感謝の絆
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/22 19:28



■オープニング本文


 ひらり、と手紙が落ちた。
 それは母からのもの。
 来風(iz0284)は慌てて拾い、埃をパンパンと払う。

『――来風、元気にしていますか。
 風牙は今、朱春にいるということですが、元気そうな便りがこちらにも届いていましたよ。
 学校という新しい環境で、新鮮な気分になっているのでしょうね。
 来風も都に行ってそろそろ一年半。
 最近はこちらもアヤカシの出現がずいぶんと減って、過ごしやすくなってきました。
 貴方が帰省するのを楽しみにしていますね』

 そんな、とつとつとした文章で綴られた、母からの手紙。
 届いたばかりのそれを、来風は懐にしまっていたわけなのだが――ふとしたきっかけで飛び出してしまったらしい。
「お母さん、か」
 来風はその言葉を唇に乗せる。
 会っていないが、元気だろうか。いや、手紙が届くのだからそれなりに元気には違いない。
「そういえば……母の日、ですっけ」
 来風は昨年の今頃を懐かしく思い出す。
 母親、家族に纏わる話を聞いたのは、ちょうど一年前。
 思い出したら、鼻の奥がほんのちょっぴりツンとなった。
「……そうだ、なにか贈り物を……みんなで作るとか」
 その思いつきは、なんだかとても素敵なものに思えて。
 さっそく彼女は、鼻歌を口ずさみながらギルドへ向かうのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 明王院 未楡(ib0349) / 无(ib1198


■リプレイ本文


 母親への贈り物をと開拓者ギルドに集まった、開拓者たち。
 なんだかんだで集まったその人数は決して多いわけではないが、示し合わせたのかどうかはわからないものの皆来風(iz0284)の顔見知りやその知り合いばかりということで、依頼主である来風も気持ち的には随分気楽である。
「母の日というのはやはり特別なんですね」
 来風が嬉しそうに顔をほころばせれば、年の頃の近い柚乃(ia0638)も、同じく頷く。
「柚乃も、母にはお世話になっていますし」
 それに、と彼女は目を細めた。
「……実はこの子、母の相棒だったんです。元は」
 そう言って、連れてきた相棒のかたいっぽう、玉狐天である伊邪那の頭を優しく撫でる。といっても柚乃自身は大のもふら好きで、来風と仲の良いのはどちらかと言うとすごいもふらの八曜丸なのだが。
「母も志体持ちなんです。八曜丸は、実家にいた頃からずっと一緒だった、そう、もうひとりの自分のようなそんな相棒なんですけど、伊邪那は文字通り母親代わりのような存在で……だから、今日は一緒にと思ったんです」
 伊邪那の方は撫でられて心地よさそうに目を細めている。それに、と柚乃は照れくさそうに付け加えた。
「実は、柚乃は手紙が苦手なんです。相手に伝えたい思いを、うまく言葉に表すことが出来なくて」
 来風さんとは逆みたいですね、と、わずかに顔を赤らめて。でもどこか楽しそうなのは、それも個性だと認めているからか。
「普段は離れて暮らしていますから、今日は元気な姿を見せたいし……それに、話したいことも沢山あるし……」
 会いに、行こうかと。
 彼女はそう考えている。
「そうか……うちも故郷は遠いからな。ここまで育ててもらったのだし、それに昔と違って懐にも余裕はある。何か贈り物は、俺もしたいところだな」
 そう言って笑う羅喉丸(ia0347)。義理堅い彼は、大切なことは決して忘れたりなどしない。
 大切な約束はもちろんだし、それに……かつての恩も。
「故郷に錦を飾るなどという言葉もあるが、それは本来ならば出世して着飾って帰ること。まあ、それをするのは今すぐって訳にはいかないがな」
 思い出す母の記憶は、どれもどこか暖かくて懐かしい。
 そんななか、笑顔を浮かべる母の顔とともにチラチラとよぎるのは――ああ、あれは何だったか。
(……そうか、母親はそういうものが好みだったのかもしれない)
 彼の贈りたいもの――それはおおよそ決まったようだ。

