【彫金】学科の頼み事
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/31 19:28



■オープニング本文


「おーい、風牙(iz0319)!」
 朱春にある泰大学。ここでは、様々な種類の『達人』足りえる存在を養成しているが、風牙もそんな一人。彫金学科に通っている。
 彼を呼び止めたのは、この大学に入ってから出会った同年代の青年であった。ちなみに先輩である。
「んー、どうしたんすか先輩?」
 呼ばれて足を止めた風牙は、目をぱちくりとさせる。
 後ろから追いかけてきた青年はわずかに息を弾ませて近づくと、風牙に問いかけた。
「なあ、お前ってさ。天儀の開拓者なんだろ?」
 言われて頷く風牙。
 今年から開拓者にも門戸を広げた泰大学は、少しずつではあるものの、開拓者も出入りをするようになっている。学生だけでなく、大学に興味を示した開拓者にも見学会を開くなど、頑張ってはいるのだが……まあ、なかなか思うように行かないのは常のこと。
 しかし、入学してしまえばその楽しさを理解できると信じて孤軍奮闘しているのがむしろ微笑ましく思える。
 開拓者を惹きつけるために頑張っている大学の姿は、やはり開拓者から見ても嬉しいものだ。
 呼び止めた学生は息を整えてから、あることを提案した。
「コレはいちおう学科の課程で必要があると先生方も判断している。だから、もし良かったら――」
 風牙はその言葉に応と頷く。
「そういうことなら、たしかに開拓者の出番ですな。俺があとでギルドに持ち込んでみますわー。大学側からの依頼ってことでいいんんですよね?」
「ああ。風牙はその辺り結構顔が広そうだしな、よろしく頼むってさ」
「了解っす」
 そう言って風牙は、ひらひらと手を振った。


 その翌日。
 開拓者ギルドの依頼には、こう書かれていた。
『素描のモデルに相棒を募集します――泰大学彫金学科』


■参加者一覧
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文


 ここのところきな臭い空気が天儀各地で感じられ、それゆえに開拓者ギルド内もどこかピリピリした空気が漂っている。
 しかしそんな中、泰大学は至ってのんきなものであった。
 のんき、というのは言い過ぎかもしれないが、先年の【泰動】と呼ばれた一連の騒ぎのあと、どちらかと言うと国内の情勢は比較的落ち着いている泰。さらにその中の『大学』という小さな世界の中では、アヤカシ騒ぎなどもそうそう起きるものでもなく、平穏な日々が流れている。
 そして、そこに呼ばれたのは開拓者。
 と言っても、先程も言ったとおりアヤカシなどとは縁遠い環境である。呼ばれた理由はズバリ、
『学生たちの素描モデルに開拓者たちの朋友を用いたい』
 という、なんとも平和的なものであった。

