年の変わり目に〜師走の綴
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/27 19:11



■オープニング本文


 もうすぐ、年が変わる。
 寒い中でも年末年始の賑わいは、心を暖かにさせてくれるもので。だから、来風(iz0284)もそれが嫌いではなかった。
 ――そういえばこの年末は、祖母が顔を見せに来るのだという。
 去年はまだこの神楽の都に来たばかりで、わからないこともたくさんあったけれど――だけど、この一年で随分と成長した、と思っている。
 その祖母に、強くなった姿を見せたいな。
 そんなことを思いながら、今日も彼女はギルドへ向かう。


「年末年始で何かと忙しいだろ? ギルドの方も小さい依頼が結構出ていてなー」
 ギルドの職員は汗を拭き拭きそんなことを愚痴る。
「ま、アンタの依頼はいつものことだろうが。また話を聞きたいとか、そんなのだろう?」
 その言葉に来風はこくりと頷く。
「はい。年末年始の行事って、国や儀によって随分異なる気がするんです。例えば、雑煮の具ひとつとっても随分違うらしくて……そういう小さな話でもいいから、聞きたいなと」
 ギルド職員は笑った。
「それならぜんざいの美味い店がある。そういうところで食べながら話を聞くのも一興だろう?」
「ああ、素敵ですね!」
 ジュルリ、とどこからかつばを飲む音。ああ、来風のもふら、かすかのものだろう。
「折角だし報告、楽しみにしているぜ」
 ――結構お前さんの報告を楽しみにしている職員多いんだぜ?
 ひげをしごきながら、中年に差し掛かった職員が笑った。


