冬に備えて鍋をしよう
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/29 22:29



■オープニング本文


 ひゅうう。
 冷たい風が、街を吹き抜ける。
 ――もう、すっかり冬の始まりだ。


「雪が降ってきそうだねぇ、この寒さじゃあ」
 ババ様がそう言って、手をすり合わせる。
 ここは神楽の都でもちょっと隅っこ。方角で言うと、北になる。
 冬は嫌い。
 寒いから。
 でも、冬は好き。
 あったかいものを食べると、すごくすごく心までほかほかしてくる。
 ババ様はこの辺りの世話役で、年齢だってかなりいってる。
 そのババ様と一緒に食べる鍋は、いつも美味しかった。
 ……あたしは、親がいない。父ちゃんと母ちゃんは、早くに死んでしまった。ババ様の周りにはそんな子どもがいっぱいいる。
 でもそんなババ様を、みんな大好きだった。
 皺くちゃな手のひらも。曲がった腰も。


 ある日の事だった。
「ああ、カナ。こっちにおいで」
 カナというのはあたしのことだ。見るとババ様の横には、随分頓痴気な格好をした若い男の人が座っている。頭の先にぴんと生えているのは……犬の耳だろうか。
「この人はね、フーガさん。この人も親はいないって話だが、ここいらの子どもたちの話をしたらみんなで鍋を囲みたいって言ってねえ」
 ババ様が説明する。フーガさんはでっかいでっかい鍋をヨイショって持ってみせると、ニヤッと笑った。
「俺は開拓者上がりでね。せっかくならギルドで仲間を誘って、ここいらの子どもたちと皆で鍋を突くのも面白いかと思ってな、ここのババ様に相談してみたんだ」
「一人で食べるよりも、皆で食べるほうが楽しいしねぇ」
 あたしは思わず目をキラキラ――させてたんだろう。
 いちもにもなく頷き返したのは、言うまでもなかった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
ミラ・ブルー(ic0542
15歳・女・弓
ジーク・シャドー(ic0600
25歳・男・魔
シンディア・エリコット(ic1045
16歳・女・吟


■リプレイ本文


「お鍋?」
 ギルドの案内を見た、そしてこの場にやってきた開拓者たちの思いは様々だった。

「この季節に鍋か、寒い時期は温かい物を食べて暖まるのが一番だ」
 というのは羅喉丸(ia0347)。確かに寒い時期ともなれば、週に一度は家族で鍋を囲むという家も少なくない。
「子どもたちが多くて、後は老人か。それなら具を調達していくのがいいな」
 そう言って向かった先は神楽の都でも一、二を争う食品市場。そこで、
「あ、」
 見覚えのある少女の姿を見つける。長い黒髪に青い瞳。羅喉丸も何度か依頼で顔を合わせたことのある少女、礼野 真夢紀(ia1144)だ。
「あ、羅喉丸さん、こんにちは」
「ああ、こんにちは。今日は随分と買い込んでいるんだな」
 見ると、彼女の持っているかごの中には随分な量の野菜がすでにあった。
 白菜に人参、それに椎茸やえのき。一人で食べるにはあまりにも量が多すぎるくらいの、量だ。
 そして、そんなかごをちらりと見ながら、真夢紀は嬉しそうに言う。
「ええ、鍋を囲もうっていう依頼に入ったものですから」
「ああ、そういえば。礼野殿もあの依頼に参加しているのか」
「羅喉丸さんも行かれるんですか? 楽しみですよね、お鍋」
 同じ依頼に入った顔見知り同士、ニコニコと笑いながら会話をする。折角だから食材を手分けしていこうということになり、二人は色々と話し合った。
「味噌味というからには、やはりしめはお饂飩ですよね」
「ああ、美味そうだな。俺は雑炊も好きだが。そういえば肉のたぐいは鶏を一羽買って、鶏肉の団子を考えているのだが」
「まゆも鶏肉の団子と、骨付きを持って行こうって思ってます」
「鶏肉の団子はしょうがを入れると体もあたたまるだろうか」
 羅喉丸が提案すると、真夢紀もにっこり頷いた。
「そうですね! 滋養にもいいですし、美味しいと思います」
 そういう話は楽しくて、どんどん弾んでいく。はじめは台車を用意することも考えていた真夢紀だったが、思いもよらぬ手助けの登場に甘えさせてもらうことにしたのだった。


