梅の香、桃の色〜春夏冬
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/07 22:16



■オープニング本文


 ふわり、漂う花の香り。
 月島千桜(iz0308)は作業の手を止めて、ふと外に目をやる。
「……わあ」
 梅の花が、ほころび始めていた――。


 今年の冬は雪もよく降ったが、春夏冬の街にはすでに春の気配が漂いつつある。
「秋でなく、冬のない街ならもっと楽しかったかもしれないですね」
 とは、愛犬茶房で女給頭をつとめている千桜の弁である。冬は独特の楽しさもあるが、やはり寒いので苦手らしい。
「やっぱり春はいいですね。心がワクワクします」
 そういいながら、彼女はいそいそと何かを取り出している。
 よく見れば、それは雛人形の一式なのがわかった。見事な雛壇飾りなのは、支配人の意向なのだろう。
「立派なもんだなあ。こういうの、女の子は喜ぶだろ?」
 青年会に所属している若い商人がそう言って笑うと、千桜も嬉しそうに頷いた。
「こういうのは、やっぱり女の子の夢ですよね」
 楽しそうに鼻歌を歌いながら、雛飾りの準備をしている千桜を見て、若い商人はふと思った。
「そういえば千桜ちゃんは、こういう服に憧れたりしないのかい?」
 年若い乙女であるなら、きっと一度くらいは憧れるだろうと思ったのだ。
「そうですね。きれいな服ですし、憧れないと言ったら嘘になりますけど」
「いや、ちょっと思いついてね。人間で雛飾りのように揃って着飾ったら面白く無いかなって」
 千桜も、それには心動かされたようだ。
「素敵ですね。ああ、でも折角なら、相棒さんもおめかしできるくらいの幅をもたせるともっといいかも」
 幸い相棒に着せる服のコツなどは、愛犬茶房などでもわかっている。肝心の服は、参加してくれる相棒に合わせて微調整をする必要があるので、あらかじめ準備という訳にはいかないだろうが。
「町おこしにもちょうどいいな。よし、青年会でも話題にしてみるよ」

 ――かくして、ひな祭りを大々的に行うことに相成ったのである。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文

 花の香り漂う、桃の節句。
 あたりには文字通りの春の花々が咲き、その香りも芳しい。
 春夏冬の街も同様。
 そして今日も――開拓者たちが訪れる。


(この年齢ともなるとあンま関係ねェしサッパリ忘れてたンだが、言われてみりゃ雛祭の季節さな)
 そんなことを思うのは北條 黯羽(ia0072)。相棒の人妖はと見れば、依頼内容を知ってすっかり目を輝かせている。
 何しろひな祭りといえば、一年に一度、少女たちが主役の、少女たちのための行事。胸ときめかせる少女は少なくない。もちろん相棒だって同様だ。
「春夏冬に足を運ぶのも、これで何度目でしょうね。ひな人形に扮するなんて、なんだか楽しそうなのですっ」
 柚乃(ia0638)は両頬に手を当てながら、頭のなかで色々と考える。一緒についてきた宝狐禅の伊邪那がやはり嬉しそうに言う。
「ひな祭りって女の子のお祭りなんでしょ? だったらあたしよ、あ・た・し♪」
 おしゃまな性格の伊邪那にとって、着飾る絶好の機会だ。柚乃の姉貴分を自負するだけあって、やはり可愛らしい物には目がないのかもしれない。
 一緒にやってきた忍犬の白房も、嬉しそうにしっぽをふる。
 同じように御陰 桜(ib0271)も忍犬の雪夜を連れてきたのだが、きょうだい犬である白房を見つけてさっそくじゃれついた。度々依頼で顔を合わせることがあるせいか、すっかり仲良しな二匹である。それを眺めている闘鬼犬の桃は、お姉さんな気分。
「そういえば桃の節句なんだから、今日は桃が主役ね♪」
 桜がにこりと微笑むと、桃は言葉少なに
「……それは花のことであって、私のことではありません」
 と返す。成長を重ね、闘鬼犬となって人語を話すこともできるようになった桃だが、真面目な性分のせいか普段はしゃべることも控えめにしているらしい。そんな桃の口ぶりに、くすくすと笑みを浮かべる桜であった。

