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■オープニング本文 ● ――その一言は突然だった。 「卵かけごはんが食べたい」 家の主らしき男性が、そう低い声で言った。 ちなみに無駄にイケボである。 「卵かけごはん……ですか?」 家人が、よくわからないといった顔で尋ね返す。 「うむ。それも、ちょっと珍しい卵かけごはんがいい」 珍しい卵かけごはん。 一体それはなんだというのか。 「私もたまには面白いものを食べてみたい。例えばそれこそ珍しい卵かけごはんをな。ここのところずいぶんと稼いできた。たまにはこんなわがままもいいだろう」 いや、よくわからないから。 家人、心のなかで総ツッコミ。しかしその中で、一人がのそりという。 「あるじ様、そういうことならば開拓者に持ちかけてみるのはいかがでしょう。きっと面白いものを持ってきてくださいますよ」 そうか……と、イケボの主は言った。 「ならば、その旨よろしく頼む。私はそれまで待っている」 正々堂々と絶食宣言された。 ● 「というわけで、皆さんには卵かけごはんの献立を用意して貰いたいんです」 それだけ言われて、開拓者も首をひねる。 「普通の卵かけごはんに飽きたらぬ主です。例えばごはんが珍しい、卵が珍しい、醤油が珍しいというものでも構いませんし、ひと手間加えて変わり種のような献立にしても構いません」 ちなみに、とその男は―― 「依頼人たる主は、卵かけごはんを食べたいと申してから既に数日、何も食べておりません。さすがに衰弱してもなりませぬので、皆様の用意した料理は無理矢理でも主の口に全てねじ込む次第ですのでよろしく願います」 さらりととんでもないことを言ってのけたのであった。 |
■参加者一覧
ネシェルケティ(ib6677)
33歳・男・ジ
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
獅子ヶ谷 仁(ib9818)
20歳・男・武
遊空 エミナ(ic0610)
12歳・女・シ
兎隹(ic0617)
14歳・女・砲
紫上 真琴(ic0628)
16歳・女・シ
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● そんなわけで依頼人の屋敷に集まったのは八人の開拓者。 「お待ちしておりました、若旦那が腹をすかせて待っております」 そしてそんな開拓者たちを吹っ飛ばすかのように、出迎えた家人はさらりと怖いことを言ってのける。 噂によれば、既に絶食数日目だという。つまり、若旦那のお腹は既にペコペコのはずだ。 よく耳を澄ませてみれば、怪しげな音が館の奥から聞こえる。どうも腹の鳴る音らしいと気づいた開拓者たちは唖然として顔を見合わせた。しかしここで引き下がるわけにもいくまい。 「ええ、よろしくお願いするわ……っ!」 アンコ型の巨体を揺らすのはネシェルケティ(ib6677)。ジプシー衣装に身を包んでいるせいか、その迫力は更に増している。ちなみに男性であるのはまあ見ればわかるとおりだ。しかもそれがボロボロの――まるでひとつ修行を終えたかのような――姿なのだから、随分と異様な風体であるのは理解できよう。 閑話休題。 屋敷の食堂で、一人の青年が目をぎらつかせて座っていた。やや頬が痩けているところを見ると、これが噂の若旦那――周造なのだろう。 「えっと、卵かけごはんって美味しいよね!」 そう笑うのは「花嫁修業」真っ最中のフレス(ib6696)。アル=カマルでは卵かけごはんの習慣がなかったのか、天儀で初めて食べたそれにとても衝撃を受けたのだという。そう嬉しそうに語る姿も愛らしかった。 その一方で、 「腹がすけばなんでもうまく感じるのではなかろうか……食まで絶つとなると変人と言えるだろうしな」 背中に兎のぬいぐるみを縛り付けた男・ラグナ・グラウシード(ib8459)がつぶやく。……いやお前の姿も結構おかしいのだと誰かが指摘したかったが、それよりも空間に響く異音に誰もが圧倒されている。 「うまい卵かけごはんを作ってくれるのだろうな?」 若旦那が念を押すように尋ねる。聞こえのいい低音で。 