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■オープニング本文 ● 朱藩国、『春夏冬』の街。 再開発による地域活性を考えているものの、目玉が少ないのが悩みの種であった。 「この間開拓者さんたちから話を聞いては見たものの、なかなかそれがうまくいかないなあ」 街の主だった面々はそう考えてしまう。 「あれ、どうしたんですかー?」 と、可愛らしい犬のつけ耳を頭に装着した少女がひょいと顔を出した。 安州にて好事家たちから密かな人気を受けている『愛犬茶房』、その春夏冬店の若いながらも女給頭である月島千桜(iz0308)であった。元開拓者、そして年若い女性ということもあって、彼女は柔軟な発想力を持っている。それがこの新興の街には必要な能力であるということは、先日集まってもらった開拓者たちの語らいで判明している。 「何か良い策はないものかねぇ、千桜ちゃん」 「ああ、それならちょっと思ってたんですけどね、この街の名物料理ってないなって思ったんですよね」 なるほど、中継地点だからか、『この街ならでは』というものが少ないのは確かにある。中途半端に安州にも近いため、独自の持ち味を伸ばす必要性があまりなかったのだ。 「先日の開拓者さんに聞いた話でピンときたんです。いわゆるご当地名物の料理とかがあれば、それを売りにすることができるかなって。高級料理でもいいんですけど、いわゆる安くて美味しい品なら、取っ付き易いし……」 いわゆる『びーきゅーぐるめ』というやつである。 「それなら面白そうだな。いっそ、街全体で屋台村みたいなことをするか」 「ああ、それなら人の入りも期待できそうですしね」 若い商人たちが頷き合う。 「その屋台を開拓者にやってもらうのもありだな。彼らの発想力は俺達にないものも多いし……面白いことになりそうだな」 その数日後、ギルドの壁に大きなチラシが貼りだされた。 『屋台村、出店募集中! 人気投票で最も人気のあった食品は、街の目玉料理とさせていただきます!』――と。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / 御鏡 雫(ib3793) / 黒曜 焔(ib9754) / 燈乃 凪(ic0230) / ジャミール・ライル(ic0451) / ティー・ハート(ic1019) |
■リプレイ本文 ● ――天高く馬肥ゆる秋。 そんな言葉があるのは知っているが、今日はなんとなくそんな気持ちにさせてくれる――そんな日だった。元々の単語の意味は違ったような気がするけど、そんなことは気にしたら負けだ。 しかし抜けるように澄み渡る空の下、色とりどりの屋台が軒を連ねている。 ここは朱藩、安州から少し北へ行った『春夏冬』の街。 新興の街であるがゆえに『街ならでは』という品物が少なく、故に提案した屋台村。 これで相応の評価が出れば、街の名物料理になるかもしれないということで、誰もが胸をときめかせながら――屋台を出店する側も、その食べ物を狙ってやってきた食い倒れ好きも――その時を待っていた。 「それにしてもやっぱり開拓者っていうのはこういったお祭り騒ぎが好きなんだねえ。先だって都であった流星祭とやらでも、随分と開拓者たちが活躍したっていうじゃないか」 街の青年会に所属する若い商人が、その様子を眺めて言う。 「もともと誰だってみんな楽しいことが好きですよ。開拓者は色んな所にやってきては面白いことに首を突っ込むから、余計にそんな印象が強いだけで」 『愛犬茶房』の新米女給頭、月島千桜(iz0308)が、くすりと笑いながらそんなことを言う。 「そんなものかな」 「そんなものです」 そうひとしきり笑い合って、のち。 「では、いい頃合いにもなったし、屋台村を始めるとするか」 青年はそう言って、広場の中央に設置した銅鑼を合図とばかりにじゃんと鳴らした。 ● 始まりの合図とともに広がる拍手。 そしてその直後から威勢のよい掛け声が、会場となっている街の中心広場いっぱいに響き渡った。 「美味しいよ、美味しいよ」 「さあさあいらっしゃいいらっしゃい」 「食べておいきよ、やみつきになるよ」 そんな客引きの声が、あちこちから聞こえる。 今回参加しているのは開拓者のみならず、これを機に名前を売りだそうとしている近在の料亭なども多い。