|
■オープニング本文 ● ――もうすぐ祖母がやってくる。 寒風吹きすさぶなか、来風(iz0284)の胸はしかしながらほくほくと弾んでいた。 (おばあちゃんに、元気な姿を見せたいし……) 何より開拓者になることを一番喜んでくれた祖母。その祖母に、一年間の自分の成長ぶりを見せたいのだ。 けれど、よく考えて見れば戦闘らしい戦闘には殆ど行ったことがない来風。市井のお手伝いももちろん大切な役目だが、今の自分が以前より成長したと自信を持って言えるだろうか? 不意に不安に襲われる。 「……でも、何もやってないわけじゃ、ないし」 自分で自分を励ますようなことを口にしながら、来風は祖母が来たらどうしようかと考えた。 都なんて、祖母は来たことがないはず。 それなら、精一杯のおもてなしをしよう。 美味しいご飯を食べ、都の名所巡りなどをして、楽しい気分に浸ってもらおう。 季節はちょうど年の変わり目、忙しいが同時にモノがあふれているはずだ。土産物も見繕うことができるだろう。 考えれば考えるほど、ワクワクしてしまう。 ただ、気になるのは。 (わたし一人で案内するのは、やっぱり難しそう……) 都は何しろ広いから。先輩開拓者たちにも手伝ってもらいたい―― 来風はそう考え、依頼書をしたため始めるのだった。 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
八塚 小萩(ib9778)
10歳・女・武
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ――風は、どこからか吹いて、そして何処かへ去る。 ――では、この『風』は如何に。 ● 集合場所のギルド前。 来風(iz0284)はそわそわした心持ちで、一緒に都案内を手伝ってくれる開拓者たちを出迎えていた。 「お久しぶりです、来風さん」 そう言って小さく微笑むのは、鈴木 透子(ia5664)。図書館関係で知り合った二人だが、こうやってあいさつをくれるというのは嬉しいものだ。 透子には家族がいない。いわゆる天涯孤独という立場である。それ故、来風の祖母が来るということに興味を抱いていた。 (おばあさんってどうなのだろう?) 知識としては判っているのだけど、どういうものかと実際に見てみたくなったのだ。 「では、迎えに行きましょうか」 来風が微笑んだ。 来風の祖母、風音は理穴に住んでいる。都までの交通手段は歩きと、乗合の飛空船であったらしい。待ち合わせ場所にいってみると、わずかにホコリを身体に含んだ、老齢――とは言っても元気そうな犬耳の獣人が笑顔で待っていた。ピンとたった茶色い耳は、確かに来風の血族らしい。 「お祖母ちゃん!」 来風が思わず大声を上げる。 「来風、迎えに来てくれてありがとうよ。そちらの方たちは開拓者さんかい?」 風音はわずかにしわがれた声で、しかし嬉しそうに尋ねる。 「はい! 今日はちょっと疲れているかもしれないけれど、このまま都案内に繰りだそうと思って、助っ人を呼んだんです」 そう言うと、来風の前に少女が二人並び立った。リィムナ・ピサレット(ib5201)と、八塚 小萩(ib9778)の二人である。 「こんにちは、お婆ちゃん!」 リィムナがいつもどおりの明るい声であいさつをすれば、小萩も 「風音殿と言われると聞いたが、美しい御名前じゃのう」 と子どもっぽい笑顔を浮かべる。 「あらあらかわいいこと。お嬢さんたちも開拓者かい?」 風音が尋ねれば、二人は揃って頷く。 「はい! いつも来風さんにもお世話になってるんです!」 「頑張って案内させていただくゆえ、よろしく頼むの」 少女二人はまた笑った。 「来風、いいお嬢さんたちじゃないか。アンタも信頼されているんだねえ」 風音がそう褒めると、来風はわずかに顔を赤く染めた。 ● 「それにしても来風という名前に聞き覚えがあるかと思うたが……なるほど、以前うちの居候が世話になったお方か」 そんなことを言うのは八壁 伏路(ic0499)。草双紙も好んで読んでいるらしく、読み手のひとりとして応援していると来風に激励の言葉をかけつつ、風音が持ってきた大量の荷物を『荷物持ちならば任せろ』とばかりに受け取って持っている。 「来風ちゃんのお話を聞くに、素敵な方なのでしょうね」 そんな歯の浮く言葉をつぶやく黒曜 焔(ib9754)。女性には優しくあるべしという信条の焔だが、年齢はさほど気にしないらしい。 「そういえばお祖母ちゃん、何か見たいものとかある? 皆におすすめの場所を案内してもらおうと思うんだけど」 来風が言うと、それならと風音は微笑んだ。 「開拓者さんが頑張っている場所とか、そういうのも見たいねえ」 「それならいい場所がありますよ!」 