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■オープニング本文 ● 「平和だねぇ……」 のんびりとした声で、青年は言いながら大福を口に運ぶ。 青年の名は風牙。つい先ごろ、同じく開拓者となっていた妹・来風(iz0284)と再会した、砲術士である。 今まで、随分心配をかけてきたらしいのは、妹から耳が痛くなるほど聞かされた。とりあえず家族には、自分の所在を伝える手紙を出したが――まあ、すぐにわだかまりをどうこうするのは難しいだろう。 それより、彼の脳裏によぎるのはいつも遊んでいた子どもたちのこと。 貧しい家庭に育つ、あるいは孤児になった、そんな子どもたちが妙に風牙になついている。幼い弟妹が増えたようで、個人的には楽しいのだが。 (ああ、そういえばババ様にも世話かけちまったみたいだしなあ) 子どもたちを見守っている老女のことを思い出す。そして、そんな自分に気づいて、少し苦笑いした。 ――あいつとは、やっぱり兄妹だな。 ● そんな数日後。 『ババ様』ことトシ刀自のもとに、風牙は訪れていた。 「そんなわけで、妹と再会出来まして」 口調はしっかりした年齢相応のもの。照れくさそうに、風牙は報告する。 「ああ、そいつはよかった。あんたを心配して、わざわざ探してくれてたみたいだしね」 「ええ――。それで、まあお礼と言っちゃあなんですが」 風牙は、そう言ってから笑った。 「昔の伝手に、いい桃園がありましてね。そこが、この季節に開放されるんです。子どもたちと一緒に、遊びに行きませんか」 古い本では桃は邪気を払うと言われ、縁起が良いとされている。そこで一足早い花見など、たしかに楽しそうだ。 「いいね。もし良かったら、開拓者さんや、妹さんも呼んだらどうだい? いい思い出になろうよ」 トシ刀自の言葉が、じんわりと胸を暖かくさせた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / エルディン・バウアー(ib0066) / 无(ib1198) / ティアラ(ib3826) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461) |
■リプレイ本文 ――いい風が吹いている。 まるで――そう、今日の日を祝福するかのように。 ● 「おう、集まったな。こっちだこっち」 風牙はそうにまりと笑うと、大きく手を振った。 集合場所はいつもの、トシ刀自たちの住まう貧民街――今日はあらかじめ子どもたちにも伝えてあったのだろう、結構な人数がわいのわいのと集まっている。 そして、開拓者たちも。 更には―― 「兄さん!」 妹である、来風(iz0284)の姿もあった。風牙の事情を聞いていた刀自などは目を細めて見つめているが、風牙は来風を誘った覚えがないのでやや驚き気味だ。風牙は照れくさいのか、慌ててそっぽを向く。 これも開拓者たちの粋な心遣いといえよう。 (折角の風牙さんの依頼だし、来風さんを誘うのは当然よね) 礼野 真夢紀(ia1144)がそうにっこりと微笑むと、そばにいる上級からくりのしらさぎも嬉しそうだ。 実際、似たようなことを考えたのは真夢紀のみならず。以前にも来風や風牙と面識のある鈴木 透子(ia5664)や、リィムナ・ピサレット(ib5201)なども 「風牙さんのお誘いということですし」「来風さんもぜひ!」 と誘っていた。そんなおせっかいとも優しいとも言える開拓者たちの絆に風牙も来風もほんのり胸を暖かくさせる。 「花見はもう少し先かと思っていたのですが、風牙さんは良い場所を知っておられるんですね」 菊池 志郎(ia5584)もぺこりと挨拶。ちらりと八重歯を見せて、青年は笑った。 「ああ、あんたか。元々ここは随分前に依頼の関係で知った場所なんだけどさ、このへんは色んな意味で安全だし、皆で遊ぶには持って来いだろ?」 色んな意味でというのはおそらく、人間同士の治安と――そしてアヤカシ。 特に最近、また天儀の随所で不穏な動きが見られるというのだから、こういった骨休めも時に大事である。 「フーガ兄ちゃん、今日は人いっぱいだね!」 まだ幼い少年がそう言って両手を上げ、きゃあっとはしゃげば、そうだろうそうだろうといった感じで頭をなでてやるのは兄貴分たる彼の役目。 