|
■オープニング本文 ● 外はしとしと。 ほんのりと、生ぬるい風。 「……雨、かあ」 来風(iz0284)はぼんやりとつぶやいた。 赤い蛇の目傘をさし、開拓者ギルドへ向かう。 雨の中の世界は、いつもよりもどこか重苦しくも見える。 けれど同時に、何故か不思議なわくわく感で胸が高鳴る。 それは、きっといつもと違う世界を歩いているような、そんな心持ちになれるから。 そこここで花咲く紫陽花の紫。 空は薄暗く曇天に覆われ、そこから音なく降り注ぐ雨粒。 そしてその中で、傘の赤い色がまるで牡丹の花か何かのように浮かび上がるその風情が美しい。 そう、こんな日も、楽しみを見つけることはできる。 人間を見ることも、本を読むことも、どれもいつもとほんのすこしちがう気がして、楽しい。 それなら、こんな天気でも集まってくれる奇特な人がいたら、そしていつもの様に話を聞くことができたら。 そう思いながら、来風はぴちゃりと水たまりを踏んだ。 ● 「この季節はなんとなく気がめいりますけれど、それでもそういう中に楽しみを見つけることができるんですねえ……ふむ」 ギルドの職員は来風の言葉に、笑顔を浮かべた。 「それなら、雨を題材にするのがいいのでしょうかね……?」 「それがいいでしょうね。雨に大していい思い出、嫌な思い出、それぞれあるでしょうし。例えば俺なんて、この間買ったばかりのまんじゅうがカビてしまって」 ギルド職員も、自分の体験談を思い出しつつ笑いながら提案をしてみる。 「ああ、そういうの楽しそう。じゃあ、またお願い出来ますか? 今回もまた、おいしいお菓子を準備して待ってますからって」 来風は微笑んで、頷いた。 |
■参加者一覧
黒賀 リコ(ib9472)
20歳・女・巫
ツェルカ イニシェ(ib9511)
13歳・女・魔
紫ノ宮 蓮(ic0470)
21歳・男・武
エルム(ic0533)
16歳・女・ジ
千 庵(ic0714)
22歳・男・武
リベルテ(ic0815)
20歳・男・志
姥梅(ic0817)
45歳・女・武
染井吉野(ic0942)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 「……それにしても、長雨だね。おや、いらっしゃいませ」 今日も小糠雨の降り注ぐなか、来風の指定した茶店を訪れようとするものが、パラパラとやってくる。出迎えに出ていた店員は丁寧に頭を下げた。 ……ちなみに店に入れないサイズの相棒が多かったため、今回はそばの林で相棒たちは雨宿りをしつつ待機することになった。もちろん好物をたっぷり用意して、である。 ● 「吉野は綺麗が好き……だからきっとこんな雨の日に集まる人たちなら綺麗なお話を聞かせてくれそうで、とても楽しみ」 千代紙の折り鶴を手にした少女染井吉野(ic0942)が、ぽわんと微笑んだ。たれたうさ耳や少しぼんやりしているようにも見える目元などが特徴的ではあるが、じつはかなり好奇心旺盛な少女である。一緒にやってきた相棒の駿龍、そして、 「おや吉野、そんなところにずっといたら濡れちまうよ。ほれ、さっさと入りさね」 随行している、若者にも負けない不思議な魅力を持った女武僧が笑った。姥梅(ic0817)である。ちなみに狐の獣人だ。坂の上にあるという、目的の茶屋まで歩いていく。姥梅の相棒である甲龍は不思議そうな顔で主とその友人を見つめた。 「まあ、ちょいとうまいもんを食って、話をして。こんな滅入っちまうような雨の中じゃ、いい気分転換だろうさ」 「リコ、なんか面白そうな企画だな。知った顔でもいるともっと愉快だろうけど、どうだろうな」 ツェルカ イニシェ(ib9511)が、彼女を恩人と慕う黒賀 リコ(ib9472)に、そんなことを言って笑った。 「うちは、ルカ様がおるから大丈夫ですよ?」 ルカというのはツェルカの愛称だ。リコは内向的な性格だが、ツェルカの世話係のような存在でもあるため、彼女に全幅の信頼を置いているのだ。 「相棒連れ歓迎っていうのも、いいな。な、アズラッド」 ツェルカが炎龍のアズラッドに笑いかけると、相棒も愉快そうに尾を振った。 と、 「……おや、リコちゃんじゃないか」 そう声をかけたのは男性にしてはやや色香の漂う風体の青年――紫ノ宮 蓮(ic0470)だった。