「そういえば、真夢紀さんはどうするんですか?」
 来風が尋ねたのは、今回の最年少、上級からくりのしらさぎをつれた礼野 真夢紀(ia1144)。この齢にしてすでに料理は一人前以上という強者である。
 そういえば、真夢紀はよく姉の話はするけれど、親の話はあまり聞いたことのないような気がする。来風としても仲良くなった真夢紀の贈り物、興味が無いわけではない。
 しらさぎはう〜んと悩んでから、おっとりと。
「まゆきのおかあさん……? あんまり、きおくない」
 そんな幼子のような心根の相棒に苦笑しながら、真夢紀は頷く。
「そうよねえ……結構現役の長として、あちこちで歩いていたりとか、近隣の村と交渉に行ってたりとか、そういうことが多いから」
 その言葉に、今度は来風が目を瞬きする。
「真夢紀さんのお母さん、村長だったんですか」
 そう言われて、真夢紀はまたも苦笑を浮かべるしかない。
「ええ、まあ……うちはどうも女系の一族なんです。で、家の仕事一般は第一線を退いたおばあさまがやってらっしゃるし、巫女としての祭祀についてはお姉様とちぃ姉さまの二人が行っていますから……なんだかんだで近隣とのお付き合いや交渉、そういった村の運営に関わることはお母様の担当で。だからたまに故郷に帰っても、お母様ってしらさぎとはあまり交流がないんですよね」
 なるほど。理屈としては納得がいく。忙しい母と、別の用件で忙しい娘の真夢紀では、すれ違わないほうが難しいだろう。
 そして真夢紀の年齢以上とも言える落ち着きっぷりも、これが一因なのかもしれないと来風はぼんやり思った。
「でも、この季節、ねえ……。うーん」
 真夢紀はここで考えこむ。季節感を折角なら大事にしたい。でも何がいいのか、というところで悩んでしまうのだ。
「店を見てから決めましょうか。うん」
 結局はそういうことに落ち着いたようだ。

「母の日の贈り物……ですか」
 感慨深そうに呟くのは、明王院 未楡(ib0349)。清楚でおしとやかな雰囲気の大和撫子だが、同時に大家族の母親という一面を持っている、なかなかの人物である。ちなみに表では、駿龍の斬閃がおとなしくひかえている。
「何か、お母様との思い出があるんですか?」
 今回の参加者の中で来風との接点が一番少ないのは彼女。それでもその家族が依頼に顔出しすることなどはあったので、名前は知っていた。
「ああ、ええ……。今でこそ仲直りもして、仲睦まじく過ごせてはいるのですが……」
 そこで言葉を切り、わずかに言いよどむ未楡。
(あの時――あのひとが取りなしてくれていなければ、きっと今でも……今でも母との関係は、今のような良好なものではいられなかったのでしょうね……)
 胸にちくりと、思ったことがほんの少しだけ、痛い。もうあれは過去のことなのに、それはほんのりと懐かしさを覚える痛みでもあった。
 しかし、それはもう昔のこと。その痛みだって、ただの気のせいかもしれない。昔あったことを思い出して、懐かしさにうずいただけかもしれない。
 未楡は改めて笑顔を浮かべ、そしてうなずく。
「でもそれも昔のことです。それよりも今日は、せっかくの良い機会ですし……皆さんと一緒に、母に贈り物を作って贈りたいなと思うんです。どうせなら、記念になるようなものが良いですし……」
 材料は市場で揃えるつもりなのだろう。手作りするときに使うであろう裁縫道具は自分のものを持ってきている。
「そういえば、来風さんはどうされます? もし良かったら、こんなものを持ってきているのですけれど」
 来風にも、にっこり笑ってあるものを差し出す。それは来風が大好きな、もふらのぬいぐるみ。傍にいた来風の相棒、もふらのかすかはぱあっと顔を明るくさせた。
「もふらもふー!」
 その言葉通り、どこからどう見てもふんわりもふもふ、もふらのぬいぐるみだ。来風も思わず顔をぽっと赤らめているあたり、もふら好き具合が伺える。それをそばで見ていた柚乃も、
「もふら……」
 と思わず言葉を漏らしてしまうくらいだから、二人のもふら愛はかなりのものだろう。むしろ、本物のもふらであるかすかや、すごいもふらの八曜丸がぬいぐるみに嫉妬してしまうほどに。
「ふふふ、来風さんはもふらが好きだって聞いていましたから、こういうもので作る手作りの贈り物とか、きっと楽しむんじゃないかなと思って」
 そう言うと、十人の子どもがいるとは思えないくらいのかわいらしい微笑みを浮かべた。
「なにができるんですか?」
 来風はすでにぬいぐるみの虜だ。
「ふふ、それはもうちょっとまってね。残りの材料を、買いに行きましょうか」
 未楡は楽しそうに、口元をほころばせた。

