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■オープニング本文 ● 猫族とは、泰国の獣人をさして言う。 別に猫だけではないけれど、彼の国では獣人を全てひっくるめて猫族なのだ。 そしてそんな猫族にとって、八月の月は神聖なるもの。 特に朱春では『猫の住処』と呼ばれる地域で行われる、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』が気づけばゆうに五百回を数えるのだとか。 文字通り、三日月をさんまになぞらえてのこの月敬いの儀式は、各地で行われてはいるものの、特に朱春のそれは派手だ。 なにしろ、最後は朱春を囲む三山で盛大に模様を描くようにして焼き、それがすっかり夏の風物詩となっているという具合である。 今年のさんまは豊漁だとか。 それならきっと、催しも一層豪華であるに違いない。 ● 「さんま、さんま、さんまねえ……」 猫の住処に程近い一軒の定食屋。 そこの主が、目の前に置かれたさんまを見て唸っていた。 さんまといえば塩焼きが定番。 けれど、祭りに浮かれ調子な猫族の面々が、それだけで満足するだろうか? なにせこの定食屋、客の半分以上が猫族であるからしてその要望に応えていきたいと考えてしまうのは料理人の性とも言える。 「主人ー、たまには珍しい料理も食べたいにゃ」 今日もうまい物好きな猫族が顔を出す。 「さんまの塩焼きが美味しい季節だけどねぇ」 「わかってるにゃ、けどたまには三日月に似てないさんまも食べてみたいのにゃ〜」 飽くなき食へのこだわりは、どこにいてもあるらしい。 と、そこにいた若い猫族がポンと手を叩いた。 「そうだ、こういう時こそ三人よればニャンとやらにゃ」 彼は以前開拓者の世話になったことがあるらしく、その時に振舞ってもらった料理が今も忘れられないのだという。 「開拓者なら、面白い調理法を知ってるかもしれんにゃ」 「……なるほどな。ギルドに相談してみる価値はありそうだ」 店主はそう頷くと、早速依頼を出す準備に入ったのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
伊波 楓真(ic0010)
21歳・男・砂
水芭(ic1046)
14歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 泰国は朱春の一角、『猫の住処』にほど近いとある街角――にある、ごくごく普通の定食屋。 そこに開拓者たちが訪れたのは、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』を目前に控えた、ある暑い日の事だった。 「開拓者さん、お越しくださってありがとうございます」 依頼主である定食屋の旦那が、ペコリと頭を下げる。 「にゃ。美味しい料理を期待しているのにゃ」 そう、ここに集まった開拓者たちはみな自慢のさんま料理を引っさげて、さんまといえば塩焼きが定番の定食屋に新たな風を吹き入れようとしているのだ。 「猫族の好物といえばさんまに決まってるにゃ。どんな料理が出てくるか、楽しみにゃ」 大きな猫耳が特徴の猫族が、にっかりと歯を見せた。そしてそう言われて、嫌な思いをするものはない。 「期待していてくださいね」 礼野 真夢紀(ia1144)は小さいながらも、こっくりと頷いた。 「脂ののったさんまとか、メチャクチャうめえよな。でもだからこそ、それに変わるってのも難しいけど……よし、まあそれじゃあ準備をするか!」 ルオウ(ia2445)がぱしんと手を打つと、他の開拓者たちも互いに頷き合って健闘を誓うのだった。 ……いや、そこまで深刻っていうんじゃないのだけど、ノリが大事らしい。 ● 今日は定食屋は臨時休業。 そのかわり、店主に雇われた開拓者たちが厨房を使い、新しいさんま料理を提案してくれる……とあって、店の周りには猫族の皆が黒山の人だかりを作っていた。 「こういう場で、秋刀魚の塩焼き以外の献立とは……なかなか興味深い話ですね。自身の勉強にもなりますし」 そう微笑みながら料理を考えているのは御樹青嵐(ia1669)。