同様に道すがら合流していた青年、リベルテ(ic0815)と傘を共にさして歩いている。リベルテも促されて、挨拶を交わした。 「蓮様とリベルテ様も! 奇遇ですね、蓮様もこの依頼に?」 リコがペコリと頭を下げ、ツェルカも見知った顔の登場に、思わずつんつんと脇腹を突く。以前ナンパを受けたような覚えがあるらしい。 「突かなくてもいいよ、まったく……それにしても雨の話なんて、特別聞かせるようなものはないけどね」 そう苦笑いを浮かべる様も、蓮がすると不思議と色香が漂っていた。身長は高いが、細面で中性的な容姿が余計にそう見えるのだろう。 「お」 ちょうど道の途中、そこで先行していた吉野と姥梅にも合流する。数奇な縁というか、蓮の顔が広いというか。 「お会いできて光栄です、姥梅さん。今日は随分と楽しくなりそうですね」 「あんたが蓮かい、なかなかいい男だねぇ。リベルテからは色々聞いてるよ。リベルテも、こんな綺麗どころと一緒なんて隅に置けないねぇ」 姥梅の言葉にただおっとりと微笑むにとどまる蓮とリベルテ。そこにまた、 「お、蓮じゃねぇか」 千 庵(ic0714)がひょっこりと顔を出す。しかしその雰囲気は普段の、やかましいくらいの俺様気質ではなく、少し眉根を寄せている。なにか真剣な考え言があるらしい。 「庵、今日は珍しく静かじゃない?」 そう蓮に尋ねられると、 「ちょっとな」 とだけ返すのみであった。そしてそんな空気を吹き飛ばすように、 「それよりも今回、知り合い多いな。知り合いの知り合いとかも入れると、ほとんど知り合いなんじゃね?」 庵がそう言って笑う。じっさい、どこかで見たことのある顔というのが多く、それはほかの者も驚くくらいだった。 「あの……お話の依頼の場所、こちらですか?」 はじめての依頼ということでそわそわしながらやってきたのはエルム(ic0533)。彼女はまだ知己が少なく、今回初対面のものがほとんどだった。逆に言えば、それ以外の者たちはどこかで誰かと繋がっている、といえるのだろう。 「あ……皆さん早速集まってるんですね」 今日は珍しく依頼主の来風(iz0284)が一番の遅参だった。だが既に楽しそうな雰囲気に包まれているのを見て、その顔はつい緩んでいた。 ● 「今回は雨の思い出を、ということで」 店主に冷えた甘酒と水まんじゅうを振舞ってもらいながら、簡単な自己紹介を済ませる。 お互いに知己が多いということで、来風(iz0284)とその相棒であるもふらのかすかは若干混乱気味だ。 「ええと、姥梅さんと吉野さんがお知り合い、ツェルカさんとリコさんがお知り合い、蓮さんはリベルテさん、庵さんと面識があって、ツェルカさんとも顔見知り……ええと」 「とりあえず人間関係はともかく、知り合いが多いことだけは確かみたいだねぇ」 姥梅が呵呵と笑う。齢四十を超えてもその眼光衰えぬ、いわゆる破戒僧だ。そんな横で微笑む吉野は、むしろ一服の清涼剤のような存在であった。 「色んなお話を聞けて、美味しいものが食べられるなら、吉野はとても嬉しいし、幸せになれるの」 おっとりと微笑むうさぎ耳の少女は、いかにも愛らしい。 「でも、吉野には雨の思い出ってないの。ただ、吉野にとっては雨ってとっても綺麗なものなの」 身体に雨粒が当たれば冷たくて気持ちよくて、ワクワクする。 雨と一緒に踊りたく、跳ねたくなる。 「雨に濡れた花も好き……雨粒で、花がおめかししたみたいで。雨の匂いも好き、いつもよりも世界の匂いが濃いの。あれはお日様? 土の匂い? それとも空の匂いなのかな? わからないけれど、素敵な匂いだと思う」 吉野は微笑んでいた。来風も頷く。 「うん、わたしも似たようなことを思う。わたしは、こどもの読み物を書きたいと、そう思っているから……浪漫があるよね」 そう言われて顔を赤らめる吉野。気に入られたのが嬉しいのだろう。 「そういえば雨の話、というわけではないが……ここに来る途中に蓮と落ち合った時の話なんだがな」 リゼルテが手にしていた番傘を握りしめつつ、語り出す。 「いや、俺はこの依頼についてはあまり詳しく聞いてなかったんだ。ただ、道すがら、本格的に降り出しそうになったもんだから、傘を買わなくちゃならなくなって」 赤い番傘は定番の品だが、男が持つにはいささか目立つ。