リィムナが笑う。 「どちらを先にするか、はじめは悩んだがの」 伏路も頷いた。 「「――いざ、開拓者ギルドへ!」」 ● 開拓者ギルドはいつも混み合っている。 特にこの年の瀬ともなれば、猫の手も借りたいと言わんばかりに依頼書が殺到していた。 「こりゃあすごい人だねえ」 「依頼の数もそれだけあるということだからのう。ギルド職員と開拓者の軽妙洒脱な掛け合いなどを覗くのも楽しいかもしれんな」 ギルドに並ぶのはどこそこにアヤカシがでたので退治してほしいというたぐいのものから、小さいものでは迷い猫探しまであるという。人も必要なわけだ。 「来風ちゃんと知り合ったのは、昨年の今ごろに、ジルベリアのクリスマスの宴をしたいという彼女が出した依頼が縁であったね。もう一年もたつのか」 感慨深げに焔が言う。 「いい人達に囲まれているんだねえ、来風」 風音は嬉しそうに笑う。同時に、顔の端に影が落ちた気がしたのは気のせいだろうか。 「……あの子も今はどうしてるんだか……」 風に、そんなつぶやきが乗って流れてゆく。しかし直ぐに気を取り直したのか、 「それじゃあ、次はどこを見せてもらえるんだろうねえ」 そんなふうに笑って、先を促した。 「次はここ! 相棒たちがいっぱいいる港なんだ!」 リィムナは嬉しそうに、自身の相棒であるチェンタウロを呼んでご満悦。 「怖そうな龍や鷲獅鳥もいるけれど、みんなおとなしいから平気だよっ♪ この子はうちのチェン太、他のみんなの相棒もいるんだよ、もちろん来風さんのもっ」 チェンタウロの頭に手をやって撫でるリィムナ。他の仲間達も己の相棒を呼んで、自分の相棒はこれ、などと紹介している。 「来風の相棒はどんな子なんだい?」 風音が問うと、来風の後ろからよちよちと小柄なもふらがまろびでた。恥ずかしそうな声で自己紹介をする。 「か、かすかっていうもふ……」 すると、風音はにっこり笑ってかすかの頭を優しくなでた。 「いい子だねえ。来風をよろしく頼むよ」 風音の言葉に、かすかも嬉しそうに頷いた。と、その首元にふわりとした感触。焔が、かすかの首元に襟巻きを巻いてくれたのだ。 「うちの子のくりすますに襟巻きを作ったらとても喜ばれてね。もふらさまが相棒の友人が多いのでいくつか同じようなものをこしらえたんだ。少し時期は過ぎてしまったけれど、このよもぎ餅の色はかすかちゃんに映えるだろうと思ってね」 気障な言葉がするすると出てくる焔。よく見れば襟巻きも少し不揃いだけれど、それでも気持ちごとあたたかくて。 「……ありがと、もふ」 かすかは、照れくさそうに頷いた。 ● 巡りたいところは数多いが、あまり日数をかけても疲れるばかり。それに、開拓者の皆を長く引き止めるわけにも行かない。 とりあえずは腹ごしらえと、小萩が紹介した店に向かった。 「実は我の郷里の料理を出す店があっての……店の者は同郷ゆえ、よく郷里の話をするのじゃが」 そこで出されたものは、幅広の生麺を大根や里芋、牛蒡や茸、鶏肉などとともに煮こんである『おっきりこみ』という料理。 「これは柔らかくて美味くての、我は何杯でも食べられるのじゃ♪」 嬉しそうに、さっそく出された料理を口に含む小萩。温かい料理は、冬場の冷えた身体を程よく温めてくれる。 「おいしいねえ」 これは風音も気に入ったようだ。 「あとで市場に行って、お鍋の買い物をするのもよいでしょうね。都の市場ともなれば、眺めるだけでも楽しいでしょうし」 焔も提案する。風音は満足そうに頷いた。透子も目を細める。 「美味しいものでお鍋なんて、本当に楽しそうですね。……あら、これは?」 小萩の持ってきたものに、不思議そうに尋ねる透子。 「これは焼きまんじゅうじゃ。甘い味噌ダレをかけて焼いてあるのじゃが、甘くて柔らかくて、我の大好物なのじゃ! 結構重いから食べ過ぎには注意なんじゃがな」 言いながら、小萩が美味そうにむしゃむしゃと食べている。 「あまり食べ過ぎてはいかんぞ。実はあらかじめうまいみつ豆のある店を予約しておいてあるのだ、それも食べられなければつまらなかろう?」 伏路がそう言ってみれば、ぐぬぬという顔で食べるのを控えめにするのはリィムナや来風も同様で、その慌てっぷりはむしろ微笑ましく思えたのだった。 「……来風は幸せだねえ」 風音が微笑む。 「こんな姿を見ているだけでも、都に来た甲斐があったってもんだ」 「そうですね。来風さんとのご縁は多い方ではないのですが、いつも楽しそうな……そんな気がします」 透子は心の奥底で、ぼんやりと考えていた。風音が見たいものは都の風物ではなく、来風の元気な姿であるのではないかと。孫娘の一人暮らしともなれば、心配するのではないか――天涯孤独の身とはいえ、そのくらいはなんとなく想像できる。 