なげろ!十四年版〜春夏冬〜
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/05 20:16



■オープニング本文


 ――朱藩国、安州の北に春夏冬という街がある。
 名前のとおり、商人(あきんど)が力を振るっている街だ。
 そしてその理念は、『人々を飽きさせない』――そういう街だ。


「それにしても正月は随分と、神楽の都が賑やかだったらしいな」
 もともと行商人や隊商の中継地点でもあったため、そんなうわさ話は広まりやすい。
 今年は年初に各国の王が集まり、それで都はひとしきり大騒ぎだったことは、もちろんこの街の商人たちの耳にも届いていた。
「まあ、やっぱり都に活気があるのはいいことだな」
「この街も同じくらい活気が出れば、なおいいけれどな」
 街の青年会の仲間たちはそんなことを言い合う。
 ――この街を、朱藩で知らぬ者のない観光の街にしよう。
 誰が言い出したのだかわからない、そんな大きな目標を持って青年団が本格的に動き始めて半年強。
 街にはチラホラと開拓者を始めとした客は来るようにはなったが、やはりにぎわいを見せるほどではない。
 そんな折の神楽の都の大賑わいの話だ。焦るなという方が、無理があるというものだろう。

「そういえば、もうすぐ節分だな」
 青年会の誰かがそんなことを口にした。
「もうそんな時期か。豆まきの準備なども始めないとな」
 豆まき……そこで、はたと誰かが思いついた。


「えっ……? 豆まきですか?」
 月島千桜(iz0308)は、目をパチクリさせる。
「うん。開拓者に豆まき合戦させたら面白かろうって、さ」
「豆まき合戦?」
「要は豆のぶつけあいだな。胸に紙風船でもつけてもらってさ、それを豆まきで叩き潰しあう。潰されたら脱落で、最後まで残った人が今年の福男ないし福女ってことで」
 なるほど。なんとなく言いたいことはわかる。そしてそういうのはたしかに開拓者が面白がりそうだということも理解できた。
「ついては――」
「はいはい、開拓者の募集ですね? わかりましたってば」
 千桜は苦笑交じりに応じて、硯箱を取り出したのだった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / 十野間 月与(ib0343) / エルレーン(ib7455) / 澤口 凪(ib8083) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 庵治 秀影(ic0738) / 三郷 幸久(ic1442) / 葛 香里(ic1461


■リプレイ本文


 ――節分とは季節の変わり目。
 しかし二月の初めともなれば、まだまだ春の足音は遠い。
 山から冷たい風が吹き下ろし、時には雪の降ることもある。
 ……もっとも、この春夏冬の街はまだましな方なのかもしれない。本当に寒い場所ともなれば、雪が腰のほどまでに降り積もるのだから。
 その春夏冬で今日、開拓者による豆まき大会が行われる。
 邪を払い福を招くという節分の豆まきだが、開拓者やそれを支援する者達の手にかかれば遊びのようなものになってしまう。まあ、笑う門には福来るなんて言葉もある通り、楽しんだもの勝ちなのかもしれない。

 さて。
 そんなわけで春夏冬の街には、なんだかんだと集まった開拓者たちが待ち構えていた。
「豆まきなんて何年ぶりでしょう……」
 手渡された升に目をやり、少し感慨深げにつぶやいたのは菊池 志郎(ia5584)。貧しい家に生まれた少年にとって、豆まきという行事はいくらか贅沢でもあったのだろう。しかも豆まきを行っていたのはごく幼いころまで。どちらかと言うと懐かしさを通り越して新鮮な気持ちさえしている。かと思えば、
「うさみたん、見ていてくれ! 私は今日こそ、勝利してみせるッ!」
 いつもと変わらず背中に背負った愛らしいうさぎの縫いぐるみに誓っている男が一人――名をラグナ・グラウシード(ib8459)。少しどころでなく残念な匂いのする青年である。そしてその彼が無意識に視界に入れていない女性がいる。いつの頃からか互いを天敵として、出会えば場所や状況を問わず喧嘩になってしまう女志士、エルレーン(ib7455)。
 彼女は悩んでいた。
「ぬー……スキルもダメ、なのかぁ。じゃあ、どーやったら勝てるんだろ?」
 そこはそれ、知恵の見せ所――そして日頃の行いがモノを言う。
 ただまあ、エルレーンもラグナも、互いを見つけ合えば他のことそっちのけでお互いを潰しにかかる可能性が高い。……そういう意味において、福男・福女からは一線引いた存在であろう。
「おうおう、あっちにも見かけた顔がいるナァ。あのお嬢ちゃんは今回風邪っぴきで休みだが、ここらで俺の本気ってぇやつを見せてやろうじゃねぇか」
 そんなことを言って笑うのは、どこかいぶし銀の貫禄を見せつつも実は二十代、庵治 秀影(ic0738)である。この秀影、先日別のとある里で行われた行事で『一番福』の存在となったらしいが――さてこちらではどうなることやら。それを知っている連れの、紫ノ眼 恋(ic0281)が苦笑を漏らす。
「福男になったからってそれがいいとは限らんけどね。まあ戦争であれ節分であれ、勝負事という点においては同じことだ、勝ちに行くよ」
 その言葉で、つり目がちな彼女の目がいっそうキリッとする。
「まあ、お互い楽しむのが大事ってことかねぇ」
「そういうことだ」
 二人はそんなことを言って笑いあった。

