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■オープニング本文 ● 「お願いしますッ!」 その少年は開拓者たちに向かって――土下座した。 「ぼくを……ぼくを、強くしてくださいッ!」 ● 話を聞いてみると、少年は名を太一郎といった。 十五歳。医者の息子で、本人も見習いだという。よくも悪くも青春真っ盛りである。 「ぼくには、将来を誓った方がいるんですが……彼女の親は、彼女に縁談をそろそろ持ちかけているらしく」 聞けば彼女の家というのは都でも指折りの商家で、そこの娘なのだという。 「家を継ぐのは弟さんだそうですが、なにしろ長女ということで、蝶よ花よと育てられて……正直、ぼくにはもったいないくらいの良い方なんです。それでも、ぼくを選んでくれた」 その少女、つばきとの出会いは、かつて通っていた寺子屋の帰り道。鼻緒が切れて難儀していたところを助けたのがきっかけだったという。なんともまあベタな話だが、事実なのだからしかたがない。 「それで、彼女の親御さんに……ぼくがつばきさんを幸せにしますって、そう言いたいんです」 なるほど、『強く』というのは心のことか。 「どうか、どうかお願いします……!」 少年は、再度頭を地面に擦り付けた。 ● その頃―― 「太一郎さん……」 椿の簪をさした、おっとりとした少女は呟く。 「私、待っています……」 少女の声は、静かに溶けていった。 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
メリエル(ic0709)
14歳・女・吟
葛 香里(ic1461)
18歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて――なんて言葉があるけれど、今回はその邪魔をするのは親だというからまたややこしい。 そしてそれを解決するために集ったのは、少女が三人に青年がひとり。 いささか頼りなくも見える気がしたが、今の太一郎にとっては頼みの綱とも言える存在だ。そんなことを考えていても、動かないと始まらない。 「太一郎様、どうぞお顔をお上げになってください」 そう優しく声をかけたのは、葛 香里(ic1461)。その優しい声音に、太一郎ははっと顔を上げる。その少女の微笑みは、慈愛に満ちていた。 「そこまでなさるお気持ちがあれば、何も心配はございません。ですが、少しでもお気持ちを楽に臨まれるよう、どうぞお手伝いさせてくださいませね」 そう言って頷くと、他の仲間達も同じように頷き合う。 「まるで恋愛小説みたいで、素敵ですっ……!」 ぎゅっと拳を握るのはジルベリア出身の夢見る少女、メリエル(ic0709)だ。故郷では同年代の友人が少なかったぶん、こういった恋話のたぐいも話に聞いたりするのがせいぜいといった彼女にとって、まさしく奇貨というべきであった。 (これは絶対に頑張らないといけないですね) メリエルはこくこくと、自分に言い聞かせるように頷く。そんな様子を横で見ていたのは、彼女よりも幼いながら開拓者としての経験は一人前――な、リィムナ・ピサレット(ib5201)であった。同じくジルベリア出身ということだが、いわゆる庶民の出なリィムナと上流階級の子女であるメリエルではその育ってきた環境はかなり異なる。 それでも、女ばかりの家庭で育ってきたリィムナだって、恋に憧れないわけがない。いや、憧れるというより……願望、のようなものだろうか。 「まず調べたいのは、つばきさんのご両親のことだよね。どうやってであったか、どんな結婚生活を送ってきたか、そんなことがわかれば対策も練りやすいと思うんだ。ご両親に挨拶するときはあたしたちが一緒にいればフォローしやすいだろうから、つばきさんにもあたしたちのこと、招いてもらえるようにお願いしないとね」 「それはもちろん! 彼女の両親に一人で会うのはさすがに心細かったんです、助かります」 太一郎もそれについては大きく頷く。 