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■オープニング本文 ● 「今年の夏は暑かったもふ」 来風(iz0284)の相棒、かすかはそう言いながらふうとため息を付いた。 少しずつ過ごしやすい陽気になってきたとはいえ、それでもまだ暑い。来風からの頼まれごとでおつかいの帰り道、ちょっと甘味処に寄り道する。 「……つかれたもふ」 そう言って、首から下げた小銭入れからいくらかを払い、好物のみたらし団子を食べる。 時々行う、かすかなりの贅沢のようなものだ。 小遣いは来風の手伝いをすることで、少しずつためているらしい。 「……」 ふと、目に飛び込んだのは可愛らしいもふら。 つやつやぴかぴかの毛並み、ふわふわしたその感じはいかにも雲のよう。 「あんなきれいなもふらになりたいもふ……」 かすかの、おとめごころがうずいた。 ● 「らいかー!」 かすかは帰ってくるなり、来風に突撃した。 「ど、どうしたのかすか?」 来風は目を白黒させている。 「かすかも、かわいくなりたいもふ!」 …… 来風が聞いた話をまとめると、どうやらかすかはその見かけたもふらに小さな劣等感を感じてしまったらしい。 小さくても、それは大きな動機だ。 「かすかもきれいでかわいくなりたいもふ。いい香りのするもふらになりたいもふ!」 ……ふむ。 どうやらもふら用の美容院からの帰り道だったもふららしい。その道の先にそんなものが出来たという話は聞いていたから。 しかし、さすがにそれは金持ちの道楽。来風には、そこまでの金の余裕が無い。 「わたしが、きれいにしてあげる……とかでもいい?」 かすかはこくっと頷いた。 ● 今回の件をギルドの職員に話したところ、似たような思いを持つもふらをはじめとする相棒は他にもいるらしい。 「それならいっそのこと、みんなでぴかぴかのふわもこになりませんか? そのほうが面白そうですよ!」 来風は嬉しそうに提案した。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
岩宿 太郎(ib0852)
30歳・男・志
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
六花 祈雨(ic1170)
10歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 空は青い。 風も、上々。 今日は絶好の、洗濯ならぬ洗浄日和。 「らいか、みんながきたもふよ?」 集合場所になっていた水場の準備をしていた来風(iz0284)に、相棒のもふら・かすかが声をかける。 「えっ、ほんとう? あわわ、お迎えしないと」 来風も慌てて身支度を整えると、やってきた開拓者たちを笑顔で出迎えた。着ているものは水に濡れても大丈夫なよう、透けないけれど水の耐性が強い素材の上下。更にその上に前掛けをつけている。かすかもすでに水しぶきを浴びているようで、もふもふした毛の先にはきらきらと水滴が付いていた。 「こんにちは、来風さん。今日はこの子……小雪を洗ってあげようと思って」 そう丁寧に挨拶をするのは礼野 真夢紀(ia1144)。最近はよく来風の提案に加わってくれたりで、顔なじみの一人だ。連れている猫又の小雪も、 「かわいくなるの、こゆきもなりたい!」 と嬉しそうに一声鳴く。 「真夢紀ちゃんこんにちは。皆さんも今日はありがとうございます。相棒も夏の間に随分くたびれたんじゃないかと思って、こういう場を設けてみたんだけれど……皆さんが来てくれて、すごく嬉しいです!」 そういいながらペコリと礼をする来風の鼻先には、よく見ればシャボンの泡。開拓者たちはそんな来風の飾らない挙動に、つい笑みをこぼしてしまう。 「来風ちゃん、美人が台無しだね。でも可愛らしいお嬢さんたちとご一緒できるのは嬉しいことだと思うよ」 同じく顔なじみの黒曜 焔(ib9754)が、いつもの様に女の子に対しては優しく――というか、かっこつけて微笑みつつ声は三割増しのイケボイス。しかしその脇には典型的もふらのおまんじゅうがでんとすわり、 「濡れるのはいやもふ……萎んだもふはもふじゃないもふ、可愛くないもふ」 とぶつぶつといっている。