|
■オープニング本文 ● 以前、本で読んだことがある。 「月が綺麗ですね」 そんな言葉があるらしい。 愛の告白のための台詞なのだ、という。 その遠回しで控えめな表現が、すごく、すごく洒落た言葉だと、月島千桜(iz0308)は思う。 月が綺麗―― それは、きっとこんな季節のためにあるのだろう。 初秋――九月の空に浮かぶ望月は別名を中秋の名月という。 それを、この春夏冬の街近くにある高台で、みんなで見たいなあ……そんなことを彼女が夢想するのも、無理は無い。 周囲はまだ開発の途中、他に遮るものもない。無駄に明るい光もない。普段の月ですら、神楽の都で見るそれに比べて倍以上の輝きを持っているように感じられる。 そう、だからきっとそれは特等席になるに違いなくて。 でもそれは、一人ではきっと寂しいから。 月のきれいな場所で、みんなで一杯飲みながら――未成年には甘酒で――団子を供え、のんびりするのもいいかもしれない。或いは一人静かに、酒をちびりちびりと飲むのも一興だろう。 思い立ったが吉日。 千桜はカリカリと、依頼用の申文を書き始めた。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / ネロ(ib9957) / ルース・エリコット(ic0005) / ジャミール・ライル(ic0451) / 庵治 秀影(ic0738) / シンディア・エリコット(ic1045) / 百尋(ic1207) / 蔓花 睡(ic1254) |
■リプレイ本文 ● 紺色の、帳の降りた秋の夜。 朱藩国、春夏冬の街。 小さな秋の虫の鳴き声に耳を傾けながら、開拓者たちは街の近くにある高台を目指していた。 高台、といっても人工的なものではなく。 頂上の開けた丘である。 「あ、皆さん来てくださったんですね! ええと、お帰りなさいませ!」 何やら準備をしていた月島千桜(iz0308)が、ぱっと顔をあげて、そう出迎える。……若いながら愛犬茶房春夏冬店の女給頭でもある彼女は、開拓者時代に見聞きしたという女給喫茶の真似をして、なぜか店に客が来ると『おかえりなさいませ』と出迎えるのだ。普通なら『いらっしゃいませ』であるところだが、可愛らしい犬と戯れる憩いの場という目的で作られた愛犬茶房でのその挨拶――『おかえりなさいませ』は存外似合っていて、結局それは街でも寛容に受け入れられていた。 彼女が手にしていたのは竹の節を使って作った小さな容器。硝子のコップというものではさすがに破損の可能性があるため、そんな使い回しのきく器を用意していたのだ。 そしてそのそばでは、鍋に入った甘酒がふんわりといい香りを漂わせている。徳利に入った酒も用意してあって、準備は万端という感じだ。 「せっかくの月見ですからね、皆さんに気分よく楽しんでもらおうと思いまして。お酒とお団子はこちらで準備してありますよ……お酒が苦手な方は甘酒もありますので、おっしゃってくださいね」 くったくのない笑顔。ペコリと挨拶をすれば、愛犬茶房の象徴でもある犬耳の飾りがぴょんと揺れた。 ああ、それにしても。 月の光があまりにやさしくて、訪れた開拓者たちはつい微笑みを浮かべた。 そう、どこか幻想的にも見えるこの光景が、どうにも愛おしくて。 どこか、懐かしい場所に還ってきたような――そんな気分にすら、なってしまうのだ。 ● 「今日のために、いろいろと用意してきたんです」 そう言って微笑むのは礼野 真夢紀(ia1144)。からくりのしらさぎ、そして猫又としてはまだまだ子どもの小雪を連れて、優しく千桜に挨拶する。 「わあ、これは準備万端ですね……!」 楽しそうに準備をする真夢紀の荷物から飛び出してきたのはさまざまな調理道具や、うさぎの形をした可愛らしい団子。小雪のための秋刀魚や、大根などもあった。 「お団子の中には栗餡と芋餡が入っているんです。せっかくの月見だし、甘いもの中心ですけどね」 しかし、それらは他の開拓者たちにも魅力的にうつったらしい。駆け出し開拓者の蔓花 睡(ic1254)は、団子の存在に目をきらきらと輝かせている。