しかし、彼はそれを選んでいた。 「番傘というのは、俺にとってはじめて手に取る雨具でな。ジルベリアなどで使う雨具とは異なるんだ、やはり」 郷に入らば郷に従え。 ジルベリア出身のリゼルテゆえに、それがひどく興味深い存在となったのだろう。そしてことわざの通り、せっかく天儀にいるのだから、天儀式の生活をするのが彼の考えでもあった。 「雨の日の良さというのがあるからな。雨音に耳を傾けながら書を読んだり。セイコウウドク、だったか? とにかく今ある環境で楽しみを見つけるのは重要だな」 そう言って笑えば、店のそばで待機している相棒の駿龍も一声鳴く。 「それにしても、まんじゅうっていうのはふかしたものだとばかり思っていたが、これは……生なのか?」 どうやら水まんじゅうを初めて食べるらしい。姥梅が、 「こいつは生っていうか、くずで餡をくるんでいるんだよ。ま、百聞は一見にしかず、さね」 そうすすめてリゼルテ、パクリとひとくち。 「うまいな……!」 青年は、顔をほころばせた。 ● 「ちょいと湿っぽいが……これの話でもいいか?」 庵がそう言って示したのは、己の頬にある痣だった。 「これくらいしか、話すことなくてよ。ま、たまには真面目な話でも、ってやつだな」 庵はそっと目を伏せた。 「俺のこの痣が病魔って発覚したのがちょうどこの時期でさ。もう十年以上前で、細かい年齢なんて忘れちまったが。原因も、どういう病気なのかもわからねえが、ただひとつわかってるのはこれが治らないってことだけ。……最初は肩、それから徐々に進行していって……腕と頬までが侵略されるまで、五ヶ月ほどだった。半身でその進行が止まったのも……確かこの時期だ」 普段はうるさいくらいに明るい青年の庵だが、その半身は決して見せることがない。それは頬と同様、引き攣れたような痣で覆われているから――そう思うと、諸行無常という言葉がふと脳裏に浮かぶ。 「病魔はまた再発するかもしれねえし、そうなればいつ動けなくなるかもわからねえ。……家を抜けて、弟子ができて、ここにいる奴らみたいに親しい仲間ができて……やっと自由になれたのに」 病気が再発すれば――いつ命を落とすのか、それすらもわからないのだ。 「……いっそのこと、こんな雨に溶けちまえばいいのかもしれねぇけどな」 しかし――次の瞬間、庵は笑った。 「でも、やることがあるんで死なねぇ! つか、死ねねぇ! 俺様をナメんな、弟子に教えるべきこともたっぷりあるしな!」 その笑い顔はいつもの野趣あふれる強気な青年だった。 「お弟子さんですか?」 リコは尋ねると、 「おう。すっげぇ可愛いから嫁に出す予定はねぇ。ま、うちの弟子が欲しいなら龍並みの食事を三食きちんとやれるくらいになってからだな」 そんな明るい返事で返す。ただ、 「でもさ、この痣についてのことは弟子には詳しく話してねぇんだ。だからさ、もし俺の弟子に会ってもこのことには触れないでくれるか? 心配をさ、かけさせたくね―んだ」 その表情は真面目で、確かに保護者らしい責任感の強い光を宿していた。 「よっぽどお弟子さんのことが大事なんですね」 エルムが微笑むと、 「な、え、ええっと、」 言葉に詰まる庵。それが普段の彼とはどこかちぐはぐで、可愛らしくすら感じられた。 「この季節の水まんじゅうは美味しいですよねえ……」 エルムはそう言いながら口に菓子を頬張る。 「……とと。雨の思い出、ですね? そうですね……雨乞いのダンスなら何度か。作物の豊作を祈願するために、程よい量の雨が降るようにという祈りを込めて、作物を育て始めたりする時、或いは雨が長く降らなくて井戸が干上がりそうなとき、そんな時に踊るんです」 雨乞いのダンス。ジプシーの彼女ならではの単語だ。 「雨は多すぎても少なすぎてもだめみたいで、作物を育てるのって大変なんだなって思いました。まあ、私は祈祷師とかじゃないんで、踊りにどれだけの効果があったかはわかりませんけど」 うんうんと、来風が頷く。昨年まではごく一般的な農村で暮らしてきた彼女にとって、身に覚えのある経験なのだろう。 「あとはそうだな……小さい頃は長靴を履いて、水たまりにわざとジャブジャブ入って遊んだりしたっけ。懐かしいな」 これもまた多くのものが経験があるらしく、 「ああ、あるある! それで母親にこっぴどく叱られたりな!」 