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■オープニング本文 ● ――ジルベリア伝来の精霊の祭り、クリスマス。 とは言え天儀においての浸透度はまだ浅く、知っているものも多くない。 ただ、開拓者たちは、存外この行事についてよく知っていることが往々にしてあった。 それはジルベリアとのつながりを示す一つの目安とも言えるのだろうが――兎にも角にも、この時期になれば、新年が間近というだけでなく、そういった行事でふわふわと神楽の都が浮かれ調子となる。 ● 「……くりすます、ですか?」 神楽の都へ出てきたばかりの来風(iz0284)は、ギルドの中でその単語を見つけて目を丸くした。 決して裕福と言えない大家族で育った彼女は、職員に丁寧な紹介を受けると、顔をぱあっと明るくさせる。 「なんだか、そういうの、素敵ですね……!」 でも、はて。 クリスマスって具体的にはなにをすればいいのだろう……? 来風はそこでつまづいた。困り顔でギルドの職員にそれを訴えると、彼はにっこりと笑う。 「みんなで楽しい時間を過ごす。この一言に尽きるんじゃないですか?」 楽しい時間…… 来風が考えたのは、冬場にみんなで囲む鍋。 あつあつの食材にふうふうと息を吹きかけて食べれば、誰もがみんな笑顔になった。 「鍋をみんなで、とかでも、いいんでしょうか」 「祝い方は人それぞれだからね。……そうだ、もし友達が少ないのなら、こちらからも仲間集めは手伝えるよ」 「わあ、ありがとうございます!」 ……かくして。 ギルドの隅に、クリスマスの宴を案内するチラシが貼られた。 『食材は各自持ち寄り。どんな鍋になるかはみなさん次第。 また、依頼人はクリスマスをよく知らないので、それをちょっとでも紹介できる人がいると喜ばれるでしょう』 ……来風のはじめてのクリスマスは、闇鍋になりそうである。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 誰にだって、その夜は等しく訪れる。 信じるものにも、信じざるものにも。 ……それまで存在を知らなかったものにも、もちろん等しく。 ● 「来風!」 そうやって近づいてきたのは、水鏡 絵梨乃(ia0191)。 「ちょっとぶりだな、元気にしてたかな?」 近づくと、歓迎のの印にと抱きついてくる絵梨乃。以前会ったときも彼女はとても親身にしてくれたのだ。 「絵梨乃さん! はい、おかげさまで元気です、けど、その、」 来風は顔を赤らめている。再会は嬉しいが、やはり抱きつかれるのは照れくさいらしい。さすがにこれには他の仲間達もびっくりしたようだが、鴉乃宮 千理(ib9782)は呵々と笑った。 「絵梨乃殿は大胆な御人だのう。とりあえずは屋内に入ろうか」 今いるのは紹介されてやってきた、来風の住まう長屋のそば。 「あ、はい! 今日は楽しみだったんです、皆で鍋なんて久しぶりなので」 ……この発言を聞いた全員は思う。 ああ、来風は今日の鍋がまさか闇鍋的な何かだと知らないのだな……。 そう、持ち寄りの鍋の具について怪しい追記があったのは、必要以上に気を回した職員の仕業。 来風本人は全くあずかり知らぬ事実であった。 「くしゅんっ」 杉野 九寿重(ib3226)が、小さなくしゃみをする。寒風吹きすさぶ中で立ち話をしたままでは風邪も引いてしまうというものだ。 「とりあえず、部屋に案内してもらえるかな?」 名前のとおりの黒曜石のような毛並みの耳をやや寝かせながら、黒曜 焔(ib9754)がおっとりした口調で言うと、来風は頷いて自分の部屋へと促した。 ● 部屋の中は、いかにも彼女らしいといえるかもしれなかった。 文机のそばには紙がかなりの量をおいてあり、硯や筆の状態はいいものの種類を多く持っているのだろう、文房四宝のたぐいはかなりの数が並んでいた。 「片付けても、すぐにお話が浮かぶんです。それを書き留めて、とかしていると……つい」 普段から帳面に書き留めたりもしているが、それでもとどまらないのだという。更に、図書館や貸本屋で借りてきたらしい書籍、コツコツ貯めた金で買ったと思われる私物らしき書籍もある。