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■オープニング本文 ● 泰大学彫金学科では一年に一度、己の技量を公に披露すべく展示会が行われることになっている。 今年からは開拓者の学生受け入れも始めたということで、大学自体が活気づいているのだが――彫金学科の張り切りぶりもまた例年以上のものだった。 彫金学科は名前のとおり、金属細工や加工の技巧を修得できる学舎だ。 芸術家肌の多いこの学科は、それだけにアクの強いものも多く、そして何よりも目立ちたがりが多い。 自分たちの作品でアッと驚かせてやろうというものも多く、その結果が毎年入学式と展示会の時のみに披露される「等身大春華王像」だったりする。これは金属や玉などをふんだんに用い、糸を操ることで表情に変化を持たせることも可能なシロモノなのだから、学生とはいえなかなか馬鹿にできない。 そして毎年、それを超えるものを――と学生たちは張り切って作るのだ。 ● 「展示会、ねぇ」 風牙(iz0319)は渡された紙を読みながら、一つ息をついた。 風牙もまた開拓者でありながら彫金学科で学ぶ一人。はじめこそしぶしぶという感じだったが、今はその魅力の虜になっている。それでも自己顕示欲の強い方でない彼からすれば、展示会というのは少し面倒くさい気がした。何しろ、外部の者達が品定めをするような目で見るのだと先輩から聞かされている。気持ちとしては、やはり少々うんざりしそうなのは確かだった。 しかし、これは学生たちにとっては絶好の機会でもある。 自分たちの作品が認められれば、宮廷で用いられる道具を作る宮廷職人となれるのだから。 ……風牙だって馬鹿ではない。そんな機会をみすみす逃すのかといえば、それがもったいないことなのは承知している。 (ただ、題材がなぁ……) 毎年、新入生は指定された題材にそって作品を作るのがならわしである。 そして今年の題材は、『月』。 普遍的な題材だからこそ、逆にいい案がまとまらないのだ。 (せっかくなら、いい作品をつくろう) この学校に入ったのは偶然だったかもしれない。 それでも、ここで出会った人や出来事は、確かにかけがえの無いものだ。 自分にできる、精一杯を。 展示会まで、あと一週間となっていた――。 |
■参加者一覧
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 泰大学彫金学科、展示会――それは泰国において、彫金細工師を志す者にとっての最高の登竜門とみなされる一大行事だ。ここで評価をもらえれば、将来的に宮廷や他の儀の王家などでで用いられる金属細工を作るという機会を得られることも夢ではないのだ。 「なんか、夢みたいな話だよなあ」 妙に早く目の覚めた風牙(iz0319)はそんなことを思いながら、自身の通う学舎を見上げる。いつもより心なしか、校舎も輝いて見えた。 ● 「風牙さん、やっほー! 何作ったの?」 「いよいよ、あたいたちの自信作のお披露目だね!」 無邪気にそう話しかけてきたのは、紫の髪に小麦色の肌をしたリィムナ・ピサレット(ib5201)と、銀髪に白い肌のルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)という、二人の少女。いずれも年端もいかぬ幼い顔立ちの少女だがれっきとした彫金学科の学生である。 「お、ふたりとも元気だな。今日が楽しみって顔だ」 風牙がそう笑えば、リィムナとルゥミは顔を見合わせ、そしてこっくり頷いた。 「うん! 折角の機会だもんね!」 「それに今日は大切な友達が来るんだよっ♪ それも楽しみなんだー♪」 二人とも展示会という一大行事が楽しみらしい。そろそろ他の学生たちも動き出す頃あい――と思ったら、なるほど、風牙と同室で修業に励んでいる霧雁(ib6739)が桃色猫の耳をぴくぴくさせてやってきた。 「やあ、いよいよ展示会でござるな! 楽しみでござるよ」 霧雁は口元のマスクを外さぬままに、けれど嬉しそうな声でそう言ってみせた。普段こそ何も考えていないような彼であるが、今日はいかにもウズウズしているらしく、尻尾もゆらゆらと揺れている。 