その横で同行者のからくり開拓者である百尋(ic1207)は、今までほとんど経験のなかった飲食という行為そのものに興味津々らしく、千桜から手渡された甘酒をひとくち飲んではふわりと微笑んで頷いた。 「甘酒って、不思議な味がしますね。なるほど……食べたり飲んだりってこういう感じなんですね」 特別な行事のたびに作られ、食べられる、季節の甘味や料理の数々。飲食という習慣のないからくりには特に新鮮に見えるのかもしれない。 「お月見ってどんなのかなって思ってたけど、お月様も美味しそう……」 睡などは更に花より団子だ。本人の見た目はあくまで二十歳前なのだが、曖昧な記憶などのせいかその心は見た目よりも更に幼い。好きな事はひなたぼっこをしながら眠ることという、典型的なお子様気質だ。 「百尋ちゃん、甘酒っておいしい?」 千桜や真夢紀の持ってきた団子もいただきつつ、甘酒を飲んでいた百尋に興味深げにその味の程を聞く。好奇心旺盛なのだろう、舐めるようにしてちびりと甘酒を口にすると、こちらもぽわっと笑顔を浮かべて美味しいとつぶやいた。慣れないものを口にしたこともあってか、酒精を含まないはずの甘酒でふたりとも既にほろ酔い気分。 「クレープも準備しますね」 そのための材料を持ってきたのだと、真夢紀はにっこり。しらさぎに手伝ってもらいながら、手際よく作っていく。その横で子猫が興味深そうに見ているが、しつけが良いからだろう、悪戯をすることはない。 その間、ふわふわした気分の睡は、空をみあげてポツリと呟いた。 「お月様って……ずっとあそこで、寂しくないのかなあ……」 月には友達と呼べる存在があるのだろうか。 月を綺麗と言い、それが愛の告白だったという古い物語。 けれど、その告白は月に対してのものではなくて―― それでも、と百尋は優しく言葉を紡ぐ。 「お月様は……遠いところにいますけれど、その分沢山の人と見つめ合えるんじゃないでしょうか……?」 その言葉に一つ息をつくと、睡は頷いた。 「ねえ百尋ちゃん……歌ってくれないかな」 百尋はかつて働いていた、古物屋の店主にずっと歌や楽器を教わっていた。志体持ちとして、開拓者として旅立つときも、それを活かせる吟遊詩人として歩むことに決めていた。 主を持たないからくりの少女と、記憶を持たない獣人の少女。 百尋は睡の要望に応え、伸びやかな高音で歌を紡ぐ。それに合わせ、とんととんと軽やかなステップを踏む睡はジプシーだ。踊りは得手としている。 ――静寂に広がる、柔らかな歌声。 それはきっと、月も喜んで見ているのだろう。 ● 「綺麗な満月を見ると、故郷を思い出すわね……」 月の美しさにうっとりとしながら、シンディア・エリコット(ic1045)は懐かしそうに目を細める。アル=カマルは空気が乾いているからか、あるいは砂が程よく月光を照り返すからか、月が綺麗に見えることが多いという。そんな月を知っているけれど、この高台から望む月はまた別の良さがあって。来る途中で同じように月を眺める実妹――ルース・エリコット(ic0005)の姿もちらりと見かけたけれど、彼女は彼女で友達と一緒にいくつもりらしいのがわかったのであえて声はかけずにただ微笑みを向けるのみ。 「砂の平原から見る月も綺麗だけれど……緑が一望できる場所からの月も……綺麗」 そう言いながらシンディアが取り出したのは、愛用の竪琴で。それをポロポロと爪弾き、月への思いに浸る。 静かな月夜にふさわしい、静かで、けれど優しい曲を。 さて、そんなシンディアの妹・ルースであるが。 親友のネロ(ib9957)とともに、この高台を訪れることにしていた。待ち合わせは、その道の途中。一時間以上前から待ちわびる姿は、何も知らない開拓者からですら、遠目から見ているのも微笑ましくて。 「ルース、待った?」 やがて待ち人であるネロがやってくると、ルースはぱっと顔を輝かせた。しかしすぐに顔を赤くして、 「こ、こんばん……わ……」 ルースは耳たぶまで真っ赤になっている。もともとしゃべることが達者ではないルースだが、いつも以上にどもっている様子を見ると、やはりその辺りは年頃の少女、ということだろう。 「その兎耳は……?」 