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■オープニング本文 ● ――さて。 ここに一人の少女がいる。 名を来風(iz0284)。 その日、彼女の手元に一通の手紙が届いたのが始まりだった。 『来風、元気でいるかい。 おばばは元気だよ。 もうお前が開拓者になって一年もたつんだねえ。 時の流れは早いもんだ。 で、だね。 一度、様子見も兼ねて神楽の都にいってみようと思う。 楽しみにしていておくれよ』 祖母が、都に来る。 それは喜ばしいことではあったが――同時に一つ、難問も抱えていた。 つまりそれは、祖母の眠る場所である。宿を取るということはないだろうし、来風の家に厄介になるであろう。 しかし、だ。 来風の家は、年頃の少女にしては、その、お世辞にも綺麗とは言いがたい。何しろ依頼関係で集めた資料を山のように積んでいるのだから、推して知るべし、である。 しかも、決して掃除が得意というわけでもない。 つまり――来風は困ってしまったのだ。 しかし、と彼女は考える。 つまりこういう時こそ、仲間を頼るべきなのだと。 開拓者ギルドに、その旨を書いた依頼書が届くのはもうすぐだった。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
御影 紫苑(ib7984)
21歳・男・志
山中うずら(ic0385)
15歳・女・志
ベアトリス・レヴィ(ic1322)
18歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 「来てくださったんですね、ありがとうございますー!」 その日の来風(iz0284)はいつも以上に頭を低くしていた。部屋の中が決して綺麗といえず、その掃除の手伝いを頼んでいるわけだから、ある意味当然といえば当然なのだけれど。 年頃の女子として、部屋の中が綺麗と言えないのはやはり恥ずかしいらしい。 とりあえず待ち合わせ場所としていたギルド前から、開拓者たちは来風の長屋へと向かった。 さて、来風の長屋である。 見た目はよくある、ごくふつうの長屋だ。人のよいおかみさんや、腕白な子どもたちが歩いている。すでに事情を話してあるということで、にこやかに迎えてくれた。 「何しろ来風ちゃんは本の虫だからねえ。ちょいと苦労するかもしれないけど、よろしく頼むよ」 ……そんな言葉とともに。 そして来風の部屋の障子戸を開けると、その中は混沌としていた。 ● 「フギャー、なんだこりゃ! 空家あらしか、はたまた台風か? アヤカシが暴れて……」 その惨状を見て、最初に声を出したのは山中うずら(ic0385)であった。尻尾がわずかに膨らんでいる。しかし来風は照れくさそうに、 「いえ、これ、なにもないんです……」 それだけ呟いた。こちらは反対に、尻尾が力なくたれていた。 「……え、これで普段の生活してる部屋なの?」 うずらの問いかけに、身を縮こませて頷く来風。最後に人を通したのは一年ほど前だろうか、当時は普通程度だったはずなのだが、それからどんどん資料がたまってこの有り様なのである。 「ふーむ……私も書類の片付けなどは殆ど信頼できる家の者に任せているので人のことを言えませんが……、これはお祖母様を呼ぶにはきついものがありますね」 なにせ久々に会うのだろうから。 アヤカシを祓うことを家業としている家に生まれ育ったせいか、書類を見ることにも慣れている御影 紫苑(ib7984)が小さく言うと、 「そうなんです。だからみなさんのお力をお借りしようかと」 来風も頷いた。 「それにしてもよく今まで火事になんなかったなー、この部屋」 呆れと感心を半々にしながら、羽喰 琥珀(ib3263)が大きな瞳をくるくる動かす。火事云々については全く他のものも同感で、来風自身の説明によれば火を使う機会がそれほど多くなかったのが幸いしたらしい。