何しろ街をあげての一大企画、採用されれば街の名物料理となるのがほぼ約束されているということは事前にいやというほど聞かされている。 つまり、これが名前を売り出す絶好の機会であることも、殆どの参加者が承知しているというわけだ。 じっさい、こんな機会はめったにない。名物になるということは、この街に店を構えることも難しくないということで、となればさまざまな料理人のたまごたちがあちこちから参加してくるのも無理は無い。どう見てもアル=カマルの出身らしい若者までもが今回の屋台村に参加している。 そんな様子を眺めながら、御鏡 雫(ib3793)はすでにそわそわとしていた。 各地の医療や医術を身につけている彼女としては、美味しく食べることが出来、なおかつ健康増進に向けた、いわゆる医食同源の料理を広めたい――そう思っている。今回はそれに加え、材料の入手が比較的容易で、だれにでも簡単に作れるような料理をということなので、これは彼女の広めていきたい内容としてもちょうどいい案件なのだった。 準備は前日のうちからあらかた出来ている。後は主に温めたりして、客に振る舞うだけだ。 彼女が準備したのは二品。 ひとつは、五穀米のご飯を豚肉や細かく刻んだにんにく、ニラやネギといったような滋養強壮によい香草、加えて松の実やクコの実、ひまわりの種のような歯ごたえや香りがよく身体にも良い草木の実を、干したプルーンを漬け込んだ醤油で炒めた薬膳炒飯(プルーンもしっかり隠し味として具材に入っている)。そしてもうひとつは、豚足や鶏ガラのだしを基本にして、香草、だいこん、人参などの根菜と溶き卵などで味と不足した栄養を補った薬膳スープ。 ふんわりと漂ってくるその香りは、決して嫌なものではない。むしろ、どことなく食欲をかきたてるような、そんな香りとなっている。 「持ち歩きをするのにはあまり向いていないのが難点といえば難点かな」 そんなことをひとりごちてみるが、蓋を開けてみれば結構な人数が買いに訪れていた。やはり、薬膳料理が持つ独特の香りは、受け入れられやすい、のかもしれない。 「やっぱり夏の疲れが残っているようなときは、精のつく料理が食べたくなるもんだな」 そんなことを笑いながら雫に言う中年男性も少なくなかった。 「持ち運びしづらいけれど……」 と言ってみれば、ある商人は 「そういうことならむしろその持ち運びがしにくいもんを持ち運べるような水筒とか器とか、そういうのを用意して売ることもできるし、ある意味願ったりかもだね」 そんなことを言って笑うあたり、さすが転んでもただでは起きぬしたたかさであった。 「それにしてもせっかくの観光大使が誰もいないってんじゃ、格好がつかないわよねぇ」 そう言いながら微笑みを浮かべるのは、先日この街の観光大使に任命されたひとり、十野間 月与(ib0343)。実家がもともと小料理屋を兼ねた民宿であり、特にその料理の腕前は近在でも有名とのことで、彼女の作る料理に期待を寄せる者は少なからずいた。 それでなくても観光大使、自然と目立ってしまうものである。 (この間の川魚や地場産の野菜を使っての料理もいいけれど、中継地点っていう地の利を活かした名物なら、もっと別の工夫も必要よね) そんなことを考えた結果、月与の屋台に並んだものは、甘さひかえめのふんわりカップケーキと、生野菜や果汁を使った新鮮なジュースだった。 こちらも重点にしているのは雫と少し似ているが、美容と健康。カップケーキの基本となるのは牛乳の代わりに豆乳を用いたプレーン。バリエーションとして、それにすった黒胡麻を混ぜ込んだ胡麻風味や、適度な大きさに砕いた木の実やチョコを混ぜ込んだチョコチップ。ほかにも擦ったほうれん草と細かく切ったベーコンを混ぜたものや、同じように人参を擦って干しぶどうなどと混ぜ込んだにんじんケーキなど、見た目にも色鮮やかながら、同時に栄養価の高いカップケーキたちが並んでいる。 ジュースの方はというと、生野菜と果物の果汁をふんだんに用いた新鮮なもので、味ははちみつを使って甘みをある程度調えてある。 どちらも客が自分の好みで組み合わせを選び、食べ歩きができるのが長所といえた。 「やっぱり健康が一番だもの、ね」 月与はふふっと笑う。 