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■オープニング本文 ● 秋深し、な春夏冬の街。 秋という字はないけれど、季節は移り変わるもの。 「――でだ」 その春夏冬の街の青年会というのは、ちょっと――いやかなり変わっていて。つまりお得意様として開拓者を誘い入れる対策を毎日のように会議しているのだが、なかなか妙案が出てこない。 「十三夜も過ぎて、そろそろ立冬となるわけだが……晩秋にふさわしい意見とかあるか?」 今日も議題はそればかり。 普段から妙案がでないのに、そうそう出るとは思えなくて。 「そう言えば、今までは何をしていたんです?」 そう問いかけたのは、まだ年若いひょろりとした青年。まだこの街に来たばかりの、銀細工職人だ。 「あ、あんたは……」 「ああ、挨拶が遅れました。先日こちらに来た、職人のしろがねといいます」 先だって行われた安州の『海産祭』で開拓者に見出され、こちらに移住することにしたのだという。 「なんとか落ち着きまして、青年会に来るのは今日が初めてでしてね。だから、詳しく知らないんです」 「ふむ。では少し説明するとするか」 ――数十分後。 「ふむ……開拓者さんを取り込むのはやはり得策のようなんですね」 しろがねと名乗った青年は納得したように頷く。 「ああ。この街も大きいところじゃないし、やはり名前を売るなら天儀をてんてんとする開拓者に広めてもらうのがいいかと思ってね」 「なるほど。……ふむ」 首をゆっくりと動かし、しろがねは問いかける。 「この街の温泉、今はちょうど紅葉の見頃でしたよね」 「ああ。それを使った観光旅行を催すとか?」 青年会の一人が尋ねると、せっかくですしと言葉を付け加える。 「いえ、たしかにそれだけでも十分魅力ではあるんですが、せっかくならここで『相棒さん専用』の温泉とかどうです?」 ぽん、と青年会の誰もが手を打つ。 「そりゃあなかなか面白そうだな」 「あまり専用の風呂ってないし」 そう言われてみれば盲点だったかもしれない。青年たちは頷いた。 ● 「というわけで、千桜ちゃん。今回もよろしく頼むよ」 「相棒専用温泉……」 ぽかんとした顔の月島千桜(iz0308)。青年会が終わってから、青年会長に頼み込まれたのだ。元開拓者というだけあって、ギルドとのつなぎをつけやすいのがやはり一番彼女を頼ってしまう原因ではあるのだが。 「でもそれなら、楽しそうですね。開拓者さんはそちら専用のお風呂ですか」 「ああ、といっても今回はあくまで売りを相棒に絞りたいんだ。よろしく頼む」 「あ、ハイ……」 千桜は曖昧に頷いたのだった。 ――数日後ギルドに貼られた、一枚の広告。 『相棒さんを癒やしませんか? いつも世話になっている相棒のための温泉です! 紅葉を愛でながら、相棒さんを癒す……春夏冬の街までぜひどうぞ!』 |
■参加者一覧 / 川那辺 由愛(ia0068) / 羅喉丸(ia0347) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 野乃原・那美(ia5377) / 鈴木 透子(ia5664) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 和奏(ia8807) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / ワイズ・ナルター(ib0991) / 无(ib1198) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / シンディア・エリコット(ic1045) / 麻古(ic1339) |