「一緒にお雛様にチャレンジだ! 行くよ、サジ太!」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、相棒である上級迅鷹のサジタリオに声をかける。ひゅっと飛ぶサジタリオ――サジ太の姿は、やはり美しい。同じように迅鷹連れのルオウ(ia2445)が、傍らを飛ぶヴァイス・シュベールトとともに口笛を吹いた。
「実物大のひな祭りなんて考えたもんだな、そりゃあおもしれー」
 その反応に、ギルドとの仲介も兼ねている愛犬茶房の女給頭、月島千桜(iz0308)もにっこり笑顔。
「そう言ってくださると嬉しいです。何しろこの街は『観光』や『行事』を楽しんでもらいたいという思いが詰まった街ですから」
「なるほどなあ。そういや前にもそんなことやってたっけ。俺は女の子じゃねーから着飾るって言っても期待されるもんじゃないかもしれねーが、よろしく頼むぜ」
 ルオウはにっと歯を見せて笑えば、ヴァイスもばさばさっと羽を震わせた。
 その一方、人妖の輝々をつれた宮坂 玄人(ib9942)はどこか懐かしそうな目をする。女性としてではなく、亡き兄の名を名乗って暮らしている彼女にとって、ひな祭りというのも久々なのかもしれない。
「ひな祭りって、女の子のお祭りだよね? なら僕も参加したい……!」
 少年のようななりをしているが、便宜上は輝々も女の子。照れ屋ながらも、はっきり塗装発言して、そしてまた顔を赤くした。その様子に、玄人もつい苦笑い。
「俺もこういった服装を着て、というのは初めてだしな。悪くないんじゃないか?」
 普段は男勝りな玄人だが、決して女を捨て切ったわけではない。可愛らしい物に目が向いたっていいではないか。
 すると輝々は嬉しそうに、ぱあっと顔をほころばせた。よほど嬉しかったのだろう。

 いっぽう、この街に初めて訪れる人もいるわけで。
「大ちゃん大ちゃん、今日は大ちゃんと一緒にお雛様だよ! やったー!」
 そうピョンピョン飛び跳ねて羽妖精の相棒・大剣豪と語らっているのはルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)。
「やったねルゥミ! ……つまりお雛様ってやつを殴ればいいんだね?」
 長いふたつわけの髪――ツインテールという表現のほうがしっくり来る――を揺らしながら、ルゥミと大差ない身長の羽妖精はそう言って首を傾げる。ルゥミは思わず笑うと、
「ううん、殴らなくていいんだよ♪」
 小柄なルゥミは自身がまるで妖精か何かのよう。実際その名は「雪の妖精」という意味を持つらしい。なるほど、艶やかな銀髪と吸い込まれそうに青い瞳は、妖精という単語にふさわしいとも言える。
 もっともその性格は明朗快活、どちらかと言うと儚さを感じる雪の妖精というよりは、明るいひだまりの妖精というにふさわしい少女であるが。
「どんな風になるか楽しみだね!」
 ルゥミは嬉しそうに頷いた。