顔色はよくわからないが、いかにも嫌そうに眉根をしかめていた。どうやらおまんじゅうは、洗われることが嫌でたまらないらしい。 「でも実際、随分秋らしい気候になりつつあるからね〜。夏物のアレも使って、洗うとしようか!」 忍犬のハスキー君(君、までが名前である)を優しく撫でてやりながら、叢雲・暁(ia5363)がにこにこと笑う。そんな彼女に、 「アレ、……って、なんですか?」 そう尋ねるのは同じく忍犬連れの六花 祈雨(ic1170)。きりっとした顔立ちの相棒・フクを連れた白うさぎの神威人だ。尋ねられた暁の方は目を一瞬瞬かせたあと、ああ、と何やら大きなボトルを取り出す。 「ああ、これ。紫陽花を三日三晩ほど漬け込んでから濾したヴォトカだよ。香りづけとかにちょうどいいかなって」 もちろん、もとがヴォトカであるからそのアルコール濃度はかなり高い。使うときは水で薄めるのだと暁は説明する。 「なるほど……ちょっと独特だけど、素敵ですね」 祈雨ははかなげに微笑む。別に何があるってわけではないのだが、この少女、生まれついて幸薄いのだから、微笑みもどこか切なくなってしまうのは仕方がない。 「とにかく、みなさん。折角の機会ですし、相棒さんを綺麗にしてあげましょうね!」 来風がそう言うと、集まった仲間たちもこっくり頷いた。 ● それぞれ、準備は万端。 万商店で手に入る薔薇の石鹸を持ってきていたものも多く、水である程度毛並みを湿らせた忍犬や猫又はあっという間にそのふんわりした香りに包まれていく。 特に、『可愛くなれる』と聞いてやる気満々の猫又・小雪は、真夢紀が用意したたらいを湯船にして、きちんとそれに入るのを受け入れる賢い子猫。本来は水嫌いなのだが、やっぱりそこは女の子ということだろう。真っ白なだけに煤けた汚れはやはり目立ってしまうため、可愛いと言われるのが嬉しく楽しいお年頃、主である真夢紀はお湯でしっとりと濡らした相棒の毛並みに石鹸を使って泡立てる。 「お湯のほうが石鹸の泡立ちがいいんですよね……やっぱり、綺麗にするにはそういうところにも気を配りたくて」 主もいわゆる女子力の高い少女なだけある。 一方忍犬や又鬼犬の参加も多いのだが、とくに御陰 桜(ib0271)と相棒桃、そしてもう一匹の忍犬雪夜は普段からの身だしなみも注意しているあたり、やはり主の性格が反映されているといえるだろう。 「他の人の手入れの仕方とか、イイ方法があるなら教わったり教えたり、そういうのもイイかしら、ってね♪」 犬達もお行儀よく挨拶のできる賢い子だ。 「今回は井戸周りだから、濡れてもイイように水着を持ってきたわ♪」 さっと着替えたのは、可愛らしい(ただし見るものによっては目の毒な)桃色のビキニ姿。桜の方も支度は万全。普段は彼女が風呂にはいるついでに洗っているのだというから、かなりこまめに洗われているようだ。 綺麗にするには丁寧に洗って乾かして、それから毛並みを梳いてやるのが基本。洗う前にも毛並みを梳けば、洗いやすくなるということもあっていっそう手入れに磨きをかけやすくなる。 「櫛を使いたい人は貸すけど……?」 人間の櫛は貸し借りするのを好まざる傾向がある。けれど、動物のための櫛ならば。むしろ、持っていないものもいるわけで。 「うちのぽちも、仲間に入っていいですか……?」 おっとりした口調で訪ねてきたのは、明王院 千覚(ib0351)。うさぎの耳を模した髪飾りを頭につけ、一瞬神威人かと思うその姿。――もちろん、顔の脇にある耳を見れば違うことは一目瞭然なのだけれど。 「家族のみんながお世話になったことがあるそうで。よろしくお願いします」 そう、頭を下げる千覚。聞いてみれば以前に来風が募った依頼に家族が参加していたらしい。その話を聞いて、ああ、と来風も納得する。 「家族経営の小料理屋兼民宿なんて、素敵ですよねえ……」 「え、なになに? おいしいモノならアタシも歓迎♪」 「あ、私も食べたいですっ」 そんな可愛らしい、少女らしい世間話も交えつつ、千覚は洗うための準備として石鹸をナイフで薄く削ぎ、それを手ぬぐいにくるんだ状態で洗い桶に入れ、湿らせたものをよくもみほぐし、たっぷりの泡を作る。 