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■オープニング本文 ● ――その街には、多くの娯楽があった。 いや、住人たちの手で作り上げた、という方が正しいかもしれない。 寂れることこそなくとも盛り上がることもない、そんな街だったところに劇的空前絶後な手が加えられ、気づけば近在の住人たちも『あの街が面白いことになっている』などと噂が静かに広まり、そしてその街にはやがて人々が集うようになったのである―― ● 「……となれば、話はとても楽だったんですけどね。なかなか、地方の再開発というのは骨が折れるものです」 そう言って若い男がかき氷をしゃくりと食べる。 朱藩の首都、安州。 傾奇者の多いこの国では、少しくらいの変化などよくあることなのかもしれない。 「それでですね。そちらの店の支配人――ええ、あの方が街に癒しをと言い出しましてね」 「癒し……ですか」 そうオウム返しにしたのは安州の中でも随分と通好みな趣向を凝らした『愛犬茶房』と呼ばれる店で最近働き出した女給の一人。三つ編みとそばかすの愛らしい、十代半ば、せいぜい二十歳程度といったところの少女だ。 「ええ。本来ならば女給頭のトキワ殿に頼むべき話なのでしょうが……何分あの方は名代としても忙しい。そのトキワ殿から、貴女が名指しされたんですよ」 少女は、目を丸くする。 「……へ? どうして、アタシが?」 「あなた、以前開拓者だったというじゃありませんか。春夏冬の街は観光を主な収入源としたいと思っているのですがはかばかしくなくて……それで思ったんです、困ったときは開拓者にたのめと」 青年は苦笑を浮かべながら、溶けかけた氷をすくう。 「たしかにアタシは、以前開拓者でした。でもそれはほんの一年もなくて、しかもほとんどが都で開拓者らしいこともしてなくて、それでも?」 少女はもう一度、確かめるように尋ねた。 「ええ――まだ春夏冬の街は出来てまもないこともあり、催事を行っても集客がままならない。だから、開拓者さんたちにネタ出しして貰いたいなって思ってるんですよ。開拓者さんは人生経験も豊富ですしね。その仲介を、頼めないでしょうか。愛犬茶房も、二号店を春夏冬に出すと聞いておりますし――」 ぐ、と少女は言葉をつまらせる。 そう、愛犬茶房はとうとう二号店を出すのだ。その二号店の女給として、春夏冬に移るようにという指示も出ている。 「わ、わかりました。開拓者、呼んでこようじゃありませんか」 「頼みますよ、お嬢さん」 青年は微笑みながら、ひらひらと少女に手を振った。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「――というわけで、皆様ご足労ありがとうございますっ」 春夏冬の街でもまだ真新しい建物、『愛犬茶房』春夏冬店に訪れた開拓者たちは、依頼人兼案内人の女給――胸元に『月島』と名札をつけている――に、丁寧な挨拶を受けた。 「こちらが春夏冬ですか……孫から聞いてはいたのですが、良い雰囲気の街のようですね」 ひと通り街を見てからそう言って微笑むのは国乃木 めい(ib0352)。老齢ながら、やるべきことはきちんと出来る矍鑠とした女性である。 「まだ、いろいろと新しいですから。もちろん古い町並みも残っているんですけれど……とりあえず皆さん、お茶をどうぞ」 そう言いながら女給が振る舞ったお茶は、ふわりと花のようなほんのりと甘い香りがした。 「泰国でとれたものだそうです。こちらにはそういうのが結構届くんですよ」 商人たちが開発をしたというだけあって、この街はそういった少しばかり珍しいものも比較的容易に入手できる場所でもあるのだという。 「なるほど、このお茶も、お茶請けの菓子もうまいな! ……そーいえば、なんでこの町の名前、秋がないんだろ?」 サムライのルオウ(ia2445)が店の外で待機している破龍のフロドと一緒に首をひねる。すると、女給は微笑みながら説明してくれた。 「ああ。最初はみんな、そう思うみたいね。この街の名前には秋がない、だから『春夏冬』なんだけれど……これは転じて『商い=あきない』という単語に通じるし、そして『飽きがこない』街になってほしいという願いをこめて付けられた名前なんだそうですよ。