夏も近づく
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/30 20:13



■オープニング本文


「……それにしてももう四月も終わりですねえ」
 都の茶店で、そんな話が聞こえる。
「一年の経つのはあっという間だ。もうええと、三分の一近く過ぎちまった」
 話をしているのは、老夫婦。茶店の店主のようだ。
「ああ、そういえばそろそろ茶摘みの季節ですね」
 夏も近づく八十八夜、なんて言葉もある通り。
 茶摘みの季節は、茶畑は何かと忙しい。
 この茶店、とくに厳選した農園からの茶葉しか仕入れないとあってなかなか評判の高い店であった。
「今年はいつもの農園がなかなか人手不足だって手紙にありましたけどねえ」
 恰幅のいい夫人のほうが、そう頬に手を当てため息。
「何、もしものときはわしらも手伝いに行けばいいさ」
 農園のあるのは都からほど近い場所。老夫婦が出向いても問題ない距離だった。
「そうですね」
 夫の言葉に、夫人もこくっと頷いた。


 しかし悪いことは続くもので。
「イテテテ、腰をやっちまった」
 それから数日後。茶店の店主である老人は、ぎっくり腰で臥せっていた。
「やっぱり人手は足りないみたいですよ、お前さん」
 夫人が困ったように言う。
「……しゃあねえな。開拓者に頼むか」
 店主はそう言って、ため息を付いたのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲


■リプレイ本文


「お茶摘みなんて久しぶりですね」
 目的地の農園に向かう途中、礼野 真夢紀(ia1144)はかつて受けた依頼を思い出してわずかに微笑む。
 そう、あの時も新緑のまぶしい季節だった。懐かしさに目を細めていると、
「真夢紀はお茶摘みの経験があるであるか?! 参考にさせてもらうなりっ!」
 横を歩く黒髪の少年、平野 譲治(ia5226)も、いかにも楽しそうにうんうんと頷く。
 普段開拓者という生活をしていると、戦いの場に出ることがやはり多い。それを考えると、今歩いている道はいかにも牧歌的で、これが依頼だということを忘れてしまいそうだ。
「そっか、新茶のシーズン到来ってやつだね」
 そう言ってお日様のような笑顔を見せているのは叢雲・暁(ia5363)。弾むように歩いて、鼻歌まで口ずさんでいる。
「でも、依頼人のおじいさん……腰は大丈夫でしょうか」
 本来ならばこの茶摘みも、茶店の主である老夫婦が参加するはずだったのだ。ふと思い出して、フェンリエッタ(ib0018)が口に出す。その言葉を聞いて、
「おじいさんのぎっくり腰って、治癒術で治らないのかな……?」
 真夢紀もわずかに眉根を寄せた。
 とは言え出発前に聞いた話では、腰は以前にも炒めたことがあるらしく、もし効果を発揮したとしても一時的な気休めにしかならないらしい。その話を聞いて、真夢紀は結局湿布を差し入れしたわけなのだけれど。
 ふと顔を上げると、フェンリエッタと目があった。
「皆で頑張って、美味しい新茶となるようにしましょうね」
 依頼で時折顔を合わせる彼女の瞳はやさしい。真夢紀も、こくりと頷いた。

「それにしても茶摘みとは。経験はないが、やり方は教わったし、頑張るとしよう」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は何度か頷いた。
 ジルベリアの上流階級出身の彼女にとって、やることなすこと初めてのことばかりの開拓者生活。ずいぶん慣れてきたけれど、やはりこういう季節の行事にはどこか浮足立つものがあるらしい。そんな一方で、
「ところでチャツミって何? つよい?」
 とずいぶんふんわりしたことを尋ねているのはルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)。見た目はどうにもお子様ながら、ただ今泰で大学生活も満喫中。これもひとえに泰の大学が門戸を広げてくれたからでもあるが。
 しかしこうやって依頼ともなれば、そちらを優先してくれるのだからありがたい話である。
 それにしても、茶摘みが何たるかを把握していないのはまずい。とりあえず、道々に他の仲間達が教えていく。
「本来八人定員だけど、今回は少し少ないから、どのくらいできるかはわからないけど、ね」
 そう付け加えるのも忘れずに。
「あはは、よくわかったよ! お茶の葉っぱを摘めばいいんだね!」
 明るく笑う少女に、つい皆の顔も緩む。
 やがて、ふわりと良い香りが漂ってきた。摘む前の、茶の香り――
 到着だ。