「ああ、皆さんお揃いですね。おはようございます」 「おはようございます」 更に揃って挨拶をしてくるのは、黒を基調にした服をまとった、整った顔立ちの男性――Kyrie(ib5916)と、その後ろからしずしずとついてくるやわらかな物腰の一見美少女だがその実少年の日依朶 美織(ib8043)のふたり。こちらも彫金学科の学生であるが、実はこの二人、婚姻関係にある。愛があれば二人の性別なんて瑣末なことでしかない、というのがしみじみとわかる関係だ。もっとも、基本的に彼らの関係は学生たちには伏せているのだが――まあ、雰囲気を見ればわかってしまうことも多々あるわけで、一般学生で気づいたものもいるが、そういう生き方もあるという認識で特に気にしていないらしい。芸術家肌、職人肌の学生が多いために、そういった理解もあるのだろう。 「さあ、もう時間だね! あたいたちも、会場に行こう!」 ルゥミが元気いっぱいに、会場へと駆け出していった。 ● 展示会と言っても、その展示方法も様々。彫金も広義の芸術のひとつとみなされているため、その展示ひとつとっても芸術と扱われるのだ。 だから、会場のあちこちに、自分の自信作を身につけた学生もチラホラと見受けられる。 風牙もそんなひとりだ。彼の作ったものは、金色の月の満ち欠けを銀の鎖一つ一つにあしらってある首飾りだ。満月の位置にはよく磨かれた真円の金があり、そこには月の上に生えているという伝承のある桂の木を丁寧に彫り刻まれていて、どこか洒落ている。 「もともと俺の細工物のきっかけは鎖だったからなぁ。どうも、そこから考えちまうんだよな」 風牙は自らの作品を首から下げて、思わず苦笑する。ある意味、彼の原点回帰――というわけだ。ちなみにその飾りに負けぬよう、風雅自身はいつも以上に婆娑羅者の雰囲気がある衣装に身を包んでいる。 「ほう。風牙さんのも服装まで含めてひとつの作品なのですね……凝った演出ですね、似合っていますよ」 キリエが笑ってみせる。彼の後ろにいる美織は、いっとう美しい巫女装束を身に纏っていた。それがよく似合うあたり、少女と間違えられていても仕方のない話なのかもしれない。 「私たちは、お互いの為の装飾品をこの展覧会のために作ったんです。それぞれ身につけて歩き、皆さんに披露するつもりなんです」 なるほど、言われてみればキリエの方もいつもの黒のロングコートがずいぶんと綺麗に磨かれていた。 「まずは、私から……」 美織がそう言って取り出したのは、銀で出来たネイルリング。それぞれがキリエの右の五指に合うようにこしらえられている。狼の爪から着想を得たという銀の付け爪から細い鎖が伸び、銀の指輪とつながっている。更にその指輪には、月の満ち欠け――繊月から満月までを模して整えられた月長石がひとつずつ埋め込まれていた。 一方左腕用には、やはり美織が作ったという満月に狼の顔が浮き彫りになっているという意匠の銀の腕輪を、更に頭には毛を一本一本精巧に彫った、銀の狼耳がついたカチューシャを、美織が手ずからキリエにつけていく。 「月に吠える人狼……そのイメージなんです」 頬を赤らめながら、美織がそう微笑む。おまけに舞台等で使われる付け牙を彼の口元につけ、これで完成だ。耽美な雰囲気のキリエによく似合っている。 「素敵……惚れ直しちゃいます」 うっとりとした顔で、夫を見つめる美織。キリエの方はというと、その装飾品の数々を見て 「これは……なんて見事な……」 こちらも目をみはって驚く。そして、優しく妻の髪をなで、そして 「ありがとう、美織」 そう言ってしまえば、美織は更に顔を赤らめて、そして嬉しそうに微笑むのだった。 「……では、私の作品はこちらです。美織のために作った、銀鏡と天冠ですよ」 真円を描いた銀製の一枚板は丹念に磨かれており、一点の曇りもない。鏡として使用するにも十分耐えられるように出来上がっている。裏面には月の表面を模した模様が施されており、どこか神秘的な香りさえ漂う。それに繊細な金の鎖を付け、首から下げて使うのだとキリエは優しく解説してくれた。 一方の天冠は純金製。その中央部には、牡丹一華の大輪が浮き彫りにされている。