 ――そんなわけで当日である。
 場所は、大きな鍋をみんなで囲む――ということで、少し寒いが外で食べることになった。たしかに二十人近い人間が一つ鍋を囲むのは、言われてみればなかなかに難しい。
「おう、よく来てくれたな!」
 フーガと名乗った依頼主でもある青年は、にっと笑って挨拶をする。色鮮やかな青い着流しに少し派手な綿入れを着込んでいる。ずいぶんと傾いた服装をしているあたりを見ると、朱藩の出身か、あるいは朱藩の興志王に憧れを持っているのかもしれない。
「ここの子どもたちはどうにも複雑な環境の子が多くてな。なかなかそうそう鍋も食べられないらしいんだ。みんな、よろしく頼むぜ」
 そう言って青年は礼をした。見た目よりも礼儀正しいのは、きちんとしたしつけを受けてきた印象を受ける。
「……ふむ。とはいっても、俺はまだこの天儀の習わしなどに慣れていないのだ。何しろこちらに来てまだそれほど経っていないからな」
 金髪の魔術師、ジーク・シャドー(ic0600)がそう言って苦笑した。
「大丈夫ですよ、食べているうちになんとかなります」
 真夢紀はにっこり笑う。
「それにしても、どこにも心優しい人というのはいるものだな。孤児を養うと言っても、人ひとり養うだけでどれほどの労力や費用がかかるかと考えれば、並大抵のことではなかろう。しかもご老体となれば……とりあえず、そのババ様に挨拶をせねば」
 ジークはそう言うと、ババ様にペコリと礼をする。ババ様――というのはもちろん通称で、本来の名前をトシという。彼女は若い頃に己の幼い子どもを喪ったことがあり、それから幼子に手を伸ばす用になったのだとか。
「お招きに預かり感謝します。俺はまだ天儀での暮らしに慣れておらず、材料に何がいいかとかもわからなかったので、こんなものを手土産として用意してきたのだが」
 そう言って取り出したのは、りんごのタルト。そして、辛口の純米酒だった。
「こちらは子どもに与えるわけにはいかないが、子どもは甘味を喜ぶだろうと思い」
 するとトシはにっこりと笑う。
「そうだねえ。子どもたちも喜ぶよ。ありがたくいただくとするかね」
「それなら酒はみんなで分けるとするか」
 羅喉丸がニヤリと笑った。

「それにしても可愛い子がいっぱいね♪ 今日はみんなで美味しいものをたくさん食べましょうね」
 そう言って微笑むのは雁久良 霧依(ib9706)。若干その眼差しに邪なものが混じっている気がしなくもないが、子どもたちは彼女のことを『かっこいいお姉さん』という眼差しで見つめている。
「ちょうど郷里から帰ってきたばかりだから、いい食材が用意出来たわ。まずは極太の長葱。これは郷里の名産で、生のままだととても辛いんだけれど、火を通すと甘く柔らかくなって美味しいのよ」
 霧依の言葉に、大量の葱に子どもたちの眼差しが注がれる。普段は葱が嫌いな子どももいるだろうに、美味しいと聞けば話は変わる。
「ねえねえ、どんなあじなの?」
 子どもたちは興味を示したようだ。
「言葉で説明するのはちょっと難しいけど、口の中でとろけるような感じね♪ 他に蒟蒻もたくさんあるわ。それと、椎茸もね」
 そしてもうひとつ、と霧依は嬉しそうに包みを開く。
「これは今日のとっておき、猪肉よ♪ 血抜きや下ごしらえは済ませてあるから匂いも気にならないと思うわ。実は私が自分で狩ってきたのよ。腕力には自身がないけれど、これでもそこそこ強い魔術師だからね」
 そう言うと、子どもたちの目はいっそう輝いた。
「どうやるの? イノシシって強いんでしょう?」
「おっきいよね! 魔術師の力ってすごいなー!」
 子どもたちはたちまち霧依の周りに群がり、その時の探検譚をねだるのだった。

