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■オープニング本文 ● 『流星祭』の時期、街はいつもと違った喧騒に包まれる。 祭は西の空が薄紫に染まる頃に始まる。次々と灯が灯る祭提燈風に乗り聞こえてくる祭囃子。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかす。 時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。 ● 「……それにしても、昨日は驚いたなぁ……」 来風(iz0284)はのんびりと歩きながら、ぼんやりとひとりごちる。 昨日――というのは、相棒の隠し芸大会に半ば成り行きで参加させられてしまったということだ。 可愛らしい相棒からイケメン(?)相棒まで、相棒にも様々あるけれど、ああいう形でそれぞれの違いを見ると、それはそれで面白い。 そして同時に、相棒への愛情も伝わってくるので、相棒好きにはたまらない催し物という感じだった。 でも、この都では結構開拓者とすれ違うことが多い。まあそれもそのはずで、開拓者は基本的に神楽の都に居を構えることになっているから、すれ違う可能性は少なくないのだ。 「でもまだお祭りの終わりには早いのよね……まだまだお祭りを、楽しまなくちゃ」 最終日の花火、そして流星雨を見ずにして何が流星祭というか。 ――と。 「流星祭の夜を彩るラムプは如何かい?」 街の片隅にいた、山高帽の青年が来風に声をかけた。来風は目をパチクリさせながら、 「ランプ……ですか?」 青年に問いかける。その瞳にほんのりと、好奇心の輝きを帯びながら。 「ああ。折角の、こんなに綺麗な星空の下、無粋な灯りでは星も嫌がるだろう? そこでだね、僕の経営する硝子工房で、この日のためにランプシェードを幾つかこさえたんだ」 青年が取り出したのはツルンとした、まるで卵の殻を模したかのようなランプシェード。丁寧な出来に、来風も一瞬息を呑んだ。 「ただ、これにはまだ生命が宿っていない。まあ、簡単にいえば絵付けの作業だ。君たちの中で、こういうことを好きな人はいるかなぁ……?」 来風の耳が、ぴくぴくと動く。 「わたし、やってみたいです!」 すると青年は柔らかく微笑んだ。 「なら、この地図を渡しておくよ。君の友人や知り合いにも、声をかけてくれるかな……? ラムプの数は丁度九個。絵付けの題材も、それに込める想いも、君たちの好きなようにしてくれて構わないから」 工房を片付けるから、あとで来てくれと青年は言う。来風は、こっくりと頷いたのだった。 皆さんも、少ししっとりした流星祭を味わうのはいかがだろう? |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
国分の山河(ic0641)
27歳・男・砲
アイリーン(ic0813)
16歳・女・ジ
花藍(ic0822)
17歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 流星祭の期間中、神楽の都は大賑わい。 誰もがその賑々しさの中で祭りを満喫している。 そんな都の片隅、喧騒から少し離れた薄暗くどこかもの寂しい雰囲気が漂う場所に、その硝子工房はあった。 集合は、昼食をとってまもなくという時間。 「――よくきたねえ。どうぞ、入って構わないよ」 そう微笑むのは来風(iz0284)に出会ったとき、山高帽をかぶっていたガラス職人の青年。帽子を脱ぐとなんと禿頭である。しかしそれに少し驚いている来風の顔など気にせず、彼はケンと名乗った。 「ここは僕の工房でね。まだまだ修行中の身だけれど、この星のまつりには、こういうものもいいのではないかと思ったんだよ」 工房は小さいながらも可愛らしい細工物などが所々に置かれている。これらは全て彼の作品ということらしい。 「開拓者の皆さんもよく来てくれてありがとうございます。せっかくですし、楽しんで作れるよう、僕もお手伝いするので……楽しんでください」 来風の紹介を受けて集まった開拓者たちに、青年は目を細めて微笑みかけた。ランプシェードの数と同じだけの開拓者は集まらなかったものの、それでも人が来てくれるということが何よりも嬉しそうだった。 ● 「……それにしてもこれ、ツルツルで、本当に卵みたいだね! うん、なんだか創作意欲が湧いてきたっ!」 卵のようなランプシェードに触れながら、そう無邪気な笑顔を浮かべるのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。幼い彼女は随分とお気に召したらしい。そんな少女を、横で見ていた国分の山河(ic0641)は微笑ましく見つめる。 「たしかにまあるいにゃあ。でも、ガラスに色を塗るとか、したことないにゃあ……一体どんなふうにしたもんかのう……」 ややクセのある言葉遣いで呟きながら、受け取った卵――ではない、ランプシェードを撫で回す。わずかにひんやりとして、気持ちがいい。 「そうですね。私もランプの絵付けは初めてなので、うまく描けるかはちょっと不安ですけれど……でも、思い出に残るような素敵なお祭りになるといいな、なのです。だから、こういう経験もきっと素敵な思い出になるといいな、って」 垂れ耳うさぎの獣人、花藍(ic0822)もほんのり顔を染めて笑う。まだまだ経験が多いとはいえない彼女にとって、一つ一つがどれも貴重な経験なのだろう。 「ふむ。たしかにこれは記念になるだろうしな。手作りの記念品というのも面白いかもしれないし」 その一方で歴戦の開拓者である羅喉丸(ia0347)も、そんな花藍に同意して頷く。 せっかくの祭りになにもしないのはなんだかもったいない。もちろん、屋台で食べたり、大道芸を見たりなどはするのだけれど、逆に言えばそういったことは誰もが行うありがちな光景だからこそ、あえて一風変わった、そして形に残る思い出を――そう思って参加している人も少なくはないはずで。 思い出は、大切だから。 (そういうところは、絵も文章も似ているものね) 来風がすっと、目を細めて微笑んだ。 ● ガラスに使うのは、専用の塗料。それを使って絵をかいたのち、焼成という作業を施して出来上がる。焼付けには一刻ほどがかかるというから、蝋燭を作りたい人はその時に作ればいいとのことだった。 「……さて、それにしてもうまく描けるといいんだが」 軽く頭を掻きながら、そんなことをつぶやく羅喉丸。彼の中ではかきたいものがここにくる前からかなりきちんと決まっていたらしい。 それは、星にちなんだもの。流星祭の記念という意味合いの強い柄である。 彼の得意とする技の一つが玄亀鉄山靠。玄亀とは玄武を指す。そして一方で、天には二十八宿と呼ばれる星々があるのだ。東西南北それぞれに七宿ごとにまとめられ、そしてその七宿の星座をつなげた形は4つの聖獣に見立てられ――そう、空には四神が存在する。そのうち、玄武は北の七宿を指すということであるから、たしかに彼が描くとしてそれが玄武であるのは非常にふさわしいといえよう。蛇と亀が絡みあったその姿のそばに星宿をあしらうという、ちょっとばかり凝った意匠だ。 まずは下書き、それからランプシェードに清書をする。 非常に丁寧な作業で、ケンも 「どこかでこの手の経験があるのかもしれないな」 と感心したように眺めていた。 ● (想いや祈りを捧げるのなら……それ相応の祈りを込めて、作ってみたいものですね。そしてそう、たとえるならば卵から雛が孵るかのように、人々の祈りが育まれて、そして叶いますようにと) ティア・ユスティース(ib0353)はランプシェードを優しく撫でる。ごく単純な形ではあるが、逆にそのほうが難しいとも言えて、これを作り上げたガラス職人のケンはかなりの実力の持ち主であるとも言えた。 まだ若いゆえにあまり表に出ていないのだろうが、いつか彼の作品は認められていくのだろう。 そんなランプシェードに、彼女は遠い故郷の幻影を見た。 金色に輝き波打つ小麦畑。 そこで額に汗しながら働く人々の幸せそうな姿。 それはティアの家族を思う心のあらわれの一つだろう。家出同然に飛び出して開拓者となった彼女ではあるが、だからこそ家族の、そして人々の安寧を一層思う。 そしてまだ騎士としての教育を受けていた幼い頃に見た、遠く懐かしい風景を思い起こした。 金色の小麦がさやさやと穂波を作る畑。 そこにいる、あたたかくて優しい心の持ち主たち。 だからこそ、きっと今のティアがいて。