一見冷静そうな彼だが、実はかなりの熱血漢で、こういう場が盛り上がるのを楽しそうにしながら自分の献立を作っている。 青嵐は手際よくさんまを叩いていわゆるなめろうを作っていく。程よく味のついた味噌をねりこんだそれは、漁師町ではよく食べられるものであるが、猫族の目にはどう映るのだろうか。 「それにしても、そう考えると、秋刀魚の塩焼きというのはある意味なかなかに完成された献立ですね」 しかしその常識を覆せるような、それもさんまにうるさい猫族が満足してくれるような献立ができたらどんなに楽しく面白いだろう。 猫族の口に入る瞬間を思うと、つい楽しい気分になるのだった。 「でも、さすがの猫族の皆さんでも、毎回塩焼きでは飽きてしまうんですねえ。一つ勉強をした気分です」 今回の最年長である国乃木 めい(ib0352)も、鼻歌を歌いながら楽しそうに準備をしていく。普段はおっとりとした老女だが、そこは亀の甲より年の功、今までに経験してきた中でこれはと思うさんま料理を脳裏に描いてみる。 ちなみに真夢紀はめいと顔見知り。祖母と孫ほどに年齢の差がある二人だが、料理にかける思いいれはお互い負けるものではない。 「美味しいものが食べたいのは、みんな同じなんですよ、きっと」 真夢紀の言葉はたしかに真実だろうなと、誰もが思う。 「それにしても素材がいいなら、どんなものでも美味しく出来そうな気がするけどねー。今年は豊漁なんでしょ?」 水芭(ic1046)がほんのりとイタズラっぽい顔で笑う。開拓者になる前の記憶を失っているということだけれども、生活の支障はないらしい。 「あまり経験はないけど、さんまをさばくところから、かな」 さんまは身が柔らかく、傷みやすい。けれど丁寧に運んできたさんまは傷らしい傷もなく、新鮮ピカピカだ。これなら生で食べるのも支障はないだろう。 「新鮮なお魚は生でいただくのが一番……って、姉さんも言っていたし」 手つきは器用なわけではないが、その分慎重に、丁寧にさばいていく。 「さばいたあとに残る頭や尻尾は……うん……」 さんま一匹で、二つの献立を作ることも無理ではなさそうだ。 「簡単に作れるつまみ系でもいいのでしょうか?」 そう店主に尋ねるのは、『酒と甘いものがあれば生きていける』と豪語している修羅の青年、伊波 楓真(ic0010)。 「ああ、ここは定食屋ではあるけれど、暇を持て余した若い連中が時々飲みに来るからな。さんまを文字通りの酒の肴にするとなれば、奴らも喜ぶだろうよ」 「ははあ、なるほどなるほど」 楓真はそんな返答を受け取って鷹揚に頷く。 「それなら、僕の方ではそういうものを用意しますか。色々献立も多いほうが、皆さん喜ぶでしょうし」 もちろんそれだけではないが、美味しいものはみなと共有したい――そんな思いがにじみ出ていた。 やがて厨房からは賑やかな声とともに、ふんわりといい匂いが漂ってくる。 猫族の若者たちは、料理が運ばれてくるのを今か今かと待ち構えていた。 ● 「では、今日は発表会ということで……品評会ではないので優劣などはつけませんが、皆さんが美味しいと思ったものは出来る限り当店の献立にできればと思います。よろしくお願いします」 開拓者たちがズラリと盆を持って並び、それを店主が確認した後、実食と相成るらしい。 「では、まずは新鮮さが命ということで――水芭さん、よろしく願えますか」 「了解だよ」 水芭はさんまをそのまま刺し身にしたものと、そのあらと昆布を使って出汁にした味噌汁を目の前に出す。 「ナマのさんまにゃ?」 生食の習慣があまりなかったのだろうか、興味深そうにそれを見つめている猫族の若者たち。 「しょうゆにつけて食べるんだ。薬味に山葵や生姜も用意してあるよ」 天儀のそれとはやはり少しばかり勝手が違うようで、若者たちは恐る恐るそれを口に入れる。そして―― 「うまっ! すっごい美味しいにゃ」 もぐもぐと口を動かす若者たち。一緒に出した味噌汁が秋刀魚の出汁だというと、これも嬉しそうにごくごく飲む。……若干猫舌らしく、舌をやけどしそうになりながら飲んでいるけれど。 「こういうのは癖になりそうにゃ」 傾いた雰囲気の男猫族が笑う。 「せっかくの新鮮な食材は、余さず使いたいと思ったんだよ。