八人は一瞬顔を見合わせたが、すぐにこくりと頷いた。 ● 「卵を上にのせたご飯は美味い! 特に海の上でとれたてをご飯に乗せて醤油かけてかっこむ時の美味さと言ったらな!」 思い出すだけで唾が湧く、と獅子ヶ谷 仁(ib9818)は笑う。 「まあどちらにしろ若旦那、家人に心配させるのは良くないな。……というわけで、色々準備してきたからご覧あれ!」 仁にとって、漁師飯はお手の物。取り出したのはなんと、卵は卵でもタコの卵だ。たこまんま、あるいは海藤花などともいうらしい。軽く湯がいてご飯にのせ、それを若旦那に直接渡す。 「飯の上に何も乗っていないように見えても、実は乗ってるって言うな。醤油なんぞはお好みでどうぞ」 絶対うまいからと笑う青年に、若旦那はそっと手を付ける。そして、ひと口食べた次の瞬間、箸を取り落とした。 「……うまい」 しばらく絶食していたのも更に食欲を刺激する一因だろう、若旦那はガツガツと椀に盛られた飯を平らげた。 「残りの身は俺達で食べるとするか。若旦那がご所望したのは変わった卵かけって話だし、イクラなんぞは珍しくもないだろう。美味いのになぁ」 仁の一言で、周囲の面々が耳をぴくりと動かす。仕方あるまい、今はちょうど食事時でもある。 若旦那はそれでも一度言い出したことに責任を持つ性格なのか、睨みつけてはいるが食べたいと言ってこない。この辺り、流石とでも言うべきか。 「色々大変そうだけど、まあ面白そうだし、私も美味しい卵かけごはんをおすそわけしてもらえれば幸せだし、楽しませてもらおうかな」 そんな風に手をひらひらさせるのは紫上 真琴(ic0628)。 (美味いものしか知らないってことはきっと私達が食べてるような普通の食材とかを用意するといいのかな……?) 真琴が用意したのは何の変哲もない卵――を割って、その中に砂糖を入れて混ぜたもの。あと、周造の故郷の味だという米麹。 「甘い卵焼きがあるんだから、甘い卵かけごはんがあってもおかしくないよねっ」 そう言って、傍らにいる遊空 エミナ(ic0610)に目配せする。 (随分気合の入った迷惑な人だけど……まあ細かいことは気にせずがんばりますか) 炊きたてのごはんととれたての卵を用意したその横には……なにやら赤い物体が。 熱々激辛麻婆だ。彼女のつてで手に入れた赤山椒と青山椒をたっぷり使ってあり、ひと口含めば汗が吹き出すというかなりの刺激物。 「こっちはごはんの上に麻婆をかけて、その上に生卵を落とせば完成。麻婆も辛い以外は美味しく作ってあるから、安心して。それに、真琴ちゃんのと一緒に食べれば中和されるよね」 「うんうん、そうだよ。甘いのと辛いのなら、中和できるよね」 笑顔を浮かべるエミナと真琴。 それはかなり無理のある理論である。が、そのボケぶりに誰も気づかないのもある意味凄いことなのかもしれない。 それを二つまとめて口にねじ込まれ(もちろん周造が拒絶反応を示したからであるが)、気絶寸前でまた叩き起こされる。 「それにしても過度の空腹のあとにガッツリ食べると胃腸を壊すゆえ、最初は消化のよいものから慣らしていくのがいいのではないかと思ったのだが……」 そう小さくため息を付くのは兎隹(ic0617)だ。が、勿論そんな声に聞く耳を持つような若旦那ではなく、 「いいから早く卵かけごはんを持って来い」 と言うばかり。先程の激辛・激甘コンボでも懲りていないらしい。 (カエルの卵のせ……) 一瞬不穏な考えが彼女の脳裏を過る。がすぐにそれに首を横に振って、用意してきた珍味をドンドンと置いた。 「子持ち昆布にいくら、それに明太子というとことん鶏卵に拘らぬ卵推しの品を考案してみた。ちなみにごはんも酢飯にしてみたし、醤油も濃厚なたまり醤油を準備してあるのだ」 どちらかと言うとちらし寿司に近い料理になっているが、それでも気に入ってもらえれば無問題と兎隹は小さく笑いながら頷く。 「確かに卵といえば卵だな……魚卵を使うのは面白い」 若旦那もこれは面白い、と言いつつ魚卵の卵ご飯を美味そうに口に運ぶ。 「もう一品用意してみたんだが……こちらは口にあうかどうか」 兎隹が用意していたもう一品は、ベーコン付きの目玉焼きにだし巻き卵、半熟ゆでたまごに生卵など、とにかく卵と名のつく料理をごはんの上にてんこ盛りにした、「たまごごはん」だ。 