「少し安心したよ。これで、もうひとりのほうも無事ならいいんだけどねえ」 会話を小耳に挟んだらしい焔が、きょとんとする。 「もうひとり……?」 「おや、来風は話していなかったのかい。あの子の兄さんも開拓者になって都に出たのはいいんだけど、ここ数年音沙汰がなくてねえ。いろいろ手紙や依頼の報告を来風が頻繁によこしてくれるのは、その影響もあるみたいだからね」 風音は、わずかにため息を付いて茶をすすった。 なお、勘定については誰かが払う前にさっと焔が払ってくれた。 これも女性への心配りということらしい。……あ、もちろん伏路のぶんも払ってくれている。そういうところで差別はしないので安心してほしい。懐が寂しくなったのは、この際気にしない。 ● 伏路が案内してくれた甘味処はなるほど、甘味の国理穴から来た風音の舌をもうならせる逸品を用意してくれていた。 程よい甘みはほんのり疲れた体を癒してくれる。甘いもの好きなもふらのかすかなどもちゃっかりご相伴に預かっていた。 「この都にはもふらさまがいっぱいいますからね。幸せそうにしているもふらさまを見るだけでも、とても心が癒やされて……ああ、そういえば先ほど見た港も、もふらさまが占拠してしまったことがあるくらいで」 もふら好きなら他の追随を許さないと言わんばかりに、焔がここぞとばかりに話す。 「来風ももふら好きだけど、かすかちゃんは大丈夫だったのかい?」 風音が心配していたが、 「かすかはお座敷もふらですから。基本的に家にいることも多いんです」 そんなふうに言って来風は笑う。 「そういえば、旅の疲れはそう取れるものではないのじゃろて。馴染みの鍼灸師がおるのじゃが、よって行かれるか?」 まだ幼い少女である小萩に鍼灸師の馴染みがいるというのも面白い話だが、小萩が顔を赤らめて、 「……いや、我はその、夜中の粗相が治っておらぬのでな……その治療のためなのじゃ」 と言った。いわゆる夜尿症だが、小萩はこれで若干の改善が見られた――と胸を張る。そしてリィムナの耳元でいたずらっぽく囁いた。 「リィムナもまだ治っておるまい? 通うがいいぞ」 顔を赤らめるのはまたリィムナもで、 「そんなことばらさなくていいからっ! それに、あ、あたしは、回数少ないもん! 週に三〜四回だし!……あ」 結局墓穴を掘る始末。けれどこんな幼さの残る少女たちもいざというときには戦場に立つ――それは開拓者だからとはわかっていても、やはり風音の胸にはなにかチクリと痛むものがあったようだ。 「少しくらいのおねしょがあったっていいじゃないか。大きくなれば、自然と治るもんだよ、ああいうのは」 そんなふうに言って、場を和ませた。 (なるほど……こういうもの、なんですね。家族って) 透子はそう思いながら、この光景を眺めていた。 ● リィムナの案内で行った都で噂の貸衣装屋で仮想めいた服装に着替えたり(ちなみに来風はジルベリア風の花嫁衣装をなんだかんだで着せられた)、そのあとでみなで公衆浴場にも入り、いわゆる裸の付き合いというのも終えて。 もちろん市場ではたっぷりの買い物もした。理穴の家族への土産物も、すでにいくらか買っているらしい。 そんなこんなで今日の案内はひとまず終わり、開拓者たちとも別れの時が来た。 「……えへへ。あたしはもう、お父さんもお母さんもいないからね。なんだかこういうの懐かしくて、嬉しくなっちゃった。お婆ちゃん、いつまでも元気でね?」 リィムナはあどけなく笑う。そう、こういう身の上の子どももこの天儀には多い。 「困ったことがあったらいつでも呼んでね! 何でも解決しちゃうから♪」 屈託のないこんな声で言われたら、なんだか胸が熱くなって――風音は全員を優しく抱きしめてやった。 「こんなおばあちゃんに、ありがとうねえ。来風のこと、よろしく頼みます」 あと、あのもう一人のバカ孫も。 風音はそう言って笑う。そこで、ふと伏路が尋ねた。 「そういえば、もう一人の孫というのはどんな?」 すると、それに答えたのは来風だった。 「……わたしの三つ上の兄、風牙兄さんのことだと思います。どんなジョブについているかはわかりかねますけれど……もともと、お話を集めようっていうのも、その兄の消息がつかめたらと思ったのもあったんです」 お話自体も楽しくてたまりませんけど、と来風は付け加える。 「でも、本当にみなさんのおかげで助かりました。来年も、よろしくお願いしますね」 今晩から数日は、祖母と家族水入らずな来風。 けれど、彼女が胸の中に秘めていた、兄という存在は―― いかばかりなものなのだろうか。 ● 風が吹く。 心に、風が。 風は風を呼び、次の風を導くのだろう―― |