そんなわけで素描会当日。募集した人数の定員が埋まるというわけには流石にいかなかったが、それでも結構な人数が訪れてくれた。
「みんな、集まってくれてありがとな」
 そう開拓者たちに声をかけたのは、泰大学彫金学科所属で開拓者の風牙(iz0319)である。そして彼こそが、今回の依頼をギルドに持ち込んだ当人であった。もちろん、彼が考えた行事というわけではない。開拓者の受け入れを積極的に行うようになった泰大学彫金学科と受け入れられる側となった開拓者、その橋渡しのようなことを頼まれることになった――というだけにすぎない。
 と、風牙と同じく在籍している開拓者で同室の、桃色の髪をなびかせている青年――霧雁(ib6739)が呵呵と笑った。
「最近すっかり学生らしいことが出来なかったでござるからな! 遅れを取り戻すいい機会でござるよ」
 在学中の開拓者は依頼を優先してもよいというように、顧問の教授たちからもお達しがでている。逆に言えば、開拓者の生徒はこれまでの生活のあいまあいまに授業を受ける、ということも可能なのである。
 ちなみに霧雁は、風牙と同室のシノビの青年である。お互い神威人同士ということで、なかなかに気が合っているようだ。今回連れてきた相棒の猫又、ジミーが時折しっぽで霧雁を叩いているが、それもまた微笑ましい。
「うちの桃色座布団はすることが無えとすぐに怠けるからなぁ。雑用でも何でも押し付けて構わねえからさ」
 なかなか辛辣な言い方だが、別に霧雁のことを嫌っているというわけではないらしい。
「ま、学業についてはここのところ色々各地で怪しい動きが起きてるからなぁ。開拓者としてはフクザツな気分だけどな」
 風牙が言えば、ウムウムと霧雁も頷く。
「ところで、こちらの方々が助っ人でござるか」
 言われてそちらに目をやれば、開拓者と思しき若者たちがぺこりと挨拶をする。とはいえ、その中には、
「風牙さん、久し振りだねっ」
 そう言って笑う少女もいたりして。こちらはリィムナ・ピサレット(ib5201)、風牙とその妹の兄妹と仲の良い開拓者の一人である。身につけているのは天儀の神職が着るという装束。随分としっかりしているところを見ると、かなり身分の高い神職が着ることを前提に作られたものらしい。
「今日はサジ太と一緒にモデルをやるよ♪」
 サジ太というのは彼女の相棒である上級迅鷹のサジタリオのことである。今回は主に相棒をモデルに――というのが依頼内容ではあったが、身体能力に秀でた開拓者がモデルをやるのは禁じられていない。むしろ大学生たちからすれば、喜ばれるであろう。
「ああ、よろしく頼むな」
 風牙はニンマリと笑った。
「あたしははじめまして、ね♪ いつも妹さんにはよく世話になってるけど、お兄さんも面白い人なのね」
 挨拶をするのはこちらも妹と縁のある開拓者の御陰 桜(ib0271)。連れているのは二匹の犬――闘鬼犬の桃と忍犬の雪夜だ。二匹ともピシっと行儀よくおすわりをして、桜の横にいる。女性らしいまろやかな体つきをした桜は、わずかに片目を伏せるとにっこりと微笑んだ。
「今は蟻のせいで救助とか討伐とか忙しいから、のんびりしたいなぁって思ってたのよね♪ ちょうどよかったわ」
 蟻というのはもちろん昆虫のそれではなく、今天儀を騒がせているアヤカシのことだろう。
「ああ、こちらも妹ともどもよろしくな」
「ええ♪ ところで、もでるというのも動いてイイのかしら? あたしは元気に動いている方が可愛いと思うんだけれど……あと、雪夜はホントは、じっとし続けてるのが苦手なのよねぇ」
 桜がわずかに首を傾げると、
「ああ、それは大丈夫。むしろ動くほうが、筋肉の細かな動きとか、短い時間でどれだけ正確にモデルを把握できているかとか、そういうこともわかるから、結構歓迎みたいだ。ま、ムリに動きたくない場合はそうじゃなくてもいいけど」
 風牙が頷いた。
「あのー」
 そこで声がかけられる。声の主は、随分と大柄なジルベリア人女性――サーシャ(ia9980)であった。その大きさを気にしているのか、わずかに身を縮こませるようにしている。彼女は糸目の笑顔を絶やすことないまま、風牙にこう問いかけた。
「折角の機会なので自分でも描いてみたいと思うのですけど、大丈夫でしょうかね〜?」
 サーシャの話を詳しく聞いてみれば、彼女の相棒であるアーマー「人狼」改のアリストクラートはそろそろ強化を考えているのだという。
「今の姿は折角だから忘れたくないですし、私も素描をしてみたいと思うのです〜」
 言葉の端々からうかがい知れるのは、相棒への愛情。なるほど、気持ちはとても良くわかる。
「そういうことなら、教授にそのことを伝えておくよ。何、体験授業を受けているってことだと思ってもらえば、むしろ喜ぶだろうからさ」
 ……彫金学科、相変わらず開拓者の編入希望者を絶賛募集中であった。

「とりあえず、今日の素描会の会場に行こうか。屋外だから、どんな相棒のどんな姿でも歓迎されると思う」
 風牙はそんなことを言いながら、慣れた足取りで彫金学科の敷地内を歩いて行く。きょうの素描会の話は他の学科の耳にも届いているのだろうか、他学科の学生と思しき若者たちも興味深そうに相棒連れの開拓者たちを眺めていた。
「大学というのは面白いものですね」
 そんなことを口に出したのは、穏やかそうな黒い瞳をした開拓者の雪切・透夜(ib0135)。今回の外部参加者では唯一の男性である。本人曰く天儀人の特徴を備えているがこれでもジルベリア出身のいわゆるハーフなのだとか。
「ああ、はじめはなんか半ば無理やりこの彫金学科に突っ込まれたんだけどさ、授業とか始まってみたら案外面白くて。ただの開拓者ってだけでは手に入らない知識も多くてさ、向いてたのかもしれないって今は思ってる」
 風牙はそんなことを言う。もともとこの学校に入ったのは確かにふらふらとどこか根無し草の自分をしっかりさせるためにという妹のおせっかいではあった。でも、今風牙はこの場でのびのびと、彫金の基礎からしっかりと学ぶことが出来て、それは彼にとって新鮮な毎日で。
「この学校に入ってから、毎日が面白いと思う。開拓者って身分とは違う、学生としての自分も楽しくてさ。みんなも体験してみるとわかると思うけど」
 やがて話しているうちに、開けた場所に辿り着く。中央をぽっかり開けて、その周りにはちょうど劇場の観客のように椅子を並べた学生たちが座っている。誰かが開拓者の到着に気づいたのだろう、立ち上がって手を叩くと、それを合図にして、生徒たちが歓迎の拍手をした。まるで舞台役者の登場のようだ。照れくさそうに顔を赤らめたり、逆に悠々と手を振ったりして、開拓者たちは会場に入っていった。