■リプレイ本文 ● 冬支度の始まる時期、開拓者がまたやってくる。 春夏冬の街はそわそわしながらその支度を進め、そしていよいよその日がやってきた。 街の入口には、 『相棒温泉へようこそ』 ――そんな文字が踊っていた。 ● 「ちょうど湯治には持って来いだね」 そう言いながら、妹分の野乃原・那美(ia5377)と訪れたのは川那辺 由愛(ia0068)。先だっての任務で揃って深手を負ってしまい、この温泉の噂を聞いてやってきた、というわけだが―― 「あれ、相棒温泉って、こういうこと?」 ほんのちょっぴりその言葉に誤解をしていたようで。 この相棒温泉、『相棒と同じ温泉に』ではなく、『疲れた相棒を温泉に』という理念。つまりのところ、基本的に相棒とは別の湯を使うというわけなのである。もっとも、街側の説明不足もあったのかもしれないけれど。 まあそれならそれもということで、二人は湯帷子に袖を通し、ぷかぷかと湯に体を任せる。折角なので、提灯南瓜の茜や炎龍の遊陽と一緒に風呂に入れるよう、相棒用の温泉で。 「うー、傷がしみるっ。お酒を飲んでしっかりと消毒しないとなのだ♪ まま、由愛さんもいっぱーい♪」 そんなことを言いながら、ちびちびと酒を飲むのは那美。茜に寄りかかって、温泉と酒の効果もあるのかフワフワとした心地らしい。由愛も、同じように酒を口に運びながら、小さく頷いた。 「うん。それにしてもあたし達ときたことが、こんなにボロボロにされるなんてねぇ」 「うんうん、泰での戦では失敗だったねー♪ でもまだ戦いにケリが付いたわけでもなさそうだし、とりあえず温泉で養生なのだ♪」 姉妹のように仲の良い二人、そんなことを言いながら酒を飲み交わす姿はたしかに実の姉妹のようだ。 「温泉だし身体も傷だらけだし、豪快に飲めないのが辛いところね。ま、こういうのもたまにはいいのかしら?」 由愛が首をひねると遊陽も嬉しそうにしっぽを振った。妹分と相棒と、みんなでゆったりできるなんてそうそうない。那美も茜の南瓜頭を磨きながら、 「茜も気持ちよさそうでよかったのだ♪……温泉が気持ちいいんだよね?」 そんなことを言ってみたり。薄い湯帷子の上からもメリハリのある肢体はくっきりとわかり、茜は思わず頬(?)を染めて首を縦に振る。……まあ、そのほうが、今後のためにも良いのだろう。付き合い始めて間もない相棒の返事に、由愛も満足そうに笑った。 いっぽうこちらも連れは提灯南瓜。柚乃(ia0638)の相棒の名は『クトゥルー』という。なんだか怪しいというか危ないというか、そんなものを呼び出してしまいそうな名前だが、あだ名は可愛らしく『くぅちゃん』である。 「いえ、温泉の話をしたらついてきたいというので。まだ相棒になったばかりですし、懇親の意を込めてですね」 今回の温泉に来た理由を柚乃は嬉しそうに微笑みながら言う。手元のくぅちゃんもマントを翻しながら、その笑顔も心なしか、いつも以上にニッコリと。 とはいえよく考えてみよう。提灯南瓜の頭部はもちろん南瓜なわけで……ということはゆで南瓜になってしまうのだろうか? ――とはいえ、そこはちゃんと絆をむすんだ相棒同士。そんな事にはならず、言葉を発することは少ないけれど態度や仕草で何となくこうしたいのだと示してくる。湯船にも興味津々だが、人懐こい性格のくぅちゃんは付近をひょこひょこ動いている相棒たちにも興味津々。スキルを活用して置物の真似っ子をしてみたり、ふっと現れて脅かしてみたり。 しかしその、くぅちゃんが脅かした相手の一部が若干まずかった、といえばまずかったかもしれない。 礼野 真夢紀(ia1144)のまだ幼い猫又、小雪に対しても行ってしまったのである。かわいいと言ってもらえるのが大好きな小雪、 「おんせんおんせん〜」 と、舌っ足らずな声で楽しそうに湯船に浸かっていた目の前にくぅちゃんが現れたのだから驚くのも無理もない。