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■オープニング本文 ● その日、来風(iz0284)はふと、手紙を書きたくなった。 開拓者として旅立つ前、宝物にしていた矢立を譲ってくれた祖母。 ……そう言えば、どうしているだろう。 理穴で砂羅・氷羅と呼ばれるアヤカシが出たと、話題になっている真っ最中。 来風も、少しでも手伝えることはないかと模索はしたが――なにぶん彼女の実力はまだ未熟で、せいぜいが炊き出しの手伝いしかできなかった。 もちろん、それが大切な役目と彼女もわかっている。 けれど、生まれ育った国の窮地で、大したことができなかったことに、ちょっぴり悔しい思いをしているのも確かだった。 ● 「おや珍しい。来風さん、今日は手紙ですか?」 顔なじみになってしまったギルド職員が、来風の手にしていた紙を見て指摘する。 「……はい。やっぱり、会えないでいると疎遠になってしまいますから……せめて、家族に手紙だけでもと」 来風が言うと、職員の男はうんうんと頷いた。 「最近は手紙を面倒臭がる若者も多いですからねぇ。来風さんのご家族も、きっと喜びますよ。……そうだ」 職員はふと、いいことを思いついたという顔をした。 「いつもの話を聞くやつですけどね。今回はそれこそ手紙についてなんてどうです? ほら、今月は文月なんて言うでしょう、ピッタリじゃないですか」 来風も、ぱちんと手を叩く。 「ああ、それは素敵ですね。出せずじまいだった手紙とか、手紙のやり取りで起きた出来事とか……探せば話題もたくさんありそう」 来風の笑顔に、職員もつい笑った。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
月詠 楓(ic0705)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 「来風さん、お久しぶりですの。今日はよろしくお願いしますの」 そういって笑顔を向けてくれるのは、以前も話を聞かせてくれた水月(ia2566)だ。 「今日はひやしあめ、たのしみなの」 どうやら話もさることながら、夏らしい涼を求めて遊びに来てくれたらしい。そういえばと集まった面々を見てみれば、見覚えのある顔が半分以上を占めている。その中でひときわふんぞり返っているのは、杉野 九寿重(ib3226)の人妖、朱雀だ。 「ワンコはまた理穴の戦場だからねっ、この機会に手紙を書くのもありかと思って、ワンコのためにきたのだよっ」 ワンコとは九寿重のことだ。理穴に現れた上級アヤカシと戦うために、あるいは陰殻で起きている【血叛】のために、開拓者たちは今、神楽の都を離れていることが多い。九寿重もそんな一人なのだろう、今回は朱雀がこっそりと申し込んでやってきたという形のようだ。 「まあ、何はともあれ。話を始めようじゃないか」 羅喉丸(ia0347)がにっかりと笑い、開拓者たちは店の暖簾をくぐった。 ● 「くずきりー♪ ひやしあめー♪ こゆき、けがわきてるからつめたいものうれしいのー♪」 礼野 真夢紀(ia1144)の猫又、小雪が楽しそうに声を上げる。真夢紀が苦笑しながら、 「食べ過ぎたらお腹が痛くなるから、ほどほどにね」 そんなことを言うさまはまるで親子のよう。でも、と真夢紀も微笑む。 「葛切りだと、夏には自分でも作って、よく屋台で売ったりしています。お祭屋台の手伝いも、結構依頼がありますの。楽しいですよ」 ぱっと見はまだ年端もいかぬ少女だが、その経済観念はきっちりとしているらしい。 「でも、手紙……かぁ。せっかくだから、前に姉ちゃんに手紙でいたずらした時のことを話すね♪」 やはり真夢紀とさほど変わらぬ見た目のリィムナ・ピサレット(ib5201)が、悪戯っぽい光を目に宿らせて、語りはじめた。横では迅鷹のサジタリオが、そんな主の顔を見ては羽をバサリと動かす。 「うちの姉ちゃん、昔は近所の女番長だったんだよね。でも両親が亡くなってからは、真面目……かどうかはいまいちわからないけど、メイドさんとして働いてくれてあたしたち姉妹を育ててくれたの。