あれから一年たちました
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/23 19:55



■オープニング本文


 朱藩国安州。
 ここにはちょっぴり奇妙な茶房がある。
 その名も愛犬茶房。犬とたわむれることを至上とした茶店である。


「そろそろ開店から一年ですねぇ」
 女給頭のトキワは、一息つきながら微笑む。
 支配人は時々手紙で様子をうかがってくるが、本人が現れることはめったにない。トキワはもともと支配人の縁者であったことから女給頭に抜擢されていたわけだが。
 始めの頃は愛らしい子犬がほとんどだった店内も、随分と犬が大きくなった。もちろん不便というほどではないけれど……。
 一年の間、随分と開拓者たちにも世話になった。思いつきに近い催事の数々に積極的に参加してもらったのもあるし、二号店となる春夏冬の店の女給頭たる月島千桜(iz0308)も元は開拓者。とある事情があってそうそうに引退し、縁者を頼って愛犬茶房に就職したわけだが、なかなかに評判が良いのは安州の街の一号店にも耳に入っていた。


「一周年といえばせっかくですし、開拓者さんを感謝の意を込めて招待しませんか?」
 そう言い出したのは、最近店に入ったばかりの女給の一人。
「以前よりも当然ながら犬達のしつけも良くなってますし、お披露目というわけではないですけど……」
「お披露目といえば、犬達の服装みたいなものもあってもいいかもしれないですね」
 別の女給もウンウンと頷く。普段はごく当たり前の犬らしい姿だが、たまにはおめかしするのも悪く無いだろう。
 それなら、犬の衣装を開拓者たちに用意してもらって、一種のショウみたいなものを開くのも悪くないかもしれない。
「楽しみですね」
 トキワが頷いたのを見て、女給たちも顔をぱっとほころばせたのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
国乃木 めい(ib0352
80歳・女・巫
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
黒曜 焔(ib9754
30歳・男・武
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文


 朱藩国、首都安州の目抜き通りから少しだけ離れたところ。
 ――そこに、件の茶房はあった。
 犬と戯れることができるという触れ込みと、奇天烈な催しの数々のおかげで、開店してわずか一年にして安州とその周辺に住まうもの好きたちの話題となった、愛犬茶房が。

 そして今日は、その店の看板に『貸し切り』と書かれていた。
 何かと世話になっている開拓者たちへの礼をということで、招待しているのである。
 犬達にはおめかしのプレゼントもあるが、これは折角なので開拓者本人たちからという段取りにしてある。愛犬茶房からの心にくいもてなしのひとつだ。
 そして開拓者たちが一人、またひとりとやってくる。
 おのおの、胸をわくわくさせたりしながら。

「ようこそいらっしゃいませ!」
 そんな店の戸を開けると、犬の耳を模して作られたカチューシャをした、すこしばかりハイカラな袴姿の少女たちが声を揃えて出迎えてくれた。
 はじめはジルベリア風の給仕服や、あるいは峠の茶屋風などと試行錯誤の衣装だったようだが、動きやすくて可愛らしいということでこの服装に落ち着いたらしい。足元には、嬉しそうになついてくる、人懐こい小柄な犬の姿もあった。
「うわあ……本当に犬が多いんですね」
 店に入ったところで、礼野 真夢紀(ia1144)はあらためて目をパチクリさせる。実は彼女、それほど犬が好きというわけではない。むしろ、ちょっと苦手な方だ。子犬ならまだしも、大きくなった犬は苦手で、忍犬を相棒に加える予定もそのせいもあってないらしい。
 しかし、そんな彼女が何故参加することにしたのだろう? 真夢紀がわずかに怯えている風に見えることを察知した女給頭のトキワがそっと尋ねてみる。
「あ、いえ……犬って、こちらの感情を察知するじゃないですか。ちゃんとしつけの行き届いた犬なら、人間に対しても無駄吠えとかしないだろうなって。それに、これを着てもらいたかったんです」
 そう言いながら笑顔で取り出して見せるのは、犬のためにと用意してきた半被やチョッキ、白いエプロンのようなものなどなど。こういうことを考えるのが好きな真夢紀は、犬のためにもしっかり用意していたのだ。
 また、彼女の懐からはまだ幼さの残る子猫又の小雪が嬉しそうに、
「こゆきもなにかきたいー!」
 と無邪気にはしゃいでいる。犬と猫ではよくどちらが強いかなどと巷では言われてしまうが、この猫又の子はそんなことを気にしないというか、怖いもの知らずというか。懐からぴょいと飛び出し、次郎の背中に乗りたそうにしている。
「うわー、本当に犬だらけだね〜! 楽しそう!」
 いっぽう、そう言ってそばにいる又鬼犬のハスキー君に目配せをするのは叢雲・暁(ia5363)だ。
「もうすぐ冬だし、着飾るのも楽しいよね〜! ハスキー君も楽しんでるかな?」
「ワンッ」
 ジルベリアの大型犬であるハスキー君に相棒としての修行をさせて又鬼犬とまでした暁は、見ての通りの犬好き。