そして、そんな若者をどこか眩しく見つめているのは、エルフの青年――ジョハル(ib9784)だった。しかし、彼の表情は読み取りにくい。なぜなら、過去に負った傷痕を隠すために髪を伸ばし、さらに布などをまとって、視力をほとんど失った右目を始めとする顔の右側の大半を覆い隠しているからだ。 「……医者と、お嬢様、か」 青年はくすりと微笑んだ。その微笑の理由を太一郎は分かりかねるといった顔で首を傾げていると、 「いやごめん、別におかしかったわけではないよ。俺もかつてそうだったからね。だから、欲しいものを『欲しい』と口に出して言える太一郎は十分強いと思うよ。後は、認めてもらえるように頑張ろうか」 ジョハルの言葉に、太一郎はこくりと頷く。彼の言葉が過去形だったのは少しだけ気にかかったが、しかし今はそれを聞いている時ではない。 「改めて、よろしくお願いします……っ!」 太一郎はもう一度、頭を下げた。 ● 調べる――といっても、つばきの実家については結構あっさり分かることができた。 屋号は『松前屋』といい、都の乾物屋でもそれなりの規模である。とくに売上が良いのはだしに使う鰹節や昆布のたぐいで、料亭にもお得意様が多い――というのは、太一郎の事前に教えてくれた情報だ。 そこの主は文右衛門、奥方は初といい、これまた結構しれたおしどり夫婦である。 「松前屋さんの奥方様はもともとずいぶん可愛がられて育った、やっぱり裕福なお家のお嬢様でねえ。当時はまだ規模の小さかった松前屋さんに嫁に出すのは惜しいと、ご実家の方は渋っていたみたいだけど、結局は大正解だったみたいだよ。こんだけ店も大店になったんだから」 「なれそめとかはわかる?」 リィムナは噂好きでおしゃべりな都の女性たちに尋ねたところ、当時もずいぶん話題になった結婚話ということがわかった。 「松前屋さんの旦那は何でも、十日ばかり奥方のご実家の前で座り込んで頼み込んだとか」 「よっぽど惚れ込んだ恋女房なんだねえ。だから娘には、苦労を掛けたくないと思っているみたいでさ」 「つばきさんだろう? あの子も良く出来た娘さんだと聞いてるよ。自分のような苦労は娘の旦那になる人にはしてもらいたくないからって、縁談を進めているとかなんとか、そういう噂は聞いたことがあるねえ」 ……こりゃまたずいぶんな話である。 しかしこれは、逆にいいことだとリィムナは思った。 (つばきさんのご両親は娘の幸せを考えて縁談を持ちかけてるんだ……なら、太一郎さんの気持ちや、つばきさんを幸せにできる人だってことをきちんと認めてもらえれば……!) リィムナは確かに、確信めいた何かを掴んだ気がした。 ● さてこちらはその松前屋。 「おじゃまするよ」 ジョハルはごく普通に、客として店を覗きに行く。 「おや開拓者様ですね。こちらにはどういったものをご所望で?」 出てきたのは主らしい、なかなか堂々とした中年の男性だった。これが文右衛門だろう。 「ああ、いや。最近、離れて暮らしていた娘と暮らすことになってね。十五歳の女の子なんだけれど、食べ盛りの成長期だし、体に良くて美味しい食材や調理法はないものかな。なにぶん天儀の料理には疎くてね」 「ほうほう。うちの娘と同じ年の頃ですなあ。当店はだしに使う乾物がとくに自信を持っておすすめできますが、切り干し大根なんていうのも良いんじゃないですかね。忙しい開拓者のお人たちがよく買って行かれますよ」 文右衛門はにっこりと笑って商品をすすめる。 「でもこの年頃の娘は難しいものでね。男の俺にはよくわからない時がたまにあるよ」 ジョハルの言葉に、苦笑を浮かべる文右衛門。 「うちもでございますよ。そろそろと思って見合い話も持ちかけているんですがね」 「なるほど。うちのは、なんでも好いた男がいるとかで……しかもそれがまた、俺の意向にそぐわない男で」 大きくため息をつくジョハル。 「旦那はどうだい? こんな大きな店のお嬢さんじゃ、よほど立派な男じゃないと納得出来ないのかな?」 尋ねれば、文右衛門はまたもや苦笑。 