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■オープニング本文 ● 朱藩は安州の好事家たちが、最近ひそかに楽しんでいる道楽がある。 その名も、「もふらさまきせかえ」。 もふらに様々な特注の服を着せたり、装飾品で飾り立てたり――もちろんそれは武器や防具という無骨なものではなく、実用性を無視したあくまでおしゃれのための――そうして品評会などを開き、それぞれのもふらの自慢をするのだ。 香を焚き染めたり、時にはそのふんわりとした毛に染色などの加工をするものもいるという。 もちろんそのようなもふらには滅多なことでは街でお目にかかることはない。 ここまでの道楽は安州の名だたる大商人や様々な傾奇者、好事家たちの趣味の領域に他ならず、特に商人の手元にいるもふらなどは存在それ自体が縁起物のような感じなので、一層民草の目にとまることが少なかった。 それでもそんな噂はどこからか流れていくもので、その好事家たちに倣ってもふらを少し飾り立てたりする者たちも、この地では増えてきて…… ● 「……それでですね、私の勤める店の支配人――この方もかなりの物好きな方ですけれど――この方が、開拓者の皆様が連れているもふらたちにもそういうおしゃれをさせたらどうなるだろうと言い出しまして」 安州でも珍しい『愛犬茶房』の女給頭がそう言うと、ギルド職員は首を傾げた。 「つまり、開拓者のみなさんのもふらを着飾らせてみたい、と?」 「はい、支配人はそう申しております。天儀のみならず各地で活躍なさっている開拓者の皆様なら、あるいは自分たちの思いもよらない印象にすることもあるのではないか、と」 もちろん開拓者の持つ美的感覚で、思うままに着飾らせて構わない。 そのための費用や準備期間も与えるということを、その女性の持っていた『支配人からの手紙』とやらで確認する。 「実際、この安州に新しい風を吹き込む開拓者様は多いのです。きっと支配人も、それを期待しているのかと思います」 職員はそれを静かに聞いていたが、 「――わかりました。ではこちらは品評会を開催という形で紹介させてもらいます。それに、そんなもふらさま、私も見てみたいですからね」 優しい笑顔で応じたのだった。 ――もふらさまの品評会開催!―― あなたの相棒であるもふらさまを綺麗に着飾らせてみませんか? あなたの、「夢のもふらさま」を期待しています。 |
■参加者一覧
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
厳島あずさ(ic0244)
19歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 「もふらさまの品評会?」 「開拓者のもふらさまか……」 「粋なことを考える御仁もいるものだ」 その噂はそんなふうにして、あっという間に街の開拓者たち、そして安州の住人たちの知ることとなった。 もし機会あれば、ともふらさまの毛並みを懸命に梳いて見栄えを良くしたり、綺麗な布を用意してちょっとした装飾品をこしらえたえりする人も多かった。 とはいえ当日、実際にもふらさま品評会の会場にもふら連れで現れたのは――六人。 ……もっとも、ここに来るまで大変だったものもいるようだが。 たとえば、黒曜 焔(ib9754)と、その相棒の「おまんじゅう」。やる気のでないおまんじゅうに、焔はそっとこんな耳打ちをしたらしい。 ――優勝できたら、この間見つけたジルベリアの美味しい芋菓子を買ってきてあげようかな? その言葉に趣味・食っちゃ寝の真っ白いもふら、おまんじゅうも目が輝いた。……というわけで現在やる気満々である。 逆にはじめから目を輝かせているのは、ジルベリア出身の神父ながら天儀固有のもふらに対して深い愛を注いでいるエルディン・バウアー(ib0066)と、その傍らにいる「パウロ」だ。 神父であるエルディンの傍にいつもいるためか、パウロも常に気分は助祭。もちろん正式な人間の助祭はほかにいるのだが、主思いのパウロはいつもおっとりつぶらな瞳で影に日向に(?)エルディンを助けてくれている。 「神父様、今日は楽しいことになりそうでふね♪」 そんな無邪気なパウロの言葉に、笑みを絶やさぬ神父も頷く。 「ええ、パウロ。