更にその周囲は繊細に網目状に彫り抜かれており、その花の形を引き立たせていた。 「これは、美織の誕生花なのです」 キリエがそう言って微笑んでみせる。また、天冠の上部には日本の長い、まるで兎の耳を模したような飾りが付けられていた。兎は月の住人だからというのがその理由らしい。更に天冠の両端からは白金を彫って作成した雪の結晶が、金鎖に吊るされてゆらゆらと揺らめいている。 それを愛する妻の額につけてやりながら、キリエは口元をわずかにゆるめた。 「これはつまり、雪・月・花……雪月花、というわけです。雪の舞い散る中、月に舞を捧げる華のように可憐な巫女を想像して、これを作りました」 鏡と天冠を夫につけてもらった美織の姿は、まさしく巫女と呼ばれるにふさわしい。 「ちなみに、ここまでひとつの金塊から、のみで掘り抜いて作ったんですよ」 ボソリとキリエが苦笑交じりにそんなことを言う。材料は最高学府たる場所にいるだけあって支給されているものも多いが、やはりこれだけのものをとなるとかなり色々と大変だったようだ。 「こんな……素敵なものを……っ」 わずかに涙ぐむ妻の涙を優しく拭きとり、そして夫は言う。 「ぜひ、巫女舞も見せてください」 美織は小さく頷くと、それを身につけたまましゃなりしゃなりと巫女舞を舞い始めた。月に捧げるための、静かな舞だ。ひと通り舞終わると、美織は小さく礼をした。 「なんて愛らしい……私も本当に狼になりそうですよ」 「きゃっ……でも、その……ね?」 はい、ごちそうさまでした。 ● 一方ルゥミの展示品は、見事なガラスケースの中に収められていた。 ルゥミの幼い容姿からは想像もつかないような、見事な二丁拳銃である。名を聞いてみれば、「満月」と「新月」というのだと、ルゥミは胸をどんと張って笑った。 元になるのは同じ図面から作成された銃。異なるのはその色合い、そして風合いだ。 「満月」はプラチナ製、いっぽうの「新月」は黒染加工させた鉄製。 表面はのみで細やかなエングレービングを施し、月の表面のような彫刻がなされている。こちらもに超共に同じくなるよう、先に作った図面を参考にして寸法を測りながら作ったらしい。 「あとね、あたいは図書館にもいって、天文学の本を読みあさって月の模様をきっちり調べて描き写したんだ!」 そこまでしっかり研究なされたものなれば、作りも細やかになるのは当然といえば当然だ。そこまでして作りこんだ銃の模様は、間違いなく月そのものといえよう。 更にそれぞれの、照準を合わせるための照門は純金で出来た三日月型のパーツを嵌めこまれてあり、照星の上部にはやはり純金製の小さな球型パーツを嵌めこんである。 「これはね、それぞれ月と明星を表しているんだよ!」 ルゥミもここはかなり気に入っているらしく、傍目から見ても、柔らかく光る金色がよい感じだ。 もともとルゥミは砲術士。これは見目にも心を配ってあるが実用性も十分兼ね備えている。 これを見に来た風牙も、 「……ほう」 思わず唸らざるをえない出来栄え。風牙自身も同じく砲術士であり、だからこそ目を留めてしまう。きっとここにかの興志王がいれば、目を輝かせていただろう。 「風牙さんの作品もすごいね! よく似合ってる!」 ルゥミは素直に感想を言って笑いかける。やがてそろそろ次の作品を見に行くんだとまるで弾丸のように何処かへ駆け出していった。 ● その頃。 「ふむ、ここがリィムナの学舎なのじゃな」 そう言って微笑んでいる金髪の少女が、展示会に訪れていた。彼女の名前はリンスガルト・ギーベリ(ib5184)、実はリィムナの「恋人」である。 体験会もあると聞いていたので、学生でない彼女はまずそこに顔を出しており、そこで以前依頼の折に自らが作成したゆるキャラ「みそキャン」を作ってみようと四苦八苦してみたものの、なかなかうまく行かないらしい。 (少し歪んでしまったが、まあこれはこれで味があるじゃろう) ひと通り終えて展示会へと移動したところへ、顔をぱあっと明るくさせたリィムナがやってきて、ぎゅっと抱きついた。 「リンスちゃん!」 「おお、リィムナではないか!」 全身から喜びを表して、リィムナは嬉しそうにリンスガルトに擦り寄る。リンスガルトの方も嬉しそうに顔を綻ばせる。