そんな雫や月与の屋台の近くにふらりとやってきたのはやはり体型や健康が気になるお年ごろの御陰 桜(ib0271)。 (この間の座談会でこういうのはどうかシら、なーんて言った手前やっぱり気になるわよね♪) とは言え彼女は決して料理が上手というわけではない。ので、いっそ食べて回る方を選んだのだった。 「あら、千桜ちゃんも食べ歩き?」 ふらふらと歩いていた千桜も発見し、声をかけてみる。 「あ、先日はどうも! みんなの意見を参考に、今回はまず屋台村をって思って。集客力もあるし、なかなか面白い屋台も揃っているでしょう?」 「そうね♪ そういえば、こういうのって分け合いっこすればいろいろ食べられるだろうし……一緒にイク?」 しぇあっていうのよね〜、と桜は楽しそう。聞いてみると、特に甘味、すい〜つを優先したいとのことだった。 「全部は無理だけど、少しなら歓迎ですよ!」 千桜も楽しそうに頷く。そんな二人の目に飛び込んできたのは、月与のカップケーキだった。 「あ、おいしそうね♪ こういうのって、やっぱりお肌にもイイのかシら?」 桜が尋ねれば、月与も嬉しそうに頷く。 「健康に良い物を混ぜ込んだカップケーキよ、少し味見していくといいわ」 「あ、こちらも健康重視の医食同源だ、食べてみるといい」 雫もお手製炒飯を近くにいた二人に振る舞って、にっこり笑う。 「それじゃ、お言葉に甘えて」 桜と千桜はにんじんのカップケーキと特製炒飯を分けあいながら、お互いひとくち頬張った。 「にんじんが程よく甘くて美味しい……!」 千桜がそう驚きの声を上げれば、 「こちらはちょっとクセがあるケド、たしかに身体によさそうね♪」 桜も楽しそうだ。が、雫はふーむとうなった。 「ふむ、まだ癖があるなら調味料などに改良の余地があるかな? どちらかって言うと、健康重視で作ったからね」 薬膳料理となれば良薬口に苦しの言葉もある通り、決してうまいものばかりではない。それでも受け入れやすい味わいになっているのはひとえに雫の手腕の賜物といえよう。それでもまだまだそういう声を受け入れようとする雫の姿勢に、他の三人も好感触を覚えた。 乙女四人の笑い声が、会場で重なりあった。 ● 「んー……向こうは楽しそうだな」 一番暑い盛りは過ぎたとはいえそれでも日差しはまだまだ強い。 たすき掛けにねじり鉢巻姿の燈乃 凪(ic0230)は長い髪を後ろで軽く結わえ、そして自分の目の前にある鍋の中身をぐるりと玉杓子でまわしてやる。 煮こみ料理が得意な彼が用意したのは、『ぼっかけ』だ。 牛すじやこんにゃくを砂糖醤油やみりん、生姜などで甘辛く煮込んだもので、温かいままでももちろん美味しいが、冷めてしまっても味がよくすじに染み込んでいて、美味しいのだ。 「カレーに混ぜても美味しいよ、いらっしゃーい」 そんな声を大きく上げる。 「凪くんも頑張っているようだね……よし、私も負けないようにせねば」 その横には凪が拠点で世話になっている黒曜 焔(ib9754)が、なんとも可愛らしい料理を提供していた。 その名も、なんと『もふらいす』。 みんな大好きもふらさまを模したご飯とおかずがひとつの皿に盛られた、それなりのボリュームがある料理だ。……が、実は焔は決して料理が得意というわけではない。 彼の両手には沢山の切り傷が刻まれている。ここまでに何度包丁で指を傷つけたのだろうか。 何しろ彼の特訓はかなりのもので、準備を始めた頃はもふらさま特有の丸い顔は茶碗に飯を詰めてトントンと形を整えるだけのはずなのにぐじゃっとなってしまい、くりくりした瞳はゆで卵で再現しようとしただけなのにそれが歪になってしまう有り様だったのだ。 もふらの特徴ともいうべきもふ毛は赤茄子と魚介のにんにく炒めを使おうとしていたのだが盛大にはみ出してしまい、耳の形に固めたはずの白身魚のすり身は作るそばから相棒(もふら)の腹の中へと消えていく有り様。 今屋台に並んでいるのは訓練の賜物、だいぶ形もそれらしくなっている。 それを思い出し、焔はわずかに遠い目をする。 (ふ……辛い修行の日々であったな……) しかし今日はいよいよ本番。耳をピコリと動かし、精一杯声を張り上げる。 「いらっしゃいいらしゃい、魚介をふんだんに使った美味しいもふらいす、どうぞめしあがれ〜!」 その声に隣の凪も、負けてなるかと大声を上げて案内する。 