 そしてここにもまた、犬好きがいて――
「桃も楽しそうね♪ 前はもふらさまを笑わせに来ただけだったから、わんこたちとはあまり触れ合えなかったのよねぇ」
 柴犬の又鬼犬・桃を連れた御陰 桜(ib0271)だ。もう一匹、桃の影からひょこんと顔をのぞかせているのはその弟分の忍犬、雪夜である。実はこの雪夜は同じく参加者の国乃木 めい(ib0352)の相棒の忍犬・山水とは兄弟犬なのだ。雪夜も山水も互いに久々に会えたということもあって尻尾を千切れんばかりに振りまくっている。そして自分たちともあまり変わらない大きさの犬達の存在にも。めいはあらかじめお土産にと持ってきた玩具を犬に向けてやると、陸が嬉しそうにそれをくわえて持っていった。そんな風に犬達が戯れる姿を見、振る舞われた茶を一口飲んでから、ゆったりとした口調でめいは微笑んだ。
「山水も訓練の最中とはいえ、まだまだ幼さを残していますからね。忍犬にかぎらず、お友だちをつくる良い機会となるといいのですけれど……あら、桜さんやまゆちゃんも来ていたの?」
 桜は前述のとおり相棒の縁で顔見知りだし、真夢紀とは家族が仲良くさせてもらっている間柄。桜はにっこり笑ってめいに手を振り、犬に鞠を取っておいでとばかりにそっと投げてやる。相棒も、愛犬茶房の犬達も、嬉しそうにそれに飛びつこうとするあたりはやはりどこか野生を失っていない証拠なのだろう。真夢紀もめいに気づいたのでペコリと一礼をして、そして頷く。
「こういうところの犬は、行儀がいいでしょうから」
「そうねえ。いっぱい愛情を受けて育っているでしょうし」
 愛犬茶房の犬はどの犬も一歳と少しばかり、ほんのり丸っこい体つきもあってまだまだ幼さがそこかしこににじみ出ている。確かに幼い忍犬たちには格好の遊び相手となるだろう。もちろん、訓練された忍犬とではその身体能力に大きな違いがあるだろうから、気をつけてやらねばならないが。それでも雪夜と山水、そして茶房の犬達は早速意気投合したのか、キャッキャとじゃれあっている。

 そしてまた、こちらでは。
「愛犬茶房も久々だよっ……そういえばもふもふを連れてくるのは初めてだよねー?」
 笑顔でそんなことを相棒のすごいもふら・もふもふに言ってのけるのはエルレーン(ib7455)。もふもふの方は少しげんなりした表情で、
「む……、我輩、犬とは相性が悪いもふ……」
 と少しばかりむっすり顔。それでももふもふにとっては初来店で緊張気味のようだし、エルレーンも一年ぶりという感じなので、どこか懐かしさなども感じる。そしてころころした可愛い犬たちを見たとき――
「うわぁ、わんこたんかぁいい!」
 そう言って店に入った途端、エルレーンは犬達に飛び込むようにしてもふもふもふもふ(もふらの名前ではない)しはじめた。
 犬と握手をしたり、肉球を優しくもんでやったり、すっかり大興奮の様子である。そんな相棒の様子を見て、もふらのもふもふもすっかり呆れ顔。そんなふうに可愛がってもらった経験が、もふもふにはここしばらく……いや、エルレーンの相棒となってからほとんど、ない気がするからだ。ため息がこぼれるのも、やむをえまい。いや、今日のもふもふはちょっとばかりやる気(?)に満ち溢れている!
「おらおらもふぅ! しゃべれもしないのに偉そうぶってるんじゃないもふぅ!」
 そう言った途端、エルレーンに鉄拳制裁を食らわせられたが。
「エルレーンなんか知らないもふっ」
 もふもふはまだちょっとご機嫌斜めの様子である。
そしてこちらにも、可愛らしい犬の虜になっている開拓者が一人。猫系猫族の血を引く黒曜 焔(ib9754)である。店に入る前から尻尾がそわそわと動いている上に耳も好奇心旺盛そうにピコピコと動いている。女性を見ると声色が三割増しイケボになるというよくわからないくせを持っていることもあって、女給たちには気に入られているようだが。
 そしてそれをちょっとため息を付きながら眺めている相棒のもふら・おまんじゅう。とは言えそのおまんじゅうにも秋をイメージした、秋桜をつかった香り袋を仕込んだ新作の相棒専用衣装を誂えているあたり、抜け目がないとでも言うべきか。背中には秋刀魚の絵、首には栗の首飾り。さつまいもの輪切りの絵を合わせて描いた花模様などなど、秋の味覚に包まれたとても美味しそうな装いである。もしかしたらおまんじゅうの要望なのかもしれない。
 しかし、彼のイケボも犬達の前では無力だった。一年前から目をつけていた白い小型犬の海を見つけるやいなやそっと抱き上げてもふらのものとは異なるそのふわもこっぷりを存分に堪能したのである。
「おお、海くん久しいなあ! あれから一年たってもまだ小さくてもこもこしていて、ほんとうにまだ可愛らしい子犬のようだねえ……」
 そう言ってまた撫でてやる。おまんじゅうが
「もふのほうがもふもふもふよ!」
 と、少しじろりと焔の方を見つめているが、そんなことはきっと焔の耳に入っていないのだろう。しかしおまんじゅうも焔の性格は判っているものだから苦笑せざるを得ない。もっふっふ、と笑ってから、
「仕方ないもふね、もふも一緒に遊んでやるもふ」
 と言ってみる。……じっさいのところ、犬たちに適当にもふもふされているのはおまんじゅうであって、「遊んでやる」という状況では全くないのだけど。しかもおやつは犬達と一緒に食べた上におかわりまでねだるあたり、流石もふらとしか言いようがなかった。