もちろん、この街にも普通に四季は訪れるから、そこは安心してください」 むしろ秋には、近くの山が赤く色づいてそれは見事な光景なのだとか。そして名付けの感覚も、思った以上に洒落たものであった。 「商人だけでなく、好事家も結構な出資者ですからね」 と言うか、金の余っている商人たちが好事家と呼ばれることも多いわけで。 結局は、商人たちの作った街なのである。 「そうですね……その名前のとおり、繰り返し訪れたくなるような街になるといいですね」 宝狐禅の雪待とともに以前にもこの街を訪れたことのある青年、菊池 志郎(ia5584)も頷く。場所が場所だけに、雪待は無邪気な犬たちに噛まれないよう警戒しているが、志郎も又鬼犬を相棒に持つせいか、ゆるい警戒ですんでいるようだ。 「食事や酒が重要と思うのだ、ここでしか食べられない名物料理や特産品などな」 相棒からの鋭い意見が飛んでくる。 「そうね……この街だけで、っていうのは難しいけれど……もともと交易の街だから、逆に今までこれといった特産品がなかったのよね。とれる野菜や川魚は新鮮なものが多いけど、逆に言えば売りはそれくらいだし。最近はそれを考えたのか、街の名前が入った手ぬぐいとか、そういうのは作っているらしいけれど」 しかし手ぬぐい程度では大した集客力は望めまい。 ● 「そういえば、この街には温泉もあるって話だったわよね?」 近づいていた犬をもふもふ撫で回しながら、御陰 桜(ib0271)が興味津々に尋ねてくる。相棒の又鬼犬・桃も愛犬茶房のころころした犬達と戯れてくれていて、世話を任された、と嬉しそうに尾を振っていた。めいの忍犬・山水もそんな桃や店の犬達と、仲良くじゃれまわっている。何事も経験第一、ということらしい。 (……でもこれで街を活性化させるあいでぃあってコトは、あたし好みの街にするちゃ〜んす♪、よね) 桜の考えはもっともである。と言うか、この街も商人や好事家たちの好みに合わせて作っているので、そこに開拓者の好みとなる遊び心を加えるのは全く正しい発想であった。 「ん〜、温泉も、いろいろな温泉があればもっと嬉しいわね♪」 例えば露天風呂や檜風呂、変わり種の花風呂や砂風呂、蒸し風呂などなど。そういうのを提案する。 「あ、俺も似たようなこと考えてた。相棒と一緒に入れる風呂とか、そういうのもありだよな」 ルオウもその考えには乗り気で、ウンウンと頷いている。 「そういえば、宣伝もまだまだだよな。旅芸人に興行の場所を無料提供して、その代わり他の街での宣伝を頼むとかどうだろ」 羽喰 琥珀(ib3263)が宣伝の提案を出す。確かに安州ばかりに宣伝してもまだまだであろう。もっと多く、天儀の誰もが知るくらいの街にしたいのだろうから。 「あと、服飾の作品発表やお披露目の大会の開催とかな。それで、会場の近くの市場で出場者たちの作った小物や服を売りさばくなりすれば、街の住人も、参加する職人たちも、どっちもありがたいだろうし。あ、もちろん見物客もだな」 琥珀の意見はごく単純なものながらわかりやすかった。 そういえば先だっての流星祭の時も、呉服屋が浴衣の貸し出しをして宣伝していたな、などと思い出す。あれもかなりの効果があったらしく、都の呉服屋は随分な利益を出したのだとか。 耳さとい商人たちはもちろんこの話を知っている。わきで開拓者たちの意見を速記していたこの街の青年会所属の青年が、うんうんと聞きながら頷いた。 「そんで、まずは駆け出しの絵師や服飾関係の職人が組んで作品を発表してさ、それをお披露目した後に一般の人も含めて投票をして、優勝組を決めてさ。その優勝者への特典として、店を構えられるとかすれば、若手の登竜門とかになって、注目や知名度もあがるんじゃないかなって思うんだ」 「ふむふむ……なるほど、いいですね。そういう店があれば、若者も活気付くし、その店のために街を訪れるものも増えるでしょうし」 青年会代表の青年が微笑する。 「だろ? で、そのあとで有名な絵師と呉服屋反物の大店が協力して作ったものをお披露目してさ。店や絵師の宣伝にもなるし、販売促進の一因にもなるから、大店の協力も狙えるし……街とその大会が流行の発信源になれば、一石二鳥だろ? むしろ来賓ってことで、朱藩の興志王を招待するとかどーだ?」 「あ、それもいいわね♪ 話題になりそうよね、そういうのって♪」 琥珀と桜の提案は、どんどん膨らんできている。 