「……母の日、かぁ。さて、どうしていたっけね」
 そんなことをぼんやり思い起こしているのは无(ib1198)である。そばにはいつもの様に、玉狐天のナイ――彼は「尾無狐」と呼ぶが――が、なにか言いたげに顔を上げている。
「皆さんは何を贈るか決めてるんです?」
 无が尋ねてみると、誰もがなんとなくは、と答えてきた。そう言われてしまうと、无も考えこんでしまう。
 ――贈り物、ねぇ。
 かつて贈ったのは華や手づくりの料理など。
 色々な意味で器用とは言い難い无ではあるが、それでも母はどれをも喜んでくれていたなと懐かしく思い出す。
(装飾品なんかもいいのかな……)
 胸の奥で思いながら、
「じゃあ、見に行くかね」
 ゆっくり立ち上がった。


 商店街は今日も大賑わいだ。
 特にこの辺りは、少しばかり質の良いもの、土産に適したものが売っているので、神楽の都の土産を買いに来るものが後を絶たない。
「相変わらずすごい人」
 来風は思わず呟きながら、きょろきょろと店を確認していく。

「あ、この店……」
 羅喉丸が足を止めたのは都でも名のしれた和菓子店。彼は、いつも母が甘いモノを口にすると顔をほころばせていたのを思い出していた。家は決して裕福でなかったので、甘いものなんて愛でたいときにしかたべることが出来なかったけれど。
「そこの兄さん、なにか欲しいものでもありますかい? 見たところ開拓者のようですが」
 店の若い衆に言われ、思わず目を細める。
 季節の菓子もあるが、家は遠い。贈るなら日持ちのするものを――彼はそんなことを思いながら、羊羹の包みを指さしていた。

(そうだ)
 柚乃は素敵なことを思いついたというふうに、にっこり笑う。
 実家では、料理なぞ作ったことがない。いや、作る機会がないというのが正しいだろうか。
(手作りの料理を振る舞ったら、家族はきっと驚くでしょうね)
 ふふっと笑いをこぼすと、上物の料理の具材を探す。家族は両親と兄が数人。誰も、まさかお嬢様な柚乃が料理を振る舞うなんて考えていないはずだ。
 食材は人数分よりも少し多め。理由は簡単だ。
 彼女がいつもお世話になっている、母親同然に慈しんでくれている呉服屋の女将さんにも、感謝の気持ちを込めた料理を振る舞いたいからである。
(……喜んで、貰えるといいな)
 少女は嬉しそうに頷いたのであった。

 もう一人、少女といえば真夢紀である。
 この時期の贈り物、出来ることなら少し珍しいものを贈りたい。
 そして、出来れば記憶にとどめておいてもらえるようなものでありたい。
 何件か店を回って、彼女は反物を見繕った。涼し気なごく淡い青の色合いは、真夢紀自身がいくつも吟味した結果だ。
 でも、これだけだとどうにも物足りない気がする。もう少し店をと歩いていると目についたのが、花だった。
 実家では見かけない珍しい花ならば、母だけでなく家族の皆も喜ぼう。それに鉢植えなら、枯らさないように気をつけさえすれば来年も花をつけるはずだ。
「でも薔薇も牡丹もあるし……うーん……」
 花屋の前で、少女はうーんとうなった。

 そんな様子を横目で見て、未楡はふふふと微笑む。
 自分にもあんな時代があったものだと、それがちょっぴり懐かしい。
 それが今では、むしろ自分が贈り物を貰う立場だ。ここまでいろいろあったものだと思い出せば取り留めがつかない。そんな娘たちも十分すぎるほどに大きく成長している。孤児を引き取って育ててもいるので家は常に大賑わい、家族の中には自分と同じく開拓者の道を歩いているものだっている。
「随分、時間がたつのは早いものなんですね」
 ポツリとつぶやくが、本当にそのとおりだ。
 そしてそんな自分が母に贈りたい――と思ったのは、人形。と言っても可愛らしくちんまりとしたぬいぐるみだ。
 母と仲直りした頃を思いおこさせるような、娘がまだ幼かった頃の姿とあの頃の母の姿をおおもとにした、そんな手のひらにのってしまうくらいの、ぬいぐるみ。
「ああ、そうそう」
 来風が随分とぬいぐるみに気を引かれていたのはさっきのとおり。ぬいぐるみをちょっといじって贈り物にするなら、それのための材料も調達しないと。
 未楡はなんだか楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、手芸店に足を踏み入れたのであった。

