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■オープニング本文 ● ――安州の北、今は『春夏冬』と呼ばれるその街の近くには、程よい大きさの川が流れている。『楓川』という名前だ。 昔から人々は井戸の水のみならず、川の水もうまく活用して、街での水の使用を行なっていたし、近隣の田畑にはそこから水を引いていたり、名産の川魚を釣ったり、まあとにかく川は街の生活に無くてはならないもののひとつであった。 「そろそろ暑い季節だな……」 街の住人達はひとつ汗を拭いながらつぶやく。 春夏冬の街は観光の街。 暑い季節だからこその目玉を作れたら――住人たちはそんなことを考えていた。 今日も今日とて、街を大々的に売り出すあの手この手を頭を並べて考え込んでいる。こういうことに参加するのは何も歳のいったものだけでなく、若者の真っ向からの意見も聞くために、さまざまな者たちが出入りしていた。 そんな中で、一人の若い商人がふと口にした。 「そういえば、そろそろ夏のお祓いの時期でもあるな」 夏の祓い。 それはこの半年に溜まった厄を川に流して洗い流すという昔ながらの習慣だ。 「ああ、あともうすぐ七夕も近いな。こちらは男女の縁を取り持つ行事のようなものだが」 こちらはやや年かさの商人だ。 「どちらも鍵になるのは川、そして水か……それなら」 一人の青年がいいことを思いついたという顔をして、その提案を口にする。 「……なるほど、それは面白い」 結果、満場一致で催事の内容が決定した。 ● その数日後、ギルドに貼られたチラシには、こんな言葉がおどっていた。 「イヤなことは水に流して、幸せを掴みませんか?」 会場は春夏冬の街近く、通称『楓川』の川べり。 昼は今年コレまでにさまざまなケチが付いた人には厄祓いのひとがたと呼ばれる紙を渡し、それを自分の代わりに川に流して、厄を文字通り水に流してもらう。 夕方からは恋人たちが主役だ。その縁をいっそう強固にするための、こちらは想いを込めて各々が折り紙で人形を作り、それをひとまとめにして笹舟に乗せ、ずっと傍にいられるようにという祈願を込めて川に流すのだという。 もちろんその周辺には賑やかな屋台なども立つとのことで、おおよそ祭りと呼ばれるもので食されるものはひと通り揃うらしい。 今年ももう半分が経過した。 陰殻や理穴のきな臭い噂は聞こえはするけれど、この日くらいはちょっとした息抜きとともに、気の合う仲間や恋人たちとともに過ごすのはどうだろうか――。 |
■参加者一覧 / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 果林(ib6406) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / ジャミール・ライル(ic0451) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 庵治 秀影(ic0738) / 奏 みやつき(ic0952) |
■リプレイ本文 ● その日、『春夏冬』はよく晴れていた。 雨も多い梅雨のこの時期、雲もほとんどなく晴れるのは久々である。 絶好の祓い日和、とも言えるだろう。やはり雨が降るのは大地の恵みとなるのはわかっていても、降りすぎる雨では逆に草などが根腐れを起こしてしまう可能性もあるからだ。 それにこういう行事の日は、スッキリ晴れている方が、やはり気持ちがいい。 街の者も、開拓者も、そう思うのはやはり同じだ。 「晴れてよかったですね」 礼野 真夢紀(ia1144)が、からくりのしらさぎにそう言いながらほほえみかけた。 意外にも、夏の祓いというものを行ったことのなかった真夢紀である。今年はうっかり出発時間を間違えていまい、依頼に行きたがっていた相棒を盛大にすねさせてしまったことがあるなど、ちょっとケチのついた前半であった。 「こういうことで少しは後半、良い流れが来るでしょうか?」 しらさぎはそんな主の姿に、そっと頷き返した。信じれば、きっと叶うという意味を込めて。 