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■オープニング本文 ● 『流星祭』の時期、街はいつもと違った喧騒に包まれる。 祭は西の空が薄紫に染まる頃に始まる。次々と灯が灯る祭提燈風に乗り聞こえてくる祭囃子。祭会場となっている広場は大層な賑わいで、ずらりと並んだ屋台からは威勢のいい呼び込みの声が響き、浴衣姿の男女が楽しげに店をひやかす。 時折空を見上げては流れる星を探す人、星に何を願おうかなんて語り合う子供達、様々なざわめきが溢れていた。 ● 「今日は流石にどこも賑わっていますね、かすか」 そう言いながら茶色い耳がぴょこりと揺れる少女が歩いている。その傍らには小柄な、淡いたまご色の毛並みのもふらがいた。もふらも楽しそうにぴょこぴょこ跳ねる。 「そうもふね〜。なんだかすっごい、たのしそうもふ!」 来風(iz0284)と、その相棒のかすかだ。来風はまだ都に出てきてから一年と経っていない。そのせいもあってか、このような催事に胸が踊るのも仕方ないといえば仕方なかった。 しかもこれが祭りとなれば尚更である。 好奇心旺盛な来風にとって、この流星祭はまるで宝箱の中身をひっくり返したかのような、そんな胸躍るものなのだった。 あちらこちらから食欲を刺激する良い香りが漂う。 また、見た目にも華やかな祭り装束や、浴衣姿の老若男女。 来風自身も、いつもの質素な服装ではなく、白地に色鮮やかな朝顔といった、ちょっと華やかに見える浴衣を着ていた。今回の祭りでは浴衣を貸し出してくれるということで、来風もせっかくだからと着てみたのだ。 ヨォお似合いですよ、そんなことを言われて悪い気が起きるわけもなく。 そんなわけで、来風は相棒と一緒に混雑の中をあちこち覗きながら楽しんでいたのだった。 ● 「おや、そこいくあなたは開拓者さん? 横のもふらはお連れの相棒ですか?」 と、突然来風に声が掛かる。振り返ってみれば、そこにいたのはいかにも傾いた感じの若者が一人。 「あの、何でしょうか」 こういう人物に突然声をかけられることに慣れてない来風は、一瞬驚きながらも返事をする。若者は笑った。 「ああ、いや驚かせてごめんな。俺は祭りを盛り上げる青年会に所属しているんだけど、港のほうで行われる催し物の参加者を募っているんだ。相棒のかくし芸大会なんだけれど――」 「かくし芸大会? 相棒の、ですか?」 来風は首をひねる。 「うん、何があるってわけじゃないんだけどね。開拓者さんの相棒は何かと目立つ存在だけど、そんな相棒をさらに都の人々の身近にする絶好の機会かなと思ってね。具体的に何をするかというと、まあその名の通りで、ちょっとした芸を披露して貰いたい。あ、勿論、戦闘とかと全く関係ない芸で構わないんだけど。会場は港のほうだ、大柄な相棒なども参加できるようにはしてある。……君は、参加しないかい?」 青年に問われ、来風は目をパチクリさせた。かすかはどう思っているだろうと見てみれば、なんだかワクワクした顔で来風のことを見つめている。 「参加してみたいもふ」 本人(?)がそういうなら、あえて来風も反対はしない。でも、と来風はかすかの耳元で囁く。 ――なにかできることとかあるの? かすかは笑う。 ――かすかのこの飛び切りの笑顔があれば大丈夫もふ。 ……来風は、ほんのり不安を覚えながら、会場に連れられていくのだった。 |
■参加者一覧
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
フェリシア・ローザ(ic0613)
22歳・女・魔
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎
リュドミラ・ルース(ic1002)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 隠し芸。 その単語にはなんだかとてもワクワクする響きが秘められている。 年に一度の夏祭り、それもこの流星祭は星降る夜を祝って遊ぶ最高の数日間。 そんな中で、相棒と一緒に楽しむ経験ができたら、どんなに楽しいだろう――。 「隠し芸……みゃか?」 街のあちこちで相棒連れの、開拓者と思しき老若男女に参加を促すよう客引きならぬ参加者引きをしている青年に声をかけられて、そんな声を上げたのはダイフク・チャン(ia0634)。相棒……と言うよりもどことなく主従関係逆転している猫又の綾香、いや綾香様とともに夜店をふらついていた所で声をかけられたらしい。 「綾香様……何かできるみゃか?」 そう尋ねてみれば綾香様は問答無用の猫鉄拳。何故そんな依頼に参加しなきゃいけないのニャ、と言わんばかりの拳である。しかし、ダイフクはにっこりと笑った。 「綾香様を、あたいは皆に紹介というか、自慢というか、そういうのをしたいのみゃ〜」 邪気のないダイフクの言葉に、一つため息をつきながら綾香様も納得した様子。しかしその影で、こっそりとほくそ笑んでいたことにダイフクは気づいたかどうか……。 こちらは隠し芸大会のチラシを見た藤本あかね(ic0070)。ミヅチの水尾をちらりと見やり、そしてうーんとつぶやく。 「隠し芸大会、かあ。とは言え隠しようがないというかなんというか……基本、ミヅチって水を出すしかないわよね?」 水尾はといえばカワウソのような顔をしてアジをもぎゅもぎゅと食らっていた。まさに動物並み、という言葉がしっくりと来る。 「うーん、こういうのってなんだか面白そうだし、興味あるし……こっちで、いろいろ手はずを整えてやるしかないかあ……」 頭を抱えつつ、あかねは何を用意するべきかを考え始めた。 ● そんなこんなで、会場に集ったのは来風(iz0284)を含めて九人の開拓者たち。が、来風にしてみればなんだか見覚えある顔もいるようで、 「おや来風ちゃん、また会ったね」 そう微笑むのは藍染の浴衣に身を包んだ黒曜 焔(ib9754)とその相棒のもふら・おまんじゅう。おまんじゅうの方は西瓜模様の可愛らしい浴衣で、もふら好きの来風が思わず相好を崩してしまうくらいだ。 「ああ、黒曜さん。いつもお世話になっています」 来風も礼をすれば、焔は笑って来風の相棒であるかすかに目をやった。 「かすかちゃんも隠し芸をするのだね……可愛らしい姿を楽しみにしているよ」 いつもながらの女性限定イケボにかすかも思わず顔を赤らめたが、残念ながらもふ毛に覆われているのでその赤さは今ひとつわからない。 「お、集まってるな。俺はサムライのルオウ(ia2445)、よろしくな! で、こっちは相棒のヴァイス」 赤毛の少年が、元気よく声をかけてきた。ヴァイスと呼ばれた相棒は迅鷹で、ルオウの肩に行儀よく止まっている。正式名称はヴァイス・シュベールトらしいが、普段は長いのでヴァイスとよんでいるとの事だった。 「んー、やっぱり祭りはいいよなー! 賑やかで、活気があってさ」 少年らしい輝きを瞳にたたえ、ルオウはニカッと笑ってみせる。 「お、そちらも迅鷹かな?」 と、近づいてきた少女が一人声を上げた。やはり傍に迅鷹を従え、どこか男勝りにも見える少女はフィン・ファルスト(ib0979)と名乗った。 「こっちはヴィゾフニル。愛称はヴィーね。お互いよろしく!」 フィンもどうやらお祭りごとが好きな娘らしい。年齢相応といえばそう言えるのかもしれないが。 「でも隠し芸かぁ……うーん……あれ、やってみよっかなぁ」 具体的に言わないあたりは出番までのお楽しみ。さてはてどうなりますやら。 