 また、別の一角では。
「はなちゃん! はなちゃん可愛い! 私この子を一番気に入ったかも、よ〜しよし、こっちおいで〜!」
 柴犬のはなの前でしゃがみ込むようにするどころか寝そべってしまった強者の名は藤本あかね(ic0070)。が、好きに飛び込ませるつもりたっぷりだったところに相棒のミヅチ・水尾がやきもちを焼いたのだろうか、間に割って入り込もうとする。慌てたあかねは
「ちょちょ、ちょっと、嫉妬すんなってばっ」
 そう言いながらミヅチの頭をそっと撫でる。その時間約十秒。そしてそのあとで犬の頭を同じくらい撫でてやる。
 ところでミヅチというのは水の性の精霊である。ということもあって湿気を好み、自身の体も湿気を帯びている。
 結果、ミヅチの頭を触ったあかねの手は湿り気を帯びており、そうなれば犬を触った時に手に毛がついたり逆に犬の頭が湿り気を帯びたりと色んな意味でグダグダだ。
「お客様の中に湿っていない相棒をお持ちの方はいらっしゃいませんか!」
 思わずそんな言葉を口にしてしまうほどである。その言葉の意味は、正直あかね自身にもわかっていないに違いない。しかも他の相棒たちはだいたい乾いているから、とりあえず手拭いを渡されて手と犬を拭くあかねであった……。

(愛犬茶房に来るのは久しいのだったか、初めてだったか……)
 若干記憶があやふやながら、今回の訪問を楽しみにしているのは松戸 暗(ic0068)。忍犬の育成や調教も担当しているという『犬使い』松戸家の人間として、あまり情けない姿を晒すわけにもいくまい。そばで忍犬の太郎もじいっと相棒を見つめている。身体は大きいものの、血筋ゆえか争い事のあまり得意ではない太郎にとってこれはこれで格好の出番なのだ。
「久方ぶりじゃなここへ来るのも! ……是非また来たいと思うておったんじゃ」
 しかしトキワがつけている顧客帳――別名閻魔帳には名前がなく、早速記憶違いを指摘されたわけだけれども。
 しかしそんなことは犬達の前では些末事に過ぎなかった。
 愛らしい犬達を目にして、すっかり心奪われてしまったのである。
「太郎かわいい……! タロー、タロー!」
 一応言っておくが、これは愛犬茶房の太郎についての言葉である。さっと席につくよりも前にまず犬に駆け寄り、そしてじゃれて足元から膝に駆け上がり、胸元を足場にしようとするまでを喜んで(?)受け入れている。
「こらこらこらこら、待て待てってば」
 そう言いながらも犬にぺろぺろ顔をなめられるのが嬉しいらしい。愛犬茶房の犬達もサービス精神満点という感じだ。一年間の教育の賜物だろう。
「ほら、タロー、こっちへこい!」
 そう言うと暗の太郎が寄ってくる。しかし今回呼びたいのは愛犬茶房の「太郎」なので何だかややこしい。
「いや、タロー、待て!」
 すると今度は逆に愛犬茶房の太郎が歩みをとめる。同じ名前であるせいか、互い違いに命令を聞いているため、妙なことになっていることだけは確かだ。
「あー、もう。犬ども全員こい! 犬使いの松戸ぞ!」
 そう言うと、愛犬茶房の犬はもちろんのことながら、雪夜や山水、桃やハスキー君までもがわっと押し寄せてやってくる。さすが犬使いを名乗るだけはあるのだが、これでは混乱はいや増すばかりだ。
「おちついて、おちついて!」
 思わずそう言わずにはいられない。しかし何を考えたのか、二匹の太郎はチョンと前足で暗の胸に触れた。
「……それはおちちついて、でしょ!」
 見事にオチまで付いてしまった。