 ミラ・ブルー(ic0542)はその中で、わずかにかくりと首を傾げる。
「お鍋ですかぁ〜……あの、あたたかくてぽかぽかな煮込み料理ですよね〜?」
 彼女もまた、あまり鍋料理についての知識がある方ではない。
(……どんな具が入るんでしょ?)
 胸の中でそう思うと、戸惑いに察したのであろうか。真夢紀がにっこり笑った。
「お鍋は煮込み料理ですからね。お野菜もお肉も、それから主食も全部煮こむんです」
「なるほど……じゃあ、お餅もお鍋の具に使いますよねぇ? もちもちのみょ〜んって伸びて、美味しいんですよね〜」
 真夢紀も頷く。
「そうですね、お饂飩もですけど、お餅も用意してありますから、みんなで一緒に食べたいですね」
 ミラは嬉しそうに手をポンと叩いた。
「おうどんさんも、味がしみてて美味しかったのですぅ〜。お鍋、一杯作って、みんなといっしょにたくさん食べるですぅ〜!」
 すでにお腹がキュルルとなっている。なんだか可愛らしい音だが、ミラの雰囲気にはなんだか似合っている、かも知れない。
 ちなみに彼女、手伝おうとしたのはいいものの……ドジの連続で鍋をひっくり返しかねないと周囲に危惧された結果――
「そういえば……お手伝いはしないで、座っていていいですぅ? 子どもさんたちも手伝っているのに? お客さん……だから、ですか?」
 本人は全くわけもわからぬまま、戦力外通告を出されていた。

「そう言えば、器やお箸のない人はいますか? まゆがいくらか持ってきたのですけど」
 普段から何かと料理に関わる依頼に入ることの多い真夢紀、もしものことを考えて食器のたぐいもしっかり用意してきたらしい。飲み物用のやかんや七輪、そして湯のみも。
「食べ盛りが多いと思ってたくさん買い込んできたけれど、余ったらおいて帰ってもいいですかね?」
 真夢紀がトシに尋ねると、「まあまあ」と老婆は驚いたようだ。
「もらってもいいのかい? 子どもたちもきっと喜んでくれるよ。暫くはごちそうさね」
 トシは嬉しそうに微笑んだ。