言葉少なでも、お互いの気持ちを尊重できる関係というのは、やはりいいものである。 渡された紙片に自分の名前を書いて、そこに息を三回吹きかける。それが作法なのだと、ひとがたを渡してくれた男性が教えてくれた。 そしてそれを、そっと川の水に浸す。するとゆるやかな流れに紙片は奪われ、やがて流れていった。 「嫌なことは水に流す、っていうじゃないか。まさしくこういうことだと思うんだよね」 街の者らしき若者がウンウンと頷いてみせる。 「これで大丈夫でしょうか」 真夢紀も、ひとつ安堵の溜息をついて微笑んだ。 「それじゃあ、食べに行きましょうか」 「街も賑やかなんですねぇ」 そう微笑むのは和奏(ia8807)だ。彼はとりあえず今年はまだ幸運なことに「厄」というほどの不幸事に遭遇していないため、川に人形を流すといってもその行動はあくまで形式的な行為にすぎない。 祭りの趣旨というのを案外理解しきっていない部分もあり、また祭りの喧騒という物自体にも慣れていない和奏にとって、この場所は知らないことだらけ。 「へえ……ああいうふうに、川に流すんですか」 真夢紀がひとがたを川に流す様子を遠くから眺め、そしてそれをほほえましく見つめる。まったく面識がないわけでないから、遠くからではあるが小さく会釈をした。礼儀というものである。彼も教わったとおりにひとがたに名前を記し、そして川にそれを放つ。 (……こう言うのも、皆さんは面白いんですね) そう思ったら、和奏自身もなんだか楽しく思えてきた。 (……故郷の情勢が気になって、素直に祭りという気分になるわけでもないが) そう思う紫ノ眼 恋(ic0281)の出身は陰殻。 それでも厄祓いという事なら、また少し話は変わってくる。 今までに起きたこと、そしてこれから起きるかもしれぬこと――そんなことを思い返し、そして紙片をしばし睨む。そこに書き記したのは――自身の名前ではなく、その師匠の名。 陰殻にいまだ住むはずの、彼女にとっての唯一の家族と呼べる存在。血のつながりこそないものの、それを補って余りある恩がある。 (……あたしの方の厄は、斬り棄ててやるし問題ない) それよりも、大切な人が、今の不穏な状況にむやみに巻き込まれぬよう――そんな祈りを込めて、恋はひとがたを流した。 (……だから、どうか無事でいてくれ。あたしも、あんたにはもっと生きてて欲しいんだから) 祈る思いは川を下り、そして遠き陰殻の地へと届くように。それを思いながら、目を伏せた。 「……しかし願ったら、腹が減ったな」 恋は自分を顧みて、思わずクックと笑う。 ――心のなかの吹き溜まりも、ほんの少しだけ。 川に受け止めて、もらえたのかもしれない。 ● 夜の楓川は、趣をまたかえる。 川沿いに提灯がズラリと並び、そのほの明るさが祭りの雰囲気をもり立てる。 そしてこの時間、やってくるのは男女の二人連れのほうが多くて。 夜は恋人たちのための時間。七夕の伝承にちなみ、笹舟にのせた人形を流すことで想いの成就を願うのだ。 そう、末永く共にあるようにと。だから、昼のひとがた流しよりも、全体的にどこか艶っぽい感じがするのも、そのせいなのだろう。 そんな中を、開拓者たちもそれぞれの思いを胸に、歩いている。 「はるなつ……ふゆ? 秋がないでありますよ?」 七塚 はふり(ic0500)が不思議そうな顔をして、家主である八壁 伏路(ic0499)に尋ねる。 「これはあきない、と読むんじゃよ。秋がないから、あきない。面白い名前じゃのー」 伏路が苦笑を浮かべて返答した。 「変わった名前でありますね。でも、祭りは浪漫にあふれているであります」 はふりはこくっと頷いて、周囲をにこにこ眺めて回る。 「それにしても暑いのー。……まあ、普段は祓う側だが、祓われる側っつーのもたまには良いもんだのー……」 伏路はぐるりと見回すと、額の汗を拭った。 (一年中秋ならいいのに。涼しいし果物食い放題だからな) そんなことを思いながら、妹のような居候を見つめる。 「春の方がいいでありますよ」 考えていることを読み取ったかのようにはふりが笑う。その言葉に、伏路も釣られて笑った。 「花より団子だのー、おぬしは」 はふりは「そんなことないでありますよ」とちょっと心外そうにつぶやく。