思わず爪を立てそうになるが、我慢我慢。 「こゆき、すっごいびっくりしたのー」 ……と、風呂から上がった後に真夢紀に報告したのだとか。 その真夢紀はといえば、氷霊結を活用してのかき氷づくりを行ったりもしていた。彼女の家族ぐるみの付き合いである十野間 月与(ib0343)が、からくりの睡蓮とともに「おもてなし」に回ることにしていたのを手伝うことにしたのである。 月与はこの春夏冬公認の観光大使。その広報・宣伝活動の一環として、美味しいかき氷を無料で振る舞おうというわけである。 「でも折角なら、睡蓮も綺麗になりたいでしょうしね」 月与はそう微笑みながら長い髪をゆるくまとめ、水着もバッチリ着込んだ上で湯帷子をまとい、そしてともに入浴する。 温泉には美肌効果もあるらしく、ゆっくりと温まってつやつやの肌美人になったところで、足湯のように湯船に腰掛け、準備したかき氷をひとくち食べてにっこり。そのまま絵にしたいくらいだが、生憎絵師がここにはいなかった。 その後は真夢紀の作った氷でかき氷を作りつつ、小鉢に盛って相棒とともに振る舞い歩いていく姿が印象的だったという。 風呂好きな――というか、入浴が主の影響もあって習慣化している又鬼犬、桃。今日はその主・御陰 桜(ib0271)の提案でこの相棒温泉に来たのだけれど―― 「……わふ?」 どうやらどうやってかけ湯をすればいいのか、まずそこで戸惑っているらしい。その辺りは桜も気を回して優しくかけ湯してやると、桃は嬉しそうに湯船に浸かった。相棒と言っても大きさは様々。そのため湯船の深さも何種類かあるのだが、桃はちゃんと自分が伏せた状態で首が出る程度の湯に浸かり――そしてわずかにぷかっと浮いた。浮力というやつの影響なのでこれはやむを得ないのだが、それも楽しんでいる桃である。 「わふぅ〜♪」 目を細め、気持よさそうにしている桃。その横でまだ幼い忍犬の雪夜も嬉しそうにはしゃぎまわっている。 「わん、わんっ」 これだけ広い浴場に来るのもめったにないということで、余計に興奮しているのだろう。お姉さん的存在の桃がそっとたしなめたりもしていた。 そして開拓者用の温泉では、 「仲よさそうにしてる鳴き声が聞こえるわね♪ やっぱり温泉はイイわねぇ♪」 桜が楽しそうに肌を磨いていた。 ● 和奏(ia8807)の相棒、颯――と書いてたちかぜと読む――は、空龍である。普段はめったに風呂にはいるということがないのだが、今回のような機会はなかなかないですねと微笑む和奏に連れられやって来たという次第だ。 龍は爬虫類に近い、ということで熱々の湯に入るのは難しい。その辺りは心得ているようで、龍向けのぬるい風呂もきちんと用意してあった。 普段はその体格もあって和奏に手入れをしてもらうことがほとんどな颯だが、今日は彼一人。和奏は龍の目からしても世間知らずでやや過保護気味なところが多いと颯は思っているので、たまにこうやって一人……いや、一体? になるとひどく安心する。彼からすれば普段の和奏との付き合いはまるでお守りのよう。それから開放されたような、妙な安堵感。 (まったりのんびりもいいな〜) 言葉には出せぬが、そんなことをぼんやり考える空龍であった。 (そういえばここのところよく温泉に来ているような) 竜哉(ia8037)はその相棒の上級人妖・鶴祇を横目にしつつそんなことを考える。とはいえ、竜哉からしてみればたまにはその労をねぎらう意味で鶴祇を連れているわけで、鶴祇にはゆっくりと堪能してくるといいとわずかに笑顔を見せた。 「そもそも我は形こそヒトと変わらぬが、生物というにはいささか違うと思うが……まあよい」 鶴祇は苦笑しながら湯帷子をまとう。そう言うちょっとした心配りもたまには良いものであろう、と苦笑して。 