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■オープニング本文 ● 朱藩国、安州。 毎年この時期に行われるは、『海産祭』。 海産祭という名前で、海産物の多い祭りではあるが、その趣旨は五穀やその他の実り、そんなものに感謝を捧げそして祝う収穫祭である。 ● 「え、海産祭に?」 月島千桜(iz0308)は、わずかに目を丸くする。 ここは安州から馬で数日ほどの場所にある春夏冬の街。 名前に秋はないけれど、季節の移り変わりはきちんと平等に訪れ、この街でもうまいものが溢れかえる季節になっていた。 そんななか、千桜は街の商人とともに安州へ行ってくれないか――そう頼まれたのである。 「構いませんけれど、どうして」 「いや、やっぱり海産祭は朱藩で一番の収穫祭だ。どういう風にやれば人が集まるかとかも調べられるかもしれないし、それに何よりこの時期の安州には山のように商品が出まわる」 そう、それを商人として見過ごせるわけもない。 この祭りの時に各地のうまいものを集めたりして、春夏冬で売ることも考えているのだ。場合によっては、春夏冬と各地の産地とで何らかの契約を結ぶきっかけを作るのも面白いかもしれない。 「で、千桜ちゃんは安州にそこそこ詳しいだろう? 折角だしさ、買い出しを頼みたいんだ。買うものは千桜ちゃんに全面的に任せるからさ」 ……ふむ。 そういうことならたしかに千桜も役立てるだろう。 「でもあたし一人で全部選んでしまうのもあれですよね? それなら、目の肥えた開拓者の力も借りましょうよ。そのほうが、きっと面白いと思うんです」 「なるほどな。元開拓者としてもその方がいいって思うわけか」 千桜はもともと開拓者。事情があって商いの街にある愛犬茶房なる店の女給頭をしているが、そこで終わらせてしまうのももったいない。 千桜も、その意見に頷く。 「それに、開拓者はお祭り好きですからね。きっと掘り出し物、見つけてきますよ」 「ふむ……分かった。その辺りは千桜ちゃんに任せちまっていいかい? ギルドを通すのは千桜ちゃんが適任だ」 「わかりましたよー」 千桜も笑って頷いた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
蛍火 仄(ic0601)
20歳・女・弓
コリナ(ic1272)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 朱藩国首都、安州――。 この時期の安州は、ひときわ賑やかになる。 この街でとりおこなわれる『海産祭』といえば、朱藩でも一番の収穫祭。さまざまな出店を出すための商人、あるいは買い付けに来る商人たちでごった返す。もちろん商人たちのみならず、野次馬たちも興味深げにやってくるものだから、安州の街は大忙しだ。 そんなさなかに、春夏冬の街から月島千桜(iz0308)も訪れていた。彼女は根っからの商人というわけではない。もとは開拓者で、今は春夏冬の街の店で女給として働く傍ら、街の商人たちと開拓者をつなぐパイプ役としても活動している。 これはやはり開拓者であったという経歴が一因にあるが、なんだかんだで千桜自身結構乗り気なのである。 そんなわけで。 今回もギルドに頼んで、一人では難しいと思われる買い出しの手伝いをしてくれる開拓者の募集をかけたところ――それなりの人数が集まった。過去に千桜の手伝いなどをしてくれたり、春夏冬を訪れてくれたことのある開拓者も、いくらか混じっている。 「『海産祭』か。面白そうだな」 そう言ってにまりと笑うのは、羅喉丸(ia0347)。開拓者としての生活も長いこともあってか、なかなか細かいところに気の利く好漢である。 「うんうん、面白そうな店や美味しそうな屋台もあちこちにあるし!」 羽喰 琥珀(ib3263)は、既に口に焼きイカを含みながらそう言った。集合する前に軽く祭りの様子を見てきたらしい。 「やっぱり噂通り旅泰も多いなー。一国の首都っていうのも大きいんだろうけど」 「そうね、春夏冬の街にはまだここまでの活気はないから……」 千桜がちょっと苦笑すると、 「大丈夫だって、もともと商人の多い街なんだろ? そういうところは発展すると思うぜ」 琥珀が千桜にも巻き貝の串焼きを渡しながら、こっくり頷いた。 