ネロに尋ねられ、また顔を赤くするルース。 「ふわ! こ、このカチューシャ、は、今日……満月、なので……です」 なるほど、月には兎が住んでいるなんて伝承もあったはずだ。 「なるほど……じゃ、行こうか」 ネロは高台の頂上に向けて歩き出した。ルースも、慌ててついていく。天頂に輝くのは丸く輝く満月で。 「綺麗……」 ルースが嬉しそうにそうつぶやく。いっぽう月の美しさに飲まれそうになったネロはそんな少女の横顔を覗い、いつ気づくかを心待ちにしていた。やがてルースが気づいたのだろう、顔を真赤にして、そして視線を合わせる。 「……踊ろう?」 そしてそう言いながら、手を優しく差し出して。 「ふわ!? 踊り……教えて、くれま……す?」 おずおずとその手を、ルースも取り。 黒猫と、赤兎の舞踏。 ジルベリア風のダンスをネロがゆるやかな速度で丁寧に教えると、ルースも楽しそうにステップをふむ。 「……じゃあ、本番だね」 誰も居ないことを確認した少年は、普段その顔を覆っている黒猫の仮面を外してほんの少しだけ微笑む。 そのまま、音を感じないふたりだけの世界で暫くの間、少年少女たちはくるりくるりとおどっていた。楽しそうに笑顔を浮かべながら。手をつないで。それはあくまで自然の成り行きなので、恥ずかしいという気持ちは起きない。そう、舞踏の終わったあとですら。 少年少女は、手をつないだまま、月をそっと見つめていた。 ● 「自分の実家の月見といえば、萩とすすき、お団子も用意しましたけれど、その年にとれた根菜などもお供えをしていましたね……あれはどんな意味があったのか、今更ながらちょっと気になってしまいました」 和奏(ia8807)は、人妖の光華――彼は親しみを込めて『光華姫』と呼ぶが――とともに甘酒をいただきながら、そんな昔の日を思い起こす。 幼少期は愛玩動物か何かのように可愛がられていたという和奏は、それ故か外の世界をそれほど知らない。それでも、あの言葉は知っていたようだ。 「月が綺麗ですね……というのは、愛する想いを伝えるための言葉を、そのままに表現するのが無粋とおっしゃった方の言葉なのだそうですね。ほかにも、同じような言葉に『死んでもいいわ』という表現をした方がいたとか……直接口にするのが気恥ずかしいような言葉には、婉曲的な表現が沢山あるってことですよね」 そう言いながらも、和奏自身はその育ちのこともあってかそんな言葉を受けてもおそらく気づけないのだろう。もしかしたら、過去にもあったのかもしれない――そんなことが。 けれど彼はそれでも月をいとおしそうに眺めていた。相棒とともに。 「そういえば、月下に醜女なし、なんて言葉もありましたね……」 世の女性達が聞けばどう思うか。人それぞれであろうが、なんとも微妙な言葉である。それをサラリと口にする和奏は、やはりまだ幼いのであろう。 そんな和奏がいるいっぽう、女性遍歴で負けるものなしと言わんばかりのジプシーの青年・ジャミール・ライル(ic0451)は、飲み友達の庵治 秀影(ic0738)とともに酒を酌み交わしていた。 お互い連れ立っての参加ではない。会場についたら見覚えのある顔があった――そんな成り行きの友人関係だ。 「こんなところで一人飲み? 寂しいねえ」 ジャミールはそんなことを言うが、そんなジャミールも一人で参加しているわけで、秀影からすれば若干心外なのかもしれない。 「いや、こういうのは月に誘われたっていうんだよ。そんなライル君だって、月に誘われたんじゃないのかぃ」 秀影は持ってきた徳利から酒を杯に移し、クイッと一杯。 「……ちぃと、昔を思い出しててなぁ。何でだろうなあ、月の光ってぇのは人を物思いにふけさせる、そうは思わねぇかい?」 ジャミールも、そんな友人を横目に見ながら、やはり酒を煽る。 「ああ……みんなでワイワイと飲むのも好きだけど、たまにはこういう静かなのもいいよねえ」 さすがに今日は踊る気が起きないらしい。 「くくっ、まあそういうことにしておいてやるさ。今日も酒は一段と美味ぇ。こちらの酒も一献やるかい」 秀影は笑いながら徳利を揺らす。たぷんと中の酒が揺れる音がした。