「迷惑にならない程度にな」 「迷惑とは失礼じゃな、我はけしからん本の作成にも応援こそすれ迷惑をかけたつもりは……」 少しむくれ顔の鶴祇に対し、竜哉は再び苦笑を浮かべる。 「……知らぬ! 入ってくるわ!」 その苦笑にもやっとしたものを覚えながら、ヒョイッと風呂に向かうのであった。 ――とはいえ、露天の温泉に入ればその美しさに心奪われてしまう。 「さてもみごとはこの紅葉よな……散り際こそを美しくといったものであろうか」 開拓者の一部にはそういう生命の散り際を求めるものもいるのだという。そんなことを考える、いい機会でもあろう。 その一方で、温泉と聞いて主と相棒、並んで喜び勇んでやってきたのはリィムナ・ピサレット(ib5201)とそのからくり・ヴェローチェ。 「にゃ、素敵なところですにゃ!」 「うんうん、本当にきれいな眺めで、いいお湯だよねっ」 二人並んで風呂を満喫するのは、やはり楽しいらしい。 「宝珠の疲れが取れますにゃ……」 ヴェローチェは湯に浸かってうっとりとしている。 「今日はヴェローチェが主役なんだから、何かしてほしいことあったら言ってね♪」 と、リィムナが笑うと、ヴェローチェはリィムナをぎゅっと抱きしめ猫のようにその柔らかな頬を舐め始めた。 「ひゃっ! な、何……?」 リィムナが驚くと、ヴェローチェはにっこり笑顔。 「ヴェローチェはこうしてリィムにゃんとくっついていたいのですにゃ♪ 大好きですにゃ♪」 そう言われて照れくさくも笑顔を向けるリィムナ。 「うん、あたしもヴェローチェ大好きだよ♪ 今日は一緒に寝ようね♪」 小さな身体でヴェローチェに抱きつき、触れ合いを楽しむ主従であった。 ところで、風呂というものを知らない相棒もいるようで。 「わーい、お風呂お風呂ー!……ところでお風呂って何?」 そう首を傾げているのはシンディア・エリコット(ic1045)の人妖、アンプルナである。シンディアもアンプルナもいかにもアル=カマル出身という感じの褐色の肌をしているが、アンプルナは今まで風呂にはいるという経験がなかったらしい。とりあえずはシンディアに抱っこしてもらって相棒用の温泉へ。 「今回はよろしくお願いします」 笑顔で迎えてくれた月島千桜(iz0308)にも挨拶をして、脱衣所(もちろん女湯である)で服を脱いでから、髪や体を石鹸で綺麗に洗い、アンプルナとしては初めての大きな水たまり――風呂にはいる。 「おー、あたたかいお水だ! なんだ、これ? アル=カマルにはなかった!」 なかなかにカルチャーショックの様子。 折角なのでシンディアと一緒に入ることにしたのだが(というのも一人では溺れかねなかったからだが)、抱えられてぬくぬくとあたたまるのは、やはり気持ちがいいらしい。 「これ気持ちいいなあ〜。うんうん、アル=カマルにもあるのか、知らなかったなー」 「とはいえ、人間用ですけどね」 そうシンディアに指摘されて、アンプルナは少しがっかりした様子。でも人の少ない時などを狙えば、浴場にもよるだろうが、人妖ならそう問題はないかもしれない――そう周囲の開拓者に言われて、また笑顔になるアンプルナであった。 ――はしゃぐなよ。 主の无(ib1198)にきっちりと釘を差され、空龍の風天は入浴前はほんのりとしょげていた。主の方は開拓者用に設置された風呂でのんびりと過ごすことに決めているらしいので、下手な騒ぎを起こして面倒なことが起きるのも厄介だということらしい。 相棒仲間である宝狐禅のナイにその辺りをしっかり説き伏せて、无はさっさと浴場に向かってしまった。 風天はといえば――浅瀬とはいえ水が張ってあることに、何故かウズウズとしている。 (……泳ぐ練習ができるかも) 大浴場というほどではないが、数体の龍がジャブジャブと遊んでも問題のない大きさの浴槽もある。