つまり、市場などで出来合いを買ったり、近所のおかみさんたちに分けてもらったり、そういう生活だったようだ。家事ができないわけではないが、本に熱中すると時間を忘れて読みふけったりしてしまうため、そういうことになっていたという。 「とりあえずさ、ちょいと本が多いみたいだし……図書館に先にいって、書物の寄贈許可をもらってきたんだけど」 琥珀、大八車まで持って完璧な準備である。更に紙で手を切らないようにと手袋やゴミ袋まで、しっかり用意している。 「でも、似たような長屋でも、お部屋の中というのは本当に人それぞれなのですねえ……こちらのお部屋はとても賑やか。うっかり窓を開けて外出した時に限って風向きが悪かったのですね、きっと……」 和奏(ia8807)がほんわり呟くと、いやその域を超えてるだろ、と琥珀が突っ込んだ。……確かに、賑やかというには度を超えている。一言で言うと、混沌。それでも、やることはおおかた決まった。 まず部屋の中の物を、必要なものと不要なものに選り分け、そして不要なものは処分する。必要なものは、整理や保管がしやすいようにする。家具のたぐいは、必要があれば買い足したりもする。 こうすればなんとかなるだろう―― 開拓者たちは頷いた。 ● 「たまにはこういった依頼もいいだろう。拙者の真の力を見せよう」 そんなことを言うのは北条氏祗(ia0573)。北条二刀流の創始者であり、普段は軍場を駆け巡ることの多い開拓者なのだが――何やら妙に自信ありげ。確かに二刀流を得手とするならば、両手ではたきをかけることができたり、何かと便利ではあるだろうが……いや、そういう問題でもないのかもしれないが。 「志士専用依頼に颯爽と登場、唐突に魔術師」 また、そんなことをキリッとドヤ顔で言うのはベアトリス・レヴィ(ic1322)。……別に志士専用依頼、というわけではないのだが、たまたま集まったのが志士が多かったというだけで。来風自身も弓術士だし。だからだろうか、そう言ってからどこかばつの悪そうな顔をして、 「私はさっきも言った通りの魔術師で、頭脳労働のほうが得意で体力には自信がないですから、書類の仕分けなどの知識がないと出来ない作業を手伝いたいと思います」 なるほど、それならたしかに適材適所であろう。来風はペコリと頭を下げて助かります、と礼を述べた。 「まずはこの大量の書類を外にほっぽり出して、来風とベアトリス、紫苑あたりに分類させよう。この紙切れを……ニャニャニャ!」 そう言って作業を始めるはいいものの、風で飛んだ書類を思わず飛び跳ねて捕まえようとするうずら。まったく猫っぽい仕草である。そしてそれに気づいてすぐに顔を赤らめ、 「いやワリーワリー。ちゃんと仕事もしてるって……なんだこのゴミ? 全くかわら版の古いのなんかどっかに……」 そう言いながらがさごそと音を立てる紙に獣人としての野生というか、血が滾って思わずそこに飛び込んで紙を引き裂こうとするうずら。 うずらは結局仲間たちに室内での作業向きでないと首根っこを掴まれて放り出されてしまった。 「……よーし、気を取り直して外に出した品物の整理をするぞ! ニャーオ!」 ネコミミ少女は勇ましく鳴いた。 「私は箱や綴紐などを用意してきました。まずは保存して、それこそお祖母様に見せたい書類などがあるならば、そういったものをより分けておく必要がありますね」 紫苑も準備万端。来風もさすがに特に必要なものはある程度場所を決めてあったらしく、これとこれとこれ、というふうに比較的早く選別することが出来た。もっとも、数枚見当たらない、と慌てることもあったけれど。 「ちゃんと集めて記録した資料も、きちんと把握していなければ意味はありませんよ?」 きっちりとした性格の紫苑にそう言われて、来風の耳がわずかにしゅんとなる。まあ、自業自得というやつだ。それでも、三人がかりで大量の書籍や書類を表に出し尽くしてしまうと、それだけで随分と部屋の中が寂しげに見えた。 