そう思ったら、思わず笑みがこぼれた。 ● 「ええっと、こんな感じでどうかなぁ……?」 リィムナがランプシェードに色を塗り、四方八方から眺めた後、にまっと笑みを浮かべる。 卵のような造形のランプシェードに、ちょうど卵の殻のように下の方だけひび割れたかのような白を施す。こうやって描くと、本当に卵の殻のようだ。 そして、ランプシェードの中には炎龍の幼生を象って作った、小さな粘土細工を入れてみる。 それは後ろ足で立ち、翼を広げ、そして口を大きく開けた、幼くもどこか勇ましい龍の姿。 粘土は火に強い材質を使い、そして可愛らしく色付けされている。 「これは……炎龍?」 来風が興味深そうに尋ねると、リィムナは嬉しそうに頷いた。 「うん。あたしの相棒のチェンタウロ……チェン太も小さい時はこんなのだったのかなって思って。だから、ミニチェン太だね」 わざと頭部を大きめにして幼生らしさをだしてみる。コロコロとした感じは愛嬌があって、微笑ましい。 「せっかく卵型をしてるのなら、それでアイデアにならないかなぁって。あ、言っとくけど出来上がってのお楽しみだからね!」 そうきっぱりと言うとリィムナは、子どもらしい溌剌とした、そしてどこかいたずらっぽい表情を浮かべて笑った。 ● 「それにしても田舎にゃぁ、こんなものはまだないきに……えい記念となれば万々歳にゃあ」 横で無邪気に笑い声を上げているリィムナを微笑ましく見つめながら、山河も袖をたすき掛けにする。袖が危ない可能性もあるから、当然といえば当然の措置だろう。 ランプシェードを手に、青年は軽く頭をかく。 周囲のみんなの絵付けや細工も気になるが、きつい訛りのせいでその意思がきちんと相手に伝わっているかどうかは本人も不安なところだ。 「みんなぁ大体決めちょったみたいやが。さて俺は何がええがか……」 山河が持ったランプシェードは、決してその見た目通りの冷ややかさがあるわけではない。むしろ、ずっと撫で回していたこともあってほんのりと人肌に近くなっている。 しかし、彼も思い立つと手早く細工にうつった。 ランプの内側に上の方からおよそ半ばほどまで、まるで宵闇のような群青を半透明色で塗り、裾の方に行くに従ってぼかすようにする。 ランプシェードを天球に見立て、外側には流星群のようなものを描き、その上から不透明色で雲も添える。流星祭にふさわしい、夜空の出来上がりだ。 そして上が天ならば、下は海。水面から見た魚をやはり不透明色で描いていった。 「お、綺麗なもんだな」 少し休憩をしていた羅喉丸が近づいてくると、山河の絵付けに目をみはらせる。 「俺も星を描こうと思ってね。玄武の七宿なんだが、こういう発想はなかったな。少し参考にしてみるか」 「ほうか、おんしも星か。お互いえいもんになるとええにゃあ」 お互い経歴は違えども、同じようにこのたまご型の世界に星を見出した二人。にかりと笑いあうと、とんと拳を軽くぶつけあった。 ● (お祭りって、祭囃子の音が遠くで聞こえるだけでもワクワクしちゃいます……きっと楽しいだろうな、って) 泰国出身で、まだ修行中の身である花藍としては、様々なことを新鮮に感じるらしい。 (思い出に残るような、楽しいお祭になるといいな、なのです) そう思いながら受け取ったランプシェードはどこか温かみがあって、花藍はつい微笑んでしまう。 どんな絵柄にしよう。そんなことを迷っていると、近くの男性二人のやり取りがふっと聞こえてきた。 どうやら彼らはお互いに違いはするが星を描くらしい。 (せっかくの流星祭だから、やっぱり星空がいいと、私も思うのです) 手にとった筆で、早速塗り始める。柔らかい青を貴重にして、月と星と、それを見上げる白うさぎという図案だ。 「せっかくの卵型のランプですし、中に夜空が閉じ込められているような、そんな『夜空の卵』っぽく仕上げられたらな……なのです」 「素敵ですねぇ」 「あ」 後ろから声をかけられて花藍は慌てて振り向く。来風がそこでふんわり微笑んで立っていた。様子を見に来たらしい。 「わたしは……ふふ、もふらさまです」 確かに、来風のランプシェードに描かれているのは、空を見上げるもふらさま。上手くはないが可愛らしくて、花藍もつい笑顔をこぼす。 「かわいいのです。来風さんはもふらさまが好きなのですね」 「はい。