰もが声を上げそうになった。 「とはいえ派手なコトは好きじゃなさそうだから、過度な客引きとかじゃなくて、お持ち帰りの包みなどが人目を引くようにするのもどうかしら?」 桜はそう言いながら首を小さくかしげる。確かに頑固な老人は派手好みというわけではなさそうで、そう言う意味では桜の言うことももっともだ。 「あと、もふらさまにも少し手伝ってもらえれば、それなりの効果があるんじゃないかしら? やっぱりもふらさまが大勢で食べるなんてみんなが知れば、話題になると思うしね♪」 納得のいく説明に、ふむふむとうなずく一同。 「あと、試食ができるとお客さんにも伝わるかな、とは思うんだけど」 怜がそう首を小さくひねれば、 「ああ、それなら」 ナキも手を上げて発言。 「こっちから売りに行くのでもいいと思うんだよな。うまさをもっと多くの人に知ってもらうにしても、この店を広げるのは今すぐは無理だろ? やっぱり知ってもらうには食べてもらうのが一番手っ取り早いし。……ああ、それと……そう言う店を以前に手伝ったこともあるしさ」 ナキは以前、客足の落ちた茶店の再興をする為の依頼に参加したことがある。そのときの経験を利用することや、あるいはその店の人物に助力を仰ぐことができないか――そんなことを考えながら、ナキは言葉を紡ぐ。 とりあえずできることは、やってみよう。 全員、それで落ち着いたようだった。 ● 団子は完全に――とはいかないが、それなりの味を再現することに成功した。これはやはり、未楡の材料の配合などから確認する作業や、自分たちを実験台としてのたゆまぬ努力のたまものであろう。何人かは少々おなか周りがきつくなった気もするが、そこは気にしない。 団子の販売には、ナキが近藤を団子に見立てるようにして宣伝役とし、自身は立ち売り箱に団子各種を詰め込んで売り歩く。怜も作った幟を背中に背負ってみたりして、団子を立ち売り箱に淹れた状態で人通りの多い道を歩いてみるつもりだ。 桜の提案したもふらさま作戦もなかなかのもので、おいしい団子を食べて宣伝できるのならともふらさまたちも二つ返事で承知した。もっとも、お目付役として桃を付き添わせるつもりではあるが。桜はまた、包み紙に頑固そうなへの字口をしたもふらさまを描き、『もふらさまも大好き!』『米庵の頑固団子』などという文字を入れてみる。手書きでは大変なので、簡単なはんこをつくっての作業だが、これまたかわいらしい雰囲気でもふらさまたちにも好評だった。 そのいっぽうで店の前では柚乃が変化をした招き神仙猫がちょこんと座っている。『幸運を呼び込む招き猫』という触れ込みで、占いをしたりもしてちょっとした店の看板猫状態だ。むろん、この依頼が終わればここからいなくなるが、それはあらかじめ店頭に注意書きを書いておいてある。リピーターが来るのは嬉しいが、猫目当てでは意味がないからだ。 ちなみに、柚乃の観察しているのはもうひとつ。団子が好きで、筋が良さそうな若者でもいれば、声の一つもかけてみるつもりなのだ。 「見込みのありそうな若者が常連にいるかも知れんしのう。ま、わしはド素人じゃがの」 にょほほほ、と笑うその様は確かに好々爺めいている。柚乃自身は少女だが、こういう老猫は性別不明な方がそれらしい神秘的な雰囲気を出せるのだ。 実際、団子好きそうな若者は結構多い。声をかけてみれば、こくこくとうなずくものもいて、なかなかに反応はよさそうである。 うん、これならいける。 誰もがそう思いながら、わずかな緊張とともに『米庵』臨時再開と相成ったのである。 ● 「おお、団子かぁ。うまそうだな」 ナキや怜の売り歩く団子を見て、買い求めていく人は結構いた。もふらさまが後ろから『買え〜、買え〜』とばかりに無言で迫ってくるから、という人もいなくはなかったものの、それでもそのもふらさまたちが好むならきっとうまいに違いないというのは誰もが思うことだったらしい。何しろもふらさまは皆うまい物好き――というか食い意地が張っているので、そんなもふらさまの好むものがまずいわけはない、というわけだ。 「最近は開拓者さんもこういう仕事もなかなかに多いねえ、この間もなんだか見かけたよ」 「ああ、そういえばそうだねぇ。最近はずいぶん大がかりな依頼も多いらしいけど、どうなんだろうねぇ」 近ごろの依頼にいろいろと規模の大きいものが多いらしいのは都の住人もわかっているらしく、その心配をしてくれる声もありつつも、しっかり団子を買ってくれる人々がいるのはずいぶんとありがたい。