あるいは部屋の中が散らかっているのも、もしかしたら寂しさを紛らわすため、だったのかもしれない。……真相は闇の中だが。 本や紙のたぐいは虫干しも兼ねて外に広げつつ、内容や日付などで使うものと使わないものとに丁寧に選別していく。これはさすがに来風にしか出来ない作業なので、ベアトリスたちは不要なものを束ねたりしていた。 琥珀と、先ほど放り出されてしまったうずらは不要な書籍やゴミなどをまとめて大八車に乗せ、後で図書館やゴミ捨て場に運べるように準備している。随分な量なので、大八車も二人くらいで動かす必要があるのだろう。 その場で処分できそうなものは、ベアトリスがファイヤボールを使って少しずつ焼却していく。 「それにしてもすっごい量だな」 そう言われて、恥ずかしそうに笑う来風。 「捨てるのがもったいなく思えてしまうんですよ。でも今回は、祖母も来ますからね。綺麗にしておかないと」 「ん。読まれないままで床に置かれたままじゃあ、本が可愛そうだもんな」 琥珀もそう頷いた。うずらが尋ねる。 「そういえばお祖母さんのお布団の準備とかは?」 「長屋のみんなが用意してくれるそうです」 なるほど、こういう例はたしかに他でもあるだろうから。長屋の住民たちはなにかと助けあいながら生活しているのだ。 ● 土間を掃除しているのは氏祗。はたきではなく、箒の二刀流を考えていたらしい。まあ、じっさいにそううまく行くわけもないのだが、掃き掃除のほうが向いていると本人も思ったのだろう。 玄関やその外側など、細かく目に届くところを掃いていく。さすが、見る目が鋭いといった感じか。 「そういえば、暖房には火鉢を使っているとのことですが」 まるで掃除の教本を読んだかのように精緻な掃除をし、床を水拭きしていた和奏が問いかける。 「暖房器具、高いですから。それにさっきのあの状態では置けませんからね、大きな家具は」 なるほど、言われてみればそのとおりである。 「ただ、季節柄しょうがないとは思うんですけれど、紙の多いお宅では火鉢は何かと危険かな、と。とりあえず火器のたぐいは視界に入る位置に置くにとどめておいたほうが無難ではないでしょうか」 言われて納得である。炬燵というと木炭を机や櫓の下に入れ、その上に布団をかける暖房器具だ。おく場所もだが、それなりに費用もかかる。その分、温かいのは事実だけれど。ただ、目に見えない位置に火の気のものを置くのは、紙の多い来風の家のような場所ではたしかに危ないのだ。ただ、この時期は火鉢だけでしのげるかというとそこも少し問題がある。 「炬燵なら、私のファイヤボールでなにか役に立たないでしょうか」 ベアトリスが言ってみたが、よく考えるとこれだけの紙がある場所でのファイヤボールは危険きわまりない。 「それなら後でこれを始末したあとで、必要そうなら見に行かね?」 琥珀が提案する。たしかにそれは悪い考えではなかった。 「そういえば服のたぐいは多くないんですね」 年頃の少女、という割に質素な生活。 「服を買うお金があったら、本や紙に費やしていたから」 来風は苦笑する。彼女らしい一言だった。 「買い物の内容はともかくとして、整理しやすいようにちゃんとしておかないとな。んー、少なくともばあちゃんが帰るまでは綺麗にしてないとマズイだろ?」 琥珀が言うと、来風も頷く。 「はい。さすがに祖母には、これは見せたくないですから」 「あ、こんなものも用意しましたよー」 ベアトリスが持ってきたのはどこかで見たような、『いるもの』『いらないもの』と書かれた少し大きめの木箱。これでできるだけ常に区分けしていけばいいという発案だ。 「ありがとうございます」 さっそく使っていくと、やはりいるもののほうが増えてしまう。物を捨てるのがもともと苦手なのだろうが、悩んでも仕方がない。ベアトリスは 「こういう時は悩まないできっちり整理しないと!」 