「私は飾り物などを見てみようかと思います」 杉野 九寿重(ib3226)が微笑む。約束の時間を決めて、しばらく自由行動などにするほうがあるいはいいかもしれない。 「うん、じゃあ、よろしく頼みます。あたしも、ちょこちょこ観察したいお店もあるし、久しぶりに本店にも顔を出したいし」 本店というのは『愛犬茶房』のことだろう。千桜は無邪気に笑った。 ● 「それにしても、せっかく新鮮な海の幸が評判という『海鮮祭』なのに、輸送するのに時間が掛かるとなると……鮮魚のたぐいは少し厳しそうですね」 おっとりした雰囲気の神威人、蛍火 仄(ic0601)がちいさくつぶやく。とはいえこの『海鮮祭』、目玉になっているのは当然ながら鮮魚ばかりではない。朱藩各地、あるいは他国、さらには天儀の外から取り寄せられた多くの食材や加工品などが軒を連ねているのだ。問屋だけではなく、出店の方にも掘り出し物はたくさんある。 (日持ちがするというなら乾物や塩漬け、酢漬けなどが普通ですけど……燻製とかの珍しい品もあればいいけれど) そんなことを思いながら出店を見て回る彼女の目についたのは、鰹節や煮干し、昆布などといった、日常でだしを取るのによく使われる乾物の類。これらなら問題なく持ち運びも可能だし、大量に仕入れることもそう難しくないだろう。 「あの、すみません」 鰹節を扱っていた出店に、そっと声をかける。 「はいいらっしゃい。いいのを揃えてるよ」 いかにも行動的な青年が、笑って仄を迎えると、鰹節をひとつ、軽く鉋で削ってそれを仄に渡す。言われるままにそれを口に含むと、濃厚な風味が広がった。 「これはいい品ですね。わたくしは乾物についてはそれほど詳しいわけでありませんが、正直、こんなに美味しい鰹節ははじめてです」 仄は嬉しそうに微笑む。 「おおそうか! そいつは嬉しいねえ」 よく日焼けした、褐色の肌と赤茶けた髪の若い男はおそらく生産者なのだろう。こちらも白い歯を見せて笑った。 「実は私、春夏冬という街から仕入れを頼まれた開拓者でして」 「ふむ? 聞かない名前の街だが」 知らぬ名前の街からの仕入れとなれば、しぜんと興味が湧くのが商人というものなのだろう。青年は仄の話をふむふむと聞いていく。 「なるほどねえ。新規開拓なら、うちも一口のせてもらいたいな。値段はこのくらいかねえ」 ぱちぱちと弾く算盤。はじき出された価格は決して安いものではなかったが、それなら少しおまけを付けてもらうということで交渉成立したのだった。 多くの出店の中でも特に目を引くのは、千代ヶ原諸島で作られたという塩。真っ白なそれらは、いわゆる塩田から作られた一級品で、最上級品は各国の王たちが食卓で使うのだとも言われている。これに目をつけたのはミノル・ユスティース(ib0354)だ。味見をさせてもらえば、口の中で海の香が広がった。 「どうだい、こいつはなかなかだろう?」 店の女主人だろう、ふくよかな中年女性が笑ってみせた。たしかに、なかなかの美味だ。ミノルも顔を綻ばせる。 予め会場の配置や店舗の出店状況などを調べていたミノルは、今回の『海産祭』で得られるものが単なる物質的なものだけでなく、海産祭の成功する秘訣のようなものを知ることにもあると感じていた。だから、今も手帳に細かくその様子を書き留めている。こういった知恵や知識はもちろん依頼のためにもなるが、自分のためにもなるだろう。 「そういえばこの塩を使った保存食とかってありますか?」 ミノルが尋ねる。こちらも日持ちのする商品をということで、買い付ける商品に塩漬けなどを想定しているのだ。 「ああ、安州から離れた場所で商いをする人たちのために、保存食もいろいろ用意しているよ。この辺りの人じゃないのかい?」 女主人に尋ねられて、ミノルは自分が開拓者であること、買い付けを頼まれていること、輸送先は荷馬車で数日かかる距離であること等をてきぱきと説明する。その辺りは抜け目がないとでも言えばいいのだろうか。 それに対して女主人の答えも明快だった。あらかじめ用意していた会場の地図や調査した店舗の品揃えなどからおおよその検討はつくけれど、どういう関係性を持つのかを確認するのも大事なことである。 