「今回はお越しくださいましてありがとうございます」
 学科の代表らしき中年の男性が頭を下げると、学生たちも揃って頭を下げる。
「話はすでにギルドを介して聞いていらっしゃると思いますが、皆さんのびのびとポーズをとってくださると嬉しいです」
 挨拶を終えると、学生たちはすっと椅子に座った。学生たちそれぞれの目の前にはジルベリアなどで使われることの多いイーゼルが置かれ、そこには素描するための紙が用意されていた。
 風牙は思いついてサーシャがこの授業を体験したいことを伝えると、恐らくあらかじめそんな事態も予想していたのだろう、あっさりと席が用意される。感謝の会釈をしてサーシャは席に座ると、さっそく用意された画材を手に取ろうとして――首をひねった。
「ええと、これ、どれで書けばいいんですか……?」
 素描の経験がないサーシャからすればわからないことだらけ。しかしそこは講師が一人付き添って教えていく。
 用意されていたのは筆ではなく鉛筆。もちろんサーシャも使ったことはあるが、その鉛筆の芯は普段使われているものよりもずっと濃くて柔らかい。少し鉛筆をすべらせるだけであっという間に磨り減ってしまう。
 また消しゴムも、紙を傷つけにくいいわゆる「練り消し」というやつだ。線が完全に消えるものではなく、粘土のようにこねて使う。その触り心地が面白くて、素描に参加していない他の開拓者も興味をもったようだった。

 さて、素描モデルの方はと言うと――
 透夜が連れてきたのは上級からくりのヴァイス。
「人前でこういうのは初めてだろうけど、照れない照れない」
 くすくすと楽しそうに笑いながらそう相棒に言えば、ヴァイスの方は頬を赤く染めながら、
「大事なことだというのはわかる。次の世代の育成というのは大切なことだ。……が、何故我はこの格好でなのだ? 騎士甲冑とかでも構わぬであろう?」
 ジトッとした目で透夜を見つめる。彼女は今、透夜の提案によりメイド服を着用しているのである。しかし透夜は悪びれもせずににっこり笑う。
「構造の把握とかも関係しているから、そっちのほうがいいんだ。それに、メイド服姿のヴァイスは可愛いしね」
 そんなことを言ってやると、ヴァイスは更に顔を赤く染めながら
「むう……釈然とせぬが……むう」
 そう言いながら、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
 これがいわゆるツンデレ萌というやつである。

「ところで今回はモデルってわけだが、どんなポーズが望みだ? 要望があればその通りに決めるぜ。ま、おすすめはごろ寝だな。俺様が楽できるぜ」
 そんなことを笑って言うのはジミー。と、すたすたと霧雁がジミーに近づき、腹を見せるようにして寝転がっている相棒のその腹をたっぷんたっぷんと揺さぶった。適度以上に脂肪が付いているため、白い腹がなみなみと揺れる。
「打ち寄せる白波にござるよ」
 その触り心地は至福。霧雁は相棒の腹を揺さぶりながら、うっとりとした表情を浮かべた。
(ああ、ぷよんぷよんで心地よい手触りにござるな……)
 ジミーもされるがままだが決して嫌がってはいない。
「わはは、あんまり褒めるなよ! ちなみに俺はお触り歓迎だぜ♪」
 ドヤ顔でアピールする猫又。
 確かに触ったら福々しくて、こちらも幸せになれそうだ。