と言いながらドサリと荷物を『いらないもの』に入れる。 「……そう、ですね」 どこか名残惜しそうではあったが、いまので決意が固まったといった感じだった。 それにしても荷物を出しただけで随分とスッキリした来風の部屋だが、布団を陽に当てたりもしなければなるまい。 「とりあえず整理のほうが手伝いも多いし、なんとかなりそうですね。部屋の掃除はどうですか?」 紫苑が問いかけると、 「案外難しいものですね」 という和奏の声。掃除の経験が少ない彼にとっては手本などがないと進まないのだ。氏祗も、箒より刀を握ることのほうが多い青年である。紫苑はわずかにため息を付いた。 「こちらの手伝いに回ったほうが、効率が上がりそうですね」 ● ――そうやっているうちに気づけば随分と陽が傾いてきた。 来風の部屋の行灯にも、灯がともされる。 そして、改めて見て――来風も思わず声を上げた。 「ずいぶん片付きましたね……!」 そう。 土間や出入口は綺麗に掃き清められ、畳も水拭きされている。布団はきちんとたたまれて脇に置かれているし、何よりも文机や押入れ、床にまで散乱していた紙のたぐいが随分と減っていた。必要な物をきちんとまとめて綴じたりした上で、それをしまう場所も確保できたのだ。今日分けられないものは、それでも後日仕分けしやすいように、ちゃんと用意がなされている。 火鉢はなるべく危険のないように文机の脇に置かれ、寒さをしのげるように綿入れなどもしっかり用意されている。文机の上には彼女が一番気に入っている文房具が、硯箱に入って置かれている。押入れの中には図書館からの帰りに琥珀と紫苑が来風と一緒に買ってきた箪笥が用意されていて、その中には着衣が綺麗にしまわれていた。 「本は少なくなったけれど、これのほうが随分生活するのに楽でしょう」 紫苑が言うと、琥珀も頷く。 「そうだな。本が必要なときは図書館に行けばあるわけだし。入り浸ってるみてーだから、読みに行くのも苦労しないだろ」 それに、本を多少なりとも寄贈したとなれば、もしかしたら図書館でもいくらか融通がきくかもしれない。 「でも本当、本が好きなんだな! 最初はびっくりしたけど、こういうのも面白かった!」 うずらがニコニコ笑う。氏祗も 「珍しい経験をしたと思う。アヤカシ退治の依頼を受けることが多いが、こういった依頼も面白いな」 そう言って頷いた。そして今回唯一の魔術師であるベアトリスは―― 「知識を集めるのは楽しいことだけれど、時には整理しないとですね」 来風とそれほど年齢の変わらぬ少女は笑顔を見せた。 たしかに、来風の部屋は随分と散らかっていたし、掃除は一苦労であった。 でも、みんなホコリまみれになりながらも、楽しそうだった。 それは来風が、今度遊びに来るという祖母をとても楽しみにしているようなのがチラホラと見えたから――。 「そういえば、結局何を残したんです?」 和奏が尋ねる。 「ええと、私が関わった依頼の報告書と、家族からの手紙。それから……」 来風はパラパラと綴じた紙の束を見せながら、楽しそうにこたえていく。その中に、一枚、妙に目につく手紙の一節があった。 『……もしあの子にあったら、手紙を出すように伝えてちょうだいね』 家族からのものらしい手紙にある『あの子』とは誰だろう。 ちらり、誰かがそう思ったかもしれない。 けれど、来風は何も言わなかった。あるいはあまり言いたくないのかもしれない。 それより、と彼女は笑う。 「そうだ。祖母が都に来た時、一人では案内が心もとなくて。またその時は、ギルドのみんなに助けてもらうかもしれないですけれど……縁があったらよろしくお願いしますね」 「おう!」 「楽しみにしているからな!」 誰もが頷いた。 もうすぐ年の瀬。 きっと楽しいことは山のようにあるだろう。 さて、来風の身の回りはどうなることか。 そして、手伝ってくれた開拓者たちともども良い年が迎えられるよう、来風の奢りで夕飯に向かったのだった。 |