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■オープニング本文 ● ――理穴に大規模な戦闘の気配あり。 それは確実に開拓者たちの耳に届き、そして。 「……まさか」 開拓者ギルドを根城のようにしている来風(iz0284)の耳にも当然及んでいた。 先日招待を受けて訪れた大叔母の里。 彼の地は魔の森に近く、おそらくはすでにまた里を離れざるをえない状況になっているであろうが―― 「『闇色の――』って、まさか」 あの時元開拓者と名乗っていた老人から聞いた謎の文言。 あれに意味があるとしたら、今回の騒ぎに関係があるとしか思えない。 さすがの来風も、今回ばかりはいつもよりも覇気がない。 ● 「来風さん、元気がありませんね?」 ギルドの職員と顔をあわせても、やはりそんなことを言われた。 「……故国が今、危機に貧していると聞いてしまっては、どうしても、ね」 来風も腫れぼったい目をこすりながら応じる。……あまり眠れていないのだろう。 「理穴……最近不安材料の多い依頼がやはり多いですからね。理穴の者でなくとも心配ですよ」 職員は新茶のいいのをいただきましたので、と来風にも差し出す。 「お茶は心を少し休める効果もありますから。遠慮せずどうぞ」 「あ、ありがとうございます……」 お茶にふうと息を吹きかけて飲もうとして――しかし来風はそこで湯のみを置く。 「……いや、苦しんでいる人もいるかもしれないのに、のんびりしているわけには……」 自分ばかり安穏としている訳にはいかない。来風は職員に問うた。 「何か、私でもお手伝いのできることはありませんか?」 ● ――それならいい依頼がありますよ。 若い職員が頷いた。 「魔の森にごく近い地域に住んでいる里人は避難しているのですが、そんなひとつに孤児院――のようなものがありましてね。それこそアヤカシのせいで家族を失った子どもを引き取っていたり、そういう子どもたちが巫女さんと一緒に共同生活をしていたらしいのですが」 一部の大人を除いて子どもばかりの共同体、嘗て自分に起きたことなどを思い出して不安がって泣いてしまうような子どもも少なくないらしい。 「そこの院長は元開拓者でしてね。子どもたちを安心させたいということも含め、開拓者に来て欲しいのだそうです。安心と、そして美味しいご飯を求めるということでね。どうでしょう、ほかの開拓者たちと、避難民に炊き出しなんて」 ギルドの職員は小さく目配せをした。 |
■参加者一覧
悪来 ユガ(ia1076)
25歳・女・サ
土蜘蛛 悪堕禍(ia2343)
30歳・女・泰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
无(ib1198)
18歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
クレア・タランティノ(ib6980)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 「珍しく子どもの縁が続くが、こういうのも悪かねェな」 そう言って口を大きく開けて笑うのは悪来 ユガ(ia1076)だ。過日、開拓者の仕事や暮らしぶりについて尋ねてきた子どもたちを思い、そして同時に目的地にいるであろう子どもたちを思う。 これからいく先にいるのは、アヤカシによって親をなくした子どもたち。 (そのような境遇にある子どもたちのもとに、自分のような面相のものが馳せ参じるのはどうかと思ったが……それでも皆様の補佐が出来れば……) 見た目がまるで異形を思い浮かべてしまいそうなその人物の名は土蜘蛛 悪堕禍(ia2343)――ユガに励まされ今回の参加を決意したということだった。 身の丈七尺はある大柄な姿。顔も面で覆い隠したそのさまは、確かに一見しただけでは異形と思うかもしれない。しかしその心根は穏やかで、或いは母性というものも含まれているのかもしれない。ちなみにその風体故にわかりにくいが、妙齢の女性である。 「理穴の話は聞いていたけれど、子どもにとってはきっと心細いですよね」 无(ib1198)が小さな声で呟けば、そばにいた管狐のナイもこっくりと頷く。 「でも、まずはできることを、ですね」 そう、そのために子どもたちの元へいくのだから。 「はい。みなさんどうも、今回は力を貸してくれてありがとうございます」 来風(iz0284)は、もふらのかすかを撫でながら、微笑みを浮かべた。 ● 問題の避難所に辿り着いたのは、奏生から一日程歩いた頃だった。もうとっぷりと暗い中だったが、 「まあまあ、どうぞよく来てくださいました」 白い衣の三十路絡みの女性が、開拓者にペコリと礼をした。彼女の傍らには、大柄なもふらが座っている。 「わたくしが孤児院を営んでおります狭也ともうします。こちらはもふらのたま」 名前を呼ばれたもふらは「よろしくもふ」と笑顔を浮かべた。 「狭也は今回の騒動ですっごく心を痛めているもふ。もふからもありがともふ」 確かに一目見ただけでもやつれているように感じられた。 「仕方ないのです。子どもたちの心の安らぎをと思っていたのに、それを再び奪われかねない事態になっていますから……」 実は、ここに来るまでもごく弱い瘴気を幾つか感じはしていた。まだ個体数も少なく、開拓者からしてみればまだまだ弱々しいものだったのだが――一般の人にとって、それは全く異なる認識なのだ。 そのことを伝えると、狭也は少し顔を暗くした。 「やはり……もう一人の職員、美久もそれらしい影を見かけたと言っていましたが……」 「でもまだこの場所からはそれなりに遠い。すぐにどうこうということは少ない筈だ」 琥龍 蒼羅(ib0214)が静かに頷いた。 「取り敢えず狭苦しいところですが、ひとまずお休みください。それから、子どもたちにも挨拶に参りましょう。きっと、みんなも喜びます」 ――開拓者は、彼らにとって憧れの存在なのですから。 狭也がそう微笑んだ。 ● 翌朝。 「みんなー、いらっしゃーい」 狭也が声をかけると子どもたちがわらわらと集まった。 「せんせい、どうしたのー?」 「なにかごようじなの?」 風貌のよく似た、双子らしき男女の子どもが、矢継ぎ早に尋ねかける。 「ええ。いまは森にアヤカシが多いからこちらまで来たでしょう? それで、みんなのお手伝いをしてくれる開拓者のみなさんをお呼びしたんです」 狭也は子どもたちに向かってにっこりと微笑む。 「かいたくしゃさん? ほんとに?!」 一番小柄な少女が問う。 「ええ。ここでのお食事を手伝ってくれたり、みんなと遊んでくれたり、三日間ですけれどもいろいろしてくれることになっていますよ」 「わあ、すごーい!」 「開拓者の人がここにいるなら大丈夫だよな!」 犬耳の少年と、一番年かさと思われる少年が諸手を上げて喜ぶ。 「それでは、よろしければ自己紹介をしていただけますか?」 そう提案したのは犬耳の杉野 九寿重(ib3226)。同じ犬耳である来風に親近感をいだいており、今回の子どもたちの中にも犬の神威人がいると聞いて参加を決めたらしい。また、彼女自身が幼い弟妹をもつことも、今回の依頼に参加する一つの動機となっている。 「えっと、オレは始!」 「二郎っていうよ」 「みつばです」 「史生だよ」 「ゴドー……」 「あたし、るるなの」 「奈々美は奈々美ってゆーの」 子どもたちは年齢順だろうか、めいめい簡単に挨拶をし、開拓者たちも相棒とともに自己紹介をする。 「ああ、それと。これはボクからの贈り物だよ」 ジルベリアの貴族出身、白いスーツ姿の麗人フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が笑顔でかえるのぬいぐるみをそれぞれに手渡す。慎ましやかに生活する子らにとって、ジルベリアやアル=カマルなどというのは遠い異国の物語だ。そんな国の人物から贈り物をされて、嬉しくないはずがない。ちなみにかえるには『無事故郷に【かえる】』という意味を込めることも多く、彼女もそれを祈願しての贈り物だったが、それはあえて伏せておいた。 と、空をすっと、迅鷹が駆けた。 「ああ、あれは俺の相棒だ」 蒼羅が抑揚の少ない声でそっと相棒、飄霖を呼ぶ。呼ばれた迅鷹は静かに主のそばへと降下してくる。 「かっこいい!」 史生が力強く尾を振った。相棒というのはやはり少年たちには憧れの的だろう。開拓者の活躍を助ける影の主役たるべき存在。元開拓者という人たちに育てられていることもあってか、いっそうそういった憧れを強く持っているようだった。 「相棒といっても種類は多いからね。今回連れてきているうちの笑喝などはからくりだけれど」 からす(ia6525)がそう言って相棒を紹介する。 「ご紹介受けました、私がからくりの笑喝です」 そう言って挨拶をする白狐の面をつけた白髪の女性が人間ではないことに改めて気づき、子どもたちは驚いたようだった。 「すごい、相棒ってすごいね!」 