まるで幼い子どものような発想だが、それでもやってみたいと思うらしい。 そう、たとえ以前沈んだことがあったとしても。 とはいえ、そのあたりはしっかりナイが注意をはらい、ダメであることをきっちりと言い聞かせる。しょんぼりはしたものの、決まり事には従う風天はのんびりと湯につかって……その中でうとうとと夢心地になるのは主に似たせいかもしれない。 「プファイル、たまにはのんびりと疲れを癒やしましょう」 そう言って甲龍に小さく微笑みかけるのは、ワイズ・ナルター(ib0991)。甲龍のプファイルの方はといえば、疲れているのだろうか、かなりぐったりとしている様子。まあ、それもやむをえまい。いつも相棒という存在は主の影に日向になり、それを支えるものなのだから。……そういうふうに言うとまるで男女の関係のようにも聞こえるが、じっさいそれに近いともいえよう。 温泉ではナルターが湯帷子をまとい、 「さあ、たまの機会です。わたくしが身体を洗って差し上げましょう」 そう微笑む。おっちょこちょいな部分もあるナルターだが、そうやって相棒に心を砕いてくれるのはプファイルにとって何よりも嬉しいらしい。ゴシゴシと洗えば、それまでの疲れも流れていくかのようだった。 ひと通り洗い終えると、それじゃあまた後でね、とナルターは人間用の風呂へ。残されたプファイルも、相棒温泉にとぷりと入る。他の開拓者たちの相棒たちも楽しそうに話をしたりもしているが、それに立ち入るような無粋な真似はしない。聞き耳は思わずたててしまうのだけれど、その話題もいかにものんびりとしていて気持ちがよさそうだ。 (あとでナルターは「元気になった」と言ってくれるだろうか) そんなことをぼんやり考えながら、思わず尻尾をパシャリと揺らすプファイルであった。 ● ――たまには温泉にでも入ってゆっくりしておいで。 主たる露草(ia1350)にそう言われ、管狐のチシャはずいぶんと楽しそうに相棒温泉にやってきた。 「おーっほっほっほ! 温泉でこの美貌……と言うか毛皮、磨きますわっ!」 チシャもはじめは練力の消費を気にしてもったいぶっていたのだが、気にせずにと言われて思う存分羽根を伸ばす心づもりらしい。 小動物系の相棒が使うための温泉に、ゆっくり浸かる。今日のためにとわざわざ香りの良い石鹸も用意してきたのだ。 (とびっきりの日のために使うものなのですから、今使わなくていつ使うのです!) 風呂あがり、迎えに来てくれた露草が喜んでくれることを想像して、思わずふんわり笑顔。そしてたっぷりふわふわの泡でもこもこになった姿は、一瞬管狐とは思えぬほどであり、他の管狐や猫又たちも一瞬目を丸くしているのは明らかだった。 「……でも……ちょっと寂しいですわ……」 泡を流して再び風呂に浸かったチシャはぽつりと言う。 「一緒に入りたかったから、そうですわね……後で露草も風呂に誘ってしまいましょうか」 隣にはちゃんと開拓者向けの温泉もあるし、決まりを守っていれば相棒用の温泉で一緒に戯れている開拓者もいるのを横目にしながら、そう笑う。 今頃チシャを現出させるために、露草は延々と瘴気を回収しているのだ。その労をねぎらいたい、チシャはそう思いながら紅葉をぼんやりと見つめていた。 それにしても、管狐や猫又、その上位種などは風呂が好きなのだろうか。 瀬崎 静乃(ia4468)の宝狐禅、白房も嬉しそうに静乃に言う。 「いやー、嬉しいねぃ。姐さんがあっしを湯屋に招待してくださるとは♪」 今まで一緒に過ごした依頼での苦労を労ってくれるということらしいので、白房もいつもより上機嫌。 「月島の御嬢さん、静乃の姐さん共々今日はよろしくお願いしやすよ」 「はい、こちらこそ」 千桜もそんな白房の様子に笑顔を見せる。 「ところで湯屋にはあっしもご一緒で構わねぇんで?」 