■参加者一覧
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文


「月日が経つのは早いですね」
 柚乃(ia0638)が、感慨深げに呟く。
 今年も残すところはあと少し。
 掃除や年始のための買い出しに出かけるものなども少なくないが、そんな忙しい合間を縫って開拓者たちは都の中心部からやや外れたところにある甘味処に集まっていた。
「ここのおすすめはぜんざいなんですよ」
 来風(iz0284)がにっこりと微笑む。
「ヒャッハー! ぜんざいだー!」
 品物が目の前に運ばれてきた途端に大きな声を上げたのは、津田とも(ic0154)。と、目を丸くする。
「え、お雑煮? ぜんざいでねーの?」
 いやそのふたつはまったく違う。というか、大丈夫、ぜんざいだ。庭においてある滑空艇の九七式滑空機[は号]にまで、そんな元気な主の声は届いていたりするわけなのだが。細々と傷んでいるあたり、やはり年の瀬ということもあるのだろう。
ちなみにぜんざいとしるこの違いとして大きいのは、しるこの場合『小豆汁』が中心であるということ。
 対してぜんざいは、小豆の食感が口にそのまま伝わることが多い。
 もちろん、ぜんざいばかりでは口の中が甘ったるくなりすぎてしまうので、口休めに塩昆布が用意されていたりする。
「ゼンザイ、おいしい。きょねん、ジンジャでタキダシしたの」
 そう言って微笑んでいるのは、礼野 真夢紀(ia1144)の相棒たる、上級からくりのしらさぎ。すると、真夢紀がしっかりと注意する。
「しらさぎ、炊き出しをするのはつぶのない『おしるこ』よ」
 食にはちょっとうるさい真夢紀、そのあたりはしっかりさせたいらしい。特に料理に関係する依頼に行くことが多い彼女としては、からくりであるしらさぎの味覚を人間に近づけるために一年以上の月日を費やしている。まあ、酒に関しては帰省の折ごとにザルである下の姉にお願いしているらしい。
「……そういえば、うちの年末年始はちょっと変わっているかもしれません」
 真夢紀が言うと、柚乃がぱちくりと目を瞬いた。横にいるからくりの天澪も同じように瞬きをする。ちなみに柚乃はもふらぼうしともふらストールですっかりもふもふの冬の装いだ。そういえば来風も、もふもふ……とまではいかないが、襟巻きをグルグルと巻いている。今日もよく冷え込んでいる証拠だ。
「もふもふお耳……? もふもふしっぽ……?」
 天澪は不思議そうに、初対面の来風を見つめている。どうやら気になるらしい。ちなみにすでに、来風のもふらであるかすかはもっふもふの餌食になっている。
 それはともかく、真夢紀の話だ。
「我が家の大掃除は十二月の五日から十日のうちにしてしまって、年神様を迎える準備が出来ましたっていう門松を設置します。その後は神社の整備や年越しの準備に家族総出になりますので」
 そういえば、彼女の家は神社である。
「元旦に向けて社や周辺の大掃除から始まって、境内に篝火を設置したり、御神籤やお守り、破魔矢などの準備をしたり、二年参りの方への振る舞い用に豚汁やお汁粉、お神酒や甘酒の準備もして、大晦日はまゆはもっぱらたきだし要員です」
 実家が神社というのはやはり忙しいらしい。
「だから、夜にはみんな神社に行くので、我が家では年越しそばは大晦日の朝食に出るんですよ」
「なるほど、それは珍しいようね」
 ジルベリア出身のフェンリエッタ(ib0018)が、興味深そうに頷く。
「天儀では年越しそばを食べると聞いていたけれど……そうね、新年を祝うお祭りは各地であるものですものね」
 しかも神社といえば、みなに寿ぎを与える側。忙しくなるのも無理はない。
「ジルベリアでは、というか……私は開拓者になってからはクリスマスを届けるようなお仕事を受けているけれど。うちでは年始、特別な何かがあるというわけじゃなかったこともあるからかしら?」
 フェンリエッタがコクリと首を傾げている。ちなみにその傍らにいる上級相棒のウィナフレッドは、フェンリエッタの話もろくに聞かずにぜんざいを平らげている真っ最中だった。
「でも確かに……柚乃のお世話になっている呉服屋さんもこの時期は繁忙期で、柚乃ももちろんお手伝いしていますし、相棒たちも助けてくれるんですよ」
 柚乃も、そんな時間の隙を縫ってきてくれたのだから、ありがたい話である。
「じんじゃのおてつだいはね、こゆきもおてつだいなの。あたまにおりぼんつけて、おはしくばったり、おわんかたづけるの」
 真夢紀の相棒の猫又である小雪がえっへんと胸を反らせる。
「文字通り猫の手も借りてるんですよね、ええ」
 正確には猫又ですけど、と真夢紀がくすくす笑いながら言うと、少女は子猫又を優しくなでた。
「年越しの準備の合間に奉納舞の練習もします。基本的に奉納舞は姉様がたが行うんですけれど、もし姉様が調子悪い時にはまゆが変わりをするんです」
 と言っても、姫神に捧げる奉納舞の代理しか出来ない。下の姉が行う奉納舞はいわゆる剣舞のため、戦巫女の役割なのだ。
「とは言っても、故郷の島は都に比べたら人口も少ないので、社に詰めるのはもっぱら元旦のみですけどね」
 けれど、そういう真夢紀の顔は自信に満ち溢れていた。


「年末年始というと、最近は開拓者同士で過ごすことが多いな」
 そういいながらぜんざいをハフハフして食べているのはルオウ(ia2445)。彼はすでに両親を亡くしていることもあって、一人だと味気ないのだと相棒の上級迅鷹であるヴァイスの頭を撫でながら笑う。
「去年もやったのは餅つきだな。やっぱし正月ったら餅は必須じゃん? んで、開拓者仲間と皆でペタンペタンやるんだけどさ、合いの手もらってやってくと、単純作業だけど乗っちゃってさ、次第に早くなってきて。合いの手入れるのも開拓者なもんだから、お互いになんかムキになる感じですごい高速餅つき。何してんだって途中で怒られた」
 たしかにそれは……危険そうだ。
 こんな話でもいいのか? と不安そうに周囲を見つめるルオウだが、それでもみなはその『高速餅つき』を想像したのだろう、楽しそうにくすくす笑っている。
「そういうふうなお餅、食べてみたいですね」
 真夢紀が笑えば、ルオウも
「じゃあ機会あったらいつかな」
 と応じてみせる。
 こういう小さなやりとりで生まれる友情もあるのだから、なかなかどうして、戦闘のない依頼も面白いものなのだ。
「……あ、でもさ」
 ルオウはふと付け加える。
「年末年始にクリスマスって、この時期は何かと重なるから、結構一緒にやっちゃうことって多いなー。皆で集まってたらいつの間にか門松にクリスマスの飾り付けされたりしてて」
 覚えのある人もいるのだろう、小さな笑い声がくすくすと響く。
「開拓者って、やっぱ変わり者が多いから楽しいよ。家族ってわけでもないし、気が合うやつばかりでもないんだけど、一緒に死線をくぐり抜けたっていう仲間意識みたいなの? そんなのがあるんだよな」
 その言葉は、確かにみなの心にも染みわたる。
 誰もが知り合いばかりでやってきたわけではないから。