あなたの力で皆さんを魅了しましょう!」 言いながらもふもふ。ふわふわの毛は、実に触り心地がいい。 もちろん、ここにいるのは男性ばかりではない。 「百八(じょや)、がんばりましょうね」 そう己のもふらに微笑みかけるのは、倉城 紬(ia5229)。もふらにしてはやや珍しい、ほんのりと黄みを帯びた緑色をした毛並みが風になびく。名を呼ばれた「百八」も、 「そうもふね、百八に似合う格好、したいもふ!」 ひとの少女のようにおしゃれ好き、可愛いものが好きなもふらはきゃっと楽しそうである。主との相性も良いのだろう。 「……からす(ia6525)、どうするであります?」 いっぽう、不思議そうに年齢不詳の主――からすの顔を見つめるのは、異国風の帽子がトレードマークの「浮舟」。 「ふむ、こういうのはあいつのほうが詳しいのだがね」 からすの言うあいつ、というのは彼女の相棒のひとり。だがまあ、 「自分が満足して楽しめるのならば、それで良いかとは思うけどね」 「そうでありますか?」 からすに言われて、つぶらな瞳を瞬きさせる浮舟。自身のことを実用的なもふらと考えている浮舟は、それでもどうやら主が楽しそうであることを嬉しく思った。 そんな中ですでに飾り付けられているもふら一体――これはもともと主の趣味らしい。そのもふらの名は、「居眠毛玉護比売命(いねむりけだま まもりひめのみこと)」……仰々しく長いので通称「ヒメ」だ。その名前から察することができるとおり、文字通りの神の使いとして育てられてきたもふらである。主の厳島あずさ(ic0244)も、これまた神社に生まれ巫女としての修行を積んできたという純粋培養系少女である……が、それゆえにヒメをいっそう蝶よ花よと育てており、もふらであるヒメを着飾らせるということに最初から抵抗感など全くない、という徹底したもふらばかぶりであった。しかもすでに彼女の中では、勝負は始まっている、らしい。 そんな中、ひとりやたら浮いている男がいた。 守紗 刄久郎(ia9521)。開拓者名簿などでは失踪中とされている若者である。失踪中のはずがどうやってかこの催しを知って、相棒「モフラッシュ」とともにやってきている。 そんな彼の内心は、非常にわかりやすいというか、なんというか。 (ひゃっはーッ、もふもふだァー!) 血走った目で見つめているその心の叫びはまるで世紀末の戦士。もふらのもふもふに心奪われている、そんな心境ではあるけれど。今も抱きついて擦り寄りたい衝動を何とか抑えている、という感じである。 一見世間からのはみ出し者(というかなんというか、事実そういう面が強いのだが)のこの刄久郎、実はもふもふしたものが大好き。モフラッシュが呆れてしまうほどに。 (もふもふがいっぱい……もふもふしてえ……) そんな主の心が察せられるモフラッシュの視線は冷静、というか冷ややか。でもまんざらでもなさそうに見えるのは、面白そうな催しであるという思いがあるからだろう。 そんな訳で、参加者は六名。興味を持っていたらしい人はもっといたようだが、それぞれがそれぞれに事情あったらしく、会場にもふら連れで現れたのはこれだけであった。ただ、噂をどこからか聞きつけてきたらしい観客たちが興味津々な顔でそれを見つめている。かなりの人数がこの顛末を見守ることになりそうだ。 「もふらさまの愛らしさ、美しさ、凛々しさ……そのようなものを引き出す装束を、期待しています」 そう、文書を読み上げるのは『愛犬喫茶』の女中頭。何かと忙しい支配人の名代として、宣言しにきたということだった。 「もふらさまへの愛は、素敵なものですからね」 審査員としてきているおっとりした女性が微笑む。審査員の三人は、それぞれ自身ももふらさまのきせかえを楽しんでいる好事家であり、それゆえに目の肥えている者たちである。 「……でもこれだけでも、もふらさまが並ぶとなんだか嬉しいですね」 『もふら愛』を大きく掲げるエルディンが、笑顔を絶やさぬまま他の参加者たちに微笑みかける。 「ですね。皆様のもふらさまも、とても愛らしいです……よろしくお願いします」 そういうのは焔。女性たちに向けては、当社比三割増しのイケボで。 (またはじまったもふ〜) おまんじゅうがちょっと呆れ顔で見つめているが、本人はちっともそんなことを気にしていないようだ。ただ、そういう言葉に慣れていない箱入り娘ふたりは、顔を赤く染めている。 