(気になる娘を誘ったんだ、が……これは庇っていいところを見せるってのは無理だなぁ)
 今回の豆まき合戦の規則を聞いて、そんなことを考えているのは三郷 幸久(ic1442)。誘われた側の葛 香里(ic1461)は、今回の実行委員も兼ねている月島千桜(iz0308)の姿を見て、ペコリと礼をする。
「はじめまして、葛 香里と申します。三郷様にお誘いいただいてこちらへ遊びに参りました」
 礼儀正しい武僧の少女だ。何でも尼僧の中で育ったこともあって、若干世間知らずなところもありそうだがおっとりとした優しそうな娘である。
「私が都へ訪れた時にはもう総選挙というのも終わっていましたから、こちらの催しのお手伝いができるのはとても嬉しいことと思っています」
 そして幸久ににっこり笑みを見せて、頑張りましょうねと言う。そんな香里の柔和な表情に、幸久も若干緊張気味だ。好ましく思っている女性と一緒に過ごすということは、やはり何らかの緊張感を生むのである。
 そんな二人の様子を千桜は微笑ましく見つめていた。年齢自体はそれほど変わらないのだが、やはり人生経験などの違いなのだろうか。いや、単純に恋バナのたぐいが好きなだけかもしれないが。
 
 一方、観客席は湧いていた。
 何しろ開拓者が文字通り、体一つでの豆まき合戦なのである。噂は近隣の町にも伝わり、中には安州から足を伸ばしたという強者もいた。中には参加者の顔ぶれを見て、賭けを始めるものもいる始末。
「白房、ここで待っててね。今日は開拓者だけだって話だから」
 そしてそんな観客席で行儀よく座っている忍犬に言い聞かせているのは柚乃(ia0638)。春夏冬の街での催事となれば、と相棒同伴でやって来たらしい。この街には『愛犬茶房』と呼ばれる、犬を愛で倒すための茶店も存在し、そこの従業員は犬も含めて応援してくれているのだ。犬同士の仲を深めることの出来る場所として、愛犬茶房は一部の開拓者にそれなりの人気を博していた。
(たまには、童心に返ったつもりで……)
 今回はスキルの使用や相棒の協力は不可能。となれば、日頃の鍛錬や知恵がモノを言うことになる。いや、あるいは日頃の鍛錬というより、子どもの遊び心が大事なのかもしれない。
 そういう意味では、案外彼女は大穴になりえるかもしれない。
 そしてこちらにも、大穴候補が。
「「マユキ、がんばって〜♪」」
 応援席から相棒一同の応援を受けているのは礼野 真夢紀(ia1144)。いちばん小柄な彼女は、当然だが的も低め。一方人生経験はといえば、これでも開拓者としてはかなりのベテランに入るので、なんだかんだではしっこい。
 そしてそんな応援に対して、真夢紀は
「みんな、人に触られるくらいは我慢してね。でも、さらわれそうになったら、逃げたり助けを求めたりすること!」
 大切な相棒たちに注意を促す。何しろここにいるのはまだ幼い子猫又と一部での人気高い相棒たちである。念のため警備担当の実行委員の傍にいさせているが、それだけでは心配なのでしっかりものな空龍の鈴麗にも警備を兼ねて伴にきてもらっている。
(大丈夫だとは、思うけれど……)
 真夢紀は小さく、顎に手を当てた。