「あ、柔らかくてうまいぼっかけだよー! めちゃくちゃうまいよー! 辛いものが好きな人は七味をドバーッと入れて食べると格別だよー!」 そう言いながら買い求めた客の皿に七味をどばどばーっとかけ入れる。……客はわずかに渋い顔。そこに至ってはっと気づく。 「あ、ごめんかけ過ぎたかな? 俺辛いのが好きすぎるもんだから、ついやっちまった」 それにしても随分なものである。しかしその豪快さは逆に受ける一因となるもので、大食らいの人には肉を多めにおまけしたり、逆に小食そうな人には食べきれるだけの量をあげる――という気配りもあったりして、すっかり話題の屋台になりつつあった。 「……白房、随分面白い屋台が沢山ですね」 そう笑顔で相棒の忍犬・白房を横に従えて歩いているのは柚乃(ia0638)。ここのところまだ幼い忍犬の白房とはなかなか遊ぶ機会がなく、その分めいいっぱい遊んでやろうということで『愛犬茶房』のある春夏冬まで遊びに来たということらしい。が、焔の屋台を見て目を輝かせた。 「あ……もふらさま!」 柚乃は実のところ、もふらが大好きである。美味しい食べ物がいっぱいのところに、まさかのもふらいす。 「おやお嬢さん。もふらさまがお好きですか」 焔の声はいつものごとく、女性に対しては三割増しのイケボイス。女性に対してころっと態度を変えるのは拠点を同じくする凪も知っているから、(ああまたいつものがでたか)くらいにしか思わないらしいが、そう声をかけられた柚乃はぽっと頬をうっすら染める。 「はい、もふらさま可愛いですよね」 「うむ、もふらさまは癒やしだね……たとえ怠け者でも、その存在が癒やしだと、私は思うよ」 柚乃と焔、もふらさま好き同士の会話は微笑ましい。 「出来はまだまだだけれど、折角だし食べていくといいよ」 「あ、それなら俺のぼっかけもおまけする!」 慌てたような声で凪も会話に加わると、つい二人の顔に笑顔が浮かんだ。 ● 「中継地点ならでは……ですよね」 そんなことを呟きながら、礼野 真夢紀(ia1144)はからくりのしらさぎとともに調理していく。 小麦粉やそば粉を使った種を薄く丸く焼いて、千切りの甘藍や玉ねぎ、人参、塩コショウをして唐揚げにし、骨を抜いた鳥の手羽を先ほど作った種に巻いてみる。 春夏冬の朝市はなかなかに揃えが良く、そんななかで手に入れた新鮮な野菜や今までの経験を活かした料理の各種はどれも少女が作ったとは思えぬほどの出来栄え。 大根の千切りと焼いた糠秋刀魚。 千切りにした甘藍に甘辛い味噌ダレをつけた、あげたての豚肉。 ベーコンとじゃがいもと玉ねぎを炒めて、そこにチーズを絡めたもの。 それらを先ほどの種にくるんで食べるのだ。 手が汚れることもないし、食べ歩きに適したうまみということもあって早速人気の屋台の一つになっている。 しかもそれだけでは飽きたらず、先ほどの種に砂糖を入れて甘くしたものに生クリームや果物、或いはチョコレートを混ぜた甘いクリームをくるんで食べるのだ。 こちらはこちらで若い少女たちが嬉しそうに頬張っていた。 「人気があるようでよかったですね、しらさぎ」 真夢紀はそう相棒に笑いかけると、からくりはこくりと頷く。そこへ、 「……あ」 以前にも依頼で一緒になったことのある和奏(ia8807)が通りかかる。 「真夢紀さんもきていたんですね」 「はい。美味しいものを食べてもらいたくて」 そう言って微笑みながら、真夢紀は和奏に「もしよければどうぞ」とメロンの入った焼き菓子を手渡す。が、何分食べ歩くという行動に慣れていない和奏であるからして、一瞬戸惑ってしまう。その戸惑いを察したのか、真夢紀は 「無理に食べ歩こうとしなくてもいいんですよ」 そう微笑んで食べ方のコツを教えた。 「でも、本当にたくさんのお店があるんですね。食べ物だけでなく、見慣れないものを売っている店も多くて面白いです」 「本当ですね。でも時々、迷惑なことをしてる人もいるみたいですから」 「自分もそれは気になっているので、時々注意しようと思っています」 どこかおっとりとした二人の会話は、聞いているだけでほほえましい気分になるのだった。 ● 「なー、この祭り踊り出てねぇのな」 そんなことを言うのはアル=カマル出身のジャミール・ライル(ic0451)。