 ――そして、そんなにぎわいの中に現れる、どう見ても異質な存在。『世界征服と圧制による平和』を野望に掲げるからくり開拓者、その名も鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)。見た目はいかつく、声も低い貫禄のあるものであるが、その性格は案外(?)悪くない。敵対者には情け容赦がないものの、そうでなければ君主らしい鷹揚な態度で接するという、それなりの人格者である。
(さて、ビリィのやつがどうしても来てくれというので来たが……あ奴はどこだ?)
 始めてくる春夏冬の街のにぎわいのなか、相棒である羽妖精のビリティス、通称ビリィを探すテラドゥカス。
 このビリティスも案外クセモノで、見た目は八歳くらいの少女の姿ながら口調は乱暴、しかもテラドゥカスが依頼などで攻撃をするたびに謎の必殺技名を叫ぶという不思議な癖がある。しかもあのいかついテラドゥカスにチョップをかませる人物(相棒含む)は、そう多くないのではなかろうか。
「おう、待たせたなテラドゥカス! 準備に時間かかっちまったぜ♪」
 そういうビリティスの脇にはかなりの大荷物。とても彼女一人で運べそうもない。
「というわけで、会場まで後は頼むな♪」
 なんとなく釈然としないが、まあ仕方ない。
 テラドゥカスはビリティスを肩に載せ、ゆっくりと会場――愛犬茶房とそこの所有する野原――に向けて歩き出した。ズシン、ズシンと足音を響かせながら。


「それではみなさん、改めて今日は春夏冬へようこそ! 楽しい一日になるよう、こちらもお手伝いしますね!」
 千桜がペコリと頭を下げれば、集まった開拓者たちも手を叩く。
 どんな格好をしたいか、それはあらかじめ伝えてあるものが多い。お陰で服を揃える作業はほとんど済んでいる状態である。
「こういう楽しい町興しってェのは嫌いじゃないンでな。出来る範囲で手伝わせてもらうのは、やぶさかじゃねぇぜ」
 初めてこの町に来た黯羽は、ニヤリと笑う。そんな彼女が選んだのは『右大臣』。女性としては身長も高く、体格に恵まれている黯羽は、本人曰く『三人官女とかは似合うかどうかわからない』のだそうで。
「むしろ、男性役のほうがハマるって、そう言われそうだしなァ」
 そんなことを言いながら、用意された服に袖を通す。右大臣・左大臣の纏うのは直衣と呼ばれるたぐいの服装で、古来より清掃とされていたものだが――なるほど、よく似合っている。
「ああ、こいつは相棒の刃那。こいつには五人囃子の『笛』が似合うンじゃねェかと思うンだが」
 そう言いながら示された人妖の方を見てみれば、古風な少女といった彼女には若干ながら戸惑いがあったようで。
「まあ、お囃子も良いですが、折角なら壇の上にも興味はあります……けど」
 そんな言葉で少しためらってみたりする。黯羽も本人の意向が一番というのが意見だったので、三人官女に落ち着いた。
「三人官女なら、柚乃たちとおそろいですね」
 そうにこにこと微笑む柚乃の姿は狐の獣人姿――伊邪那の能力、狐獣人変化である。白いふさふさの耳と尻尾をつけた状態は、本当に神威人のようだ。
「あれ? 柚乃さんは女雛の装束ではないんですね」
 千桜はわずかに目を丸くする。
「ああ、女雛の衣装も一度は着てはみたいけど……その、自分には似合いそうになくて……っ」
 柚乃はわずかに恥ずかしそうに俯いた。なるほど、年頃の女の子としては『憧れ』と『似合うかどうか』はまた別問題なのだ。
 近くにいた白房も、小さな桃の飾りを耳元につけてもらって嬉しそうにしっぽをふる。同じように嬉しいのだろう、こちらは五人囃子に扮した雪夜が楽しそうに駆け寄ってきて、愛犬茶房所属の犬達とキャッキャと戯れている。
「あの子達も楽しそうで何よりです」
 柚乃がにっこりと微笑むと、雪夜を追ってきたのだろう桜も
「全くねェ♪ わんこたちもすっかり気に入ってるみたい♪」
 と満足そう。
「ぎるどは合戦で忙しそうだけど、こういう息抜きこそ大事だものねぇ♪」
 最近は東房周辺のアヤカシの様子がどうにも怪しいが、それはそれ、これはこれ。平穏な日常を過ごすのも、開拓者にとって大事なことである。
「あら、桃ちゃんは女雛ですか!」
 千桜が桃を見やれば、きれいな衣装を身にまとった桃がわずかに気恥ずかしそうにしている。
「ええ♪ だって桃の節句だから♪」
 桜はそう言うと、桃にささやきかける。
「その姿はと〜っても可愛いけど、桃のお内裏様はどこにいるのかしらねぇ?」
 と、桃は視線を真っ直ぐ前に向け、そして言った。
「私は、桜様に御仕えする身ですから」
 桜はそんな真面目な桃にくすりと笑顔。ぽんぽん、と頭を優しくなでてやる。
「頑張ってくれるのはすごく助かるけど、自分の幸せも考えなきゃダメよ?」
 それに対してあえて桃は……いや、何も言うまい。
「そういえば桜さんのその格好」
 柚乃が指摘すると、桜は微笑む。
「どんなのを着ようか悩んだんだけど、傾いた感じのが着てみたかったのよ。こういうのを粋に着こなすのも、お洒落の醍醐味よねぇ♪」
 桜の服装は三人官女を元にしているらしい――が、白い単には白い糸で丁寧に刺繍が施され、緋袴の方にも布と同じ色味の糸で刺繍がなされている。パッと見ただけでは気づかないが、その刺繍は昇り龍だったりそれこそ忍犬だったり、可愛らしくも洒脱な感じである。
「ずいぶん凝ってますね」
「でしょ? ちょっと無理言ってみたけど、なかなかいいものだと思うのよ♪」
 桜は満足そうに笑顔を浮かべた。
「そういえば白房ちゃんも雪夜とおそろいの服にする? 似合うと思うわよ♪」
「ああ、それは素敵! 店の犬達も衣装を整えて、みんなで五人囃子になりましょうか」
 千桜が提案すると、三人の乙女は楽しそうに微笑んだ。