「私はこれでも妻と祝言を挙げるまでに、妻の実家に何度も奏上に行ったりしましたからね……娘にも、その相手にも、つらい思いはさせたくないのですが、なにぶん娘は見合い話をどれもこれも好ましくないようでしてね」 「ああ、あるねえ。よく聞く話だ。でも、なんだかんだで結局父親は娘に甘いよね」 同年代というのをちらつかせたせいだろうか、砕けた口調でジョハルはくすりと笑う。 「素性はともかく、娘を一番幸せにしてくれる男ならいいのかな、と思ってしまうよ。一番傍にいたいと思う男のもとにいるのが幸せなのかな、とね。俺もご主人も、結局奥方の父親には同じ思いをさせているわけだしねぇ……娘の言い分も聞いてやりたいね」 「……そう、ですねぇ……」 文右衛門は言われて、ぼんやりと言葉を返す。 「ま、もし好いた男と一緒になるって言うなら、俺としては応援するよ」 ジョハルはそう笑うと、すすめられた切り干し大根と干ししいたけを買って帰ることにした。 「……娘に、好いた男……か」 文右衛門はそうつぶやくと、そっと娘がいるであろう部屋の方向を、眺めるのだった。 ● 「つばき様、はじめまして」 一方の香里はつばきとの対面に成功していた。これは太一郎の手伝いもあってのことである。茶店で季節の菓子を食べながら、二人は語り合う。 間近で見るつばきは、長い艶のある髪を椿をあしらった簪で留めた、清楚な少女だった。なるほど、太一郎が惚れ込むのも、両親が大事に育てたというのも、どちらも理解できる。 「そうですね……おおまかなことは、太一郎様から伺いましたが、つばき様からのご意見も伺いたくて」 そして香里が尋ねるのは弟について。 「弟君と太一郎様を先に引きあわせ、それを予行演習とするのはいかがでしょう?うまく行けば、外堀も埋められるでしょうし」 「そう……ですね。弟には早く、顔合わせをさせたいとは思いますし。いい考えと思います」 なんでも弟はまだ幼いが才覚があり、ゆくゆくの跡取りとして申し分ない器量の持ち主らしい。また、姉であるつばきにもよくなついており、太一郎の存在をなんとなく感づいているのではないだろうか、ということであった。 「それなら安心ですね。太一郎様も、味方がほしいでしょうし。それから……つばき様からも、大切な友達を紹介したいとご両親にお伝えしたら、また変わるのではないでしょうか?」 香里は頷く。他にも話を聞くが、どれも微笑ましい初々しい恋の話。そして時間はあっという間に過ぎてしまう。 「今日は短い間ですが、話せてよかった。応援しております」 そう微笑むと、つばきも同様に笑んだ。 ● そして太一郎には。 「まずはつばき様のお家を訪れるのは、商いのお邪魔にならない時間……でしょうね。大事なのはつばき様をどう思い、ご自分の将来をどう見据えていらっしゃるのか――今のご自分の答えをしっかり持たれることです」 香里が助言すれば、 「ああ。父親も真剣な付き合いとわかればきちんと受け止めてくれるようだしね」 ジョハルも自分が聴き込んだ話をかいつまんで説明しつつ、うんうんと頷く。 「あのね、太一郎さん。私は、たとえもったいないくらい釣り合わないと思ったって、きっとつばきさんは、太一郎さんのいいところをたくさん見つけて、もしかしたらちょっとダメなところもあったかもしれないけど、でもそれだって、好きになっちゃうものなんです。だって女の子なんです、私だってそのくらいはわかります」 メリエルがピシっと言葉を続ける。 「……わ、私は、そういうの、まだですけど、と、とにかくっ。もっと、自信を持ちましょうよ。お医者様だなんて、それもすごいじゃないですか。偉いお医者様には、王様だってかなわないのですから。そのくらい頑張ってつばきさんを幸せにするっていう気持ちがあるのなら、ご両親にも伝わるはずです」 恋という言葉はまるで魔法だ。どんなに弱気な人でも、好きな人のためならば、命をかけることができる。 「もしダメでも駆け落ち……って、それはご両親にご心配かけちゃいますよね。