「せっかくのいっちょうらがだいなしだー、とか!」 そんなふうに話題が盛り上がっていく。 「雨の話といっても、いろいろあるものなんですね。来風さんの話も聞いてみたいな!」 エルムは笑う。 「今日は人も多いから話は大変かな……? でもやっぱり、似たり寄ったりですよ」 来風は思わぬ話の振られ方をされ、少し頬を赤らめて微笑んだ。 ● 「うちは雨が苦手です」 きっぱりそう言ったのはリコだった。 「家族も雨に震えるうちを笑うのですけど、髪が濡れるのを平気な人のほうがうちには不思議なんです」 それでは洗髪はどうなるのかと聞きたかったが、そこはそれ、というやつなのかもしれない。 「だからうちはあまり雨の日に出歩かないのですが……そうですね。あれは夕食の材料の買い出しに出かけていた時です。思いがけず大量に買い込んでいたところに雨に降られて、大樹の下で雨宿りさせてもらっていたのですが……通り雨だと思っていたら陽が傾いても一向に止む気配がなく、途方に暮れていたのです」 リコの声は、思い出したせいかわずかに震えている。 「雨は苦手、ですけれど、夜の闇は……怖くて……嫌いなのです……なので、ルカ様が傘を持って迎えに来てくださったときは、本当に嬉しかったのですよ。……覚えてはおられないかもですけれどね」 臆病で人見知りな少女は、そう言葉を締めくくる。 「いや、覚えてるぜ? あの時だろ、震えてていっそうちっこくなってたからな」 ツェルカはそう言うと、リコの頭をワシャワシャと撫でた。彼女なりの愛情表現なのだろう。 「っと、せっかくだから次は俺が話すか。ちっと前置き長くなるけどな」 そしてそのまま、ツェルカがそんな言葉を切り口にして、話し始める。 「俺ン家はちょいと人里離れた山の中にあんだけどさ、そこは一族のモンしかいないのさ。龍の神威人ばかりってことだな。見ての通り自由人の俺は、そういう空間とどうも馬が合わなくてよ」 ツェルカはふっと遠い目をした。 「ま、そうなると結婚相手とやらも里のモン。で、それが……大叔父さんでさ。そういうのってイヤっつうか……縛られるのがどうにも苦手だから、親父と殴り合いの大喧嘩して、里を飛び出したのさ。あっちで休んでるジイ様の炎龍、アズラッドとな」 と、アズラッドの声が聞こえた。アズラッドもアズラッドなりに、その日の出来事を思い出しているのかもしれない。 「それがひでえ豪雨の日だった。前が見えないくらいのな。だから日が暮れてからはずっとアズラッドにしがみついてたぜ……」 「……ん、ちょっと待って、ツェルカっていくつなんだ?」 ふと小さな疑問を感じたらしい蓮が、確認するように問いかける。 「幼く見えるかもしれねェが、これでも二十四だぜ」 若くみえるのは美徳かもしれないが、これは血が濃すぎる影響だけどな。 ツェルカはそう言って、甘酒をぐいっと飲み干した。「ホントはちゃんとした酒も飲めるんだけどな」なんて、おちゃめなことを漏らしながら。 「そう言えば、さっきから思ってたけど、みんなあまり相棒に名前つけてないのか?」 ツェルカが問う。言われてみれば今回連れてきている相棒は皆龍ばかりだが、その名をしっかり呼んだものはいただろうか。 「名前はあったほうが、たぶん相棒も喜びます。その相棒だけの大切なもの、ですからね」 来風がそう言ってかすかを優しく撫でる。かすかは 「かすかは、来風と出会えて、名前貰えて、嬉しいもふ」 そう、ふんわり笑った。 ● 「そう言えば、リベルテ君の話でもあったけれど、今日は傘を持ち合わせていなくてね。まあそれで買おうとして、鉢合わせしたんだけれど。その番傘、赤いだろう? それを見て、ふと思い出したことがあったんだ」 蓮は「特別聞かせる話ではないけれど」とあらかじめ前置きしてから、ゆっくりと話し始める。 「和服の、随分とお年を召した女性がね。以前こんな、真っ赤な番傘をさしていて、やっぱり雨に降られて立ち往生していた所で聞いてきたんだよ、『入られますか』とね」 年齢を重ねた皺が穏やかな印象を与える、優しげな女性だったのだという。 「女性からの誘いを無碍にするわけもないだろう? 会釈をして入らせてもらった。