 そんな一方で、泰人からすればやや珍しいかもしれない生き物がいた。
 いやそれ自体は決して珍しくないのだ。馬だから。篠崎早矢(ic0072)の相棒、翔馬の夜空である。平均的な馬からすれば随分と胴長短足、天儀の野生馬にその姿形は近い。しかし、どこか剽軽にも感じられる姿とは裏腹に、早矢とともに多くの戦場を駆け巡った歴戦の戦士でもある。
「馬は絵の基本だからな。無論、そのままでは首を下げて草をはんでいる姿の絵しか描けないかもしれないが」
 なので、早矢が側で夜空の動きを上手く操ろうと言うわけだ。颯爽と馬にまたがり、適度に手綱を引く。そうすれば夜空も主の言うことを聞いてくれるため、戦っている姿で静止したり、片足ずつあげたり、あるいは後ろ足だけで立ち上がったり、そんな器用な芸当もある程度は可能だ。勿論、そこまで言うことを聞いてくれるのは早矢が馬上にいる時だけだが、それでもなかなか様になった態勢をとってくれるのはありがたい話だ。
「やはり開拓者の相棒というのは随分と人に慣れているものなんだな」
 学生の一人が関心したような声を上げれば、早矢もちょっぴり鼻高々。自分も素描を体験してみたいとお願いしてみたが、こと夜空を描くことに関しては愛情故に随分と美化してしまっているのがちょっぴり玉に瑕ではある。ああ、それと。
(雪切殿は親しいとはいえお相手がちゃんといる殿方だからな)
 描いてみたいとちょっぴり思うものの、さすがにそれは我慢の子。それなら普段は女性騎士のなりをしている彼の相棒・ヴァイスも描きたいが――何故かメイド服なので、一瞬戸惑いはしたが、まあそれでも描くのは面白いらしい。さくさくと筆を動かしていた。

 ジミーがポーズを決めてから、霧雁は自分も作業に移る。霧雁も他人の相棒を間近で描く機会は早々ないので、随分とやる気満々である。微細に観察して、同時に可能な限り数もこなす――難しいが、このくらいは学生としては当然の範囲。もっとも、やや授業に遅れがちの霧雁は若干もたつきがちではあるが。しかし、志体持ちというのはこういう時に術を使うことで思いがけない効果を生むことがある。彼は夜を発動させ、可能な限りその発動中に素描するという手段にでた。確かにスキルの使用禁止などは厳しくないので、違反というわけではないのだが。
 刹那の動きを描き出す、それをするための手段だ。むしろ開拓者ならではの発想である。
 と、ジミーがうんざりしたような声を上げた。
「おい、飯はでねぇのかー? 泰の飯はうまいんだから、食わせてくれよー!」
 尻尾も動かして、そんな退屈な現状を訴える。
「後で拙者が作るでござるよ。そうだ、折角なので拙者もモデルをするのは如何でござろうか……?」
 そう言うと、霧雁は普段つけているマスクを外して素顔を晒し、苦無を構えて流し目を送る。その素顔はといえば結構な美形。普段隠しているのがもったいないなんて声も漏れるくらいである。
 実際、人間の素描も回数を重ねたい。学生たちは喜んで、同級生の開拓者をカリカリと描いていくのだった。
 ちなみに後日、彼のファンクラブなるものが密かに女生徒の中で作成されたのは余談である。

「さぁ、サジ太もかっこいいとこみせなきゃね!」
 そんなことを言いながら、リィムナはサジタリオに的確な指示を出す。急上昇、急降下、獲物を襲撃する真似や低空飛行、時にはリィムナの腕に止まって雄々しく決め姿をとったりなどなど。学生たちの創作意欲を刺激する十分な材料になっていた。それを何度も繰り返すことによって、姿勢や筋肉の動きも捉えられるだろう。もっとも、動体視力のこともあるからあまり早すぎても問題だが。
「ちなみにあたしもモデルになりに来たんだ♪」
 天儀の巫女舞を下敷きにして、ジプシーやシノビの動きも取り入れた独自の舞を披露するリィムナ。こう見えてリィムナは天儀でも歴戦の撃退士。様々な経験が舞にも活かされている。
 更に、リィムナは韋駄天足を使って走り、さらに金剛の鎧で構え、ナディエと三角跳を活用して連続飛びをし――その勢いで上空で待機していた迅鷹と同化した。同化スキルというのはなかなかお目にかかる機会の少ないスキルであるから、学生たちもおおっと声を上げる。そして友なる翼の力を借りて、まるで御使いの降臨であるかのように優雅に翼を広げ、地上に降り立つ。
 その姿を見て学生たちが喜ばないわけがない。滅多に見ることのない開拓者の活躍の原点であるスキルを惜しげも無く使ったリィムナに、拍手が巻き起こった。