 ペケ(ia5365)は意欲を燃やしていた。
(豆まき合戦……参加するには福女を目指すですよ)
 名前の由来ともなっているおへその「X」印が紙風船に隠れている。本来ならもう少し上なのだろうが、彼女の服装を見た実行委員がここに括りつけたのだ。……まあ、うら若き女性が腹を冷やすのもよくないという配慮なのかもしれない。
「さ、この街の観光推進のためにも、頑張りましょうか」
 そう言ってふふっと微笑む十野間 月与(ib0343)は、昨年任命されたこの春夏冬の観光大使の一人だ。とはいえ、観光大使が福女になりたいばかりにやり過ぎるのもよくない。場を程よく盛り上げて応戦し、観客を沸かせて、その中で運よく勝ち残れたら称号を受け取るというくらいの心づもりだ。
 ある意味いちばん観光大使らしい行動である。
「節分はもともと神事の一種だし、それっぽい衣装のほうが運営の動きに合わせて対応できるかしら」
 と、巫女装束も身につけて、心意気はバッチリ。豊満な身体を清楚な巫女服で包んでいるが、色香は隠せない、という感じである。……もっとも、観光大使というならそれもありであろう。

 しかして――
 全員に渡された豆。
 付けられた紙風船。
 そして砲術の心得がある元開拓者の実行委員の合図で、豆まき合戦は始まったのである。


 改めて、今回の豆まき合戦を説明しよう。
 会場は、岩や戸板などで自然・人工含めた遮蔽物のある空間。
 的になるものは胸――厳密には上半身――にある、紙風船。これが豆によって潰されてしまえば、負けとなってしまう。
 手渡された豆は、升二つ分。
 他人の胸の紙風船を潰したものが、追加で豆をもらうことができるが……基本、それ以外に豆を補給する手段はない。
 ただ、今回、集まった人数がやや少なかったため、本来の予定時間より終了時間が短く設定されることになった。
 二時間も膠着状態が続いては、観客も興ざめだからである。

 ――では、じっさいの様子をお伝えしよう。

 柚乃ははじまりの合図とともに駆け出した。孤立してしまえば、逆に標的にされやすい。もし己を狙うものがいても、人のいる付近を走れば誤射という可能性もある。
 ちなみに柚乃は、『捕まりませんように』という祈りも込めて小角の髪飾りを着用しているが、よくよく考えるとある意味逆効果な気はしなくはない。何しろ節分とは、鬼に豆をぶつけてなんぼな行事なのだから。まあ、修羅は鬼と呼ばれるものとは異なるわけなのだけれど、絵で見ただけでは似ていると思ってもやむをえない。
「嬢ちゃん、がんばれー!」
 人々の合間をスイっと走り抜ける小柄な少女は、やはり目につくものだった。
 さてもう一人の更に「小柄な少女」、真夢紀は遮蔽物を有効活用する作戦にでたようだ。人混みからあえてやや引いたところに下がり、身を隠してまずは観察。複数人で活動している人がいると厄介なので、そういう他の人達を冷静に判別するのだ。
(狙われないように……!)
 一度狙われたら、きっとすぐに負けてしまうだろう。
 だからこそ、細心の注意を払っての行動なのだ。

 単独参加での行動は危険だ――そう考えるのは、他にもいた。志郎などがそうである。
 複数人で、知り合いどうしでの参加は何組かあるようだった。そういう人達が結託しての行動は、単独行動参加の志郎にとってはやはり脅威なのだ。あらかじめそういう人達からは距離をおくようにする。途中でチラリと真夢紀と目があったが、同じことを考えているのは他にもいるということでいいだろう。
(まずは様子を見ないと……)
 自分から意識がそれている相手に豆をぶつけるという、ある種の漁夫の利を狙う目論見な志郎。
 さてどうなることやら。