食費以外の殆どを、こういうものに費やしているのではなかろうか。 でも、それも簡単に整頓はされていて、中央には皆で丸くなって座れるように準備がされている。鍋の準備もしっかりと。蓋を開けてみると昆布の入った綺麗な出汁がふつふつと煮立っている。 「鍋をやるって言ったら、周囲の皆さんが色々道具を用立ててくれたんです」 ふわり微笑む来風。初めての一人暮らし、世間知らずな少女の周囲にはおせっかい焼きが多いということか。 「来風さん、お久しぶりです」 九寿重が改めて礼をする。 「俺も、……元気にしていたようで何よりだな」 九寿重も、そして琥龍 蒼羅(ib0214)も、絵梨乃と同じように以前来風と面識を作っていた。見覚えのある顔がいることで、来風も嬉しそうだ。 「宴に行くとよぞら――あ、相棒だな、こいつに行ったら自分も付いて行きたいと服を引っ張られてな……」 苦笑しながらそれでも遅刻しないでよかったと笑いながら言うのは篠崎早矢(ic0072)だ。焔と早矢は互いに面識があるようで、顔を合わせた時に「おや」と軽く挨拶を交わしていた。 「それで? 今日はみんな具を持ってきた?」 絵梨乃がにやりと笑う。仲間たちは笑いながら、あるいは苦虫を潰したような顔で、一様にこくりと頷いた。そして、 「でもどうしてこうなったのかのう。まあ、食べられぬもの、溶けてしまうようなものを入れないようにはせぬとな」 千理が言う。来風はその一同の様子に首を傾げると、蒼羅が説明をぽつぽつとする。 「そ、それは……どうして、そうなったんでしょう……」 まさか闇鍋だと依頼した本人もつゆ知らず。説明を受けて驚いているばかりだ。 「わからないけれど、とりあえず下拵えをしようか」 焔がそう微笑むと、彼の尾も楽しげに揺れた。僧侶の身である彼は精進料理も好むが、実は料理そのものが得意なわけではない。大根を一本持ってきたものの、それを切るのには苦労しそうだ。できるかぎり下拵えは前もってしておくほうがいいのだろうが、具材が大きければやむをえまい。 「こっちはこんなものもあるぞ」 千理がドン☆とおいたのは、なんと丸ごとの立派な蛸足と、、頭と尾を落としただけの鯛がまるまる一尾。それを見た三人の尻尾がぴくーんとはねた。獣人の尻尾は顔に出す表情よりも豊かに感情を示してくれるので、見ている仲間たちにも喜びが伝わってきて、いっそう楽しくなる。 「二品でよかったかの、多くなりすぎても混沌になるでな」 豪快に切って、鍋に入れる準備は完了。 「まさか食べられないものだけ入れた阿呆はおるまい?」 みんなで仲良く笑いながらの下拵えはあっという間に終わり、改めてみんなで鍋を囲む。 「じゃあ、投入するか」 あらかじめ自宅で準備してきたらしい早矢は、楽しそうにちくわの軸にごぼうを詰めたものを用意した。見た目はほとんど同じだが少しずつその中身が違うらしく、みんなにどちらが当たるか、それを楽しそうに見つめている。 鍋に思い思いの具を投入してからしばらく待てば、ぐつぐつと鍋の中身もいい感じに煮えてきたようだ。 「じゃあ、食べようか!」 明るい声は絵梨乃。鍋の中は一見美味しそうな具がほとんどだが、一瞬あれ? と思うものが入っている気がしなくもない。 とりあえず箸をつけたものは完食しよう、そう言ってそれぞれが思い思いに箸を伸ばす。 「では、いただこうか」 蒼羅の言葉に、みんなが頷いた。 熱々の鍋から具を取り出し、ふうふう吐息を吹きかけて冷まし、そして口に頬張る。 「……!?」 頬張ってすぐに水に手を付けたのは九寿重だ。どうやら早矢が用意したちくわらしい。極端な味ではない限り大丈夫と始めは笑っていたのだが、どうやらシャレにならないものでも引いたのだろうか。 「こ、これ……わさび……? ゲテモノは遠ざけたかったのに……」 おそるおそる尋ねると、うむ、と早矢が頷く。いかにもいたずらが成功した時のような、ちょっと子どもっぽい笑顔だ。 「クリスマスには緑が似合うと聞いたからな」 妙に自信ありげにそう言いつつ、千理と二人で酒に口をつけている。千理はたしか僧侶のはずなのだが―― 「般若湯に口をつけて何が悪い?」 