「いらっしゃい、話は聞いているよ。……おやおや可愛いお嬢さんたちが多いねえ」
 農園の主はあらかじめ連絡を受けていたこともあって、開拓者たちを快く出迎えてくれた。
 何しろ開拓者の身体能力は一般人を超えている。たとえ初心者であっても、一般人の素人よりも即戦力足りえるのだ。
「今回はよろしくお願いします」
 仲間たちの中でも年長に見えるフェンリエッタが深々と頭を下げた。
「あのね! あたいは、茶摘みの衣装っていうの着てみたいんだ! あるんだよね?」
 ルゥミが目を輝かせて尋ねる。茶摘み装束を身に着けたいというのは他の参加者の希望でもあったので、そちらについてはトントン拍子に話が進んだ。なんでもここは観光農園でもあるので、希望者が記念に茶摘み装束を着るということも少なくないのだという。
「体の大きさが合えばいいんですけどねえ」
 小柄なルゥミや真夢紀を見て、少し心配にはなっている様子。しかしそこは根性で着つけることに成功した。
 もともと子供用の茶摘み装束も準備はしてあったのだが、それがちょうどよい大きさらしい。
 紺の絣出できた丈の短い着物に、赤いたすきと前掛け、そして裾よけ。膝から下には脚絆をつけ、手も手甲をつける。頭に手拭いをチョンと載せれば、すっかり茶摘み娘の出来上がりだ。
「おおおお、よく似合っているのだっ!」
 今回唯一の男性参加者である譲治がすっかり楽しそうに、その紛争を身につけた仲間たちを見つめている。そんな彼も、男性向けの衣装を借りて準備万端といった様子。
「まゆは、念の為に用意した服を着ていますけどね」
 小柄な彼女はもんぺを持ってきていたが、それはそれで普段と違う可愛らしさがある。髪の毛も、普段は長い髪をそのままおろしているが、今日はきっちりと三つ編みにまとめていた。
「効率第一ですからね」
 一方、そんな彼女よりも小柄なルゥミは、若干無理矢理っぽくはあるが茶摘み装束を身につけ、すっかりごきげん。
「木から、すっごくいい匂いがするねー!」
 新しい茶葉の香りというやつだが、それがなおのことルゥミをワクワクさせる。ワクワクは他の皆も同じことで、茶摘み装束はそれをさらに引き出す要因になっているようだった。


「おおー! すごいなのだっ!」
 譲治は顔を輝かせて、何度も頷く。
 茶畑――段々になった畑には、新緑が眩しいくらいの茶葉が一面に広がっている。ふんわりと香る匂いも、新鮮で清々しい。
 茶葉を摘むときは渡された籠に入れていく。簡単な指導を受けた六人は、早速作業に移ることにした。
「作業途中には疲れるでしょうから」
 微笑みながら真夢紀は飴や岩清水までもしっかりと準備していた。彼女は故郷での茶摘みの経験もあるせいか、服装だけでなく作業途中での水分や糖分の補給も考えているのである。
「へえ、確かにそういうものがあればずいぶん気分も楽になるね!」
 暁が目を輝かせた。
「若葉を摘んで籠に入れていくだけの単純な作業です、でいいんだよね?」
 改めて確認すると、リンスガルトもウムウムと応じる。
「経験はないが、先ほど教えてもらった通りにやればできるであろうよ、期限までに終わらせるよう頑張るとしようかの」
 リンスガルトも小柄ながら茶摘み装束に袖を通し、すっかり楽しそう。ジルベリアではなかなか経験ができないからというのもあるであろう。
「それにしてもこの装束、似あっておるかの?」
「ええ、可愛いわよ」
 フェンリエッタも同じく服を着て微笑む。
「でもジルベリアではまだようやく桜が綻ぶくらいの季節だから……ほんと、この爽やかな空気は春から一歩進んだ感じだわ」
 そして思い出したようにこんなことを付け加える。
「八十八夜に摘んだお茶を飲むと、一年間無病息災っていう言い伝えもあるんですってね」
「へー! あたい、それ飲みたいな!」
 ルゥミが目を輝かせれば、真夢紀が頷く。
「折よく八十八夜ですよ。沢山摘んで、沢山飲みたいな」
 そして、依頼人の老夫婦にも、ぜひ届けたい。
 そう思えば自然と顔がほころんでくる。
「確かに新茶は香りが良くて渋みも少なくて、美味しいものね。特別なご利益がありそうな気がする。でも、緑茶も紅茶も同じ茶葉から作るんですってね。初めて知った時は驚いたわ」
 フェンリエッタが言うと、
「へ? そうなんだ?」
 目を丸くするルゥミ。
「ええ。紅茶は茶葉を発酵させたものなんですって。面白いわよね、もとは同じものなのにあんなに違うなんて……。それに」
 纏った服をあちこち確認しながら、嘆息。
「言い伝えもそうだけれど、こういう特別の衣装もあるなんて……まるで何か、神聖な儀式みたいね」
 ああ、それはそうかもしれない。
 初物を天儀の者はとくに特別視する。新米の中でも初めてとれた米は祭りの捧げ物にしたり、カツオやさんまなどの魚だって縁起物だ。
「改めて、頑張らねばな」
 リンスガルトがいい、暁も両手で拳を作ってこくっと頷いた。