「……でも祭りと聞くとわくわくするのは、やはり旅芸人の性かしらね」 そんなことを言うのは白地に朝顔と蝶の柄という、華やかな浴衣を明るい色の帯で着つけている、フェリシア・ローザ(ic0613)。相棒のミヅチ・ヨウも同じく朝顔柄の浴衣を身に着けている。赤いリボンも華やかな、おしゃれな相棒だ。 「ヨウはまだ芸を仕込中だから大したことはできないけど、工夫すれば色々できそうだし。今回はよろしくね」 旅芸人上がりのローザはひと通りの芸事をこなせるが、ヨウはまだそこまで行かないらしい。それでもにこりと微笑んでいるその様は、この催しの成功を祈願しているかのようだった。 ● 順番はくじで決まる。とはいえ、参加表明をした残り二人、駆鎧使いの黒憐(ic0798)とリュドミラ・ルース(ic1002)は二人一組での参加を表明しているので――というか二人で色々やっているうちによくわからないままにノリで参加してしまった、というのが正しいのかもしれないが――、とりあえず来風を含めた八組でのくじびきであった。 そして最初に引き当てたのは―― 「よっしゃ!」 いかにもお祭りごとの大好きそうな少年、ルオウだった。 「頑張ってー!」 誰かが声をかけると、ルオウは任せとけ、とばかりに胸をどんと叩いた。目が遊びと言うよりも、ちゃんと開拓者たる眼差しを宿している。 「それじゃあ、行ってくる! まあ、見てとけって!」 舞台に上がれば、湧き上がる拍手。呼び込みが功を奏していたのか、結構な人数の観客がいて、舞台袖にいた他の参加者たちもどきりと緊張してしまう。 「よし! 皆離れてろよ……それっ!」 そう合図をかけると、それと同時にルオウの肩に乗っていたヴァイスが空へと舞い上がる。そしてそのままヴァイスはルオウをめがけて猛進してきた。しかしそれをルオウはひらりとかわし、演舞へと移る。それは舞い踊るというよりも、仲の良い相棒とじゃれ合っているかのような動きでもあるが、それでも日頃の鍛錬の賜物だろう、見ていてどこかスカッとする。 (全力でやると観客の目とかが追いつかないだろうしな) ルオウはそこも計算にいれながら、時々合図をしてヴァイスの動きを制御する。いの一番から見応え充分な演舞に、観客もすっかり魅了されているのが、遠目にもわかった。 ――と、ルオウが一瞬足元をぐらつかせる。しかしそれすらも計算のうちで、すわ命中する――というその瞬間、『友なる翼』の力でヴァイスとルオウは同化し、ルオウの背に美しい翼が顕現した。おおっという歓声が沸き上がり、それに調子を良くしたであろうルオウはそのまま宙を舞って回ったりすることで観客の目を一層引いた。そして一旦地に足をつけると、ヴァイスは今度はルオウの刀と同化し、その風を宿した剣で見せつけるように振りかざす。 斬、という音が聞こえたような気がした。 その技術に圧倒された観客たちからは、どっと拍手が湧き上がる。 いきなりの大技の連続は、目を引く材料になったらしい。周囲からも更に観客が増えているのがわかった。 「じゃ、次はよろしくなっ」 二番手に控えていたあかねが、わずかに緊張した顔でこくりと頷いた。 (いきなりハードル高いっ) あかねはルオウの演舞を見てそう思っていた。しかもその次なのだから、緊張は嫌でも増す。それでも何もやらないわけにはいくまいと、あかねは水尾をじっと見つめた。しかしミヅチは相変わらずわかっているのだかわかっていないのだかわからない顔で、主のことをきょとんと見つめている。 (とりあえず、やるしかないか……でもこんな演技で、開拓者としての舞台に立っても良かったのかな) 悶々と悩みながら、それでもあかねは飛び切りの笑顔で観衆の前に立つ。 「ええと、ミヅチが見事に水中の障害を抜けて見せます! 御覧ください!」 前面がガラス張りの水槽を使ったミヅチのための舞台、そこには水がたたえられ、中には輪や壁などの障害が見受けられる。 ……が、よーく見るとその要所要所にはミヅチの好物であるホタテやアジが括りつけられている。もちろん、観客からは見えにくいように加工を施して。 しかしその細工は観客には見えないし、その中を(餌めがけて)器用に泳ぎ障害をくぐり抜けていくミヅチの可愛らしさに思わず胸を打たれたものも少なくはなかったようで、先ほどとは打って変わって愛らしいミヅチの仕草に思わず観客も拍手。開拓者の相棒の愛らしさを見せるのには十分な働きをしたといえるのではなかろうか。 (やったね、水尾) 予想以上の反響に、あかねは思わず胸の中で相棒に声をかけたが、当の水尾は相変わらず小動物めいた顔でもぐもぐとアジを食べていたのだった。 ● かっこいい、かわいいと来て、今度は――またかわいいである。 というか、もふらという存在はそれだけで色々と反則っぽい。巷にはもふらの後援会があるとかないとか、もっぱらの噂である。 というわけで次に出てきたのは焔とおまんじゅうだ。 と言ってもおまんじゅうはこれといって芸事ができるわけでもなく(というかもふらという種そのものが芸事に向いているとはいえない気がする)、そして焔はといえば何故か必要以上に汗みずく。その手にはたんまりと食べ物が。もちろんこれは全て相棒の腹に収まるという寸法だ。 おまんじゅうはよちよちと二足歩行をして、えへんと胸をそらせ、話し始める。何しろ今回、隠し芸に出たいと言い出したのはおまんじゅうの方からなのだからやる気は人一倍だ。 「もふの毛皮は自慢のもふもふもふ〜。そして相棒に買ってきてもらった美味しいものを目にも留まらぬ早業でぜーんぶ平らげちゃうもふ!」 一瞬焔の懐が気になる開拓者たちだが、とりあえず見守るしかない。焔の手にある食べ物を、本当に恐ろしい早さでぺろりと平らげると、 「もっと食べたいもふ〜」 と、ごろごろ駄々をこねる。一度、二度はまだいいが、さすがに懐が本格的に厳しくなってきたのだろう、途中で 「おまんじゅうちゃん、そのくらいにしておいたほうが……」 恐る恐る声をかける焔。少し涙声だ。 「仕方ないもふね……ん、相棒、泣いてるもふ? 辛いことでもあったもふ?」 おまんじゅうが焔の声に気づいたのか、ポンポンとやさしく撫でて、そして子守唄を歌い始めた。その声は優しく柔らかく、いかにももふららしい。はっと気がつくと小半時も経過していた。誰もがついつい転寝をはじめたらしい。開拓者も、相棒も、そして観衆も。 「……は! と、というわけで、おまんじゅうちゃんの隠し芸でした」 すっかりグダグダな中で、一足先に目が覚めた焔はイケボでそう言うと、眠る相棒を引きずるように連れて行ったのだった。 続いてもやはりもふら――来風とかすかである。 「が、頑張りましょうね」 「がんばるもふ」 二人(?)のやり取りは傍目からも愛らしい。そんな二人が何をするかといえば、なんとかすかが絵草子の読み聞かせをするというのである。絵本の作者は来風。草双紙の作家志望というだけあって物語を作るのは好きらしい。 しかしかすかのふわりとした口調はまたもや眠気を呼び起こし、結果としてもふらの演技はほとんど中休みのような感じになってしまったのだった。 ● 続いてはダイフクと―― 「綾香様、ニャ」 綾香様、というのが正式名称なので、あえて「様」を強調する猫又。 「綾香様、隠し芸……やってくれますみゃか?」 「やってもいいけど……まずはお酒ニャ」 ダイフクが問いかければ綾香様は酒を所望する。先ほどのおまんじゅうと似ているが、あちらは酒を要求しなかったところを見ると、精神年齢などの違いが出ているのだろうか。 「お酒みゃか?」 言われるままに手元にあった一升瓶から酒を升に注ぎ、猫又に渡すダイフク。綾香様はすっかり機嫌の良い声でそれをすすると、 「ニャハハハ☆ じゃあだいふく、つまみも買ってくるニャ!」 