「そういえば、来風さんはサンタさんを信じるかしら?」
 ふと思い出したかのようにいうのはフェンリエッタ。
「わたしですか? いたらいいなと思います。精霊みたいなものなのでしょうかね」
「さあ、流石にそれはわからないけれど……子どもの頃の私も楽しみにしていたし、どこかにいると思うのよね。……ううん、そういう夢を子どもたちが信じていられるのって、とても大切なことだと思うの。いっぱい夢を見て、夢を紡げるような大人になって、そしてその夢を周りのみんなにも届けて……やがて未来へつながっていく。来風さんも、そして来風さんのお話も、きっとその一つになると思うわ」
 来風はしっぽをぴんとさせた。
「あ、ありがとうございます……!」
 来風には応援の言葉は何よりも嬉しいのだ。

「そういえば、お正月は皆様忙しそうにしていらっしゃいますよね」
 ほわんとした口調でそういうのは相棒の上級人妖・光華と一緒に仲良くぜんざいを食べている和奏(ia8807)である。世間ずれをほとんどしていないこの青年、年末年始は幼いころに家の手伝いをやはりほとんどしていなかったっぽい。もっぱら母親の着せ替え人形になっていたようだが、まあそれは今回は話すことでもないだろう。
「でも、神様がいらしゃるあいだは、羽目を外される方は少ないですよね……」
 神様がいらっしゃるというのはいわゆる松の内。とはいえ、それは世間知らずの和奏ゆえ、酒を浴びるように飲んで酔いつぶれたりということもあることを知らないだけなのかもしれない。
「ちなみに大晦日に、首長でもある父上が氏神社にお迎えに向かって……お目が悪いのか、手をとって戻ってこられるのですけれど……ええ、と。残念ながら、自分はまだその年神様のお姿を拝見したことがないのです」
 いや、それはそうだろう。普通氏神様というのはカタチある存在ではないから。恐らく誰の目にも見えない存在である。
「お正月の間はその年に収穫したお米や作物を始めとしたごちそうをいっぱいお供えしたお座敷に逗留なされて……あ、神様に差し上げる若水を汲むのも家長である父上の仕事ですね」
 ここまで信じきっている様子だと、逆に突っ込む気にもなりにくい。和奏はわずかに口元をほころばせて、しかし淡々と話す。
「最終的にはそのお供えを、『お年魂』と称して一族で分けていただくんです」
 恐らくだが、それはいわゆる神饌をみなで分けて食べることで神様の力そのものも分けてもらうという縁起ものなのだろう。ちなみに氏神は、松の内が過ぎたらまた父親がお社に送って差し上げるのだとか。
 なかなか興味深い話である。
「ああ、でも……どちらかと言うと、十五日までのほうが館は賑やかな気がいたしますね」
 十五日は小正月。この日までに新年の行事は数多い。賑やかなのもその影響だろう。
「ふむ。なかなか面白い話だな」
 そういいながら頷いたのは宮坂 玄人(ib9942)。角が特徴的な、修羅の女性である。ついてきたのはからくりの桜花。
「玄人様、まさかこの間のように甘味に手足が生えて動きまわったり、なんてことは……」
「しないから安心しろ」
 ……どうやら過去に何かあったようである。
「何かあったんですか?」
 思わず聞いてしまうのは来風のいいところなのか悪いところなのか。
「いや、な。俺が以前担当した依頼でな、開店前に瘴気が憑いてしまったケーキを処分するという依頼があったんだが。流石にケーキに手足がはえて動き回っている姿というのは衝撃的すぎたんだ」
 全員が想像する。
 白いホールのデコレーションケーキに、手足が――
 ……かなり、想像以上にシュールな光景だ。桜花がここぞとばかりに喋る。
「あの時の玄人様、包丁と割烹着を着て、完全にフードファイターモードでした」
 玄人の方はややうんざりしたような顔。
「それを言うなら、桜花も密かに食べていただろう。……まあ、からくリがモノを食べられると知ったのも、その時だったがな」
 再び想像する。
 手足の生えたケーキをバリバリと食すからくり――
 いや、そういう姿ではないのだろうが、言葉の説明だけではどうしてもそう考えてしまう。というわけで、こちらも想像をはるかに超えてシュールな光景だった。