「来風さんも、他のわんこ連れの皆さんもどうぞ」 手ぬぐいから細かな泡を取り、それをあらかじめ軽く水洗いしておいた忍犬たちの毛並みになじませるように手で擦りつける。 「ああ、なるほど。この方が泡立ちが良くなるのですね」 フクをごしごし洗おうとしていた祈雨が目を丸くして、こっくり頷く。ちなみにこの祈雨、石鹸を持ってきたのはいいもののどこにおいたか忘れてしまい、フクに見つけてもらうなど、すでに幸薄さがどことなくにじみだしている。 千覚のやり方を真似ながら、祈雨ももふもふとフクの毛を泡立てた。 (耳とかに入らないように、そーっと丁寧に、ですね) 「へぇ、みんな上手いな〜、今度からの参考にしてみないと」 暁も周りのみんなが洗っているさまを眺めながら、ハスキー君を洗うことにする。と言っても、こちらも月に一度は洗っているのであるが。そして特に何の疑いを持つこともなく、いつものように洗いだした。しかし、せっかく教わった他の仲間達の手腕である。それを取り入れつつ洗うのも悪くない。実践するのが、一番の近道なのだ。 まずは手を適度に温めてから、犬の毛を梳きつつ身体の疲れなどを適度にもみほぐし、リラックスと同時に皮膚に付着した汚れを浮かせてやる。 それから水をぶっかけてやるのだが――今日はせっかく真夢紀たちが湯を用意しているので、ぬるま湯をかけて濡らしてやった。かける、というよりも、ぶちまける、だけれど。 もみほぐすやり方は他の忍犬使いたちも真似ていく。洗われるのを好まない犬達もいるだろうし、そんな犬を気持ちよくさせるためのこの機会、わざわざ機嫌を損ねることもあるまい。それよりも、なでたりもみほぐしたり、櫛でといてやったりして、気持ちがいいと認識させるほうが、これ以降も洗うのに手がかからなくなる可能性がある。 そこにふわふわに泡立てた石鹸を擦り当て、フワフワと優しく撫でるようにしていく。全身泡まみれになったところでまたマッサージを施し、そして丁寧に泡を流してすすいでいくのだ。 なんだかんだ言って教えあい協力し合いながら、犬猫たちは洗われていく。 「しっぽのふわふわ感はこだわりたいところよね♪」 桜が何気なくそう言うと、ぱっと来風が目を輝かせた。そういえばこの来風、普段は忘れられがちだが犬耳の神威人である。しかもくるんと巻いた特徴的なしっぽから察するに――柴犬系。 「わたしのしっぽも、やっぱりふわふわなのが気持ちいいんですよね。普通の犬も、やっぱりそうなのでしょうか」 来風が問う。 「そうだと思いますよ? ほら、ぽちもしっぽにこだわっているみたいですし」 千覚が相棒をタオルで拭いながら、こくこくと頷く。 犬と神威人ではもちろん違うのだが、そんな不思議な感覚を共有できるのは、むしろ微笑ましい。 暁の言う「アレ」を水で薄め、香りづけや毛艶を出すために毛になじませ、そしてまた流し、丁寧に乾かしてやる。 ――ふわふわの完成だ。 「いい香り!」 千覚が声を上げれば、桜も満足そうに頷く。祈雨は――相棒であるフクに助けてもらいつつ、どうにかこうにか毛並みを整えることを終わらせたようだ。 「フクさんが濡れたまま櫛を取りに行ってくれたり、してくれたのです」 満面の笑顔を浮かべて微笑む祈雨と、お揃いのリボンを首につけたフクが、並んでいる。ただ、フクの方は少し疲れた感じがするのは気のせいだろうか。 ……まあそれも仕方がないといえば仕方がない。世間知らずの祈雨のことをいつも心配しているフクなのであった。 一方猫又の小雪は、全身が乾いてから真夢紀が用意してくれた浴衣を身にまとい、なんだか嬉しそう。 「ねーまゆ、こゆき、かわいい?」 小雪が無邪気に問いかける。 「ええ、可愛いわよー。でも汚れるから、今日一日はお外にいかないでね?」 「はーい。……かわいい、かわいい♪ かわいいはうれしいの♪」 嬉しそうに『可愛い』を連呼する小雪を眺めやりながら、小雪用の仕事着――外套やお守り袋も洗う真夢紀。 相棒のことを考えての、優しい心遣いだった。 ● 一方そのころ。 「濡れるのはいやもふ……!」 焔のもふら、おまんじゅうは逃走を図ろうとしていた。