ジャミールも早速その酒をいただく。喉を通る酒精の熱さが、かっと喉を灼いた。 「……でも、なんだか月を見ていると物思いに耽るなぁ」 秀影が思い入れ深そうにつぶやく。まだ餓鬼から少し年をとった程度の頃だから、十年以上は前だろうか。その頃はかなわぬ身分の娘と密やかに文を交わす程度の幼い恋をしていて。それも、月夜に忍んで会いに行っては手紙をやりとりするときにちらりと見える細くて白い手首にひと月の幸せをかみしめていたという。 「……あれも若さってぇやつかねぇ」 自嘲気味に笑いながら、秀影もまた酒を煽る。 「ふーん……俺はどうだろね、思い出すような昔なんてないよ。俺には今だけで精一杯だもん」 ジャミールはへらりと笑いながら、また酒を飲む。アル=カマル出身の彼には月を愛でるようなわびさびとはまだ縁がないが、ちらりと友人の横顔を眺めやって、つぶやく。 「ああ、でもなんつーか……庵治っちゃんって、月みたいだねぇ。いやなんとなくだけど」 だからそういう話も似合うよ。 そう笑うのは、気まぐれに見える彼も、仲間思いだから――なのだろう。 ● ――まるで太陽みたいだ。 月の明るさに目を細め、そしてそんなことを思うのはユウキ=アルセイフ(ib6332)。 くるり、千桜に向き直って彼は笑う。淡い、宵の空の色の瞳をきらきらと輝かせながら。 「小さいころはどうしてこんなに輝いているのか、疑問に思ったことがあったんだ。それは太陽がまったく見えない位置から、ほかの数多の星たちより際立つようにと照らしているから、なんだよね。理屈が曖昧になっているけれど……僕はそう、信じているよ。……いや、あたり前のことかな、なんてね」 その眼差しは優しくて。少年から青年へのうつろいゆく姿をした彼は、相棒の空龍・カルマとともに団子やあたたかい桜の花湯をいただきつつ、周囲の仲間たちとも団子を分けあって食べた。 「そういえば……月が綺麗ですねって言葉。まゆは、あんまり好きではないですの」 料理も一段落した真夢紀が、小さく言う。 「なんだか遠回しで、もっとはっきり言ってもいいのにって。気持ちはやっぱり、きちんと伝えるべきですの」 「ああ……なるほど。そう思う人もいますよね。でも、そういう慎ましやかさが好まれた頃もあったってことじゃないでしょうか……どれが良くて、どれが悪いってことはないんですよ、きっと」 千桜は思うまま、そう言ってみる。たしかにとても浪漫のある言葉ではあるけれど、それを好む人も、好まざる人もいるのだろう。正解なんて、そんなものはないのだ。 そして―― 「たまの休日というのも、いいものだな」 明王院 浄炎(ib0347)が、妻の明王院 未楡(ib0349)と、酒をそっと飲みながら笑う。 普段は各地で保護をして養子とした子どもたちの母として、家族経営をする店の女将として、何かと心砕いている妻・未楡とともに、彼女の体をいたわる意味も込めて、月見にやってきたのだ。 残暑も終わり、夜になればいっそう涼しく――時に冷たい風の吹く季節。浄炎は妻が体を冷やさぬようにと茣蓙や毛布を用意していた。そんな細やかな心遣いに、未楡もおっとりと夫を見つめ、優しく微笑みを浮かべる。 夫に誘ってもらった月見が嬉しくて、恋人の頃やあるいは新婚の頃を思い出し、準備に気合を入れていたのは未楡だけの秘密である。 浄炎とともに茣蓙に座り、肩に寄り添い、そして夫の腕に抱きついて。そんな温もりに包まれた未楡は、幸せそうに微笑んでいた。 「良い月だな……」 浄炎がそういえば、 「本当に……綺麗なお月様、ですね」 未楡もまた微笑む。 そして、家族ぐるみの付き合いがある真夢紀を見つけると、思わず笑顔を浮かべながらちょいと呼び、 「まゆちゃんも来ていたのね。折角だから、お団子どうですか?」 真夢紀もパッと顔を輝かせるが、それより先に反応したのが小雪というのはご愛嬌というものだろう。 ● 月をみて、物思いに耽る夜。 月をみて、心さざめく夜。 それぞれの過ごし方はあるだろう。 けれど、見るものは同じ――真円の月。 美しい月を見つめながら、それでも季節の移ろいを感じ取りながら、夜は更けていくのだった――。 |