傘の手元を代わりに持って、ゆったりとした、彼女に合わせた歩調で……仮宿までの短い距離だ、話した内容もごくたわいないことだった」 そう言ってから、蓮は目元を軽く押さえる。 「珍しくもない光景なのに、どうしてこればかり記憶に残っているのか……思い出したのは、家族……母、なのだろうか。もうそれはわからないが、その方は気品のある綺麗な女性だったよ。純粋に綺麗と思ったから、印象深いのかな……と思ったりもするけどね」 そこまで言ってから、蓮はくすりと口元を緩める。 「……ま、ここに来るまでの隣が可愛い女性だったら幸せだったのにな、って話だよ」 蓮は茶化すようにそう言って、話を締めくくった。そのどこか中性めいた笑みは、やっぱり不思議な感じがするのだった。 「さて、と。あたしが最後かね」 渋茶をすすりながら、姥梅が笑う。臈長けた美女――そんな印象のある姥梅だが、さてどんな話が飛び出すことか。 「そうさね。よく、お天道様が出てるってェのにサァッとさ、通り雨が降ることがあるだろう。あれは『狐の嫁入り』なんて呼ばれててね、まあ簡単にいえば狐の花嫁道中なのさ。だからよっく見てみれば、白無垢の花嫁やお仲人、それにお供などがしずしず歩いていたりするのが見えるかもしれないよ」 「あ、それ、吉野も見てみたい」 姥梅の話を聞いた吉野がふわっと言うと、来風も目を輝かせて頷く。少女という生き物は、大抵においてそういうものに憧れを抱くものなのだ。 「あたしがむかーしに見た時にゃ、雨の後ろに虹までこさえててねぇ、綺麗なもんだったよ。……きっとあの花嫁さんは、よっぽど幸せだったんだろうねぇ」 傾国の女狐と揶揄されたことすらあるらしい姥梅。しかしたしかにその言葉通り、年経てなおその魅力は枯れ果てていなかったのだろう。女であるというのはこういうことなのかもしれない。どこかその話をする姥梅は――愛らしくも見えたのだから。 「ああ、そういやこの中ではあたしが最年長かね。あたしも随分いろんな雨を見てきたけれど、これから先は雨が降ったら、きっと今日のことを思い出すようなそんな気がするよ」 彼女は笑った。今までになく穏やかな笑顔で。 「こんな可愛い子たちに囲まれて――ちょいとこしゃまっくれた子もいるけど、まあそこはそれだねぇ――そして昔語りをして、聞いてくれる相手がいる。なんとも気持ちいい時間じゃないか。雨も、案外悪いもんじゃないやねえ」 空を振り上げみれば、雨足もだいぶ弱っている。笑顔を浮かべるのは、姥梅一人ではなかった。 「これはみんなにお返し」 吉野が千代紙で作った折り鶴を渡す。 「どんなお話も、吉野は綺麗と思ったから」 その礼なのだという。これには皆が頷いて、ありがたく受け取ったのだった。 「うん、こういった時間は有意義だったと思う」 リベルテも笑顔だ。 ● 夕方になり、雲の切れ間から薄い光が漏れてきた。 「――それじゃあ、今日はありがとうございました。皆さん相棒さんが外で待ってるんですよね? 迎えに行きましょう」 来風が笑う。ちょっと寂しげだったかすかも、わくわくしながら相棒たちの待機所に向かった。 が、そこではひとつの滑稽な事象が発生していた。 つまり個体名がない相棒が多かったために、龍同士での交流をとるのが難しく、やいのやいのと騒いでいたのである。 「おうい」 と蓮が呼ぶが、相棒にかけるべき名前がないためどう呼んでいいものやら。そんな中でツェルカだけは己の相棒を嬉々として呼び、ぎゅっと抱きしめた。 何しろそれぞれの種類の個体差も少ないため、ちょっと見ではわからないというオマケ付き。 それでも、それぞれが相棒の目印を見つけては、 「ごめんな」 などと謝っているのだった。 リコの駿龍とエルムの駿龍、リベルテの駿龍、吉野の駿龍――それぞれ、主にしかわからない目印がある。小さな斑点、かき傷、そんなものたちだ。 もちろん、蓮と姥梅と庵の甲龍も、小さな、本当に主にしかわからない程度の目印がある。 それらを区別するのはやはり、主だから。 「でも、お名前がないと、やっぱり寂しいもふ」 やはり相棒という立場にあるかすかが、ちょっと寂しそうに言うのだった。 「でも、本当に今日は楽しかったよ。また機会あったら、話したいね」 その言葉が来風にとって、何よりの褒美だった。 ● ――水無月ニ記ス。 ――雨露ノ章。 ――雨ガ降リ注グカラコソノ、楽シミモ又有ル也。 |