「まだ春には少し早いですが、いい天気ですね」 无(ib1198)は目を細めて尾無狐の宝狐禅、ナイにそうひとりごちる。普段は屋内で活動することも多い无であるが、この陽気と雰囲気に誘われて出てきたのは正解だったようだ。開拓者も子どもたちも、嬉しそうに笑い合っている。 「……ほんに、ええ。最近は寒さも緩んで、子どもたちもずいぶん助かってますからねぇ」 その言葉を聞いていたらしいトシ刀自も、優しく頷いてみせた。 そして春の気配というのはヒトの中にもあるもので―― 「神父様、きれいな花ですにゃ!」 そう言って花を眺めるのはティアラ(ib3826)。普段は気をつけているはずのその語尾から彼女の興奮が伺える。彼女は先日、きょうだい同然に育ってきた青年神父エルディン・バウアー(ib0066)に秘めていた想いを告げたばかり。エルディンの方も、いつもの穏やかな微笑みを浮かべ続けるわけにも行かず、内心戸惑っていたところで今回の梅見の話を聞き、打開のきっかけを掴むためにもとティアラを誘ったわけなのだが……ついでに言うと、同行しているすごいもふらのパウロは心配そうにエルディンの顔を見つめている。 「神父様、顔が赤いでふ。……お熱があるでふ〜……?」 その心配の方向性は若干ずれているが、エルディンを思っての発言なのだからなんとも愛おしい。普段ならなでもふったあとに抱きしめてやるところだけれど……エルディンの眼裏には、必死になって告白してきたかわいい義妹の姿がこびりついている。 (……何年もティアラを悩ませ続けていたとは、それに気づけなかったのはなんとも情けない……。ひとを導く立場にあるべき聖職者として、いや、一人の男として、このことをもっとしっかり考えてやらねば……!) 自然、エルディンはティアラを、ティアラはエルディンを意識してしまう。 ティアラはそれまで抱え込んでいたものを一気に吐き出すかのように大胆になっている。と言っても、すぐに変えられるものではないのではないのだけれど。 「神父様、私、神父様の作ってくれたお弁当……とても楽しみです」 そう上機嫌で微笑めば、花も恥じらう乙女のこと、花の綻ぶように美しい。そんな顔を見て、エルディンも思わず視線を反らせた。駿龍のパトリックは、そんな主の顔になんだか嬉しそう。 そしてまたこちらにも、初々しい青春の花。――もっとも、こちらもまだまだ戸惑いがあるらしいが、葛 香里(ic1461)に誘われた三郷 幸久(ic1442)は、胸の奥で握りこぶしを固めていた。 (香里さんからのお誘い……もちろんそういう含みがないだろうことはわかっているけど、嬉しいもんだな) 幸久もやはり、先日香里に想いを告げたばかり。香里の方はといえば自分が僧であり、何より世界を知らないということもあって、まだその答えを明確にするのを避けているようなそんなところがあるが、元々都に来てすぐの頃からの知り合いである幸久のことをまるっきり嫌っているわけではない。戸惑っているのだ。 (精霊とともにあるべき者が、人の情というものに心身を委ねても良いものなのでしょうか……) 香里の胸中は複雑だ。 それでも、集まる仲間たちのために料理を多くこしらえたりするあたり、心根の優しい少女である。 来風と風牙、そして子どもたちの姿を見て、思わず笑顔になるのはやはり彼らが幸せそうな微笑みを浮かべているからだろう。 ● 「おお、兄妹が再会したのか――って、なるほど」 風牙と来風、其々に面識がある羅喉丸(ia0347)は、兄妹の様子を見てニンマリと笑顔を浮かべる。 もともと風牙と出会ったのは、彼がお膳立てしたトシ刀自や子どもたちとの依頼。その前から来風とは面識があったので、彼が頷くのもなんとなく納得である。 言われてみれば、二人の特徴はよく似ていた。 明るい茶色い髪と青い双眸、そしてくるりとしたしっぽに犬の耳――言葉だけでは難しいが、並んでみれば確かによく似ている。 「羅喉丸さん、兄をご存知だったんですか」 来風が問えば、 「ああ、いつぞや世話になった。こうやって並ぶと――よく似てるな」 実は羅喉丸も来風を誘おうと思っていたひとり。兄妹仲良い様子を見て、嬉しそうに頷いている。 「それにしても見事な桃だな。