だからすごく感謝してるし大好きなんだけど、そんな経歴だから今まで彼氏っていなかったんじゃ……って思ったら、悪戯したくなっちゃって」 誰もがお茶目なリィムナの口調に引きこまれている。 「で、女性向けの小説に出てくるような、完全無欠のイケメンキャラを考えてね。姉ちゃんを称える美辞麗句が詰まった手紙を書いて、そのイケメンから届いたって事にして渡したんだ。ジルベリア貴族で、広大な領地持ってて、って風に」 どうやら物凄い設定にしたらしい。話を続けるように、サジタリオが促す。 「そしたら姉ちゃんもすっかりその気になって、何度か手紙のやり取りしたあとに実際に会うことになって……で、驚かせるためにこっそり姉ちゃんを待ってたら、後ろから襟首掴まれて、『なかなか楽しい文通でした。が、実在しない貴族名を使ったのは迂闊でしたね』って……。姉ちゃんは貴族の屋敷のメイドだったから詳しかったんだ。だから最初から悪戯って知って演技してたって言うわけ」 そこまで言うと、リィムナは大きくため息をつく。 「それで、どうなったのですか?」 月詠 楓(ic0705)が、鬼火玉の火焔と共に興味深そうに尋ねてくる。 「え、ええと……人を騙すのは良くないからって、お尻を百叩きされちゃった……悪戯は良くないよね! うん!」 苦笑しながらリィムナは話す。でもその心中には、またなにか思いついたら……という風にも見えて、なんだか笑顔が周りに広がった。 ● 「きょうだいがいるのもいいものですね。わたくしは一人っ子ですので」 楓がほんのりと微笑む。けれどその笑顔の中には、ほんのり寂しそうな色。 「わたくしは一軒家で両親とお手伝いさんと暮らしているのですが、共働きの両親は家を空けることが多く、子供の頃はそれが寂しかったものです……ああ、今はそれほどでも御座いません。火焔もおりますし……ほ、本当ですよ?」 傍にいる鬼火玉に言い訳をするようにしながら、それでもその口調はどこか当時を懐かしんでいるように思える。そっと目を伏せ、言葉を続けた。 「そんな中、わたくしを心配した祖母がよく遊びに来てくれていて。それが嬉しくて、感謝の気持を綴って渡そうと文をしたためたのですが……父は書道家で、その父のような美しい字が書けないことが幼心に情けなく恥ずかしく。何度も書いては納得がいかず、ずっと渡せずじまいでした」 「思い通りの字を書くのは、案外と難しいものですよね。なんとなくわかります」 菊池 志郎(ia5584)が、相棒の宝狐禅・雪待とひやしあめを飲みながら頷く。雪待はその甘露が初めてのせいか嬉しそうに尾を振っていたが。 「それが、ある日祖母に見つかってしまい、わたくしの下手な文字にがっかりされてしまうのではないかと思いました。が、祖母は『文字の上手下手は重要なことではなく、気持ちを込めて一生懸命書いてくれたのが何より嬉しいのよ』と言って下さり……その祖母も今は亡いですが、そんな風に可愛がってくれた祖母をつい思い出してしまいました。だから、つい……」 声がわずかに震えている。ほんのりと潤む瞳をそっと誤魔化しながら筆を紙に滑らせ、 「今となっては随分書も上達しましたが、それでもお父様に比べたらまだまだですね」 楓はそっと筆を置く。そこには『文月』と、流麗な文字が書かれていた。鬼火玉もどこか嬉しそうに炎を揺らめかせた。 「一生懸命書いた……と言えば、こんなことが」 くずきりを人妖の光華と分け合いながら、和奏(ia8807)がくすりと笑う。そして、懐から一枚の絵手紙らしきものを取り出した。 「これは、光華姫が自分にと、以前に依頼で訪れた旅先から送ってくれたものです。戻ってから数日後くらいに手元に届くと、旅先での記憶がより鮮明になりますよね。自分への土産――のようなものです」 その絵手紙は観光地で客向けに書いてくれる似顔絵のものだった。ブサ可愛いもふらと一緒に、光華が必要以上に可愛らしく描かれている。正直、色んな意味で笑える逸品だ。和奏の説明では、絵師に注文をつけまくって描いてもらったらしい。 そして、その脇にはこんな文章が。 『わかなへ こんかいのいらいはたのしかったわ いちねんもはんぶんがすぎて、あたらしいおもいでがふえたわよね〜 あとはんぶん、きっとたのしいことだけじゃないわよね あやかしたいじのおしごとはつらいことやしんどいことのほうがおおいんだから でも、そこはわらってのりこえようね とりあえず、このはがきをみればきっとえがおになれるはず! ありがとう、ぶさもふら!!』 