 一方、尾無狐とともに街を散策していた无はと言うと、他の仲間達が楽しそうに商品を見繕っているのを見て、なんだかそれだけで楽しくなってくる。
 とは言え自分も贈り物を……と思うが、彼の両親は世界を旅して仕事をしており、手紙などで居所はわかっても出会うことはめったにない。
(……そういえば、手紙に)
 先だってもらった手紙に書かれていたのは、長年使っていた財布がとうとう壊れたということだった。それはかつて无が幼いころ、やはり母へと贈ったものだった。
 ちょうど近くの小間物屋を見てみれば、落ち着いた色合いの財布がいくつか並んでいる。その中から使いやすそうなものを選んで購入することに決めたのだった。
 ――手紙も添えたほうがいいな。
 そんなことを、思いながら。


 買い物を終え、再びギルドに戻ってきた仲間たち。
「もふらのぬいぐるみを使って、氷嚢にも湯たんぽいれにもなるものが作れるんです。比較的簡単に作れるんですよ」
 そう言って来風や柚乃に微笑みかける未楡。本人はぬいぐるみ作りにさっそくとりかかっているが、そのくらいの助言をする余裕は十分にある。さすが現役の母親、手際の良さは折り紙つきだ。
 そんな一方、羅喉丸はきれいな錦の風呂敷に、大きな菓子折りを包む作業をしていた。量が多いのは、おすそ分けをしてもらえるようにという配慮だという。
「きれいな風呂敷ですね。何か思い入れでもあるんですか?」
 来風が問うと、青年はほんのり照れくさそうに笑う。
「故郷に錦を飾るなんて言葉があるだろう? あれは本来出世して着飾って帰ることだが、それに引っ掛けた洒落というわけでね。目を楽しませるのも、きっと喜ぶだろうし……喜んでくれるかな」
 普段よりいくらか少年めいた顔で、羅喉丸が口にすると。
「善哉、善哉。孝行のしたい時分に親はなし、なんて言葉もあろう? できるのならば、早いほうが良かろうて」
 そう言って彼の相棒、天妖の蓮華がその周りを飛び回る。
「そうですね。まゆも、同じようなことを思います」
 真夢紀は贈り物に添える手紙を書く筆を一旦止め、微笑んだ。
「そういう真夢紀さんのそれは……」
 見れば随分立派な鉢植えの、蘭の花。反物と添えて贈るのだと、嬉しそうに説明する。
「折角なら来年も花をつけてもらいたいから、お世話の方法を聞いておいたんです。蘭の花は故郷では珍しいし、これを見てまゆを思ってもらえるなら、素敵かなって」
 甘い蘭の花の香りが、鼻孔をくすぐる。かなり奮発したに違いない。
「そうか、残るものっていいですねー……柚乃は結局、お料理にしちゃうつもりですけど」
 そう言いながら柚乃が披露する食材は、どれも一級品。めったに料理を振る舞う機会のない彼女にとって、自分の出した料理がどう思われるか、とても楽しみなのだ。
「それに何より、直接会うのが一番のおみやげみたいな気もしますから」
 娘の元気な姿を見るのは、たしかに喜ばしいことだ。それならば、母のみならず家族の誰もが歓迎してくれるに違いない。

「……あれ、无さん?」
 来風は何やら考えこんでいる无に声をかけた。
「ああ、これをどうやって届けようかと思ってね。贈り物の準備はできたんだがねぇ」
 見れば上品な財布と近況を綴った絵葉書が机の上に並んでいる。
 と、尾無狐がポツッと呟いた。
「かおみてはなししたら、えがおだったね」
 ――顔見て話したら、笑顔だったね。
 贈り物より何より、きっと母親が一番喜んでくれるのは自身の無事――なのかもしれない。
 无は、口に出す。
「……風天に、頼んでみるか」
 夜色の龍に乗り、母親に直接届ける――きっと母は、笑顔で迎えてくれるだろう。
 そう思ったらなんとなく楽しくなった。
 やはり、顔を見るというのは特別なことなのだ。

 来風もなんだかんだでもふらのぬいぐるみの改造を完成させ、また自身も買っておいた絵葉書に近況を書書き綴っていく。
 母は喜んでくれるだろうか。
 いや、きっと喜んでくれる。そう信じて。
『母さんへ。
 お手紙ありがとう。
 わたしは元気です――』

 そして、その文章はこう締めくくられることになった。

『お母さん。
 いつも、いつも、ありがとう』