こういう時は、一杯やるに限る」 もちろん、天妖の蓮華とともに作った重箱弁当とともに、天儀でも名のしれたにごり酒「霧ヶ峰」を取り出して、風牙にも一献進める。 「ん、ありがとな」 みながめいめい用意した茣蓙の上に座るなか、風牙も盃を受け取っていっぱいぐびりと飲む。喉を通るかあっとした酒精が、心地よかった。 「こういう場では大勢で食べたり飲んだりするほうが楽しいからな。そうだろ?」 羅喉丸は子どもたちをちらりと見て一言。子どもたちのぶんも十分用意してある――そういう意図を込めての発言だ。それに気づいた風牙も、ニヤリと笑って頷いた。 「こっちにも沢山あるよ〜」 そう言って呼ぶのは真夢紀。しらさぎと作ったお弁当は春の香り漂う天ぷら各種にきびなごの釘煮、マヨネーズとたらこで和えたじゃがいもや白和えにした菜の花も見て楽しい。定番の鶏の唐揚げや甘い卵焼きも。他にも春の味覚がてんこ盛りだ。 そしてご飯は手鞠寿司と筍ご飯のおにぎり! 「雛祭りもついこの間だったしね」 真夢紀は満足そうに頷くと、子どもたちもわあっと嬉しそうに声を上げた。 「白梅、私の作ったのもおいしいって言われるかな?」 透子が相棒の羽妖精に不安そうに尋ねるのには理由がある。彼女も弁当をこしらえてきたのだが……なにぶん料理は苦手分野。白梅のほうが上手いので、教えて……いや、扱かれながら作ったものの、それを見た白梅の第一声は 「七十点」 だったのである。不安になるのも無理は無い。 「でも、一生懸命作ったわけだし、きっと大丈夫ですよね」 透子はそう自分に言い聞かせると、他の開拓者や子どもたちにも振る舞う。 「見てくれよりも気持ちの込められたものはおいしいに決まってますよ」 来風はにこっと微笑んで、さっそくひとつまみ。味の方は十分美味しかった。他にも、香里や无もそれなりの量を用意している。 子どもが多いということもあって、開拓者たちはおのおのできる限りのことを――と、それぞれに用意してきたのだ。 「おやまぁ、これじゃあ今日だけじゃあ食べきれないねえ」 トシ刀自が笑えば、誰もが笑う。 「さ、みんな手を拭いて、いただきましょう。春らしいご飯がたっぷりですから」 香里の微笑みは、幸久ならずともはっとさせるところのある、優しい微笑みだった。 ● 「おやそちらは酒も用意してあるのですか。こんなものも持ってきましたが、どうですかね?」 无はぶら下げていた自家製果実酒をちらりと酒呑みたちに見せ、輪に加わる。そこにいるのは大体が男性開拓者だから、気兼ねをスる必要もない。 「おや、これはずいぶん風流な」 羅喉丸がひとくち飲めば、口あたりまろやかに甘い。 「梅や桃、すももなんぞを酒精でつけたものでしてね。子どもたちも、これなら酒精を熱で飛ばしてから薄くしてれば飲めるだろうと思いまして」 言われるままのやり方で子どもにひとくち与えてみると、存外気に入ったようで、无も思わず笑顔が溢れる。 「節句が近かったこともあって、寿司が多いな」 風牙がちらし寿司を頬張ると、こっくりと頷く羅喉丸。 「二人で食べるには多いが、こうやって皆で食べるのも乙なものだろう」 青年たちはそう微笑む。 「ええ、お弁当って、外で食べると二割増しおいしく感じますよね」 いつのまにやら混じっていた志郎も頷く。女性が全体的に多い中だったので、こちらに来て菓子を頬張っていた。 「あ、兄さんたち、こっちにいたんですか」 来風は近づくと、ふわっと漂う酒精に気づいたのだろう、くすりと笑った。 「良い香りですけれど、あまり飲み過ぎたりしないで下さいね」 これには男性陣もつい苦笑。 「釘を差されちまったな、やれやれ」 風牙はそうつぶやくが、そんな飾らない人柄のこの兄妹ならばまたすぐに仲良くやっていけるだろう――志郎はぼんやりそんなことを考えた。 「そういえば桃は邪気を払うのだって言いますよね」 来風は何かとこういうことに詳しい。元は桃の節句というのも、そういう意味合いのある行事であった。 「邪気を払う……か。綺麗だな」 羅喉丸はそうひとりごちて、ぐびりとまた一献。 「うむ。四季は移ろい、そのあるがままの姿こそ美しい……言わずともわかることであるがな」 蓮華もそう頷いて、志郎の持ってきたまんじゅうをぱくりと食べた。一方の志郎の相棒である天詩は、子どもがいっぱいいることに目をキラキラ輝かせている。