「どこから食べてもよろしいし、味付けもお好みで、なのだ」 ちょっと自慢げに言うが……それも半ば無理やり若旦那の口の中に放り込まれたのだった。 ● 「ぱんぱかぱーん……」 静かに口でファンファーレを鳴らすのは、猫耳少女の黒憐(ic0798)。何やら大きなお盆の上には真っ白な米の盛られた器と、それから―― 「これは、何だ?」 若旦那、静かに尋ねる。魚の卵巣らしきものの糠漬けを炙ったものとだし汁、という組み合わせなのである。 「前の人達同様、『卵』とは……鶏卵だけではありませんから……そしてこの粕漬けは……地元でも滅多に食べられない河豚の卵巣なのですよ……」 その場の空気が、一瞬凍った。 河豚の卵巣といえば、猛毒で食べると死ぬという、非常に危険な代物。『滅多に食べられない』というのも、希少さではなく危険さに起因している。 「珍しいものがご希望とのことでしたが……食べると死ぬのはダメとは聞いてませんでしたし……昔の人も言いました、『当たらなければどうということはない』と……」 抑揚の少ない声で、そんなことを言ってのける黒憐。家人に羽交い絞めにされたままの若旦那、ブルブル震えながらそれを受け入れざるをえない。 だが実は、この料理にはちょっとしたからくりがあった。 この河豚の卵巣というもの、糠漬けにして三年寝かすことによって、毒が消えて食べられるようになるのである。もちろん今回黒憐が持ち込んだのも、しっかり三年以上漬け込んだものだ。家人にはそのことを予め説明してあったし、その言葉に嘘がないことを示すために自ら毒見も行った。 つまりが、今回の中で一番のドッキリなのだといえるだろう。 (毒殺したくてここに来たわけではありませんしね) 黒憐もほんのり苦笑を浮かべる。じっさいに食べた若旦那も、なかなかに好感触だったらしく、これは美味いと思わず顔をほころばせていた。 「では次は、私の出番だな」 ラグナがひとつ頷いて、準備を始める。その背中には当然ながらピンクのウサギのぬいぐるみがあって不釣り合いこの上ないのだが、本人はいたって気にしていないことが多い。あえて言うと、本人が気にしているのは恋人ができないということだろうか。おかげでついたあだ名が『非モテ騎士』である。 ……まあ本人は、そう呼ばれることに対して疑問などはあまり持っていないようだったが。 ちなみに本人は料理を得手としていないため、普段は外食で済ませているのだが、本当に金欠の時は卵かけごはんでしのいでいるということを説明する。 「だが、これだけではなんだか寂しいからな」 ということで、普段は具なしの味噌汁もつけるのだという。ちなみに卵は、近所から産みたてを頂いてくるとのこと。なんとも心のあたたまる、泣ける話である。 だから、だろうか。 ラグナは卵かけごはんの発案にとても興味を示していた。 とはいえ、これまでにでてきた「卵かけごはん」の数々が参考になり得るかといえば、それはどちらかと言うと否であるのはこれまでのものを見てきた賢明な諸君ならわかるだろう。 卵かけごはんをいわゆる貧乏飯の一種としてラグナが認識して食べているのに対し、他の皆が提案したのは贅沢とも言える食べ方ばかり。ラグナが違和感を覚えるのも無理の無い話だった。ただ、女性のごはんをご相伴に与りたいと思う程度には健全なのかもしれない。 それはともかく、ラグナが用意したのは一見何の変哲もない卵とごはん。そして、具なしの味噌汁。彼のいつもの組み合わせだ。 「ごくシンプルな方が、味というのはよくわかるのだ」 しかし若旦那は不思議そうな顔。これではいつもと変わらぬではないかと言いたげだ。 「む、ご不満か? では……これはどうか」 ラグナは搾りたての牛乳が入った瓶を手渡す。そして、それを手に戸惑っている若旦那に、「いいから振るのだ!」と仕草で合図した。言われるままに従ってしまうのは、ラグナの妙な迫力のせいだろうか。とにかく振っていると、やがて牛乳に変化が起きた。何やら固体ができてきたのである。 バターだ。 「バター卵かけごはんの出来上がりだ。若旦那も適度に運動をした後だ、尚更美味く感じるだろう?」 