「年の瀬といえば……柚乃のところだけかもしれませんが……相棒たち主催の忘年会、でしょうか」
 柚乃が言葉にする。と、滑空艇を除く全ての相棒がガタァっと身を乗り出した。ちなみにその時ともは[は号]の前にぜんざいを供えている。まあ、気が済んだらとも自身が食べるんだけれど。
「え、ええと……」
 周囲の反応に驚いた柚乃がつっかえつっかえで説明したことには、こういうことらしい。
 場所は店の奥の一部屋。柚乃の相棒たちはおやつを持ち寄って雑談会。
 仕切るのは一番の姐さん格、宝狐禅の伊邪那だそうだ。
「今年も開くそうですよ。新しく家族が増えて、ますます賑やかになりそうです」
 ここでいう家族とは、柚乃の相棒たちのこと。今年は忍犬の白房と提灯南瓜のクトゥルーが仲間入りして、一層賑やかな柚乃の周囲である。
「ちなみに柚乃は話さねーのか?」
 ルオウが尋ねれば、
「柚乃はお話をするのは……実はそう得意というわけでもないので。どちらかと言うと聞くほうが」
 その割には来風に面白い話を提供してくれる、ありがたい存在である。来風は笑顔で
「ありがとうございます」
 と応じた。と、柚乃がポンと手を叩く。
「あ、そうだ。来風さん、この後お時間あります?」
 来風は首を傾げながらもこくりと頷く。
「実は新作の晴れ着なんですけれど、女将さんがモデルを探していらして……一緒にやりませんか?」
 柚乃の誘いは、来風にとっても驚くべきものだった。
「え……いいんですか?」
 柚乃はこくりと頷く。
「もちろんです、歓迎しますよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。でも、私、化粧らしい化粧もしたことがなくて」
 明らかにうろたえる来風。そんな様子を、集まった面々は微笑ましく見つめていた――。


「それじゃあ、良いお年を」
 茶話会も柚乃の持ちだした話のこともあっていつもより早めに終わり、おやつどきをちょっと過ぎた頃。
 其々が帰途に向かう。そんな中で、フェンリエッタが感慨深げに来風に言った。
「来風さん、あなたのお話会に私が参加させてもらったのは四月、五月、十月、十一月、そして今月……。今年はこれにて綴り納め、かしら?」
 来風は頷く。
「そうですね。一年は続けるつもりなので、あと二回は来年でしょうか」
「そう。それなら、来年もご縁があったらよろしくね」
 そして二人は微笑む。
 そう、もう話を聴き始めて十ヶ月。
 あと少しで一年。
 その時、来風はどうしているのだろう……?
 それは、彼女自身にもわからなかった。


 ――師走ニ記ス。
 ――年ノ瀬ノ章。
 ――年末モ、年始モ、楽シク過ゴスノガ肝要。