(強そうな男性を翻弄するほうが、観客は沸くよね……)
 月与はそんなことを思いながら、千早の裾を翻す。千早は巫女装束を揃えるときに春夏冬の住人たちが貸してくれたものだ。
 観客の様子をちらりと見る。全体的に攻勢に打って出る者が少ないなか、彼女の流れるような動きは女性をもとりこにした。
 狙う相手は、秀影――彼は単独での参加ではないが、恋と協力して行動しているわけでもない。むしろ敵対しているあたり、いわゆる好敵手というやつだろうか。とりあえず彼は、距離を取ろうとする他の参加者を狙う心づもりらしい。
(くくく、戦で一番難しいのは撤退戦、ってなぁ)
 しかし、月与に狙われ始めたことに気づくと、慌てて遮蔽物に隠れるように逃げこむ。豆はけん制のために投げるのみ。むしろ、時々ポリポリ食べていたりもする。しかし、月与はそれを見逃すはずもなかった。
 身につけている千早が翻ることであたろうとする豆の威力を減衰させ、一方で暇を置かぬ反撃としてパラパラと豆を投げる。存外力強いその一撃に、秀影の紙風船がパン、と小気味良い音を立てて割れた。おおー、っと観客席がわく。
「……ほぉ、やるじゃねぇか。それじゃ祝杯といくか、もちろん勝者の奢りでなぁ!」
 ――勝者は勝者でまた厄介なことになりやすいものだが、まあ気にしてはいけないのだろう。ポリポリと頭を掻いたあと、秀影はニヤリと笑って紙風船を割った者に渡すよう指示されていたひと升分の豆を月与にひょいと投げてよこしたのだった。

ペケは、地道な作戦に打って出ていた。
 その名も『転倒フィールド作戦』。
 草を縛ることによってできる簡単な罠を何箇所かに設置して、転倒することで自滅してもらうのだ。まさか転ぶなんて思っても見ないだろうから、地道だが奇をてらった作戦といえるだろう。
 幸い、会場は転倒しても危険ではない程度には草が生えている――とは言っても冬なので、枯れ草に近いが。
 引っかかるのは運が無い人。運とて歴戦の戦士ともなれば経験則から上がったりするが、まだ駆け出しに毛の生えた程度の開拓者では当然ながら厳しい。
 幸久は、香里とともに行動していた。どちらもまだ駆け出しと言っていい二人、幸久はこまめに隠れつつ狙いを定めていく。そして彼の後ろをそっと香里がついていく、そんな感じだ。
 しかし、身につけた外套と升を持った手で紙風船を必死に守りながらの防御中心の豆まきを行っていた香里だったが、それゆえに足元まで目が届かなくなっていたらしい。
「あっ――」
 胸元をしっかり防御していても、思い切り転倒してしまえばもうそれは関係なくなってしまう。幸久も、豆をまかれての攻撃は想定していたが、転倒はまったく思いもよらなかったに違いない。
 ペシャリと音がして、香里の胸元にあった紙風船は潰れてしまった。
「香里さん! 大丈夫かっ――」
 慌てて駆け寄る幸久だが、彼もまた同じようにペケの作った罠に足を取られてしまう。思わず手をついて転ぶのを避けようとしたが、その体勢は偶然にも香里の上にのしかかるような格好になってしまった。
「……!」
「……っ」
 しばし見つめ合う二人。
 これも神様の気まぐれというやつなのだろうか。まあ、こういう場合は得てしてすぐに離れてしまうのだけれど。
 しかし胸のざわめきは収まらない。……互いのことを憎からず思っているのだから、当然なのかもしれないが。
 そこへ――パラっと音がした。
 あくまで攻めの姿勢を貫いている恋が、隙を見て幸久のまだかろうじて潰れていない紙風船に豆をぶつける。気持ちを落ち着かせるために無防備になっていた幸久にしっかりと当たり、二人は残念ながらここで退場ということに相成った。
(それにしても秀影殿はさっさとやられてしまったようだな……雌雄決す時だと思っていたのだが……)
 恋はしっぽをパタパタと振る。
(まあ、とりあえず敵を排すのみだ。こちらではあたしが一番福をとってやるさ)
 胸の奥で呟くと、恋は口の端をわずかに吊り上げた。