確かに食べてみると、濃厚で美味しい。しかし少し疲れたのだろうか、若旦那はため息をついていた。 ● 「そういえばこっちはどうかな」 もう一つ、とエミナが用意していたのは殻ごと醤油に漬け込んだ卵。これをホカホカのごはんの上にかけてやる。 「お醤油が染み込んでいるから、このまま食べられるんだよ。これが普通って人もいるけれど、私からすると珍しくってね。美味しいといいんだけど」 先ほどの激辛に比べればなんともまろやかな口当たりの卵かけごはん。 「なるほど、これは美味そうだ」 ラグナや仁も、ごく質素ながら工夫のなされた卵にただ感嘆の意を示すばかり。しかも実際に美味いのだから、なんとも言えぬ話である。 「ふむ……ひと手間を加える、か。さ木ほどのバターといい、そう言うひと手間が美味さの源になるのやもしれんな」 若旦那もこれには満足そう。 それならと、フレスも温泉玉子を使った卵かけごはんを出してくる。白身はトロリ、黄身はしっかりとした卵かけごはんは、だし醤油を使っていただくのだ。 「これなら食欲のない周造兄様でも食べられるんじゃないかな?」 そういってちょこんと小首を傾げる姿は可愛らしい。花嫁修行中で料理の腕前を磨いている真っ最中のフレス、一生懸命に作るその姿は好感度がもてる。こんな頑張り屋のお嬢さんを嫁にもらうことのできる彼氏が羨ましいと思わないほうがおかしいだろう。 「皆さんのお料理も、すごく勉強になるんだよ。大切なあの人のためにも、美味しくて体にいい料理を覚えたいと思うんだよ、だからこういう機会に料理を教えてくださる皆さん方には感謝なんだよ」 他にも彼女は「ごはんに限らなくてもいいなら」と釜玉うどんも用意していた。これはこれで主食に卵をかけるという意味では卵かけごはんの亜種といえよう。皆大好き釜玉うどん、誰もが笑顔になった。 ● 「……それにしても、今までの卵かけごはん……なるほど、曲者ぞろいね」 いつの間にかしっかりと身だしなみを整えなおしたネシェルケティがそういって何度も頷く。実はここまでの解説を何度もしていたのだが、文字数の都合で割愛させてもらっていた。 そうやって満を持して取りい出したるは――卵とごはん。 しかし、そのいずれもが最高級品だ。 米は北面の山間でとれたものを更に粒単位で厳選し、石鏡の聖地でとれた水で炊きあげた逸品であるし、卵はといえば幻といわれる冥越の地鶏の卵を自ら採取に出向いて朝に産んだばかりのものを急いで運んできたというものである。 「――そう、これこそ究極の卵かけごはんよ」 自信ありげに微笑むネシェルケティ。若旦那も早く食べたいとばかりに喉を鳴らせるが(すでに若旦那の原は満腹状態だが、これを見て食べたいと思うのも無理はない)、彼は静かにそれを制した。 「けれど、まだその卵かけごはんは未完成よ」 「何だと?」 若旦那の訝しむ声に、ネシェルケティは頷く。そしておもむろに――服を脱ぎ始めた。誰もが硬直する。 「これだけの食材を受け止めるには器が弱いわ。だから、聖なる肉体に盛り付ければ――」 そこまで言いかけて、さすがに家人も察したのだろう、慌てて脱衣を止めさせる。若旦那としては涙目寸前だ。しかもネシェルケティが大真面目な顔なものだから、見ている側は逆に何かの喜劇を見ているかのようでつい苦笑いが浮かんでしまう。 「……まあ、そこはその辺にしておけ」 なんとか笑いを噛み殺した仁にポンと肩を叩かれ、とりあえず様々な意味での危機は去ったのだった。 ● 若旦那は最終的に七〜八人前の卵かけごはんを食べさせられ、満腹すぎて朦朧とした声で感謝を述べた。家人たちも深々と礼をする。 「色々ありましたが若旦那も食べてくれました。ありがとうございます」 ネシェルケティのやろうとしたことも一種のお灸ということだったし、なんだかんだで一安心だ。 「どんなものも海や大地、空の恵みだ。美味しく頂かないとな」 「そうです、食べ物粗末にすると罰当たりますから」 仁やエミナが言うと、皆も頷いた。 「ああ、後であの卵かけ挑戦してみようかな」 「美味しいものは皆で食べたいしね」 そんなことを笑いながら、言い合う開拓者たち。 食事の大切さを改めて感じながら、屋敷を後にしたのだった。 |