開拓者冥利に尽きるというものだ。 桜のもふら作戦も事前に想定していた以上の成功となった。なにしろ、もふらさまたちが知り合いのもふらさまたちに更に口コミで広めているため、店にやってくるもふらさまの数は以前の倍近い。更にそのもふらさまたちが公園で仲良く、いかにもおいしそうに頬張っているものだから、そうなればやはり見ているだけでもおなかがすいてくるというものだ。 「もふらさま、今日はみんなで団子ですかね?」 通りかかった民がもふらさまにそう尋ねれば、もふらさまたちは目をきらきらと輝かせて 「これは米庵さんのおいしいおいしいおだんごもふ!」 「たいしょーのおだんごはてんかいっぴんもふ!」 なんてことをお団子にっちゃにっちゃしながらいかにも嬉しそうに言うものだから、やはりなんだか食べたくなると言うもので。そんな折にちょうどよくナキや怜のような売り手が歩いてくれば、当然ながら手が伸びる。 怜は灼龍の姫鶴にも手伝ってもらって、空からの宣伝も少しばかり。お手伝いをがんばれば、褒めてもらえて撫で撫でしてもらえる――それを目標にがんばっている少年はまだ幼い。外回りの仕事が一段落したら、団子作りをしている仲間たちの手伝いもするつもりだ。 ● 「はい、団子を三つですね」 未楡は微笑みを絶やさぬままに接客をそつなくこなす。流石小料理屋の女将でもある彼女、こういった笑顔はお手の物だ。むろん、それは形だけのものではない。心の底から喜んでほしいとそう願っているからこそ、自然とこぼれ落ちる笑顔というものが存在するのだ。 店の奥では今、羅喉丸がせっせと団子を焼いている。店の表では猫に変化した柚乃が客引きをし、焔はというとおまんじゅうに手伝ってもらいながら団子を米蔵の家でつくり――たかったのだが、おまんじゅうはすっかりごろごろとしてしまっている為、分担作業と言うこともあって結局一人で作りつつ米蔵の世話を手伝う、という感じになっていた。小豆粥などならば腹持ちもよいし、ほんのりとした甘さが滋養につながっていくはずだ。不器用ではあるが調理がへたというわけではないし、米蔵の話し相手も必要だった。 「でも米蔵さん、このおいしいお団子をずっと未来の子たちにも食べさせてあげたいですね」 そう言って微笑みかければ、米蔵も小さくうなずく。 「わしは団子だけが命だったようなもんじゃからなぁ。子どものようなもんでもあるし、わしが生きた証じゃからのう。跡継ぎがほしくない、と言うたらまあ、嘘になるわなぁ」 風邪で少しばかり心が弱っているのだろう。老人はそんなことを、まるで夢見るような口調で言う。何十年も守り続けてきた味を、ずっと伝えていきたい――それは、とても納得のいく話で。 「大丈夫。きっといい方に転がると思いますよ」 これまで見てきた依頼を思い返しながら、焔はそう言って微笑みをまた浮かべた。 ● 結果として、開拓者たちの作業は徒労に終わることはなかった。 団子の評判を耳にした食通たちに認められ、頑固団子も都中に名前を知られるようになったのだ。 更に―― 「あの、うちの子の一人なんですけれど」 未楡が連れてきたのは彼女がかつて世話をしていた孤児の一人。米蔵老人の話をしたところ、興味を持って弟子入りしたいと自ら志願したらしい。 「ふーむ……」 本心ではいやがっていないが、口ではまずそう言って見せて。そこに未楡がもう一押しとばかりに口添えをする。 「米蔵さんの味を一代限りにしてしまうのはあまりにももったいないですわ。どうか、この子の生きる糧にさせてはくれませんか?」 そう言われてしまえば確かにその通りで。 一方、ナキはナキで、以前依頼で知り合った茶店から見所のある若者を教えてもらっていた。こちらも、やはり自分から弟子になりたいと目を輝かせている。 「……わしはいい人たちに出会えたのう」 老人はそれだけをぽつりと言って、苦笑いを浮かべた。 「うちは金を払えるほど儲かっているわけじゃねぇ。それでもついてくるなら、わしは拒まんぞ」 その言葉に、集まった志願者たちはぱっと顔を輝かせる。 後継者問題も、どうやらこれで何とかなりそうだ。 ● ――きっともうまもなくすれば、『米庵』の団子はもっと都で人気を博すだろう。 頑固親父の攪乱も、時にはいいものなのかもしれない。 |