発想が自由で大胆。この街にはそういう柔軟な発想力が必要なのだと街の青年も納得の表情で頷いていた。実際問題として興志王の招待は難しかろうが、有力者という意味では他にも候補に挙げられそうな人はいる。来賓を招くのも、試してみる価値はあるのかもしれない。 ……いや、朱藩の王は古い体質をいろいろと改めている人物だ。街の噂が広まれば、あるいは本人から遊びに来たいと言い出すかもしれない。 「あ、あと、さっき菫青と空から街を見てきたんだ。それで、俺も街の郊外に龍とかでもくつろげるでっかい露天風呂なんかあったらいーなーって思ったんだけどさ」 菫青と言うのは琥珀の相棒である空龍だ。こちらについては桜やルオウと、発想は同じらしい。 「だよな! フロドも温泉とか、入ってみてーよな?」 裏に待機しているフロドを眺めやって、ルオウも頷く。 「うんうん。そんで、桜が言ってたみたいな風呂もたくさん用意して、一日入浴券みたいなのとか、はんこを集めていって景品をあげるとか、そういう小ネタを仕込むと面白いかもな」 ルオウも琥珀と意気投合している。屋外で待っている愛龍をちらりと眺め、頷いては笑った。 「相棒もよしとするなら狙いを開拓者にして、開拓者の好みに合わせたりするのがいいよな。むしろそっちを売りにしちまうのもいいかもな」 例えば相棒とのコンテスト。先日の流星祭で参加したという、相棒との隠し芸大会が着想となっているらしい。 開拓者も旅芸人ではないが、天儀の各地に訪れることの多い存在。いや、天儀のみならず、ジルベリアやアル=カマルなどの異国へ訪れることもあるし、逆にそれらの異国の地を引いた開拓者も少なからずいる。ルオウもそんな一人だ。 そういった意味では、開拓者と観光というのは存外相性がいいのかもしれない。 「相棒コンテストをやって、それを見物に来る一般人を集めることもできるだろーし。色々面白そうだよな、町おこしって」 ルオウはそう笑う。青年会の青年はそんな様子も逐一記述しながら、しかし同じように笑っていた。嬉しそうに、楽しそうに。 ● 「そういえばもともとこの街は、交易が盛んなんですよね?」 志郎がゆっくりと問う。 「そうですね、安州への中継地点として元々は成立していた街ですから」 青年の言葉に、「それならば」と志郎は提案する。 「交易の拠点であることを強みにして、さまざまな人にとっての異文化交流の場にしたらどうでしょうか。つまり、泰やアル=カマルなどの別の儀の物品をたくさん見られるような場所、ないしは市のようなものを……」 志郎の言葉に、誰もが耳を傾ける。 「他の儀の品々があればそれは目を引くものになりますし、それをモデルの人に着せて、先ほど羽喰さんのおっしゃっていたような展示をしたり、食材や調味料の都合で他の儀でしかなかなか味わえないような料理を屋台などで販売したり。お土産になるようなものの販売はもちろんですが、他儀の楽団や大道芸人はやはりなかなかお目にかかれるものではないですから、そういう方を呼んで芸を披露してもらったり、一般家庭で作れる異国の料理を教える場があれば、それも興味深く認識されるかな、と」 「ふむふむ……博覧会をこの街で定期的に開く、そんな感じでしょうか」 青年が尋ねると、志郎はこくりと頷いた。 「それに、そういう場所での裏方を好む開拓者も多いので、モデルや料理人、奏者などはギルドに頼めば結構集まるんじゃないかと」 「ああ、わかる。俺も小さい頃は旅回りの一座にいたから、そういう芸当は結構得意な方だし」 琥珀が楽しそうに尾を振りまくる。 「そうね。さっき聞いた土地柄を考えると色んな服装も見られそうだし、そんなもでるの人気投票なんてするのも活性化につながるかもしれないわねぇ♪ 料理の方も、いっそ街の名物料理になるものを公募シてみたら、案外意見がいろいろ集まるんじゃないかしら、盛り上がるだろうし♪」 桜も楽しそうに提案していく。確かに交易拠点だったこともあり、この街ならでは、といえる名産品が少ないのは事実だ。他所からの名物などを取り入れるしかなかったというのはこの街の弱点の一つだったが、なるほど、自分たちで作り上げてしまえばたしかにそれはこの街ならではのものとなる。 『唯一』を作るのも大事だが、それを作るための行程も忘れてはいけないのだ。 ● 「そういえば孫から先日観光大使の催しがあったと聞いております。