 ところで、いつもりあじゅうに対してなみなみならぬ感情を抱いているはずのラグナは今どうしているかというと――
「うさみたんが……私を守ってくれるッ!」
 そういいながらいつも大事にしているももいろうさぎのぬいぐるみ・うさみたんを使ってガードしていた。
 ごめん言っていることが筆者にもよくわからない。君にとってうさみたんは大事な友ではなかったのか。ちなみに同様のやりとりは実行委員の間ともあったのだが、ラグナのこの一言で了承がおりたのであった。
「……いやだって、うさみたんは武器でも防具でもないから」
 確かにうさぎのぬいぐるみ――うさみたんは携帯品である……。まあこれは認めよう。しかし友としているはずのうさみたんをそんな風に扱ってもいいのだろうか……
「友ならばこれくらいの苦難、共に乗り越えるッ!」
 なるほど。
 そして、そんな彼の目に入ったのは――エルレーン。彼女は戦場の端ぎりぎり、観客席を背にして逃げまわっている。
(これなら敵はしょーめんだけ……それくらいなら、防げるしかわせる!)
 なかなかの策士である。しかももし狙われた時も、
「ここで投げたら、お客さんがいたいいたいだよっ……まさか、そんなひどいことしないよね?」
 言葉でも意欲をくじこうとするあたり、さすがというべきか。
 しかしそんな手を、ラグナは『卑劣』と見てとった。もともと妹弟子ではあるが同時に犬猿の仲というか宿敵、見れば怒りがこみ上げてくるのであるが。
「うおおおお! 貧乳娘、なんと卑劣な……! 覚悟おおおおおッ!」
 一気に感情が膨れ上がった。それまで防御寄りのラグナだったが、エルレーンとの間合いを詰め、狙いを定めて豆をぶつける。しかし敵もさるもの、エルレーンは俊敏な動きでそれを避けつつ、ほぼ同時に豆を投げつけた――!
「いっつもうるさいし、かかわりたくないけど……こうげきするならちゃんと反撃はするんだもん!」
 そして今日も、二人の戦いが始まる。


「それにしてもあっという間に三人ほど脱落ですか……」
 志郎は腕で紙風船をかばいながら移動する。現在、団体行動をしている人間は幸いな事にいないので、あとは他の人に豆をぶつけるだけの簡単なお仕事である。
 と、闘気むき出しの恋が目に入った。彼女はいかにも楽しみながら、闘気を放っているというなかなか面白い構図である。
(秀影殿がやられた相手はたしか巫女装束の……彼女か)
 恋が目をつけたのは、巫女装束は巫女装束でも、体格のずいぶん異なる――そう、真夢紀。真夢紀も団体行動をしている人を狙おうとしていたが、すでに退場済みなので、純粋にぶつけては隠れ、という作戦を試みようとしていた。
「フッ……あたしに見つかるとは運が悪いね!」
 恋は何故か確信を持って攻撃にかかる。いや、秀影を倒したのは月与なのだが、服装の印象がいちばん残っていたらしい。
 ぶっちゃけ、とばっちりである。
(あっ、あの人まゆを見てる……!)
 標的とされたことに気づいた真夢紀は慌てて隠れようとする。が、
「甘いよっ!」
 恋は狙い過たず豆を投げ、真夢紀の紙風船に直撃させた。
「あー……」
 いちばん小柄ゆえに、とはまったく別の理由だが、狙われ敗退と相成った。
「マユキ、おちこまないで!」
 からくりの応援が聞こえる。真夢紀も、コクリと頷いた。
「ふう……気分がいいねえ」
 すでに二人を退場させた恋。しかし、刺客は彼女の近くに潜んでいた――彼女がひと心地つくように息をついたその瞬間、すぐそばでパンっと軽い破裂音。
 狙ったのは、志郎だ。
 油断した隙に攻撃する――基本中の基本。恋は一瞬の出来事に呆然としてしまった。が、
「はははッ……こりゃ、してやられたね! ここは戦場、気の緩みは命取り――か」
 恋は気持ちよさそうに笑い声をあげると、勝者に渡すための豆をひょいと投げつけた。
「……頑張りなよ」
 その言葉を励ましと受け取ったのだろう。志郎は小さく頷いて、豆を懐にしまいこんだ。

 一方別の場所では。
「どうか捕まりませんように……」
 鬼ごっこではないので捕まるという概念は微妙におかしいのだが、物陰に隠れたまま、柚乃が縮こまっている。彼女、ペケのこしらえた罠を見つけてしまい、うかつに動けなくなってしまったのだ。
 しかもそれで自滅したものがいるとなれば、尚更。
 だが、それこそペケのもう一つの狙いでもあった。
(罠に気づけば動きが鈍くなるはず……そこを狙えばこちらの勝機も大きいのです)
 なにせ罠にかからないのは仕掛けた当人くらい。結構な数を仕掛けてあるので、気づけば動きが鈍くなるというのは想定のうちだ。そこにペケ自身が追い打ちをかければ、たしかにうまくいくだろう。
「あ、こっちにも罠」
 わざと大きな声で言えば、柚乃はそれを確認しようと声の方を凝視する。流石にその瞬間は集中力も乱れる。
 パンっ――と、柚乃の胸元で紙風船の弾ける軽い音。
 ペケの攪乱作戦は、成功したといえるだろう。
 しかし、彼女の紙風船もそれからまもなく割られることとなった。月与が放った、豆によってであった。