こちらは女の子が興奮している。みつばが瞳をキラキラさせ、またるると奈々美もすっかりからくりになついているようだった。 「ワンコ、あたしの紹介は?」 人妖の朱雀が、九寿重にずいっと詰め寄る。実は九寿重本人としては朱雀を連れてきたのは失敗だったかもしれないなどと思いながらも子どもたちに紹介する。 (ホントは耳や尻尾をもふもふしたいけど、さすがにそれはワンコにもダメだって言われてるしねっ) ……相変わらずこの人妖、元気である。そして人妖というものもそれを見慣れない少年少女たちからすれば格好の遊び相手だ。 「うわぁちっちゃい!」 人妖の大きさはせいぜい一尺かそこら――ちょうど人形くらいの大きさだから、女の子たちはこちらも目を輝かせている。 「……私はまだ、天儀の習慣には慣れていないので、ジルベリア料理などを振る舞うことになりますが、いいですか?」 そう確認するのは、やはりジルベリアで貴族階級にあったクレア・タランティノ(ib6980)。開拓者として生活し始めてからまだまもなく、それはしかたのないことだろう。しかし何より、子どもたちが 「えっ、ごちそうなの?」 ジルベリア料理を、たとえごく一般的な家庭料理になるかもしれなくても『ご馳走』と想像してくれているのがなんとも無邪気で、クレアとしても期待に応えねばと改めて思う。 「みんな、それじゃあよろしくっていいましょうね」 「「「よろしくおねがいしまーす!」」」 狭也に言われて素直にペコリと礼をする子どもたち。教育をきちんと受けているのがわかって、開拓者から見てもとても微笑ましかった。 ● まず最初に開拓者が確認したのは食料などの蓄えである。 これがないことにはすべてが始まらない。念の為に開拓者たちもそれなりの量を奏生から持参していたが、 「幸い、子どもばかりの集団であることを報告したら、援助してくれる方もいましてね。随分と助かっているんです」 先ほどは留守で失礼しましたと言いながら、赤毛の女性が笑う。こちらが弓術士の美久だということだった。傍にいる猫又の「ポチ子」も、 「大人にとって子ども言うんはやっぱりみんなの希望やからねえ。そう言うんは、大事にしたいって思うみたいや」 そう言っておばちゃんのように笑っていた。 「ふむ……これならボルシチが作れそうね」 蓄えを確認してクレアが言えば、フランヴェルも頷いた。 「あれだけ子どもたちも期待していたしね」 「あー……飯づくりは正直得意じゃねェんだよな。でも、チビ達と一緒に握り飯作るとか、そういう風に手伝えるぜ」 ユガが正直に腕前のことを言うと、まわりのみんなは微笑んだ。別にそれが悪いということではなく、むしろ―― 「子どもたちは慣れない場所というのも相まって、おそらく口には出さないけれど神経を使っているはず。そうやって子どもに気をかけてくれる人がいるほうが、ありがたいですよね」 九寿重が笑った。男性も決して料理が得意な者ばかりではない。この辺りは適材適所ということになる。 「あと、炊き出しですからね。日持ちがするようにするなどはした方がいいでしょうね……万が一のために。例えば、梅干しとか」 无が提案する。それは確かに理にかなったものであり、からすも同意するように頷いた。 「あと、子どもたちは飽きっぽいものだ。材料もだが、その辺りも考えた献立を、だな」 食料の確認を終えてから、開拓者たちは子どもたちの元へ向かう。 ……と言っても、遊びの担当は主にユガや蒼羅と言った面々、それに相棒たちだ。 「わー、犬だー!」 クレアの忍犬・アイリスや、ユガの相棒である鬼丸を見つけては、子どもたちは楽しそうにはしゃぐ。相棒として生まれ育った忍犬たちは喋りこそしないものの賢く動きも機敏で、そして何より主の命に逆らうことも少ない。 「鬼丸は愛想は悪いかもしれねェが、賢いやつだ。子どもたちと遊ぶのにはうってつけだろ」 ユガがそうにやりと笑えば、クレアもアイリスの滑らかな触り心地を自信持って子どもたちにすすめる。子どもというのはどちらにしろ怖いもの知らず、面相の怖い鬼丸も、しなやかな肢体のアイリスも、同じように追いかけ回した。 また、おやつの時間ともなれば、 「少し甘いものはどうだい。持ってきたんだ」 无がそう言って管狐のナイとともに陣中見舞いの菓子を配る。甘いものに飢えていた子どもたちはぱっと顔を明るくさせた。 「こう言うの、久し振りだね」 始がそう言って無邪気に笑う。