せっかく季節にちなんだ名前を持つ街ですし……その季節にあった観光大使を選ぶようにしたらいかがでしょうか」 めいが提案する。 確かに先日、水着での観光大使を募る催しがあったのは事実だ。四季折々の観光大使……それはなんだか魅力的に思える。 「例えば冬なら、年末年始にちなんでの晴れ着とか、春は桃の節句にちなんで雛飾り……などでしょうか。目新しいことが必要であるなら、年ごとに季節の観光大使にする催事を変えてみればいいでしょうし」 たしかに、観光大使という存在は何かと大きくなりそうである。そんな謳い文句をもらってしまえば、やはり応援したくなるのが人情というものだろうし。 「他の方も料理についての指摘がありましたけど、観光でやりくりしていくのなら、新鮮な食材が手に入るのなら、料理の質に拘るのもどうでしょう」 例えば、薬膳の知識を取り入れたり、精進ものをもっと考案したり。 「美味しくて健康的な料理があるとなれば、私のような老人でも立ち寄りやすいと思うのですよ」 観光地となればそこを訪れる人々は老若男女を問わない。誰もが喜んで食べることの出来る料理を作るのは、たしかに必要だった。 「今はまだ、子供や老人の観光客が少ないので、そういうところまで手が回っていませんでしたねたしかに。参考になります」 青年会代表が頷く。そしてめいは、更にこうも続けた。 「でも、この街は開拓者に――というか、相棒たちにも優しい街ですね。観光大使の時も、今回も、こうやって朋友たちを快く迎え入れてくれるのですから。それはこの街の強みになりえると思います。観光客の連れてきた相棒たちもまた、そのまま街を賑やかにしてくれるでしょうから」 ふむふむ、と誰もが頷いた。たしかに各国の首都でも、相棒と行動を共にするのはなかなかに困難で、特に大型の相棒や駆鎧などとは接触するのもままならないことが多い。しかしこの街はそういったことにも寛大で、むしろ相棒と一緒に楽しめる温泉施設の作成に乗り気なことを見ても分かる通り、さまざまな要望に応えたいという意思がひしひしと伝わってくる。 「新しい街だからこそできることってあると思うんです。相棒とともにいて楽しむことの出来る空間は、新しい街だからこそ作ることができる。そしてそれを謳い文句にして、さらなる集客を望むこともできる。できることをやる前から諦めてしまうよりも、そのほうがいいと思うんです」 青年が熱っぽく語る。この街のさらなる発展を望むからこその強い決意が宿った眼差しで。 「開拓者や交易商に狙いをつけて宣伝するのはありかもね? そういう人たちはお金も持ってるし、あちこちを動き回っているから噂の広がりも期待できそうだし♪ ……そういえばさっきも出てた観光大使、あたしもヤってもイイわよ♪」 桜が茶目っ気たっぷりにそう言うと、 「それはまた、ちゃんと募集をかけることにしますよ。今回はお気持ちをありがたく受け取っておきます」 青年が苦笑交じりに頷いた。 ● ひと通り話を終えると、青年が深々と礼をした。 「開拓者さんたちのご意見は、とても参考になります。何しろ、天儀どころでない世界を飛び回っていらっしゃいますしね。忙しいのはわかっていますが、今回は直接お話を聞けてよかった」 すると開拓者たちは「いやいや」と微笑む。 「素敵な街になるのを期待してるわね♪ あと、観光大使はぜひまた♪」 桃をもふもふしながら桜が笑う。 「そうですよ。せっかくの町おこしに力を貸せるんですから、嫌なわけないじゃないですか」 志郎も、そして雪待も頷いてみせた。 「そうだ、せっかくだから温泉も見物……というか、お邪魔したいわね♪ せっかくだしね♪」 「ああ、勿論どうぞ。まだ龍が入れるほどの大きさのものはありませんが、それもこれからの課題と受け取りましたからね」 青年が温泉までの順路を案内する。残念ながら混浴はないが、それでも露天風呂はちゃんとあるらしい。話しこんでいたらすっかり空も群青色に変わっている。 「露天から見える星空は綺麗でしょうねえ」 めいがおっとりと微笑む。琥珀とルオウは一緒に仲良く浸かるつもりらしい。 「でも……」 誰からともなく、つぶやく。 「この街は、きっともっと有名になれると思うな」 こうやって、真摯に取り組む姿勢を貫いていれば、きっと。 空に瞬く星が、それを約束するかのように、ひときわ輝いたのだった。 |