と、余裕ありげに微笑んでいる。破戒僧と言われてもそのくらいは上等、という考えのようだ。持ってきていた食材もそうだが、破天荒な性格はこんなところにも現れている。 それにしても、そんな出来事のひとつひとつすらも楽しく思えるのだから、闇鍋というのも思っている以上に面白い。みんなで楽しく食べているから――というのもあるだろう。 「そういえばこんなものも、持ってきたんだけれど……使ってみるかい?」 焔が取り出したのは、橙の果汁が入った醤油。 「わあ、美味しそうですね。いいんですか?」 九寿重がぴょこんと耳を立てた。来風もである。 珍妙な具は案外少ないようなのは、皆の良心ゆえとも言えるだろう。また鶏肉や魚類などと焔の用意した橙を使った醤油がよく合っていて、ほんのりとただよう柑橘の香りがさっぱりと美味しさも引き立てている。 そんな鍋を囲んだ仲間たちは、初対面のものもいたけれど、和気藹々と話せるくらいに親密になれそうだった。 ● 「そういえば、クリスマスについて、来風はあまり知らないと聞いたが」 蒼羅がふっと顔を上げて尋ねた。そのことは他の仲間達も気になっていたらしく、耳をそばだてている。 「ええと……こうやってみんなで、宴を催すようなことを聞いたのですけれど、違うのですか?」 来風が首を傾げると、それもひとつの面だが、とかわるがわる説明を始めた。 「元はジルベリアゆかりの、神や精霊の生誕祭と聞いておる。家族や恋人と過ごし、種類は人それぞれながらも愛を相手に伝える日ということだな」 千理がくいっとお猪口を口に運びながら、説明する。 「菓子をあげたりするのも、そんな一つだの」 手にしているのはジルベリア風の棒付き飴。一つ来風に差し出し、笑う。 「こういうのも、習慣じゃな」 酒をちびちび飲みながら、飴も咥えようとする千理、という姿が妙に可愛らしくも感じて、蒼羅が笑いながら頷く。 「本来は教会に行くものと聞いてはいる……最近は随分と大衆的になっているが」 「そうだな、年の瀬だけどこの時期だけは妙にみんな浮かれた感じがするね」 焔の用意した納豆入りの巾着に息を吹きかけながら、絵梨乃が言葉を続ける。来風の前にちらつかせて、食べる? とうながしながら。どうやら「あーん」をさせたいらしい。来風は首を傾げながら、その手元を見つめている。 「家族や仲間との交流を深める催しという印象ですね、私は」 九寿重はちいさく笑った。普段よりも年頃の少女らしい、ちょっとだけ無邪気さをのぞかせた微笑みだ。尻尾もぱたぱた、嬉しそうに揺れている。 「家族といえば、生涯の伴侶と祝うときは大きな靴下を用意して、その中にふたりで入って、暖を取りつつ祝うと……聞いた気がするんだけれど」 来風を除く全員が、その発言に振り返り、言葉の主――焔になまあたたかい視線を注ぐ。 (ああ、ここにも微妙に残念な人がいる) その口調が、噂であるとはいえいかにも信じきっている感じだったため、もうそういう笑顔を浮かべるしかなかった。 「純粋な人というのはいるものだな。来風も黒曜殿も、かわいらしいなあ」 少し酔っ払った風の、ろれつの怪しい口調で早矢が近づきつんつんと焔の耳をつつく。……そういえばこの人柴犬が好きで、以前ご一緒させてもらったときは犬に骨抜きにされていたな、と焔は思う。 ――そして、幸か不幸か。 来風は犬の神威人である。 酔いにまかせて気分が上向きになるのは、仕方ないといえば仕方ないだろう。焔の耳に続けて来風の耳をつつき、 「うん、やっぱり犬の耳はもふもふで格別……」 そんなことをうっとりつぶやく。 「まあ、もし詳しいことを聞きたいのなら、ジルベリアの神父に聞くのが一番じゃろ。他にも色々面白い行事だぞ、サンタクロース、とか」 千理が場をまとめてみると、今度は来風がまた問いかけた。 「さんたくろーす?」 「うむ、良い子に贈り物をくれるおじさんだよ。だけど、悪い子にはこう……頭から、ガブッ! と――」 「……そこでさり気なくでまかせを混ぜると来風が混乱するだろう」 絵梨乃の説明に冷静に言葉を挟む蒼羅。 「そういえば一昨年は、それを模したようなアヤカシも出没していたな。