そしてぽわっと笑顔を浮かべた。 「それにしても想い人との人形流し……浪漫であります」 見渡す限り恋人同士と思われる男女が多いからそんなことを思うのだろうか。普段は幼い妹分のそんな表情を見て、ほほえましい気分になる。 「笹舟を流してみたいのか、はふり。……ん、わしはやらんのか、だと? 嫌味か。それならお前こそ、わしと笹舟流しでもするか?」 「家主殿でありますか? それなら隣のポチの名を書くでありますよ」 なんともひどい言われようである。しかしそれも、信頼があってのこととも言えるので、まあよしとしよう。それに、 「ですが……これからも一緒、という意味であるなら、それも一興やもしれません」 そんなふうに言われて、悪い気のしない伏路。だがはふりはそこに続けて、 「家賃なしで夜露がしのげてお布団があって相棒も住まわせてくれて、そして頼めば小遣いだってくれるような家主をもう一人探すのは大変でありますからね」 「いや……そんな物好きは確かにおらんのー……」 そんなことをいう妹分を見て、はふりとの生活態度を間違えただろうかと、伏路もさすがに不安になる。 「あ、あちらに見えるのは恋殿ではないですか?」 はふりが話題を変えるかのように見つけたのは、彼女が何かと世話になっている狼の神威人。 「ん、それなら後で挨拶でもするかの」 伏路がそっとはふりの頭をポンと叩く。鬼っ子も、にっこり笑った。 ● いらっしゃいいらっしゃい。 祭りは食ってなんぼのもの。 うまいもんはいらんかね―― 屋台は川の近くで、賑々しくもさまざまな良い香りを漂わせている。昼も夜も、関係なく。 狸の獣人である奏 みやつき(ic0952)は、美味しそうな匂いに既に心奪われていた。 暑い季節、祭りは涼しい夜に限るとは思うものの、今回の祭りは別の意味で『熱い』気がしたので、昼に見て回ることにしたのだ。 名産だという鮎の塩焼きと、アル=カマル風の焼肉串はすでに彼の手の中にある。それを交互に口に頬張れば、鮎の独特な香りと、肉特有のたっぷりの肉汁、それに独特の香辛料の香りでいっぱいになる。まだ食べられるかな? そんなことを思いながら、それでも美味しい物の香りに心が弾む。 「食べ物だけじゃなくて、他にもあるのでしょうか。せっかくなら射的とか金魚すくいとかで遊びたいですね」 途中ので店で見つけたもふらさまのお面を買って後頭部につけ、少ない残金でどう遊ぶかを考える。彼は何しろ砲術士、射的が気になるのも仕方がない。金魚すくいは……まあ、こういう祭りの定番だ。 遠目に厄流しを見つめながら、みやつきは思う。 (まだ、開拓者としてはひよっこで、流すほどの厄も業もないけれどね) それでも、いつかは自分の手で、アヤカシを退治することがあるかもしれない。辛い出来事があるかもしれない。 明日のことがわからぬ開拓者、それでも今は――こんな祭りで暗くなっても始まらない。 「よし、気晴らしに甘いものでも買いますか」 無邪気な笑みを浮かべて、若者は飴細工を見に行った。 恋は適当に露店を覗く。 普段よりは食欲はなかったものの、それでも匂いに釣られて気づけば塩焼きや西瓜、かき氷などを手にしていた。 「お、舞もやっているのか」 街の活性化に繋がることならば、と、ちょっとした舞い手が優雅に踊っている。それが綺麗で、つい見とれてしまった。声を上げ、手拍子を上げて、自分の気持を上向きにしようと心がける。 (まだ、諦めたり、不安がったりしてはだめだな) ――この優しく楽しい景色を壊すのは、許されない。 だから、落ち込んだままではいけないのだ。 舞い手が手を振るのを見て、恋も力強くそれに振り返す。 「ありがとう。少し、元気も出てきたようだ」 そういった恋の顔は、小さく微笑んでいた。 (でも、もうかき氷の季節かぁ……) 夏場はかき氷器と巫女としての自分の技能を最大限に活用し、かき氷を売ったりもしている真夢紀は、そんな偵察も兼ねて食べ歩く。 (かき氷の定番といえば、イチゴや宇治金時などだけど……) しかし、そんな真夢紀が手にしたのはいかにも涼やかな緑。氷メロンだ。ひとくち食べれば独特の甘みとキンと冷たい食感が口中を刺激する。