 しかし誰もが犬と相棒と、それらに囲まれる幸せをかみしめているのはほぼ間違いなかった。


「そう言えば、皆様にお願いしていた衣装なのですが」
 一際通る声で、トキワがこほんと咳払い。
「そろそろひと通り、犬達への挨拶も済んだと思われますので、そちらの方、よろしいでしょうか」
 待ってましたとばかりに誰もが顔を綻ばせる。順番は公平を期すため、じゃんけんで決められた。
「じゃあ、わたくしからじゃな」
 暗がそっと紙袋から服らしきものを取り出す。
 中から出てきたのは、鎖帷子――を模した服。本当の鎖帷子では犬を傷つけてしまうかもしれないため、お針子衆が頭を捻って作った『もどき』である。
「これを着ればだれでも、どんな犬でもシノビになれるからの」
 そう言いながら、とりあえず己の忍犬太郎にそれを着せる。とは言え忍犬ですら忍者ルックというベタな服装はあまりいない。その発想はむしろ新しいといえるだろう。
 思わず静まり返った場に、逆に目をパチクリさせる暗であった。

「じゃあつぎはわたしなんだよっ。わんこたんはそのままでもかぁいいけど……こんなの、どうかなっ?」
 そう言ってエルレーンが取り出したのは着用しやすい半被に冬でも暖かそうなマント付きのコート。そして足元の冷え対策に毛糸の靴下だ。
「わあ、かわいい〜」
 暁が楽しそうに声を上げる。エルレーンも嬉しそうに頷いた。
「もう、想像するだにかぁいいのっ」
 犬にだって触り心地などの好みがあるはずということで、何匹かに試着させてみる。一番気に入ってくれたのは次郎のようで、ジルベリア風のコートをキリッと着こなす姿はなにか真面目そうな面構えであった。
「あと、ジルベリア風のウェディングドレスとタキシード、とかどうかなぁ?」
 作るのは大変そうだが、面白そうだ。後ろでメモをとっていたトキワの目が一瞬キラリと光ったのは気のせいではないかもしれない。そしてまた、もふもふがぷいっとそっぽを向いたのも、気のせいではないのだろう。

 そして、こういうことを考えるのが好きな真夢紀は嬉しそうに紹介していく。
「天儀の秋祭りからの連想で、半被ですね。鉢巻もしめているとよりそれっぽいかな? こちらはどちらかというと寒くなってきたこともあるので、人が見ても寒くないようなものということで、チョッキ。従業員さん達とお揃い風のエプロンに、これはどちらかと言うとお正月用っぽいですけど、羽織」
 その種類はたしかに多いし、発想も柔軟だ。犬が苦手とはいえ、これだけ考えたりできるのだから、根っから嫌いというわけではないのだということはすぐに分かる。
 出てきた服装を見た桜やあかね、暗などもこれはどうか、いやこちらは、などと早速犬達を着せ替え状態。
「こゆきもふくきたいなー」
 小雪はちょっぴり羨ましそう。とは言え小雪も服を持っていないわけではないのだが。ただ、こうやって着せ替えをするというのに憧れたらしい。
「家に帰ったらまた服を考えようか、小雪?」
「わーい、まゆき、だーいすきー」
 こんなところでさり気なく絆が生まれていた。

「私は特に服を着せるというよりも、ちょっとしたお洒落くらいでいいと思うんですよ」
 めいは柔らかく微笑む。手にしているのは柔らかな素材のスカーフだ。
「あまりごてごてと着せつけすぎてしまうと、見た目は良くても犬達が動きづらそうでね……それに、そういう服は毎日着られるものじゃないだろうから、普段はこのくらいでいいんじゃないかしらね」
 亀の甲より年の功。言われればなるほど、納得であった。目のさめるような赤いスカーフをしたつきは、大きな目を何度か瞬いて、そして嬉しそうにしっぽを振ったのだった。