「――……」 誰もが言葉を失う。その場にいた唯一のもふら・来風の相棒であるかすかは 「かすか、ぶさいくじゃないもふ」 と、ちょっぴりおかんむり。来風はそんな相棒に苦笑しつつも、 「でも、光華姫……光華さんは、和奏さんのことをすごく考えているんですよね、きっと」 そう、感じ取る。 「ええ、もらったときは送り主の感性の方が眩しかったですけれど、なんだかこの手紙を眺めていると笑顔になれて、元気になれる気がするんです。感謝しないといけませんね」 そう頷く和奏は、優しく微笑んでいた。 ● 「で、相棒たるこのアタシから、ワンコへと送ろうと思っていた手紙なんだよっ」 九寿重の相棒、朱雀がまたも胸を張る。一人では書くのも大変だろうに、夜の一人寝は寂しいものだからと筆をとったのだという。 「アタシの愛のこもった文章に慄くがいいよっ」 そう言うと、朱雀は朗々と読み始めた。 「『拝啓、お元気なのかな? 怪我したり毛並みが傷つけられたりしてはいないかなっ? ワンコの主人たるこのアタシが心配しているのだから、どうか無事で帰ってきて欲しいのだねっ。 現地の状況が凄まじくて別の相棒の方が役立てるということから、ワンコの傍にいるのが自分じゃないのが悔しいけどっ、もしもの時はちゃんと身の安全を優先して確保するのが行くときの約束なのだよっ』」 ――実際、理穴の戦場はかなり厳しいことになっているらしい。理穴のみならず、他国の王族までも巻き込んだ激しい戦いとなっている、と風の噂に聞いている。 適材適所。 今回の戦場は朱雀向きではないと九寿重は考え、そして出発したのだろう。 その結果がこの手紙なら、どういう反応をすべきか悩むところだが。それでも、手紙はおどけた書き口ながら、思いやりが伝わってくる。 「『ワンコの技量は保障できるから、それなりの活躍は見込まれると思ってるけどっ。 なので無事帰ってきたならば、そのへんの話をじっくり聞きたいのだねっ。 その時のアタシの手元にワンコの尻尾があれば、それはもう愛しくてっ、久しぶりのすりすりを高速で行うのを今から楽しみにしてるんだねっ。 というわけで、一日千秋に感じつつ、帰りを待っているんだよっ。 ――敬具』」 ひと通り読み終わると、朱雀はふうっとため息を付いた。そして同時に、周りの者たちからも、ため息が。これだけ(若干邪な思いも混じってはいそうだけれど)相棒に思われている九寿重は、幸せ者なのだろうと。 「これを受け取ったワンコは、思わず感涙すると思うねっ」 朱雀はもぐもぐと葛切りを口に含みながら、自身の書いた手紙の余韻に浸っている。けれどそれを咎めるものはいない。朱雀なりの、九寿重への思いが伝わってくる、素敵な内容だったから。 「……そう言えば、八重桜のとき以来ですね、来風さん」 ふと思い出したかのようにそう言い、志郎は柔らかい笑みを浮かべる。 「戦などで慌ただしいからこそ、体を壊しては元も子もないですよね。お互い、気をつけましょうね」 雪待と二人、そう言いながら葛切りを分け合う姿は愛らしい。 「それはそうと、手紙ですよね。故郷を離れている人は、たいてい家族や友人からの手紙を大事にとっておきますよね。それを見ると、少し羨ましいなって思うんです」 志郎はそこで言葉を一度切った。来風が目を丸くする。 「え……どういうことですか?」 すると志郎は、わずかに目を伏せた。 「……俺は、もともとシノビの里で育てられまして。陰殻のそういった里は多かれ少なかれ閉鎖的で、情報が漏れるのをとても警戒しているんです。だから、俺のところにも里から手紙はきますが、内容はごくありふれた日常のことに限られていて、紙や墨もありふれたもので。しかもそんなものでも、読んだらすぐに焼却するよう義務付けられているんです。俺が出す手紙も、神楽の都やギルドの仕事で見聞きしたことを書いてもいいんですが、数日経てば処分されてしまう」 もともとシノビとして生まれ育った者にとって手紙の処分などは結構よくある事なのだと、志郎は補足した。 