楽しそうに酒の肴も要求してきた。ダイフクは 「綾香様、隠し芸は〜?」 そう尋ねるが、相棒は目をキラリと光らせて、 「早く買ってくるニャ!」 そうにゃんと一声。ダイフクは言われるままに買いに走りだした。それを見届けてから、猫又はふふっと笑、酒を呑む。 「……というわけで、これがあたいの隠し芸……飼い主をこき使って酒を飲み食いする……ニャ」 綾香様はもちろん、ダイフクのことが好きである。というか、ダイフクを見つめるその眼差しはまるで姉のよう。だからこそ、つい意地悪なわがままを言ってしまうのだろう。そう言っているうちにダイフクも戻ってきて、イカ焼きと焼き鳥を綾香様に笑顔で差し出す。 こんな奇妙な主従関係も、開拓者とその相棒ならではの一幕なのかもしれない。暖かな笑い声と拍手が、周囲をおおった。 「えー、前置きしておきますと、この子は鷹匠の方に訓練してもらって人に慣れています。が、野生の迅鷹はかなり獰猛なので、良い子の皆は下手なちょっかいをかけちゃだめですよー!」 そう言いながら壇上に上ったのはフィンと相棒のヴィー。おとなしく肩に止まっていたが、フィンが掛け声をかけるとふわっとゆっくり遊覧飛行を始めた。その好きにフィンは仕込み傘を立てて持ち、そのてっぺんにヴィーを着地させる。そのままフィンは相棒を落とさぬように傘を開き、更にヴィーをその上で歩かせ始めた。ちなみに傘はフィンが器用にくるくると回している。 「はい、飼い主も協力してのダイエットでーす!」 フィンが笑顔でそう言うと、観衆は惜しみなく拍手する。 「クァー!」 ヴィーは鳴いている。どうやら何か言いたいことがあるようだ……が、意思の疎通はなかなかままならない。ただ、もう少しゆっくり回せと言われている気がするので、フィンもその辺りは加減する。 と、フィンは勢い良く傘を振り上げた。ヴィーはそれを合図に一旦空を大きく飛んで回ると、高速飛行も使ってフィンへと突撃する――が、ぶつかる瞬間にその体を胴体化させた。 「はい、ヴィーくん消えちゃいました! なんてこともできちゃいます」 そう笑った瞬間に同体化を解き、ヴィーはフィンの頭上に。 相棒との絆が見える、そんな一幕だった。 ● 「これでも旅芸人の端くれでしたからね。開拓者になってからはそちらの仕事はあまりしてませんでしたけど」 そう言いながらもフェリシアは楽しそうに相棒であるヨウを撫でてやる。 「まだ芸は仕込中だけど、うまくいったら拍手をお願いします」 そう笑いかけ、大きなしゃぼん玉をこしらえるとその中でミヅチに踊りまわってもらうよう指示した。これ自体はそう難しい芸当でないので、ヨウも言われるままにこなしていく。身に着けている浴衣やりぼんの裾がひらひらと、揺れて動くさまは愛らしい。八の字を描くように動いてみせると、その愛らしさにまた歓声が沸く。 「はい、よく出来ました」 フェリシアはヨウにご褒美の餌を与えて軽く撫で、続いて手品。と言ってももちろんタネも仕掛けもあるわけで、観客に引いてもらった札にヨウの餌を見えないように乗せてから選ばせるのだ。とは言え観客たちにはそこまで細かいタネは見えないものだから、まだ幼い顔立ちのミヅチがきちんと選ぶさまは誰もが驚く、というわけだ。 フェリシアが楽器を奏で、小さくリズムを刻めば、ミヅチはまた楽しそうに踊る。それが愛らしくて、拍手喝采が起こるのだった。 そして―― 「乗って動かす駆鎧で芸をやって、それって相棒の隠し芸といえるのでしょうか……でもまあ……乗っているときは、憐とさいべりあんは一心同体、つまり憐の意思はさいべりあんの意思も同然……うん、それなら問題はありませんね……」 そんなことをつぶやく黒憐。