 絢爛豪華な五衣、唐衣に裳裾を引いた姿で、リィムナは楽しそうに微笑む。手には鮮やかな模様の描かれた檜扇をもち、あえてゆったりおっとりと歩いている姿は、普段の活発な姿とは程遠い。
 ――と、少女は大きく手を伸ばした。
「行くよサジ太、合体だっ!」
 あえて釵子や天冠をつけていなかったその頭部にサジタリオが優雅に止まり、まるで釵子であるかのように金色の翼を大きく開く。もちろん、主の頭に爪を立てたりしないよう、細心の注意を払いながら。
「どう? 素敵でしょっ?」
 リィムナはいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべ、絵師に小さく目配せをする。すでに準備万端な状態の絵師――のたまごたちは、こくりと頷いてさっそく筆をはしらせる。
「みんな可愛く描いてねっ♪」
 そう言いながら扇を開いてしゃなりと座り、絵のモデルになる。サジタリオが疲れないように、そういう気を払いつつ。
 ……と、ある程度絵が描けたかと思われる頃合いに、リィムナはしゃなりと立ち上がった。そして、ささやくように言う。
「皆さん……残念だけど、実は私は天女なの……」
 そう言うと、リィムナはそっと手を伸ばす。そして、サジタリオと同化し――その背には翼が現れた。その姿のまま、ふわりと舞い上がる。
「天に還らないといけないから……さようならぁ〜」
 そう言い残し、手を振りながら飛び去る。
 あっけにとられている絵師を横目に見ながら、リィムナは満足気な笑顔を浮かべた。
「あはは、サジ太やったね!」
 その笑顔はまったくもっていたずらそうな子どもの顔。
 作戦勝利といった感じの笑顔が、いかにも彼女らしかった。