仲良くしてくれる子どもがいれば、きっとそれだけで大喜びなのだろう。尾無狐のナイも、主に指摘されてぴゅっと遊びに飛び出していった。 「……そういえば、来風さんとお兄さん、今はまだ暮らすのは別々と言ってましたっけ」 透子が尋ねれば、来風は是と頷く。 「それぞれ、やりたいことがありますからねー……そのうち、二人住まいができるくらいの長屋に引っ越すことも考えているんですが」 風牙は開拓者だが、細工物の手伝いをしたりもしていることもあって鍛冶町から離れるのは厳しいし、来風だって今の場所が図書館からもそう遠くないから便利を感じている。 結局お互いの要望を忠実に叶えるには、妥協点が必要なのだ。 「でも、前はどこにいるのかすらわからない状態でしたからね。夕飯時にひょっこりやってくるのは、すごく助かります」 来風は笑う。彼女の生活は何しろ紙にまみれる一日だからして、時間の概念など吹っ飛んでしまうのだろう。 「それなら良かった」 透子も安堵した様子。もしまだギクシャクしているようなら手伝いをしようと思っていたくらいなのだ。 「でも、こういうお兄さんを見るのは初めてじゃないですか?」 「そうですね。兄さん、いきいきしてる」 もともと子ども好きだった風牙だから、こういう光景を見るだけでもなんだか安心してしまう。来風はそう、頷いた。 「じゃあ、次は私の梅の木を探しましょうか。今度こそ見つけたいわ」 元々迷子の羽妖精、きゅっと拳を握って飛び出していった。 「こっちはお菓子もあるよー!」 リィムナはそう言って、子どもたちを呼び寄せる。 きれいな花に心を奪われるのもリィムならしいが、やっぱり子どもは花より団子のところがあるだろう。 菱餅やひなあられが並べられれば、思いがけない甘味の登場に子どもたちはわあっと集まるのはしかたがないというものだ。 そしてここからが腕の見せどころ。氷霊結を使い、適度に冷やして持ってきた牛乳に、チョコレートを湯煎して溶かしたものを混ぜてチョコドリンクを作り、子どもたちや開拓者に配って回った。 「とっても甘いよ♪」 口をつけた子どもたちは嬉しそうにあっという間に飲み干す。 そしてまた、真夢紀も本領発揮。 材料とフライパンを持ってきて、作るものはホットケーキ! ジャムや樹糖をかけて熱々のうちに食べれば、まるでここが屋外であることも忘れてしまいそう。 「いちごも取れるんですよね。……あれもジャムにしたら美味しそう」 料理上手もさることながら、食いしん坊な真夢紀はいかにも楽しみだと言わんばかりに口元をゆるめた。 その後、リィムナは上級迅鷹のサジタリオと一緒に子どもたちと遊覧飛行と洒落こんだり、すっかり子どもたちの人気者になっているようだった。 ● さてこちらは――というと。 「梅の花は可憐で可愛らしいですね……もちろんティアラもかわ……っ」 花見を楽しみながら食事をしても、どうも気もそぞろなエルディンである。 なにせ、今まで普通に言えていた言葉が恥ずかしくて使えない。 ただ、ティアラも可愛いと、そう言いたいだけのはずなのに。 (ティアラは、この言葉をどう受け止めるのだろう) そう思ったら、言葉が詰まってしまう。 「……神父様?」 ああきっと今の自分は真っ赤になっているだろう、そんなことを思って慌ててそっぽを向くエルディン。 「……か、可愛い、ですよ」 そして一息呼吸を落ち着かせ。 「……今日はティアラの好きな魚料理のお弁当を用意したんです。さあ、一緒に食べましょうね」 そう言って微笑むエルディンは、やはり顔が赤かったけれど。 「神父様の作ってくれたお弁当、とても楽しみです」 そしてにっこり、こう付け加える。 「おかげさまで――なんていうと嫌味になってしまうかもしれませんけど、私は待つことには慣れてますから。だから、焦らずいきましょう?」 焦って答えを出しても、それが本当に正しい判断だったかはわからない。焦りは禁物だ。それに―― (正直なところ、私のことで悩んだりあたふたしたりしている新婦様は可愛らしいんです。それに、少し嬉しい……) 自分を十把一絡げに見ていない、それが十分に伝わるから。 駿龍のパトリックは広場の隅にひかえているが、パウロと開拓者二人は眺めの良い場所でさっそくお弁当。 