これだけでも随分違うでしょ?」 「うん、いきなり美味くてびっくりしたにゃ」 しかしまだまだこれは序の口なのだ。審査員たる猫族の若者たちは、興味深そうに目を他の盆にも移した。 続いては羅喉丸(ia0347)。彼はこれが店の献立になるかもしれないというのを念頭に置いて、いろいろ考えてきたらしい。 「まず、材料の入手が容易なこと。泰国の人が食べるのに抵抗の薄そうなもの。冷めても美味しいもの。そして数を作れるもの。結局、最後は店主殿が作るのだから、この条件に当てはまらないと大変だろうと思ってな」 そうして彼が選んだのは、さんまの竜田揚げ。天儀風の味付けということで、酒と味醂、そして醤油を使ったつけダレで味付けるのだ。ごはんに乗せて、どんぶり風にしたものも一緒に出してみる。 独特の香りが鼻腔をくすぐり、また油のよく乗ったさんまは竜田揚げにはぴったりであるので、若者たちも箸を止めることなくガツガツと食らっている。 そんなことで大丈夫なのかと心配になるくらいだ。何しろまだまださんま料理は出てくるのだから。 「これは天儀風だが、つけダレを変えれば味をもっと泰国風に変えることもできるぞ。ついでに言えばこれに炒め野菜の入った甘酢あんをかけることで更にべつの料理として食べることができる。定食屋に限らず、こういう時は安くて早くてうまいのが鉄則だからな。ちゃんとモノになるまで作り方の手ほどきを付き合うよ」 羅喉丸は楽しげに笑顔を作った。 「みんなのぶんもあるんですよ、ほら」 そう言って微笑むのは真夢紀。すぐには出来ないからと、あらかじめさんまの干物を作って持参してきていた。一夜干しだが、ただ塩焼きにするのとはやはり食感などが異なってくる。 「他のお魚でも試してみたんですけど、美味しいんです」 下ごしらえの旨さに、誰もが舌を巻く。 「あと、これは焼いたさんまと一緒に、千切りの生姜を散らしてごはんを炊いたんです。もう一つの方は身をほぐしてから、刻み茗荷とざっくり混ぜたんですけど……これ、どちらも以前依頼で教えてもらったんです。おにぎりにしても美味しいし、ご飯物って定食屋では大事ですからね」 真夢紀はこれまでにも様々な調理法を依頼などで経験したことがあるのだという。それが存分に発揮されているわけで、それもどこか誇らしげに思える一因であった。 「開拓者さんはお料理もうまいのにゃ……」 先程から黙々と食べていた猫族の一人が、ポツリと呟いた。 ● 「秋刀魚の刺身は先ほどありましたから、ちょっと此方は変わったものを出してみようと思って」 真夢紀に続くようにして、めいがふんわりと微笑む。見た目はどう見てもとっくに還暦を過ぎたご老体だが、好奇心と探究心は開拓者である以上人並みには備えている。今回だって、わざわざ泰国にくるというのは興味深い依頼だったからに違いない。 「で、こんなものを用意してみたのよ」 めいが取り出したのはさんまで作った蒲焼重である。三枚おろしにしたさんまから骨を漉き取り、小麦粉を軽くまぶして両面を焼く。それを蒲焼のタレによく絡ませて重箱の米の上に乗せれば出来上がりだ。 「そうそう、さんまに限ったことじゃないけれど、鮮度を保つためには保冷庫を用意するのがいいですよ。こんな風に」 そう言ってめいが見せるのは、お手製の保冷庫だ。ただ、そのままでは役に立たないので、巫女の助力が欠かせないのだけれど。めい自身が巫女だから出来る芸当とも言える。でもその努力は、間違いなく美味しいものを食べてもらいたいがための努力に間違いなかった。 「なめろうって御存知ですか」 青嵐はまず問いかけることから始めた。あらかじめ、好みの味も確認してからの質問である。 「なめろう? 名前だけは聞いたことありますが」 若者たちはどうやら知らないようで、唯一聞きかじったことのあるらしい店主も曖昧に応える。すると青嵐は自作のなめろうをつきだしてみた。 「細かく叩いてから味噌を練り込む、漁師料理の一種ですね。さんまの刺身と一緒にこれを飯の上にのせれば、さんまの海鮮丼の出来上がりです」 これも新鮮なさんまが必要だが、少し濃い目の味付けをされたなめろうとごはんの相性がとてもよく、それだけでも驚くほどに食が進む。 