それでも随分と口当たりがいいのは、氷が予想以上に細やかであるからだろう。 「ふわふわで、まるで綿みたい……こんな氷もできるのね」 そう思わず呟くと、かき氷売りの若者が自慢げに笑った。 「この街は天儀のものはもちろんだけれど、他の儀の技術なんかも結構取り入れているからね。そのひとつがこのかき氷でもあるんだ」 「なるほど」 また一つ勉強になった、と少女はペコリとおじぎする。 「この街は、随分色々と面白いですね」 「ああ、基本的に交易で栄えた街だったからね。そこでこんなふうに祭りをしたりして、新しい客層を取り入れようっていう考えだし」 「なるほど……」 真夢紀はうなずくと、また屋台を見て回った。 (鮎の塩焼きはおみやげにしよう……川が綺麗な証拠だろうし) 出店で珍しいと思って、パイを見る。ジルベリア風のパイは、中に果物が入っているものはもちろんだが、肉が入っているものもあるらしい。パイ生地の中にあつあつの、挽肉を甘辛いソースで絡めたものなどが入っていて、ひとくち食べるとこれまた美味しいとのことだった。アル=カマルの焼肉串も同様に気になったが、こちらはさすがにもうお腹いっぱいである。 (塩味くらいならなんとかなるんじゃないのかな……アル=カマル風でなくても) そう思っていたとはいえ、いざ実物を見ると驚いた。どう見ても牛肉の塊なのである。それにアル=カマル特有の香辛料で味付けしてあって、それが視覚的にも食欲をそそるのだ。 (豪快だなあ……) 天儀ではたしかに珍しいな、と思わざるを得なかった。 (でも、本当に、色んな物があって……身体が一つじゃ足りないくらいだな) 真夢紀は、思わず苦笑した。 一方、こちらでは二人連れの男が歩いていた。 黄金色の髪と褐色の肌が特徴的なアル=カマルの青年、ジャミール・ライル(ic0451)。 そして葉巻と髭が特徴的な(自称)渋い風体の青年、庵治 秀影(ic0738)だ。 「風、っていうだけあって、やっぱり味付けはこっちの人向けになってるねぇ。ま、美味しいからいっか」 「ああ……そう言えばライルくんはアル=カマル出身だったかぃ。向こうの女の子はどうだい?」 ジャミールと秀影が口にしているのは、アル=カマル風の焼肉串。そして、この場のふるまい酒だ。もともとが交易の中継点ということもあってか、存外いい酒が用意されている。 「んー? どう、ってもねぇ……どこもおんなじだよ、女の子はみんな可愛いから。ま、気の強い子が多いけどねー」 アル=カマルの気候や風土の違いかなぁ、なんて笑う。確かに、天儀に比べて暑い気候のアル=カマルでは、焼肉串ひとつとっても味付けが濃かったりするのだ。厳しい自然条件のなかで健康を損なわないための生活の知恵だ。 おそらくそれは人にも当てはまるのだろう。そう言いながら、ジャミールは酒をちびりと口に運んだ。 「そうか。それにしても……せっかくの祭りだってのに、男二人ってぇのも悪かぁねぇが、色気が足りねぇやなぁ」 「やっぱり華がないとねぇ。男相手じゃあ酒くらいしか楽しみがねぇや」 秀影の言葉にうんうんとジャミールも頷く。 「綺麗な姐さんでもいねぇかなぁ」 あいにく、なかなかに丁度いい女性が見当たらない。別に恋人ばかりというわけではないが、異国の香り漂うジャミールと、年齢以上にいぶし銀の香りがする秀影のおめがねにかなうだけの女性が見つからないのだ。 「そういやこの祭りは恋人向けでもあったなぁ」 初々しい恋人たちがはしゃぐ姿を見つめながら、秀影が苦笑交じりに顎鬚を撫で、ニヤリと笑う。 「ああ、そういえばこの前の祭り。あの時ライルくんは男と消えてったよなぁ。おっと、野暮なことは言わねぇよ」 と、ジャミールは渋い顔。 「ありゃぁ完全に事故でしょーが……俺だって女の子とデートしたかったよ」 なにか嫌な思い出があるのだろう。ひとつ大きなため息をついて、また酒を呑む。 「お、あそこに女の子が一人でいるねぇ」 「あっちにも……失恋でもしたのかね。声でもかけてみるかぃ」 どうやらお互い、好みの女の子を見つけたらしい。 「じゃ、ちょっと行ってくるか」 「ああ、いいねぇ」 二人はお互いの成功を祈って、いったん別れることにした。 (肉まんうまいのー) いやそんなことはさすがに口に出しはしないが。伏路はそれでも、買ったばかりの肉まんを口に頬張ってもぐもぐする。 「実家にいた頃は肉食は身が穢れるだの何だの時代遅れなことを散々言われていたし、出奔して正解だったのう」 ――こうやって、のびのびと時を過ごせるし。 そばにいるはふりを見つめながら、そんなことを思う。はふりも肉まんを頬張って、嬉しそうに目を細めている。 「お、こっちなら少し休憩もできるみたいだの」 川べりの手頃な位置に椅子を見つけ、座る。手にはその道すがらで買った焼きそば。 「それにしても屋台で食う焼きそばってのはなんでこう美味いのかの……」 伏路がぽつんとつぶやく。 「……それはやはり、祭りという場だからでありますよ」 はふりはそう言うと、自分もとばかりに焼きそばを口に入れ、そして嬉しそうに笑った。 和奏はあまり人混み慣れしてない上に「食べながら歩く」という行為に慣れていないため、あっち向いたりこっち向いたりを繰り返す。なんとか名産だという鮎の塩焼きを買い、落ち着ける場所に座るとそれをもぐもぐと食べた。なるほど美味しい。 (やっぱり活気があふれているっていうのか、楽しいですね) そのことが嬉しい和奏であるようだった。 ――なお、秀影とジャミールのナンパは、どちらも空振りに終わってしまったようである。 ということで、憂さ晴らしにまた飲み始める野郎二人だった。 ● 「あ、鮎の塩焼きだって。一緒に食べよう」 そう言って笑ったのは、天河 ふしぎ(ia1037)。その手をとってついて行くのは、狐獣人の少女果林(ib6406)だ。嬉し恥ずかし恋人同士である。 「夜店も随分といっぱい出ていますね」 果林は笑う。花の咲くような、無邪気で愛らしい笑顔を浮かべて。 「鮎の塩焼きふたつ」 ふしぎがそう言ってそれを買うと、果林もいつの間に用意したのか二人分のお茶を準備していた。そしてはっと気づいたように、照れくさそうに微笑む。 「あ……以前と違って従者だからお世話しているとか、そういうわけではないですからね? 私の大切な人だからこそ、ですよ」 メイドとして働いていた経験が長かったせいか、思わずそんなことを口走ってしまう。 「わかってるから、そんなにしてないで、ほら食べよう?」 ふしぎもつい笑いながら、早速買ってきたばかりの鮎に食らいついた。鮎の独特の香りが、鼻を刺激する。 「美味しいよね……一匹についてる身が少ないのが残念だけど、でも皮の焼き加減も絶品だ」 そういったふしぎの笑顔につられて、果林もまた笑う。そして同じようにかぶりついて、笑った。 「新鮮な鮎ははらわたも美味しいんですよ。ほら」 そう言って指さして――ぱっと顔を赤くする。 いまだに見つめ合うのは、ちょっぴり照れくさいのだ。 そうして楓川のふちに降りると、二人はお互いに人形を作った。 (私の載せる想いは唯一つ……) (これからも夢の翼の皆様と、そして何よりもふしぎさんと、末永く共にいられますように――) そうじっと紙人形を見つめていると、ふしぎが文字通り不思議そうな顔をして尋ねた。 「どんな願い事をしたの?」 「ふふ、それはふしぎさんでも内緒ですよ」 「そうか。じゃあ僕も内緒だな。笹舟もあるし、流そう」 お互いがお互いを想っていることは言葉にしなくてもわかっている。けれど、いっとう込めた思いは、胸に秘め。 (これからも、果林の笑顔は僕が守る、曇らせたりなんかしない……そして一緒に、幸せをつかむんだ) ふしぎはそう思いながら、笹舟を果林とともに流す。ふりさけみれば、そこには満天の星空。ふと思い出したかのように、ふしぎは果林に笑いかけた。 「そうだ、しっていた? 僕の苗字の天河ってね、あの天の河のことを表しているんだよ……いつか、果林も」 その後はあえて口にせず。ただ、その言葉を聞いて真っ赤になる果林を、ふしぎは優しく、そして強く抱きしめたのだった。 ● ――空に広がる天の川。 それを模した楓川に、ゆらりゆらりと人形が流れ、笹舟が流れていく。 そうして流れていく想いは、文字通り、地上の綺羅星――なのかもしれない。 そうして。 夜が明ければ、また新しい一日が始まる。 |