「近衛中将、ルゥミ!」
「近衛少将、大剣豪!」
 二人の幼子は、そう言ってババンと立つ。二人の身にまとっているのは右大臣と左大臣。ルゥミのほうが左大臣である。
 ちなみに左大臣のほうが右大臣よりも格上なのだが、まあそれは開拓者と相棒という関係を考えればある意味当然、なのかもしれない。
「ね、かっこいいね大ちゃん!」
「そうだねルゥミ! すごいね!」
 二人はすっかり気分上昇。そしてルゥミはポンと手を叩く。
「そうだ、折角だから……」
「うん、演武しようか!」
 まったくもってよく似た二人である。
 ルゥミの構えるは儀仗の弓。すっくと立って鳴弦すれば、その邪を払うという音で、皆の心を鎮めにかかる。矢はつがえず、弓をただ引き絞るのみ。
 一方大剣豪の構えるは儀仗の剣。ルゥミの回りを回るようにして、剣を取りては舞い踊る。もっともこれは模造の剣であるが、そんなことは皆も承知のうえであろう。
「やーっ、とうっ!」
 掛け声上げればひらりひらめく剣の舞。
 そして最後は二人並んでくるりと回り、両手を高くあげた体勢で決める。
「やったぁ!」
「せい、ばいっ!」
 二人は高らかに声を上げ、そして笑う。大剣豪も、流れるように剣を収め、にっこりと笑顔。
 その姿も絵師たちには、心に焼きついたことだろう。

「それにしても俺がこういう服を着るのは初めてなのだが、悪くはない、か……?」
 玄人は、輝々に問いかける。
 二人の衣装もまた三人官女。女性らしい服装を着ることもめったにない玄人にとっては珍しい機会である。
(まあ、こういう機会ぐらいでしか、着飾ることもなかろうしな)
 玄人は胸の中でそうつぶやき、輝々の方を見やると。
「玄姉ちゃん、この着物、重いね……」
 わずかに疲れたような輝々の声。しかし玄人はその言葉にくすりと笑い、そして優しく頭をなでてやる。
「……重いだろうが、転んだりしないようにな」
 こんなふうにかいま見える優しさが、輝々には嬉しい。
「あ、あっちに雛あられや白酒があるみたいだよ……! いこう!」

 ――さて。
 テラドゥカスは、憮然とした表情をしていた。
 なぜかといえば、ビリィことビリティスの用意した「衣装」とやらがトンデモなかったからである。
「まず、テラドゥカスがそこに座るだろ? したら、これを上からかぶせて、頭だけ穴から出すんだ!」
 そう満面の笑みで取り出したのは――最上段に穴の開いた、雛壇。
 言われるままに雛壇を被せられ、笑顔になれるわけもない。
「うん、似合ってるぜ♪」
 そう言うと、ビリティスは周囲にいた青年会の人たちに声をかけ、自分と同じくらいの大きさの雛人形や飾りをその雛壇に配置していく。
(……一体何をするつもりなのだ、こ奴は……。やはり羽妖精の考えることはわしにはわからぬ)
 綺麗に飾り付けられていく中で、テラドゥカスはそんなことを考える。
 やがて、ビリティスはテラドゥカスの頭に冠をかぶせ、隙間に纓と笄を差し込む。
「メイクもしっかりしないとなー♪」
 そう言って取り出したのは胡粉。丁寧に塗りたくった上、殿上眉をチョンと描く。
「最後にあたしだな♪」
 楽しそうに言いながら後ろに行くと、さっと着替えて現れたその姿は――女雛のそれを着たものだった。
「うん、完成だぜ!」
 そう言って、テラドゥカスの横に座る。そう、テラドゥカスは頭だけだが男雛、そしてビリティスが女雛という形なのだ。
「イカすだろ?」
 だがしかし、胡粉に塗り固められたテラドゥカスの表情はうまく動かない。溜息がこぼれる。
「……まるで梟首だな。しかし、まあ……こ奴が満足しておるなら、それでよかろうか」
 ビリティスはそのつぶやきを聞き逃したようだが、満足そうに笑っていた。