 青い空、そしてその下に広がる緑の茶畑――
 教えてもらったとおり、手を動かしていく。歌を口ずさむようにして摘むと、一定の拍子で茶葉を摘むことができるのは、なかなか新鮮な経験である。
 決して難しいことではない。むしろ時間の経過とともに慣れてくることで、身体が自然と動くようになってくる。
「なんだか楽しいですね」
 真夢紀が口に飴を放り込みながら、楽しそうに手を動かす。
「よく育ってくれたのだっ! 嬉しいなりよっ♪」
 譲治は丁寧に一つ一つに言葉をかけていきながら、しかし効率よく手を動かしている。そのさまが楽しそうで、見ているこちらも楽しくなるくらいだ。
「早さも大事じゃが、丁寧さも大事じゃな。必要以上に木を傷つけぬようにせねば」
 リンスガルトは言いながら、休憩時間には互いにどのくらい進んだかを確認している。目立って遅れているものはいないようなのだが、効率化を図るために担当の振り分けもちょくちょくと行う。
「ご飯楽しみ! なにがでるかな〜?」
 こちらは花より団子なルゥミ。
「お昼のあとには軽くひなたぼっこもしたいよね」
 暁も声を弾ませる。
 やがて昼の弁当と呼ばれて藤棚のもとに行けば、そこにあったのは茶飯と旬の山菜をふんだんに使った天ぷらや鶏の唐揚げ、春の味覚を存分に使ったおかずの数々。
 思わず誰もが生唾を飲み込む。
 飲み物はもちろん、この農園でとれたお茶である。
「いかにも美味しそうなりねっ! もしよければ美味しいお茶の調理法なんかも聞かせてもらえると嬉しいなりねっ!」
 譲治、早速箸をのばしながら尋ねてみる。
「ああ、これはそんなに難しくないよ。茶粥なんて言うのも、調子が良くない時にもさらさら喉を通るから結構好まれるしねえ」
 農園の主が笑いながら調理法をゆっくり説明していく。
「そういえば、よくちぃ姉様に『遠くを見るな、気持ちはゆっくりでも手元は素早く』と言われていました……あ、といっても家でやっていたのは新芽を摘んで乾煎りして……という、家で飲むための『もどき』みたいなものですけど」
 真夢紀がちょっと懐かしそうな顔をした。
「へえ。自分の家で飲む分だけとしても茶摘みの経験があるっていうのは貴重だねえ」
 主は目を丸くする。言われて、真夢紀は照れくさそうに肩をすぼめた。
「そんなことはないです」
「いやいや、謙遜しなくていいのさ。茶摘みなんてなかなか機会のあるもんじゃないからね。とくに開拓者さんなんかにはね」
 そう言って笑う主。食事はどれも美味しいし、茶摘みが適度な運動になって
 さあっと、風が吹く。
 ああ、そういえばこの季節の季語に『風光る』というのがあったっけ。藤の花弁が時折はらりと舞う。新緑の季節、眼に入る何もかもが眩しくて、そう、風も光っているようで。
 少しうとうとと眠るのも気持ちいいかもしれない。
「気持ちいい……贅沢な気分になれるわね」
 金銭的な意味ではなく、心の贅沢というやつだ。
 フェンリエッタが微笑む。
 作業も滞り無く進んでいるし、苺摘みも予定通りできるだろう。
(これはしっかり仕事をしないと罰が当たりますね、頑張るですのっ!)
 真夢紀は口元をわずかにほころばせた。