「この塩は興志王もお好みでねぇ、王様はうちの店だけじゃなくさまざまな千代ヶ原産の塩を仕入れていらっしゃるらしいよ。おいしいものを研究したりするのも面白いからね」 なるほど、質もよく興志王のお墨付きとなればそれだけで買いに来るものは少なく無いだろう。 「ちなみにおすすめはなんでしょう?」 ミノルが尋ねれば、女主人は笑う。 「そりゃあ、とれたての魚にたっぷりまぶして塩焼きにするのが一番さ。……けど、あんたの持っていくようなところなら、塩漬けの魚が好まれるかもね」 女主人は丁寧に説明をしてくれる。それを扱っている店も。ミノルは礼を言って、そちらへ向かう。また検証すべきことが増えたことを喜びながら。 ● いっぽう、工芸品や装飾品などに目をつけたのは琥珀や九寿重だけではない。コリナ(ic1272)もである。 「千桜さん、こういうのはどのくらい仕入れたらいいですか?」 あらかじめその量を確認してから、交渉に移る。可愛らしいそれらは貝殻などを加工して作ったものだ。根付や帯留め、また簪などとして活用できる。 「すごい人ですねえ、おじさん。売れています?」 コリナが尋ねると、店の主らしき中年男性は笑った。 「まあねえ。何しろ年に一度の祭だからな」 「ふむふむ。実は私、開拓者ギルドの依頼を受けていまして」 ざっくりと事情を説明すると、店主は笑う。 「へえ! なかなかに抜け目の無い街だな、そりゃ。それにしてもそういう街でなら、貝の装飾品は人気が出るだろう。内陸じゃあ、貝はなかなか手に入らないからな」 「ええ。それに、そういう街で扱いがあれば、街の商人とつながりを持って仕事の幅を広げることもできるはずです」 反応が良いと思ったのだろう、コリナはそんなことを言ってみる。 「ふむ……なんだか面白そうだな、その話。詳しく聞かせてくれないか」 「私は開拓者で、商いに関しては素人です。でもだからこそ、今回は失敗したくないと思っていますけど」 近くにいた千桜にも手伝ってもらいながら、ゆっくり交渉を進めていく。……反応は、悪くないようだ。 「ふむふむ……あ、あの店いいな」 こちらは琥珀。食べ歩きをしながら店舗を細かく確認し、この祭にこれだけの人が集まるようにした工夫などを調べていく。 春夏冬の街になくて、安州にあるもの。それが今、切実に必要な情報だと認識しているのだ。ゆえに、細かく書き取っている。 その中で目を引いたのが、形が不揃いなためにいくらか安くなっている真珠だった。本来真珠の飾りともなれば、きちんとしたものなら千文はくだらないが、形の整っていないものならそれよりもいくらか安く手に入る。 琥珀が目をつけたのはその中でも産地から直接来た露店の一つだ。 「すげー人だな、おっさん。なかなか人が多くて迷いそうだもん」 とはいえ、ミノルから預かった地図のために迷うことはないのだけれど。 「ああ、慣れていないと大変だよねえ」 人の良さそうな笑顔を浮かべたひげの中年がこの露店の主だ。よく日に焼けた褐色の肌は、いかにも海の男という感じである。 「綺麗なもんだろ。昔はこんな形の歪んだ真珠も珍重されてたんだぞ」 確かに真珠は自然の生み出した奇跡ともいえる品で、同じものは二つとない。特に形が不揃いであるならば尚更だ。 「へー、こういうのいいなあ。いや実はさ、とある街の商人たちにギルド経由で頼まれたんだけど……」 そう言って、琥珀は春夏冬の街についてかいつまんで説明する。 「面白い街だな。そういうところはそのうち化けるんじゃないかと思うね。楽しみだな」 「そうなんだよな。それでさ、こいつをと思ってるんだけど」 「ふむ……その点についてはやぶさかではないな。新規開拓は、こちらも望むところだし」 琥珀の言葉に、店主も笑う。そこへ畳み掛けるように、琥珀は持ちかけた。 「でー、こちらの手持ちとかを考えると、もーちょいまけてくれりゃ嬉しーんだけどさ。せっかくの祭に免じてさっ」 店主は一瞬悩んだが、琥珀の提示した条件は決して悪いものではない。むしろ新しい販路開拓という意味では、飛びつきたくなるものだった。 「わかった。悪いようにしないでくれよ? 真珠は繊細だからな」 「ん。