「寒い時期の海といえばジルベリアのある地方に出るえんじぇるはーととか言う可愛らしい精霊だかなんだかがいるらしいね」
 黒一点の焔だが、その服はなんとも愛らしいものだった。白地にあわい青ではぁと模様をひとつ大きめに描いて、純白の小さな翼をつけた衣装を『海くんに』とご指名付きで着せつけたのだ。背中に見えるはぁと模様と純白の翼という組み合わせがひどく愛らしい。
 しかも『空くんに』は雲のようにふわふわ真っ白な着物に純白の翼がついており、『陸くんに』は初雪の薄く積もった紅葉道のような絞り染めに純白の翼という、これまた随分と洒落た感じの服装を用意していたのである。
 確かに指名してはいけないと誰も言わなかったから、こういうのはありなのだろうが……それにしても手の込んだ衣装である。
 ちなみにその頃、おまんじゅうは香り袋に惹きつけられた犬たちに囲まれていたりしたが、まあそれも微笑ましい話であった。


 桜も相棒たちを着飾らせたりするのが大好きである。
「夏には呉服屋さんの試作品として浴衣を作ってもらったんだけど、その時は尻尾の邪魔にならないように丈を短くして帯の代わりにふわふわのりぼんで結んだんだけれど可愛かったわねぇ……今回はお店がお店だし、わんこたちにめいどさんや執事さんっぽい感じでお出迎え、なんていうのもイイかしら?」
 嬉しそうに取り出すのはジルベリア風のメイド服や執事服を模した衣装。黒と白で統一されていて洒落ている。
「あと、今回はまだ時期的には早いから、来月のイベントとかでのほうがイイんだろうけれど、じるべりあのくりすますにくるっていう、さんたやとなかいの格好なんかもイイかも?」
「季節ものって大事だよね〜! 見てても楽しいし〜!」
 暁も頷く。今回は晩秋から初冬という季節を意識した服装が多いのはその影響なのだろう。
 そして暁も、そんな一人だった。
「僕が用意したのは冬物の装備だよ〜。ジルベリアとかで見られるウシャンカ風の帽子とケープに胴巻きを合わせた、機動性を確保したやつ。動くときに邪魔になるとグズるような子にはいいんじゃないかな〜」
 モデル用は少し大きめで、これはハスキー君用らしい。次郎に着せたコート同様にこれまたどこか規律を重んじる兵士のような趣がある。
「かっこいいねえ〜」
 暁はそう言って、ハスキーくんを撫で回した。

「じゃあ、私が最後ね」
 あかねは待ってましたとばかりにゴソゴソと袋から何かを取り出す。
 それは、ちゃんちゃんこだった。
 ただし普通のちゃんちゃんこではない。怪しい呪術文字が書き連ねられた、術者が着るようなちゃんちゃんこなのである。
 面々から一瞬笑いが消えた。
「そうそう、これを忘れたらダメだよね」
 そう言ってもう一つ取り出したのは、同じような文字の書き連ねられた耳あて。みんなすっかり忘れがちだが、あかねは微妙におかしい時がある。それはかつて邪気に慣れようと無理して振舞っていたのをこじらせた結果なのだけれど――とりあえず、時々微妙にずれているのである。
「昔ね、武者亡霊のアヤカシに、魔除けの呪文を書き忘れられた人が耳だけちぎられてしまうという事件があったという話でね……」
 しかも怖い話のおまけ付きである。あかねはそれを滔々と語るのだが、残念、今は寒い季節なので寒さが増すだけだった。


「それにしても一年で随分大きくなりましたよ、犬も店も」
 トキワは言った。
「今は二号店を春夏冬という街に開いていますからね。新興の街だからこそ目玉になると踏んだ支配人の采配です」
「私も、犬たちにまた会えるのは嬉しかったです」
 焔も応じる。エルレーンも、
「じゃあつぎは二周年だねっ」
 そう頷いた。しかしそれを聞いて、
「そんなに犬がいいなら相棒も犬にしたらいいもふっ」
 涙目のもふもふ。犬可愛い連呼に嫉妬していたのだ。
「もう、馬鹿だなぁ……」
 どんな相棒だって大事だよ。
 犬だけでない相棒との絆を感じつつ、開拓者たちは愛犬茶房を後にしたのだった。