 苺摘みは人数の都合上、全員が離れるわけにもいかず、手すきのものから順番に向かうことになった。
 リンスガルトは二番目。しかし、待ち遠しくてならなかった。
 彼女は実は、苺狩りをとても心待ちにしていたのである。
 順番となって早速露地植えの苺畑に向かい、つやつやと赤く輝かんばかりの苺を早速一つ口に放り込む。たちまち口の中にさわやかな酸味と甘さが広がっていった。
「うみゃー! これはこれは、甘くて美味しいのじゃ♪」
 こんなに甘い苺を口にできるのも、偶然が重なって依頼となったおかげ。茶店の老主人には申し訳ないが、ありがたい話だったとしみじみ思う。
 ――ほどなく八極轟拳との戦もある。
 リンスガルトもそれに参戦するつもりだ。だが、こののどかな景色を見ていると、そんな戦いのことも忘れてしまいそうだ。
 程なく次のルゥミの順番となり交代と相成ったが、幸せそうに微笑んでいるリンスガルトを見て、ますます楽しみとなったルゥミであった。

 そして――
「いやー、おつかれさん! 皆ずいぶん頑張ってくれたから、予定通りの進行で作業を終えることが出来たよ」
 ニコニコと笑顔で農園の主が言うと、開拓者たちに昨年のものだが、と緑茶を配った。摘んだ茶葉はこれから蒸したりなんなりとそれなりの工程をかけて、飲用の茶となるまでまだ時間がかかるのだと説明を受けたので、この土産も納得といえば納得である。
「あたいもね、すっごく楽しかった! ありがとね!」
 ルゥミもニッコリと笑って挨拶をする。
「同じくです。いい経験をさせてもらいました」
 フェンリエッタがそう言うと、農園の主も嬉しそうに頷いた。


「そういえば帰り道には温泉があるんだっけ」
 暁が言うと、譲治が
「おおっ。そういえばそうであったのだ! って、あれではないなりかっ? ちょっと寄って行かないなりかっ!?」
嬉しそうにウズウズしている。ひと仕事したあとの足湯となれば、きっと疲れを随分と癒してくれるに違いない。と、
「おんせん! やったー、お風呂だ!」
 ルゥミはパサパサっと着衣を脱ぎ始めたものだから、リンスガルトが慌てて
「ルゥミ、あの場所は足湯というてな、風呂とは違うのじゃっ」
 脱衣を止めにかかる。ルゥミは一瞬目を丸くしていたが、
「えっ、ちがうの! なーんだ、あははは!」
 そうからりと笑って、服をきちんと着るのだった。
 
 足を湯にひたすと、程よい暖かさ。
 体の芯がほっこりとしてくるようで、座っていて気持ちがいい。
「この温泉で温泉卵を作るのもいいな……あ、持って帰って温泉粥っていうのもいいかも」
 どちらも捨てがたいなあという表情で、暁はそっと手を湯に浸す。わずかにぬめりのある湯は、確かに身体に良さそうだ。フェンリエッタが気持ちよさそうに目を細める。
「でもこういうのも、いいわね」
「ふぅ〜。極楽ってやつなりね!」
 譲治が笑うと、他のものもつられて笑う。
「そうだ! あたい、お風呂の時はよく爺ちゃんの足をもんだりしてたんだよ! 皆にもしてあげるね、ご苦労さまでしたー!」
 ルゥミは笑顔を輝かせ、リンスガルトのふくらはぎを慣れた手つきでもんでやる。
「おお、上手いもんじゃな」
 思わず緩んだその顔は、いかにも気持ちよさそうだった。


 戦いはまた近づいているかもしれない。
 けれど、今この時は。
 こんなのどかな時間を過ごすのも、悪くない――。