「このなめろうを一口大にして焼いたのを大葉でくるんだりするのも、これはこれでなかなか美味しいんですよ」 そちらも持ってきていたので、楽しそうに披露する。これもまた食の進む料理だ。ただ、どちらかと言うと酒の肴みたいな感じもする。 「こういうのはお酒に合うかどうかなども重要ですね。……ああ、別に呑みたいだけというわけではないのですけど」 その割にはちゃっかり酒を用意しているあたり、うまいものである。 「そして酔いざましではないですけれど、つみれ汁なんてものも。ああ、あと揚げたさんまを南蛮漬けにするなんて言うのも面白そうですね」 つみれ汁はほどほどに生姜がきいていて美味い。それにしても皆料理が好きなのだろうなと思わず笑顔になる猫族たちだった。 (ちょっと量が多い気がするけどにゃ) 随分腹が膨らんできている。でもさんま料理が美味しくてやめられない止まらない状態だった。 ● 「そういえば、ちょっと異国風味なんてどうだ?」 ルオウが取り出したのは希儀産のオリーブオイル。 「こいつは最近万商店にも出まわってたりするけど、香りづけにはいいらしいんだ。これ使えるんじゃねえかな」 さんまの切り身にオリーブオイルをかけて焼く。たしかに独特の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。 「野菜と一緒にして、ちょっと変わった感じにするのもいいよな。匂いって、やっぱり引きつけられるものだし」 「たしかに珍しい香りで、おなかがすくにゃ」 ここまでにかなりの量を平らげているはずだが、どうやらさんまは別腹らしい。文字通りやめられない止まらない。 「あとさ、猫族向けって言うんで、マタタビの実を添えておくとかどうだろな。『猫定食』だと安直すぎるかもしれないけど。でも、『また旅に出れる』ってくらい健康にいいもんだし、アリじゃないかなってさ」 「ふむ、たしかにそれは面白そうだな」 店主は思いがけない提案に、笑顔で頷いた。 「最後に出すのが酒のつまみっぽくなってしまっているかもしれませんけれど」 楓真が提案したのは気軽に作れて美味しいもの。 塩焼きにして食べやすくしたさんまに薄く切った玉ねぎや酢、砂糖、青ネギなどを加えたマリネ、酒や醤油、生姜につけたさんまに大葉を巻いて焼く揚げ焼き、それにさんまとチーズを餃子の皮にくるんで揚げた包み揚げ。 確かに手間は少なそうな上に材料もごくありふれたものだ。 「まあ、その分お金が酒に流れるんですけどね」 思わずドヤ顔をする楓真である。 「奇抜ではないですけど、喜んでくれると嬉しいですね。……ところで、ご主人」 楓真はわずかに声を落として尋ねる。 「して……ここで酒盛りなどはあるんですか?」 酒を持ち込んでいるものもいるし、つまりはすべての料理が終わったあとで酒宴を催したいというわけだ。 その意見に誰もが一瞬目を丸くし、そして声を上げて笑う。 「今日は特別みたいなもんだからな。良い料理を色々と教えてもらったし、このままみんなで食べるのも悪くない。量も多いし、食べる仲間が多いほうが楽しいだろうし、な」 それを聞いた開拓者たちは目を輝かせる。互いの料理を評価し合える、絶好の機会なのだから。 「いただきます!」 皆の顔に、笑顔があふれた。 ● 「それにしても今日は有難う」 店主は苦笑交じりに礼を述べた。開拓者の手には、土産として渡された猫族秘伝のさんまがある。 「まさかこれほどたくさんの料理があるとはね。俺も修業が足らないな」 「いえ、それは私達もですよ」 めいがほっこりと微笑む。 「美味しいさんま料理を知る、良いきっかけになりました。猫族の皆さんも、喜んでくれたようで」 「そうそう、お互い様ってこと」 水芭も笑えば、 「ごちそうさまにゃ」 若い猫族がイタズラっぽい口調で言う。 「今度は是非、お客としてここに来たいです」 真夢紀の言葉に店主は胸を張った。 「ああ、いつか食べに来てくれるのを願っているよ」 ――三日月はさんまに似ているけれど。 ――たまには三日月でないさんまも、美味しいものだ。 店ではそれからしばらく「さんままつり」と称して、多くのさんま料理が並べられることになった。 それが好評を博すであろうことは、言うまでもない。 |