かくして、長く短い一日が始まった。 ● もふらの衣装などに必要な費用、必要な道具一式は、すでに登録時点で渡されている。その場で作ることもできるが、ある程度既成の商品を使って飾り付けるのも十分に可能だった。 なにしろここにいるもふらたちは、そういうことにも興味津々だったりするのだから。 のんびり屋のもふらたちだって、楽しいことには敏感なのだ。 「……百八、少し早い季節ではあるけれど、春を感じるような衣装はどうかしら?」 紬は、そばにいる相棒にそっと尋ねる。少女らしいあどけなさを持ったもふらは、きゃっと喜んだ。 萌えいずる若葉にも似た不思議な色合いの毛並みをもつ百八には、春こそがふさわしい季節。 「春! それは素敵もふ! 百八、そういうの好きもふ!」 着用前に色合わせを丁寧に行なって、どのような色合いの組み合わせが似合うか、どういう服装が彼女にふさわしいか、そんなことをしっかりと調べあげる。 紬が脳裏に思い浮かべているのは、春らしいお雛様。女の子らしい、そんな姿を思い浮かべて、少女はひとり微笑んだ。 浮舟は、主であるからすに説明をひと通り受けた。 かつて知り合った老人がくれた、浮舟の宝物である帽子。せっかくならば浮舟によく似合うそれを生かした服装にしようと、からすは思いついたようである。 ――彼女が相棒に提案したのは、旅人らしい装束。 「まあ、楽しむのが一番だよ。こういうのは楽しんだもの勝ちだ」 「そういうものであります……?」 今回のために用意した装束をひとつひとつ確認しながら、そんなことを言うからすに浮舟が尋ねる。 「当たり前じゃないか。自分が不満に思う服装をしても、その不満は言わずとも周囲に伝わるものなのだよ」 「なるほど、であります」 説明を受けて、自称『できるもふら』は納得したのだった。 「ねえおまんじゅう、きみはどんな服装をしたいかい?」 純白の毛並みに覆われた相棒に、焔は問いかける。いかにも楽しそうに、ぴこぴこと猫耳を動かしながら。 「んー、それは似合えばおまかせもふ」 ちょっとまただれてきているのだろうか? 食っちゃ寝大好きという典型的もふらのおまんじゅうは、小さくあくびを噛み殺しながら主にそういう。 「おまんじゅうの好きな胡瓜、あとで食べさせてあげるから」 このもふら、甘党であると同時に胡瓜も好きらしい。そんな言葉でやる気が出るのかと突っ込みたくもなるが、効き目はてきめん。 「胡瓜と、あと芋と栗をつけるもふ?」 「ああ、食べていいからね」 「やったもふ〜」 つぶらな瞳で喜ぶおまんじゅう。焔はそうやっておまんじゅうの気分をのせた上で、きせかえに必要な採寸などを行なっていた。 「神父様! 僕もいっぱい可愛くなりたいでふ!」 逆に目をキラキラ輝かせているのはエルディンとパウロ。 「ええ、パウロはなんでも似合うと思いますよ」 純粋極まりないパウロのやる気にあふれた言葉に、笑顔の素敵な神父さまは優しく応じる。 「そうですね、例えば……パウロは甘いものが好きでしょう? 服装も、お菓子を彷彿とさせるものだったら、喜びますか?」 エルディンの思いついたのは、服装というより仮装、きぐるみに近いらしい。ジルベリアのケーキを模した姿。 必要な綿入れなどを準備しながら、パウロにそう言って問いかける。 「もふ? 甘いもの大好きでふ〜!」 こどものようにきゃっとはしゃいで、パウロは体を震わせる。ふかふかの毛並みが、それにつられてふわふわと揺れた。 可愛らしくて美味しいもの。 たしかに、もふらにはよく似合うだろう。想像するだけで、顔がほころんできた。 「ヒメ、今日は気合入れますよ! せっかくの品評会なのですから!」 「ひんぴょうかい、もふ?」 あずさの言った耳慣れぬ言葉に、ヒメは首をちょこんとかしげる。 「そうです。ヒメがみんなの中でもっとも美しいと、それを示すのです!」 普段から着飾られることに慣れているヒメだが、気分高揚中のあずさに思い切りそう言われ、そしてわずかに悩み、そして 「……綺麗になれるもふ?」 そう、主に尋ねる。ちなみに現在は金色の鈴や神社の石像がつけているような紅いよだれかけ、それにちょっとした房飾り。 「もちろん」 あずさの笑顔は、ヒメにとっては百人力。 「綺麗になりたいもふ〜!」 「ええ、しっかり綺麗にしますからね」 ヒメの弾んだ声に、あずさも頷いた。 (もふらをもっともふもふしてえ……) 周りのもふらたちが準備する中、自らも準備をしつつも気がそぞろになっているのは刄久郎。用意しているのはジルベリアなどで使われる装束。異国風の単を用意して、そのもふもふが隠されてしまうの残念に思いつつも、モフラッシュに丁寧に着せつけていく。 けれどそんな主人に対し、モフラッシュは思う。 (刄久郎の暴走を止められるのは自分だけもふ……! 絶対止めるもふ!) 六者六様の想いが渦巻く中、ついに審査が始まった。 ● まず出てきたのは、からすと浮舟だ。 いつもの古びた帽子をかぶった浮舟は、それにふさわしい渋目の色合いで全体を揃えていた。 深緑の外套。その胸には造花が一輪、冬ながらその組み合わせはさながら森の中にひっそりと、しかし存在感を持って咲く花のよう。 口には天儀独特の形状をした刀をくわえ、いかにも抜刀できるようにしている。 後ろ足立ちになった時に持てるよう、ジルベリアのラッパをぶら下げてもいた。 よく梳かれた毛並みが美しい。寝具をのせた荷車を繋いである状態でも、毛がつややかで、いかにも気を配っているのがわかる。 そして、一言。 「浮舟、旅の途中でありますから……」 恥じらいを見せつつもそういう浮舟の姿はいじらしく可愛らしい。 そんな相棒の姿を眺めつつ、からすは茶を淹れる。審査員や他の参加者、やじうまたちにもすすめながら。 「如何かな?」 その言葉は茶をすすめるという意味だけではない。浮舟の出で立ち、そして今回の催しについての思いをこめて。 ――もふらが満足すればそれが一番。 冷静なからすは、そう考えながら熱い茶をすすった。 「次はわたくしのところのヒメです!」 あずさが楽しそうにそう宣言する。やがて現れたもふらは―― 面妖であった。 原色をそのまま用いたような色使い、縁起物をここぞとばかりに体中にまとわりつかせ。 首元にはしめ縄飾り、もふもふの毛の至る所に鈴飾り。額には水引飾りも添えられている。 そして紅い紅い、神馬が使いそうな毛氈を背中にかけられ、そこからは房飾りが垂れ下がっているし、旗指物まである。 過剰装飾―― 皆の頭に浮かんだ言葉は、まずそれであった。 派手である。ただ、これを神社の御輿などと同じように考えると、納得のいく部分もあった。 もふらは精霊、神の使いと考えるあずさ。つまり彼女にとって、これらの装飾は神をもてなすのと同じ事なのだ。それならば、確かに得心が行く。 彼女が相棒を飾り立てるのは、神に喜んでもらいたいがため。 そしてその当のヒメは喜んでいるのだから、ある意味抜群の相性であるのだ。 「かわいいもふ? 綺麗もふ?」 「もちろんです、ヒメ。抜群に似あっていますよ」 あずさに言われてヒメもまんざらでなさそうだが、審査員たちは微妙に渋い顔だ。これは神輿ではなく、もふらの美しさを競うものなのだから。 「パウロ、出番ですよ」 エルディンに呼ばれて飛び出した自称助祭・パウロはふかふかのもこもこだった。 いや、毛並みがというだけではない。 ジルベリアの菓子であるケーキを模した二段重ねのきぐるみ姿。たとえるならば……そう、亀の甲羅だろうか。 もちろん、手足や頭部、尻尾を通すための穴がしっかりと。胸のくるみ釦もまるで細工菓子のように可愛らしい。 白いもふらの毛並みが、白いきぐるみからフワサッと流れ出る。それがまた愛らしく、そしてパウロ自身もとても誇らしげだ。 「もふ〜、神父様、僕可愛いでふ?」 パウロが楽しそうに声を上げれば、エルディンも近寄ってそのふわふわをぎゅっと抱きしめる。 「もちろん。とても可愛いですよ〜」 エルディンも「もふらのいないジルベリアに帰るなんて思いたくない」と個人的には思っているらしい。国の政策などはいかんともしがたいが、その気になればこの人、天儀に骨を埋めてもおかしくない気がする。 「さあ、そしてですね皆様。この衣装の驚くべき姿をご覧ください!」 そう言って神父が取り出したのは、鏡餅。それを、パウロの背にそっとのせた。 「……そう、鏡餅を飾ることができるのです!」 やはり異国の民ゆえか、天儀の行事には敏感なのかもしれない。丸っこい形状の餅がきぐるみの上に重ねられ、その姿がまた愛らしい。ちょこちょこと歩くたびに、てっぺんの蜜柑がゆらゆらと揺れる。 「クリスマスから正月にかけて楽しめるもふら衣装。