ジプシーということもあって、踊りを愉しみの一つと捉えている彼だが、どうもここでは踊りを披露する場所がないのを残念がっているらしい。 そんな彼の横で兎耳をペしょりとさせているのは友人のティー・ハート(ic1019)。こちらは吟遊詩人で、得意とするのはフルート、横笛のたぐいだ。 「そうみたいだね。うーん、そうだな。今日は誘ってくれたお礼に俺がおごるよ。色々食べてみたいしね」 着物の裾を引きずり気味にしながら、ティーが笑う。 「ま、踊りが出てねぇなら食うしかねぇよなぁ」 ジャミールの方はおごってもらう気満々のようだ。 (にしても、なんで今日の連れは男なんだろ……女の子のほうが良かったなぁ、まあおごってもらえるからいいけど) あくまで自分に忠実なジャミールである。 「あ、開拓者さん!」 と、千桜が人混みをかき分け、二人に近づく。 「今回の催しはどうです? 面白いですか?」 頬を染めながら千桜が尋ねると、二人の若者はうーんと唸った。 「うまいもん食べたいけどさ、なかなかわかんねぇのな」 ジャミールが感想を述べる。 「健康にいいからっていう、ショージン料理だっけ? あれも肉じゃねぇからパス。っつっても、食ったことねぇけど」 「さっきからなんだかにおいがするアレかな、ライル?」 ティーがジャミールの言葉にぽむっと意見する。ジャミールもこくりと頷いた。 「うん、美味いかもしれねぇけどやっぱ肉がいーなー」 「ああ、若い男の人だと質より量なのかもしれないですね」 千桜も納得したように頷いた。 「そゆこと。千桜ちゃんもさ、美味しい料理あったら教えてくんね?」 ほぼ初対面の千桜に対しても、ひどく友好的な――時と場合によっては馴れ馴れしいとも言える口調で、ジャミールは片目をパチリと閉じる。 「ああそれなら、あそこのぼっかけですっけ。お肉もそれなりに入っていて、美味しかったですよ」 「よし、買ってみようかな。ありがとね」 「あっ……待ってよ、ライル」 凪のぼっかけをすすめる千桜。ジャミールはそれを早速買いに行き、ティーはそれを慌てて追いかける。そしてぼっかけを頬張り―― 「うまっ」 どちらからともなく思わず声を上げた。 「お、ありがとうございます」 凪も嬉しくて礼を言う。 「ティーちんも食ってみろって。はいあーん」 ジャミールがおどけながらティーの口にぼっかけを差し入れたり。 「男同士であーんって、さすがに……ん、たしかにうまい」 そんなジャミールになんだかんだと振り回されてばかりだが、案外ノリの良いティーである。耳がピコピコと動く。とはいえ、 「……でもやっぱなんかまだ満腹感がないなぁ……」 体格も見目も良い若い男が二人、屋台だけで飯が足りるわけがない。 「そうだな、帰ったら何か作ろうか?」 ティーが提案する。その言葉に、ジャミールは目を丸くした。 「え、ティーちんが作るの……? いやいや、おごってもらってるし俺が作るって」 実はティー、料理が得意なわけではない。ジャミールのほうが上手いくらいだ。それを知っているからこその言葉なわけだが、ティーはそれに気づいていない。 「遠慮するなって、なっ」 ティーはすっかりその気になって、ワクワクとしている。そんな友人を無理に止めるわけにもいかず、ジャミールは小さくため息を付いた。 「……なんか言った?」 ティーの耳がそのかすかな吐息を聞きつけるが、ジャミールはそれを笑ってごまかしたのだった。 ● そうして、屋台村も盛況のうちに終わりを迎えようとしている。 今回は初めての試みということもあって、いくつかの献立が優秀作として選ばれた。 食べ歩きに適した真夢紀のクレープ。 子どもからの人気殺到だった焔のもふらいす。 特に人気だったこの二品はさっそく春夏冬の街で取り扱われることになるだろう。 「他の献立も、どれも素晴らしいものばかりでした。そこであえてこの場では細かな順位は付けず、この企画に賛同してくださったすべての皆様に感謝します」 青年会の会長はそう挨拶をして笑った。 「みなさんどうもありがとう」 手伝いに走り回っていた千桜も、深々と礼をする。 「また、いつか今度は純粋な調理大会を開くのも一興と思っています。その時は、是非皆さんの参加、期待していますね」 そう、こんな長閑な一日があるのも面白いものだ。 開拓者たちはめいめいそう思いながら、初秋の春夏冬に笑顔を向けたのだった。 |