「そういう世界で育ったし、それが俺の里での約束事なのだから仕方ないのですが……それでも、相手のことを思いながら選んだ書簡箋に、ありったけの想いを込めて文字を綴って――そんな手紙をずっと手元に留めることが出来たらどんなに嬉しいだろうと、そう思ってしまいますね」 だから、皆のような『手紙の話題』が羨ましくあるのだと。志郎は切なそうにそっと微笑むと、雪待を撫でる。 彼は、『家族との思い出』を、手紙の形で共有することが出来ない。でも、だからこそ、この『手紙の話』に参加したのだろう。そういう人もいるのだと、ひっそり主張するために。そして、来風にその事実を残してもらうために。 「……これ、私が書き残しても――?」 来風の不安そうな顔に、志郎は小さく頷いた。その懐で雪待が、 「手紙なぞ、我が素晴らしいものを書いてやろうぞ?」 そう言って尻尾を揺らし、志郎を励ますかのように尾で肩を叩く。 「……うん。雪待、ありがとう」 志郎は、小さな声で相棒に感謝の言葉を述べた。 ● 水月はそれまでの話を、静かにじいっと聞いていた。もとい、ひやしあめや葛切りを堪能しながら聞いていた。と、 「水月さんは、なにか手紙の思い出とかありますか?」 そんな風に来風に尋ねられ、はてと考える。 「お手紙……んゅ、ほとんど書いたことない、の。あ、でも……最近、一通だけ書きました」 水月は嬉しそうに頷いた。 「ていっても、自分から出したのじゃなくて、届いたお手紙へお返事したから……だったのですけれど。わたし、一応開拓者長屋に部屋を借りてますけど、めったに帰らないであちこちふらふらしているから……だからお手紙が届いたとき、ちょっとびっくりしちゃったの」 開拓者という身分がら、長屋に住まいを持っていてもそこによりつくことの少ない人は少なくない。しかし年端もいかぬ姿の少女がそれでは普通心配もするだろうな、と周りの成人した開拓者は考えてしまう。 そして少女は懐から一通の手紙を取り出す。随分分厚い封書だった。 「送り主は彩颯ちゃんの育ったところの鷹匠さんからでしたの。彩颯ちゃんや、わたしの近況とかをうかがう内容……と、それから今年生まれた仔たちのこととか、お弟子さんたちのこととか、しまいには手紙を書いた日のごはんのおかずのお話とか……。その鷹匠さんも普段は手紙なんか書きそうにない人なので、たぶん途中で何を書いていいのかがわからなくなっちゃったんだろうな、って想像をしたらなんだか面白く思えて……それで、ついわたしも珍しくお返事を書こうかな……って」 手紙のやり取りは、本当に人の心をうつす。 自ら話しだすことの少ない水月だからこそ、こういった手紙をもらって気にかけてもらえることが、とても嬉しかったのだろう。わざわざ返事を書くという気分になるのは、まさしくその嬉しさの現れなのだ。 傍にいる迅鷹の彩颯も、相棒の感情が伝わってくるのだろう、嬉しそうに羽を広げた。 「私も彩颯ちゃんも元気なの、は当然だけど、彩夏ちゃんは『上級』なんて呼ばれるくらい立派になったのー、とか、今はもっと自由に二人で飛べるようになるのを目標に頑張っています……とか。ありきたりなことばかりで、もっと面白いことをかけないかなって思うのですけど……。お手紙は、わたしにはお話するのと同じくらい難しいの……」 文章を考える、こしらえるという意味で、会話と手紙は似たり寄ったりだ。ただ、手紙は後々までそれが記録として残ることがある。だから余計に筆不精が増えるとも言えるのだけれど、そんな中で水月の行動は彼女の中の持てる力をいっぱいに出したといえるのだろう。 「手紙を受け取った方が、喜んでくれるといいですね」 横に座っていた真夢紀が、にっこりと笑った。 そんな真夢紀は、何やら重そうな風呂敷包みを机に載せ、それをはらりと開いた。中に入っていたのは大量の巻物やはがきだ。 「まゆがお手紙というと、お姉さまとちぃ姉様に出しているお手紙で、これは今までに届いたそのお返事の文です」 この量から察するに、出した手紙の量もおそらくすごいことになっている。 「開拓者になってから、依頼のことや感じたこと、そんなことを書き留めては姉様たちに送って、それに姉さまたちがお返事をくれて……たいてい巻物形式なのがお姉様で、一枚紙なのがちぃ姉様です……ちぃ姉様は言葉の使い方が、決してうまいわけではないので」 地元に残って真夢紀を応援している二人の姉。