そして愛すべきもふらであるパウロ。皆様、いかがでしょうか?」 エルディンの笑顔はとても幸せそうだ。そしてパウロも、 「神父様が作ってくれた衣装なら、僕、なんでも好きでふ!」 けなげで愛おしい発言であった。 「百八は耳飾りをつけたいもふ!」 紬の相棒・百八は、直前になってまでそう駄々をこねていた。 紬としては耳飾りよりも花飾りのついたかんざしを付けたいのだが、百八がちょっぴり駄々をこねてしまっていたのだ。本人の所望通りに何とか付けたかったけれど、動くとするりと外れてしまう。 そうなると残念ながら、百八も諦めることになった。 「むぎを困らせちゃったもふ……」 そう思うと、百八自身もやりきれない。反省と悔しさから、 「もぶぅ!」 と吠えてころころと転がる。そのさまは可愛いのだが、 「百八、服を着たあとにそうやって転がってしまっては、せっかくの衣装が台無しになってしまいますよ。ほら、転がらないようにして、ね?」 紬はそう言っててきぱきと用意して、丁寧に着付けを始める。 桃の襲の五衣を模したものに、桃の花飾りのついた愛らしいかんざし。 それらをまとっった百八は、たしかに素敵なお雛様だ。ひと通りの着付けもすませ、紬も満足気に笑う。 「よく似合っていますよ、百八」 「ほんともふ? もぶぅ♪ 百八に似合ってるもふ! もふ!」 紬の言葉に、百八も嬉しそうに飛び跳ねる。とはいえ、綺麗に整えられた服装を着崩すわけにも行かず、転がり禁止令もしっかり受けている身では、さらなる感情表現をしたくてもうまくいかない。 「かんざしも重いもふ」 そう言いつつも、楽しそうに目を輝かせていた。 「さておまんじゅうちゃん。そろそろ出番だね」 焔は、相棒に向けて笑顔を浮かべる。その姿は、眠たそうではあったけれど、丁寧に櫛の通った純白の毛並みが美しい。そして何よりも、その背に乗せられているのは、四季を思わせる花の香を閉じ込めた香り袋を縫い込んだ衣装。 春は萌黄の絞り染めに桜を模した花飾りが。 夏は空色の絞り染めに、鮮やかな緑の草木を模した飾りを添え、更に南国風の独特な色合いの花を模した飾り。純白の尾は、まるで空に浮かぶ入道雲のようだ。 朽葉色の絞り染めに栗や芋などの味覚を飾りつけた秋の様相。 そして、雪を思わせるような純白のもふ毛をわざと晒した、冬の光景。 香り袋からはふわりと、花々の香りが漂ってくる。 文字通りの侘び寂び、風雅を愛するようなそんな衣装。 見事な四季の移ろいを表した衣装に、歓声が上がった。 さて、最後は――刄久郎とモフラッシュ。 大きな身体をゆらしながら、入ってくるモフラッシュ。 その出で立ちは折り目正しい灰色の上下に、ズボン吊り。ソフト帽をかぶり、紫煙くゆらせたタバコを口の端にくわえている。 まるで物語の中から飛び出してきたような男ぶりである。もふらだけど。 寡黙な性分も手伝って、一層男前に見えるのだけれど……刄久郎にはそんなこと、関係無かったようだ。 「も、もうがまんできn」 モフラッシュを始めとするもふらたちに、手をわきわきさせながら近づく。が、言葉を言い終わる前に、ズドンッと重い音がした。見ればモフラッシュは、暴走した主人に体当たりをかまして気絶させようとしたらしい。 「……もふ」 モフラッシュはのびた刄久郎を引きずり、立ち去って行ってしまった。 誰もがあっけにとられてみていたが、どこからともなく拍手が湧いた。 ● それぞれの衣装についての発表が終わり、審査員たちは選考に入る。 もちろん、もふらたち自身からも意見を聞きながら。 途中退場してしまった刄久郎・モフラッシュ組は、今回は残念ながら棄権ということにあいなってしまったが。 そうして、発表の刻限。審査員のうち、一番年かさの男性がおもむろに声を上げる。 「今回の品評会。どれも優れていたが……今回は倉城殿の百八と、バウワー氏のパウロに、同率で一位を差し上げようと思う。皆さんの個性が遺憾なく発揮されていて、とても満足させてもらいましたよ」 その言葉に、やじうまたちからも歓声が沸き上がる。 「すごかったよ、みんな!」 「もふらさまもおしゃれ好きなんだな。今回、それがよくわかったよ」 口々に上がる声。 もちろん、紬とエルディンのみならず、誰もかれも祝福を受けて。 もふらさまのおしゃれが流行るのも、近いかもしれない。 |