白房は念の為に尋ねると、 「今回は相棒さんを労いつつ開拓者さんとのふれあいも大事にしたいので、大丈夫ですよ」 千桜が微笑んで頷いた。それを聞いて安心したのだろう、白房もいつも以上に静乃にまとわりついてじゃれる。とは言え男性性の強い白房、すぐに照れくさくなってやめてしまうのだけれど。まあ、そんな性別の壁なんてあってなきようなものが相棒というものなのかもしれないが。 静乃は洗い場で、石鹸をよく泡立て、丁寧に白房を洗ってやる。 (なんだか恐縮でさ) 静乃は白房をただの相棒としてというより、ちゃんと人間に対してのように扱ってくれる。そう言うところが、白房は好きなのだ。 (一生ついていきやすよ、あっしは) 感謝の言葉を口にだすのはどことなく恥ずかしく。それならせめて態度でと、白房は声を出す。 「あっしばかり洗ってもらっちゃあ不公平ってもんだ。姐さん、御背中洗いやすぜ?」 そんな茶目っ気のある白房の言葉に、普段のそっけなさから一転、少し笑顔をこぼす静乃だった。 鈴木 透子(ia5664)の空龍・蝉丸はどこかずるくて怠け者。そのせいか、温泉好きなのである。透子自身も温泉が好きだが、別に似たわけではないと、透子はそう信じている。 その根拠は、風呂での過ごし方だ。 蝉丸は何のためだかわからないが、自分がかっこいいと思うポーズの練習を繰り返しているのである。まったく誰に見せているのだか。 と言っても、そこは龍。 蝉丸自身は裸が扇情的であるとか、そう言う羞恥の概念が人間たちとはまるで違う。と言うか、普段から裸に近い姿でいるほうが普通なので、人のほうがそういうことを気にするほうが……まあ、それはそれで悪いわけではないのだけど。 羞恥心とかそういうものは備えていても問題のないものだからだ。 とはいえ、人間には理解の出来ない羞恥というのはあるらしい。 つまり、身体を磨いている時に鱗が禿げたりすることだ。 そんなことを水鏡にうつる決めポーズをうっとり眺めながら、彼は彼なりに考えているらしい。 しかしそうやって長い時間風呂で考え事をしていれば文字通り煮詰まってしまうわけで。 「ねえねえ、あんたの龍、大丈夫かい?」 一足先にあがっていた麻古(ic1339)とその相棒の甲龍が、そういえば先に入っていた先輩開拓者を見かけないなと様子を見に伺ってみると、どうやら揃って湯あたりしていたものだから大変である。 結果、透子も蝉丸も、周りに肩を借りながらほうほうのていで風呂を上がることになるのだった。 嬉し恥ずかし新婚生活を送っている奈々月纏(ia0456)、今日の連れは伴侶ではなく人妖の道明である。 まだ出逢って言うほど間もない相棒との交流をするために、纏が気を利かせてくれたのだ。 「むはは! 良い湯だと聞いたぞ、今日はよろしく頼む」 道明はちょっぴり自慢気に千桜に挨拶をすると、 「ええ、どうぞ楽しんでくださいな」 千桜の方もわずかに肩を震わせつつ、それでも笑顔を崩さず迎え入れた。 「それにしてもさっきの月島とやら、挨拶した時にびくっとしおってたな。我輩の何がいけなかったのだろう?」 ……それもそのはずで、道明は座敷童子を思わせる風体の割に、鋭い目とつり上がった真っ赤な唇が特徴的なのである。そして声も、どすの利いた地の底から響くような声で、ある意味期待を裏切らないといえるだろう。 ただ、礼儀正しいし、中身はとてもいい子なのだ。……顔が若干台無しにしているだけで。 「……ところで、性別不詳の我輩なのだが、湯船は纏と一緒でも構わないのか?」 尋ねてみると、人妖サイズの湯帷子もちゃっかり用意してあるということでそれに袖を通し、そして二人して湯船に向かった。 もちろん湯に浸かる前にちゃんと身体を洗う。礼儀は心得ている二人である。 「むふぅ、言うだけあって良い湯だな。我輩は気に入ったぞ」 満足そうに口角を釣り上げる道明。