泰大学が基本的に全寮制であるため――もっとも開拓者には例外措置を取られているが――会える時間が減っていたので喜びもひとしおだ。 「ね、ね、あたしの作品どう? あれなんだ♪」 リィムナが指差してみるそちらには、金で作られた大きなレリーフがあった。縦百六十センチほどの縦長の長方形でできているそれは、背景に大きな満月と夜空が、そして希儀でかつて信仰されていたと言われている月の女神に着想を得たらしく、豊かな長い髪の女性が矢をつがえて弓を引き絞っている、そんな姿が刻まれている。そしてその撓んだ弓のかたちは背景の月の輪郭とピタリと重なっているのもまたどこか神秘的だ。 女神の容姿はどこか幼く、希儀に伝わる薄衣を身に纏ったその姿は露出度が高い。頭には月桂樹の葉で作られた冠を被っており、幼くとも凛々しい横顔で標的を見据えていた。 「おお、あれが汝の作品か……見事な……」 思わずため息をこぼすリンスガルト、しかしふとあることに気づいてレリーフに近づき、そしてその横に並んで立ってみた。 よく似ていた。 「うん、そう♪ この女神様はリンスちゃんがモデルなんだ♪ 等身大レリーフだよっ。だって、リンスちゃんはあたしの女神だから♪」 そういって、リィムナはリンスガルトの頬に小さく唇を寄せる。 「……う、嬉しいのじゃ。妾を彫って貰えるとは、望外の喜びじゃっ」 リンスガルトもそのまま二人して仲良くじゃれあう。むろん、他人様の目もあるから節度を保ちつつ。 と、リィムナが耳元でぼそぼそと話しかける。 (実はね、これはもう一枚、一枚目があってね……) 内容はあえて言わないが、少女たちはくすくすと目配せしながら笑いあった。 ● 少女たちの(濃厚すぎる)友情を横目で眺めつつ、風牙はひょいひょいと会場を歩いて行く。妹の来風(iz0284)にも今回の展示会のことは伝えているが、来ているかどうかはわからない。と、霧雁が爽やかに声をかけてきた。 「様になっているでござるな。ハレの日でござるから、拙者も緊張しているでござるよ」 そんな霧雁の自信作は、なんと猫頭の小型の駆鎧のようなもの。 何でも仙猫に進化した彼の相棒・ジミーのために遠雷型をベースに作った仙猫用駆鎧・その名もジミーチャーンド、略してジミーチャンなのだという。 「チャーンドとはとある地方の方言で、月のことでござる」 霧雁は自信満々に言う。何でもジルベリアの駆鎧工房に足繁く通って技術者の協力を仰ぎ、設計図を元に正確な寸法の部品を組みあげたというのだから恐れ入る。なにしろ設計図というのも、抱えればずっしりと重いのだ。 外装は一つ一つ手ずから鉄を鍛造し黒染加工したものと銀めっき加工のものとを交互に組んで、見事にキジトラ風を再現している。猫らしく、なおかつ安定性のために両足は太く短く。また重装甲のために胴も太くずんぐり。二本の尾は自在に動かせるように加工されている。 「顔はもちろんジミーを参考にして、額には真鍮を彫って磨いて作った大きな三日月型の部品を飾ってみたのでござる!」 ちなみにとくに用途はないらしい。 髭も細い真鍮製、瞳には彩色ガラス。右手に秋刀魚型模造剣を持ち、左手には満月を模した真鍮製の円盾。その表面には餅つきをする兎の姿が象嵌されている。純銀線をはめ込んで研磨したそれは、どこか愛嬌があった。 「これは、三日月は秋刀魚に似てるよ祭りの守護者という設定なのでござる。彫金と鍛造の技術を尽くして作ったのでござる。……まあ、宝珠も複雑な機構もないゆえ動きはしないでござるがな」 彼は苦笑したが、その出来はたしかに素晴らしいと風牙は笑って頷いた。 ● 他にも会場には、多くの「月」をかたちどったものが飾られていた。 そして展示会も終わりに近づくと、優秀作が発表となる。 その中には―― 「ジルベリアや天儀の知識・技術を使って泰の風習も踏まえた作品が好ましく見えました。霧雁くん、おめでとう」 最高責任者の教授から、霧雁は優秀賞ということで表彰されることになった。誰もが惜しみない拍手を贈った。 ● まだまだ、学生たちは未熟だろう。 しかし、きっとこれがきっかけで、更なる成長があるに違いない。 泰大学彫金学科はそんな学生たちの成長を信じて、本年度の展示会を閉幕したのであった。 |