エルディンのこしらえた弁当はたしかにティアラの好物がふんだんに使われており、その心遣いにティアラも感謝しきりである。……と。 「あ、神父様。ご飯粒が」 「え?」 その後、エルディンは一瞬硬直する。ティアラの細い指がエルディンの頬をそっとかすめてご飯粒を取り、そのままそれがティアラの口に運ばれていったからだ。 「え、え……っ」 男性とはいえこういった事象に免疫のないエルディンは戸惑いっぱなし。 「ふふ、気持ちいいですね」 ティアラはそう言うと、とろりと瞳をとろけさせる。気持ちいいのは酒のせい、酔っていると思ってほしいから。 「……神父様、大丈夫でふ? もしものときは僕が看病するでふ!」 そう、もふらにすら心配されてしまうくらい、エルディンの顔は赤く―― (……参ったな) 思わず胸中で思う。 (もう、幼い子どもではないのですね、ティアラも) 花見酒をひとくちあおって、神父は苦笑を浮かべた。 そしてもう一方―― (この間の黒豆が美味しかったからなぁ……香里さんの手作り弁当、楽しみだ) 多くても食べきる自信はあるが、独り占めをするわけにもいくまいと幸久は苦笑を浮かべる。子どもたちに香里の弁当をすすめ、子どもと香里の笑顔を見るのがやはり幸せな気分になれるからだ。 香里の料理は高野豆腐や野菜の煮しめ、どちらかと言うと日持ちのする植物性の料理中心だ。精進料理ということもあるのだろう。 「風牙様たちにもおすそ分けしないといけませんね」 香里が微笑むと、幸久は一瞬目を丸くする。 「もちろん、幸久様もお持ちくださいませ」 香里はクスクスと笑う。日頃のお礼をしたくて幸久を誘っているのに、そんな情のないことはしないということを言いたかったのだ。 「それにしても花見にイチゴ狩りなど、心が踊りますね」 今まであまりなかった経験なのだろう、いつも異常に香里は張り切っている。さっそく子どもたちと一緒にそちらに向かうと、 「自生の苺では、『当たり』にはなかなか出会えませんし、ね」 キラキラ輝く苺を見つめて、嬉しそうに笑う。 「この苺など如何でしょう? まるで宝石のよう……」 うっとり見つめる香里、そして幸久もそんな香里や周りの子どもたちの兄貴分っぽく振る舞ったりしてすっかり馴染んでいる。 そして苺をひと通りつみ終わると、そうだと幸久は取り出し、香里の横にならんですわった。 「さっきの弁当の礼ってほどじゃないかもだけど、食後の甘味は用意したよ。最中なんだけど、この中に摘みたての苺を挟めば苺最中になるかと思って」 「それは素敵です!」 香里もすっかり嬉しそうにしてさっそく試してみる。口に含めば、餡の上品な甘さと苺のみずみずしい甘酸っぱさがまるで曲を奏でるようにいっぱいに広がった。 (……初めて見惚れたのは氷の花を見ていた君) 幸久は思い出す。今は柔らかい色合いの桃の花を見ながら、二人で食べている。チラチラと花と香里を交互に視界に入れてはふと空を見上げた。 「綺麗だな……本当に、綺麗だ」 それは何についての言葉か、あえて言わず。 ただ、胸の奥から沸き上がる言葉だけを口にして。 心地よい風に揺れる髪に、そっと手を伸ばしたいけれど我慢して。 ――まだ、その時じゃない。 幸久は薄く、目を閉じた。そんな様子を、香里は見つめる。 (……桃の花は綺麗なのに、彼の方との距離が気になってしまいます……心やすらぐようで落ち着かないのは、春風のせい……?) 言いたいこともある気がするけれど、口にだすのははばかられる気がして…… 香里はだから、その場でぼんやりと物思いに耽るのだった。 もっとも、香里の相棒である甲龍・白梅は、チラッと気にはなるらしいが。しかし今日はぽかぽか陽気でのんびり昼寝という誘惑には勝てなかったようだ。その脇にはしっかり幸久の相棒・暁もいるあたり、相棒同士も決して仲が悪いわけでもないらしい。 ● ひと通り遊べば、あっという間に時間はすぎる。 「楽しかったね」 笑顔を浮かべるのは誰もかれも同じ。 「風牙、あんたも居場所が見つかったみたいだねぇ」 トシ刀自がそう言えば、風牙は照れくさそうに頬を掻いた。 「こちらこそ、兄がお世話になりまして。今後もよろしくお願いします」 来風が丁寧に挨拶をする。 「また遊ぼうね!」 そんな子どもたちの声。 「もちろん!」 そんな開拓者の声。 ――春の陽は、そうやって幸せな時間を作ったのだった。 |