二人の代わりに見聞を広めるため、そして自身の好奇心のためにも開拓者として旅立った真夢紀は、日々の出来事がどれも新鮮で、そしてそれらを家族に伝えたくてならないのだろう。 真夢紀はそんな姉を思い出したのだろう、ふふっと可愛らしく笑みをこぼす。 「まゆは依頼に行くとき、たいてい矢立と手帳を持っていきます。あとで書くと、それは絶対に嘘になっちゃいますし、その瞬間に感じたことを書き留めないと、自分でも忘れちゃいますから。……以前にも言ったことがあるんですけど、想いって言葉にしないと伝わりません、よね。家族だから言わなくてもわかる……なんてことはありません。むしろ家族だからこそ、話をして、自分の考えをわかってもらいたいですから……」 そこで一旦言葉を切ると、ひやしあめをこくりと飲んで、真夢紀は頷く。見た目よりも、その中身はうんと大人だ。 「場合によっては一緒にお土産も送ったりしていますよ。姉様たちは実際にその場所へ行けることはほとんどないですからね。それを喜んでくれるといいな、って思うんです」 まだまだ幼い小雪も口を出す。 「まゆきのおねえちゃんたちからおてがみだすこともあるよ。こゆきたちにはおしょーがつにはれぎをおくってくれたりとか、こゆきのこともおてがみにかいてたのぉ。すごくうれしかったの」 ――そう言えば、小雪を引き取ることになったのも、姉たちからの手紙がきっかけだったな――真夢紀はそれを思い出しながら、優しく相棒の背を撫でる。小雪は嬉しそうに、真夢紀の膝の上で尻尾をパタつかせた。 ● 「そうなると最後は俺か」 羅喉丸が傍らの人妖・蓮華に突かれて、軽く咳払いをする。 「そうだな……開拓者になってからしばらくした頃に、故郷の両親に出した手紙の話なんかがいいのかな」 青年は顎を軽くしごきながら、話し始めた。 「開拓者になって、依頼を受け始めるようになってから一年ぐらい経った頃の話になるかな。もともと子どもの頃に助けてもらった開拓者の背に憧れて故郷を飛び出して、なんとか神楽の都までたどり着いてから師匠を見つけて……そうやって開拓者になってすぐの頃は振り返る暇なんかまるでなくて、ただただ前を目指して駆けていた……そんな頃だ。一年くらい経ったこともあって少し余裕ができてきたんだろうな、ふと飛び出してきた故郷が気になってな。手紙を出したんだ。その頃はまだ色々と背伸びして自慢話も書こうとしたんだが、まあまだまだ駆け出しをやっと卒業した程度の頃だ、なんだか気恥ずかしくて結局そういったことは書かなかったのかな……」 当時のことを懐かしむようにして思いを巡らせているのだろう、羅喉丸はほんのりと笑顔を浮かべる。 「……そう。ただ無事に元気にやっている、そう書いて出したのだと思う。そしたら驚いたよ、手紙の返事が来たことだけじゃなくて、両親がすごく心配してくれていたんだ。そんなに心配されていただなんて知らなかったからね。でもそれからは、月に一度くらいは手紙を送るようにしているよ」 普通にいい話である。家族思いの青年なのだ。 「……あの手紙は両親に出していたのか?」 蓮華は知らなかったらしい。うむ、と羅喉丸は頷く。 「では、次の機会には妾も一筆したためようか?」 そう言われて、羅喉丸は考えこみ始めた。 「そうか、人妖なら文字も書けるのか……あ、いや、でも待てよ」 ごく普通の娯楽に乏しい村で、息子の手紙にどう見ても女性が書いた文章が同封されていたらどうなるか。盛大に誤解され、下手したら祝言の日取りを尋ねる手紙などが届きかねない。 ――実際のところ、人妖の書く文字は普通の人間よりも小さいことがままあるのだけれど、それには気づいてないらしい。羅喉丸は苦笑しながら茶菓子を相棒にすすめる。 「……まあ、蓮華の気持ちだけ受け取っておくよ」 ● 「今回もありがとうございました。とても素敵なお話が沢山聞けて、嬉しかったです」 来風は深く礼をする。 「いえいえ。また何かあったら、呼んでくださいね」 「来風さんの依頼、いつも興味深いですし」 真夢紀と志郎が代わる代わる頷く。 「では、また」 陽も大分傾いて、過ごしやすくなっている。 まだ夏は続くが、悪いことは無さそうだ。 ● ――文月ニ記ス。 ――書簡ノ章。 ――思ヒ伝エルタメニハ、文字ハ雄弁也。 |