横ではかすかが不思議そうにそれを見つめている。 「おまんじゅうちゃん、どうしてきれいになりたくないもふ?」 「ぬれるとかわいくないもふ!」 もふらの説得に、もふらは応える。それでも夏のうちに甘いものを食べて気づかぬうちにまるまるしくなっていたおまんじゅうはなんだかんだであっという間に捕まってしまった。 「すっかりくすんでまるまるしく……これは丁寧に洗わねば……」 「どうしてももふを洗わないといけないもふ……?」 焔のつぶやきに、つぶらな黒い瞳をうるませるおまんじゅう。 「今回は君をきれいなふわもこのもふらにするための依頼なのだからね……」 焔がそう優しく言う。と、 「依頼なら報酬が出るもふね……? それならその報酬で、おいしいお菓子を買ってほしいもふ! 栗饅頭は欠かせないもふ!」 おまんじゅうは生唾を飲み込みながら、そんなことを提案する。依頼なら報酬が入る――たしかにそのとおりなのだが、今回は来風の個人的な目的のためで、報酬自体は多いわけではない。もともと赤貧生活の焔には痛い出費だ。 それでもこれでおまんじゅうも納得してくれたらしい。早速洗浄に移る。横で来風も、もふら連れ同士ということで一緒に洗うことにした。 まずはもふ毛を丹念にしめらせる。普段はふっくらしたもふらも、こうすることできちんと毛が湿り気を帯びていくのだ。 そこに先ほど千覚がやっていたように、あらかじめ泡立ちやすくしておいた石鹸の泡をもふもふっとつけ、更にもみ洗いしていく。 それが全身を覆ったら、ひと肌ほどのぬるま湯で流すのだ。 丁寧に水分を拭き取り、お日様の光で乾かす。もふらのもふ毛がふんわりとお日様の香りを帯びるのが、なんだか来風も焔も楽しみで、ござの上でのんびりしているもふらたちはといえば半分夢のなか。 「後で櫛を入れるのが楽しみですね」 「うむ。今回は実にいい機会だったよ。なかなかおまんじゅうちゃんは体を洗おうとしないからね……」 そして焔は懐から何かを取り出した。 「秋の深まりに向けて、もふらさま用に紅葉の首飾りを作ってみたのだよ。紅葉色で紅葉型の、甘い香りなのだ」 それはもともと器用とはいえない焔が懸命に相棒のために作った贈り物。 「綺麗ですね。可愛い」 来風も笑顔になる。 「さて、もふらさまたちはもう少しまどろんでいてもらおうか。それからといてやれば、きっとふかふかのもふもふだね」 「はい」 お茶目な焔の言葉に、来風はこくっと頷いた。 ● ――ところで。 今回この場所には、あと二組の開拓者と相棒がいる。 エルディン・バウアー(ib0066)と、岩宿 太郎(ib0852)だ。 実はこの二人、同じような種類の相棒を連れてきているのだが――それが空龍と甲龍である。 場所が広いため手狭になることはないが、それでも龍の鱗を磨いたりするのは開拓者といえども少しばかり手にあまることもある。というか、手に余る事のほうが多そうだ。 「今年はめっちゃ暑かった! 風呂が捗った! ……そういや風呂といえばほかみのやつ、水浴びはさせてたけどしっかりリフレッシュというわけにはいかないんじゃないかな。今のうちに夏の疲れを落としきってやるか!」 そう吠える太郎――相棒は甲龍――に、 「ヨハネも随分疲弊しているでしょうし、綺麗にしたいところですよね」 と微笑むエルディン(相棒は空龍)。特にエルディンのヨハネは、彼がジルベリアから訪れる前からの付き合いであり、数多の戦場を飛び回った猛者である。 しかし、体格のしっかりした龍二体を満足に洗うのはちと骨だ。 開拓者向けの相棒温泉というのはあるけれど、普通のお風呂は無理だから、普段はせいぜい池での水浴びや雨をシャワー代わりにする程度。 「ですから」 笑顔の素敵な神父様はニコニコと微笑む。 「龍同士で楽しく洗える方法を考案しました」 「……とはいえまずは飯だ! 今日くらいは奮発しないとな!」 そう言って太郎は質より量だといいながらほかみにしっかり食べものを与えている。高級なものではないが、山盛りだ。 「食は健康からか! 盲点だったなー!」 桜の助言を受けた太郎が用意した飯をほかみが喰らうさまは、見ていて微笑ましい。美味しく食べるというのも、一種の才能なのだとしみじみ思う。 