でも、そのくらいの気持ちを出すのです。つばきさんも、きっと待ってるはずですよ」 その言葉に、青年は目をパチクリさせた。そして、ふっと微笑む。 「ああ、そうか……そうですね。ぼくが、その勇気を出すことが、彼女のためにもなるんですね」 「そうそう! 太一郎さんにはあたし達が付いているから、しっかり自分の意志を伝えてね!」 リィムナもにっこり。 「つばきさんのご両親も、娘の幸せを考えているのは同じだと思う。だから、太一郎さんはつばきさんを幸せにできる男なんだって思ってもらえば、恋も認められると思うよっ」 そして当日はリィムナと香里も「もしよければ」とその場の同席を希望した。いきなり男一人で訪問しても、あまり印象がいいとはいえないだろうから、たしかにありがたい話である。 「じゃあ、がんばろうね!」 リィムナが言い、香里も笑顔で頷いた。 ● そして――その日。 手土産として太一郎の家に咲く花と菓子をもち、三人はつばきとその両親に対面していた。とはいえ、リィムナの仕事は『天儀の舞曲を学ぶジルベリア人少女』という立場で、何かがあった時に応援するという役回りだ。 (相手は商家の長……何から何まで見るでしょうけれど、つっかえても深呼吸をして、ゆっくり言い直せばいいのですよ) 香里が小声で助言する。 「あの!」 太一郎はぱっと顔をあげた。決して体格に恵まれているわけではないが、凛とした瞳は意志の強さを伺わせる。そしてひとつ深呼吸して、一言一言確かめるように、口にした。 「ぼくは、つばきさんのことを好いています。まだしがない医者の見習いですけれど、いつかどんな病も治せるような……そんな医者になりたいと、そう思っています。そして、そのそばには……つばきさんにいて欲しいんです」 「……ふむ」 文右衛門はそう小さく声に出す。 (娘が一番幸せになれる相手が、一番……か) 先日のジョハルの言葉を思い出し、文右衛門は頷いた。 「つばき。あなたはどうなの、この殿方に添い遂げたいと思っているのね」 母親の初は何かを懐かしむような瞳をして、そう娘に尋ねた。 「はい」 それまで両親の言うことをよく聞く『良い子』だったつばきが、おそらく初めて、両親の思いと違うのだということを口にした。 「太一郎様は、お医者様になるために遠出をなさることもあるやもしれません。ご両親は心配なさると思いますが……つばき様、どうされますか?」 香里が、確認するかのように小声で問う。 「大丈夫、です。わたしも、太一郎様を陰ながら応援したいのですもの」 その言葉を聞いて、文右衛門は「そうか」と小さく頷いた。 「なんだか話が丸く収まりそうだね! なら、こんな二人にピッタリの部局があるんだ」 リィムナはすっと立ち上がると、扇をぱらりと開く。そして歌いながら、はらりゆらりと舞い踊るは恋の歌。 男女が出会い、恋に落ちて結ばれ、困難を乗り越えながらも手を取り合って幸せな日々を生き、そして子どもが生まれ、その子もいつしか恋を知る年齢に――連綿とつながっていく、いのちの舞曲。 「なんだか、出会った頃のことを思い出しますね、あなた」 初が懐かしそうな声を出した。 「あの頃のあなたは、太一郎殿よりももっと情熱でしたよ」 そう言って、クスクスと笑う。 「……そうだな。つばき、最後に聞くが、太一郎殿を選ぶんだな?」 文右衛門はもう一度尋ねる。それに対し、つばきはこくりと頷いた。 「わかった。認めようじゃないか」 二人の恋を、ゆくゆくの未来を。 太一郎も、つばきも、そしてその場に居合わせた二人も――ぱっと顔を明るくする。 「おめでとー、ふたりともっ!」 「本当に、めでたきことです。おめでとうございます」 リィムナも、香里も。そしてあとから結果を知ったジョハルやミリエルも、掛け値なしに祝福の言葉をあげたのだった。 ――もちろん、この二人の祝言はまだ先だろう。 太一郎はまだ医者として半人前だし、輿入れの準備というのはそもそも時間がかかるものである。 けれど、いつか二人の前にある未来は――きっと、無限大だ。 |