 そんなパフォーマンスに、桜もさすがにすごいわねぇと笑顔。こちらの犬二匹はどうしているかというと、……こちらもごくありがちな感じではあるが鞠などを使って適度に遊んでやっている。
 そういう自然体な姿が逆にイイのよねえと桜は笑顔だ。
「それに、元気にたまを追いかけていく姿がなんとも可愛いのよねぇ♪」
 ちなみに闘鬼犬である桃は人間との会話も可能ではある。しかしあえて行わないのは、話のできる犬がいるということを知られていないからに他ならない。桃自身も、聞かれない限りは話したりしないつもりであるらしい。
 桜が球を軽く投げてやると、桃は幼い雪夜に合わせて手加減しつつ一緒に遊ぶ。
「忍犬なんだろ? 何かもっとすごいことって出来ないのかな」
 ある程度知識のある学生がそんな要望を出せば、桃は立体攻撃の鷹揚で高い位置の鞠をとったり、他のスキルなどでオーラを纏ったり、芸達者ぶりを披露。一方雪夜はといえば、そんな桃を一生懸命描いている学生たちの様子を覗きに行ったりしているあたり、好奇心の強さが伺えた。

 そして、サーシャは。
「もうすぐこの姿じゃなくなるんですねぇ〜」
 そんなことを言いながら、感慨深そうに鉛筆を走らせる。相棒の基礎知識はあっても進化については詳しくない学生たちがどういうことか尋ねると、サーシャは丁寧にそれを教えてやった。アリストクラートとの、思い出の数々も。
 もちろん作業をしながら、だけれど。


 やがて授業が終われば、開拓者と学生の懇談会の時間となる。
「へぇ、こんなものを作ったりしてるんだ! 面白そう」
 リィムナは紹介された彫金学科生の作品を見てすっかり興味津々だ。
「入学をココで希望してもいいかな?」
「喜んで!」
 喜んでいるのは学生よりも学科のお偉方のようだが……まあ、それはいい。
「ところで……ここの寮って、洗濯や物干しは共同?」
「ああ、いちおう共同だな」
「えっと、その、じゃあ、朝、人に見つからないようにそういうところに行ったりできる? あと、お布団をもし汚しちゃったりした時、お金徴収とかは……?」
 リィムナ、えらく熱心にその項目を確認している。問題はなさそうだとわかると胸をなでおろし、そして笑った。
(……ここにはお姉ちゃんも来ないから、おねしょしても叱られないよね♪)
 と、周囲の講師たちがクスクスと笑う。思わず口に出していたらしい。リィムナはわずかに頬を赤くした。
「と、とにかくよろしくお願いしますっ」

「そういえば、こんな資料もあるんですよ」
 そう言って透夜が取り出したのは以前彼が『開拓ケット』と呼ばれる催しで作成した、彼自身が巡った各地の情報資料。元々自己満足も兼ねて作ったものだが、思わぬところで役に立つ。中には彼が描いた各地の服装や風景などの挿画、そして解説。
 これを添えて、実際の経験などを話していく。
「未知への好奇心と、それに伴う経験というのは、創作活動を行う大きな要因になります。知らないことを見聞し、学び、楽しむという実感を手に入れる、だからこそより深く求められるんです。僕の絵も、そうやって上達しましたからね」
 そして、彼は微笑む。
「学生のうちにできることもたくさんあるでしょうけど、百聞は一見にしかず。色々経験してくださいね」

「開拓者の生活……ねェ」
 桜は依頼にも様々なものがあって、戦闘ばかりしているとは限らないことをまずは伝える。
「あたしは温泉の近くにアヤカシがでたとかなら退治もするけれど、今回みたいな依頼を好んで受けてるから武勇伝ってほどのものはないわねぇ」
 それでも経験を積んだ開拓者には変わりない。戦闘の起きない依頼でどんなものがあったか、そんなことを伝えながら。
「でも、彫金ってあくせさり〜とか、よね。好きだけど、好みの作品に偶然出会える喜びみたいなのもあるし、作ることにはあんまり興味はない……わねぇ」
 そうは言いつつも、学生たちの試作品をちょこちょこと覗いて『偶然の出会い』を探している桜だった。

「そういえば、さっきの事ば忘れるなよ?」
 ジミーは霧雁を尻尾でペシペシ叩く。
「飯のことでござるか?」
「ああ、うまい飯作れよ? ああ、あとこれからは俺もココに住むからよろしく頼むぜ!」


 ――なんだかんだ言って、この素描会。
 成功だったようである。