駆鎧を背負ったまま、友人であるリュドミラと合わせて今回誘われたわけだが、それでも会場で同じ小隊のフェリシアと遭遇することができたのは僥倖であった。 「ダンスや剣舞をやりたいから、音楽をお願いできるかな?」 リュドミラがそう尋ねればフェリシアも二つ返事で了解し、二人の駆鎧使いはそれぞれ違いのアーマー「人狼」タイプに乗り込んだ。 「ん……りゅどみー、頑張りましょう……」 黒憐のさいべりあんに、リュドミラのクドラク。 二人は互いに頷き合って、舞台へと臨んだ。 もともと二人は仲がよく、普段からじゃれあって遊ぶ間柄。但し二人の身長は吊り合わないので通常ならリュドミラが振り回すような感じになってしまうのだが、駆鎧に乗った状態であればサイズはそう変わらないのできちんと踊れるのだ。 黒く重厚で装飾性の強いマントと龍兜でいかにもな見た目のクドラクと、まるで純白のドレスをまとっているかのように見える飾り付けを施されたさいべりあん。黒と白の組み合わせがまるで騎士と姫君のようで、見ていても美しい。 フェリシアの奏でる曲は優しく、しかし力強い。駆鎧と、その搭乗者をイメージしているのであろう。 ダンス、とは言ってもいつものじゃれあいの延長だから、決して達者なものではない。それでも見ている人々からほうとため息が溢れるのは、あらかじめその中にいるのがまだ年若い少女二人だと知っているからかもしれない。 (アーマー同士だとなかなかに感覚が違って楽しい……) 黒憐は駆鎧の中でその感情を動かすことの少ない口元をほんのり動かす。 とはいえ、実はふたりとも祭りだからと浴衣姿なのである。駆鎧の中では特に着慣れない衣服に身を包んだまま操縦することになったリュドミラが随分とみっともない格好になっているのだが、駆鎧の操縦に懸命になっているせいかそのことに幸か不幸か気づいていない。 しかもそのままダンスの後に駆鎧での剣舞を披露していく。剣同士を当てずに寸止めで舞うのだ。 さいべりあんのほうは白いドレス風に見立てた衣装(?)の中から剣を取り出すわけで、これも美しい。 駆鎧を無骨なものと思っていたであろう一部の観衆も、これらを見て随分と印象を変えたようだ。 そして音楽が最高潮に達したとき、二人の剣がビシっと止まる――はずが、布の裾を踏んづけたさいべりあんが転がってしまうという予想外の出来事もあったけれど、それはそれでご愛嬌というものだ。 ● そんな訳で隠し芸大会は好評のうちに幕を下ろした。 「お疲れ様ー! 憐ちゃん、楽しかったねー! やっぱりなれない格好だと大変だわ」 駆鎧から開放されたリュドミラが、己の姿に気づかぬまま、パタパタと黒憐に近づく。濃紺に白い花や鳥の柄という渋いと同時に華やかな浴衣が、すっかりぐちゃぐちゃだ。そしてそれを見かけたフィンやフェリシアが、わずかに顔を赤らめながらそれを指摘すると、さすがのリュドミラも顔を赤くした。 男女別の楽屋が用意されており、男性がこの場にいなかったのが幸いといえよう。もちろん、一緒に踊っていた黒憐の方も、白地に黒猫が染め抜かれた浴衣が随分と残念なことになっている。 「……着付けしなおさないと、ですね……」 黒憐がそうため息をつきながら、着物慣れしていないリュドミラの着付けを直してやろうとするが、何分身長差のせいでうまく手が届かない。 来風や、ほかの参加者たちと一緒に直しながら、それでも思うのは今日の出来事。 「こういうのも、たまには楽しいもんだね」 あかねが笑うと、参加者たちも笑顔になった。 「あ、表で黒曜さんとルオウさんが折角だから一緒にかき氷でもって言ってるみゃ!」 ダイフクが男性陣からの言付けを伝えると、誰かのお腹がぎゅるるとなった。一瞬の沈黙の後、思わず笑顔が誰からも溢れる。 こんな出来事も、きっと祭りの華。 今日の思い出は、参加者のみならず観客たちにも、素敵なものとなるのだろう。 |