最年長とはいえまだ十一、勿論この年齢で働いている子どもたちも少なくないが、アヤカシによって家族を失った心の傷が癒えきるまではここにいていいというのが狭也の言であったらしい。 「子どもは元気なのが一番だよね。そうだ、LOも紹介しないと。子どもが大好きな龍なんだ」 フランヴェルはそう言って近くに待機させていた甲龍を呼ぶ。LOと名付けられているこの甲龍を見て、子どもたちはいっそう興奮した。 「こんなに近くで龍をみたの、はじめてかも!」 少年だけでなく女の子たちも、目を輝かせている。しかも触ったりしてもおとなしくしているので、ついには背中に乗ってみたいという子どもも現れた。 「うん、そういうつもりでLOを連れてきたから、安心して乗るといいよ」 そっとるると史生のきょうだいをLOの背に乗せると、龍はのしのしと歩き出す。 「うわぁ、史生おにいちゃん、すごいね!」 「すごいな!」 はしゃいだ声に他の子どもたちも刺激されたのだろう、自分も自分もと声を上げた。 「こんなのもあるよ、相棒に負けてられないからね!」 フランヴェルは持ち込んだまるごとおうまさんを着こみ、子どもたちを背に乗せて四つん這いになって走る。 (ソリとかも面白そうだな) 子どもたちのはしゃいだ声を聞いて、彼女もつい笑顔がこぼれた。 「お前は仲間に入らないのか?」 そう言って蒼羅が尋ねた相手は、物静かな少年、ゴトー。他の子どもたちとは少し離れたところに座り、黙々と木の棒で地面にいたずらがきをしている。その出来栄えは年齢を考えればかなりのもので、いわゆる芸術家肌の少年だというのがわかった。今描いているのは飄霖。ひと目でそれと分かる、随分と達者な筆致である。 「絵が得意なようだな……音楽は好きか?」 蒼羅はそう問うと、天儀を始めとする様々な国の民族音楽を奏でだした。もちろん本職のようにとはいかない。それでも心のこもった演奏に、ゴトーも思わず聞き入っているようだった。他の子どもも、もちろん。ついでに言うと故郷の音楽に感激したフランヴェルもいたりする。 「子どもと一緒に遊ぶ、というより……今までの経験とかを話すほうが、俺には向いているだろうからな。どんな国の物語が聞きたいかがあれば、話すが」 開拓者の口から聞ける異国の物語。その誘惑めいた言葉に、誰もが胸を高鳴らせた。 ● 夕方になり、周囲にふわりと美味しそうな匂いが立ち込めてきた。 「さて、ご飯の時間だよ」 からすが声を上げ、子どもたちを呼んだ。彼女が提案したのは細かく刻んだ野菜をふんだんに使った野菜炒めと焼き魚。それにたっぷりのご飯だった。 (これなら好き嫌いがあっても食べやすいだろうしな) ご飯は折角なので、みんなで握り飯にする。中には梅干しを入れ、傷むのを抑えるようにした。 「万が一ってことがあってもいけないからね」 ――万が一。 それはアヤカシの襲撃かもしれない。 或いはそれ以外の理由にしろ、避難所を移動する可能性だってゼロではない。 子どもが突然体調を崩す可能性だってある。或いは、この孤児院を切り盛りしている女性たちが。 「ごちそうはー?」 クレアの料理を期待していたものもいたようだが、そこはそれ。 「まだ時間はある。明日の夕飯は期待しておくといい」 実はこの時点でボルシチの仕込みはすでに始まっているのだが、何しろそれなりの人数がいるし、元々が鍋で作る料理だから量をたっぷりと作っておきたい。それに美味しいと言ってもらえるなら、仕込みは長いほうがなおのこと良いだろう。そう思って、まだ子どもたちには内緒なのだ。 「いただきまーす!」 子どもたちはきちんと声を合わせてそう言うと、元気よく食べ始めた。 「おいしいー」 「にんじんがまずくないー」 苦手な野菜もあったようだが、彼らはそれをきちんと食べている。よほど美味しいのか、或いは――食事の大切さを知っているか。 幼いとはいえそれぞれ辛い過去を持っているであろう子どもたち。きちんと食べ終えると、にっこりと笑顔を浮かべていた。 「おねえさんたちごちそうさま、おいしかったー!」 「……力仕事は俺達も手伝ったがな」 食卓では料理担当以外の存在の影が薄くなってしまいがちだ。でも、子ども相手をするのも大事な仕事。僅かに苦笑いを浮かべると、片付けを始めることにした。 ――ところで、悪堕禍はどこにいたのかというと。 彼女は主に、裏方の力仕事を担当していた。具体的には薪割りや食材の運搬などである。子どもたちははじめこそ、その見た目に驚いていたようだったが、そのうち慣れてきたようだった。小さく会釈をされれば、それに対してしっかりと礼を返してやる。 