わたしの相棒を参考にしたんですよ」 さすがに繊細な硝子細工の中に相棒を入れるのはためらわれてしまうのだろう。万が一のことがあってはいけない。 「そう言えば、蝋燭はどんなのがあるのでしょうか。一緒に見てみませんか」 「あ、わたしも同じようなことを考えてたんです」 くすくすくす。 何処か似通うところのある少女たちは、思わず笑いあった。 ● 全員が色塗りを終えると、それを焼き付ける作業に移る。この間はいくらか暇なので、蝋燭選びと相成った。 「あまり良くわからないのです。詳しい方とかはいませんか?」 花藍が尋ねると、ケンも少し申し訳無さそうな顔。 「ここにあるのがだいたいふつうのものです。絵付けをした蝋燭なんかはどうしても少し高くなってしまうので……ただ、中に入れるものですから、質素なものでも大丈夫と思いますよ」 渡されたのは何の変哲もない、やや太めの蝋燭。 「ああ、それなら俺は黒い蝋燭があればそれでいい。玄武の色だしな」 羅喉丸はこくりと頷く。そういえば卵は更に泰国風の文様が描かれていたりして、完成度がだいぶ上がっていた。 「どうなるか楽しみだな」 「ええ、そうですね」 ティアが微笑む。絵付けを終えた彼女は自らの竪琴を引き寄せて、祈りを調べにのせながら爪弾いていく。彼女が選んだのはやわらかなはちみつ色の蝋燭。 その色はきっと、彼女にとっての豊穣の象徴なのだろう。 「あたしはね、こんなかんじかなぁ?」 リィムナは赤や橙の塗料を持ってくると、それを上手く調合して上手いまじり具合にしている。さながら燃え盛る炎柱だ。 「これをね、さっきのミニチェン太の前に置けば……ほら、火を吐いてるようにみえるでしょ? かっこいいかなって思って」 子どもの発想はいつだって奔放。思いつくことがどれも年長者には新鮮に見える。 「だからね、絶対にかっこよく可愛く作りたいの! 位置とかね!」 こだわりがあるのも、いかにも子どもらしいお茶目さ故。 「おんしゃあ、そんなこだわりがあるのがええがじゃ」 山河が笑って、リィムナの頭を撫でた。 「あとで俺のも見るとえいきに。青い炎が出るように、蝋燭に細工したきに」 「え、ほんと? 見てみたい! 楽しみだなー!」 山河の強いクセのある口調でもリィムナはニコニコと応対して、屈託なく接していた。こういうのも、彼女の強みなのかもしれない。 花藍は、結局淡いたまご色の蝋燭を選んでいた。 夜空の卵を思い浮かべて作ったランプは、きっとその思い通りに、中にひとつの世界を内包しているかのようだろう。 ● 「さあ、出来ましたよ。熱いですからね、火傷に気をつけて」 ケンが軍手をしたまま持ってきたのは、先ほどのランプシェードたち。 それを同じく軍手をして受け取ると――それらはとても美しい、光の卵となっていた。 その中にそっと蝋燭を入れ、灯す。 ぽわり、と、やわらかな光がランプの中に生まれた。 「綺麗……」 花藍が思わず息を呑む。 「本当に。綺麗ですね……」 ティアも同じように頷いて、そしていとおしそうにそれを抱く。 「綺麗だね……なんだか、夢みたい」 リィムナはそう言いつつ、小さな炎龍のための卵を完成させる。中で蝋燭を燃やし、炎をはいているかのように見せるのだ。 「こりゃあ、面白いもんじゃ。綺麗なもんじゃき」 山河は炎の色を少し変えるように加工して、幻想的な光景を作り出している。リィムナは目をみはってそれを見つめ、楽しそうに歓声を上げた。 「大変だったけど、すっごく面白かったなー!」 そんな言葉を聞いたケンは、照れくさそうに礼を言う。 「うん……不思議と心が落ち着きますね。こういうのもやはり、炎の優しさみたいなものなのでしょうか」 来風がそっと微笑みかけた。 「……あ、そろそろ星も流れる時間ですね。まだ最大まではいっていないけれど、随分降っていますよ」 夕闇に染め替えられた街の片隅で、青年がそんなことを言う。 「たまにはこういうのもいいものだな」 羅喉丸が笑って、そして空を見上げた。 空の上から降る星を探すために目を凝らし、そして見つければ祈りを捧げる。 例えば、それは平穏な日常。 例えば、それは長く続く友情。 例えば、それは皆の無病息災。 想いを込めて開拓者たちは空を見つめ、そうして――また優しい気持ちになるのだった。 |