俺も退治に関わったが」 「――まあ、サンタクロースも天儀では八百万の一柱じゃがな」 千理が丁寧に補足を入れた。 「へえ……ジルベリアはうんと遠い場所って印象でしたけれど、こうやって天儀の行事にも、もう溶け込んでいるんですね。面白いです」 来風は懐にしまいこんでいた帳面にそれをせっせと書き留めている。 「来風は勉強熱心だな、以前も思ったが」 蒼羅が言うと、九寿重も頷いた。 「私も今の話、とても勉強になります。それに、こう言う風に交流で楽しめるなら、先々も皆で楽しく過ごせると思います。いいことですよね」 年齢も近く、同じ犬耳同士ということで親近感を持ってくれている九寿重。彼女が友となってくれるのなら、来風にとっても心強い。 「ありがとう、九寿重さん」 「いいえ、私はもう友人と思っていますから」 少女ふたりは笑いあった。 ● さて、鍋も後半戦。 「さっきは安全な具材ばっかりだった、ということは……」 誰かがゴクリと息を呑む。つまり、この中に残っているのは危険な食材ばかりということになりかねない。 「……躊躇っていても仕方がない。食うぞ」 蒼羅の一言に全員が頷いた。一斉に箸を伸ばし、器に取る。 「……なんだろうこれ……」 「さっきのものと見た目は似ているけれど……」 不穏な言葉がぽろぽろと。 でもやはり躊躇ってもしかたがないので、みなでエイヤッと口に含む。もちろん食べられる程度に冷ましてから。 「!?」 来風の口の中に広がるのは思いがけない甘さ。 「あ、それボクが用意した芋羊羹だね」 来風の器をのぞきこんで、絵梨乃があっけらかんと笑う。 「芋羊羹……じゃと……」 甘党の千理も驚いたようだ。逆にこちらは早矢が仕込んだ、『カラシ入りごぼうちくわ』を引き当ててしまい、直ぐに口から離している。まだそちらの方が良かったというような視線を来風に投げかけていた。 「巾着も……甘いね……」 そう呟く焔が引いたのはなんと、ジルベリア風の菓子――ケーキの入った巾着。こちらも絵梨乃の仕込んだ品だ。彼の耳はぺしゃりと垂れてしまっている。驚きやら何やら、様々な感情が入り乱れているのだろう。 「こちらは普通だな」 来風があらかじめ準備していた豆腐を黙々と食す蒼羅。無難である。 「巾着はいろんな味が仕込んであるから、食べて食べて!」 絵梨乃は笑顔を浮かべている。その言葉に偽りなく、早矢が食べている巾着はごくありがちな餅が具になっている。 「皆さん、いろいろ考えていますね」 九寿重がふうっとため息をつく。彼女はまだ少し火が通りきっていない大根――というのもかなり大胆な切り方だったからで――をくわえて、これはこれで四苦八苦。 「芯が少し残っています……かなり火を通したはずなのに」 「まるで田楽に入れるかのような切り方だしのう。これではやむをえまい」 千理が助け舟を出して、もう一度ゆるく火を加える。 絵梨乃はといえば、九寿重の準備した椎茸をもくもくと美味そうに食べている。 ……あれ、もしかして一番得した感じなのは、絵梨乃……? さすがに彼女の提案した「目隠ししてよそって食べる」はいろんな意味で危険なので蒼羅に止められてしまったが。この面々では一番ツッコミ役に回るのはどうしても蒼羅になってしまうようだ。 ● 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、もう随分と冷たい風が吹く頃合になった。 「今日は色々とありがとうございました。すごく楽しかったです」 来風は改めて全員に感謝の言葉を述べ、ぺこりとお辞儀をする。 「いや、こういう宴も楽しいし、いいものだよ」 焔が微笑む。その横では早矢がすっかりできあがった状態でちょっかいを掛けたりなどしていたけれど、僧侶たる身ではこのくらい平気らしい。 「来年もいい年になるといいな」 クリスマスとはいえ、もう年の瀬でもある。蒼羅がそう微笑むと、来風はもちろんのこと、他の仲間達もにこにこと頷いた。 「ええ、皆さん――良いお年を」 来年もきっといい年でありますよう。 そう思いながら、来風は帰る皆に大きく手をふったのだった。 ――室内に残されたプレゼントに来風が気づくのは、もう少し後である。 |