 豆まき合戦も終盤を迎えている。
 エルレーンとラグナは、結局いつものように互いに罵り合いながら豆をまいていた。よく考えたらラグナは修羅なので、エルレーンから『鬼』と思われても仕方ないかもしれない。
 ちなみに二人は最終的に、ほぼ同時に豆を投げつけ、そして互いの紙風船がしぼむ、すなわち相打ちしたのだった。

 そして残ったのは、月与と志郎。
(思ったより人数も少なかったかしら……)
 運良く勝ち残ってきた二人。しかし、残弾という意味では月与のほうがやや有利である。
(でも、やっぱり、最後は……ね)
 最後の二人だからこそ、中心で華々しく。
 観光大使としての心持ちを忘れない月与は、あえて中央に出る。遮蔽物もない空間だ。
 志郎の方も、状況を把握したのだろう、真ん中の方へとゆっくり向かう。
 にらみ合い。どちらからともなく溢れる小さな笑み。
 そして、それは一瞬の出来事――
 志郎の豆が、月与の紙風船をパンっと貫いていた。ほぼ同時に放たれた月与の豆は、志郎の頬をかすめていた。


 そんなわけで、『福男』となった菊池 志郎。
 大きな特典があるわけでもないが、初代福男の誕生に春夏冬の街は沸き返った。
「見事でしたねぇ」
 千桜もにこにこと笑顔で返す。実行委員ということで参加こそ出来なかったが、満足そうな顔つきだ。
 表彰はその場にいた観光大使こと月与が急遽行うことになった。
 参加賞として、全員に豆を配る。
「なんだか今年も始まった、って感じね。どうなるかしら」
 笑顔を絶やさぬまま、月与はそんなことを言う。
「この街はもっと発展しますよ。ええ」
 福男になった俺が言うんですからね、そんなことを志郎も笑顔で言った。
「ですね。笑う門には福来る、です♪」
 楽しんだもの勝ちとばかりに笑顔なのは、柚乃。
 冬場だが、それなりに動きまわったおかげで心も温かい。おまけに愛犬茶房から、ぜんざいまで振る舞われた。身体もぽかぽかである。
 食いしん坊な真夢紀は、相棒たちの動きに注意をはらいつつも、おかわり三杯目。ペケもなんだかんだでおかわりしているが……湯のみをひっくり返しているあたり、やはりドジっ子なのだろう。

「それにしても面白かったな。また遊びたいな」
「おう、その時は見返してやるからな?」
 恋と秀影は互いに笑いあい、健闘を称えた。そして豆をパリポリと食らう。その中で、
「ところで豆はいくつ食べていいものだったか……」
 恋は大まじめに悩んでいた。

「お疲れ様です、幸久様……これ、ありがとうございました」
 香里は幸久から預かっていた外套を、そっと渡す。
「いや、香里さんこそ風邪を引かなければいいが。荷物も預かってくれてありがとう。みっともないところ見せちゃったけどな」
 幸久は照れくさそうに言う。そして、そっと香里の頬に手をやった。
「顔に豆は当たってないかい? ああ、あと転んだ時に怪我とか」
 すると香里は一瞬目を見開いたものの、すぐにくすりと微笑んだ。
「大丈夫です。幸久様こそお風邪など引かれたら大変ですもの、ご無理なさらないでくださいね」
 ほんの僅か、二人の頬が赤くなったのは、ぜんざいだけのせいではないだろう。

 相変わらずの二人――ラグナとエルレーン。今もわざと離れてぜんざいを食している。
 しかし、まあ。
「今年こそぎゃふんと言わせてやるか」
「ことしこそなかせないとね」
 ……思考回路が似たり寄ったりの二人であった。


 豆まきというのは、邪を払い福を呼び込むための行事だという。
 笑顔でそれができたのなら、きっと皆の身体にたまっていた厄も落とせたはずだ。
 笑う門には福来る。
 そう、その言葉通りに――。