 ぐつぐつと鍋の中が煮える。味噌の香りがふんわりと広がった。
 精霊のおたまを持った真夢紀が、嬉しそうに鍋の煮え具合を確認して、子どもたちに具をついでやる。
「うわぁ、おいしそう!」
 子どもたちは無邪気に喜び、あつあつの食材にかぶりつこうとして――
「ちゃんとその前にありがとうといただきますを言わなきゃね」
 トシにたしなめられる。子どもたちも頷いた。
「開拓者さんたちありがとうございます! いただきます!」
 声を揃えて、子どもたちが言う。
「どうぞ、どうぞですぅ〜」
 にこにこ笑いながら、ミラが言う。……たしか彼女はお手伝いをしていないはずだが、気にしてはいけないだろう。
「あ、魔術師のおねえちゃん! このねぎ、本当にあまくておいしいね!」
 霧依の葱を食べて、今まで葱を苦手としていたらしい子どもも嬉しそうにぱくついている。
「でしょう? 美味しいって言ってくれたら私も嬉しいわ♪」
 霧依もどこか嬉しそう。一方、設営の手伝いに明け暮れていたフーガが鍋から人参をとろうとすると、
「あ、そっちはまだ煮えきっていないから、こっちから食べてね」
 真夢紀の言葉が飛ぶ。こういうこと――だけに限らないが――には細かく気が回る真夢紀、すっかり鍋奉行といった感じだ。
「ほら、こっちはよく煮えているぞ。やけどしないように気をつけてな」
 羅喉丸も丁寧によそってやれば、もうすっかり開拓者は子どもたちの人気者だ。
「やはり鍋は大勢でつつくほうが楽しいし、美味しいな」
 子どもたちが一心不乱に食べているさまを見て、思わずそんな笑みが浮かぶ。
「そうだねぇ。子どもたちは腹ペコってわけじゃあないんだが、やっぱり育ち盛りだからね。お嬢さんたちもしっかり食べておくれよ」
 鍋奉行をしている真夢紀や、のんびりと食べているミラにそんな声をかけるトシ。名前に違わぬ年の功といった感じだが、その動きは年齢を感じさせない何かがあって、どこか可愛らしくもあるくらいだ。
「もちろん、まゆたちももらいます」
「もういただいてますぅ〜。お餅さんがみょ〜んって伸びて、おいしいのですぅ〜」
 ミラも楽しそうに餅を食べるが、一瞬のどをつまらせたのかトントンと胸元を叩く。ちょっと涙目だ。
「び、びっくりしたのですぅ〜……でも、おいしいのですぅ〜」
「ほら、気をつけないと。結構お餅を喉につまらせてポックリっていう人も多いんだから」
 霧依が湯のみを差し出して、小さく笑う。
「ふむ……なかなかおもしろいものだな。ジルベリアの煮込み料理にも似たようなものはあるが、味噌を使うのは天儀独特だし、最後には饂飩や餅も入れたりするのか」
 ジークはふむふむ、と頷きながら、羅喉丸に作法を教えてもらいつつぱくついている。天儀の料理をみんなで食べるというのはなかなか機会がないらしく、面倒見の良い真夢紀や羅喉丸には随分と感謝している模様。
「金髪のお兄ちゃんも、お寿司ありがとう!」
 寿司は天儀の料理に疎いので手伝えないぶん、とジークが持ち込んだ手土産だ。もしかしたら子どもたちにとって、なかなか口にできないものなのかもしれない。嬉しそうに頬張るさまを見て、ジークも思わず頬が緩む。
「こちらこそ、たくさん教えてもらっているしね」
 そしてトシも嬉しそうだ。
「これだけ賑やかだと、やっぱり楽しいねえ。子どもたちは明るいけれど、やっぱりこれだけの笑顔はなかなか見せてくれないからね」
 他人に世話になる引け目などもあるのだろう。
「でもババ様はお疲れ様です。子どもたちの世話をするのって大変なことも多いのでしょう? よろしければお身体、揉ませていただけません?」
 一足先に食べ終わった霧依が微笑む。
「ああ、嬉しいね。なんだか今日はとてもいい日だねえ。こりゃあ、フーガさんにも感謝しなくちゃあ」
 トシはにこにこと嬉しそうだ。霧依も、長寿と健康、そして幸福がずっとあるようにと祈り願いながら、丁寧にこりをほぐしていく。年齢を重ねた身体はやはり随分と疲れがたまっているようだったが、もみほぐしていくとだいぶ楽になったようだ。
「後片付けもみんなでやりましょうね」
 真夢紀が饂飩を食べながら言うと、子どもたちも頷く。みな素直ないい子どもたちだ。食後にはジークの持ち込んだ林檎のタルトはもちろんのこと、霧依の故郷からの土産という甘藷の干し芋もある。甘いものの好きな子どもたちは食べ終わると早速手を付けていた。

「……でも、誘えるなら来風(iz0284)さんを誘いたかったですね。こういう催し事とか、絶対好きそうだと思うんですけれど」
 ぽつり、真夢紀のつぶやきにぴくりと反応したのは――フーガの耳。
「……らいか……だと?」
 フーガが、まるで信じられないという風な顔でその言葉をオウム返しにする。
「……まさかな。あいつなわけがないか」
 フーガの表情の変化や、その発言は少し気になったが、真夢紀はそれよりもすぐに、この沢山の食器などをどうやって片付けるか、そんなことを考えてしまった。


「開拓者さんたち、今日はどうもありがとう」
 片付けも終わり、帰ろうとする頃。カナと名乗った少女が、ペコリと頭を下げる。見た目は真夢紀とそう変わらぬほどだが、やはり環境のせいかやや細身であった。
「それからフーガさんも。ババ様も」
 沢山の人がいて、今日の催しが出来たのだからと少女は笑う。
「これからもっと寒い季節になるから、気をつけるですぅ〜?」
 ミラが言えば、ジークも
「もしものときはまたギルドを頼るといい」
 そう頷いて手を差し出す。
 今日の出来事はきっと、誰にとっても忘れられない人なるだろう。
 そう、その場にいた誰の心も暖かくなる、そんな出来事だったから。