「こちらも準備出来たぜ。それじゃあ、やるとするか!」 太郎が口の端にご飯粒をつけながら(しっかりご相伴に預かっていたらしい)、ニヤッと笑った。 そうして主たちの手で、ヨハネとほかみ、それぞれの尻尾にスポンジのような柔らかめのタワシをくくりつける。もちろんそのタワシには薔薇の石鹸の泡をたっぷりと含ませており、龍たちの体はあらかじめしっかりと濡らしてある。 そして―― お互いに背中を向きあい、尻尾で相手の体を叩いたりこすったりしてもらうのだ。衝撃が出来度な刺激になり、タワシからも泡が出てきて、いい感じに洗えるはず――これこそエルディンの考案した『尻尾相撲』だ。 「ほかみ殿とヨハネがあんなに楽しそうに……」 エルディンが嬉しそうに微笑む。 「おおまかに洗いっこしてくれれば、細かく丁寧な仕事に専念できるしな。剥げかけで引っかかってる鱗もあるかもだし、丁寧にブラシもかけないといけないからな……」 そう言いながら太郎はほかみの頭から背、そして尻尾と順番にブラシを掛ける。しかし 「……あ、このルートって最終的にあw」 太郎は最後まで口にすることが出来なかった。なぜなら、二体の龍の尻尾(とそこにくくりつけたタワシ)によって挟まれてしまったから。 元気印だが単純ゆえのドジだ。 「太郎殿も楽しそうに混ざっていますね……」 エルディンはこれが不幸な事故とは気づいていないらしい。ニコニコ笑いながら、太郎がもがいているのを見つめている。 「くっそー! いや、こんなことで死んでたまるか!」 と、太郎はガバリと起き上がた。エルディンは笑みを絶やさぬまま水を二体にかけて泡を流し、ひなたぼっこで乾燥させる。 (ヨハネ、イケメンですよ……! これならどんな龍の女の子も振り向くでしょう……ほかみ殿、どうでしょうか) エルディンは相棒馬鹿を発揮させながら、ほかみをそっと眺める。ほかみは乙女らしく、綺麗になるのを喜んでいる。ただ、他の龍と恋愛関係とかそういうことはあまり考えていないらしい。 一方復活した太郎は気分一新、剥げかけていた鱗を丁寧に取り、それを使ってアクセサリーを作ろうとする。剥がれた鱗を綺麗に研磨し、そこに彫刻などを施せば、それらしい装飾品の出来上がりだ。 (ほかみにも揃いで作りたいけど、龍にとって鱗は髪や爪や皮膚みたいなものだろうしな……うーん) 花も恥じらう乙女な年頃の龍に、どうしようかと首を傾げる。 「よし! それならむしろ飾り物付けたりで豪勢にいこう! まあネイルアートのようなもんだと思えばいいわけだし!」 その言葉に、ほかみは尻尾を振って喜んだ。 「それにしてもこれをアクセサリーにするのですか……」 エルディンはその様子を眺めやっていたが、彼の脳裏に天啓がよぎった。 (これは売れる……! 資金のやりくりな教会の運営資金に出来ます! 神教会のシンボルマークを掘り込んで売ればファッションアイテムの一つとして流行るかも……!) 清貧をよしとするはずの神父とは思えないが、まあ仕方がなかろう。 金がなければ出来ることも出来ないのだから。 ● やがて相棒たちの身体もすっかり乾き、そしてふわふわだったりつやつやだったり、とにかくみんな夏の汚れを落として綺麗になった。 一番現金なのはもふらのおまんじゅうで、 「かわいいもふ? かわいいもふ? ふわもこもふ? みんなでふわもこはうれしいもふ! おやつたべにいくもふ〜!」 さっきまであんなに嫌がっていたのがまるで嘘のよう。やはり汚れや疲れが拭われると、気分も晴れやかになるのだろう。 「みんなふわもこの綺麗さんになりましたね」 千覚も嬉しそうに頷く。綺麗になった相棒たちを見て、誰もが胸を反らせた。 「それじゃあ、ちょっとお茶でも飲んでのんびりしない〜?」 暁が提案する。 茶店にはきっと甘いお菓子もあるだろう。そう思うと、おまんじゅうがお腹をきゅるると鳴らした。そのさまがちょっぴり滑稽で、一瞬の沈黙の後、みんながぷっと吹き出す。 「みんな幸せそうなのが一番ですね」 エルディンが相変わらずの笑顔。しかしそれも嫌味がなくて、誰もが素直に受け入れられた。 ピカピカになった相棒たち。 それが誇らしくて、そして嬉しくて――誰からともなく、笑みがこぼれた。 |