しかしそれは結構怖い絵面、なのかもしれない。 「そういえば道明。結局性別はどうなんです?」 世間話をする中で、纏の柔らかい大阪弁で尋ねられて、道明は一瞬目を大きく見開いた。 「わ、我輩の性別、だと……!?」 実は道明自身もわかっていないというのだから仕方ない。 「ま、まあ……自由だな! むはは!」 適当に笑いでごまかす道明であった。 羅喉丸(ia0347)が上級人妖の蓮華と共に訪れたのは、少し遅くなってからだった。 といっても茜色の空の下、入浴するというのも乙なものである。 「羅喉丸もなかなかに良いところがあるわい」 ギルドで見かけたという温泉旅行の話を聞いてから、その実ずっと浮かれ調子なのだ。 (何やら泰の方では大変なことがあったらしいし、温泉旅行の話を持ってくるなんて殊勝なこともあるもんだのう) 蓮華としては、こちらが羅喉丸を労うくらいの心づもりだ。まあ、どちらも疲れているのはあながち間違っていないので、結局はふたりとも骨休めに持って来いだったというわけだけれど。 「アレは借景というやつじゃろうか……紅葉の風景と、適度な周囲の岩の配置などが綺麗じゃのう。極楽というのはこういうのを言うのじゃろうなあ」 岩に茜色の光が照り返し、なんともいえぬ美しさ。 「あ奴も風流というものがわかってきたのかのう……いいことじゃ」 そんなことをくすくす笑いながらつぶやく。羅喉丸は風呂で思わずくしゃみをしたが、それが蓮華の言葉のせいとは思っていないようだ。 ● そうした後の風呂あがりの休憩所は、賑やかだった。 「風呂あがりにかき氷はいかがですか」 真夢紀と月与が用意していたかき氷は、予想以上の人気だった。 もちろん温泉まんじゅうとフルーツ牛乳も好評なのだが、やはり火照った身体に冷たいものという組み合わせはなんともいえずいいものである。 よく冷えたフルーツ牛乳を飲んでプハッと笑っているのは蓮華。 「風呂あがりにはこれじゃのう。ああ、あとかき氷も後でもらうのじゃ」 一方の真夢紀の相棒である小雪はビミョーな顔。 「こゆきはかきこおりよりおさかながいいな〜」 この辺りはやはり子猫又というべきだろうか。 「とは言ってもお刺身は茹だってしまうから……酒蒸しは小雪にはまだ早いけど、大人の猫又さんは喜ぶかな?」 近くには生憎猫又連れはいないが、管狐たちや提灯南瓜などにも意見を聞くと面白いかもしれない、真夢紀はそう思いながら懐から矢立と雑記帳を取り出して調べてみることにした。 「チシャ〜、大丈夫〜?」 疲れている様子なのは瘴気回収に行っていた露草。 「露草は少し休憩するといいですわ! 人の入れる温泉もあるようですし!」 チシャはなんだかんだで二度湯を楽しむのもありかしらね、とほくそ笑みながら露草を脱衣所へ連れて行く。 「あ……それにしても蝉丸のお馬鹿」 いえあたしもですけどね、そう言いながら透子はフルーツ牛乳をしっかり確保。体格のいい蝉丸のぶんは二人分だ。 湯あたりした身体には、そののどごしがちょうどいいらしい。 「食べ過ぎ飲み過ぎは注意だぞ」 无にしっかり注意されてはいるものの、珍しいフルーツ牛乳や温泉まんじゅうにしっかり目移りしている風天。もちろんもぐもぐ食べてごくごく飲んで。 注意しても聞かないので、宝狐禅のナイが目を光らせる。さすがにそれは効果があったようだ。 そして、 「そろそろ帰ろうか、プファイル」 ナルターは微笑む。そして耳元で、 「元気になったね」 そうささやいて、頭をワシワシと撫でてくれるから、プファイルも嬉しそうに身体をすり寄せた。 ● 人間も相棒も、なんだかんだ言って変わらない。 風呂が好きだったり、食い意地がはっていたり。 なんだかそんな人間臭い面を見て、開拓者と言っても普通の人間なんだなあとしみじみ感じた晩秋の春夏冬であった。 |