 そんなテラドゥカスの光景を見て、
「みんな色々考えるもんだなー」
 ルオウはそんなことを言って笑う。彼の着ているのは、右大臣のそれだ。一方相棒たるヴァイスは左大臣。――とは言っても迅鷹であるヴァイスには、それらしい上衣を重ねてやる程度だけれど。
「ま、ひな祭りにこだわりすぎないで、豪勢な飾りをつけた立派な鷹を腕に乗せているってのも絵にはなるかなー?」
 ヴァイスが着ぶくれたりして苦しくないか、そちらのほうが心配らしい。
 絵師たちもそのへんは承知しているようで、素早く筆を動かす。その間、ヴァイスは偉そうにそっくり返ってそっぽを向いているが、それもらしいといえばらしいのだろう。
「あー。気にしないでくれよな? こいつ、照れてるだけだからよ」
 その言葉にヴァイスがちらりと睨むが、ルオウはそんなものも物ともしない。
「さーて、どんな出来になんのかなー?」
 鼻歌交じりの声は、いかにも楽しそうだった。


 素描の時間が終われば、楽しいおやつどき。
 というか、ルオウいわく――
「人がやってる以上、動きがある方がリアルだろ? つまり――宴とかさっ」
 そう言ってにっと笑う姿は、いかにもいたずら小僧っぽい。
 確かに雛人形と同様に着飾った者達が宴となれば、雰囲気も楽しかろう。
 剣舞は先ほどルゥミたちが舞い踊ったが、他にも食べたり、あるいは柚乃のように一足早く華彩歌を添えつつ舞い踊り、花の宴と洒落こんだりも面白い。もちろん宴となれば、相棒たちもしゃしゃり出て、みんなで楽しく飲めや歌えと騒ぎ出す。
「俺も刃那も、甘いモンは好きなンでな、有り難く頂くさね」
 黯羽がそんなことを言いながら、刃那とお菓子を取り分ける。その様子がいかにも愛らしい。ちなみに彼女たちは、背中合わせでポーズを決めたところを描いてもらったのだとか。
「こういうまったりしたのもたまにはイイわね♪ そういえば温泉も近くにあるんだから、寄って行かないとね♪」
 桜はすっかりほろ酔い気分。そのまま風呂では酒精が回ってしまうだろうが――まあ、なんとかなるだろう。犬達はお揃いの五人囃子でじゃれまわり、その姿を眺める目もあたたかい。
 五人囃子の服装に着替えたリィムナとサジタリオも戻ってきて、今度は笛を奏でる。リィムナが歌と笛、そしてサジタリオは器用にバチを持って鼓を叩く。こちらも曲に華彩歌をのせ、花々がポンポンと咲くと、町の人々もおおっと声を上げた。
 先ほどの柚乃もだが、やはり開拓者たちの能力というのは一般人にはなしえないことが多いのだろう。
「おいしいねぇ」
「おいしいね」
 ルゥミと大剣豪は口元を汚しながらも仲良くお菓子を食べあう。互いの口元を拭ってやりながら。
「だって、お絵かきしてもらう時に汚れてると困っちゃうからね」
 剣舞も一応描いてはあるが、最後に集合した姿も描く予定だったので、この発想は正しかったといえよう。
「姿絵にしてもらうの、楽しみだな」
 口数が多いとはいえない玄人がそう言うと、輝々はこっくりと頷いた。輝々も楽しみにしているのである。
 ――いや、全員か。
「ところでテラドゥカス、白酒ばっかじゃなくて菓子も食えよっ!」
 あの格好のまま宴に参加しているテラドゥカス、口に突然雛あられをつめ込まれて慌ててしまう。酒で流し込み、ため息をつくが、それでも決して嫌ではなさそうなのがなんとなく誰の目からもわかって、微笑ましかった。


 ――そして最後に、みんなで集まったところを描いてもらう。
 色々事件はあったけれど、やはり楽しいのが一番。
 それがわかっている面々の顔は、どこか楽しそうにほころんでいた。

 春の訪れを感じさせるかのように――。