でもさ、もう一声あると嬉しいかな」 悪びれない顔で琥珀が言うと店主は一瞬目を丸くしたが、大きな声で笑った。 「度胸があるな坊主。――気に入った!」 琥珀はその次に、装飾品をその場で作れる露店を訪れていた。あらかじめ目をつけていた、細工物の店に声をかけてみる。 「なあなあ兄さん。この形を活かせる装飾品って作れねーか?」 見せたのは、先ほど手に入れたばかりの真珠。その中でもあえていびつなものを選んでいる。ひょろりとした職人らしき青年は、それを受け取るとしげしげと見つめた。 「真珠か。悪くない品だな、形以外は」 「そーなんだよ。で、それなら形を活かしたものをって思ってさ。手のこんでる必要はねーけど、意匠とかは任せるからさ」 琥珀はうまい具合に交渉を進めていく。 「うーん、これならブローチや帯留めかな。大して時間はかからないからちょっとまってて」 青年はそう言って、早速試作品作りにとりかかる。ややあって完成したものを見ると、そこには虹色の輝きを帯びた可愛らしいブローチがあった。アクセントにちょっとした銀細工が施されており、それが上品さを出している。 「おお、すげえ。実はさ、こういうちょっといびつな真珠とかを結構な量仕入れてるんだ。こういうのなら、『一点モノ』を売りに出来るだろ? ギルドからの依頼だしさー、これを見本ってことにしていい?」 職人肌の青年は「ふむ」といった。 「面白そうだな。今回は時間もなさそうだし、これで交渉成立だけど、そのうちその街にも行ってみたいね」 「おー、きっと喜んでくれると思うぜ」 琥珀は満面の笑みを浮かべて、頷いた。 ● 羅喉丸が考えていたのは安州という街の一側面、鍛冶街。 何でもかんでも強化してくれる脅威の加工技術を思えば、鍛冶職人の腕前もかなりのものだろう。興志王の派手好みも、それに拍車をかける部分もあるし、面白そうなものがありそうだと考えたのだ。 狙いは、他儀の技術を加工・応用して作られたような日用品。ミノルから渡された地図を参考にしていくつか見ていくが、その中の一つである懐中時計を扱う露店に羅喉丸の目が止まった。 「へえ、こいつは良く出来てるな」 懐中時計は蓋付きで、その蓋やあるいは竜頭に細かい細工も施されていた。日常的に使うにも、十分すぎる機能を備えている。 「兄さん、こいつは値打ちものだよ。なかなかだろう」 眺めている羅喉丸に気づいた若い商人が声をかけてきた。 「ああ、いい品だな。と言っても今回は俺の買い物ではなくて、ギルドからの依頼なんだが」 今回の千桜の話を説明する。そして、 「そんなわけでいくらかまとめ買いをするぶん、少し勉強してくれないか? あるいは、何かもう少し変わった品とか」 そう尋ねると、商人はニヤリと笑う。 「そういう客は時々いるんだが、兄さん運がいいねえ。ちょうど面白いものを入荷したところでね、よかったら見ていくかい?」 羅喉丸も思わず手を握りこぶしにした。これはいい買い物が出来そうだ。 ● そんなこんなで戻ってきた一行。 羅喉丸は懐中時計や、他儀風の文房具など、ちょっと手の込んだ日用品などを抱え。 ミノルは俵に入った塩と、塩漬けの魚などを笑いながら見せる。 九寿重は可愛らしい飾りのついた根付を仕入れていたし、琥珀も真珠細工の見本を嬉しそうに見せびらかす。 仄はだしを取るのに使いやすい乾物を多く選んでいた。 そしてコリナも、経験が浅いながらもしっかりとした目利きで貝細工を手に入れていた。 「皆さんお疲れ様です! 買い物上手ですよねえ……こちらも、あらかた用事は終わりました」 基本的に海鮮祭での販路開拓は誰もが願ったり。ゆえに、よほど無茶な要求でなければ買い付けには成功すると思っていたが、皆が手に入れてきたものは千桜の想像を上回っていたようだ。 「よし! じゃあ折角だし、今度は皆で自分たちの買い物に行こーぜ! 仕事とは別腹ってやつだ、な?」 琥珀がそういうと、他のみんなもおお、と頷く。自分たちだって、やっぱり何かしら買いたいのだ。 「じゃあ、行きましょうか。月島さんもご一緒に」 仄がそっと微笑んで千桜の手を取る。千桜は一瞬驚いたが――すぐに頷いた。 祭は楽しむためにあるもの。 そんな言葉を思い出しながら、開拓者たちは千桜のおごりという焼き魚にかぶりついたのだった。 |