異形の如きその見栄え、されどその心は純であり、そして愚かなまでに素直とも言えた。それはあるいは、彼女の見た目だからこそ、なのかもしれない。 「八握脛」 悪堕禍は面の下からわずかにくぐもった、しかし優しい声で己の龍を呼ぶ。近くに待機していた相棒は、その声に応えてやってきた。フランヴェルのLOと同じく甲龍ではあるが、やはり雰囲気はどことなく違う。それでも主のことを思うというのは共通すること。 「……子どもたちと遊んでおいで」 子どもを思う気持ちは、悪堕禍だって他の仲間達に負けていない。 (……そうだ、面を……子どもたちに面を拵えたら、喜ばれましょうか) 彼女の趣味は面作り。それが役立つならばと思い、悪堕禍は面の奥で目をそっと細めた。 ● ――翌日。 開拓者たちは子どもたちの懇願により同じ部屋で寝起きをして、そして共に朝食をとる。 その後で今度は頃合いを見計らい、クレアや九寿重が子どもたちの元へやってきた。 「そうだ、折角なら本でも読んであげましょうか」 クレアがそう提案して、子どもでもわかりやすい、優しい読み物を用意する。彼女自身、まだ天儀の文字に慣れていないこともあって、それを子供達とともに学ぼうという考えだ。つっかえつっかえながらも、読む様子は微笑ましく、来風や九寿重も思わず笑顔になっていた。負けじと言わんばかりに、无も各地で聞いた童話や経験談を語る。子どもたちは随分気に入ったようで、無口なゴトーもじっと聞き入っていた。 「そう言えば、史生くんとるるちゃん、同じ神威人のよしみで遊びませんか?」 九寿重はぽんと手を打つ。――というか、彼女の相棒である朱雀はもふもふした尻尾や耳が好きなので、気をつけないとその餌食になりかねないからという予防策でもある。その主の意図を読み取った朱雀は朱雀で、影踏みや鬼ごっこといった遊びの鬼になることにした。……もちろん、その分の鬱憤は後で九寿重をもふもふすることで晴らすつもりまんまんだけれど。 「ワンコのつとめになるのが、主たるアタシの役目なんだよっ」 ……なにせ、朱雀の発想は時々ぶっ飛んでいるから。 昼飯は握り飯で簡素に済ませ、そしておやつ時。 「子どもたち、芋けんぴを作ったが食べるかい?」 からすが呼ぶ。やはり糖分不足はイライラの元でもあるから、甘味を用意するのは大事なことだ。少量で腹持ちのいい芋けんぴはこういう時のおやつにうってつけなのだ。 できたてを食べれば笑顔の花が咲く。そこに冷ました茶を差し出して味を引き締めるのだ。 からくりである笑喝も主から聞いた戦いの話を語り、そして子どもたちを励ます。 「こんな時だからこそ勇ましき話を。いつまでも泣いてばかりはおられまへんからな。……さて、次はどんな話を話しましょか?」 そう言いながらも知識欲の強い笑喝は、彼らの話を聞くつもりも満々のようだった。 「そう言えば、普段はどんな遊びをしてるんだい?」 ユガが笑顔で尋ねる。子ども時代の経験が乏しい彼女にとって、それを取り戻すこともできるかという小さな望み。そして子どもというのは思っている以上におしゃべりが好きで、それなら一緒に遊ぼうと二郎が言い出し、それに賛同を示した子どもたちがはしゃぎ回る。朱雀や笑喝もそんな輪に入り、最終的にクタクタになるまで遊ぶのだった。 ● そして夕食。相変わらずご飯は握り飯にしたが、 「腕によりをかけましたよ」 クレアが自信を持って差し出すのは、ジルベリアの家庭料理であるボルシチだ。大鍋を使ってじっくり煮込んだそれは、具材も柔らかくなっている。 子どもたちは待ちきれないといった風にひと口食べた。 「おいしい!」 「ジルベリアのお料理って美味しいね!」 子どもの笑顔は、朗らかで。 そして誰もが、笑顔になれる料理だった。 ● そうしているうちに、気がつけばあっという間に三日は過ぎていた。 皆で入った風呂、雑魚寝……思い出も沢山できた。 「本当にありがとうございました」 狭也と美久が、深々と頭を下げる。子どもたちは寂しそうに、開拓者の顔をじっと見つめていた。手には、悪堕禍の彫った面が握られている。 「サヨナラじゃないわ。きっと、また来るわね」 クレアはそう微笑む。実際簡単なことではないが、それでも子どもたちにとってそれはどれだけの勇気に繋がるだろう。 「うん、開拓者のおにーさんおねーさん、ほんとにありがと! オレたちも、がんばるね!」 始がそう言い、子どもたちは丁寧な礼をした。 ――どうか、良い思い出でありますよう。開拓者の誰もが、そう願っていた。 |